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運動機能における一酸化窒素(NO)の役割NOを増やすことで運動機能を高められるか?

Ryoya Suto

須藤 僚也

キリンホールディングス株式会社 ヘルスサイエンス事業本部ヘルスサイエンス研究所

Published: 2023-08-01

運動をよく行っている人は,総死亡,虚血性心疾患,高血圧,糖尿病,肥満,骨粗鬆症,結腸がんなどの罹患率や死亡率が低いこと,また,身体活動や運動がメンタルヘルスの改善を含むQOLの向上に効果をもたらすことが認められている(1)1) 厚生労働省:健康日本21:身体活動・運動,https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b2.html, 2012..このように,運動が心身の健康づくりに重要であることから,厚生労働省は「健康づくりのための身体活動基準2013」を策定し,身体活動・運動に対する国民の意識向上を目指している.運動が健康に良い影響をもたらす要因はいくつかあるが,その一つに,運動による一酸化窒素(Nitric oxide,以下NO)の産生増加が挙げられる.NOは血管内皮細胞にてNO合成酵素(NOS)により,アルギニンから合成されるガス状ラジカル分子である.NOは可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化させてcGMP(Cyclic guanosine monophosphate)シグナルを亢進し,血管平滑筋を弛緩させることにより血管が拡張し血流量が増える(図1図1■NO/cGMP依存性血管拡張の作用メカニズム).また,NOの代表的な機能として血管内皮細胞の保護やミトコンドリアの生合成促進など(2, 3)2) K. Bian, M. F. Doursout & F. Murad: J. Clin. Hypertens., 10, 304 (2008).3) E. Clementi & E. Nisoli: Comp. Biochem. Physiol. A Mol. Integr. Physiol., 142, 102 (2005).が報告されており,NOと運動機能との関連が明らかとなっている.本稿ではNOの運動機能における役割についてメカニズムと運動パフォーマンスの観点から概説する.

図1■NO/cGMP依存性血管拡張の作用メカニズム

適度な運動を行うと骨格筋の細動脈が拡張し血流量が増える.運動による血流量の増大に伴って血管内皮に高いずり応力がかかると,その刺激によって内皮型一酸化窒素合成酵素(endothelial NO synthase,以下eNOS)が活性化され,NO産生が増加する.実際に,ハンドグリップトレーニングや自転車トレーニング等によって血中のNOレベルが増加することが多数報告されている(4)4) B. A. Kingwell: Clin. Exp. Pharmacol. Physiol., 27, 239 (2000).

生体内NOレベルの増加が,血管拡張を介して血流量を増大させるのは前述の通りであるが,それだけにとどまらず,酸素消費量の増大やグルコース取り込み増加といった運動機能に資する効果についても期待される.2型糖尿病患者および健常者に対して,自転車エルゴメーター運動中にNOS阻害剤であるL-モノメチル-L-アルギニン(L-NAME)を投与した試験において,2型糖尿病患者および健常者の両群ともにL-NAME投与後のグルコース取り込みが大幅に減少することが報告されている(5)5) B. A. Kingwell, M. Formosa, M. Muhlmann, S. J. Bradley & G. K. McConell: Diabetes, 51, 2572 (2002)..運動によって速やかに筋グリコーゲンが消費されるため,骨格筋はグルコースを盛んに取り込む必要がある.NOがグルコース取り込みを促進することで,運動パフォーマンスや疲労回復に寄与すると考えられる.また,NOはAMPK(AMP-activated protein kinase)のリン酸化やSIRT1(Sirtuin 1)発現の亢進を介してPGC-1α(peroxisome proliferators-activated receptor-γ co-activator-1α)の発現を誘導し,ミトコンドリア生合成を調節すること(6)6) V. A. Lira, D. L. Brown, A. K. Lira, A. N. Kavazis, Q. A. Soltow, E. H. Zeanah & D. S. Criswell: J. Physiol., 588, 3551 (2010).や,骨格筋および骨においてVEGF(vascular endothelial growth factor)発現の亢進を介して血管新生を増加させること(7)7) M. Zmudzka, J. A. Zoladz & J. Majerczak: PeerJ, 10, e14228 (2022).が報告されている.このようにNOには運動パフォーマンスを向上させる多彩なメカニズムが提唱されている.実際に,先行研究によりeNOSノックアウトマウスではホイールランニングの運動量やエネルギー代謝関連の酵素活性が低下し,運動に伴う筋量増加も抑制されることがわかっている(8)8) I. Momken, P. Lechêne, R. Ventura-Clapier & V. Veksler: Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol., 287, H914 (2004).

