Kagaku to Seibutsu 61(6): 269-273 (2023)
解説
細胞接着の定量計測に基づく細胞組織の機能解明組織形成からバイオエレクトロニクスへの応用を目指して
Quantitative Measurement of Cell Adhesion in Multicellular Systems: Toward Applications for Tissue Engineering and Bioelectronics
Published: 2023-06-01
細胞接着は,多細胞が関わる組織形成の開始点となる重要なプロセスの一つである(1).その機構の解明を目指して,生物的な相互作用を担うタンパク質が多数同定され,その種類や量が蛍光顕微鏡で精密計測されてきた.しかし,蛍光観察では可視化できない物理的な相互作用(図1a,静電相互作用や疎水性相互作用など)が生きた細胞組織の形成や機能にどう影響するかは未解明な点が多い.そこで本稿では,生物的・物理的な接着相互作用を包括的に可視化できる反射干渉法(原理:第1章)を用いて,細胞組織の形態形成(第2章)とバイオハイブリッドセンサー(第3章)に応用した例を紹介する.
Key words: 細胞接着; 反射干渉法; 組織形成; バイオエレクトロニクス; ソフトマター
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
反射干渉法の最大の利点は,撮影した画像の輝度を細胞-基板間の距離(h [nm])に変換できることである(2)2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009)..実験装置のセットアップとしては,倒立顕微鏡をベースとしており,まず平滑な基板(ガラスなど)に対して単色光(波長λ)を入射する.すると,細胞-溶液界面での反射光I1と基板-溶液界面での反射光I2の二つが干渉パターンを織りなす(図1b図1■反射干渉法の原理とその利点).ここで,光の垂直入射・反射を仮定した理論モデル(2)2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009).の式(1)を用いて,画像の輝度を距離の情報へと変換できる.
なお干渉光の輝度の最大値と最小値をそれぞれImaxとImin,nを溶液の屈折率とする.まず例として,ポリスチレンビーズ(直径100 µmの球体)の水分散液をガラス基板に展開して反射像を取得してみる.すると,同心円状のニュートンリングが観察できる(図1c図1■反射干渉法の原理とその利点).この時,基板と点接着した中心は負の干渉によりIminを取り,h~100 nm周期で明暗のパターンが繰り返される.式1を用いて輝度情報を高さ情報へと変換すると,確かにビーズの球形状を反映した高さプロファイルとなっていることがわかる(図1d図1■反射干渉法の原理とその利点).ここで特筆すべきは,本手法は光干渉の原理に基づくため,hの分解能はXY方向の回折限界を遥かに超えた2 nmに達する(2)2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009)..さらに,蛍光像との同時取得も可能でるため,細胞接着における生物的・物理的な相互作用の時空間分布の情報が得られる.図1e図1■反射干渉法の原理とその利点に,生物的な相互作用(すなわち,鍵–鍵穴結合)による接着構造(パキシリンを介した接着斑)を免疫蛍光染色で可視化し,反射干渉像で得られた接着領域との空間相関率を解析した結果を示す.すると興味深いことに,16%しか位置相関を示さなかった(3)3) T. Matsuzaki, K. Ito, K. Masuda, E. Kakinuma, R. Sakamoto, K. Iketaki, H. Yamamoto, M. Suganuma, N. Kobayashi, S. Nakabayashi et al.: J. Phys. Chem. B, 120, 1221 (2016)..これは,強接着領域の84%が物理的な相互作用(1)1) E. Sackmann & R. Bruinsma: ChemPhysChem, 3, 262 (2002).(静電相互作用,Van der Waals相互作用など)によって形成されていることを示す.以上のように,反射干渉法を用いることで,細胞接着の生物的・物理的な相互作用の時空間分布を正確に捉えることが可能となる.第2章からは,本技術の応用例を述べる.コラムで述べたように,細胞は接着することで,周辺の生物的特性(タンパク質の量や種類)の他にも,力学的特性(硬さ,ヤング率E, kPa)を鋭敏に知覚している.例えば,当該分野で有名なDischerらは,各臓器に固有な硬さをハイドロゲルで模倣し,それを培養基板として用いることで,幹細胞の分化方向の制御に成功している(4)4) A. J. Engler, S. Sen, H. L. Sweeney & D. E. Discher: Cell, 126, 677 (2006)..しかし,生体内のように細胞同士が接着し合う臓器形成に対して,硬さと接着構造がどう影響するのか? といった疑問が残されていた.そこでまず筆者らは,細胞培養の基板であるハイドロゲルと細胞との接着界面の可視化から研究を開始した.しかし,ハイドロゲルは多量の水分を含んで膨潤するため,屈折率が培養液に近くなり,溶液–ゲル界面からの反射光I2が大きく減少する(図2a図2■反射干渉法の改良,反射率R~0.006%,基板がガラスだった時に比べて100倍低下).その結果,従来の反射干渉法では,細胞–ハイドロゲル界面の接着構造を十分なコントラストで観察することが困難であった.そこで筆者らは,高輝度のSuper luminescent diodeや固体レーザーを用いて入射光強度を増強させた.一方,一般的に入射光強度を増強すれば,細胞内外からの散乱光(図2b図2■反射干渉法の改良赤/青点線)が増える.そこでレーザー走査型の共焦点ユニットを導入することで,散乱光の低減を達成した.実際,本手法により,細胞–ハイドロゲル界面を可視化すると,細胞縁にあるフィロポディアまで高コントラストに観察できることが明らかとなった(5)5) T. Matsuzaki, G. Sazaki, M. Suganuma, T. Watanabe, T. Yamazaki, M. Tanaka, S. Nakabayashi & H. Y. Yoshikawa: J. Phys. Chem. Lett., 5, 253 (2014)..
上記に挙げた反射干渉像のコントラストの向上により,細胞接着のハイドロゲルの硬さ依存性を詳細に調べることが可能となった(図3a図3■硬さに応答する細胞組織の接着挙動).ここで興味深いことに,(1)細胞の接着面積はハイドロゲルの硬さとともに,単調増加すること,そして(2)細胞運動の速度は中庸な接着強度の時に最大化できることを見出した.次の問いは,細胞同士が接着した組織形成の運動に対しても,適度な細胞接着強度が存在するか? を調べることである.そこで,ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド(臓器の種)の組織をハイドロゲル基板の上で培養した.すると予想通り,軟らかすぎもせず,硬すぎもしない中庸な硬さの環境で肝臓オルガノイドの集積運動が惹起できた(図3b図3■硬さに応答する細胞組織の接着挙動)(6)6) T. Takebe, M. Enomura, E. Yoshizawa, M. Kimura, H. Koike, Y. Ueno, T. Matsuzaki, T. Yamazaki, T. Toyohara, K. Osafune et al.: Cell Stem Cell, 16, 556 (2015)..ごく最近では,共同研究者の武部を中心に,肝臓オルガノイドは日本でも移植応用に近い臓器の一つとして注目が集められているものの,共同研究当初は肝臓の培養条件の最適化が未完成であった.今回,肝臓が発生する上での好みの硬さが発見できたことで,効率的に肝臓オルガノイドを作る培養条件が最適化できたと考えられる.