Kagaku to Seibutsu 61(7): 310-312 (2023)
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内因性発酵基質ムチンの生理的意義腸内細菌の多様性を維持し,短鎖脂肪酸産生を下支えするムチン
Published: 2023-07-01
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ヒト大腸には100兆個にも達する腸内細菌が棲息し,その独自の生態系を構築している.腸内細菌は,食事成分のうち未消化で大腸に流入する食物繊維(DF)や一部の消化抵抗性デンプン(RS)を,嫌気的代謝(発酵)によってエネルギー源として利用している.この過程で,大腸内腔には細菌代謝産物である有機酸や短鎖脂肪酸(SCFA)が放出され,大腸上皮細胞に吸収されたSCFAは好気的に代謝され宿主のエネルギー源になる.この意味で,宿主と腸内細菌には相利共生関係が成立している.さらに近年の研究により,SCFAが特定のGタンパク質共役型受容体にリガンド活性を持つことや,SCFAの一つである酪酸がヒストン脱アセチル化酵素を阻害すること等,SCFAはエネルギー源以上の多彩な生理作用を持ち,神経系,内分泌系および免疫系に作用して代謝や生体防御の恒常性に寄与していることが明らかにされつつある(1)1) A. Koh, F. De Vadder, P. Kovatcheva-Datchary & F. Bäckhed: Cell, 165, 1332 (2016)..つまり宿主と腸内細菌の間にはSCFAを介して,エネルギー共生を超えた密接でデリケートな関係が存在する.
この共生関係を左右する食物繊維の摂取量は,本邦では成人で一日当たり約18 gと推定されている(消化抵抗性デンプン3 gを含む).一方,回腸造婁術を受けたヒトでの観察結果から,絶食時でも一日当たり5 g前後のムチンが回腸通過物として回収される(2)2) A. M. Stephen, A. C. Haddad & S. F. Phillips: Gastroenterology, 85, 589 (1983)..ムチンは本来,物理・化学的刺激や無数の外来抗原,細菌から消化管粘膜を保護するため,腸上皮細胞の一つである杯細胞から放出される粘液の主成分で,高密度に糖鎖化された糖タンパク質である.ムチン糖鎖はペプチドコアのスレオニンやセリンの水酸基にN-アセチルガラクトサミンがα結合し,これを起点にガラクトース,N-アセチルグルコサミン,フコース,シアル酸などから構成されるヘテロ多糖で,ヒトの消化酵素では分解されず大腸に流入する.さらに,各種のDF素材をラットに摂取させた試験結果から,水溶性のDFは素材の粘性に,不溶性のDFでは水中沈定体積(消化管内での嵩を模した指標)に比例して,杯細胞数と小腸ムチン分泌量を1.5倍程度にまで増加させることが明らかになった(3)3) 森田達也:日本栄養・食糧学会誌,75, 63 (2022)..本邦の食生活で摂取する野菜上位(キャベツ,タマネギ,ニンジン,ダイコン)から調製したDF混合物5%を添加した飼料を与えたラットでも,杯細胞数の増加は観察される.つまりDF(外因性発酵基質)の摂取は,それ自体にくわえ内因性発酵基質であるムチンの分泌量を高めるのである.
発酵基質としてのムチンのポテンシャルはどれほどであろうか.興味深いことに,発泡スチロール微粉末(PSF)を含む飼料をラットに摂取させたとき,小腸の杯細胞数と小腸ムチン分泌量は増加し,このときの盲腸SCFA量も有意に増加する.PSFは細菌に利用されないので,対照とのSCFA量の差異は小腸から流入したムチン量を反映すると考えられる(4)4) H. Tanabe, H. Ito, K. Sugiyama, S. Kiriyama & T. Morita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 1188 (2006)..同様に,対照飼料を摂取したラット一日当たりの小腸ムチン分泌量(盲腸・結腸切除ラットの糞便から推定した)の3倍量に相当するムチン(豚胃粘膜ムチン)を与えたラットの盲腸SCFA量でも,対照に比べ明らかな上昇が認められる(5)5) S. Hino, T. Mizushima, K. Kaneko, E. Kawai, T. Kondo, T. Genda, T. Yamada, K. Hase & T. Morita: J. Nutr., 150, 2656 (2020)..いずれの試験でも盲腸ムチン量は対照と試験群で差がなく,ムチンは腸内細菌によって効果的に資化されたと考えられる.つまり,大腸に流入する発酵基質としてムチンは量的に無視できない存在である.
