Kagaku to Seibutsu 61(6): 274-280 (2023)
解説
ガラクトオリゴ糖の製造に有用な担子菌酵母のβ-グリコシダーゼ遺伝子クローニングと立体構造解析から明らかになった特徴について
β-Glycosidases from Basidiomycetous Yeasts Applicable for Galactooligosaccharide Production: Focus on Gene Cloning and 3D Structure Analysis
Published: 2023-06-01
ガラクトオリゴ糖は,ヒトをはじめとする哺乳動物の乳汁中に見いだされる.工業的には,高濃度の乳糖(ガラクトースとグルコースがβ-1,4結合した2糖)に加水分解酵素を作用させ,糖転移反応によって2~6糖のガラクトオリゴ糖を生成させる(図1図1■糖質分解酵素の加水分解反応と糖転移反応の模式図).このガラクトオリゴ糖は,ヒトの消化酵素では消化されないが,ビフィズス菌などの腸内細菌には利用されるヒト難消化性の糖質である.したがって,経口摂取することにより,腸内有用菌であるビフィズス菌の増殖を活発にすることが知られている(1, 2).昨今,このガラクトオリゴ糖はプレバイオティクスとして認知されると共に需要が増しており,その効率的生産法の開発が望まれている(3).現在ガラクトオリゴ糖は,微生物由来のβ-ガラクトシダーゼの糖転移活性を利用して,工業生産されているが,数多くのβ-ガラクトシダーゼや類似の加水分解酵素が細菌(4, 5)や真菌(6~8)から単離精製されたものの,その多くは収量が低く,工業的なガラクトオリゴ糖生産には数種類しか用いられていない.プレバイオティクスの需要が拡大している状況下では,工業的なガラクトオリゴ糖生産に好適な独自酵素の開発が望まれている(9, 10).本稿は,ガラクトオリゴ糖の生産に好適な担子菌酵母のGlycoside Hydrolase Family 1(GH1)に属するβ-glycosidaseを取り上げ,遺伝子クローニングと立体構造解析に関する最新の知見を紹介する.併せて,当該酵素の社会実装についても紹介し,今後の研究の方向性を考察する.
Key words: Glycoside Hydrolase Family 1; プレバイオティクス; 異種発現; 組換え酵素; サブサイト
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
担子菌酵母に存在する細胞壁結合性で極めて糖転移活性の高いガラクトオリゴ糖生成酵素は,古くは1960年代に,Hamamotoa(Sporoboromyces)singularis ATCC24193からの精製がカナダの研究者,Blakelyらによって報告された(11)11) J. A. Blakely & S. L. MacKenzie: Can. J. Biochem., 47, 1021 (1969)..彼らは,当該酵素が乳糖のみならずセロビオースにも作用することから,β-hexosidaseと命名している.1990年代にOhtsukaらによってCryptococcus laurentii OKN-4からのガラクトオリゴ糖生成酵素の分離精製が報告された(12)12) K. Ohtsuka, A. Tanoh, O. Ozawa, T. Kanematsu, T. Uchida & R. Shinke: J. Ferment. Bioeng., 70, 301 (1990)..彼らは,当該酵素をβ-galactosidaseと称した.その後,Onishiらによって類似の酵素が,Sterigmatomyces elviae CBS8119, Sirobasidium magnum CBS6803, Rhodotorula minuta IFO879にも存在することが明らかにされた(13~15)13) N. Onishi & T. Tanaka: Appl. Environ. Microbiol., 61, 4026 (1995).14) N. Onishi, I. Kira & K. Yokozeki: Lett. Appl. Microbiol., 23, 253 (1996).15) N. Onishi & T. Tanaka: J. Ferment. Bioeng., 82, 439 (1996)..彼らも,当該酵素群を当初β-galactosidaseと称していたものの,乳糖だけでなくセロビオースにも作用することを見いだし,最終的にはβ-glycosidaseと称した.最近では,ミャンマーで単離されたCryptococcus(Papiliotrema)terrestris(NITEによる収集菌株コレクション)からも,同様の酵素が見いだされている(16)16) Q. Ke, P. Fulmer & A. Mizutani: Regul. Toxicol. Pharmacol., 92, 213 (2018)..
