Kagaku to Seibutsu 61(7): 339-344 (2023)
プロダクトイノベーション
サーキュラーエコノミーを可能にする微生物糖化技術国際農研が進めるバイオマス研究とその社会実装への挑戦
Published: 2023-07-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
地球規模で進行する気候変動に対処し,さらなる環境悪化を阻止するには,資源循環・環境保全技術の開発が不可欠である.中でも農林水産業分野では,我が国においても「みどりの食料システム戦略」が策定され,資源利用効率を最大化し,持続的生産体系を持った農林水産業および持続可能な資源管理・調達の両立が強く求められている.そのような状況の下,農林水産業に大きく依存する開発途上地域においては,大規模な農業生産により副次的に生じる膨大な量の農産廃棄物が,技術なき処理や放置・廃棄によって,温室効果ガスの発生源となり,焼却による煙害や健康被害なども引き起こす大きな(地球規模の)環境リスクとなっている.一方,農産廃棄物の多くは,地球上でもっとも豊富に賦存し,食糧と競合しないとされるセルロース系バイオマス(例えばトウモロコシ茎葉,小麦わら等の農作物残さや,食品工場から出てくる廃棄物,コットン製衣類や古布,古紙などの都市ゴミ)であり,基本糖質のポリマーからなる再生可能な資源でもある.安価で高効率なセルロース系バイオマスを糖化し,ブドウ糖等の変換可能な糖質を作ることができれば,バイオマスからのバイオ燃料生産やバイオプラスチック生産など,カーボンリサイクル社会は現実のものになる.
こうした状況を背景に,国際農研(JIRCAS)では,東南アジアを中心とした開発途上地域を対象に,農産廃棄物の適正な資源化を図るため,革新的な糖化技術を開発し,これを利用したエネルギー生産や化成品原料に変換するカーボンリサイクル技術の開発に取り組んでいる.これまでのリサイクルエコノミーではなく,サーキュラーエコノミーの実現へ向け,本稿ではその中核的技術を担う「微生物糖化」技術について解説する.
「トウモロコシ茎葉や小麦わらを使った燃料用エタノール生産技術開発は大きな進展を見せたが,依然としてセルロース系バイオマスからのバイオ燃料製造は,糖蜜やデンプンを原料とする第一世代のバイオ燃料製造に比較し,実用化への移行にはいくつかの技術的ブレークスルーを必要としている.」これは筆者が10年ほど前に記載した技術解説の一部である.10年を経た今でも,「技術的ブレークスルーの核心部分が,安価で効率的セルロース系バイオマス糖化技術である」ことを強調しなくてはならないことに無力さを感じている.
バイオマス糖化酵素としては,世界的に糸状菌Trichoderma reesei由来のセルラーゼを中心に研究開発や実用化が進められている.ここ10年間の進展では,特に糸状菌では,T. reeseiのゲノム配列の決定やセルラーゼ酵素の可視化による分解メカニズムの解明,分子立体構造解析による酵素の改変,さらにセルロースを酸化的に分解する溶解性多糖モノオキシゲナーゼの存在や,このモノオキシゲナーゼが,セルラーゼによるセルロース分解を助け,大きく分解促進に貢献することが明らかとなっている.10年前と比較し大きな進展はあるものの,デンプン分解酵素ほどの価格にはほど遠く,未だコスト低減化は実現できてはいない.
