Kagaku to Seibutsu 61(8): 387-393 (2023)
解説
バクテリオファージの応用と現状薬剤耐性菌への切り札となり得るか
Applications of Bacteriophage and Its Current Status: Can Bacteriophage Be a Trump Card against Drug-Resistant Bacteria?
Published: 2023-08-01
細菌感染症における薬剤耐性菌の蔓延が懸念されている.そのような危機的状況の中,抗菌薬の開発と細菌の耐性獲得は鼬ごっこであり,抗菌薬に換わる新たな対策が強く望まれている.近年,その一つの候補としてバクテリオファージ(以下,ファージ)を用いて宿主細菌を殺菌する,いわゆる“ファージ治療”に対する関心が世界中で高まっている.本稿では,なるべく多くの分野の読者に興味を持ってもらえるように,ファージの特性,宿主細菌への感染,宿主細菌のファージ耐性,人工ファージの合成など,薬剤耐性菌のファージ治療に関わると思われる重要な内容を中心に,ポスト抗菌薬時代に向けたファージ治療の可能性について解説する.
Key words: バクテリオファージ; 宿主特異性; 薬剤耐性菌; ファージ耐性; アンチディフェンスシステム
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
近年,薬剤耐性菌の脅威が世界中で叫ばれている.“近年”とは言っても,英国の経済学者ジム・オニールが2014年に薬剤耐性(Antimicrobial Resistance: AMR)に起因する死亡者数の推定をまとめたオニールレポート(1)1) Jim O’Neill, Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations, Review on Antimicrobial Resistance, 2014.から既に10年近くが経つ.その報告では,2013年現在のAMRに起因する死亡者数は低く見積もって70万人であったのに対し,このまま何も対策を取らない場合,すなわち耐性化率が同じペースで増加した場合,2050年には1,000万人の死亡が想定されると警告している.この数字は,2013年当時のがんによる死亡者数820万人(2018年統計で960万人)をも上回っており,今後,人口増加率の高いアフリカとアジアでは想定よりもさらに増える可能性がある.我が国においても,2016年のG7伊勢志摩サミットにおいて,AMR対策強化が議論されたのは記憶に新しい.我が国のAMR対策アクションプラン(2)2) 厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027, https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf, 2023.は,WHOのAMRグローバルアクションプラン(1. 普及啓発・教育,2. 動向調査・監視,3. 感染予防・管理,4. 抗微生物剤の適正使用,5. 研究開発・創薬)に6. 国際協力を加えた内容となっている.これらは主に,人・動物の抗微生物剤の適切かつ適正な使用の推進を通じた有効性の維持を優先するものであり,方向性としては正しい.しかしながら,もう一歩進んで,具体的に抗微生物剤の使用量を減らす,もしくは適正に使うためにはどうすればよいか,は言及されていない.もちろん,“5. 研究開発・創薬”がその部分にあたるのだが,研究開発はAMR対策に限ったことではなく,どの分野においても必要不可欠であることは自明である.さらに,新薬を創り出した後に,ほぼ確実にその薬に対する耐性菌が出現するという鼬ごっこを経験している研究者にとって,正に“言うは易く行うは難し”なのである.耐性菌の出現が,1928年にペニシリンが発見されて以降,抗生物質が感染症治療の対策として我々が大きな恩恵を受け,さらには夢の薬として長年大きな期待を懸けてきた代償(しっぺ返し)になっているのは何とも皮肉なことだと言わざるを得ない.
一方,ペニシリンの発見から遡ること10年以上も前から,細菌を死滅させて溶かす「何か」が存在することに気が付いている細菌学者らもいた.「何か」とは他でもない,細菌に感染するウイルスである「バクテリオファージ」である.1915年にF. Twortが現象を発見し,1917年にF. d’Hérelleがバクテリオファージ(ギリシャ語で「バクテリアを食べるもの(phagos)」)の存在を世に発表したとされている(本稿では,以降はファージと表記する).その後,先述のペニシリンの発見以降,世界中のほとんどが抗生物質の使用や開発に移行したのが,現在の薬剤耐性菌との闘いの始まりである.“ほとんど”と表現した理由は,旧ソビエト連邦,東欧諸国では,抗生物質が興隆している間もファージの研究を継続していたからである.抗生物質の殺菌機構とは全く異なる殺菌機構を有するファージの研究を継続していたにもかかわらず,主に社会主義国で独自に行われていた傾向が強かったため,抗生物質全盛時代にファージ研究が時代遅れと扱われていたのは残念である.
