解説

陸で海藻を育てる三陸における周年生産の実現と脱炭素時代に向けた提案

Seaweeds Cultivation on Land: Year-Round Production of Macroalgae in Sanriku Region and Application toward a Decarbonized Era

Yoichi Sato

佐藤 陽一

理研食品株式会社原料事業部

Published: 2023-08-01

海藻類を陸で育てる研究開発により,国内外における事業規模での生産事例が増えている.身近な浜辺や岩場のどこにでも生えていそうな海藻類だが,目的とする種類を安定的に栽培するためには,陸の作物同様に丁寧な苗作りや栽培環境の整備が欠かせない.また,その栽培技術には海藻特有の柔軟な環境適応能力が活かされている.本稿では,主に国内における技術開発の経緯をまとめるとともに,筆者が取り組んでいる三陸地域における研究事例を紹介し,今後の海藻類陸上養殖産業の発展にむけた課題を整理したい.

Key words: 海藻; 陸上養殖; アオノリ; 種苗; 光量

はじめに

のり,わかめ,こんぶなど,日本人にとって馴染み深い海藻類は,その名の通り「海の藻」として天然の岩場などに付着して生育しており,それらの養殖には海面に設置した網やロープが用いられている.現在,食の健康志向の高まりや,飼料・肥料への活用,さらにはCO2固定効果への期待から,海藻類の需要は世界的にも高まっている.しかし,その天然資源量および養殖生産量は減少傾向にある.その要因は自然環境の変化から人間の社会活動の影響まで様々ではあるが,とりわけ長期的な海水温上昇は大きな影響を及ぼしている.北海道大学の研究によれば,このままのペースで海水温上昇が続くと日本沿岸に生育しているコンブ類のうち2040年代までに4種,2090年代までに11種が日本から消滅するおそれがあると予測されている(1)1) K. Sudo, K. Watanabe, N. Yotsukura & M. Nakaoka: Ecol. Res., 35, 47 (2020)..また,海水温の上昇は海水中の栄養塩濃度の低下による藻体の「色落ち」や,植食性魚類の摂食行動の活発化による食害などを引き起こし,養殖産業にも大きな打撃となっている.近年,毎年のように発生する「100年に1回の」「これまで経験したことのない」大雨や季節外れの台風なども,養殖生産量減少の一要因となっている.

このような不安定な漁場環境に対して,環境変動の幅を小さくして生産量と品質の安定化を目指した海藻類の陸上養殖が世界的に広まりつつある.たとえば,カナダ北東部においては水溶性多糖類の一種であるカラギーナンの原料となる紅藻Chondrus crispusの高成長株が選抜され(2)2) J. S. Cragie & P. F. Shacklock: “Cold water aquaculture in Atlantic Canada” ed. by C. Yarish et al.: Can. Res. Region. Develop. Univ. of Moncton (1989).,企業による大規模養殖が1970年代より行われている(3, 4)3) R. Surette: Can. Geogr., 108, 30 (1988).4) E. L. McCandless, J. S. Cragie & J. A. Walter: Planta, 112, 201 (1973)..養殖された藻体は1990年代より日本にも輸入され,海藻サラダの具材として広く食されている.その後,フランス,ポルトガル,イスラエルなど各地で海藻類の陸上養殖生産が行われており,オーストラリアでは陸上のエビ養殖場の排水中に過剰に含まれる窒素やリンの濃度を低下させる目的で,緑藻のアオサ類が養殖されている(5, 6)5) R. J. Lawton, L. Mata, R. de Nys & N. A. Paul: PLoS One, 8, e77344 (2013).6) L. Mata, M. Magnusson, N. A. Apul & R. de Nys: J. Appl. Phycol., 28, 365 (2016)..日本においては,1990年代以降のアオノリ類の急速な生産量減少に対して,2000年代初頭より高知大学においてアオノリ類を始めとする海藻類の陸上養殖技術が開発された.現在では筆者の所属企業も含めて全国10箇所以上の事業所にて年間約20~30トンが生産されるに至った(7)7) 平岡雅規:FFIジャーナル,227, 152 (2022)..今後は,食資源のみならず多様な分野で活用可能な海藻資源の生産手法の一つとして,国内外における生産拡大が予想されている.

そこで本稿においては,日本における主要な陸上養殖対象種のアオノリ類がなぜ陸上養殖に適しているのか,その特性を解説するとともに,高知大学における技術開発の経緯をまとめた.その上で,筆者が大学等と共同で実施している生産性向上を目指した研究内容および脱炭素化に向けた取り組みについても紹介したい.アオノリ類の柔軟な環境適応能力とその特性を生かした養殖技術を通して,海藻類の陸上養殖に対する興味をお持ちいただく機会となれば幸いである.

アオノリの陸上養殖技術開発:なぜアオノリは陸上養殖が可能なのか

1. アオノリは日本食に欠かせない食材

日本において,「あおのり」「あおさ」などと一般的によばれている海藻は緑藻アオサ藻綱に属しており,食用として数種類が利用されている(コラム参照).中でも本稿で取り上げるスジアオノリ(Ulva prolifera,以下「アオノリ」とする)はその香りや色の良さから最高級品とされており,たこ焼きやお好み焼などの料理だけでなく,ポテトチップスや米菓などにも利用されている.なお,東北在住の筆者には馴染みが薄いが,西日本の一部における和菓子の「おはぎ」には,あずき,きなこ,に次いでアオノリが「三色おはぎ」の一角を担っている(8)8) 次田一代,村川みなみ,渡辺ひろ美,加藤みゆき:香川短期大学紀要,47, 149 (2019).

