解説

歪んだ3員環を含む生物活性天然物の全合成全シス置換シクロプロパンの合成戦略

Total Synthesis of Biologically Active Natural Products Containing Distorted Three-Membered Rings: Synthetic Strategies for All Cis-Substituted Cyclopropanes

Chihiro Tsukano

塚野 千尋

京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻

Published: 2023-06-01

歪んだ構造を含む天然物の合成は,歪んだ構造の構築に加えて,その構造を壊さずに最終生成物まで誘導する必要があり,難しい.また,歪んだ不安定構造であるためか,天然から単離される量も限られ,生物活性に関連してさらに研究を進めるためには合成による試料供給が必要となってくる.シクロプロパンは代表的な歪みのある3員環であるが,多様な置換基を持つことでさらに歪みが増した場合,一体どのように合成するのがいいだろうか?

Key words: 天然物; 全合成; シクロプロパン; テルペン

はじめに

近年,置換基の主鎖が全てシス配置のシクロプロパン(かご状化合物を除く,以下,全シス置換シクロプロパンと略す)を有する天然物が相次いで単離されている.2010年以降の例として,非典型ストリゴラクトンavenaol(1)1) H. I. Kim, T. Kisugi, P. Khetkam, X. Xie, K. Yoneyama, K. Uchida, T. Yokota, T. Nomura, C. S. P. McErlean & K. Yoneyama: Phytochemistry, 103, 85 (2014).,3環性セスキテルペンshagene類(2)2) J. L. von Salm, N. G. Wilson, B. A. Vesely, D. E. Kyle, J. Cuce & B. J. Baker: Org. Lett., 16, 2630 (2014).,ノルトリテルペンpre-schisanartanin類(3)3) S.-X. Huang, R.-T. Li, J.-P. Liu, Y. Lu, Y. Chang, C. Lei, W.-L. Xiao, L.-B. Yang, Q.-T. Zheng & H.-D. Sun: Org. Lett., 9, 2079 (2007).やarisanlactone類(4)4) Y.-B. Cheng, T.-C. Liao, Y.-W. Lo, Y.-C. Chen, Y.-C. Kuo, S.-Y. Chen, C.-T. Chien, T.-L. Hwang & Y.-C. Shen: J. Nat. Prod., 73, 1228 (2010).など挙げられる(図1図1■特異な置換パターンを有するシクロプロパン含有天然物).1984年に単離された大環状ジテルペンerythrolide A(5)5) S. A. Look, W. Fenical, D. V. Engen & J. Clardy: J. Am. Chem. Soc., 106, 5026 (1984).を含め,これらの天然物は複雑な縮環系を有していることに加え,元来歪みを有する3員環構造を持つため,合成も難しく新たな合成戦略が必要である.また,これらは興味深い生物活性を示す一方で,天然からの単離量が著しく少なく,生物活性に関連した研究をするためには化学合成(全合成)による供給が必要である.合成経路が確立されれば,生合成では得ることのできない類縁体も化学合成により供給することが可能となり,生物活性を増強したり,標的に対する選択性を上げたりする構造改変体の創出も可能となる.そのため,これらの全シス置換シクロプロパンを含む天然物の全合成は魅力的かつ重要な研究テーマであるといえる.本稿では,これまでの合成戦略を紹介しつつ,全シス置換シクロプロパンを含む天然物の全合成への発展を解説する.

図1■特異な置換パターンを有するシクロプロパン含有天然物

全てのシクロプロパンの嵩高い置換基が同一面に位置するシクロプロパンを我々は「全シス置換シクロプロパン」と呼んでいる.Erythrolide Aは1984年に単離されているが,全シス置換シクロプロパン含有天然物は2010年以降に報告が増えた.天然物名に続く括弧内の数字は単離報告がされた年.

