セミナー室

植物の脂質合成の起源と進化色素体が可能にした植物独自の脂質合成経路

Koichi Kobayashi

小林 康一

大阪公立大学大学院理学研究科生物学専攻

Jun Kawamoto

川本

京都大学化学研究所分子微生物科学研究領域

Published: 2023-08-01

はじめに

全ての細胞は膜で覆われており,また,真核生物では,細胞の内部に,核や小胞体,ミトコンドリアなど,膜で囲まれたオルガネラが数多く存在している.これらの生体膜の土台となる脂質二重層を構成するのは両親媒性の極性脂質であり,なかでもリン脂質は,ほとんどの生物において脂質二重層の主要成分となっている.本稿の主役である植物も,古くさかのぼれば動物と共通の祖先に由来し,植物細胞の細胞膜やミトコンドリア膜は,動物細胞と同様にリン脂質を主成分とする.しかし,色素体は例外であり,膜脂質のおよそ9割を糖脂質が占める.なぜ,植物細胞内で,色素体だけがこのような特殊な脂質組成をもつのだろうか.本稿では,植物における脂質組成や代謝経路を動物や細菌と比較しながらみていくことで,植物が独自の脂質代謝系をもつに至った経緯と意義について考察したい.

植物における主要な脂質クラス

植物細胞の細胞膜の脂質組成は,シロイヌナズナの葉を例にとると,約47%がグリセロリン脂質で,46%がステロール類,7%がセレブロシドとなる(1)1) M. Uemura, R. A. Joseph & P. L. Steponkus: Plant Physiol., 109, 15 (1995)..グリセロリン脂質の約75%は,ホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)で占められ(図1図1■リン脂質と糖脂質の種類と構造),残りの成分も動物や酵母などで一般的に見られる脂質クラスで構成される.動物と同様,ステロール類も多いが,コレステロールはあっても非常に少なく,大部分はフィトステロールと総称される植物に特徴的なステロール類で占められる.ミトコンドリアの脂質組成も,動物のそれと似通っており,シロイヌナズナの例では,約80%がPCとPEで構成され,残りのほとんどをカルジオリピン(CL)が占める(図2図2■シアノバクテリアと植物細胞における脂質組成の比較(2)2) J. Jouhet, E. Maréchal, B. Baldan, R. Bligny, J. Joyard & M. A. Block: J. Cell Biol., 167, 863 (2004).

図1■リン脂質と糖脂質の種類と構造

図2■シアノバクテリアと植物細胞における脂質組成の比較

シアノバクテリア;Synechocystis PCC 6803の全膜脂質8)8) H. Wada & N. Murata: Plant Cell Physiol., 30, 971 (1989).,葉緑体チラコイド;ホウレンソウの精製チラコイド膜脂質3)3) A. J. Dorne, J. Joyard & R. Douce: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 71 (1990).,ミトコンドリア;シロイヌナズナのミトコンドリア膜脂質2)2) J. Jouhet, E. Maréchal, B. Baldan, R. Bligny, J. Joyard & M. A. Block: J. Cell Biol., 167, 863 (2004).,細胞膜;シロイヌナズナの細胞膜脂質1)1) M. Uemura, R. A. Joseph & P. L. Steponkus: Plant Physiol., 109, 15 (1995).

一方,色素体の膜脂質組成は,リン脂質を主体とするその他の膜とは大きく異なる.色素体は,葉緑体を含む植物独自のオルガネラの多様な分化形態の総称であり,外包膜と内包膜の二重の膜で包まれている.葉緑体はさらに,光合成反応の場であるチラコイド膜を内部に形成する.チラコイド膜の脂質の約50%は,ジアシルグリセロール(DAG)にガラクトースが1分子結合したモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)であり(図1図1■リン脂質と糖脂質の種類と構造),そこにさらにもう1分子ガラクトースが結合したジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)も30%程度を占める.さらに,スルホキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)という含硫黄糖脂質が約10%あり,これらの糖脂質でチラコイド膜の脂質の約9割が構成される(図2図2■シアノバクテリアと植物細胞における脂質組成の比較(3)3) A. J. Dorne, J. Joyard & R. Douce: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 71 (1990)..残りはリン脂質であるが,他の膜で主要な脂質クラスであるPCやPEはなく,ホスファチジルグリセロール(PG)が主要リン脂質となっている.葉緑体を包む二重の包膜も,PCが比較的多く存在する以外はチラコイド膜と似たような脂質組成である(4)4) M. A. Block, A. J. Dorne, J. Joyard & R. Douce: J. Biol. Chem., 258, 13281 (1983)..ちなみに,MGDGは植物体全体でみても全膜脂質の30~40%を占めており,地球上で最も多量に存在する極性脂質と言われている.

