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スクアレン合成酵素に似た酵素による芳香族化合物のプレニル化反応の仕組み二つの酵素の特徴をあわせ持つ新しいタイプの酵素

Ryuhei Nagata

永田 隆平

東京大学大学院理学系研究科

Tomohisa Kuzuyama

葛山 智久

東京大学大学院農学生命科学研究科

東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構

Published: 2023-06-01

スクアレン合成酵素は動物や植物から微生物まで幅広い生物種に存在する酵素である.この酵素は,炭素数15の直鎖状プレニル構造をもつファルネシル二リン酸(FPP)の二分子を炭素–炭素結合でつなげることで,炭素数30の直鎖状炭化水素スクアレンを合成する.スクアレンはさらに環化反応などを受けて,細胞膜の構成要素であるコレステロールや性ホルモン,ビタミンDなどの生物にとって不可欠な化合物へと変換される.スクアレン合成酵素の反応機構は詳細に調べられており,二つのFPP分子の重合に続いて三員環の形成と補因子NADPHによる還元などが起こる複雑な反応機構が知られている.

また,一部の藻類や細菌ではスクアレン合成酵素と類似した酵素が知られており,スクアレンとは異なる炭化水素を生産している.これらの酵素の反応もスクアレン合成酵素の反応と同様にFPPの重合から始まる.一方,放線菌ではcarbazole-3,4-quinoneという構造をもつ芳香族化合物へのプレニル化反応を触媒するスクアレン合成酵素と類似した酵素,CqsB4とLvqB4が見つかっていた(1, 2)1) M. Kobayashi, T. Tomita, K. Shin-ya, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: Angew. Chem. Int. Ed., 58, 13349 (2019).2) M. Kobayashi & T. Kuzuyama: Biomolecules, 10, 1147 (2020)..しかし,これらの酵素は,芳香族化合物を基質にするという点が,スクアレン合成酵素や他の類似酵素とは大きく異なる.また,それまでに知られていた三種類の芳香族基質プレニル基転移酵素(3)3) J. Winkelblech, A. Fan & S. M. Li: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 7379 (2015).とのアミノ酸配列の類似性を示さず,その反応機構が予想できなかった.最近,これらの新規酵素“カルバゾールプレニル基転移酵素”の反応機構が明らかになってきたので,ここで紹介する.

2022年に,放線菌由来のカルバゾールプレニル基転移酵素のうち,LvqB4の結晶構造が報告された(4)4) R. Nagata, H. Suemune, M. Kobayashi, T. Shinada, K. Shin-ya, M. Nishiyama, T. Hino, Y. Sato, T. Kuzuyama & S. Nagano: Angew. Chem. Int. Ed., 61, e202217430 (2022)..この酵素は,carbazole-3,4-quinone構造をもつ芳香族化合物precarquinostatin(PCQ)に炭素数10の環状プレニル構造をもつシクロラバンデュリル二リン酸(CLPP)のプレニル基を転移する.また,炭素数10の直鎖状プレニル構造をもつゲラニル二リン酸(GPP)も基質として利用できる.そこで,LvqB4とPCQおよび反応が進行しないGPP類縁体との複合体結晶を用いて,X線結晶構造解析法によってその立体構造が決定された.LvqB4の立体構造は,αヘリックスで構成されており,スクアレン合成酵素の立体構造と非常によく似ていた(図1図1■カルバゾールプレニル基転移酵素と他の酵素との比較).また,基質ポケットの位置もスクアレン合成酵素と同じで,スクアレン合成酵素の基質結合に関わるアスパラギン酸リッチな二つのモチーフ配列が基質ポケット近傍に存在していた.一方で,基質ポケット内ではPCQとGPP類縁体が重なるように配置されており,既知の芳香族基質プレニル基転移酵素で見られる基質の配置と似ていた(図1図1■カルバゾールプレニル基転移酵素と他の酵素との比較).このことから,LvqB4はスクアレン合成酵素の全体構造と芳香族基質プレニル基転移酵素の基質配置とをあわせ持った新しいタイプのプレニル基転移酵素であることが明らかにされた.

図1■カルバゾールプレニル基転移酵素と他の酵素との比較

全体構造ではαヘリックスを円で,βヘリックスを三角で示す.赤い破線内にはそれぞれの基質を示す.青い破線は酵素反応で形成される炭素–炭素結合を表す.