全シス置換シクロプロパンの合成法

シクロプロパンは歪みのある構造であり,開環することで様々な骨格へと変換することが可能である.そのため,全シス置換体はしばしば合成中間体として利用されてきた.その代表的な合成方法について紹介する.一般的にシスオレフィンと金属カルベンなどを用いた分子間でのシクロプロパン化では,速度論的にも熱力学的にも全シス置換体は有利な生成物とはならない.一方で,シスオレフィンに対する分子内反応にすると全シス置換体を得ることが可能となる.例えば,Coreyらはジアゾエステル構造を有する化合物1を銅触媒存在下で処理すると分子内シクロプロパン化が進行し,化合物2を与えることを報告している(図2A, i図2■筆者らの研究以前に報告されていた全シス置換シクロプロパンの合成例(6, 7)6) E. J. Corey & P. L. Fuchs: J. Am. Chem. Soc., 94, 4014 (1972).7) E. J. Corey & A. G. Myers: Tetrahedron Lett., 25, 3559 (1984)..化合物2はシクロプロパン上に二つの電子求引基が置換しており,有機銅試薬による求核攻撃を受けて開環し,プロスタグランジン(PG)類の合成中間体となる二環性化合物3へと変換された.一方,分子間シクロプロパン化後,特定の置換基を変換することでも全シス置換体を構築することは可能である.Piersらは化合物4より合成したジクロロシクロプロパン5tBuLiで処理することで立体的に空いている一方の塩素原子をハロゲンリチウム交換によりリチオ化して全シス置換体6を合成した(ii)(8)8) E. Piers, M. Jean & P. S. Marrs: Tetrahedron Lett., 28, 5075 (1987)..続いて全シス置換体6から還元的にアニオンを発生させた後,有機亜鉛種7へと変換し,根岸カップリングによりアルケニル鎖を導入することでビニルシクロプロパン9へと変換した.このビニルシクロプロパン9から化合物10へと誘導後,ジビニルシクロプロパン転位により3員環を開環し,ビシクロ[3.2.1]オクタン骨格11を構築した.その後,数工程を経て(±)-prezizanolの全合成がなされた.また,ビシクロ[2.2.1]ヘプタジエン12を過酢酸により酸化すると転位反応を経て,全シス置換体13を生じることが知られている(iii)(9)9) S. S. Meinwald, M. S. Labana & J. Chadha: J. Am. Chem. Soc., 85, 582 (1963)..化合物13は[2+2]付加環化やBaeyer-Villiger酸化等を経て化合物14とした後,酸性条件下でシクロプロパンを開環し,プロスタグランジン類に誘導可能な合成中間体15へ変換できることが報告されている(10)10) J. R. C. Kelly, V. VanRheenen, I. Schietter & M. D. Pillai: J. Am. Chem. Soc., 95, 2746 (1973)..これらの例ではいずれも合成の初期段階で全シス置換シクロプロパンを合成して,合成の途上で3員環を開環している.

図2■筆者らの研究以前に報告されていた全シス置換シクロプロパンの合成例

(A)かご状構造の化合物も含め全シス置換シクロプロパンは歪みが大きく,筆者らの研究以前には反応性の高い(不安定な)合成中間体としての利用が報告されていた.代表的な合成法に(i)シスオレフィンの分子内シクロプロパン化,(ii)シスオレフィンの分子間シクロプロパン化後に一方の置換基を変換する方法,(iii)転位反応などが挙げられる.(B)全シス置換シクロプロパンを壊さずに合成の最終工程まで誘導化することは難しい.例えば分子内シクロプロパン化により合成された全シス置換シクロプロパン1819まで誘導化された後,ビニロガスアルドール反応で生じたアルコールの分子内求核攻撃を受けて開環する(19202122).生成物22は19-dehydroxyl arisandilactone Aへと誘導化された.

これまでの合成法を用いれば,全シス置換体を容易に合成できる可能性があるが,複雑な天然物への適用を試みると,合成初期に構築した全シス置換シクロプロパンがその後の反応で開環してしまうことがしばしば問題となる.また,合成終盤で構築するための手法は限られる.例えば,Yangらはarisandilactone類の合成研究において,ジアゾエステル16の分子内シクロプロパン化により全シス置換シクロプロパン18を合成した(図2B図2■筆者らの研究以前に報告されていた全シス置換シクロプロパンの合成例(11)11) Y.-X. Han, Y.-L. Jiang, Y. Li, H.-X. Yu, B.-Q. Tong, Z. Niu, S.-J. Zhou, S. Liu, Y. Lan, J.-H. Chen et al.: Nat. Commun., 8, 14233 (2017)..その後,12工程でアルデヒド19へと変換し,シロキシフラン20とルイス酸で処理して,ラクトンユニットの構築を試みた.反応は円滑に進行してジアステレオ選択的に付加体21を与えたが,新たに生じたアルコールが近傍のシクロプロパンに求核攻撃して5員環エーテルを形成しながら化合物22を生じた.Yangらは化合物22から数工程で19-dehydroxyl arisandilactone Aへと誘導化したが,本結果は多置換シクロプロパンの予期しない反応性を示している.

