Kagaku to Seibutsu 61(8): 363-370 (2023)
解説
陸で海藻を育てる三陸における周年生産の実現と脱炭素時代に向けた提案
Seaweeds Cultivation on Land: Year-Round Production of Macroalgae in Sanriku Region and Application toward a Decarbonized Era
Published: 2023-08-01
海藻類を陸で育てる研究開発により,国内外における事業規模での生産事例が増えている.身近な浜辺や岩場のどこにでも生えていそうな海藻類だが,目的とする種類を安定的に栽培するためには,陸の作物同様に丁寧な苗作りや栽培環境の整備が欠かせない.また,その栽培技術には海藻特有の柔軟な環境適応能力が活かされている.本稿では,主に国内における技術開発の経緯をまとめるとともに,筆者が取り組んでいる三陸地域における研究事例を紹介し,今後の海藻類陸上養殖産業の発展にむけた課題を整理したい.
Key words: 海藻; 陸上養殖; アオノリ; 種苗; 光量
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
のり,わかめ,こんぶなど,日本人にとって馴染み深い海藻類は,その名の通り「海の藻」として天然の岩場などに付着して生育しており,それらの養殖には海面に設置した網やロープが用いられている.現在,食の健康志向の高まりや,飼料・肥料への活用,さらにはCO2固定効果への期待から,海藻類の需要は世界的にも高まっている.しかし,その天然資源量および養殖生産量は減少傾向にある.その要因は自然環境の変化から人間の社会活動の影響まで様々ではあるが,とりわけ長期的な海水温上昇は大きな影響を及ぼしている.北海道大学の研究によれば,このままのペースで海水温上昇が続くと日本沿岸に生育しているコンブ類のうち2040年代までに4種,2090年代までに11種が日本から消滅するおそれがあると予測されている(1)1) K. Sudo, K. Watanabe, N. Yotsukura & M. Nakaoka: Ecol. Res., 35, 47 (2020)..また,海水温の上昇は海水中の栄養塩濃度の低下による藻体の「色落ち」や,植食性魚類の摂食行動の活発化による食害などを引き起こし,養殖産業にも大きな打撃となっている.近年,毎年のように発生する「100年に1回の」「これまで経験したことのない」大雨や季節外れの台風なども,養殖生産量減少の一要因となっている.
このような不安定な漁場環境に対して,環境変動の幅を小さくして生産量と品質の安定化を目指した海藻類の陸上養殖が世界的に広まりつつある.たとえば,カナダ北東部においては水溶性多糖類の一種であるカラギーナンの原料となる紅藻Chondrus crispusの高成長株が選抜され(2)2) J. S. Cragie & P. F. Shacklock: “Cold water aquaculture in Atlantic Canada” ed. by C. Yarish et al.: Can. Res. Region. Develop. Univ. of Moncton (1989).,企業による大規模養殖が1970年代より行われている(3, 4)3) R. Surette: Can. Geogr., 108, 30 (1988).4) E. L. McCandless, J. S. Cragie & J. A. Walter: Planta, 112, 201 (1973)..養殖された藻体は1990年代より日本にも輸入され,海藻サラダの具材として広く食されている.その後,フランス,ポルトガル,イスラエルなど各地で海藻類の陸上養殖生産が行われており,オーストラリアでは陸上のエビ養殖場の排水中に過剰に含まれる窒素やリンの濃度を低下させる目的で,緑藻のアオサ類が養殖されている(5, 6)5) R. J. Lawton, L. Mata, R. de Nys & N. A. Paul: PLoS One, 8, e77344 (2013).6) L. Mata, M. Magnusson, N. A. Apul & R. de Nys: J. Appl. Phycol., 28, 365 (2016)..日本においては,1990年代以降のアオノリ類の急速な生産量減少に対して,2000年代初頭より高知大学においてアオノリ類を始めとする海藻類の陸上養殖技術が開発された.現在では筆者の所属企業も含めて全国10箇所以上の事業所にて年間約20~30トンが生産されるに至った(7)7) 平岡雅規:FFIジャーナル,227, 152 (2022)..今後は,食資源のみならず多様な分野で活用可能な海藻資源の生産手法の一つとして,国内外における生産拡大が予想されている.