当時から筆者らは,別のアプローチでセルロース糖化の研究を行ってきた.すなわち好熱嫌気性微生物であるClostridium thermocellum(図1図1■Clostridium thermocellumによるセルロース分解の様子)が生産するセルロソーム(セルラーゼ・ヘミセルラーゼ酵素複合体)を用いた糖化である.C. thermocellumのセルロース分解能に関する研究は古く,1899年MacFaydenとBlaxallによって高温度下でセルロースを効率的に完全分解できる細菌の存在の発見までさかのぼる.セルロソームの特徴や解説(1, 2)1) P. Bule, V. M. Pires, C. M. Fontes & V. D. Alves: Curr. Opin. Struct. Biol., 49, 154 (2018).2) L. Artzi, E. A. Bayer & S. Moraïs: Nat. Rev. Microbiol., 15, 83 (2017).は,数々の参考書等に記載されているので,ここでは詳細には述べないが筆者らの経験から,結晶性のセルロースを完全に分解・液化できるのは,本菌だけであろうと考えている.C. thermocellumのセルロソームによる結晶セルロース分解メカニズムは,これまで明らかではなかったが,最近,原子間力顕微鏡をベースにした一分子力分光法により,セルロース表面上に固着して,穴を掘るように分解してゆく姿が捉えられた.これまで知られている糸状菌T. reeseiのセルロース表面を鉋で削ってゆくような動的な分解作用機作ではなく,セルロース表面にしっかり固定化し,ドリルで掘削してゆくような方法でセルロースを分解していく(3)3) M. Eibinger, T. Ganner, H. Plank & B. Nidetzky: ACS Cent. Sci., 6, 739 (2020)..また,C. thermocellum細胞表層には糖質結合モジュール(CBM)を含む膜貫通型調節タンパク質が配置され,菌体外にあるセルロースなどの多糖質がそのCBMに結合することで基質を認識し,セルラーゼやヘミセルラーゼ遺伝子群の発現を促すためのセンシング機能を有している(4)4) B. J. Mahoney, A. Takayesu, A. Zhou, D. Cascio & R. T. Clubb: Proteins, 90, 1457 (2022)..これらのことは,C. thermocellumは生育環境に応じて,酵素サブユニットを選択し,最適となるサブユニット酵素でセルロソームを組織化し,複雑な植物細胞壁を対応するという優れた糖化戦略を持っている.
セルラーゼの多くはセルロースを基質にした場合の最終分解産物であるセロビオースにより強力に阻害されるが,セルロソームも例外ではなく5 mM程度のセロビオースの存在によりセルロース分解活性は著しく低下する.セロビオースによる活性阻害は効率的にセルロース糖化を行う上で大きな障害となることから,β-グルコシダーゼの併用によるグルコースへの変換が効果的である.我々はC. thermocellumの持つセルロソームと協同的に作用するβ-グルコシダーゼをスクリーニングしたところ,同じく好熱嫌気性細菌Thermoanaerobacter brockii由来のβ-グルコシダーゼとの併用によりセルロソームの糖化能が飛躍的に上昇することを見出した(図2図2■C. thermocellum (C.t)と耐熱性ƒΐ-グルコシダーゼ(BGL)共存による結晶性セルロースからのグルコース生産)(5)5) R. Waeonukul, A. Kosugi, C. Tachaapaikoon, P. Pason, K. Ratanakhanokchai, P. Prawitwong, L. Deng, M. Saito & Y. Mori: Bioresour. Technol., 107, 352 (2012)..このように,セルロソームの阻害物となるセロビオースからのフィードバック阻害解除によりセルロース糖化を飛躍的に上げられる,そして生成されるグルコースが培養液中に蓄積するという興味深い現象を発見した.実は,C. thermocellumはセロビオースなどのセロオリゴ糖を利用することを好み,グルコースのような単糖では長い生育停滞期や生育不良となる.この特徴は,炭素源としてグルコースを好む多くの微生物と明らかに異なり,C. thermocellumを含む一部の嫌気性セルロース分解菌に見られる.これは糖輸送システムにおいて,グルコースへの親和性が非常に弱く,この弱さがグルコースの取り込みやグルコースでの生育障害の原因であるとされる.グルコース取り込みが弱いことには理由があり,それはC. thermocellumの持つリン酸分解メカニズムを通じて代謝されるセロデキストリンが,グルコースよりも生体エネルギー上の利点を有するためである.これまでにC. thermocellumのゲノムにおいて,ABC輸送システムグループに属する5つの推定糖輸送体が同定されている.最近の研究ではC. thermocellumでは特異的なグルコーストランスポーターとセロデキストリンのトランスポーターはそれぞれ異なることが明らかになっている(6)6) F. Yan, S. Dong, Y. J. Liu, X. Yao, C. Chen, Y. Xiao, E. A. Bayer, Y. Shoham, C. You, Q. Cui et al.: MBio, 26, e0147622 (2022)..すなわち,C. thermocellumは利用する糖に嗜好性を持っており,グルコースが苦手という変わった特徴を持つ.そこでβ-グルコシダーゼを共存させることでセルロソームの糖化力を最大限発揮させると同時に,培養液中にグルコースを蓄積させるような糖化法を考えついた.このようなコンセプトを高濃度のセルロース分解に応用しようという試みは初めてであった.