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融合ペプチドを用いたスプレーによる植物への遺伝子導入スプレーで葉に核酸を導入する

Masaki Odahara

小田原 真樹

理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム

Thagun Chonprakun

理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム

京都大学大学院工学研究科高分子材料科学

Keiji Numata

沼田 圭司

理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム

京都大学大学院工学研究科高分子材料科学

Published: 2023-08-01

はじめに

近年,ペプチドやカーボンナノチューブ等の高分子を骨格とするキャリアを利用した様々な遺伝子送達法が開発されており,植物への応用が試みられている(1)1) J. Squire, S. Tomatz, E. Voke, E. González-Grandío & M. Landry: Nature Reviews Bioengineering, 1, 314 (2023)..ペプチドは,その生体適合性の高さと設計の自由度から,核酸やタンパク質等の生体高分子を細胞内に送達するためのキャリアとして利用されている(2)2) A. Soliman, J. Laurie, A. Bilichak & A. Ziemienowicz: Methods Mol. Biol., 2383, 595 (2022)..筆者らが所属する研究室で開発された融合ペプチドは,細胞透過性ペプチド(CPP)やオルガネラターゲッティングペプチド,カチオン性ペプチド等の機能性ペプチドを単位として二つ以上を組み合わせたペプチドであり,単一の機能性ペプチドと比較して,より効率的な遺伝子送達やオルガネラ特異的な遺伝子送達が可能となる(融合ペプチド法).この融合ペプチドを用いて,これまで葉緑体やミトコンドリア特異的なプラスミドDNAの送達(3)3) T. Yoshizumi, K. Oikawa, J. Chuah, Y. Kodama & K. Numata: Biomacromolecules, 19, 1582 (2018).やRNA(二本鎖siRNA,(4)4) K. Numata, M. Ohtani, T. Yoshizumi, T. Demura & Y. Kodama: Plant Biotechnol. J., 12, 1027 (2014). mRNA(5)5) C. Thagun, Y. Motoda, T. Kigawa, Y. Kodama & K. Numata: Nanoscale, 12, 18844 (2020).)の細胞内送達を達成してきた.一方で,上記の融合ペプチド法による核酸の導入はシリンジによる葉への浸潤法や実生等の小さな植物体を用いた減圧加圧浸潤法で行われており,導入できる範囲が限られていた.筆者らは今回,機能性ペプチドと核酸の複合体溶液を葉に噴霧することにより,細胞内へと核酸を送達するハイスループットな手法(スプレー法)を開発したため(6)6) C. Thagun, Y. Horii, M. Mori, S. Fujita, M. Ohtani, K. Tsuchiya, Y. Kodama, M. Odahara & K. Numata: ACS Nano, 16, 3506 (2022).,以下に詳述する.

スプレー法に適したペプチドの選定

はじめに,スプレーによる細胞内送達の可能性と最適なCPPを選定するため,蛍光色素で標識した各種CPPを葉表面に噴霧し,細胞内への透過性を検討した.シロイヌナズナやダイズの葉で解析を行った結果,噴霧されたCPPは30分後には表皮細胞内,120分後に葉内部の柵状組織細胞内へ到達しており,dR9[d-RRRRRRRRR]やBP100[KKLFKKILKYL]といった植物において実績のあるCPP(7)7) K. Numata, Y. Horii, K. Oikawa, Y. Miyagi, T. Demura & M. Ohtani: Sci. Rep., 8, 10966 (2018).がスプレー法においても高い細胞透過性を示した.CPPは,カチオン性ペプチドとの融合ペプチドをキャリアとして用いた浸潤法によりプラスミドDNAの効率的な細胞内送達に成功している(8)8) M. Lakshmanan, Y. Kodama, T. Yoshizumi, K. Sudesh & K. Numata: Biomacromolecules, 14, 10 (2013)..そこでCPPとカチオン性ペプチドとの融合ペプチドをキャリアとして用いたスプレー法によるプラスミドDNAの細胞内送達を検討した.葉表面からの高い細胞透過性を示したdR9やBP100と核酸結合性のポリカチオン配列(KH)9との融合ペプチド(KH)9-dR9や(KH)9-BP100を用いてスプレー法による蛍光標識プラスミドDNAの細胞内送達を検証した結果,融合ペプチドの作用によりプラスミドDNAがスプレー後2時間の葉の細胞内部に取り込まれていることが明らかになった.また(KH)9-BP100を用いた場合に用いた植物種(シロイヌナズナ,ダイズ,トマト)に依存せず安定して導入されることも判明した.