そこで本稿においては,日本における主要な陸上養殖対象種のアオノリ類がなぜ陸上養殖に適しているのか,その特性を解説するとともに,高知大学における技術開発の経緯をまとめた.その上で,筆者が大学等と共同で実施している生産性向上を目指した研究内容および脱炭素化に向けた取り組みについても紹介したい.アオノリ類の柔軟な環境適応能力とその特性を生かした養殖技術を通して,海藻類の陸上養殖に対する興味をお持ちいただく機会となれば幸いである.
日本において,「あおのり」「あおさ」などと一般的によばれている海藻は緑藻アオサ藻綱に属しており,食用として数種類が利用されている(コラム参照).中でも本稿で取り上げるスジアオノリ(Ulva prolifera,以下「アオノリ」とする)はその香りや色の良さから最高級品とされており,たこ焼きやお好み焼などの料理だけでなく,ポテトチップスや米菓などにも利用されている.なお,東北在住の筆者には馴染みが薄いが,西日本の一部における和菓子の「おはぎ」には,あずき,きなこ,に次いでアオノリが「三色おはぎ」の一角を担っている(8)8) 次田一代,村川みなみ,渡辺ひろ美,加藤みゆき:香川短期大学紀要,47, 149 (2019)..
アオノリは河口付近の汽水域を主要な分布域とし,日本では高知県四万十川や徳島県吉野川の河口域が主な産地として知られている.しかし,1990年代以降は天然資源量,養殖生産量ともに減少し,近年は最盛期の約5分の1となってしまった.アオノリは高水温ほど成熟しやすく,成熟すると体細胞が生殖細胞となって放出して枯死することから(9)9) 平岡雅規,團 昭紀,萩平 将,大野正夫:日本水産学会誌,65, 302 (1999).,海水温の上昇は収穫量の減少に大きく影響している.
アオノリは同型世代交代型の生活環をもっており,見た目が同じ形をしている雄と雌の配偶体に形成された配偶子が接合して胞子体となり,胞子体に形成された遊走子が再び雌雄いずれかの配偶体になるサイクルを繰り返す(10)10) A. Fjeld & A. Lovlie: “Genetics of multicellular marine algae” ed. by R.A. Lewin, Blackwell Scientific Publication (1976)..しかし,アオノリにはこの有性生殖型の世代交代の他に,2本または4本の鞭毛を有する生殖細胞から直接元の葉状体となる無性生殖型の生活環をもつ個体が存在しており,天然ではこれら有性型と無性型の個体が混生している(11, 12)11) M. Hiraoka & M. Higa: Ecol. Evol., 6, 3658 (2016).12) 市原健介,河野重行:植物科学最前線,8, 141 (2017)..この無性生殖型個体は,他個体との遺伝子交流せずに親個体の形質がいわばクローンとして子の個体に引き継がれる.これは,毎回同じ形質が得られるので養殖種苗においては好都合となる.
アオノリは海藻の中でも特に成長が早い.室内培養して測定した相対成長率を比較すると,生育初期のワカメで約0.2(20°C,10日間)(13)13) X. Gao, H. Endo, K. Taniguchi & Y. Agatsuma: J. Appl. Phycol., 25, 269 (2013).,スサビノリで0.19~0.33(20°C,10日間,佐藤・平岡,未発表)であるのに対して,アオノリは4倍程度の約0.8(20°C,6日間)を示した(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..これは,1日に約2倍,すなわち指数関数的に成長することを示している.成長が早いために養殖期間が短くて済む特性は,陸上養殖に大変有利である.なお,同じアオサ属のミナミアオノリ(U. meridionalis)の相対成長率は更に高い1.41(25°C,6日間)を示した(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..本種の成長最適水温は30°Cなので,熱帯地域や工場等の温排水を活用した養殖種として期待されている.