では,実際にNOレベルの増加や,NOのバイオアベイラビリティを亢進させることが運動パフォーマンス向上に寄与するのか? 生体内NOレベルを増加させる食品として代表的なものにNOS経路に関与するアルギニンとシトルリンが挙げられる.NOはアルギニンを基質として生成されるため,アルギニンを摂取することで生体内NOレベルを亢進させることができる(9)9) A. K. Kiani, G. Bonetti, M. C. Medori, P. Caruso, P. Manganotti, F. Fioretti, S. Nodari, S. T. Connelly & M. Bertelli: J. Prev. Med. Hyg., 63, E239 (2022)..一方,シトルリンはeNOSがNOを生成する際のプロダクトであるが,生体(特に腎臓)にはシトルリンからアルギニンへの変換経路が存在し,シトルリンもアルギニン前駆体としてeNOSを介してNOレベルを高める食品成分である(10)10) M. Morita, M. Ochiai, F. Watanabe, K. Adachi & K, Morishita.: 薬理と治療(JPT),43, 969 (2015)..また,シトルリンはアルギニンと異なり,経口摂取後,小腸や肝臓で代謝されないため,効率よく全身循環に移行しNOの前駆体として作用する.さらにシトルリンはNOSと競合するアルギナーゼの活性を阻害し,アルギニンが効率的にNOS産生に利用されることで,NOのバイオアベイラビリティを高めるという生理学的特性も有する(11)11) M. J. Romero, D. H. Platt, H. E. Tawfik, M. Labazi, A. B. El-Remessy, M. Bartoli, R. B. Caldwell & R. W. Caldwell: Circ. Res., 102, 95 (2008)..筆者らの研究グループでは,アルギニンとシトルリンを組み合わせてラットおよびウサギに経口摂取させた試験において,それぞれ単品で等量摂取させた群と比較して,アルギニンとシトルリンの組合せ摂取により血中のアルギニン濃度,NOx(NO2およびNO3)濃度,cGMP濃度が速やかに高まることを報告した(12)12) M. Morita, T. Hayashi, M. Ochiai, M. Maeda, T. Yamaguchi, K. Ina & M. Kuzuya: Biochem. Biophys. Res. Commun., 454, 53 (2014)..また,18歳から25歳までの大学サッカー部員を対象として,アルギニンとシトルリン(各1.2 g/日)を組み合わせたサプリメントを7日間摂取させた後に,自転車ペダリングテストを実施したプラセボ対照ランダム化二重盲検クロスオーバー比較試験を行った.その結果,ペダリングテスト後の血中NOx濃度およびペダリングテストの平均パワー出力(回転強度)について,アルギニンとシトルリンの組合せ摂取群がプラセボ群に対して有意に高値を示した.さらに,体感アンケートにおいても「全体的に楽に漕げた」等の項目で体感の有意な改善が認められた(13)13) I. Suzuki, K. Sakuraba, T. Horiike, T. Kishi, J. Yabe, T. Suzuki, M. Morita, A. Nishimura & Y. Suzuki: Eur. J. Appl. Physiol., 119, 1075 (2019)..これらの報告から,NOレベルやNOバイオアベイラビリティを高める食事成分を摂取することにより,運動パフォーマンスの向上が期待できるといえよう.アルギニンやシトルリンの他にも,硝酸塩を多く含むビートルートやGlycine propionyl-L-carnitine(GPLC)などの食品もNOレベルを高め,運動パフォーマンスを高めることが報告されている(9)9) A. K. Kiani, G. Bonetti, M. C. Medori, P. Caruso, P. Manganotti, F. Fioretti, S. Nodari, S. T. Connelly & M. Bertelli: J. Prev. Med. Hyg., 63, E239 (2022).