植物の色素体は真核生物の一般的な膜とは大きく異なる脂質組成を示すが,細菌と比較した場合はどうであろうか.今日までに,非常に多様な脂質クラスが様々な細菌によって合成されることが知られているが,細菌のドメインでも,全体としてみればリン脂質が最も主要な膜脂質となっている.例えば,大腸菌では,PEが全膜脂質の約75%を占め,残りはPGとCLである(5)5) C. Sohlenkamp & O. Geiger: FEMS Microbiol. Rev., 40, 133 (2016)..一方で,糖脂質は光合成を行う細菌に多くみられる(6)6) 塚谷祐介,民秋 均,溝口 正:光合成研究,25, 151 (2015)..光化学系I型反応中心をもつ緑色硫黄細菌とII型反応中心をもつ繊維状光合成細菌は,門は違うが,ともにクロロソームとよばれる一重膜で覆われた光捕集オルガネラを細胞膜に接着してもつ.これらの細菌の細胞膜は主にリン脂質で構成されるが,クロロソームの膜はMGDGなどのガラクト脂質を豊富に含む.また,繊維状光合成細菌や紅色細菌ではSQDGの存在も確認されており,SQDG合成に関わる遺伝子は,紅色細菌のRhodobacter sphaeroidesで初めて見つかった歴史的経緯がある(7)7) C. Benning & C. R. Somerville: J. Bacteriol., 174, 2352 (1992).

上記の細菌は非酸素発生型の光合成を行うが,シアノバクテリアは植物と同様にチラコイド膜上に光化学系IとIIを備え,水を電子供与体に酸素発生型の光合成を行う.光合成の仕組みや遺伝子配列における高い類似性などから,葉緑体の起源は細胞内共生したシアノバクテリアであるとする考えが広く浸透している.ここで,脂質について話を戻すと,シアノバクテリアのチラコイド膜は,MGDG, DGDG, SQDG, PGの4つの脂質で構成されており,その割合は植物のチラコイド膜に非常に近い(8)8) H. Wada & N. Murata: Plant Cell Physiol., 30, 971 (1989)..色素体がシアノバクテリア由来であるならば,植物細胞内において色素体だけがシアノバクテリアとよく似た極めて特殊な脂質組成をもつのも,不思議ではない.シアノバクテリアの細胞内共生により,色素体と共に特殊な脂質クラスが植物細胞にもたらされ,それが今日まで使われている,というのは納得できるストーリーではあるが,それらの脂質を合成する酵素遺伝子の由来をみると,この仮説を支持する面だけではなく,支持しない面もみえてくる.