塩分3%程度の海水中に生育する多くの海藻類は真水に弱い.筆者が褐藻ワカメの種苗について調べた結果,海水中の栄養塩類が枯渇した状態では,塩分が2.6%未満となると約10日後に枯死した(佐藤・斎藤,未発表).これに対してアオノリは沿岸,河口付近の汽水域,ならびに河川の比較的上流域まで生育している.そこで,本種の成長速度を塩分別に測定した結果,塩分0.5~1%においてもっとも成長がよく,その傾向は水温10°Cから30°Cまでの間でほとんど変化しなかった(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..なお,アオノリが生育する塩分と世代交代型との関係について,河口よりも河川の上流域ほど有性生殖型の個体が生育する割合が多いことが明らかにされている(11)11) M. Hiraoka & M. Higa: Ecol. Evol., 6, 3658 (2016)..これは,本来海産性である本種が有性生殖型個体による遺伝子交流を繰り返すことで河口から上流の低塩分環境へと生育範囲を徐々に拡大し,その過程において無性生殖型個体が変異的に発生したためと考えられている.この特性は,本種が幅広い環境条件に対して適応的に進化してきたことを示している.また,多くの海洋生物で知られているような,生存限界的な低塩分環境ほど無性生殖型が多い傾向(15)15) T. M. Gabrielsen, C. Brochmann & J. Rueness: Mol. Ecol., 11, 2083 (2002).とは逆の結果となっている点も興味深い.
高知大学平岡らの研究グループは,これらアオノリの生物学的な特徴を利用して「高知式陸上養殖技術」を確立し,国内外で活用されている(7)7) 平岡雅規:FFIジャーナル,227, 152 (2022)..本項では,産業実装を可能にした「種苗」と「養殖」の研究開発を紹介する.
陸上作物の栽培にタネや苗が必要なのと同じく,海藻の養殖にも種苗は欠かせない.特に成長の早いアオノリは収穫までのサイクルが短いので,収穫量を増やすためには種苗を常に作り続ける必要がある.
(A)アオノリの胞子をシャーレに高密度に播種し発芽した状態,(B)2週間程度培養した状態,単列の細胞が絡み合って生育している,(C)糸状細胞の塊をフィルターで濾す,(D)集塊状態となった藻体を室内で通気培養し成長を促す,(E)集塊部分から葉状体が放射状態に派出した養殖種苗となる,(F)室内で成長させた種苗を屋外水槽へ移す,(G)種苗は屋外水槽で浮揚しながら成長する,(H)実生産で使用している水槽全景.
海藻類が正常に成長するためには,タネとなる遊走子や配偶子などが基質に付着しなければならない.天然では岩盤など,海上養殖では網やロープなどが基質となるので,その生育場所は「面」に限られる.しかし,陸上養殖では限られた敷地面積で生産性を向上させるために,「空間」を養殖の場とする必要がある.この二次元的から三次元的な養殖場所の拡大を可能にしたのが平岡らによる「胞子集塊化法」である(16)16) M. Hiraoka & N. Oka: J. Appl. Phycol., 20, 97 (2008)..まず,アオノリの遊走子を大量に得る工程から始まる.アオノリには体細胞の成熟を抑制する「成熟抑制因子」の存在が知られており,藻体の一部が傷ついたり切れたりする刺激によってこの因子が藻体外に流れ出ると藻体が成熟し,その反応は20~25°Cで活発化する(17, 18)17) 團 昭紀,平岡雅規,大野正夫:水産増殖,46, 503 (1998).18) A. Dan, M. Hiraoka, M. Ohno & A. T. Critchley: Fish. Sci., 68, 1182 (2002)..この特性を用いて,藻体を適当な大きさに裁断して室温で培養すると大量の遊走子を放出させることができる.得られた遊走子をシャーレなどに高密度に播種し,弱光下で数週間培養すると遊走子は糸状の細胞となって相互に絡まり合いながら成長する(図2A, B図2■アオノリの胞子集塊化法と養殖工程).