次に,LvqB4の基質認識機構が変異体の活性測定によって調べられた.PCQは九つの疎水性アミノ酸残基と三つの親水性アミノ酸残基によって囲まれていた.九つの疎水性残基のうちIle184はPCQの芳香環部位を認識しており,これをアラニン残基に置換して相互作用を失わせるとLvqB4の活性が大きく低下した.また,三つの親水性残基のうちAsp271がPCQのオルトキノン部位を認識し,アラニン残基に置換することでLvqB4の活性が大きく低下することが確認された.これら二残基は,他のカルバゾールプレニル基転移酵素では保存されているが,スクアレン合成酵素では保存されていない.以上のことから,これらのIle184とAsp271が,酵素がcarbazole-3,4-quinone構造をもつ芳香族化合物を基質として認識することを可能にしていると考えられる.

プレニル化反応ではプレニル基を受け取る炭素原子の脱プロトン化が必要だと考えられており,LvqB4における脱プロトン化機構が調べられた.LvqB4の結晶構造では,プレニル化を受けるPCQの炭素原子の近傍に水分子が一つ観察された.この水分子は,His275およびPCQを認識するAsp271と水素結合ネットワークを形成していた.これは,プロテアーゼなどの活性部位でよく見られる触媒三残基(セリン残基・ヒスチジン残基・アスパラギン酸残基)の配置によく似ているため,観察された水分子が触媒三残基のセリン残基の役割を果たして,脱プロトンを行うと予想された.実際,これらのHis275とAsp271をそれぞれアラニン残基に置換して水素結合ネットワークを破壊した場合,活性が大きく低下した.これら二残基は他のカルバゾールプレニル基転移酵素でも保存されていることから,この推定反応機構はカルバゾールプレニル基転移酵素に共通だと考えられる.

カルバゾールプレニル基転移酵素には,炭素数10のプレニル基を好むタイプと,炭素数5のプレニル基を好むタイプが見つかっている.2023年,プレニル二リン酸結合ポケットの二つのアミノ酸残基を置換するだけでこの基質特異性を反転させられることが報告された(5)5) Y. Shen, L. Zhang, M. Yang, T. Shi, Y. Li, L. Li, Y. Yu, H. Deng, H. Lin & Y. Zhou: ACS Chem. Biol., 18, 123 (2023)..結合ポケットに存在するフェニルアラニン残基とシステイン残基をそれぞれイソロイシン残基とアラニン残基に置換することで,炭素数5のプレニル基を好むタイプの酵素が炭素数10のプレニル基を好むようになった.これは側鎖の大きいアミノ酸残基を小さいアミノ酸残基に置換したことで,ポケットに空間ができ,より大きな基質が結合できるようになったからだと考えられる.

現在までに得られた知見から,カルバゾールプレニル基転移酵素はこれまでに知られていた三種類の芳香族基質プレニル基転移酵素とは異なる新しいタイプの酵素であると言える.この酵素が基質にするcarbazole-3,4-quinone構造をもつ化合物は,神経保護・ラジカル除去・抗菌などの効果を示すため,今後は酵素改変によって新たな生理活性物質が創られることが期待される.また,カルバゾールプレニル基転移酵素はスクアレン合成酵素と進化的に関連があると思われるが,その詳細はわかっていない.今後,スクアレン合成酵素とカルバゾールプレニル基転移酵素の進化的な関係が解き明かされることにも期待したい.

Reference

1) M. Kobayashi, T. Tomita, K. Shin-ya, M. Nishiyama & T. Kuzuyama: Angew. Chem. Int. Ed., 58, 13349 (2019).

2) M. Kobayashi & T. Kuzuyama: Biomolecules, 10, 1147 (2020).

3) J. Winkelblech, A. Fan & S. M. Li: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 7379 (2015).

4) R. Nagata, H. Suemune, M. Kobayashi, T. Shinada, K. Shin-ya, M. Nishiyama, T. Hino, Y. Sato, T. Kuzuyama & S. Nagano: Angew. Chem. Int. Ed., 61, e202217430 (2022).

5) Y. Shen, L. Zhang, M. Yang, T. Shi, Y. Li, L. Li, Y. Yu, H. Deng, H. Lin & Y. Zhou: ACS Chem. Biol., 18, 123 (2023).