ヒト糞便(成人6人)を用いた嫌気培養試験でDF(先の野菜由来),RS(生デンプン)およびムチン(豚胃粘膜ムチン)について,37°C,pH下限域5.5で48時間まで培養したとき,DF,RSおよびムチン1 g当たりのSCFA生成量はほぼ同等で,ムチンのSCFAモル比はDFと類似していた.一方,PCRで定量した菌数増加率(糞便接種時との比較)や菌種多様性はムチンで高く,新鮮便の菌叢ともっとも類似していたのはムチン培養後の菌叢であった(図1図1■発酵基質による短鎖脂肪酸⽣成と菌叢変化の⽐較)(6)6)内藤祐里菜,宮田高明,日野真吾,福島道広,西村直道,森田達也:第26回日本食物繊維学会学術集会要旨集,s22(2022)..経時的に採取した試料を用い,それぞれ個別にSCFA測定および16S rRNA遺伝子解析した結果をもとに,モジュール解析(菌種変化が同調している集団)およびプロピオン酸,酪酸濃度と菌数との相関解析を行ったところ,DFではBacteroides属,RSではBifidobacterium属やRuminococcus bromiiを主とするモジュールが,ムチンではムチン分解菌であるRuminococcus torquesを含むRuminococcus属が基質特異的モジュールとして検出された.これらのモジュールは,それぞれの基質の一次分解者としての役割を果している.一方,DFからのプロピオン酸生成はBacteroides属によるコハク酸経路が圧倒的に相関上位を占めるが,RSやムチンではコハク酸経路にくわえ,それぞれCoprococcus catusによるアクリル酸経路,Blautia属やRoseburia inulinivoransによるプロパンジオール経路からのプロピオン酸生成が観察される.一方,CoAトランスフェラーゼ経路による酪酸生成は,すべての基質でRoseburia, Eubacterium属が共通しており,RSではAnaerostipes hadrusが,DFではOscillibacter属(クロストリジウムCluster IV),ムチンではOscillibacter属にくわえFaecalibacterium prausnitzii(Cluster IV)が特徴的でいずれも相関上位に位置していた(6)6)内藤祐里菜,宮田高明,日野真吾,福島道広,西村直道,森田達也:第26回日本食物繊維学会学術集会要旨集,s22(2022)..つまりプロピオン酸や酪酸の生成経路には,基質間で異なる細菌間パートナーシップ(基質分解産物や代謝産物のクロスフィード)が存在し,これにバリエーションを与えるムチンは質的にも無視できないのである.
ムチンは胃や腸の上皮,唾液腺で絶えず大量に作られ,生涯を通じて大腸に入り続ける.ムチンは内因性発酵基質として,食生活の変化(外因性発酵基質供給量の変化)や投薬など(細菌間パートナーシップの変化)による大腸SCFA産生量の揺らぎを抑えることで,宿主と腸内細菌との密接でデリケートな関係の維持を下支えしているのではないだろうか.
Reference
1) A. Koh, F. De Vadder, P. Kovatcheva-Datchary & F. Bäckhed: Cell, 165, 1332 (2016).
2) A. M. Stephen, A. C. Haddad & S. F. Phillips: Gastroenterology, 85, 589 (1983).
3) 森田達也:日本栄養・食糧学会誌,75, 63 (2022).
6)内藤祐里菜,宮田高明,日野真吾,福島道広,西村直道,森田達也:第26回日本食物繊維学会学術集会要旨集,s22(2022).