その後,それら細胞の塊を100 μm程度のフィルターで数回濾すことで数十細胞が集まった状態(集塊)となる(図2C図2■アオノリの胞子集塊化法と養殖工程).この集塊を水温20°C,光量100 μmol photons m−2 s−1で通気培養すると,塊となった細胞はお互いに基質として認識し,放射状に葉状体を派出する(図2D, E図2■アオノリの胞子集塊化法と養殖工程).このイガグリ状の藻体は海水を攪拌させることで水槽内を自由に浮揚するので,三次元的な養殖が可能となる(図2F図2■アオノリの胞子集塊化法と養殖工程~H).この手法はワカメやコンブ等の他の海藻類にも応用可能であり,最近では豪州におけるアオノリ類の大規模陸上養殖においても成長が良好なことから高く評価されている(19)19) R. J. Lawton, J. E. Sutherland, C. R. K. Glasson & M. E. Magnusson: Algal Res., 56, 102320 (2021)..集塊化していることで適度な浮力を有していることや,稲作の苗のように数十個体が寄り集まってひとつの株を形成することで藻体相互が競い合うように成長するメリットも有るのかもしれない.
アオノリの成長は早いので養殖水槽は短期間で過密状態となり,光合成に必要な光量やCO2などが不足するために成長が停滞する.これに対して平岡らが実験を重ねた結果,アオノリは好適な条件で培養すれば,1トン(1,000 L)容量あたり100 g(湿重量,0.1 g/L)で培養を開始すると1週間で10倍に成長し平均約1,000 g(1 g/L)となることがわかった.このデータに基づき,種苗1 g(湿重量)を初期重量として1週間毎に10倍容量の4段階のタンクに移し替えながら養殖することで,104=10 kg(湿重量)を収穫可能な「多段式陸上養殖法」を開発した(20)20) S. Tsubaki, W. Zhu & M. Hiraoka: “Fuels, Chemicals and Materials from the Oceans and Aquatic Sources” ed. by F. M. Kerton & N. Yan: John Wiley & Sons Ltd, (2017)..水槽のサイズや移し替える回数は各事業者において工夫が必要であるものの,国内のアオノリ陸上養殖はほぼ全てこの手法が用いられている.なお,生育初期から大きな水槽で養殖すると,他海藻や珪藻類が水槽内に繁殖しやすくなりアオノリの成長を妨げてしまう.アオノリ単独の養殖密度をある程度に保つことによって,CO2や栄養塩類がアオノリに集中的に利用され,他生物の繁殖を妨げていると考えられる.
筆者らは2016年から高知大学および東京大学との共同研究を開始し,東日本で初となるアオノリの周年生産と多品種化を事業目標として定めた.アオノリの成長速度は水温10°Cを下回ると著しく低下するため(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020).,冬期の低水温への対応が課題となっていた.本項ではその対策も含めた周年生産のための研究事例を紹介する.
養殖用地を選ぶ上で,量,質ともに十分な海水の揚水は欠かせない条件となる.筆者らの事業拠点は宮城県多賀城市にあることから,三陸沿岸における用地を検討した.井戸海水はその清澄性や水温安定性の点で陸上養殖に広く活用されているが,三陸の井戸海水には高濃度の鉄とマンガンが含まれることが多く,鉄は2500 ppb,マンガンは1000 ppb以上でアオノリの形態異常を引き起こすことがわかった(21)21) 佐藤陽一:産業立地,61, 6 (2022)..数カ所の掘削で運良く使用可能な水質を得られたことと,自治体および地元漁業協同組合の支援も頂けたことから,岩手県陸前高田市の防潮堤後背地を事業用地とした(21, 22)21) 佐藤陽一:産業立地,61, 6 (2022).22) 佐藤陽一:アグリバイオ,5, 44 (2022)..なお,井戸海水のみでは必要量を賄えないので,岸壁から汲み上げた濾過海水も使用しており,水温は冬季の約5°Cから夏季の約25°Cまで変動する.
