Kagaku to Seibutsu 61(8): 357-359 (2023)
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多糖類の多様性を生かした繊維素材の開発研究多糖類の構造と繊維物性の相関を紐解く
Published: 2023-08-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
多糖類は,複数の糖分子がグリコシド結合によって連なった高分子化合物の総称であり,その構造は構成単糖,結合様式,分枝構造等によって分類される.図1図1■グルコースから成る多糖類(グルカン)の多様な結合様式に,グルコースを単一の構成単糖とした多糖(グルカン)の結合様式を示す.同じグルカンでも,グリコシド結合の向きや位置が異なると,高分子鎖の取り得る規則的な集合状態(結晶構造)が変化する.例えば,グルコースの1位と4位の水酸基がα-グリコシド結合で繋がったアミロースの分子鎖は,らせん状の立体構造をとる.一方,同じ組み合わせの水酸基がβ-グリコシド結合で繋がったセルロースは,直線状の分子鎖が配列したシート状の構造を形成する.当然,構造が変われば物性も変わる.アミロースは熱水に可溶だが,セルロースは不溶といった性質の違いは,両者の結晶構造の違いに起因する.
グルコースは,1位の炭素に結合した水酸基(1位水酸基)の向きにより,α型またはβ型として区別される.1位水酸基が,何位の水酸基に対して,α-またはβ-グリコシド結合を形成し,多糖類を構成するかを,多糖類の「結合様式」として表記する.なお,本稿では,単一の結合様式から成り,分枝のない線状の多糖類のみを対象とする.
自然界では,植物だけでなく,動物,藻類,菌類,バクテリアなどの様々な生物が多糖類を産出する.多糖類の役割は,細胞壁の構成成分,エネルギー貯蔵物質,バイオフィルム,生理活性物質など多岐にわたり,多種多様な多糖類が存在する.この“構造の多様性”が多糖類の最大の魅力であり,構造が異なるからこそ,多糖類は用途に応じた様々な性能や機能を発揮するのである.
多糖類は構造的特徴に加えて,生体適合性や生分解性にも優れることから,幅広い産業分野で利活用されている.近年では特に,海洋汚染の原因となるマイクロプラスチックを発生しやすい繊維素材に対して,多糖類の利用拡大が期待されている(1)1) I. E. Napper & R. C. Thompson: Mar. Pollut. Bull., 112, 39 (2016)..例えば,ファッション業界を考えれば想像に容易いが,衣料用繊維だけでも,求められる風合い(見た目や手触り)や機能(保温性や速乾性,摩耗性など)は非常に多彩である.多糖類の繊維加工に関する歴史は古いが,その対象はセルロースに集中しており,繊維の種類や物性の幅には限りがある.だからこそ,多糖類の構造多様性を生かした繊維開発は必須の課題である.そして,用途に応じた特性をもつ繊維の設計・開発を実現するには,まず多糖類の構造と物性の相関を解き明かさねばならないだろう.
セルロースと同じβ-グリコシド結合を介して,グルコースの1位と3位の水酸基が繋がったβ-1,3-グルカンは,Agrobacterium属のバクテリアが菌体外に生産するカードランと,ミドリムシの貯蔵多糖であるパラミロンに分類される.パラミロンは光合成を介して二酸化炭素から生成される多糖類であるため,環境調和型の高分子素材として期待される.また,数十万程度の分子量を有し,高結晶性である点が構造的な特徴である.パラミロンとカードランの化学構造は同一だが,カードランは比較的分子量が高く(約106 g mol−1),加熱すると固まる性質(curdle)にちなんで命名された.他の多糖類にはない保水性の高さが特徴の一つであり,食品用増粘剤などが主な用途である.カードランは繊維加工後も優れた保水性を有し,汎用なセルロース繊維にはない伸び性や柔軟性を発揮する(2)2) S. Suzuki, A. Togo & T. Iwata: Polym. J., 54, 493 (2022)..この様なカードラン繊維固有の物性も,やはり結晶構造に起因する.
図2図2■セルロースとカードランの化学構造と水和結晶構造の模式図に,セルロースとカードランの化学構造と結晶構造の模式図を示す.カードラン繊維の結晶構造は,6グルコース残基で一周期の右巻き三重らせんモデルが提案されている(3)3) C. T. Chuah, A. Sarko, Y. Deslandes & R. H. Marchessault: Macromolecules, 16, 1375 (1983)..このらせん状の分子鎖が引張初期に伸びるため,高い延性を発揮する.一方,伸び切り鎖状の分子鎖からなるセルロース繊維は,引張に対する“伸びしろ”が極めて小さく延性には乏しいが,その変形や破断に要する力はカードラン繊維よりもはるかに高いといった特徴をもつ.また,保水性についても,両者の結晶構造の違いから説明できる.セルロースは1残基あたり0.5~1分子の水を結晶内に取り込むが(4)4) D. M. Lee & J. Blackwell: Biopolymers, 20, 2165 (1981).,カードランは1残基あたり2分子の水を取り込み安定化する(3)3) C. T. Chuah, A. Sarko, Y. Deslandes & R. H. Marchessault: Macromolecules, 16, 1375 (1983)..この差は,カードランは4位水酸基とグルコピラノース環内のエーテル酸素との間に水分子を取り込むが(図2図2■セルロースとカードランの化学構造と水和結晶構造の模式図),セルロースにはフリーの4位水酸基が存在しない,といった構造的な違いに起因する.
