今日の話題

局在解析から明らかになったビフィズス菌と他菌種のヒト腸内における競争関係食事由来のでんぷん顆粒を取り囲んで独占的に利用するビフィズス菌種

Yusuke Nagara

長柄 雄介

株式会社ヤクルト本社中央研究所基盤研究所

Published: 2023-07-01

腸内細菌叢がヒトの健康を大きく左右することが近年の研究により明らかになっている.腸内細菌叢の構成は様々な疾患への罹患状況と相関するだけでなく,発症リスクあるいは予後を示すマーカーにもなっており,さらに,便微生物移植により一部の疾患が治癒することは,腸内細菌叢がヒトの健康に原因として関わっていることを明確に示している(1)1) D. A. Schupack, R. A. T. Mars, D. H. Voelker, J. P. Abeykoon & P. C. Kashyap: Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 19, 7 (2022).

腸内細菌叢を改変する身近な手段のひとつに食物繊維の摂取がある.食物繊維は腸内細菌の増殖基質であり,多くの場合,摂取したヒトに有益な作用をもたらす.しかし,どの腸内細菌が増殖するかは食物繊維の種類(例えば各種オリゴ糖,難消化性でんぷん,アラビノキシランなど)によって異なる.また,ある食物繊維を摂取しても,全ての人で同じ細菌種が同様に増え,菌叢に同様の変化が誘導されるとは限らない.通常,1種類の食物繊維を様々な細菌が利用可能であるため,腸内でそれらの細菌は競争状態にある.そして,保有する細菌のレパートリーが個人ごとに異なるために,競争の結果は多様化する.この競争と個人差の問題は,腸内細菌叢の改変をデザインするにあたり避けて通れないテーマと言える.実際,各個人が特定の腸内細菌を持っているかどうかによって,経口摂取されたビフィズス菌が腸内での競争に敗れて排除されるかどうかや,特定の食物繊維がどう利用されるかが決まることがわかってきている(2)2) M. N. Ojima, K. Yoshida, M. Sakanaka, L. Jiang, T. Odamaki & T. Katayama: Curr. Opin. Biotechnol., 73, 108 (2022)..こうした知見は腸内細菌叢を確実かつ自在に制御するための重要な鍵と言えるが,具体的な知見はまだ少ない.

ところで,ある生物が特定の場所に集まっているとき,栄養源やその他その生物にとって重要な因子がそこに豊富に存在することは想像に難くない.ある細菌が(特にヒトの)腸内で実際に栄養源や住みか等として利用している食事由来因子を,各種の仮定・推定を排して直接見出すのは一般に難しいが,細菌の局在は直接的な観察が可能であり,これを手掛かりにすれば発見できるかもしれない.しかし,腸内における細菌の局在を解析した先行研究は限られており,食事因子に注目したものは極めて少ない.そこで筆者らは,組織学の手法を用いてマウス腸内容物やヒト糞便の切片を作製し,顕微鏡で細菌の局在を探索した(3, 4)3) Y. Nagara, T. Takada, Y. Nagata, S. Kado & A. Kushiro: PLoS One, 12, e0175497 (2017).4) Y. Nagara, D. Fujii, T. Takada, M. Sato-Yamazaki, T. Odani & K. Oishi: ISME J., 16, 1502 (2022).