上記のガラクトオリゴ糖生成酵素には,次のような共通点があり,一群の酵素と解されている.①ホモダイマー構造,②糖タンパク,③乳糖だけでなくセロビオースにも作用しオリゴ糖を生成する,④o-nitrophenyl-β-D-galactopyranosideよりもp-nitrophenyl-β-D-glucopyranosideの方がKm値は小さい,⑤細胞壁に局在する,⑥至適pHが酸性域,などである.一方で至適温度(45~85°C)や分子量(135,000~200,000)については,比較的多様である.また,Cryptococcus laurentii OKN-4は土壌から(17)17) K. Ohtsuka, S. Oki, O. Ozawa & T. Uchida: J. Ferment. Technol., 66, 479 (1989).,Sterigmatomyces elviae CBS8119はパン屋のオーブン付近から(http://www.cbs.knaw.nl/databases/index.htm),Sirobasidium magnum CBS6803は腐った木材から(http://www.cbs.knaw.nl/databases/index.htm),Rhodotorula minuta IFO879は空気中から(http://www.nbrc.nite.go.jp/),Hamamotoa singularis ATCC24193は西洋栂に生息するニレキクイムシという昆虫の糞屑から(18)18) H. J. Phaff & L. do Carmo-Sousa; do CARMO-SOUSA: Antonie van Leeuwenhoek, 28, 193 (1962).単離されており,いずれの菌株も乳糖がほとんど存在しない環境から分離されていることも共通している.おそらくこれらの担子菌酵母に存在するガラクトオリゴ糖生成酵素は,本来乳糖を加水分解する酵素ではなく,他の糖質や配糖体を加水分解するために存在している(していた)と解するのが妥当であろう.何れにせよ,酵素精製の報文は数多く存在するものの,後述のHamamotoa singularis ATCC24193から当該遺伝子がクローニングされるまで,遺伝子情報がなく,長年その正体が不明であった.
Ishikawaらは,Hamamotoa singularis ATCC24193(以下,Hs)からガラクトオリゴ糖生成酵素を精製し,部分アミノ酸配列より縮重プライマーを合成し,cDNAおよび遺伝子をクローニングした(19)19) E. Ishikawa, T. Sakai, H. Ikemura, K. Matsumoto & H. Abe: J. Biosci. Bioeng., 99, 331 (2005)..bglAと名付けられたこの遺伝子は18のイントロンと19のエキソンから構成され,594個のアミノ酸で構成される分子量66,400のポリペプチド鎖をコードしていた.この酵素の推定アミノ酸配列は高等植物由来のGH1に属するβ-glucosidaseに弱いながらも有意な類似性(35%の同一性)を有したが,N末側110アミノ酸は既知タンパクに類似性を有しないユニークな配列であった.
次いで,Ishikawaらは,HsのbglA遺伝子を参考にして,縮重プライマーをデザインし,類縁の担子菌酵母Sirobasidium magnum JCM 6876(以下,Sm),Rhodotorula minuta CBS 319(以下,Rm),およびSterigmatomyces elviae IFO 1843(以下,Se)からオルソログを取得した(20)20) E. Ishikawa, M. Ikeda, H. Sotoya, M. Anbe, H. Matsumoto, M. Kiwaki & H. Hatano: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 49, kuab087 (2022)..これらは何れもGH1 Familyに属する糖質分解酵素(以下,BglA)をコードしており,何れもN末端に機能未知のドメインを有していた.特に,Sm-BglAのN末ドメインは他のBglAに比べて大きく,その分推定分子量も他のBglAよりも大きかった.アミノ酸一次配列に基づき,4種類のBglAの類縁のタンパク質との系統樹を作成したところ,真菌のβ-glucosidaseとクラスターを形成した.このクラスターに含まれるタンパク質は,N末端にBglA同様の機能未知ドメインを有しているものが多かった(図2図2■GH1 Familyに属する植物のβ-グルコシダーゼおよび真菌のβ-グルコシダーゼの系統樹).
担子菌酵母のBglA(赤字)は真菌のβ-グルコシダーゼと同一のクラスターを形成した.当該クラスターには,N末に機能未知のドメインを保有しているものが多かった.一方で,植物のβ-グルコシダーゼは,N末に機能未知のドメインを持っていなかった.
GH1 β-glycosidaseをコードするHs-, Sm-, Rm-,およびSe-bglA遺伝子を比較してみたところ,多数のイントロンを含んでいたが,Se-bglAは他のbglA遺伝子に比べて相対的にイントロンが少なかった.また,Hs-, Sm-およびRm-bglA遺伝子では,30塩基対以下のマイクロエキソンが見いだされ,それに隣接するイントロンではスプライシング箇所がGT-AGルールを満たさないものが,存在した.これら遺伝子構造は,担子菌酵母の特徴と考えられた.