セルロースは伸び切り鎖がシート状にパッキングした結晶構造をとるが,カードランは3本のらせん状の分子鎖が水素結合によって安定化された結晶構造をとるため,伸び性に優れる.セルロースの結晶中の水分子は分子鎖間にランダムに配位する(4)4) D. M. Lee & J. Blackwell: Biopolymers, 20, 2165 (1981)..カードランは分子鎖間に加えて,4位水酸基と環内のエーテル酸素にも水分子が配位するため(3)3) C. T. Chuah, A. Sarko, Y. Deslandes & R. H. Marchessault: Macromolecules, 16, 1375 (1983).,高い保水性を発揮する.
では,グルコースの1位と3位がα-グルコシド結合で繋がったα-1,3-グルカンは,β-1,3-グルカンと同様の伸び性や保水性を示すだろうか.なお,α-1,3-グルカンは虫歯菌が産出する多糖であり,歯垢の主要成分として存在する.ただし,天然のα-1,3-グルカンは,α-1,6結合を介した分枝構造を有する.対して,ここで比較に挙げるべきα-1,3-グルカンは,分枝のない,純粋なα-1,3-グルカンであることに注意されたい.そして,上記の問いに対する答えはNOである.結合位置が同じでも,結合の向きが異なれば,当然,結晶構造が変わる.実際に,虫歯菌由来の酵素を用いて合成した直鎖状のα-1,3-グルカンは,直線状の分子鎖が折り畳まれた結晶構造を形成する(5)5) K. Kobayashi, T. Hasegawa, R. Kusumi, S. Kimura, M. Yoshida, J. Sugiyama & M. Wada: Carbohydr. Polym., 177, 341 (2017)..したがって,α-1,3-グルカン繊維はセルロース繊維に類似した力学物性を有し,カードラン繊維のような伸び性や保水性は備えていない(2)2) S. Suzuki, A. Togo & T. Iwata: Polym. J., 54, 493 (2022)..α-1,3-グルカンはその希少性から研究例が少なく,未だ謎の多い多糖であるが,α-1,3-グルカンの全水酸基をエステル化した繊維は,セルロースを含む他の多糖類のエステル化物から成る繊維よりも非常に高い耐熱性を発現するなど,興味深い報告もされている(6)6) Y. Fukata, S. Kimura & T. Iwata: Polym. Degrad. Stabil., 177, 109130 (2020)..
さらに,α-1,4-グルカン(アミロース)ではどうだろう,と議論を展開したいところだが,水溶性のアミロース繊維に関する報告は極めて少ない.アミロースの場合,二重らせん状の分子鎖が凝集して結晶を形成し,その結晶中に含まれる水分子の数は,グルコース3残基あたり2分子または1残基あたり3分子と推測されている(7)7) Y. Takahashi, T. Kumano & S. Nishikawa: Macromolecules, 37, 6827 (2004)..したがって,どちらかと言えばカードラン繊維に近い物性を示すことが予想されるが,繊維の特性は加工法にも依存するため,単純な予測はナンセンスである.また,同じく水溶性のα-1,6-グルカン(デキストラン)ではどうかとも個人的な興味は尽きないが,食品分野で重宝される水溶性の多糖類を紡糸し,繊維素材として利用する試みはやはり少ない.全ての多糖類が衣類や構造材料として有用な繊維素材になるかはさておき,一つ一つの多糖について,その構造と繊維としての物性や機能との密接な関係を解明することは,今後ますます重要になると考えられる.どの様な構造の多糖類が,どういった繊維特性を発現するのかを調べ上げ,さらには,どう化学修飾すれば新たな機能が付与できるかをまとめた“多糖由来の繊維素材ライブラリー”の完成は,様々な形で我々の生活に豊かさをもたらし,持続可能な社会への転換に向けた大きな一歩にもなるだろう.
Reference
1) I. E. Napper & R. C. Thompson: Mar. Pollut. Bull., 112, 39 (2016).
2) S. Suzuki, A. Togo & T. Iwata: Polym. J., 54, 493 (2022).
3) C. T. Chuah, A. Sarko, Y. Deslandes & R. H. Marchessault: Macromolecules, 16, 1375 (1983).
4) D. M. Lee & J. Blackwell: Biopolymers, 20, 2165 (1981).
6) Y. Fukata, S. Kimura & T. Iwata: Polym. Degrad. Stabil., 177, 109130 (2020).
7) Y. Takahashi, T. Kumano & S. Nishikawa: Macromolecules, 37, 6827 (2004).