解説

海洋付着生物に対する付着阻害有機化合物の創製の試み付着阻害ユニットを組み込んだ効率的な化合物の合成

Attempts toward Creation of Antifouling Organic Compounds: Effective Synthesis by Incorporation of Antifouling Unit

Taiki Umezawa

梅澤 大樹

北海道大学大学院地球環境科学研究院

Published: 2023-07-01

フジツボをはじめとする付着生物は,船底や漁網などへの付着を通じて,人類の海洋活動に重大な影響を及ぼしている.この影響は,付着生物の除去にかかる直接的な損失だけでなく,付着による燃費悪化と二酸化炭素の排出増加,そして有害な付着阻害化合物による海洋環境汚染など多岐にわたる.海洋環境に特に悪影響を与えた付着阻害化合物は禁止されたものの,バイオサイドと呼ばれる生物殺傷型の付着阻害化合物が現在でも用いられている.このような状況を打破するため,ウミウシやアメフラシなどが有する付着生物に対する防御機能,すなわち,環境にやさしい有機化合物が注目を集めている.それら有機化合物には付着阻害に重要な役割を果たす「付着阻害ユニット」が見出されており,そのユニットを搭載した有機化合物の創製研究が進められている.

Key words: 付着生物; フジツボ; 付着阻害; 有機合成

海洋を利用することは,人類の活動にとって不可欠である.その利用方法として,貨物船による物資の大量輸送,養殖や船を用いる海産物の捕獲,あるいは発電所では海水を冷却水として使用することが挙げられる.また,洋上風力発電など海洋利用は今後増加していくことも予想されている(1)1) Global Wind Energy Council: Global Wind Report Annual Market Update 2015. http://www.gwec.net/wp-content/uploads/vip/GWEC-Global-Wind-2015-Report_April-2016_22_04.pdf, 2015..人工構築物(上記の船,漁網,冷却管など)を用いて海洋を利用すると,フジツボやイガイなどの大型生物,ヒドロ虫や微生物などの小型生物といった大小さまざまな生物が人工構築物に付着する.このような付着が起きると,船であれば重量や水流抵抗の増加のために燃費が悪化する(2)2) I. Fitridge, T. Dempster, J. Guenther & R. de Nys: Biofouling, 28, 649 (2012)..燃費の悪化は,燃料費増加だけではなく,温室効果ガスとして知られる二酸化炭素の排出増加にも直結する(3)3) M. A. Champ: Sci. Total Environ., 258, 21 (2000)..漁網や冷却管にも付着は起こり,詰まりなどの機能低下を引き起こす.深刻な詰まりが起きると,養殖漁網では中にいる海洋生物の病気や死亡の原因となったり,冷却管においては取水効率が落ちることで冷却が不十分となる(4)4) H.-C. Flemming: Exp. Therm. Fluid Sci., 14, 382 (1997)..このような付着生物による経済損失は,日本1国だけでも年間1000億円との試算もある.付着生物と人類のかかわりは紀元前からあったため,人類もこのような状況に対して無抵抗では無かった.古代ギリシャの時代では,船底に銅や鉛の素材を用いることで付着を防いだり,14~15世紀ころには樹脂や牛脂などの高分子化合物を用いた記載が残されている.19世紀になると硫酸銅が広く使われ,20世紀ではスズ化合物,水銀化合物,鉛化合物,ヒ素化合物だけでなく,DDTやPCBをはじめとした有機化合物も付着防止剤として塗料に混ぜられてきた.これらの化合物群を見てお気づきの読者も多いかと思うが,これらの化合物は強い毒性を有しているため,付着生物を殺すことで付着させないようにしている(バイオサイドとよぶ).このような毒性の強い付着阻害化合物に対して,特にスズ化合物に関しては国際海事機関(IMO)は,「2001年の船舶の有害な防汚方法の規則に関する国際条約」をもって2008年にその使用を禁止した(5)5) 千田哲也:日本マリンエンジニアリング学会誌,40, 4(2005)..禁止された化合物があるものの,付着阻害化合物はその後ももちろん利用されている.現在も用いられているものとして,Seanine-211,銅ピリチオン,Irgarol 1051などが挙げられる.これらもスズ化合物と比較して相対的に毒性が低いだけで,バイオサイドとして作用しており,2017年にはIrgarol 1051の使用禁止が提案されている(6, 7)6) I. K. Konstantinou & T. A. Albanis: Environ. Int., 30, 235 (2004).7) K. V. Thomas & S. Brooks: Biofouling, 26, 73 (2010)..このような背景のもと,産学を問わずに代替法の開発が世界中で進められている.これらの中には,化合物を用いる化学的アプローチだけにとどまらず,付着生物が物理的に付着できなくなるような物理的アプローチも含まれる(例えば,微細な凹凸を有するサメ肌には付着生物が全くいないことに着目して,船底表面に細かい溝を加工するなど)(8)8) M. Lejars, A. Margaillan & C. Bressy: Chem. Rev., 112, 4347 (2012)..別の化学的アプローチとして,上記のような低分子化合物ではなく,ポリマー化合物を用いる方法も展開されている(9)9) K. S. Kim, N. Gunari, D. MacNeil, J. Finlay, M. Callow, J. Callow & G. C. Walker: ACS Appl. Mater. Interfaces, 8, 20342 (2016).ものの,低分子化合物を用いる方法への期待は大きい.しかし,ここ10年ほどで新たに使われるようになった化合物は,EconeaとSelektopeだけである.これらについては,沖野によって詳しい経緯などが述べられているので,是非ご覧いただきたい(10)10) 沖野龍文:化学と生物,59,16(2021).

