セミナー室

植物の微量元素 ホウ素必須性の発見から100年,広がるホウ素の理解

Naoyuki Sotta

反田 直之

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻

Mayuki Tanaka

田中 真幸

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻

Published: 2023-07-01

はじめに

Waringtonがソラマメ(broad bean)の水耕栽培によって,植物の生育にホウ素が必要であることを示してから今年注1注1 本稿執筆時,2023年.でちょうど100周年(1)1) K. Warington: Ann. Bot., 37, 629 (1923)..以降,農業上の重要性が認識され,100年の間,生物におけるホウ素の研究は,ホウ酸輸送体の発見を含む大きな進展を見せた.本稿では植物におけるホウ素の必要性や毒性についての理解と,植物内のホウ素状態の恒常性維持に必要な輸送システムの制御について,これまでの基礎的な知見を踏まえつつ最新の進展を紹介する.

ホウ素は植物の必須栄養なのか—必須性と機能

本稿では栄養素として“ホウ素”と呼ぶが,実際に植物が吸収する化学形態は主にホウ酸[B(OH)3]である(図1図1■植物におけるホウ素の主な化学形態).植物におけるホウ素の必要性が発見されて以降,長らくその役割は不明であった.1990~2000年代になって,細胞壁ペクチンを構成する一部の糖が持つcis-ジオール基(2つの隣り合った水酸基)とホウ酸のジエステルによる分子架橋が,細胞壁の機能に必要であることが明らかになった(図1図1■植物におけるホウ素の主な化学形態(2, 3)2) 間藤 徹:化学と生物.35, 864 (1997).3) 松永俊朗,石井 忠:日本土壌肥料学雑誌.76, 223 (2005)..筆者の知る限りでは,植物においてホウ素が直接関与することが分子レベルで示されている例は他にない.生理的な欠乏症状としては,主に細胞伸長が盛んな組織の萎縮や褐変・枯死,不稔が知られている(4)4) M. Brdar-Jokanović: Int. J. Mol. Sci., 21, 1424 (2020)..シロイヌナズナではホウ酸を欠如させると1時間以内に根の伸長領域で細胞死が起きる(5)5) M. Kobayashi, M. Miyamoto, T. Matoh, S. Kitajima, S. Hanano, I. N. Sumerta, T. Narise, H. Suzuki, N. Sakurai & D. Shibata: Soil Sci. Plant Nutr., 64, 106 (2018)..細胞の伸長には新しく細胞壁を作る必要があるので,これらの症状はホウ酸の不足による細胞壁の機能不全によるものと考えられる.

図1■植物におけるホウ素の主な化学形態

冒頭で述べた通り,ホウ素は100年近く前から植物の必須元素とされてきた.しかし最近,衝撃的なタイトルの評論がNew Phytologist誌に掲載された.“Boron–the essential element that never was”(6)6) D. H. Lewis: New Phytol., 221, 1685 (2019).,すなわち,ホウ素は決して植物の必須元素ではない,というものである.ホウ素がないと植物が育たないというのは,Warington以降の数多くの報告から,もはや疑いのない事実といってよいだろう.しかしながら,今になってその必須性を否定する評論が発表されるとはどういうことだろうか.

ArnonとStoutは必須元素の要件として,以下の3つの条件を提案している:(7)7) D. I. Arnon & P. R. Stout: Plant Physiol., 14, 371 (1939).