植物の脂肪酸合成経路

脂肪酸は,アセチルCoAを出発物質として多段階の反応を経て合成される.まず,準備段階として,アセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)がアセチルCoAに二酸化炭素を付加しマロニルCoAを合成する.大腸菌などの細菌が使うACCは,4つのサブユニットから構成されるマルチサブユニット型(原核型)であるが,動物や酵母は,それらが一つのポリペプチドにまとまった多機能型(真核型)の酵素を細胞質にもつ(9)9) J. E. Cronan Jr. & G. L. Waldrop: Prog. Lipid Res., 41, 407 (2002)..そして植物は,細胞質に真核型の,色素体には原核型のACCをもつ.この二つのACCうち,新規の脂肪酸合成に寄与するのは色素体に局在する原核型ACCであり,細胞質の真核型ACCは,色素体で合成された脂肪酸のさらなる伸長反応などに関わる(10)10) Y. Li-Beisson, B. Shorrosh, F. Beisson, M. X. Andersson, V. Arondel, P. D. Bates, S. Baud, D. Bird, A. Debono, T. P. Durrett et al.: Arabidopsis Book, 11, e0161 (2013)..このことから,色素体での脂肪酸合成と細胞内共生との関連が想起されるが,実際,植物の原核型ACCのサブユニットはどれもシアノバクテリアのものとよく似ており(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020).,なかでも,カルボキシルトランスフェラーゼのβサブユニットであるAccDが植物の色素体ゲノムにコードされている事実は,これらの酵素がシアノバクテリアに由来する可能性を強く示唆する.余談であるが,イネ科の植物では,色素体で脂肪酸合成を担うACCも真核型の多機能タイプに置き換わっており,この酵素を特異的に阻害する薬剤が,イネ科に選択的な除草剤として使われている(12)12) 小西智一,佐々木幸子:植物の化学調節,31, 134 (1996).

ACCによって合成されたマロニルCoAはアシルキャリアタンパク質(ACP)に転移され,その後,縮合,還元,脱水,還元反応を繰り返すことにより,飽和型の炭素鎖が伸長していく(図3図3■植物細胞における膜脂質合成経路).この多段階の反応を担うのは脂肪酸合成酵素(FAS)であり,菌類や動物が用いるI型と,大腸菌などの細菌が用いるII型が存在する(13)13) C. S. Heil, S. S. Wehrheim, K. S. Paithankar & M. Grininger: Chem. Bio. Chem., 20, 2298 (2019)..I型FASがACPドメインと各反応の触媒部位を一つのポリペプチド鎖にもつ巨大な多機能酵素なのに対し,II型FASはACPおよび各反応を触媒する酵素がすべて別々のタンパク質に分かれているマルチサブユニットタイプである.植物の色素体で働くのはシアノバクテリアと同様にII型のFASであるため,これも細胞内共生に起因しそうに思うが,話は複雑である.色素体II型FASを構成する各タンパク質の分子系統樹解析によれば,ACPや3-オキソアシルACP還元酵素のようにシアノバクテリア由来と見られるものもあるが,3-ヒドロキシアシルACP脱水酵素のようにシアノバクテリアとの共通の祖先由来や,マロニルトランスフェラーゼや3-ケトアシルシンターゼI/IIのように,シアノバクテリアとは別の系統に由来すると考えられるものもある(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020)..つまり,植物のII型FASは様々な起源をもつタンパク質の集合であり,シアノバクテリアのシステムがそっくりそのまま植物の色素体で機能しているのではなさそうである.ちなみに,動物と菌類のI型FASはどちらも細菌のポリケチド合成酵素に由来すると考えられており,その進化的背景は植物のものとはまったく異なる.

