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魚肉タンパク質摂取による骨格筋重量増加効果作用機構とヒトでの有用性

Mina Fujitani

藤谷 美菜

愛媛大学大学院農学研究科

Taro Kishida

岸田 太郎

愛媛大学大学院農学研究科

Published: 2023-07-01

日本人1人・1日当たりのタンパク質供給率(令和2年度)において魚介類は16.2%を占めており,穀類,肉類に次いで3番目のタンパク質給源であり(1)1) 農林水産省:令和2年食料需給表,36–37(2022).,日本人にとって魚介類は重要な供給源の一つである.しかし,乳や大豆,米などのタンパク質では生理学的機能性が明らかにされている一方で,魚介類のタンパク質の摂取による健康への影響については情報が限られている.筆者らは蒲鉾やちくわなど練製品に広く利用されているスケソウダラタンパク質(Alaska Pollack protein; APP)に着目し,その健康効果についてラットを用いて検討し,APP摂取が運動介入を行わずとも骨格筋重量を増加させることを見出した.加齢に伴って生じる骨格筋量や筋力の低下は加齢性筋委縮(サルコぺニア)と呼ばれ,歩行機能障害や転倒・骨折によってQOLの低下,虚弱の原因となりうる.サルコペニアの予防法として,すでにトレーニングと栄養介入の組み合わせによる対策は多数提案され実施されているが,高齢者など,トレーニング等が困難な場合も多く,栄養学的なアプローチに重点を置いた対策も必要である.しかし,運動介入を行わない条件でのタンパク質追加摂取は高齢者の骨格筋量や筋力を増加させないことが最近のシステマティックレビューで示されている(2)2) D. Y. Tu, F. M. Kao, S. T. Tsai & T. H. Tung: Healthcare (Basel), 9, 650 (2021)..筆者らは,APP摂取が,トレーニング等が困難な場合の有効なサルコペニア予防法になり得るのではと考え,その機構解明を目指して研究を続けてきた.また,平成27年3月にはAPP研究会を発足し,18の大学・研究施設と協力してAPPの機能性研究を進めている.その中で,作用機構やヒトでの有用性を示すエビデンスも集まり始めているので,それらについて紹介したい.

骨格筋は筋繊維(筋細胞)と呼ばれる長細い円柱状の多核細胞が束になった組織であり,常にタンパク質の合成と分解を繰り返し,恒常性を維持している.筋繊維の肥大にはタンパク質の合成と分解のバランスが正に傾くことと,筋繊維の核が増加することの2つが重要である.筆者らは,APPの骨格筋重量増加効果の作用機構を検討するため,若い雄性ラットに強制運動や運動制限を課すことなく,タンパク質源をすべてAPPとした飼料,または対照としてタンパク質源をすべてカゼインとした飼料で飼育し,骨格筋への影響を検討した.カゼイン摂取の場合と比較して,タンパク質源としてAPPを摂取した場合では,摂取2日後,7日後,56日後で腓腹筋重量の有意な増加が見られた.7日間のAPP摂取による骨格筋繊維径,筋タンパク質の合成・分解および筋線維の核の増加に関わる因子の遺伝子発現を測定したところ,APP摂取は腓腹筋の筋繊維径を増加させ,骨格筋タンパク質の合成・分解のバランスを負に制御する筋特異的ユビキチンリガーゼ(atrogen-1, MuRF1)およびmyostatinの遺伝子発現を有意に低下させることを見出した(3)3) K. Uchida, M. Fujitani, T. Mizushige, F. Kawabata, K. Hayamizu, K. Uozumi, Y. Hara, M. Sawai, R. Uehigashi, S. Okada et al.: Nutrients, 14, 547 (2022)..さらに,森笹,井上らは,筋肥大にかかわるタンパク質発現の変化を同定するため網羅的プロテオーム解析を行い,筋タンパク質合成を促進する代表的な細胞内シグナル伝達経路であり,レジスタンス運動によって誘発される筋肥大にもかかわるAkt/mTORシグナル伝達経路がAPP摂取により活性化されることを示した(4)4) M. Morisasa, E. Yoshida, M. Fujitani, K. Kimura, K. Uchida, T. Kishida, T. Mori & N. Goto-Inoue: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 68, 23 (2022)..APP摂取は筋タンパク質の合成を促進し分解を抑制することで筋肥大を引き起こすと推測される.また,筋繊維には遅筋タイプと速筋タイプが存在しこれらが入り混じって筋組織に配置されているが,その組成によって筋組織全体の代謝能力や運動能力が決まる.森笹,井上らはラット腓腹筋断面の免疫組織化学的解析により,各筋繊維タイプに対する肥大効果を検討し,カゼイン摂取と比較してAPP摂取により腓腹筋外側部で速筋タイプの筋繊維が肥大することを明らかにした(4)4) M. Morisasa, E. Yoshida, M. Fujitani, K. Kimura, K. Uchida, T. Kishida, T. Mori & N. Goto-Inoue: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 68, 23 (2022)..本効果の作用物質についてはまだ解明されていないが,APPと同じ組成の遊離アミノ酸混合では骨格筋重量の増加は見られないことを確認している.APPの主要なタンパク質の一つであるアクチンを抽出し,アクチンとその残渣(主にミオシンとコラーゲン)の効果を検証することも試みており,残渣が有効である可能性が示唆されている.消化過程で生じるペプチドが作用物質である可能性が考えられる.