先の評論はこれらのうち,(1)(2)については認めるが,(3)植物の栄養に直接関与している,という条件を満たしていないのではないか,と提起するものであった.代替仮説として,ホウ素は基本的には毒であり,さらに別の毒性物質と結合し無効化することで,植物の生育を改善している,という説が提案されている.つまりホウ素の欠乏症として知られている症状は,必要なホウ素が足りないからではなく,他の毒性物質(主にフェニルプロパノイド)の無毒化ができなくなったことによるものではないかというのが主な主張であった.これは先述の,ホウ酸の水酸基への結合能に基づく仮説であったが,多くの研究者が様々な反証をもって反論した(8, 9)8) A. González-Fontes: New Phytol., 226, 1228 (2020).9) M. A. Wimmer, I. Abreu, R. W. Bell, M. D. Bienert, P. H. Brown, B. Dell, T. Fujiwara, H. E. Goldbach, T. Lehto, H. Mock et al.: New Phytol., 226, 1232 (2019)..評論自体も“実験的には証明されていない仮説である”としており,教科書が書き換えられるような展開にはなっていないが,ホウ素の“直接的機能”について改めて多くの研究者が議論を交わす機会となった.

この一連の議論において触れられている,「未だホウ素を直接必要とする酵素やホウ素によって活性に影響を受ける酵素が見つかっていない」(10)10) S. P. McGrath: New Phytol., 226, 1225 (2020).,という点については,興味と議論の尽きないところである.細胞壁ペクチンの架橋以外にホウ素が直接作用する生物的プロセスはないのか.“直接の作用が証明されている”という要件を除けば,細胞膜や膜タンパクの機能性,光合成,窒素固定,アスコルビン酸やオーキシンをはじめとする化合物の代謝系など,様々な生物学的過程にホウ素が影響を与えることが報告されている(11, 12)11) D. G. Blevins & K. M. Lukaszewski: Annu. Rev. Plant Biol., 49, 481 (1998).12) H. E. Goldbach & M. A. Wimmer: J. Plant Nutr. Soil Sci., 170, 39 (2007)..最近の研究では,遺伝子発現における翻訳過程への影響も示唆されている.これについては後ほど紹介する.動物においても,ホウ素を欠如した環境で生育させたゼブラフィッシュやアフリカツメガエルが発達異常を引き起こすことが報告されている(13)13) 藤原 徹,高野順平,小林正治,三輪京子:植物の生長調節.37, 99 (2002)..細胞壁のない動物にもホウ素が必要となると,細胞壁の架橋以外にホウ素の生物学的役割があることを強く示唆するが,筆者の知るかぎりでは動物におけるホウ素要求性の報告は限定的であり,いまのところ動物の必須元素とは認められていない.微生物では細菌が周囲の菌密度を感知(quorum sensing)する際に,シグナル因子として放出する低分子化合物(自己誘導因子,autoinducer)の一種がホウ酸エステルを含む低分子化合物であることが知られている(14)14) X. Chen, S. Schauder, N. Potier, A. Van Dorsselaer, I. Pelczer, B. L. Bassler & F. M. Hughson: Nature, 415, 545 (2002)..このように,様々な生物学的過程においてホウ素の関与が垣間見えているが,具体的な作用機序については生物全般で見てもまだまだ未知の部分が多い.