図3■植物細胞における膜脂質合成経路

色素体の膜脂質合成経路

色素体で合成される脂肪酸は,ACPに結合した形でパルミチン酸(16 : 0-ACP)またはステアリン酸(18 : 0-ACP)にまで伸長される(図3図3■植物細胞における膜脂質合成経路).18 : 0-ACPのほとんどは,ステアロイルACP不飽和化酵素(SAD)により18:1-ACPに変換され,16 : 0-ACPと共に,色素体の膜脂質合成に用いられる(10)10) Y. Li-Beisson, B. Shorrosh, F. Beisson, M. X. Andersson, V. Arondel, P. D. Bates, S. Baud, D. Bird, A. Debono, T. P. Durrett et al.: Arabidopsis Book, 11, e0161 (2013)..細菌では,アシルACPをアシルリン酸に変換した後にアシル基をグリセロール3-リン酸(G3P)に転移するが,色素体ではアシルACPから直接G3Pに転移する.この反応はATS1という酵素により触媒される.この結果できたリゾホスファチジン酸(LPA)に,ATS2という酵素が二つ目の脂肪酸を転移することでホスファチジン酸(PA)が作られる.この後PAは,そのままPGの合成に使われるか,DAGへと脱リン酸化されたのちに糖脂質に利用される.PG合成経路では,PAはまずCDP-DAGとして活性化され,その後PGリン酸(PGP)に変換されたのち,脱リン酸化されてPGとなる.分子系統樹解析により,色素体の脂肪酸転移酵素のATS1とATS2はともに,細菌が脂質合成に用いる酵素とは別系統になることが示されており,シアノバクテリアに由来しない(14)14) N. Sato & K. Awai: Genome Biol. Evol., 9, 3162 (2017)..また,シアノバクテリアはSADをもたない.色素体のCDP-DAG合成酵素(CDS)は,シアノバクテリアかその祖先に起源をもつが,その次のステップを担うPGP合成酵素(PGPS)はγプロテオバクテリア由来,PGP脱リン酸化酵素(PGPP)は真核細胞独自のものに由来すると考えられる(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020)..そのため,色素体のリン脂質代謝系は,全体としては細胞内共生に由来するとはいえない.

次に糖脂質合成経路をみてみると,最初のステップとして,PAが脱リン酸化されDAGへと変えられる.色素体のPA脱リン酸化酵素(PAP)はまだ完全にはわかっていないが,その候補となる酵素は,真核生物がもともともっていた酵素に起源をもつことが示されている(14)14) N. Sato & K. Awai: Genome Biol. Evol., 9, 3162 (2017)..その後,DAGにガラクトースが付加されるとMGDGになるが,この反応経路は植物とシアノバクテリアで大きく異なる(15)15) 粟井光一郎:光合成研究,25, 143 (2015)..植物の色素体では,MGDG合成酵素(MGD)によりUDP-ガラクトースからDAGにガラクトースが転移され,MGDGが合成される.一方,シアノバクテリアでは,UDP-グルコースを基質に糖転移反応が起こるため,はじめにモノグルコシルジアシルグリセロール(GlcDG)(図2図2■シアノバクテリアと植物細胞における脂質組成の比較)が作られ,その後極性頭部のグルコースがガラクトースに異性化されることでMGDGとなる.つまり,植物では1段階の反応でMGDGが合成されるが,シアノバクテリアでは糖転移と異性化の2段階の反応が必要であり,それぞれMgdAとMgdEという二つの酵素により行われる(図4図4■植物とシアノバクテリアにおけるガラクト脂質合成経路の比較).植物のMGD遺伝子のホモログはシアノバクテリアには見つからず,反対に植物はmgdA遺伝子やmgdE遺伝子をもたないことから,MGDG合成に関わる酵素は,植物とシアノバクテリアでは完全に異なる(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020)..合成されたMGDGの一部はDGDGの合成に使われる.植物でもシアノバクテリアでも,UDP-ガラクトースからMGDGにガラクトースをもう1分子転移することでDGDGは作られるが,この糖転移反応を触媒するDGDG合成酵素(DGD)は両者で異なる起源をもち,植物のものはシアノバクテリア以外の細菌由来である可能性が高い(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020)..面白いことに,陸上植物と共通の祖先をもつ原始紅藻と灰色藻は植物タイプのDGD遺伝子を持たず,代わりに,原始紅藻はシアノバクテリア由来のdgdA遺伝子を葉緑体ゲノムに,灰色藻は核ゲノムにコードする(14)14) N. Sato & K. Awai: Genome Biol. Evol., 9, 3162 (2017)..一方,海産の紅藻類は緑藻や陸上植物と同様に植物タイプのDGDのみを核に持つ.このことから,藻類共通の祖先はDGDdgdAを重複して持っていた可能性が考えられる.最後に,SQDGの合成には,UDP-スルホキノボースを合成する酵素(SQD1)と,そこからスルホキノボースをDAGに転移する酵素(SQD2)が関与する.どちらの酵素もそれぞれシアノバクテリアのものと似ているが,系統樹上で姉妹群を形成するため,一次共生由来ではない可能性が高い(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020).