もちろん,現在では他の欧米諸国も耐性菌の対策に手を拱いている訳ではなく,国を挙げてファージ治療に向けたファージ研究やファージライブラリーの拡充を進めている.我が国では誠に残念ながら,ファージ治療は,AMR対策アクションプラン(2023~2027)(2)2) 厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027, https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf, 2023.の注釈欄に“感染症に対する抗微生物薬とは異なる非伝統的な治療法”の1つとして記載されているに過ぎない.今回,この現状に一石(小石かも知れないが)を投じられれば望外の喜びである.もちろん,ファージ自体,特に発酵を用いる食品製造分野においては,忌み嫌われる対象であること(3)3) M. B. Marcó, S. Moineau & A. Quiberoni: Bacteriophage, 2, 149 (2012).や,現状,薬剤の代替としての応用がそう簡単ではないことも理解しているつもりである.本稿では,その様なファージについてファージ治療の可能性と現状を紹介したい.
ファージは細菌に感染するウイルスであるが,我々動物には感染せず,地球上には細菌(1030)以上のファージが存在していると言われている(4)4) R. W. Hendrix, M. C. Smith, R. N. Burns, M. E. Ford & G. F. Hatfull: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 2192 (1999)..仮にファージの大きさを細菌の大きさの1/10程度である0.1 µmとし,1030のファージを一列に並べると,1023 m=1020 kmの長さになる.1光年が9兆5000億(およそ10兆(1013))kmであるから,1,000万光年とまさしく天文学的数字になり,我々の生態系において決して無視できない存在である.しかも,ファージはウイルスであるため自分自身では増殖することができず,宿主細菌が存在しなければ自身を増やすことは不可能である.少し乱暴に言えば,宿主細菌と共倒れか,共存(共生)の道しかない.“共存”と言うのは,溶菌ファージとして一部の宿主細菌に感染して自身を増幅し,最終的に宿主を溶菌する形態だけではなく,プロファージ(溶原ファージ)として宿主細菌の染色体の一部として自分自身を増幅させる溶原化も含まれる.溶原ファージは,宿主が受ける様々なストレスが引き金となり溶菌サイクルに移行する.このように,ファージは宿主細菌の爆発的増殖を抑え,生態系の均衡を保っていると考えられている.
まず,ファージのゲノムについて述べる.他のウイルス同様,DNAファージ,RNAファージが存在するが,主に二本鎖DNAファージである.ゲノムサイズは,NCBIデータベース上(5)5) NCBI: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/genomes/GenomesGroup.cgi?opt=virus&taxid=10239&host=bacteriaではほとんどのファージが10 kbpから300 kbpの範囲に含まれる(図1図1■データベース上に登録されているファージのゲノムサイズ分布(2023年4月現在)).ゲノムサイズの分布には二峰性が見られ,50 kbp台,170 kbp台にピークが見られる.大腸菌の溶菌ファージとして知られているT系ファージは,偶数系(T2, T4, T6)のサイズが170 kbp程度と,奇数系(T1, T3, T7が40~50 kbp, T5が120 kbp)よりも大きい.また,溶原ファージのゲノムサイズは比較的小さく,40~70 kbpに分布しているものが多い.これは,宿主細菌に溶原化した際,宿主の増殖にコストが掛からないようにするためであると考えられる.宿主細菌のゲノム上には,溶原ファージの名残と見られる遺伝子群も存在していることが多い.なお,溶菌ファージはその限りではなく,ゲノムサイズが大きいものも溶原ファージ程度小さいものも存在する.少し余談になるが,ゲノムサイズが200 kbp以上のファージはジャンボファージ(ジャイアントファージ)と呼ばれ,宿主が有するファージ感染排除に抵抗するシステムを有しているという報告もあり,ファージと細菌それぞれの進化の過程を繋ぐ鍵として近年よく研究されている(6)6) Y. Yuan & M. Gao: Front. Microbiol., 8, 403 (2017)..