ホウ素の毒性

高濃度のホウ酸は生物に広く毒性を示す.植物も例にもれず,ホウ素過剰障害は農業上の問題になっている.塩類蓄積が起きやすい半乾燥地域だけでなく,日本でも過剰施肥等による作物のホウ素過剰障害の例が報告されている(4, 15, 16)4) M. Brdar-Jokanović: Int. J. Mol. Sci., 21, 1424 (2020).15) 立田芳伸,佐野憲二,松下加奈恵:九州農業研究.54, 246 (1992).16) 黒田康文,岡田俊美,山本英記:徳島県立農業試験場試験研究報告.29, 20 (1993)..葉の周縁部の黄化・枯死,根の伸長阻害が典型的な症状であり,生理学的には活性酸素が蓄積することが多くの植物種で知られている(17, 18)17) A. Gunes, G. Soylemezoglu, A. Inal, E. Bagci, S. Coban & O. Sahin: Sci. Hortic., 110, 279 (2006).18) M. Landi, T. Margaritopoulou, I. E. Papadakis & F. Araniti: Planta, 250, 1011 (2019)..シロイヌナズナを用いた研究によって,染色体凝縮因子コンデンシンの変異株が高濃度のホウ酸に高い感受性を示すことが明らかになった(19)19) T. Sakamoto, Y. T. Inui, S. Uraguchi, T. Yoshizumi, S. Matsunaga, M. Mastui, M. Umeda, K. Fukui & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3533 (2011)..染色体凝縮はゲノムの安定性に関わることから,ホウ素過剰ストレスとDNA損傷の関係が見いだされ,高濃度のホウ酸がDNAの二本鎖切断(Double Strand Break; DSB)と細胞死を引き起こすことが示された.ホウ素過剰ストレスがDNA損傷を誘導するメカニズムのひとつとして,高濃度のホウ素によるクロマチンの弛緩が示されている(図2図2■過剰ホウ素によるDNA損傷誘導メカニズムのモデル(20)20) T. Sakamoto, Y. Tsujimoto-Inui, N. Sotta, T. Hirakawa, T. M. Matsunaga, Y. Fukao, S. Matsunaga & T. Fujiwara: Nat. Commun., 9, 5285 (2018)..クロマチンはDNAがヒストンタンパクに巻き付いた状態で,その巻き具合(弛緩・凝集状態)は様々な要因によって変化する.弛緩状態のクロマチンは凝集状態のクロマチンに比べてDNA損傷を受けやすい.高濃度のホウ酸はこのクロマチンを緩め,DNAの損傷を受けやすい状態にすることが示された.ホウ素過剰ストレスがクロマチンを緩める仕組みとして,ヒストン脱アセチル化酵素の活性を抑制し,ヒストンのアセチル化を亢進することが示されている.アセチル化されたヒストンはクロマチンの弛緩を起こす.さらに,クロマチンの弛緩を引き起こすクロマチンリモデリング因子,BRAHMAのタンパク質分解がホウ素過剰耐性に重要であることも示されている.

図2■過剰ホウ素によるDNA損傷誘導メカニズムのモデル

BRM, BRAHMA.

ホウ素過剰ストレス下でDNA損傷を引き起こす直接的な損傷因子は不明だが,ひとつの候補はホウ素過剰ストレス下での蓄積が知られる活性酸素種であろう.筆者の知る限りではホウ素過剰ストレスによる活性酸素種発生の直接的なメカニズムは明らかになっておらず,ホウ素–活性酸素種–DNA損傷をつなぐメカニズムの解明が,今後のホウ素過剰障害の仕組みを理解する鍵になると考える.

ホウ素輸送体の必要性

先に述べた通り,ホウ素は多すぎても少なすぎてもいけない.特にホウ素は他の栄養素に比べて,その至適濃度範囲が狭いと言われている(4)4) M. Brdar-Jokanović: Int. J. Mol. Sci., 21, 1424 (2020)..外部環境の変化に対して体内のホウ素濃度を適切に保つため,植物は輸送体によるホウ素輸送の制御機構を備えている.輸送体は膜タンパク質で,一般的に特定の基質が膜を隔てて移動するのを促進する.ホウ酸は中性水溶液中では主に無電荷の小分子のため(図1図1■植物におけるホウ素の主な化学形態上),細胞膜の透過性が比較的高く,環境中のホウ素濃度が適当な範囲であれば,植物は輸送体がなくても拡散による受動的な吸収によって必要量のホウ素を得られると考えられていた(13)13) 藤原 徹,高野順平,小林正治,三輪京子:植物の生長調節.37, 99 (2002)..しかしながら,低ホウ素環境におけるホウ素の吸収や,高ホウ素環境における排出,あるいは組織内の分配制御においては,輸送体が重要な働きをしている.植物では主にホウ酸トランスポーターBORファミリーと,ホウ酸チャネルNIPファミリーが重要な役割を果たす.個々の輸送体の特性については(21, 22)21) 高野順平:日本土壌肥料学雑誌.92, 129 (2021).22) A. F. Onuh & K. Miwa: Plant Cell Physiol., 62, 590 (2021).に詳しい.本稿では最近明らかになってきたホウ素輸送体の翻訳制御と,数理モデルを用いた輸送システムの統合的理解の試みについて紹介する.