図4■植物とシアノバクテリアにおけるガラクト脂質合成経路の比較

以上をまとめると,色素体の脂肪酸合成に関しては,ACCなどシアノバクテリア由来と強く示唆される酵素もあるが,そうでないものも多い.さらに,膜脂質合成のステップでは,多くの酵素がシアノバクテリアに起源をもたず,最も主要な脂質であるMGDGの合成に至っては,経路そのものがシアノバクテリアと異なっている.したがって,色素体の脂質組成がシアノバクテリアのものと似ているとはいえ,遺伝子が発現することにより脂質が合成されるという順序を考えると,その起源を一次共生に限定することはできない.おそらく,一次共生とは独立に,シアノバクテリアや他のバクテリアから植物の祖先細胞に遺伝子の水平伝播が繰り返し起こった結果,今日の色素体の脂質代謝系ができ上がったのだろう(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020)..また,脂肪酸合成は色素体内で完結しているが,それを材料にした膜脂質合成は色素体外でもおこり,小胞体から色素体に戻ってくる経路(小胞体経路)の重要性も知られている(図3図3■植物細胞における膜脂質合成経路(10)10) Y. Li-Beisson, B. Shorrosh, F. Beisson, M. X. Andersson, V. Arondel, P. D. Bates, S. Baud, D. Bird, A. Debono, T. P. Durrett et al.: Arabidopsis Book, 11, e0161 (2013)..このように,植物は,色素体を中心としつつ他のオルガネラも深く関与した独自の脂質代謝経路を発達させている.

ちなみに,本稿では詳しく触れないが,脂肪酸組成も植物と動物では大きく異なり,特に色素体のガラクト脂質では,脂肪酸の9割近くが二重結合を3つ含む多価不飽和脂肪酸(16:3や18:3)で構成される.植物が合成するαリノレン酸は,ヒトなどにおいては必須脂肪酸として欠かせない栄養素であるが,植物においては,膜の流動性の維持や光合成において重要な機能をもつ.さらに,これらの多価不飽和脂肪酸は,ジャスモン酸などの生理活性をもつオキシリピンを合成する際の出発物質でもあり,植物独自の役割を担っている.植物の脂肪酸不飽和化酵素には,シアノバクテリア由来のものと,SADのようにそうでないものとがあり,脂質合成酵素と同様に複雑な起源となっている(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020).

シアノバクテリアや植物が糖脂質を合成する意義

シアノバクテリアや植物の色素体はなぜ,リン脂質を主に用いる大半の生物と異なり,糖脂質を主に用いるのだろうか.リン脂質の材料であるリンは,核酸の成分でもあり,生存や増殖に必須の元素だが,自然環境ではしばしば不足する.植物やシアノバクテリアが光独立的に成長・増殖するには,光合成電子伝達反応の場であるチラコイド膜を発達させる必要があるが,もしリン脂質を主体に膜を構築するとなると,貴重なリンの多くをそこに投じる必要がある.一方,これらの生物は光と水があれば,環境中の二酸化炭素から糖脂質の材料,すなわち,糖と脂肪酸とグリセロールを作り出すことができる.光合成により作った膜でさらに光合成を行う,というように,膜に糖脂質を用いることで正の循環によりチラコイド膜を拡大していくことが可能となる.これまで調べられたすべてのシアノバクテリアや植物の色素体が糖脂質を主要膜脂質に用いていることから,細胞内共生以前の太古の昔から,シアノバクテリアは糖脂質を膜の主成分としていたと推測される.その頃のシアノバクテリアの栄養環境は正確にはわからないが,多量の脂質を必要とする光合成膜に糖脂質を用いることのメリットが,今日のシアノバクテリアと植物の繁栄に至るほどに大きかったのだろう.実際,シアノバクテリアや植物だけでなく,他の光合成細菌でも光合成膜には糖脂質が多く用いられている事実もこの説を支持する(6)6) 塚谷祐介,民秋 均,溝口 正:光合成研究,25, 151 (2015)..しかしそう考えると,むしろ際立ってくるのがPGの存在である.現在知られているすべてのシアノバクテリアにおいて,なぜPGだけが唯一の膜リン脂質として使われ,なぜ長い進化の過程で糖脂質に置き換えられることがなかったのか.これまでに解析されたシアノバクテリアのPG欠損変異体は,培地にPGを与えれば生育するが,それを除くと光合成に異常をきたし,すべて致死となる.シロイヌナズナにおける色素体PG合成欠損変異体も,光合成が強く阻害され,生育途中で死に至ることから,PGには,糖脂質では代替できない極めて重要な役割があるのだろう(16)16) K. Kobayashi: J. Plant Res., 129, 565 (2016)..実際,PG分子は光化学系Iや光化学系II複合体の内部に豊富に含まれ,シアノバクテリアでも植物でも,チラコイド膜の全PGのうちの3割にも及ぶ量が,これらの光化学系内に局在することがわかっている(17)17) A. Yoshihara & K. Kobayashi: J. Exp. Bot., 73, 2735 (2022)..PGのどのような化学的・構造的特性が光合成と深く結びつき,それを不可欠なものにしているのかは依然として不明であり,今後の研究の進展が望まれる.