“ファージの感染”に対する言葉の定義であるが,正確には,複数の段階から成り立っており,溶菌ファージの場合,“宿主への吸着”“ゲノムの注入”“ゲノムの増幅”“転写・翻訳”“娘ファージの合成”“宿主の溶菌”が一連のプロセスとなる.そのため,厳密には最終的な宿主の溶菌まで成立することが“ファージの感染”ということになる.しかし,そもそもファージと宿主が接触しなければ溶菌自体が起こらないため,広義に“宿主への吸着”をファージの感染と取り扱う場合もある.ファージは自身の尾繊維先端に存在するタンパク質から成るリガンドによって,宿主の細胞表層に存在する受容体(レセプター)を厳密に認識して感染する.よって,細胞壁構造が異なるグラム陽性菌とグラム陰性菌ではファージに対するレセプターが大きく異なる(図2図2■原核生物の細胞壁構造の模式図).黄色ブドウ球菌,連鎖球菌など主なグラム陽性菌のレセプターは,壁タイコ酸(wall teichoic acid[WTA])やリポタイコ酸(lipoteichoic acid[LTA])であることが知られている(7)7) I. Takeuchi, K. Osada, A. H. Azam, H. Asakawa, K. Miyanaga & Y. Tanji: Appl. Environ. Microbiol., 82, 5763 (2016)..一方,大腸菌,緑膿菌などのグラム陰性菌や一部のグラム陽性菌のレセプターは,外膜上に存在するタンパク質であることが多い(8)8) K. E. Kortright, B. K. Chan & P. E. Turner: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 18670 (2020)..他にも,グラム陰性菌ではリポ多糖(lipopolysaccharide[LPS]),鞭毛などがレセプターとして機能することが知られている.このように,感染の初期段階にファージは尾繊維先端のリガンドによってそれぞれのレセプターを認識することで宿主細菌表面に吸着する.そのため,筆者の経験上,ファージの感染宿主域は,アミノ酸の変異が構造に直結するタンパク質をレセプターとして認識するグラム陰性菌ファージの方が,グラム陽性菌ファージと比べて狭いように思われる.ファージの特長として,宿主を厳密に認識するという点が挙げられる.しかし,実際の応用を考えると,宿主域が狭すぎるのも問題となるため,同じ属腫の株間で広く感染可能なファージや,異なるレセプターを認識する複数のタイプのファージを用いることが重要になってくる.例として,図3図3■大腸菌O157:H7 ATCC 43888株に対するファージの溶菌曲線に大腸菌O157:H7 ATCC 43888株に感染する異なる3種類のファージのカクテルを用いることで,ファージ耐性菌が出現することなく,宿主の増殖抑制が可能となった結果を示す(9)9) Y. Tanji, T. Shimada, H. Fukudomi, K. Miyanaga, Y. Nakai & H. Unno: J. Biosci. Bioeng., 100, 287 (2005)..
耐性菌が出現する抗生物質と比べてファージが優れているかというと,そうでもなく,ファージに対する耐性菌も容易に出現する.“容易に”と書いたが,悲観でも諦観でもなく,事実であるので仕方がない.“それでは,耐性菌に対する切り札どころか,薬剤の代替にはならないのではないか”という懸念ももっともである.しかし,耐性機構が明らかになった後,構造を変更するのが比較的困難な薬剤に対して,ファージ自身が核酸であるため,宿主の耐性機構を克服する変異体を設計することが可能であることや,認識部位の異なる複数のタイプを比較的容易に揃えられることなどの利点があると考えられる.
ここで,細菌のファージ耐性について少し詳しく述べる.まず,最も多いと考えられているのが,レセプターの変異である.ファージに対するレセプターは上述の通り,宿主細菌の細胞表層に存在しているため,特にタンパク質がレセプターの場合,それらの欠損や立体構造の変化で大きくファージの吸着が阻害される.レセプターの変化以外に,菌種によっては,厚い莢膜(肺炎桿菌など)の生成,凝集塊(黄色ブドウ球菌など),バイオフィルムの形成(緑膿菌など)によってもファージの吸着を回避するため,如何にこれらの障壁を克服するか,と言ったことも重要な点である.また,たとえファージの宿主への吸着が成立したとしても,細菌のファージに対する耐性,すなわちファージディフェンスシステムが存在する(図4図4■細菌の主なファージ防御機構の概要).最もよく知られているのは,細菌のファージに対する一種の獲得免疫機構であるCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)である(11)11) L. A. Marraffini: Nature, 526, 55 (2015)..これらの機構は,現在ゲノム編集ツールとして応用されているが,元々は原核生物におけるファージの耐性機構である.他にも,制限修飾系(12)12) M. R. Tock & D. T. F. Dryden: Curr. Opin. Microbiol., 8, 466 (2005).,Abortive infection(不稔感染)(13)13) A. Lopatina, N. Tal & R. Sorek: Annu. Rev. Virol., 7, 371 (2020).などが知られており,近年ではArgonaute(RNAi)(14)14) D. C. Swarts, M. M. Jore, E. R. Westra, Y. Zhu, J. H. Janssen, A. P. Snijders, Y. Wang, D. J. Patel, J. Berenguer, S. J. J. Brouns et al.: Nature, 507, 258 (2014).,Retronシステム(15)15) A. Millman, A. Bernheim, A. Stokar-Avihail, T. Fedorenko, M. Voichek, A. Leavitt, Y. Oppenheimer-Shaanan & R. Sorek: Cell, 183, 1551 (2020).など様々なファージ耐性機構が明らかとなっている.これらは,精巧な標的遺伝子の制御機構であるため,CRISPR-Casのように,今後,遺伝子編集の精密制御技術への応用が期待される.それと同時に,宿主のファージディフェンスシステムの知見は,それらをファージが克服するアンチディフェンスシステムの研究にも繋がり,現在盛んに進められている(16)16) S. J. Hobbs, T. Wein, A. Lu, B. R. Morehouse, J. Schnabel, A. Leavitt, E. Yirmiya, R. Sorek & P. J. Kranzusch: Nature, 605, 522 (2022)..