アオノリの無性生殖型個体は全国に分布している.そこで,高知大学において株化された各地の個体の生育特性を調査した結果,見た目の形態はほとんど同じであるにも関わらず,成長特性や成熟が始まる水温に違いが認められた(図3図3■国内6箇所から採取したアオノリ無性生殖型個体の成長および成熟の水温特性)(23)23) Y. Sato, Y. Kinoshita, M. Mogamiya, E. Inomata, M. Hoshino & M. Hiraoka: Plants, 10, 2256 (2021)..この結果は,養殖場所の水温に応じて株を使い分けたり,同じ場所でも夏と冬で異なる株を使用することで生産性の底上げが可能であることを示している.なお,同じ河川流域の数100 mしか離れていない場所から採取した個体同士でもそれらの成長特性は異なっており(木下ら,未発表),アオノリの環境適応性の高さが伺える.
水温10~30°Cで12日間培養して得られた日間成長率(Log(12日目の重量/0日目の重量)/12日間)の平均値の比較(n=5).矢印は培養期間中に成熟が認められた最低水温を示した.Sato et al.(2021, Plants, 引用文献23)のFig.2図2■アオノリの胞子集塊化法と養殖工程およびFig.3図3■国内6箇所から採取したアオノリ無性生殖型個体の成長および成熟の水温特性を元に作成.
アオノリは十分な光と栄養が与えられれば指数関数的に成長する(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..しかし実際には,たとえ十分量のCO2や栄養を与えても,養殖の容器を大きくするほどその指数関数的増殖が緩やかになって直線的増殖に移行するタイミングは早く訪れる.これは,養殖密度が増すことで水槽内に届く光が減衰し,その減り方は水槽容積が増すほどに大きくなるためである.つまり,小型容器(フラスコなど)と大型水槽では,たとえ水面で同じ値に設定した光量で養殖したとしてもアオノリの成長速度は大きく異なり,小型容器で得られたデータは大型水槽では再現できない.したがって,養殖の装置設計や管理手法を定めるためには,藻体が水槽内で受けている光量を正しく把握しなければならない.そこで筆者らは,全方位からアオノリが受ける光の総量を測定できる球形水中光量子センサーを活用している(LI-193SA&LI-250A,メイワフォーシス(株)).アオノリの光合成速度が飽和する光飽和点は150~300 μmol photons m−2 s−1であることから(24)24) Y. Li, M. Zhen, J. J. Lin, S. Zhou, T. Sun & N. Xu: Mar. Pol. Bul., 146, 85 (2019).,この値を目安にセンサーによる測定値を活用し,種苗の投入量,サイズ,ならびに水槽移し替えの頻度や養殖日数の最適化を図った.
養殖密度の増大による光の減衰を最小限に抑えるためには,容積に対する表面積ができる限り大きく,藻体の流動性が良い水槽が必要となる.最近は多くの養殖事業者が,微細藻類の培養で実績のある水深1 m程度の円形水槽にパドル型攪拌機を備えた装置(25)25) 松本光史:化学と生物,54, 181 (2016).を使用している.筆者らは水槽内で藻体がスムーズに浮揚するようにパドルの形状,長さ,回転数に対する水槽直径と深さを最適化した.水槽内の高い流動性は光条件を保障するだけでなく,成長に欠かせないCO2・O2および栄養塩類の吸収を促進させる効果もある(2)2) J. S. Cragie & P. F. Shacklock: “Cold water aquaculture in Atlantic Canada” ed. by C. Yarish et al.: Can. Res. Region. Develop. Univ. of Moncton (1989)..また,絡まらずに養殖された藻体は,収穫後の洗浄性やその後の乾燥性もよいので品質の向上にも欠かせない要素となる.こうして得られた水槽システムと多段式養殖法を組み合わせて,3つのサイズ(小:直径2 m,中:直径3.6 m,大:直径8 m)からなる生産システムを開発した(図4図4■アオノリ陸上養殖生産工場)(26)26) Y. Sato, Y. Numata, Y. Kinoshita, M. Shinotsuka, K. Ono, S. Kawano & M. Hiraoka: Cytologia, 88, 1 (2023)..3~4週間かけて室内で養殖した集塊種苗を,小水槽で1週間,中水槽で1週間の養殖を経て,大水槽1台で1週間,最終的には大水槽2~3台に分散させて1週間の合計4週間養殖する(27)27) 佐藤陽一:養殖ビジネス,59, 18 (2022)..海水温に大きく影響を受けて冬期の成長は遅くなるものの,夏は成熟することなく,年間通して平日はほぼ毎日収穫し,目標としていた周年生産を達成した.夏季の成長良好な水温では,種苗生産開始時0.5 gで開始した1ロットが,室内および屋外養殖によって7週間後には約60万倍の300 kgに到達した.