ホウ素輸送体の発現制御

シロイヌナズナにおいて,低ホウ素条件下でのホウ酸の吸収には主に輸送体のBOR1, BOR2NIP5;1が重要な役割を担う.いずれも根におけるホウ素の吸収を促進する働きがあるが,過剰な吸収を防ぐため,これらの輸送体の発現はホウ素が十分以上の条件において抑制される.興味深いことに,BOR1NIP5;1はそれぞれ異なる仕組みで発現制御を受ける.

根の表皮でのホウ素吸収を促進するチャネルNIP5;1のmRNAは,外部環境のホウ素濃度上昇後,速やかに分解される(23)23) M. Tanaka, J. Takano, Y. Chiba, F. Lombardo, Y. Ogasawara, H. Onouchi, S. Naito & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3547 (2011)..このmRNA分解は,NIP5;1 mRNAの5′UTR領域に存在する上流ORF(uORF)上でホウ素依存的にリボソームが停滞することによって引き起こされる(24)24) 田中真幸,反田直之,内藤 哲,藤原 徹:化学と生物.56, 64 (2018)..uORFは一般的に,タンパク質をコードするmain ORF(mORF)の翻訳前にリボソームによって認識されることで,下流のmORFの翻訳に影響を与える可能性があるが,その影響はuORFの翻訳効率,コードするペプチドの長さ,mORFとの距離等の要因によって異なる(25)25) 山下由衣,尾之内 均,内藤 哲:化学と生物.54, 191 (2016).NIP5;1の場合,開始コドンの直後に終止コドンが来るAUG-stopという特殊なuORFが2か所存在し,それぞれがリボソームの停滞を引き起こす.一般にリボソームの停滞はmRNAの分解を引き起こす場合がある.NIP5;1 mRNAのAUG-stop上で停滞したリボソームの位置と5′末端が一致するmRNA分解中間体が検出されることから,リボソームの停滞によってNIP5;1 mRNAの分解が引き起こされると考えられている.すなわち,AUG-stop配列という制御因子によって,翻訳の抑制と,mRNAの分解という,2つの異なる段階での発現制御が行われている(図3図3■AUG-stopによるNIP5;1のホウ素依存的翻訳抑制とmRNA分解).

図3■AUG-stopによるNIP5;1のホウ素依存的翻訳抑制とmRNA分解

リボソームがNIP5;1 5′UTR上のAUGUAA配列上にて,AUG(開始コドン)がPサイト,UAA(終止コドン)がAサイトの位置でホウ素依存的に停滞する.リボソームの停滞は下流ORF(NIP5;1のタンパク質コード領域)の翻訳を抑制するとともに,mRNAの分解を引き起こす.

一方,根で吸収したホウ素の道管への積み込みを担うトランスポーターBOR1のタンパク質は,ホウ素依存的にエンドサイトーシスによって分解される(21)21) 高野順平:日本土壌肥料学雑誌.92, 129 (2021)..さらにその後,タンパク質分解に加えて,uORFによる翻訳制御も行われていることが明らかになった(26)26) I. Aibara, T. Hirai, K. Kasai, J. Takano, H. Onouchi, S. Naito, T. Fujiwara & K. Miwa: Plant Physiol., 177, 759 (2018)..BOR1には4つのuORFが存在し,そのひとつは先述のNIP5;1と同じAUG-stopである.しかしながら,このAUG-stopだけを変異させても高ホウ素条件による翻訳抑制に大きな変化は見られない.4つのuORFを様々な組み合わせで欠損させる試験から,それぞれのuORFがホウ素依存的な翻訳抑制に寄与していることが明らかにされ,AUG-stopだけでなく,通常のペプチドをコードするuORFの中にも,ホウ素依存的な翻訳制御に関与しているものがあることが示された.

