解説

細胞接着の定量計測に基づく細胞組織の機能解明組織形成からバイオエレクトロニクスへの応用を目指して

Quantitative Measurement of Cell Adhesion in Multicellular Systems: Toward Applications for Tissue Engineering and Bioelectronics

Takahisa Matsuzaki

松﨑 賢寿

大阪大学大学院工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター

大阪大学大学院工学研究科物理学系専攻応用物理学コース

Hiroshi Y. Yoshikawa

吉川 洋史

大阪大学大学院工学研究科物理学系専攻応用物理学コース

Published: 2023-06-01

細胞接着は,多細胞が関わる組織形成の開始点となる重要なプロセスの一つである(1).その機構の解明を目指して,生物的な相互作用を担うタンパク質が多数同定され,その種類や量が蛍光顕微鏡で精密計測されてきた.しかし,蛍光観察では可視化できない物理的な相互作用(図1a,静電相互作用や疎水性相互作用など)が生きた細胞組織の形成や機能にどう影響するかは未解明な点が多い.そこで本稿では,生物的・物理的な接着相互作用を包括的に可視化できる反射干渉法(原理:第1章)を用いて,細胞組織の形態形成(第2章)とバイオハイブリッドセンサー(第3章)に応用した例を紹介する.

Key words: 細胞接着; 反射干渉法; 組織形成; バイオエレクトロニクス; ソフトマター

第1章:反射干渉法の原理

反射干渉法の最大の利点は,撮影した画像の輝度を細胞-基板間の距離(h [nm])に変換できることである(2)2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009)..実験装置のセットアップとしては,倒立顕微鏡をベースとしており,まず平滑な基板(ガラスなど)に対して単色光(波長λ)を入射する.すると,細胞-溶液界面での反射光I1と基板-溶液界面での反射光I2の二つが干渉パターンを織りなす(図1b図1■反射干渉法の原理とその利点).ここで,光の垂直入射・反射を仮定した理論モデル(2)2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009).の式(1)を用いて,画像の輝度を距離の情報へと変換できる.

なお干渉光の輝度の最大値と最小値をそれぞれImaxIminnを溶液の屈折率とする.まず例として,ポリスチレンビーズ(直径100 µmの球体)の水分散液をガラス基板に展開して反射像を取得してみる.すると,同心円状のニュートンリングが観察できる(図1c図1■反射干渉法の原理とその利点).この時,基板と点接着した中心は負の干渉によりIminを取り,h~100 nm周期で明暗のパターンが繰り返される.式1を用いて輝度情報を高さ情報へと変換すると,確かにビーズの球形状を反映した高さプロファイルとなっていることがわかる(図1d図1■反射干渉法の原理とその利点).ここで特筆すべきは,本手法は光干渉の原理に基づくため,hの分解能はXY方向の回折限界を遥かに超えた2 nmに達する(2)2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009)..さらに,蛍光像との同時取得も可能でるため,細胞接着における生物的・物理的な相互作用の時空間分布の情報が得られる.図1e図1■反射干渉法の原理とその利点に,生物的な相互作用(すなわち,鍵–鍵穴結合)による接着構造(パキシリンを介した接着斑)を免疫蛍光染色で可視化し,反射干渉像で得られた接着領域との空間相関率を解析した結果を示す.すると興味深いことに,16%しか位置相関を示さなかった(3)3) T. Matsuzaki, K. Ito, K. Masuda, E. Kakinuma, R. Sakamoto, K. Iketaki, H. Yamamoto, M. Suganuma, N. Kobayashi, S. Nakabayashi et al.: J. Phys. Chem. B, 120, 1221 (2016)..これは,強接着領域の84%が物理的な相互作用(1)1) E. Sackmann & R. Bruinsma: ChemPhysChem, 3, 262 (2002).(静電相互作用,Van der Waals相互作用など)によって形成されていることを示す.以上のように,反射干渉法を用いることで,細胞接着の生物的・物理的な相互作用の時空間分布を正確に捉えることが可能となる.第2章からは,本技術の応用例を述べる.

図1■反射干渉法の原理とその利点

(a)細胞接着に関わる生物的・物理的相互作用の概要.(b)反射干渉法の原理.(c)ポリスチレンビーズの干渉像と(d)高さプロファイルの再構築結果.(e)細胞接着面におけるタンパク質の蛍光像と反射像との同時測定.Matsuzaki, Yoshikawa et al., J. Phys. Chem. B.(2016)より図を改変.