上記に紹介した合成法以外にも全シス置換シクロプロパンを合成する方法は報告されていたが,基質適用範囲に制限があったり,あるいは,シクロプロパン環が合成途上で開環してしまったりと,複雑な天然物に含まれる構造を構築するために実践的な方法ではなかった.

Avenaolの全合成(our group, 2017)

前節で述べたように反応性の高い多置換シクロプロパンは合成中間体として用いられてきたが,全シス置換シクロプロパンを含む複雑な天然物の全合成はほとんど取り組まれていなかった.そのような中,筆者はavenaolに興味を持った.本天然物は2014年に宇都宮大学の米山,謝らにより黒エンバクAvena strigosa Schreb.より単離・構造決定された.その構造はビシクロ[4.1.0]ヘプタノン骨格にC環部のラクトンが直接連結しており,典型的なストリゴラクトンとは構造が大きく異なる.特に3員環は全シス置換となっており,特徴的である.本天然物はPhelipanche ramosaの種子には顕著な発芽促進作用を示すが,Striga hermonthicaOrobanche minorに対してその活性は弱く,種差を示すことが報告されている.それまで本天然物の全合成は報告されていなかった.筆者は参加した学会で単離グループの謝肖男先生にavenaolを紹介されたのだが,図1図1■特異な置換パターンを有するシクロプロパン含有天然物に示したように歪んだ構造で,容易に分解しそうであることに興味をもち,全合成研究に着手した(12, 13)12) M. Yasui, R. Ota, C. Tsukano & Y. Takemoto: Nat. Commun., 8, 674 (2017).13) 塚野千尋:有機合成化学協会誌,76,486(2018).

筆者は,複雑な骨格に組み込まれた全シス置換シクロプロパンの全合成に適用可能な一般的合成法の開発を目指した.実際に,全シス置換シクロプロパン構築にジアゾエステルの分子内シクロプロパン化などの既存法を試みたが,avenaolの合成には適用できなった.そこで,連続する不斉中心の構築に発展可能な戦略としてアレンのシクロプロパン化とその異性化を計画した.種々検討した結果,ロジウム(Rh)触媒を用いてアレンを有するジアゾケトニトリル24をシクロプロパン化することでアルキリデンシクロプロパン25を得た(図3図3■Avenaolの全合成(筆者らのグループ,2017)).数工程でニトリルをメチル基へと還元した後,イリジウム(Ir)触媒でアリルアルコール26のオレフィンを立体選択的に異性化することで全シス置換体27aを構築することに成功した.本変換では,まずIr触媒がアリルアルコールに配位子し,遷移状態TSall-cisを経由して二重結合が異性化し,全シス置換型のエノールエーテル中間体を生じる.その後,ケト-エノール互変異性を経て全シス置換体27aとなる.一方,ジアステレオマー27bを与える遷移状態TStransは,水酸基を保護しているp-メトキシベンジル(PMB)基と触媒の配位子の立体反発があるため,TSall-cisと比較して不利となる.このため,全シス置換体27aが優先して生じる.得られた27aは2工程でジオール28とし,二つの水酸基を区別するために酸性条件下での環化とアルコールのベンゾイル化,メチルトリフルオロメチルジオキシラン(TFDO)で6員環エーテルの酸化的開裂をした(28293031).得られたアルコール31からC環部ラクトンを構築し,ブテノリド(D環部)を導入してavenaolの全合成を達成した.合成品と天然物の各種スペクトルデータは完全に一致し,実際にこのような歪んだ天然物が安定に存在することは驚きであった.また,本合成は,全シス置換シクロプロパンを含む初の全合成となった.さらに,本研究は,有機触媒によるジアステレオ選択的なブテノリド部の導入法の開発とavenaolの光学活性体の合成へと発展した(14)14) M. Yasui, A. Yamada, C. Tsukano, A. Hamza, I. Pápai & Y. Takemoto: Angew. Chem. Int. Ed., 59, 13479 (2020).