この翻訳制御は,タンパク質分解よりも高いホウ素濃度によって引き起こされることがわかっている.これはホウ素が生育に毒性を示さないような濃度域では,環境の変動に迅速に対応するためタンパク質の生産は行いつつ分解による制御を行い,さらに高濃度の毒性を示すようなホウ素にさらされた際には,翻訳を抑制して不要なタンパク質の生産を防ぐという,効率的な環境適応の仕組みではないかと考えられている(26)26) I. Aibara, T. Hirai, K. Kasai, J. Takano, H. Onouchi, S. Naito, T. Fujiwara & K. Miwa: Plant Physiol., 177, 759 (2018).

ホウ素と翻訳の関わり—網羅解析

NIPとBOR,異なる2つのホウ素輸送体ファミリーにおいてuORFによるホウ素依存的な翻訳制御が見つかったこと,またホウ素依存的にAUG-stop上でリボソームが停滞するという発見は,ホウ素と翻訳の密接な関係を示唆している.ホウ素によるuORF制御はどの程度一般的なものか,特にAUG-stopにおけるリボソームの停滞は普遍的な現象なのか.これらを明らかにすべく,リボソームプロファイリング法(Ribo-seq)による翻訳状態の網羅解析が行われた.Ribo-seqはRNA-seqの変法で,mRNA上のリボソームの存在位置のスナップショットを次世代シーケンサによって網羅的に解析する.基礎原理としては,リボソーム-mRNA複合体に対してRNaseによる部分消化を行い,リボソームに保護されていたmRNA領域(=リボソームフットプリント)を得る.この配列を網羅的に取得し,リファレンスのmRNA配列にマップすることで,各遺伝子の翻訳量や,どのコドン上にリボソームが存在したかなどの情報を1塩基の解像度で得ることができる(27)27) N. T. Ingolia, S. Ghaemmaghami, J. R. Newman & J. S. Weissman: Science, 324, 218 (2009).

欠乏,十分,過剰の3つのホウ素条件で栽培したシロイヌナズナのRibo-seq解析によって,ホウ素依存的な翻訳制御を受ける遺伝子が網羅的に同定された(28)28) N. Sotta, Y. Chiba, K. Miwa, S. Takamatsu, M. Tanaka, Y. Yamashita, S. Naito & T. Fujiwara: Plant J., 106, 1455 (2021)..ホウ素依存的に翻訳抑制が起きる遺伝子は多数存在し,それらは他の遺伝子群に比べて先述のAUG-stopをはじめとするuORFを持つものが多いことが明らかになった.また,AUG-stop上におけるリボソームの停滞と思われるシグナルが多数の遺伝子から見つかり,AUG-stop上でリボソームが停滞するという現象の普遍性が示された.これらのことから,多くの遺伝子が,uORFを介したホウ素依存的な翻訳制御を受けている可能性が示唆された.さらに,翻訳中のリボソームが認識しているコドンの解析から,栽培環境のホウ素濃度が高いほど,終止コドン上に存在するリボソームの割合が相対的に高いことが明らかになった.これは,ホウ素の存在によって終止コドン上でのリボソームの滞在時間が長くなるとを示唆しており,翻訳終結過程のリボソームの挙動にホウ素が影響を与える可能性を示している.