スプレー法による遺伝子送達とサイレンシング

スプレー法による植物細胞内への遺伝子送達を検証するため,レポーター遺伝子の導入を試みた.(KH)9-BP100をキャリアとしてGUS遺伝子を載せたプラスミドDNAをシロイヌナズナやダイズの葉表面に噴霧した.この際,葉への浸潤促進を図るために,界面活性剤Silwet L-77と5%のショ糖をペプチド-DNA溶液に添加した.導入1日後におけるGUS活性を測定した結果,スプレーした葉において有意なGUS活性の上昇が観察された(図1A図1■スプレー法による葉への遺伝子導入と遺伝子サイレンシング).一方,葉の表面における物質の取り込みや排出には葉の構造体である気孔やトライコーム(毛状突起)が関わっており,スプレー法による遺伝子送達におけるこれら葉の構造体の影響を変異体を用いて解析した.結果,気孔の数の減少によって遺伝子送達効率は減少し,一方トライコーム数の減少によって遺伝子送達効率は増加した.これらは,葉の構造体がスプレー法においても核酸の細胞内送達の効率に影響することを示唆している.

図1■スプレー法による葉への遺伝子導入と遺伝子サイレンシング

スプレー法によってGUS遺伝子を導入した葉におけるGUS活性(A)とGFPを細胞質で発現する葉にsiRNAを導入した葉の表皮細胞におけるGFP蛍光像(B).

融合ペプチド法はこれまでに既に二本鎖siRNA送達による遺伝子サイレンシグに浸潤法で成功しており(4)4) K. Numata, M. Ohtani, T. Yoshizumi, T. Demura & Y. Kodama: Plant Biotechnol. J., 12, 1027 (2014).,そのスプレー法への応用を検討した.GFPあるいはYFPを発現するシロイヌナズナあるいはトマト葉に(KH)9-BP100をキャリアとしてGFPとYFP両方を標的とする27 bpの合成二本鎖siRNAをスプレーした.スプレー後3日の葉を観察した結果,効率的なGFP/YFPの減少が観察された(図1B図1■スプレー法による葉への遺伝子導入と遺伝子サイレンシング).これはスプレー法によって導入されたsiRNAによってGFP/YFPのサイレンシングが引き起こされたことを示唆する.

スプレー法による葉緑体への遺伝子送達とサイレンシング

筆者らの研究室ではこれまで葉緑体局在ペプチドOEP34と(KH)9の融合ペプチドOEP34-(KH)9を利用した葉緑体への遺伝子送達に浸潤法で成功しており(3)3) T. Yoshizumi, K. Oikawa, J. Chuah, Y. Kodama & K. Numata: Biomacromolecules, 19, 1582 (2018).,このペプチドを利用したスプレー法による葉緑体への遺伝子送達を検討した.葉緑体プロモーター下でGFPを発現する葉緑体発現用プラスミドDNAをOEP34-(KH)9をキャリアとして,さらにCPPであるBP100を付加し,シロイヌナズナ葉にスプレーした.観察の結果,葉の葉緑体からGFP蛍光が観察され,その強度は導入2日後に最大となることが判明した.一方,葉緑体ゲノムからGFPを発現するタバコ形質転換体に同様の手法で27 bp GFP二本鎖siRNAを導入したところ,効率的なGFPのサイレンシングにも成功した.これらの結果は,葉の細胞内,さらには細胞内のオルガネラにおいて,スプレー法による遺伝子制御が可能であることを示している.

おわりに

スプレー法により,葉に噴霧したDNAやRNAはCPPの作用によって細胞内,さらには葉緑体に送達され,一過的な外来遺伝子発現や遺伝子発現抑制が可能であることが明らかになった.効率的かつ一過的に植物への核酸導入が可能なこの手法は,モデル植物のシロイヌナズナに限らず,ダイズやトマトなどの農作物の葉にも適用可能であり汎用性が高い.一方で,スプレー法によるsiRNAの導入により,葉緑体でも遺伝子発現抑制が起きたと考えられる.一般的に葉緑体ではRNA干渉が起こらないと考えられており,発現抑制機構の詳細な解析が期待される.

Reference

1) J. Squire, S. Tomatz, E. Voke, E. González-Grandío & M. Landry: Nature Reviews Bioengineering, 1, 314 (2023).

2) A. Soliman, J. Laurie, A. Bilichak & A. Ziemienowicz: Methods Mol. Biol., 2383, 595 (2022).

3) T. Yoshizumi, K. Oikawa, J. Chuah, Y. Kodama & K. Numata: Biomacromolecules, 19, 1582 (2018).

4) K. Numata, M. Ohtani, T. Yoshizumi, T. Demura & Y. Kodama: Plant Biotechnol. J., 12, 1027 (2014).

5) C. Thagun, Y. Motoda, T. Kigawa, Y. Kodama & K. Numata: Nanoscale, 12, 18844 (2020).

6) C. Thagun, Y. Horii, M. Mori, S. Fujita, M. Ohtani, K. Tsuchiya, Y. Kodama, M. Odahara & K. Numata: ACS Nano, 16, 3506 (2022).

7) K. Numata, Y. Horii, K. Oikawa, Y. Miyagi, T. Demura & M. Ohtani: Sci. Rep., 8, 10966 (2018).

8) M. Lakshmanan, Y. Kodama, T. Yoshizumi, K. Sudesh & K. Numata: Biomacromolecules, 14, 10 (2013).