現在とこれからの付着阻害化合物に求められていることは,「持続可能な海洋利用に資する」ものである.言い換えると,強い付着阻害活性と各種生物に対する毒性が低いこと,そして海洋環境中に残存しないような生分解性も併せ持つことである.さらに加えると,安価に製造できることも含まれる.このような理想的な化合物はそうそう見つかるものではないが,フジツボが付着の対象とする海洋生物(ウミウシ,アメフラシ,紅藻など)に糸口を見出すべく筆者を含めて研究が進められている.すなわち,ウミウシなどは付着されてしまうと死に至るので,付着生物が忌避する有機化合物を用いて付着生物から自身を保護していると考えられている.このような着眼を出発点に,科学技術振興機構が実施するERATOの伏谷着生機構プロジェクトをはじめとして,付着阻害有機化合物の探索研究が世界各地で現在も進められており(11)11) N. Fusetani: Nat. Prod. Rep., 28, 400 (2011).,強い付着阻害活性と低毒性を併せ持つ有機化合物が多数見出された.このプロジェクトの概要は,北野によって本誌に書かれているのでご覧頂きたい(12)12) 北野克和:化学と生物,57,352(2019)..このような付着阻害有機化合物を天然から十分な量を供給できれば,一気に課題解決となるものの,得られる化合物は1個体から1ミリグラムがあるかないかであろう.天然からの供給が限られるので,有機合成が強力な供給源となりうる.実際,筆者のグループにおいて,伏谷プロジェクトで見出された10-イソシアノ-4-カジネンを合成し(13)13) T. Okino, E. Yoshimura, H. Hirota & N. Fusetani: Tetrahedron, 52, 9447 (1996).,タテジマフジツボのキプリス幼生に対して付着阻害活性を評価したところ,天然から得られたサンプルの活性を再現できた(14)14) K. Nishikawa, H. Nakahara, Y. Shirokura, Y. Nogata, E. Yoshimura, T. Umezawa, T. Okino & F. Matsuda: Org. Lett., 12, 904 (2010)..ただ,市販の化合物から28工程を要すること,通算収率が数%であることから,船に塗るには現実的ではない.工程数に課題を残したものの,合成ルートの応用によってイソシアノ基(-NC)が付着阻害活性に重要な役割を果たすことを明らかにできた(15)15) K. Nishikawa, H. Nakahara, Y. Shirokura, Y. Nogata, E. Yoshimura, T. Umezawa, T. Okino & F. Matsuda: J. Org. Chem., 76, 6558 (2011)..このことから,イソシアノ基という付着阻害ユニットをもつ有機化合物を安価かつ効率的に合成できれば,船にも塗布可能な化合物創製が視野に入る.本稿では,各研究グループが着目している付着阻害ユニットを安価な化合物に搭載することで,実用化を視野に入れた付着阻害有機化合物創製の試みについて最近の研究を中心に解説する.