ホウ素が多数の遺伝子の翻訳状態に影響を与えることが示されたが,ホウ素がどこに作用しているのかは不明である.酵母では高濃度のホウ酸が翻訳開始因子eIF2αのリン酸化を促進することで,全体的なタンパク質合成を抑制することが報告されているが(29)29) I. Uluisik, A. Kaya, D. E. Fomenko, H. C. Karakaya, B. A. Carlson, V. N. Gladyshev & A. Koc: PLoS One, 6, e27772 (2011).,これは翻訳の開始に影響を与えるものであり,先のシロイヌナズナの終止コドン上のリボソームの割合が増えるという現象とは独立の仕組みであると考えられる.NIP5;1におけるAUG-stopによるホウ素依存的な下流ORFの翻訳抑制は,ウサギ網状赤血球由来のin vitro翻訳系とHeLa細胞でも見られることから,動植物に共通のメカニズムが存在すると考えられる(30)30) M. Tanaka, N. Sotta, Y. Yamazumi, Y. Yamashita, K. Miwa, K. Murota, Y. Chiba, M. Y. Hirai, T. Akiyama, H. Onouchi et al.: Plant Cell, (2016)..何らかのホウ酸受容体からのシグナルを受けて翻訳制御が行われている可能性や,ホウ素条件によって変化した何らかの要因による間接的な影響も考えられるが,ホウ酸がRNAのcisジオール基と結合する可能性があること,in vitro翻訳系でもAUG-stopにおけるホウ酸依存的なリボソーム停滞が起こることなどを考えると,mRNA–リボソーム複合体へのホウ酸の直接作用の可能性も考えられる.構造生物学的手法が目覚ましい進展を見せている今,翻訳制御におけるホウ素の作用点の解明が次のひとつの大きな問いになるだろう.

システムとしての輸送の理解

1. 時空間的な輸送の理解

これまで述べたように,植物におけるホウ素の吸収と輸送は,複数の輸送体遺伝子の働きによって制御されている.そして個々の輸送体は,その発現組織,細胞内局在,分布や発現制御の仕組みにおいて異なる特性を持つ.植物体内の輸送はこれらの複合的な作用によって決まる.ホウ素に限った話ではないが,このような輸送系を時空間的に,システムとして理解することは,純粋な実験科学だけでは難しい.

ホウ素の輸送をシステムとして理解する試みとして,数理モデルを用いた理論的なアプローチが行われている.一例として,コンピュータ上に再現したシロイヌナズナの根の組織構造の上に,実験で観察された各種ホウ素輸送体の空間配置を再現し,ホウ素の拡散と輸送をシミュレーションすることで,根の輸送システムによって形成されるホウ素の分布が推定されている(図4図4■数理モデルによる輸送シミュレーションの概念図(31)31) A. Shimotohno, N. Sotta, T. Sato, M. De Ruvo, A. F. Maree, V. A. Grieneisen & T. Fujiwara: Plant Cell Physiol., 56, 620 (2015)..シミュレーションの結果,低ホウ素環境における野生型植物の根においては,成熟領域よりも根端領域に高濃度のホウ素が蓄積することが予測された.この傾向は,レーザーアブレーション・ICP-MS注2注2 レーザーによって微小組織を蒸発させ,その中に含まれる元素を質量分析によって定量する手法.による局所元素濃度分析によって実験的にも確認され,シミュレーション結果の妥当性が示されている.さらにホウ素のフラックス注3注3 任意の面を物質が単位時間あたりに流れる量.解析から,根端で吸収されたホウ素のうち,地上部方向に向かって運ばれていく量は一部であることが推定された.すなわち,根端で吸収されたホウ素は主に根端で消費され,地上部へ送るホウ素は主に成熟領域で吸収するという,吸収と輸送における根の役割分担の可能性が示唆されている.

図4■数理モデルによる輸送シミュレーションの概念図

組織構造を模したモデル上において,輸送体の働き,透過・拡散の法則に基づいて時間当たりの区画間の収支を繰り返し計算することでホウ素の流れを推定する.図は単純化した1次元の模式図であるが,区画を2次元化・細分化することで任意の組織形態に適用できる.細胞内のホウ素濃度に依存した輸送体の発現制御も考慮することが可能である.

シミュレーションは理論上の推定であるから,栄養の正確な濃度分布を1細胞レベルで“知る”ことができるものではないが,実験的に観察された輸送体の配置や特性の意義を考察し,さらにはどのように輸送体を改変したら効率的な輸送が実現可能かを検証するなど,輸送の仕組みを統合的・時空間的に理解する上で強力なアプローチであるといえる.実験的知見の蓄積と相まって,今後のさらなる発展が期待される.