第2章:肝臓オルガノイドの再生を促す接着構造の定量解明

1. 細胞–ハイドロゲル界面の可視化

コラムで述べたように,細胞は接着することで,周辺の生物的特性(タンパク質の量や種類)の他にも,力学的特性(硬さ,ヤング率E, kPa)を鋭敏に知覚している.例えば,当該分野で有名なDischerらは,各臓器に固有な硬さをハイドロゲルで模倣し,それを培養基板として用いることで,幹細胞の分化方向の制御に成功している(4)4) A. J. Engler, S. Sen, H. L. Sweeney & D. E. Discher: Cell, 126, 677 (2006)..しかし,生体内のように細胞同士が接着し合う臓器形成に対して,硬さと接着構造がどう影響するのか? といった疑問が残されていた.そこでまず筆者らは,細胞培養の基板であるハイドロゲルと細胞との接着界面の可視化から研究を開始した.しかし,ハイドロゲルは多量の水分を含んで膨潤するため,屈折率が培養液に近くなり,溶液–ゲル界面からの反射光I2が大きく減少する(図2a図2■反射干渉法の改良,反射率R~0.006%,基板がガラスだった時に比べて100倍低下).その結果,従来の反射干渉法では,細胞–ハイドロゲル界面の接着構造を十分なコントラストで観察することが困難であった.そこで筆者らは,高輝度のSuper luminescent diodeや固体レーザーを用いて入射光強度を増強させた.一方,一般的に入射光強度を増強すれば,細胞内外からの散乱光(図2b図2■反射干渉法の改良赤/青点線)が増える.そこでレーザー走査型の共焦点ユニットを導入することで,散乱光の低減を達成した.実際,本手法により,細胞–ハイドロゲル界面を可視化すると,細胞縁にあるフィロポディアまで高コントラストに観察できることが明らかとなった(5)5) T. Matsuzaki, G. Sazaki, M. Suganuma, T. Watanabe, T. Yamazaki, M. Tanaka, S. Nakabayashi & H. Y. Yoshikawa: J. Phys. Chem. Lett., 5, 253 (2014).

図2■反射干渉法の改良

(a)改良前後における細胞–ハイドロゲル界面のコントラストと(b)共焦点ユニットの役割.Matsuzaki, . . ., Yoshikawa, J. Phys Chem Lett (2014)より図を改変.

2. 肝臓オルガノイドの集合運動を最大化する接着構造

上記に挙げた反射干渉像のコントラストの向上により,細胞接着のハイドロゲルの硬さ依存性を詳細に調べることが可能となった(図3a図3■硬さに応答する細胞組織の接着挙動).ここで興味深いことに,(1)細胞の接着面積はハイドロゲルの硬さとともに,単調増加すること,そして(2)細胞運動の速度は中庸な接着強度の時に最大化できることを見出した.次の問いは,細胞同士が接着した組織形成の運動に対しても,適度な細胞接着強度が存在するか? を調べることである.そこで,ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド(臓器の種)の組織をハイドロゲル基板の上で培養した.すると予想通り,軟らかすぎもせず,硬すぎもしない中庸な硬さの環境で肝臓オルガノイドの集積運動が惹起できた(図3b図3■硬さに応答する細胞組織の接着挙動(6)6) T. Takebe, M. Enomura, E. Yoshizawa, M. Kimura, H. Koike, Y. Ueno, T. Matsuzaki, T. Yamazaki, T. Toyohara, K. Osafune et al.: Cell Stem Cell, 16, 556 (2015)..ごく最近では,共同研究者の武部を中心に,肝臓オルガノイドは日本でも移植応用に近い臓器の一つとして注目が集められているものの,共同研究当初は肝臓の培養条件の最適化が未完成であった.今回,肝臓が発生する上での好みの硬さが発見できたことで,効率的に肝臓オルガノイドを作る培養条件が最適化できたと考えられる.

図3■硬さに応答する細胞組織の接着挙動

硬さに応答する(a)単一細胞の接着強度・運動性,そして(b)肝臓オルガノイドの集積運動.(c)接着強度の空間パターニングによる組織構造の制御.中心の硬い領域に向かって集合運動が惹起.間葉系幹細胞の濃度に応じた構造変化も行われる.Matsuzaki, . . , Yoshikawa, J. Phys. Chem. Lett. (2014), iScience (2022), Takebe, . . , Matsuzaki, . . ., Yoshikawa, Cell Stem Cell (2015) より図を改変.