筆者らはアオノリの他にも近年資源量が減少傾向にある海藻類の養殖生産技術開発にも取り組んでいる.
ヒロハノヒトエグサ(Monostroma latissimum,以下ヒトエグサ)は三重県や鹿児島県などで養殖または天然採取される海藻であり(コラム参照),アオノリ同様に近年生産量が減少しているので,安定した種苗および養殖生産技術が求められている.ヒトエグサは,遊走子から葉状体への形態形成過程において,海産性バクテリアが生産する物質Thallusinが不可欠であることが知られており(28)28) Y. Matsuo, H. Imagawa, M. Nishizawa & Y. Shizuri: Science, 307, 1598 (2005).,徳島文理大学の山本らの研究グループが類似物質の人工合成に成功している(29)29) H. Yamamoto, Y. Takagi, N. Yamasaki, T. Mitsuyama, Y. Kasai, H. Imagawa, Y. Kinoshita, N. Oka & M. Hiraoka: Tetrahedron, 74, 7173 (2018)..また,高知大学の平岡らの研究グループでは,ヒトエグサはThallusinが存在しない人工海水中で培養を続けると葉状化せずに単細胞状態で分裂を続けることを見出した(30)30) 木下優太郎,田中幸記,山本博文,佐藤陽一,櫻井哲也,平岡雅規:藻類,68, 39 (2020)..これらの本種の特性を活用し,筆者らと高知大学の研究グループでは単細胞状態の藻体を「タネ」として活用した種苗生産方法を開発し(一部高知大学によって特許申請中)(31)31) 木下優太郎:高知大学総合自然科学研究科博士論文(2022).,産業実装に向けた養殖試験を続けている.
マツモ(Analipus japonicus)は,主に北日本の潮間帯上部に生育する褐藻類で,真冬に採取され,三陸地方では伝統的な海藻として酢の物や味噌汁などで食される.全国的にはマイナーな種類だが,シャキシャキした食感とヌメリとのバランスが絶妙である.現在は天然採取に頼っており,資源量の年変動が極めて大きい.そこで北里大学と岩手県が15年ほど前から種苗生産の技術開発に取り組んだ結果,栄養繁殖する細胞塊をクローン的に活用する手法を確立した(32)32) N. Nanba, M. Shinotsuka, T. Fujiwara & T. Saido: J. Appl. Phycol., 33, 1793 (2021)..筆者らは北里大学および地元の建設業者と共同で,アオノリと同様の施設を活用した本種の試験養殖を実現しており,実生産に向けた準備を進めている.