実際,10%という高濃度の結晶性セルロースを炭素源として,C. thermocellum培養時にT. brockii由来のβ-グルコシダーゼを共存させた実験では,セロビオースによるセルロソームへの酵素反応阻害も解除され,10%高濃度セルロースを完全に分解できるようになると共に,約7%のグルコースを培養液中に蓄積した(図2図2■C. thermocellum (C.t)と耐熱性ƒΐ-グルコシダーゼ(BGL)共存による結晶性セルロースからのグルコース生産)(7)7) P. Prawitwong, R. Waeonukul, C. Tachaapaikoon, P. Pason, K. Ratanakhanokchai, L. Deng, J. Sermsathanaswadi, K. Septiningrum, Y. Mori & A. Kosugi: Biotechnol. Biofuels, 21, 184 (2013). doi: 10.1186/1754-6834-6-184.培養温度が60°C付近であるため,雑菌汚染のリスクが軽減したラフなプロセスを構築できる.さらに,本糖化法では,セルラーゼを毎度添加する必要が無く,培養によって産生されるセルラーゼ酵素(この場合セルロソーム)を直接使い糖化させるため,大幅なランニングコストの低減に繋がる.これまでセルロース糖化に足枷となっていたセルラーゼ酵素の生産・購入が必要なくなり,半永久的に糖化反応を行うことができることを意味している.このデモンストレーションに対する反響は大きく,現在,中国青島バイオエネルギー研究所との共同研究において,遺伝子組換え技術によりβ-グルコシダーゼを高発現するC. thermocellumを作出し,遺伝子組換C. thermocellum単独でβ-グルコシダーゼ添加の際と同様に,10%結晶性セルロースから7%グルコースを培養液中に蓄積させることに成功している(8)8) K. Qi, C. Chen, F. Yan, Y. Feng, E. A. Bayer, A. Kosugi, Q. Cui & Y. J. Liu: Bioresour. Technol., 337, 125441 (2021)..
上述したように,C. thermocellumとβ-グルコシダーゼを共存させると,飛躍的なセルロース分解活性の向上や,培養液中にグルコースを高濃度蓄積させることができる.このことは少なくとも高濃度のセルラーゼ酵素を購入・添加する必要なく,セルロースをグルコースへ変換することができる.我々はこの微生物を直接用いて糖化する技術を「微生物糖化」と呼んでいるが,その最大のメリットは,低コスト化であろう.これまで足枷となっていたセルラーゼ酵素の調達を必要としないシステムである.ただし,β-グルコシダーゼは,必要となるが,遺伝子組換え技術によりそれも解決しようとしている.一方,遺伝子組換え系を用いることは,組換体の封じ込めなど様々な制限が必要となり,設備コストの上昇や廃液の利用において特別な隔離処置が必要になる場合が多い.ちなみにC. thermocellumの生育条件下でβ-グルコシダーゼを菌体外に分泌する能力を有する好熱嫌気性細菌は,これまで発見されていない.そこで筆者らは独自にC. thermocellumの生育条件に共存可能なβ-グルコシダーゼを菌体外に分泌する能力を有する好熱嫌気性細菌のスクリーニングを行った.通常β-グルコシダーゼ産生菌を探索する際には,その活性を指標とするため,p-ニトロフェノール合成基質が使われるが,C. thermocellumの生育温度(55~60°C)においては,この合成基質は不安定で利用することができない.従って,高温度でも安定なエスクリンの加水分解による色素判定を用いて探索を行った.キングモンクット工科大学の共同研究者と共に,数百点という自然界からのサンプルから,セロビオースを炭素源とする集積培養による候補菌の濃縮とエスクリンを使ったスクリーニングにより,製紙工場からの汚泥のサンプルから大きな褐色のハローを示す菌株の取得に成功した(A9株).褐色のハローを形成するシングルコロニー分離を繰り返し,純粋分離した結果,本菌は好熱・好アルカリ嫌気性細菌で,これまで同定されていたThermobrachium celereであることが明らかとなった(図3図3■微生物糖化法におけるそれぞれの微生物の役割)(9)9) S. Nhim, R. Waeonukul, A. Uke, S. Baramee, K. Ratanakhanokchai, C. Tachaapaikoon, P. Pason, Y. J. Liu & A. Kosugi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 106, 2133 (2022)..筆者の知る限りβ-グルコシダーゼを分泌できる嫌気性好熱性細菌の分離の最初の報告である.興味深いことに,標準菌株JW/YL-NZ35は,β-グルコシダーゼを分泌することも,唯一の炭素源としてセロビオース上で増殖することもできない.その重要な分泌β-グルコシダーゼ遺伝子(TcBG1)は,糖質加水分解酵素(GH)ファミリー1に属し,セロオリゴ糖を効果的にグルコースに加水分解し,高い熱安定性(60°C 2日間)と高い耐糖能(IC 50=0.75 Mグルコース)を示した.またシグナルペプチド予測ツールSignalP-5.0(http://www.cbs.dtu.dk/services/SignalP/)によると,標準菌株JW/YL-NZ35と単離したA9株のβ-グルコシダーゼ(GFR35525.1)は,シグナルペプチド配列をN末端に有している.実際A9株を50g/lの結晶セルロースを含む培地でC. thermocellumと共培養すると,高いセルロース分解が観察され,培養上清中のグルコース蓄積は35.2 g/lに達した(図4図4■微生物糖化によるセルロースからのグルコース生産).一方,標準株JW/YL-NZ35は,菌株A9と同じアミノ酸配列を持つ同じGHファミリー1β-グルコシダーゼ遺伝子を保有しているにもかかわらず,セロビオース培地上で弱いβ-グルコシダーゼ活性と低い増殖しか示さない.16SrRNA配列は一致しているが,A9株はセロビオース資化性能において変化したようであり,標準株JW/YL-NZ35の違いは興味深い.A9株のさらなる特徴付けは,嫌気性微生物における内因性β-グルコシダーゼの発現と制御に関してより多くの情報を得られると考える.