図3■Avenaolの全合成(筆者らのグループ,2017)

Avenaolの全合成では,Rh触媒によるアレンのシクロプロパン化(2425)とIr触媒によるアリルアルコールの異性化(2627a)により全シス置換シクロプロパンを構築している.その後,シクロプロパン特有の反応を活かしつつ,3員環が開裂しないように誘導化して全合成を達成している.

Pre-schisanartanin Cの不斉全合成(Yang et al., 2020)

先に紹介した19-dehydroxyl arisandilactone Aの合成を報告したYangらは合成経路をさらに検討することで2020年にpre-schisanartanin Cの全合成を達成した(15)15) Y.-L. Jiang, H.-X. Yu, Y. Li, P. Qu, Y.-X. Han, J.-H. Chen & Z. Yang: J. Am. Chem. Soc., 142, 573 (2020)..本天然物は2010年に薬用植物Schisandra propinqua var. propinquaより単離,構造決定されたノルトリテルペンである.ラクトンとエーテルを含む5/5/7/8/3員環が連なった多環性の構造を有している.生物活性については報告されていないが,類似した構造をもつarisanlactone類は,抗HCVや抗HIV活性を有する一方で細胞毒性が非常に弱いことが報告されている.このように多環性の化合物中に全シス置換シクロプロパンを含む天然物の合成は先に紹介したように挑戦的な課題である.Yangらは有機触媒34を用いたエノン32とジエン33の不斉Diels-Alder反応から合成を開始した(図4図4■Pre-schisanartanin Cの全合成(Yangらのグループ,2020)).得られたシクロヘキセン35の環拡大で7員環エノン36へと変換した後,8工程でプロパルギルユニットとオレフィン側鎖を導入してエンイン37とした.続いて全シス置換シクロプロパンの構築を検討し,触媒量の塩化金(I)で37を処理すると望みの化合物39が得られることを明らかにした.本反応ではまずプロパルギルエステルからパーフルオロベンゾイル(pFBz)基の1,2-転位を伴いながら金カルベノイド38を生じる.これが分子内のZ-オレフィンと反応して目的物39を35%収率で与えたが,同時に金カルベノイドからアレン40が52%収率で生じた.40は再度同様の条件で処理して39へと変換可能であったが,反応は完結せず,40が63%回収された.Yangらは,構築した全シス置換シクロプロパンが分解しないように,注意深くその後の変換を検討し,続く12工程でpre-schisanartanin Cの不斉全合成を達成した.鍵となる金触媒を用いた分子内シクロプロパン化は収率・変換率が低く,反応時間が7日または14日要しており,改善の余地があるが,このような複雑な天然物に含まれる8員環と縮環した全シス置換シクロプロパンの構築に利用できたという点で強力な合成戦略である.

図4■Pre-schisanartanin Cの全合成(Yangらのグループ,2020)

金触媒でエンイン37を処理するとパーフルオロベンゾイル基の1,2-転位を伴いながら金カルベノイド38を生じる.これが,分子内の三置換オレフィンとシクロプロパン化することで全シス置換シクロプロパン39を構築している.反応は室温で7日間の撹拌が必要で,アレン40も52%収率で生じる.アレン40をシクロプロパン39へと変換することも試みられているが,27%収率であり,この全シス置換シクロプロパンの構築の難しさが伝わる報告である.

Shagene類の不斉全合成(our group, 2021)

我々はavenaolの全合成で確立した合成法をより一般的な合成戦略とするために続いてshagene類の全合成に取り組んだ(16)16) C. Tsukano, R. Yagita, T. Heike, T. A. Mohammed, K. Nishibayashi, K. Irie & Y. Takemoto: Angew. Chem. Int. Ed., 60, 23106 (2021)..Shagene AおよびBは,BakerらによってScotia海から採取された八方サンゴから単離された,三環性セスキテルペンである.高分解能MSスペクトルと2次元NMRを含む各種スペクトルデータにより構造決定され,ビシクロ[4.1.0]ヘプタノン骨格を含む3/6/5員環が縮環した構造であることが明らかにされたが,shagene類の絶対的立体配置は不明であった.これらの天然物は,哺乳類由来の細胞に対して毒性を示さない一方で,リーシュマニア原虫に対しては毒性を示した.同様の効果を示す薬剤ミルテホシンと比べて10倍活性が強くヒト細胞との選択性では70倍もの差がある.そのため本天然物は,顧みられない熱帯病の一つであるリーシュマニア症の治療薬シードになるものと期待されている.