APP摂取がヒトにおいても骨格筋重量を増加させることも明らかになりつつある.森らは,健常な65歳以上の女性を対象とし,APPを摂取する群と乳清タンパク質を摂取する群の2群に割り付け,各素材をタンパク質量として4.5 gを含む試験食を,両群ともに24週間にわたり1日1回摂取させ,介入前および介入開始4週間後,12週間後,24週間後に四肢の骨格筋量や膝伸展筋力などの評価を実施した.その結果,摂取開始12週間後および24週間後に,乳清タンパク質摂取の場合と比較してAPP摂取で四肢の骨格筋量と膝伸展筋力が有意に増加した(5)5) H. Mori, Y. Tokuda, E. Yoshida, K. Uchida & M. Matsuhisa: J. Nutr., 152, 2761 (2022)..またAPP摂取は乳清タンパク質摂取と比較して,12週週間後から四肢の骨格筋量や膝伸展筋力の変化率を有意に増加させた(5)5) H. Mori, Y. Tokuda, E. Yoshida, K. Uchida & M. Matsuhisa: J. Nutr., 152, 2761 (2022)..本研究は運動介入を行っておらず,習慣的なAPP摂取が単独で高齢者の骨格筋量や筋力を改善できることを示唆している.APP摂取は高齢者のサルコペニア予防を目的とした介入方法の一つになりうる可能性がある.さらに,渡邊らは運動介入を行った場合について,健常な69~84歳の男女を対象とし,週2回のトレーニングに併用して1日あたり5 gのAPPまたはカゼインを毎日摂取したときの有用性を検討した.介入後6週間ではAPP摂取を併用した群とカゼインを併用した群で骨格筋量の変化率の差は見られなかったが,下肢の筋力指標の一つである30秒の椅子立ち上がりテストでは,APP摂取を併用した群で3週間後,6週間後に立ち上がり回数の増加が確認され,カゼインを併用した群では6週間後に増加が確認された(6)6) K. Watanabe, A. Holobar, Y. Mita, M. Kouzaki, M. Ogawa, H. Akima & T. Moritani: Front. Physiol., 9, 1733 (2018)..その増加率はカゼインを併用した群と比較してAPP摂取を併用した群で3週間後に増加傾向が確認されたが,6週間後には同等となった(6)6) K. Watanabe, A. Holobar, Y. Mita, M. Kouzaki, M. Ogawa, H. Akima & T. Moritani: Front. Physiol., 9, 1733 (2018)..この検討では骨格筋重量増加が検出できておらず,APP摂取が骨格筋重量増加により筋力を向上させたかは不明確であり,筋力改善が筋重量増加を介していない可能性もあるが,渡邊らは同様の別の試験で群間比較に有意差は無いが,カゼインでは経時変化に有意差が無かったのに対し,APP摂取では試験開始時より有意に筋肉重量が増加したことも報告している.さらに多くの検討が必要だが,トレーニングとAPP摂取の併用により短期間で効果を発揮できるならば,リハビリテーションに応用することもできるかもしれない.

これらの研究でラットとヒトの両方でAPP摂取は運動介入を行わずとも骨格筋量および筋力を増加させることが示された.トレーニングが困難な高齢者に対するサルコペニア予防法の一つとして提案できる可能性がある.ラットを用いた実験では,APP摂取がレジスタンス運動によって誘発される筋肥大にもかかわる経路を活性化させ,骨格筋タンパク質の合成・分解のバランスを合成優位にすることで筋肥大を引き起こすことが示唆された.APP摂取による筋肥大とレジスタンス運動による筋肥大が一部共通の経路を介して引き起こされるのであれば,そのために他のタンパク質食品と異なりAPPは運動介入を行わない条件でも骨格筋量を増加させることができるのかもしれない.

前述のAPP研究会では,分野を横断して議論し合い,ここで紹介した研究を実施してきた.現在は,APPの骨格筋量増加機構の解明,作用物質の特定,さらなるヒトでの効果の検証および機能性食品開発等の研究を推進しており,分野横断的な取り組みによりAPP摂取がロコモティブシンドローム/サルコペニア/フレイルを予防するための効果的な介入方法として確立されることを期待している.

Reference

1) 農林水産省:令和2年食料需給表,36–37(2022).

2) D. Y. Tu, F. M. Kao, S. T. Tsai & T. H. Tung: Healthcare (Basel), 9, 650 (2021).

3) K. Uchida, M. Fujitani, T. Mizushige, F. Kawabata, K. Hayamizu, K. Uozumi, Y. Hara, M. Sawai, R. Uehigashi, S. Okada et al.: Nutrients, 14, 547 (2022).

4) M. Morisasa, E. Yoshida, M. Fujitani, K. Kimura, K. Uchida, T. Kishida, T. Mori & N. Goto-Inoue: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 68, 23 (2022).

5) H. Mori, Y. Tokuda, E. Yoshida, K. Uchida & M. Matsuhisa: J. Nutr., 152, 2761 (2022).

6) K. Watanabe, A. Holobar, Y. Mita, M. Kouzaki, M. Ogawa, H. Akima & T. Moritani: Front. Physiol., 9, 1733 (2018).