先述の通り,1960年代に担子菌酵母のGH1 β-glycosidaseが発見されて久しいが,その優れた糖転移活性の立体構造基盤は長年明らかではなかった.その背景には,担子菌酵母のGH1 β-glycosidaseは細胞壁結合性であるが故に単離精製が難しく,結晶構造解析の成功例がなかったこと,それに加えて,相同性が50%を超える近縁ホモログにおいても立体構造情報が得られていなかったことが挙げられる.そのような中,最近,UeharaらはHs-BglAの細胞壁結合領域を欠損させた変異体をPichia pastorisによって異種発現させ,その結晶構造解析に成功した(図3図3■Hs-BglAの全体構造(PDBID: 6M4E))(21)21) R. Uehara, R. Iwamoto, S. Aoki, T. Yoshizawa, K. Takano, H. Matsumura & S. I. Tanaka: Protein Sci., 29, 2000 (2020)..その立体構造から,Hs-BglAはβ-glycosidaseに代表的なTIMバレルの触媒ドメインと,GH1 Familyで高度に保存される2つの触媒モチーフ(酸/塩基触媒として働くTFNEPモチーフと,求核性触媒として働くTENGモチーフ)を持つことがわかった.一方で,基質結合ポケットにおいて従来の酵素とは異なる特徴を持つことも明らかとなった.具体的には,糖転移反応においてアクセプター糖の受け皿となる+1サブサイトに大きな違いがあり,従来の酵素では見られなかったような酸性/塩基性アミノ酸(Arg277, Asp339, Asp340, Arg414)を+1サブサイトに多く配置することで,アクセプター糖と強い水素結合ネットワークを形成できることがわかった(図4図4■Hs-BglAの+1サブサイトにおける糖基質との水素結合ネットワーク).興味深いことに,これらの酸性/塩基性アミノ酸は,上述のSm-, Rm-,およびSe-BglAでも高度に保存されていた.真偽については変異解析の結果が待たれるが,この水素結合ネットワークがもたらすアクセプター糖との強い親和性により,担子菌酵母のGH1 β-glycosidaseは高い糖転移活性を実現しているものと考えられる.また,この構造解析によってN末端に存在する機能未知ドメインの構造も明らかとなった.詳細は参考文献に譲るが,このドメインは触媒ドメインと広範囲で強い相互作用をしていることから,触媒ドメインの構造安定化に寄与することが示唆されている(21)21) R. Uehara, R. Iwamoto, S. Aoki, T. Yoshizawa, K. Takano, H. Matsumura & S. I. Tanaka: Protein Sci., 29, 2000 (2020)..
触媒ドメインを淡橙色,N末端ドメインを水色で示す.また,糖鎖を灰色のスティックモデルで,GH1 Familyで高度に保存される2つの触媒モチーフを黄色のスティックモデルでそれぞれ示す.文献21図1図1■糖質分解酵素の加水分解反応と糖転移反応の模式図より改変.
Hs-BglAと3糖GOSである4′-galactosyllactose(4GalLac)との複合体構造(PDBID:6M55)における,+1サブサイトの拡大図.+1サブサイトを構成するアミノ酸残基を淡橙色のスティックモデルで,4GalLacを灰色のスティックモデルでそれぞれ示す.また,アミノ酸側鎖と糖基質との間で形成する水素結合を黒色の破線で示す.文献21図2図2■GH1 Familyに属する植物のβ-グルコシダーゼおよび真菌のβ-グルコシダーゼの系統樹より改変.
担子菌酵母のGH1 β-glycosidaseは細胞壁結合性であるため,菌体から遊離させて濃縮することが困難であり,酵素製剤への利用には不向きである.したがって,菌体濃縮液を乳糖に作用させて,ガラクトオリゴ糖を製造する微生物変換法が主流となっている.日新製糖(株)では,Cryptococcus laurentiiを用いて,ガラクトオリゴ糖(商品名:カップオリゴ)を製造している(22)22) 玉井 智,大塚耕太郎,小沢 修,内田隆次:日本栄養・食糧学会誌45, 456 (1992)..ヤクルト薬品工業(株)では,Hsの酵素高産生変異株を利用して,ガラクトオリゴ糖(商品名:オリゴメイト)を製造している(23)23) K. Kaneko, Y. Watanabe, K. Kimura, K. Matsumoto, T. Mizobuchi & M. Onoue: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 100 (2014)..また,天野エンザイム(株)は,Papiliotrema terrestrisの変異株を用いて製造した酵素製剤を報告している(16)16) Q. Ke, P. Fulmer & A. Mizutani: Regul. Toxicol. Pharmacol., 92, 213 (2018)..Ishikawaらは,麹菌を宿主に用いることで,上述のBglAの組換え酵素を分泌生産することに成功している (図5図5■組換えBglAの分泌生産に関する概念図)(20)20) E. Ishikawa, M. Ikeda, H. Sotoya, M. Anbe, H. Matsumoto, M. Kiwaki & H. Hatano: J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 49, kuab087 (2022)..組換え酵素を食品製造に利用するには,消費者の理解を得る必要があるが,組換えBglAはガラクトオリゴ糖製造に極めて有用であることが示されている.