2. アオノリの生産量は減っている

アオノリは河口付近の汽水域を主要な分布域とし,日本では高知県四万十川や徳島県吉野川の河口域が主な産地として知られている.しかし,1990年代以降は天然資源量,養殖生産量ともに減少し,近年は最盛期の約5分の1となってしまった.アオノリは高水温ほど成熟しやすく,成熟すると体細胞が生殖細胞となって放出して枯死することから(9)9) 平岡雅規,團 昭紀,萩平 将,大野正夫:日本水産学会誌,65, 302 (1999).,海水温の上昇は収穫量の減少に大きく影響している.

3. アオノリの生活環:クローンで増える世代をもつ(図1)

アオノリは同型世代交代型の生活環をもっており,見た目が同じ形をしている雄と雌の配偶体に形成された配偶子が接合して胞子体となり,胞子体に形成された遊走子が再び雌雄いずれかの配偶体になるサイクルを繰り返す(10)10) A. Fjeld & A. Lovlie: “Genetics of multicellular marine algae” ed. by R.A. Lewin, Blackwell Scientific Publication (1976)..しかし,アオノリにはこの有性生殖型の世代交代の他に,2本または4本の鞭毛を有する生殖細胞から直接元の葉状体となる無性生殖型の生活環をもつ個体が存在しており,天然ではこれら有性型と無性型の個体が混生している(11, 12)11) M. Hiraoka & M. Higa: Ecol. Evol., 6, 3658 (2016).12) 市原健介,河野重行:植物科学最前線,8, 141 (2017)..この無性生殖型個体は,他個体との遺伝子交流せずに親個体の形質がいわばクローンとして子の個体に引き継がれる.これは,毎回同じ形質が得られるので養殖種苗においては好都合となる.

図1■アオノリの一般的な生活史

(A)有性生殖型,(B)2本鞭毛の無性生殖型,(C)4本鞭毛の無性生殖型,(D)宮城県で採取した天然のスジアオノリ,理研食品(株)木下優太郎博士による採取・撮影.市原・河野(2017)を著者の許可を得て一部写真を追加した.

4. アオノリの早い成長

アオノリは海藻の中でも特に成長が早い.室内培養して測定した相対成長率を比較すると,生育初期のワカメで約0.2(20°C,10日間)(13)13) X. Gao, H. Endo, K. Taniguchi & Y. Agatsuma: J. Appl. Phycol., 25, 269 (2013).,スサビノリで0.19~0.33(20°C,10日間,佐藤・平岡,未発表)であるのに対して,アオノリは4倍程度の約0.8(20°C,6日間)を示した(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..これは,1日に約2倍,すなわち指数関数的に成長することを示している.成長が早いために養殖期間が短くて済む特性は,陸上養殖に大変有利である.なお,同じアオサ属のミナミアオノリ(U. meridionalis)の相対成長率は更に高い1.41(25°C,6日間)を示した(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..本種の成長最適水温は30°Cなので,熱帯地域や工場等の温排水を活用した養殖種として期待されている.

5. 生育可能な塩分範囲が広い

塩分3%程度の海水中に生育する多くの海藻類は真水に弱い.筆者が褐藻ワカメの種苗について調べた結果,海水中の栄養塩類が枯渇した状態では,塩分が2.6%未満となると約10日後に枯死した(佐藤・斎藤,未発表).これに対してアオノリは沿岸,河口付近の汽水域,ならびに河川の比較的上流域まで生育している.そこで,本種の成長速度を塩分別に測定した結果,塩分0.5~1%においてもっとも成長がよく,その傾向は水温10°Cから30°Cまでの間でほとんど変化しなかった(14)14) M. Hiraoka, Y. Kinoshita, M. Higa, S. Tsubaki, A. P. Monotilla, A. Onda & A. Dan: Sci. Rep., 10, 12606 (2020)..なお,アオノリが生育する塩分と世代交代型との関係について,河口よりも河川の上流域ほど有性生殖型の個体が生育する割合が多いことが明らかにされている(11)11) M. Hiraoka & M. Higa: Ecol. Evol., 6, 3658 (2016)..これは,本来海産性である本種が有性生殖型個体による遺伝子交流を繰り返すことで河口から上流の低塩分環境へと生育範囲を徐々に拡大し,その過程において無性生殖型個体が変異的に発生したためと考えられている.この特性は,本種が幅広い環境条件に対して適応的に進化してきたことを示している.また,多くの海洋生物で知られているような,生存限界的な低塩分環境ほど無性生殖型が多い傾向(15)15) T. M. Gabrielsen, C. Brochmann & J. Rueness: Mol. Ecol., 11, 2083 (2002).とは逆の結果となっている点も興味深い.

陸上養殖技術の開発

高知大学平岡らの研究グループは,これらアオノリの生物学的な特徴を利用して「高知式陸上養殖技術」を確立し,国内外で活用されている(7)7) 平岡雅規:FFIジャーナル,227, 152 (2022)..本項では,産業実装を可能にした「種苗」と「養殖」の研究開発を紹介する.

1. 種苗生産(図2)

陸上作物の栽培にタネや苗が必要なのと同じく,海藻の養殖にも種苗は欠かせない.特に成長の早いアオノリは収穫までのサイクルが短いので,収穫量を増やすためには種苗を常に作り続ける必要がある.