3. 肝臓オルガノイドの構造複雑化に向けた接着構造の空間パターニング

ごく最近,球状の肝臓オルガノイドの構造をより生体内の構造に近づけるための試みとして,培養基板の中心にわざと硬い領域を付与した高分子材料を開発した(図3c図3■硬さに応答する細胞組織の接着挙動).実際に培養を開始すると,中心の局所硬化した領域に向かって,細胞運動が誘導されることがわかった.本高分子は光照射により硬化する性質があり,局所硬化の形を光の照射パターンで円,二等辺三角形,星など多様な形に制御することが可能であり,創出した組織の構造もその硬さの空間パターンに沿うことが明らかとなった(data not shown).以上のように,細胞組織の集合運動を最大化するような接着構造を決定し,さらにその接着強度の空間パターンによって臓器オルガノイドの構造制御へと繋げることができた(7)7) T. Matsuzaki, Y. Shimokawa, H. Koike, M. Kimura, Y. Kawano, N. Okuma, T. Takebe & H. Y. Yoshikawa: iScience, 25, 105109 (2022)..現在,本技術は,肝臓,骨格筋,消化器などに応用範囲を拡大中であり,今後再生医療にも貢献できる可能性があると考えている.

第3章:バイオハイブリッドセンサーの中核をなす昆虫細胞の接着原理の解明

これまで哺乳類細胞の接着機序について述べてきたが,最後に,筆者らが紐解きつつある昆虫細胞の面白い接着機序について述べる.昆虫細胞には,哺乳類細胞が生きられないような室温環境下(20°C)でも生育できる強靭さを有している.さらに,昆虫嗅覚受容体はターゲットとなる匂いを高感度かつ選択的に検出可能な匂いセンシング性能もある.共同研究者の照月らは,これら昆虫が有する特異な性質を活かして,昆虫嗅覚受容体を発現した昆虫細胞と電気デバイスを融合したバイオハイブリッド匂いセンサーの開発を進めてきた(8, 9)8) D. Terutsuki, H. Mitsuno, T. Sakurai, Y. Okamoto, A. Tixier-Mita, H. Toshiyoshi, Y. Mita & R. Kanzaki: R. Soc. Open Sci., 5, 172366 (2018).9) D. Terutsuki, T. Uchida, C. Fukui, Y. Sukekawa, Y. Okamoto & R. Kanzaki: J. Vis. Exp., 174, e62895 (2021)..一方,筆者が気になったのは,そもそもセンサーの核となる生きた昆虫細胞がなぜ室温で基板表面に接着することができ,その後のセンサー機能を最大化するのか? という問いである.そこで筆者は反射干渉法を導入し,昆虫の接着機序の解明を目指した(図4a図4■室温で昆虫細胞が接着する物理的な機序).まず透過像で昆虫細胞と哺乳類細胞を比較すると,哺乳類細胞の方が動的に変形して接着している“ように”見える.しかし,反射干渉像では,哺乳類細胞はポリスチレンビーズの様に点で基板に接着している様子が見えた.一方で昆虫細胞は,基板にコンタクトするとすぐに干渉シグナルが増大し,細胞の縁に大きく特徴的なリング状構造(矢印)が出現することを見出した.ここで,哺乳類細胞が室温で接着しない理由の一つとして,負に強く帯電した糖鎖ブラシ(シアル酸)が細胞膜表面を被覆していることにある(図4b図4■室温で昆虫細胞が接着する物理的な機序).これにより,弱負電荷を有する基板表面に対して,静電的に反発したものと考えられる.ここで,昆虫細胞のゼータ電位を実測してみると,哺乳類細胞に比べて静電反発力が少ないことが明らかになった.以上により,昆虫細胞は弱く帯電したシアル酸の糖鎖分子が大量に表面を被覆しているために,基板との反発力が抑えられ,室温での強い接着を達成しているものと考えられる(10)10) T. Matsuzaki, D. Terutsuki, S. Sato, K. Ikarashi, K. Sato, H. Mitsuno, H. Y. Yoshikawa & R. Kanzaki: J. Phys. Chem. Lett., 13, 9494 (2022).