梅澤らによるアプローチ:イソシアノ基含有グルコサミン誘導体

筆者の研究グループでは,上述した10-イソシアノ-4-カジネンだけでなく,付着阻害活性を示す有機化合物として紅藻から得られたオマエザレン(16)16) T. Umezawa, Y. Oguri, H. Matsuura, S. Yamazaki, M. Suzuki, E. Yoshimura, T. Furuta, Y. Nogata, Y. Serisawa, K. Matsuyama-Serisawa et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 3909 (2014).,アメフラシから得られたドラスタチン16(17)17) L. O. Casalme, A. Yamauchi, A. Sato, J. Petitbois, Y. Nogata, E. Yoshimura, T. Okino, T. Umezawa & F. Matsuda: Org. Biomol. Chem., 15, 1140 (2017).も合成している.はじめに,10-イソシアノ-4-カジネンを足掛かりとした付着阻害有機化合物の合成について解説する.緒言で述べたように,10-イソシアノ-4-カジネンの合成経路を応用することで,イソシアノ基(-NC)の付着阻害に対する重要性を明らかにした.一部を図に示したように,イソシアノ基を水酸基(-OH)やシアノ基(-CN)に置き換えた化合物では,タテジマフジツボのキプリス幼生に対する付着阻害活性(EC50:半数有効濃度,数値が小さいほど強い付着阻害活性となる)が低下した.ここで,類似したイソシアノ基(-NC)とシアノ基(-CN)について補足させて頂く.図1図1■10-イソシアノ-4-カジネンの構造–活性相関研究とイソシアノ基含有グルコサミン誘導体の合成に示したそれぞれの構造式を見て頂くと,置換基に直結する原子が異なるとともに,イソシアノ基には2つの共鳴構造が存在する(シアノ基には共鳴構造がない).これらのことから,イソシアノ基とシアノ基は全く異なる化学的性質を示し,この性質の違いが付着阻害活性の差に表れていると考察している.このイソシアノ基の付着阻害活性への効果は,後述する北野らによる先駆的な研究とも一致しているとともに,我々も「イソシアノ基を有する有機化合物を効率的に合成しよう」と着想することとなった.イソシアノ基を有機化合物に導入する最も一般的な方法は,1級アミノ基(-NH2)をホルムアミド(-NHCHO)へと変換した後に,脱水反応を利用する方法である.では,1級アミノ基を有する有機化合物としてどのようなものが最適であろうか,と次に考えた.船に塗ることを想定しているので,安価かつ効率的に合成できそうな有機化合物が必要だと考えた.言い換えると,1級アミノ基を含む低分子のバイオマス(生物由来の大量かつ安価に得られる化合物)が候補として考えられた.アミノ酸が最初に思い浮かぶが,着想段階ですでに北野らによってすでに研究が進められていたので,着手しなかった.次に,グルコサミンが良いのではないかと考えた.グルコサミンは1級アミノ基を持つだけでなく,性質が異なる多数の水酸基も共存している.この多数の水酸基は,合成するイソシアノ基含有グルコサミン誘導体に多様性をもたらすことが期待できた.なぜなら,水酸基は他の置換基へと変換するために重要な官能基であり,じつに多数の水酸基の変換反応(エステル化,エーテル化,ハロゲン化,1,2-あるいは1,3-ジオールと捉えてアセタール化など)が知られている.一方で,グルコサミンはグルコースなどと同様に糖に分類される化合物であり,各種変換方法がある程度確立されており,その知見も活用できるとも考えた(もちろん,合成上の課題がまだまだあることは承知している).このような着想に基づいて,市販のグルコサミン塩酸塩あるいはグルコサミン誘導体から,イソシアノ基含有グルコサミン誘導体の合成を開始した.グルコサミン塩酸塩を出発化合物としたテトラアセテート1あるいはテトラパルミテート2をわずか3工程で,通算収率にしてそれぞれ56%あるいは24%で合成できた(図1図1■10-イソシアノ-4-カジネンの構造–活性相関研究とイソシアノ基含有グルコサミン誘導体の合成, (1))(18)18) T. Umezawa, Y. Hasegawa, I. S. Novita, J. Suzuki, T. Morozumi, Y. Nogata, E. Yoshimura & F. Matsuda: Mar. Drugs, 15, 203 (2017)..この工程数と通算収率は,10-イソシアノ-4-カジネンで要した28工程で数%の収率と比較すると格段に効率的となっている.なお,タテジマフジツボのキプリス幼生に対する付着阻害活性は,ともに適度なものにとどまった.次に,グルコサミン誘導体からの合成を行った(図1図1■10-イソシアノ-4-カジネンの構造–活性相関研究とイソシアノ基含有グルコサミン誘導体の合成, (2)).この合成ではまず,アノマー位における置換基の付着阻害活性に対する効果を検討した.実際に合成した化合物として,アノマー位の酸素原子上にフェニル基(Ph, 3),ベンジル基(Bn, 4),アリル基(allyl, 5),イソプロピル基(iPr, 6)などを導入した後に,3,4,6位における水酸基をアセテートとした.これらの化合物には5工程を要したものの,最初に合成したテトラアセテート1と比較して,強い付着阻害活性を示した.これらのうち,最も強かったイソプロピル基(iPr)をアノマー位として固定して,3,4,6位の置換基効果を検討したところ,化合物79に顕著な違いは観測されなかったもののいずれも強い活性を維持した(図1図1■10-イソシアノ-4-カジネンの構造–活性相関研究とイソシアノ基含有グルコサミン誘導体の合成, (3)).これらの研究結果は,イソシアノ基含有グルコサミン誘導体の有用性を表しているとともに,アノマー位ならびに3,4,6位の効果をさらに検討することとで,より実用に資する化合物を創製できる可能性を示した.