全合成を目指す上で,avenaolの全合成で開発した戦略を適用することを考えると,シクロプロパン環上の同一面に位置する3つの嵩高い置換基のうち,異性化して構築できる置換基はプロペニル基と想定されたが,足がかりとなるアルコールがない点で先の合成とは異なる戦略を立てなければならない.また,複数の二重結合存在下で選択的にアルキリデンシクロプロパンを異性化することや,連続する不斉中心を制御することも必要である.様々な検討の結果,最終的に次の合成経路を確立した(図5図5■Shagene類の不斉全合成(筆者らのグループ,2021)).

図5■Shagene類の不斉全合成(筆者らのグループ,2021)

Shagene類は3/6/5員環が縮環しており,3員環上の嵩高い置換基がすべて同一方向で位置しているため歪んだ構造となっている.アルキリデンシクロプロパン48の二重結合をIr触媒で異性化することによりこの歪んだ構造49を構築している.Avenaolの全合成とは異なり,四置換オレフィンの異性化であり,アリルアルコールを利用したものではない.

まず,モノメチルイタコン酸から不斉水素化を含む3工程で合成できるラクトン41からアレンの導入を含む7工程でジアゾケトニトリル42を合成した.得られたジアゾケトニトリル42をRh触媒で処理するとジアステレオ選択的にシクロプロパン化が進行し,目的のアルキリデンシクロプロパン43を得ることに成功した.望みのジアステレオマー43が優先して得られたのは,水酸基の保護基(図5図5■Shagene類の不斉全合成(筆者らのグループ,2021)中Rで示す)を嵩高くすることにより,43を与える擬イス形の遷移状態が有利になったためである.環化体43を3工程でエナミド45とし,Grubbs触媒で閉環メタセシスすると環化後に生じたエナミド構造が不安定で容易にケトン46へと加水分解された.続く脱水により47とした後,アルキリデンシクロプロパンおよび3置換オレフィンの異性化について種々検討した.その結果,3置換オレフィンをシリルエノールエーテル経由で48へと異性化した後,Ir触媒を用いてアルキリデンシクロプロパンの4置換オレフィンを異性化して全シス置換体49を得ることに成功した.この際にアルキリデンシクロプロパンにはアリルアルコール部位が存在しないにも関わらず,異性化のジアステレオ選択性が完全に制御されるのは近傍のカルボニル酸素がIr触媒に配位して反応が進行するためである.構築した全シス置換シクロプロパンは反応条件によっては容易に開環するが,これを壊さないように誘導化してshagene AとBの初の全合成を達成した.本合成によりshagene類の絶対立体配置を明らかにするとともに,天然からは入手できないshagene類の試料供給を可能にした.現在,合成したshagene類に加えて,合成によってのみ得ることのできる構造改変体を用いて活性発現に重要な構造の解明に取り組んでいる.

おわりに

以上,不安定な全シス置換シクロプロパン構造を含む天然物の合成について紹介した.これまで,歪みのある多置換シクロプロパンは合成中間体としてのみ利用されてきたが,本構造が合成の最終生成物に含まれる場合には,できるだけ合成終盤で本構造を構築する戦略が必要である.そこで,我々はshagene類の合成で示したように,アルキリデンシクロプロパン構造を鍵中間体に含めることにより,合成の後半で歪みの大きい全シス置換構造を構築する新規戦略を開発した.我々以外のグループも含めて,これ以外の新規な合成法が報告されているが(17, 18)17) M. Yasui, R. Ota, C. Tsukano & Y. Takemoto: Org. Lett., 20, 7656 (2018).18) Y. Cohen & I. Marek: Acc. Chem. Res., 55, 2848 (2022).,全シス置換構造のもつ大きな歪みのため,本構造を含む天然物の合成は依然として困難である.一方,現在も全シス置換シクロプロパンを含む新規生物活性天然物の単離構造決定が現在も報告されていることから,今後,さらなる新規合成戦略の開発が期待される.このような新規合成戦略は,天然物の全合成にとどまらず,構造活性相関,さらには,このユニークな骨格を含むファーマコフォアの創出にもつながり,生物活性分子の創出という点で新たな可能性を有している.なお,本稿で紹介した我々の研究グループの成果の一部は京都大学大学院薬学研究科薬品分子化学分野(竹本佳司教授)で実施されたものである.

Reference

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