図4■室温で昆虫細胞が接着する物理的な機序

(a)哺乳類細胞と昆虫細胞の反射干渉像のダイナミクス.(b)糖鎖構造の際による接着力の変化.(c)匂いセンサーのコアの概要と将来展望.Matsuzaki, . . ., Yoshikawa et al., J. Phys. Chem. Lett. (2022) より図を改変.

昆虫細胞の接着界面においては,その縁にリング状の強接着領域が形成されていた.また,この領域は流動的な細胞膜の硬さを有しながらも,コレステロールが豊富な分子指紋を有していることも明らかとなった(data not shown).本研究では,昆虫細胞がなぜ室温で基板に接着しやすいのかという原理の一端を解明したに過ぎないが,今後はこのような昆虫細胞の接着構造を自在に制御しながら,センサー機能を最大化するような接着構造の定量解明を進めていきたい(図4c図4■室温で昆虫細胞が接着する物理的な機序).

おわりに

反射干渉法は,非侵襲に細胞と基板との接着界面のナノ構造を可視化できる強力なツールである.さらに倒立顕微鏡をベースにしたシステムであるため,一般的な蛍光顕微法なども組み合わせが容易であり,生物学的・物理学的な相互作用の情報を包括的に取得が可能となる.筆者らはこの反射干渉法の開発に対しても興味があり,既に共焦点ユニットや超解像ユニットを組み合わせて超解像・超コントラス化も目指している.今後は,細胞の物性評価法となる光ピンセットや蛍光測定も組み合わせて,究極の生物的・物理的顕微鏡の完成を目指す.以上のような細胞の接着構造を可視化するというアプローチが,本研究で紹介した対象以外の幅広い細胞組織の機能の解明につながることを期待して,本稿を締めたい.

Acknowledgments

本研究の一部はJST創発,JSPS科研費,財団(中谷医工計測技術振興財団,上原記念生命科学財団,武田科学振興財団,内藤記念科学振興財団)のサポートを受けて実施したものである.また本研究の達成にサポート頂いた武部貴則先生(東京医科歯科大学,シンシナティ小児病院,横浜市立大学),照月大悟先生(東北大),田中 求先生(ハイデルベルグ大学,京都大学),佐崎 元先生(北海道大学),菅沼雅美先生と中林誠一郎先生(埼玉大学),谷井考至先生(早稲田大学)をはじめとするすべての共同研究者に感謝申し上げる.

Reference

1) E. Sackmann & R. Bruinsma: ChemPhysChem, 3, 262 (2002).

2) L. Limozin & K. Sengupta: ChemPhysChem, 10, 2752 (2009).

3) T. Matsuzaki, K. Ito, K. Masuda, E. Kakinuma, R. Sakamoto, K. Iketaki, H. Yamamoto, M. Suganuma, N. Kobayashi, S. Nakabayashi et al.: J. Phys. Chem. B, 120, 1221 (2016).

4) A. J. Engler, S. Sen, H. L. Sweeney & D. E. Discher: Cell, 126, 677 (2006).

5) T. Matsuzaki, G. Sazaki, M. Suganuma, T. Watanabe, T. Yamazaki, M. Tanaka, S. Nakabayashi & H. Y. Yoshikawa: J. Phys. Chem. Lett., 5, 253 (2014).

6) T. Takebe, M. Enomura, E. Yoshizawa, M. Kimura, H. Koike, Y. Ueno, T. Matsuzaki, T. Yamazaki, T. Toyohara, K. Osafune et al.: Cell Stem Cell, 16, 556 (2015).

7) T. Matsuzaki, Y. Shimokawa, H. Koike, M. Kimura, Y. Kawano, N. Okuma, T. Takebe & H. Y. Yoshikawa: iScience, 25, 105109 (2022).

8) D. Terutsuki, H. Mitsuno, T. Sakurai, Y. Okamoto, A. Tixier-Mita, H. Toshiyoshi, Y. Mita & R. Kanzaki: R. Soc. Open Sci., 5, 172366 (2018).

9) D. Terutsuki, T. Uchida, C. Fukui, Y. Sukekawa, Y. Okamoto & R. Kanzaki: J. Vis. Exp., 174, e62895 (2021).

10) T. Matsuzaki, D. Terutsuki, S. Sato, K. Ikarashi, K. Sato, H. Mitsuno, H. Y. Yoshikawa & R. Kanzaki: J. Phys. Chem. Lett., 13, 9494 (2022).