アオノリは養殖水温や株の違いによって藻体内の炭素の含有量がほとんど変化せず,乾燥重量当たり35~38%の値を示す(14, 23)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020).23) Y. Sato, Y. Kinoshita, M. Mogamiya, E. Inomata, M. Hoshino & M. Hiraoka: Plants, 10, 2256 (2021)..したがって,収穫した藻体の乾燥後の重量から炭素の含有量を算出し,CO2の分子量と炭素の原子量から得られる係数(44/12)を乗じると,アオノリが固定したCO2量を概算できる(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..たとえば,筆者らのアオノリ養殖施設の年間生産量は最大で乾燥品5トンなので,約6.4トンのCO2を固定できると試算できる.また,火力発電所の排ガスや嫌気性消化処理によって得られたバイオマス由来のCO2を海水中に吹き込むことで,アオノリを始めとする海藻類の成長促進効果が認められている(33~35)33) 経済産業省:平成24年度二酸化炭素海洋固定化・有効利用技術調査事業報告書,http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2013fy/E002945, 2013.34) 瀬名波出,松永和成,依田欣文,渡部鷹介:Algal Resources, 7, 13(2014).35) L.C. Yuan, 宮下公一,蒲原弘継,熱田洋一,大門裕之:環境科学会誌,30, 11 (2017)..アオノリは日本においては主に食用として利用されているが,海外ではセルロースナノファイバーの原料としてバイオプラスチック素材への活用や(36)36) N. Wahlström, U. Edlund, H. Pavia, G. Toth, A. Jaworski, A. J. Pell, F. X. Choong, H. Shirani, K. P. R. Nilsson & A. Richter-Dahlfors: Cellulose, 27, 3707 (2020).,新規酵母株の開発と合わせたバイオエタノール原料としての利用(37)37) N. Dave, T. Varadavenkatesan, R. Selvaraj & R. Vinayagam: Sci. Total Environ., 791, 148429 (2021).も試みられている.今後の大規模化養殖の実現によって,これら石油代替原料としての活用が進むと,アオノリ養殖によるカーボンニュートラルへの貢献も可能となるかもしれない.
海藻類の陸上養殖は,日本のように海藻を食用とする地域においては,品質重視の取り組みをさらに加速させるべきである.天然海域の不安定な状況に対する補完的生産としての役割を基本としつつも,量・質の安定性や特定産地の優位性をメリットとして生産し,既存の漁場養殖原料との共存によって海藻食文化を守り育む産業振興への貢献が理想である.その一方で,生産の大規模化によるコスト削減によって,加工用原料または非食用分野への展開も夢ではない.海藻は真水資源および耕作地を必要としないことから,陸上作物との資源の競合がない.これから予測される人口増加に対して十分な耕作適地面積を確保できない将来が地球規模で現実的になりつつある中で,本稿で紹介したアオノリのような高い成長速度と幅広い環境適応性をもつ海藻の養殖は,安定的な食資源確保に貢献しうる生産技術となるだろう.今後の大規模化を成し遂げるためには,海藻類の生物学だけではなく,大量生産に特化した装置開発のための機械工学や,CO2利活用を含めたエネルギー工学などの異分野融合が不可欠である.折に触れて海藻の生物としての面白さや可能性を紹介することで多くの皆様に関心を持っていただき,オープンイノベーションの姿勢で産業実装に向けた研究開発を推進していきたい.
Acknowledgments
本稿の作成にあたり高知大学平岡雅規教授,東京大学河野重行名誉教授,北海道大学市原健介博士には原稿のご校閲を賜った.ここに記して筆者の謝意を表す.
Reference
1) K. Sudo, K. Watanabe, N. Yotsukura & M. Nakaoka: Ecol. Res., 35, 47 (2020).
2) J. S. Cragie & P. F. Shacklock: “Cold water aquaculture in Atlantic Canada” ed. by C. Yarish et al.: Can. Res. Region. Develop. Univ. of Moncton (1989).
3) R. Surette: Can. Geogr., 108, 30 (1988).
4) E. L. McCandless, J. S. Cragie & J. A. Walter: Planta, 112, 201 (1973).
5) R. J. Lawton, L. Mata, R. de Nys & N. A. Paul: PLoS One, 8, e77344 (2013).
6) L. Mata, M. Magnusson, N. A. Apul & R. de Nys: J. Appl. Phycol., 28, 365 (2016).
7) 平岡雅規:FFIジャーナル,227, 152 (2022).
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