1. ファージ感染,2. ファージ受容体結合の変異・欠損,3. 細胞外多糖(EPS)などによる障壁,4. 制限修飾系,5. CRISPR-Cas, 6. トキシン-アンチトキシン系,7. 不稔感染,8. 重感染排除系(Hasan & Ahn 2022(10)10) M. Hasan & J. Ahn: Antibiotics, 11, 915 (2022).を基に作製).
ファージ治療の最も有名な症例は,2016年のパターソン症例である.ここでは詳細は文献や総説等(17, 1817) R. T. Schooley, B. Biswas, J. J. Gill, A. Hernandez-Morales, J. Lancaster, L. Lessor, J. J. Barr, S. L. Reed, F. Rohwer, S. Benler et al.: Antimicrob. Agents Chemother., 61, e00954 (2017).18) 藤木純平,樋口豪紀,岩野英知:The Chemical Times, 250, 25 (2018).)に譲るが,本症例が多剤耐性菌(本症例では多剤耐性Acinetobacter baumannii)に対するファージ治療の成功例として世の中に与えたインパクトは大きなものであった.成功の主な要因は2つあり,1つは薬剤による治療に代わってファージがeIND(emergency Investigational New Drug)として迅速に米国食品医薬品局(FDA)によって認可されたこと,もう1つは米国海軍医学研究センター(NMRC)を中心とした研究機関に様々な種類のファージのライブラリーが整備されていたことだと思われる.つまり,前者と後者,どちらが欠けていても成功しなかったのである.前者だけでも,充実したファージライブラリーがなければ厳選した複数種類のファージから成るカクテルの投与は不可能であり,後者だけでも,いざ法律や慣習が立ちはだかってしまえば,俗に言う“宝の持ち腐れ”となってしまう.もちろん,どちらも安全性や治療効果に関する豊富かつ多面的な基礎研究の成果や知見に基づくものであるのは言うまでもない.我が国では残念ながら,どちらもまだ世界の後塵を拝しており,ファージ研究の活性化およびファージライブラリーの拡充が必要不可欠である.
では,ファージ治療がパターソン症例を皮切りに隆盛に向かっているか,と言うと,残念ながらまだそう言い切れない.もちろん,いくつかの成功例の報告もあるが,それと同時に失敗例も見られる(一般的に失敗例を大々的に公表しないことを考慮すると,成功しなかった例はさらに多いと考えられる).この理由としてはいくつか考えられるが,1つは,やはり宿主のファージ耐性であろう.そのためにも,ファージライブラリーの充実化やアンチファージディフェンスシステムを搭載したファージの設計や合成など,様々な方面からのアプローチが必要である.また,in vitroでの比較的単純な実験系では理想的な宿主の殺菌や溶菌が見られても,実際の腸内細菌叢といった複合微生物系では,ファージの吸着阻害,免疫系によるファージの不活化,など様々な複雑な因子の影響も考えられる.もちろん,マウスやラットを用いたin vivo動物実験での検証もなされているが,それら動物の腸内細菌叢は同じ哺乳類でも,我々ヒトの腸内細菌叢を完全に模擬することは難しい,と言う制約もある(そのため,無菌動物にヒトの腸内細菌叢を定着させる研究も試みられている(19)19) J. C. Park & S. H. Im: Exp. Mol. Med., 52, 1383 (2020).).他にも,常在菌の毒素産生株が疾病の起因菌である場合,ファージは毒素非産生株と毒素産生株を識別できないため,ファージ感染により毒素非産生株をも溶菌させることで腸内細菌叢の攪乱を引き起こす可能性も考えられる.