図1■10-イソシアノ-4-カジネンの構造–活性相関研究とイソシアノ基含有グルコサミン誘導体の合成

梅澤らによるアプローチ:ドラスタチン16およびその誘導体

筆者のグループでは,イソシアノ基を有する付着阻害有機化合物だけでなく,紅藻から得られたオマエザレンやアメフラシから得られたドラスタチン16の合成も報告している.10-イソシアノ-4-カジネンも加えて,いずれも全く異なる化学構造にもかかわらず,いずれもタテジマフジツボのキプリス幼生に対する付着阻害活性を示す.今回の実用に資する化合物の創製とともに,これらの付着阻害に関わる分子メカニズムにも興味を持って研究を進めている(例えば同じタンパク質や酵素などの生体化合物に作用するのか,など).メカニズム解明に先立って,両化合物の構造–活性相関研究(化合物の構造を変えることで,活性がどのように変化するかを調べる研究)を展開している.本稿では,紙面の都合上,ドラスタチン16について詳細を述べる.

ドラスタチン16は,その構造決定とともに,もともとは抗がん活性有機化合物として1997年にPettitらによって報告された(19)19) G. R. Pettit, J.-P. Xu, F. Hogan, M. D. Williams, D. L. Doubek, J. M. Schmidt, R. L. Cerny & M. R. Boyd: J. Nat. Prod., 60, 752 (1997)..本稿の趣旨からはずれるので,抗がん活性に関する詳細は述べないが,2010年にはTanらによって,タテジマフジツボのキプリス幼生に対する極めて強い付着阻害活性(EC50=0.003 µg/mL)と弱い毒性(LC50=20 µg/mL)が示された(20)20) L. K. Tan, B. P. L. Goh, A. Tripathi, M. G. Lim, G. H. Dickinson, S. S. C. Lee & S. L. M. Teo: Biofouling, 26, 685 (2010)..実験室だけではなく,ドラスタチン16を塗布したプレート(1 µg/mL)を何も塗布しないコントロールのプレートとともに海に沈めて4週間放置したところ,ドラスタチン16を塗布したプレートにはフジツボ以外の各種付着生物の付着も抑制された.この結果は,あらゆる付着生物に対するドラスタチン16の付着阻害化合物としての可能性を示唆するものである.筆者らは,合成だからこそ得られるさらなる知見を得るべく合成に取り組んだ.ドラスタチン16の構造を見て頂くと,2つの異常アミノ酸(アラニンやグリシンなどの20種類のアミノ酸以外のアミノ酸)を含む8つのユニット(アミノ酸,乳酸など)から構成されている(図2図2■ドラスタチン16とフラグメント類の合成と付着阻害活性).これらの異常アミノ酸は市販されていないので,自分たちで合成して供給する必要があった.この問題に対して,2021年ノーベル化学賞のテーマとなった有機分子触媒や,2010年ノーベル化学賞のテーマとなった遷移金属触媒を用いるクロスカップリング反応を駆使することで,数百ミリグラムの目的の異常アミノ酸をそれぞれ合成できた(21)21) T. Umezawa, A. Sato, Y. Ameda, L. O. Casalme & F. Matsuda: Tetrahedron Lett., 56, 168 (2015)..