2015年パリ協定(COP21)を契機に,企業が気候変動に対応した経営戦略の開示(TCFD)や脱炭素に向けた目標設定(SBT, RE100)など,脱炭素経営に取り組む動きが広がりを見せている.中でも2050年カーボンニュートラルを実現するためとして,フードサプライチェーン全体を通して脱炭素化を実践するとともに,その取組を可視化し,気候変動対策への資金循環や持続可能な消費行動を促すことが必要とされ,再生可能エネルギーの利用,廃棄物の再利用・リサイクルによるサプライチェーンの構築・循環が必要である.一方で,我が国においては,これまで多くの省エネ技術を導入してきたこともあり,限られた資源を用いて低コストに効率良く脱炭素化技術を導入する取り組みが求められる.我々が開発している微生物糖化技術は,これまで廃棄や有償,焼却処分されていた農産物残渣のアップサイクルを低コストで可能にする技術の一つとして有望と考える.実際,我々が行った研究例として,ホテルや病院などから廃棄される汚れのひどいシーツやベッドカバー等のリネン類や,再生不可の古いワイシャツや洋服類,最近指摘されているファストファッション産業が生み出す環境問題など,これまで廃棄されてきた綿製品を対象に微生物糖化技術を適用すると,これら混紡に含まれるポリエステルをきれいに回収し,再利用へ回すことができる(図5図5■微生物糖化法によるサーキュラーエコノミーの実現).また,微生物糖化により得られる糖液は,バイオガス発電へ利用することや,さらなる付加価値製品を生むことも可能である.さらに,セルロース分解性土壌細菌やC. thermocellum近縁細菌種には,植物成長促進,窒素固定,土壌栄養改善,レメディエーション,病害抵抗性誘導等の持続的農業生産体系へ寄与できる能力が備わっているという(10~12)10) H. Liu, Q. Zhao & Y. Cheng: PLoS One, 17, e0275302 (2022). doi: 10.1371/journal.pone.027530211) J. D. Harindintwali, J. Zhou & X. Yu: Sci. Total Environ., 715, 136912 (2020).12) J. D. Harindintwali, J. Zhou, B. Muhoza, F. Wang, A. Herzberger & X. Yu: J. Environ. Manage., 293, 112856 (2021)..微生物糖化菌体を含む残さにも微生物肥料としての価値を持ち,農産物増産を通じたCO2固定にも一役買うであろう.これまで高コスト化の原因であったセルロースバイオマスの糖化方法は,微生物糖化技術により新しい局面を迎えそうである.
Reference
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2) L. Artzi, E. A. Bayer & S. Moraïs: Nat. Rev. Microbiol., 15, 83 (2017).
3) M. Eibinger, T. Ganner, H. Plank & B. Nidetzky: ACS Cent. Sci., 6, 739 (2020).
4) B. J. Mahoney, A. Takayesu, A. Zhou, D. Cascio & R. T. Clubb: Proteins, 90, 1457 (2022).
10) H. Liu, Q. Zhao & Y. Cheng: PLoS One, 17, e0275302 (2022). doi: 10.1371/journal.pone.0275302
11) J. D. Harindintwali, J. Zhou & X. Yu: Sci. Total Environ., 715, 136912 (2020).