さらに,語弊を恐れずに言えば,ファージの単離や増幅などある程度の手技を習得した者であれば比較的簡単に環境中(例えば,下水,土壌など)から天然に存在するファージを単離することが可能である.創薬といった観点から見た場合,新規性や独自性の担保が難しく,大規模な事業化や特許申請など,企業がファージ治療研究開発に躊躇してしまう,という問題もある.
以上の問題点を踏まえた上で,ファージ治療の可能性について述べる.これまでの抗生物質による治療のように,ファージ治療だけで取って代わることが可能であるとは,言い切れない.いや,ほぼ不可能であると思われる.そうではなく,薬剤および薬剤とは全く殺菌機構の異なるファージを併用することによる相乗効果,すなわち,これまで使用してきた薬剤の投与量を抑えることや,それぞれの耐性菌(薬剤耐性菌とファージ耐性菌)に対してもお互いに相補し合うことが望ましい.
また,近年では合成生物学の技術を用いた人工合成ファージの研究も盛んに行われている.ファージの尾繊維先端に存在するリガンドの交換による宿主域の変換(20)20) H. Ando, S. Lemire, D. P. Pires & T. K. Lu: Cell Syst., 1, 187 (2015).,ファージゲノムにCRISPR-Casを搭載させた遺伝子標的型殺菌(21)21) K. Kiga, X. E. Tan, R. Ibarra-Chávez, S. Watanabe, Y. Aiba, Y. Sato’o, F. Y. Li, T. Sasahara, B. Cui, M. Kawauchi et al.: Nat. Commun., 11, 2934 (2020).,頭殻(カプシド)にバイオフィルム成分の分解酵素を搭載させた融合ファージの作製(22)22) T. K. Lu & J. J. Collins: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 11197 (2007).,複数のPCR増幅断片の結合によるファージの再合成(23, 2423) S. Nozaki: ACS Synth. Biol., 11, 4113 (2022).24) S. Mitsunaka, K. Yamazaki, A. K. Pramono, M. Ikeuchi, T. Kitao, N. Ohara, T. Kubori, H. Nagai & H. Ando: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2206739119 (2022).),などが挙げられる.これらは遺伝子組換え産物の範疇になるが,用途に合うファージを自然界から力ずくまたは根気よく探索するのではなく,効率よく作製できる可能性を秘めている.特に遺伝子標的型殺菌では,同じ属腫でも病原性や毒性を有する株のみに作用するため,細菌叢を乱すことなく病原菌を制御できると考えられる.さらに,付加あるいは修飾した配列によって独自性,新規性を持たせることも可能である.現時点では,合成可能なファージゲノムのサイズが比較的小さいものに限られているが,今後,ゲノムサイズに関係なく合成が可能となれば,合成ファージによる治療も大きく発展することが期待される.
本稿ではファージについて述べてきたが,天然ファージが合成ファージに劣る訳ではない.最初に述べた通り,天然には宿主である細菌以上のファージが存在しており,まだ見つかっていないファージも存在していると考えられる.また,合成ファージも,基本的には天然ファージのゲノムをプラットフォームにして設計される.そこは,“まだまだ我々人類は自然界から学ぶことは多い”と謙虚に受け止めながら,研究を進めていくことが重要であろう.
Reference
1) Jim O’Neill, Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations, Review on Antimicrobial Resistance, 2014.
2) 厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023–2027, https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf, 2023.
3) M. B. Marcó, S. Moineau & A. Quiberoni: Bacteriophage, 2, 149 (2012).
5) NCBI: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/genomes/GenomesGroup.cgi?opt=virus&taxid=10239&host=bacteria
6) Y. Yuan & M. Gao: Front. Microbiol., 8, 403 (2017).
8) K. E. Kortright, B. K. Chan & P. E. Turner: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 117, 18670 (2020).
10) M. Hasan & J. Ahn: Antibiotics, 11, 915 (2022).
11) L. A. Marraffini: Nature, 526, 55 (2015).
12) M. R. Tock & D. T. F. Dryden: Curr. Opin. Microbiol., 8, 466 (2005).
13) A. Lopatina, N. Tal & R. Sorek: Annu. Rev. Virol., 7, 371 (2020).
18) 藤木純平,樋口豪紀,岩野英知:The Chemical Times, 250, 25 (2018).
19) J. C. Park & S. H. Im: Exp. Mol. Med., 52, 1383 (2020).
20) H. Ando, S. Lemire, D. P. Pires & T. K. Lu: Cell Syst., 1, 187 (2015).
22) T. K. Lu & J. J. Collins: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 11197 (2007).