次にドラスタチン16の合成に取り組むこととなったものの,本化合物は環状構造を有している.8つのユニットを1つずつ縮合したあとに環状構造を構築してもよかったが,比較的短工程で合成できる2つのフラグメント(ここでは,上側フラグメントと下側フラグメント)の調製を経てドラスタチン16を合成できた.合成品の付着阻害活性は天然品同様に顕著な値を示した(17)17) L. O. Casalme, A. Yamauchi, A. Sato, J. Petitbois, Y. Nogata, E. Yoshimura, T. Okino, T. Umezawa & F. Matsuda: Org. Biomol. Chem., 15, 1140 (2017).

図2■ドラスタチン16とフラグメント類の合成と付着阻害活性

有機合成の強みは,自由自在に化合物を供給できることである.本研究を例に挙げると,合成経路を応用することでドラスタチン16自体に置換基を導入する,あるいは合成中間体(ドラスタチン16の部分構造)の付着阻害活性を調べることができる.一方で,天然から供給されるサンプルを用いて部分構造の活性を調べようと加水分解すると,最小のアミノ酸まで分解されてしまい困難である.さらに,後述する1級アミノ基(-NH2),カルボキシ基(-COOH)あるいは芳香環上に置換基を導入することで,活性がどのように変化するかを調べることもできるとともに,有望な化合物を合成で大量供給できる.ドラスタチン16のベンゼン環をアセテート(R1=OAc)で置換した10では,ドラスタチン16と比較すると大幅に活性が低下した(22)22) L. O. Casalme, K. Katayama, Y. Hayakawa, K. Nakamura, A. Yamauchi, Y. Nogata, E. Yoshimura, F. Matsuda & T. Umezawa: Mar. Drugs, 20, 124 (2022)..これは芳香環のかさ高さが活性に影響を及ぼしたと考えている.次に,上側フラグメントと下側フラグメントを調査した.上側フラグメントについて,カルボン酸11(R2=H)では付着阻害活性を示さないことに対して,エステル12(R2=Bn)は適度な活性を示した.この理由として,水溶性のカルボン酸が脂溶性のエステルへと変換されたことと考察している.下側フラグメントに関しても,同様の結果が得られている.水溶性のアミン13(R3=H)に,脂溶性の置換基(t-ブトキシカルボニル基,Boc)を導入した14(R3=Boc)は付着阻害活性が増した.これらフラグメントはドラスタチン16本体の合成よりも格段に容易である一方で,活性は低下している.ドラスタチン16を基盤とした実用に資する化合物の創出に向けて,合成の効率性と活性のバランスが重要となる.今後の検討によって,効率的な合成と更なる活性向上を両立できる余地を残している.