その結果,マウスとヒトのそれぞれにおいて,消化されずに下部消化管に到達したでんぷん顆粒の周囲に,特定の種のビフィズス菌が集住していることが明らかになった.集住していたのは,マウスではBifidobacterium pseudolongum,ヒトではBifidobacterium adolescentisであり,単離して調べると,両菌種ともでんぷんの利用性を示した.そこで,消化されずに結腸まで到達することが知られる生のバレイショ由来でんぷん顆粒を10名の被験者に連日摂取して頂いて解析した結果,便切片上でB. adolescentisの集住が確認され(図1図1■バレイショでんぷん顆粒に集住するB. adolescentis),さらに,摂取期間中に同菌種が大幅に増加して菌叢全体の半分程度を占めるまでになること,また,腸内でビフィズス菌の代謝産物である酢酸や乳酸が増加することが明らかになった.B. adolescentisの集住と増加は同菌種の保有者全員(6名)で観察された.一方,非保有者(4名)では当然同菌種の増加は認められず,代わりに酪酸産生菌であるEubacterium rectale(新名はAgathobacter rectalisだが,本稿では旧分類名で表記する)が大幅に増加し,その代謝産物である酪酸が増加した.興味深いことに,E. rectaleは全ての被験者から検出され,全てのB. adolescentis非保有者で著増したが,B. adolescentis保有者では増加例が1例もなかった.このことは,両菌種はどちらもでんぷん顆粒により腸内で著増しうる菌種であるが,両者の間には序列があり,優位に立つB. adolescentisの存在がでんぷん顆粒の摂取に対する主な菌叢変化の様式を決定することを示している(図2図2■B. adolescentis保有者と非保有者はでんぷん顆粒摂取に対する腸内細菌叢の反応が異なる).ビフィズス菌およびその代謝産物である酢酸には腸管感染から宿主を守る効果などが知られている一方,酪酸には免疫寛容を司るT細胞の分化誘導能などが知られており,両者の生理効果は異なる(5, 6)5) G. A. Stuivenberg, J. P. Burton, P. A. Bron & G. Reid: Microorganisms, 10, 278 (2022).6) D. P. Venegas, M. K. De la Fuente, G. Landskron, M. J. González, R. Quera, G. Dijkstra, H. J. M. Harmsen, K. N. Faber & M. A. Hermoso: Front. Immunol., 10, 277 (2019)..つまり,B. adolescentisの有無は,でんぷん顆粒に対する菌叢変化の様式だけでなく,そのとき菌叢が発揮する機能をも左右すると考えられる.

図1■バレイショでんぷん顆粒に集住するB. adolescentis

図2■B. adolescentis保有者と非保有者はでんぷん顆粒摂取に対する腸内細菌叢の反応が異なる

生のでんぷん顆粒は毎日食べる食品とまでは言えないが,長芋・山芋類注1注1 海外では,韓国や台湾でミックスジュースの材料としてよく使われるらしい.には豊富に含まれており,口にする機会は少なくない.我々の解析結果を踏まえると,例えばある日あなたが蕎麦屋でとろろそばを食べたとき,それがどの細菌に利用されてどのような代謝産物に変換されるかは,あなたと隣の見知らぬ誰かではおそらく異なる.あなたの家族にはあなたと似た反応が起こるかもしれないし,海外旅行客や幼児,高齢者などであれば別の反応が起きそうだ.ヒト微生物生態の研究はこのように,個々の身近な食品の人体への作用を詳細に解き明かす.解析対象は顕微鏡で観察可能な固形物などに限られるものの,今回述べた顕微鏡による腸内細菌と食品の関係探索法も,その有効な研究手段のひとつである.こうした研究は,近い将来,一人ひとりに適した食事の提案や,食品が人体に起こす変化をカスタマイズする方法の提案などにつながっていくと考えている.

Reference

1) D. A. Schupack, R. A. T. Mars, D. H. Voelker, J. P. Abeykoon & P. C. Kashyap: Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 19, 7 (2022).

2) M. N. Ojima, K. Yoshida, M. Sakanaka, L. Jiang, T. Odamaki & T. Katayama: Curr. Opin. Biotechnol., 73, 108 (2022).

3) Y. Nagara, T. Takada, Y. Nagata, S. Kado & A. Kushiro: PLoS One, 12, e0175497 (2017).

4) Y. Nagara, D. Fujii, T. Takada, M. Sato-Yamazaki, T. Odani & K. Oishi: ISME J., 16, 1502 (2022).

5) G. A. Stuivenberg, J. P. Burton, P. A. Bron & G. Reid: Microorganisms, 10, 278 (2022).

6) D. P. Venegas, M. K. De la Fuente, G. Landskron, M. J. González, R. Quera, G. Dijkstra, H. J. M. Harmsen, K. N. Faber & M. A. Hermoso: Front. Immunol., 10, 277 (2019).

注1 注1 海外では,韓国や台湾でミックスジュースの材料としてよく使われるらしい.