超高齢社会の現代日本において,高齢者の健康維持は重要な課題である.特に,加齢に伴ってリスクが高まる血管機能障害やサルコペニア・フレイルなどは,高齢者および介助者のQOLを著しく下げることになる.それに対し,運動や食事によってNOを増やすことは,高齢者の健康維持につながる重要なファクターとなりうる.NOが血管機能障害のリスクを下げることは言うまでもなく,ミトコンドリア合成や骨格筋代謝調節といった機能によって,サルコペニア・フレイルのリスクを低下させられると推察される.実際に高齢女性において,定期的な荷重運動プログラムとシトルリンを含むアミノ酸組成物の摂取を併用すると,体重や身体活動量が向上することが報告されている(14)14) M. Kim, H. Isoda & T. Okura: Foods, 10, 3117 (2021)..今後,高齢者を対象としたNOと運動機能の関連について,さらなる研究の深化が期待される.

運動によって生成されるNOが運動機能や血管内皮機能を向上させる.その結果,より多くのNOが産生される.これはまさにNOの好循環といえよう.さらにNO増加に寄与する食事成分を摂取することで,より強力なNOの好循環を巻き起こすことができれば,アスリートから高齢者まで幅広い人々の健康維持に対して大いに貢献することだろう.

Reference

1) 厚生労働省:健康日本21:身体活動・運動,https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b2.html, 2012.

2) K. Bian, M. F. Doursout & F. Murad: J. Clin. Hypertens., 10, 304 (2008).

3) E. Clementi & E. Nisoli: Comp. Biochem. Physiol. A Mol. Integr. Physiol., 142, 102 (2005).

4) B. A. Kingwell: Clin. Exp. Pharmacol. Physiol., 27, 239 (2000).

5) B. A. Kingwell, M. Formosa, M. Muhlmann, S. J. Bradley & G. K. McConell: Diabetes, 51, 2572 (2002).

6) V. A. Lira, D. L. Brown, A. K. Lira, A. N. Kavazis, Q. A. Soltow, E. H. Zeanah & D. S. Criswell: J. Physiol., 588, 3551 (2010).

7) M. Zmudzka, J. A. Zoladz & J. Majerczak: PeerJ, 10, e14228 (2022).

8) I. Momken, P. Lechêne, R. Ventura-Clapier & V. Veksler: Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol., 287, H914 (2004).

9) A. K. Kiani, G. Bonetti, M. C. Medori, P. Caruso, P. Manganotti, F. Fioretti, S. Nodari, S. T. Connelly & M. Bertelli: J. Prev. Med. Hyg., 63, E239 (2022).

10) M. Morita, M. Ochiai, F. Watanabe, K. Adachi & K, Morishita.: 薬理と治療(JPT),43, 969 (2015).

11) M. J. Romero, D. H. Platt, H. E. Tawfik, M. Labazi, A. B. El-Remessy, M. Bartoli, R. B. Caldwell & R. W. Caldwell: Circ. Res., 102, 95 (2008).

12) M. Morita, T. Hayashi, M. Ochiai, M. Maeda, T. Yamaguchi, K. Ina & M. Kuzuya: Biochem. Biophys. Res. Commun., 454, 53 (2014).

13) I. Suzuki, K. Sakuraba, T. Horiike, T. Kishi, J. Yabe, T. Suzuki, M. Morita, A. Nishimura & Y. Suzuki: Eur. J. Appl. Physiol., 119, 1075 (2019).

14) M. Kim, H. Isoda & T. Okura: Foods, 10, 3117 (2021).