北野らによるアプローチ

北野のグループは,合成による付着阻害有機化合物の創製に早くから取り組んでいるパイオニアであり,これまでに優れた成果を多数報告している(22~25)22) L. O. Casalme, K. Katayama, Y. Hayakawa, K. Nakamura, A. Yamauchi, Y. Nogata, E. Yoshimura, F. Matsuda & T. Umezawa: Mar. Drugs, 20, 124 (2022).23) Y. Kitano, T. Ito, T. Suzuki, Y. Nogata, K. Shinshima, E. Yoshimura, K. Chiba, M. Tada & I. Sakaguchi: J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 2002, 2251 (2002).24) Y. Nogata, Y. Kitano, E. Yoshimura, K. Shinshima & I. Sakaguchi: Biofouling, 20, 87 (2004).25) T. Fukuda, H. Wagatsuma, Y. Kominami, Y. Nogata, E. Yoshimura, K. Chiba & Y. Kitano: Chem. Biodivers., 13, 1502 (2016)..上述した筆者らのグループに先立って,イソシアノ基の重要性を見出している.イソシアノ基をシクロヘキサン,長鎖のアルキル基やテルペン,アミノ酸由来の化合物に搭載することで,効率的な合成に基づく化合物の供給と付着阻害活性を両立してきた.これらの成果は本書に2019年にまとめられているので(12)12) 北野克和:化学と生物,57,352(2019).,本稿では詳細を割愛するが,ごく最近,イソチオシアノ基(-NCS,この官能基を含む有機化合物はイソチオシアネートと呼ばれる)に着目した化合物合成と付着阻害活性を報告した(図3図3■イソチオシアネートの合成と付着阻害活性(26)26) A. Tanikawa, T. Fujihara, N. Nakajima, Y. Maeda, Y. Nogata, E. Yoshimura, Y. Okada, K. Chiba & Y. Kitano: Chem. Biodivers., 20, e2022009 (2023)..イソチオシアネートは,野菜に多く含まれるとともに,海洋生物からも見出されている.最近の研究によると,イソチオシアネートは抗腫瘍効果や抗炎症効果など有用な効果が明らかにされているものの,イソチオシアネートの付着阻害活性に対する報告はこれまでにはなかった.有機合成の立場からイソチオシアノ基を見ると,イソシアノ基(-NC)から最短で1工程で合成できる(27)27) S. Fujiwara, T. Shin-Ike, N. Sonoda, M. Aoki, K. Okada, N. Miyoshi & N. Kambe: Tetrahedron Lett., 32, 3503 (1991)..北野らは,そのイソシアノ基を二重結合から導入する独自の方法を見出していたので,イソチオシアネートの効率的な合成が可能であった.シトロネラ油などに含まれる安価なシトロネロールの水酸基の変換を経て,二重結合を足掛かりにしたイソシアノ基の導入と,続くイソチオシアノ基への変換反応によって各種イソチオシアネート1420を合成した.合成した化合物によってシトロネロールからの工程数は異なるものの,最短では3工程であり効率的である.合成したイソチオシアネートは,付着阻害活性を示さなかったものがあった一方,硫酸銅に匹敵する強い活性を示したものまであった.これらの化合物では,毒性はいずれも極めて弱かった.これらの結果は,イソチオシアネートの付着阻害化合物としての可能性を示す研究として,今後の更なる検討に十分値するものであると考えられる.

