Kagaku to Seibutsu 61(6): 254-256 (2023)
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BAHDアシル基転移酵素ファミリー植物成分の多彩なアシル化に関わる酵素群
Published: 2023-06-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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BAHDアシル基転移酵素ファミリーは,CoAエステルをアシル基供与体とし,アルコールやアミン類をアシル基受容体とする酵素の一群である.BAHDの名前は,Benzyl alcohol O-acetyltransferase(BEAT),Anthocyanin O-hydroxycinnamoyltransferase(AHCT),N-Hydroxycinnamoyl/benzoyltransferase(HCBT),Deacetylvindoline 4-O-acetyltransferase(DAT)のそれぞれの酵素の略号の頭文字に由来する(1)1) J. C. D’Auria: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 331 (2006)..
BAHDアシル基転移酵素ファミリータンパク質(以下,BAHDタンパク質という)は,植物で顕著に機能分化しており,特に植物の二次代謝成分(フェニルプロパノイド,テルペノイド,アルカロイド,フラボノイド等)の生合成に関わっており,生化学的機能解析が行われたものは160種類以上にも及んでいる(2)2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022)..
これまでに知られているBAHDタンパク質は,ほとんどが単量体で質量は48~55 kDa,約450個のアミノ酸残基から構成されており,局在シグナルや膜貫通ドメインがないことから,基本的には細胞質に局在すると考えられているが,後述のように例外もある.BAHDタンパク質は共通してHXXXDGという保存されたアミノ酸モチーフがアミノ酸配列の中心付近にあり,このモチーフの中のH(ヒスチジン)残基は,CoAチオエステルからのCoASHの脱離を触媒するとされる.また,BAHDタンパク質はC末端領域にDFGWGというアミノ酸モチーフを共通して有している.これらのモチーフの片方,または両方を除去すると酵素活性が劇的に低下することが知られている(1, 2)1) J. C. D’Auria: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 331 (2006).2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022)..
BAHDタンパク質は,脂肪酸代謝におけるカルニチンアシル基転移酵素から進化したと推定され,タンパク質配列のデータベースであるInterProでは,Transferase family(PF02458)と分類される(2)2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022)..BAHDタンパク質をコードする遺伝子の数は,藻類の一種であるシャジクモでは4個しか見出されていないが,コケ植物のヒメツリガネゴケでは14個,イネ科植物のソルガムでは94個も見出され(3)3) PhycoCosm: The Algal Genomics Resource of Department of Energy Joint Genome Institute, https://mycocosm.jgi.doe.gov/mycocosm/annotations/browser/pfam/summary;WHymzp?p=Chabra1, 2022.,植物の陸上進出に応じて増加している.さらに,植物二次代謝産物の生合成のために特異的に進化したと考えられる例もある.例えば,抗腫瘍剤として使用されるパクリタキセルは高度にアシル化されているが,このアシル化に関わるBAHDタンパク質は,植物ではパクリタキセルおよびその類縁体を生産するイチイ属からのみ見出されている(1, 2)1) J. C. D’Auria: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 331 (2006).2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022)..
D’Auria(1)1) J. C. D’Auria: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 331 (2006).は,BAHDタンパク質のアミノ酸配列を基に,大まかに5つのグループ(クレードI~V)に分けている.最近,Kruseら(2)2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022).は,藻類のBAHDファミリータンパク質(クレード0)を含め,8つクレードに分けている.クレード1~4はD’AuriaとKruseらの分類では同じであるが,D’AuriaがクレードVとしたものをKruseらはクレード5と6に分割し,クレード0~6に含まれないものをクレード7としている(図1図1■BAHDタンパク質のアミノ酸配列解析に基づいた系統樹).以下,Kruseらの分類に基づき,各クレードに属するタンパク質の特徴を説明したい.
クレード1は,主にアントシアニン生合成におけるアシル化を触媒するBAHDタンパク質が含まれる.例えば,アントシアニンの3位または5位に結合した糖にヒドロキシシンナモイル基やマロニル基を転移させる酵素が含まれる.これらの酵素は共通してYPGNCとアミノ酸モチーフを持っていることが多い.なお,アントシアニン生合成に関わってBAHDファミリータンパク質はすべてクレード1に属しているのではなく,クレード3からも見出されている.