担子菌酵母のガラクトオリゴ糖生成酵素に関しては,酵素精製の報告は数多く存在したが,分子情報が不明のままであった.一連の担子菌酵母から,ガラクトオリゴ糖生成酵素をコードするbglA遺伝子群が同定されたことで,耐熱性/糖転移活性と一次構造との相関を解析することが可能になった.また,H. singularisのガラクトオリゴ糖生成酵素の結晶構造はすでに決定されており,近年ではAlphaFold2(24)24) J. Jumper, R. Evans, A. Pritzel, T. Green, M. Figurnov, O. Ronneberger, K. Tunyasuvunakool, R. Bates, A. Žídek, A. Potapenko et al.: Nature, 596, 583 (2021).の登場も相まって,高精度なタンパク質立体構造予測も可能となっている.すなわち,担子菌酵母由来ガラクトオリゴ糖合成酵素の配列・構造・機能相関について,網羅的な解析の準備が整ってきたといえる.今後,ガラクトオリゴ糖生成酵素の一次構造や高次構造とガラクトオリゴ糖の生成パターンとを比較することで,糖転移反応の効率や特異性に関与するモチーフやドメインを特定することも可能と考えられる.将来的には,これらの知見を活用したタンパク質工学的検討によって,ガラクトオリゴ糖生成酵素の糖転移反応をコントロールし,ガラクトオリゴ糖組成の改良など実用面の研究が進むことが期待される.
Reference
1) K. Ohtsuka: Bifidus, 2, 143 (1989).
3) T. Sako, K. Matsumoto & R. Tanaka: Int. Dairy J., 9, 69 (1999).
4) R. E. Huber, G. Kurz & K. Wallenfels: Biochemistry, 15, 1994 (1976).
5) Z. Mozaffar, K. Nakanishi, R. Matsuno & T. Kamikubo: Agric. Biol. Chem., 48, 3053 (1984).
6) N. G. Asp, A. Burval, A. Dahlquist, P. Hallgren & A. Lundblad: Food Chem., 5, 147 (1980).
7) T. Toba, A. Yokota & S. Adachi: Food Chem., 16, 147 (1985).
8) T. Maugard, D. Gaunt, M. D. Legoy & T. Besson: Biotechnol. Lett., 25, 623 (2003).
10) M. G. Gänzle: Int. Dairy J., 22, 116 (2012).
11) J. A. Blakely & S. L. MacKenzie: Can. J. Biochem., 47, 1021 (1969).
13) N. Onishi & T. Tanaka: Appl. Environ. Microbiol., 61, 4026 (1995).
14) N. Onishi, I. Kira & K. Yokozeki: Lett. Appl. Microbiol., 23, 253 (1996).
15) N. Onishi & T. Tanaka: J. Ferment. Bioeng., 82, 439 (1996).
16) Q. Ke, P. Fulmer & A. Mizutani: Regul. Toxicol. Pharmacol., 92, 213 (2018).
17) K. Ohtsuka, S. Oki, O. Ozawa & T. Uchida: J. Ferment. Technol., 66, 479 (1989).
18) H. J. Phaff & L. do Carmo-Sousa; do CARMO-SOUSA: Antonie van Leeuwenhoek, 28, 193 (1962).
19) E. Ishikawa, T. Sakai, H. Ikemura, K. Matsumoto & H. Abe: J. Biosci. Bioeng., 99, 331 (2005).
22) 玉井 智,大塚耕太郎,小沢 修,内田隆次:日本栄養・食糧学会誌45, 456 (1992).
25) G. R. Gibson & M. B. Roberfroid: J. Nutr., 125, 1401 (1995).