図3■イソチオシアネートの合成と付着阻害活性

髙村らによるアプローチ

地中海の海綿から得られた一連のフラン含有有機化合物の,タテジマフジツボのキプリス幼生に対する付着阻害活性が見出されている.有機合成の視点からフランを見ると,芳香族化合物と分類される化合物群(ベンゼンやトルエンなどと類似の反応性を持つ)である.そのため,有機化合物へのフランの多様な導入方法が開発されている.そして,その導入に安価な試薬を用いることも可能である.髙村らは,このフランを付着阻害ユニットとし,ゲラニオールやネロールなどのモノテルペンに搭載する効率的な各種付着阻害有機化合物(ハイブリッド化合物)2125を合成している(図4図4■フラン-モノテルペンハイブリッド化合物の合成と付着阻害活性(28)28) H. Takamura, Y. Kinoshita, T. Yorisue & I. Kadota: Org. Biomol. Chem., 21, 632 (2023)..工程数は2~4であった.これらとは別に,フランにごく簡単な化学修飾を施した化合物26も合成し,付着阻害活性を評価している.出発化合物のゲラニオール,ネロールや26はごく弱い付着阻害活性を示したことに対して,ハイブリッド化合物はいずれも適度な付着阻害活性を有していた.毒性も観測されたもののごく弱いものがほとんどであり,化合物の安全性を示すLC50/EC50(大きいほど付着阻害作用のみに作用し有用である値,一般に15以上あれば安全と評価される)(29)29) P.-Y. Qian, Y. Xu & N. Fusetani: Biofouling, 26, 223 (2009).が最小の化合物でも14.5であった.

図4■フラン-モノテルペンハイブリッド化合物の合成と付着阻害活性

おわりに

ウミウシなどの海洋生物が有する有機化合物を足掛かりとして,付着阻害ユニットを見出し,そのユニットを導入した付着阻害有機化合物を短工程で合成する最近の基礎研究を本稿では紹介した.今回は紙幅の関係上,日本の3つの研究グループのみを取り上げたが,国内外の各グループが,それぞれの着眼点に基づいて付着阻害化合物を合成している.有機合成の強みは,思い描いた分子を実際に作り出せることである.有機合成によって新規有機化合物を創製することが起点となっている分野として,医薬品や農薬,そして有機ELのような新材料がよく知られている.これらの分野は,健康や食,そして日々の生活を便利にすることから注目を集めやすく,大学の研究を見渡しても活発である.これに対して,付着阻害化合物を含む付着生物に関する研究は,世間の注目を浴びることは現在のところ少ない.しかしながら,SDGsを含む昨今の環境問題に対する意識の高まりの中で,付着生物による直接的な被害だけでなく,付着による燃費悪化やそれに伴う二酸化炭素の排出増加,そして有害な付着阻害化合物による海洋汚染問題などにも深く関わってくることから,本研究は持続可能な人類の活動にとって不可欠なものとなるだろう.なお,付着阻害化合物創製に関する研究は,優れた化合物を見出すことで完結するものではない.船などの人工構築物に塗ることになるので,ただその化合物を塗料に練りこむだけでよいのか,塗料高分子と何らかの化学結合をもたせるのかなど,塗料メーカーとの共同研究が不可欠である.この共同研究に先立って,海洋に放出することになるため,日本においては環境に悪影響を及ぼさないことを証明するために「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)による高価な審査を通過する必要もある.こういった点において,技術面や資金面で大学の研究室だけで研究を進めることは困難である.今後,様々な機関とともに研究することを通じて,持続可能な人類の活動に役立てる付着阻害化合物の開発に向けて取り組みを続けていく必要がある.

Reference

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