クレード2は,葉の表面のクチクラ層のワックスの生合成に主にかかわっていると推定されるタンパク質が含まれ,有名なものとしてシロイヌナズナのCER2およびそのホモログ(CER2-LIKEs)がある.CER2の変異体(cer2)は,炭素数が28より長鎖のワックスの生合成できない.興味深いことに,これらのタンパク質には,推測されうる細胞内局在シグナルはないが,ワックスが生合成される小胞体に局在することが示されており,CER6(BAHDタンパク質ではなく,タイプIIIポリケチド合成酵素に類似したタンパク質)と共に炭素数28よりも長いクチクラワックスの合成を触媒することが示されている(4)4) T. M. Haslam & L. Kunst: Plant Cell Physiol., 61, 2126 (2020)..
クレード3の多くは様々なアルコールを基質とするが,多くの場合,アセチル-CoAをアシル基供与体とする.一方,トウガラシの辛み成分であるカプサイシンの生合成に関わるPun1は,8-methyl-6-nonenoyl-CoAをアシル基供与体として利用するとされるが,このクレードに属している(5)5) K. Ogawa, K. Murota, H. Shimura, M. Furuya, Y. Togawa, T. Matsumura & C. Masuta: BMC Plant Biol., 15, 93 (2015)..クレード4には,アグマチンやプトレシンといったアミン類にp-クマール酸などを転移させる酵素が分類され,オオムギやタバコからそれぞれ同定されている.このクレードの特徴はDFGWGモチーフが若干異なる点である(2)2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022)..
クレード5には,代表的なものにシキミ酸のヒドロキシ基にp-クマール酸を転移させる酵素(HCT; hydroxycinnamoyl-CoA: shikimate hydroxcinnamoyltransferase,立体構造をグラフィカルアブストラクトに示した)がある.HCTは,リグニン生合成の直前の前駆体であるモノリグノールの生合成に必須の酵素で,この酵素が欠失すると一般に成長が著しく抑制される.またHCTは,シダ以上の高等植物である維管束植物だけでなく,リグニンを生合成しないとされるコケ植物でも触媒機能が保存されており,コケ植物のヒメツリガネゴケでは,表皮形成に必須の酵素として同定されている(6)6) L. Kriegshauser, S. Knosp, E. Grienenberger, K. Tatsumi, D. D. Gütle, I. Sørensen, L. Herrgott, J. Zumsteg, J. K. C. Rose, R. Reski et al.: Plant Cell, 33, 1472 (2021)..なお,この酵素は,アシル基受容体の選択性が広く,様々なフェノール類,芳香族アミンやアントシアニン,テルペノイドまでもアシル基受容体とすることができる(2)2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022)..
クレード6には,主に芳香族アルコールをアシル化する酵素が含まれており,ベンジルアルコールの安息香酸エステル合成を触媒するBEBTや,モノリグノールのアルコール性ヒドロキシ基をp-クマール酸やフェルラ酸などでアシル化する酵素が含まれている.また,イチイ属植物で独自に進化したと考えられるパクリタキセル生合成に関わる一連のアセチル基やベンゾイル基転移酵素が含まれている.
クレード7には,ペチュニアやバジル由来のコニフェリルアルコールをアセチル化する酵素が分類されており,オイゲノールなどのフェノール性香気成分の生合成に関わっている.アミノ酸配列の相同性からは,クレード4に近縁であるが,おそらくそれぞれの植物種で独自に進化したものと推測される.
以上,植物成分に多様なアシル化を行うBAHDアシル基転移酵素ファミリーについて概説した.本稿が読者にとってこの多様なタンパク質ファミリーが生み出す植物二次代謝の多様性に興味を深めるきっかけとなれば幸いである.
Reference
1) J. C. D’Auria: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 331 (2006).
2) L. H. Kruse, A. T. Weigle, M. Irfan, J. Martinez-Gómez, J. D. Chobirko, J. E. Schaffer, A. A. Bennett, C. D. Specht, J. M. Jez, D. Shukla, et al.: Plant J., 111, 1453 (2022).
3) PhycoCosm: The Algal Genomics Resource of Department of Energy Joint Genome Institute, https://mycocosm.jgi.doe.gov/mycocosm/annotations/browser/pfam/summary;WHymzp?p=Chabra1, 2022.
4) T. M. Haslam & L. Kunst: Plant Cell Physiol., 61, 2126 (2020).