2. 動的システムとしての理解

NIP5;1BOR1のように,輸送体の発現がその基質による制御を受け,さらにそのような輸送体が複数存在する場合,システムの挙動は直感では理解できないほど複雑になる.輸送体の発現がかわると組織中のホウ素分布が変わり,細胞内のホウ素濃度が変わると輸送体の発現が変わる.すなわち,輸送体活性とホウ素濃度が相互に影響しあって系の状態が決まる.“系のふるまい”は変動する環境に対する生物の適応性を決めるので,輸送体の特性の意義を理解する上でも重要な観点となる.

例えば,NIP5;1のmRNAは,環境のホウ素濃度変化後,分オーダーで分解される(23)23) M. Tanaka, J. Takano, Y. Chiba, F. Lombardo, Y. Ogasawara, H. Onouchi, S. Naito & T. Fujiwara: Plant Cell, 23, 3547 (2011)..細胞内ホウ素環境の恒常性維持のために輸送体の発現制御が必要であることは明らかだが,なぜ応答がそこまで早い必要があるのかは必ずしも自明ではない.この問いに対して,数理モデルを用いて輸送システムを理解する試みが行われた(32)32) N. Sotta, S. Duncan, M. Tanaka, T. Sato, A. F. Marée, T. Fujiwara & V. A. Grieneisen: eLife, 6, e27038 (2017)..根における輸送システムの挙動を理解するため,NIP5;1を細胞の土壌側,BOR1, BOR2を維管束側に発現する細胞が一列に並んだ一次元の単純な系において,土壌から維管束に向かってホウ素が吸収される様子が推定された(図4図4■数理モデルによる輸送シミュレーションの概念図).モデルでは各細胞のホウ素濃度と各輸送体の輸送活性を変数とし,輸送によって起こる各変数間の変化の関係が微分方程式によって記述された.モデルの安定度解析の結果,輸送体の発現制御を野生型よりも遅くすると輸送システムが不安定化し,一時的に局所ホウ素濃度が毒性を示すレベルまで上昇するとともに輸送スループット注4注4 単位時間当たりの輸送量.が低下することが示された.これはちょうど高速道路で車のブレーキ操作が遅れることで,車両密度が上昇しスループットが低下する交通渋滞に似ている.すなわち,環境変化に応答して輸送体の発現を迅速に調節することが,単に素早い輸送量調節のためだけではなく,自律的な系の安定性に重要であることが理論的に示された.証明には実験的な検証が必要であるものの,この知見は輸送体の挙動の意義を解釈する際に,単一遺伝子の合理性という観点からだけでなく,システムとしてとらえることの重要性を提起している.

今後の展望

植物におけるホウ素の必須性が報告されてから100年,多くのことが明らかになってきたが,その間には目覚ましい技術的な進歩があった.次世代シーケンサの応用による多様なゲノムワイド解析,クライオ電子顕微鏡による構造生物学的アプローチ,一細胞での分析実験やイメージング技術の進歩など,少し前には夢のようだった実験ツールが身近に利用可能になってきている.次の100年の間にはホウ素が直接関与する未知の生物的プロセスも明らかになるかもしれない.また,実験観察の蓄積と数理科学的手法の発展に伴って,個別遺伝子の機能やプロセスといったパーツの理解から,組織・個体レベルのシステムとしての統合的な理解へと発展していくことが期待される.

Reference

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24) 田中真幸,反田直之,内藤 哲,藤原 徹:化学と生物.56, 64 (2018).

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26) I. Aibara, T. Hirai, K. Kasai, J. Takano, H. Onouchi, S. Naito, T. Fujiwara & K. Miwa: Plant Physiol., 177, 759 (2018).

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注1 注1 本稿執筆時,2023年.

注2 注2 レーザーによって微小組織を蒸発させ,その中に含まれる元素を質量分析によって定量する手法.

注3 注3 任意の面を物質が単位時間あたりに流れる量.

注4 注4 単位時間当たりの輸送量.