大量のチラコイド膜を必要とする酸素発生型光合成の進化に,リンを含まない糖脂質の獲得が必須であったという推測は,現存のシアノバクテリアや植物のリン欠乏応答からも支持される.シアノバクテリアのSynechococcus elongatus PCC 7942はリン欠乏に陥ると,唯一のリン脂質であるPGの含量を減らし,同じく酸性だが糖脂質のSQDGの量を増加させる(18)18) S. Güler, A. Seeliger, H. Härtel, G. Renger & C. Benning: J. Biol. Chem., 271, 7501 (1996)..SQDGを合成できないこの種の変異株では野生株に比べリン欠乏下での生育が悪くなることから,SQDGによるPGの代替がリン欠乏時の生育に重要であることがわかる.リン欠乏時にPGの量が減りそれを補うようにSQDGが増える現象は藻類や陸上植物でも広く観察されている(16)16) K. Kobayashi: J. Plant Res., 129, 565 (2016)..このことから,チラコイド膜には一定量の酸性脂質が必要であり,SQDGはリン欠乏により減少したPGを補うことで膜の酸性脂質の量を一定に保つ役割があると考えられている.ただし前述したように,一定量のPGが光合成の機能には不可欠であり,リン欠乏時においてもPGの量を完全にゼロにすることはできない.興味深いことに,最も初期に分岐したシアノバクテリアとして知られるグロエオバクター(Gloeobacter violaceus)は,チラコイド膜をもたず,SQDGも合成しない(19)19) E. Selstam & D. Campbell: Arch. Microbiol., 166, 132 (1996)..この種は細胞膜で限定的な光合成を行うので,酸性脂質としてはPGのみで十分なのかもしれない.さらにその考えを延長すると,SQDGの獲得がチラコイド膜をもったシアノバクテリアの出現の鍵となった可能性も考えられる.また,陸上植物では,SQDGに加えて同じく酸性糖脂質であるグルクロノシルジアシルグリセロール(GlcADG)(図1図1■リン脂質と糖脂質の種類と構造)をリン欠乏時に合成することも示されている(20)20) Y. Okazaki, H. Otsuki, T. Narisawa, M. Kobayashi, S. Sawai, Y. Kamide, M. Kusano, T. Aoki, M. Yokota Hirai & K. Saito: Nat. Commun., 4, 1510 (2013)..シロイヌナズナのSQD2の変異体はSQDGだけでなくGlcADGも合成できなくなることから,この酵素はDAGへのスルホキノボースの転移だけでなく,グルクロン酸の転移も触媒する可能性が示唆されている.このような反応はシアノバクテリアでは報告がないため,植物が独自に獲得した機能かもしれない.GlcADGにはPGの機能を相補する役割はなく(21)21) A. Yoshihara, N. Nagata, H. Wada & K. Kobayashi: Int. J. Mol. Sci., 22, 4860 (2021).,植物細胞内でどのような役割を担うのかについては,今後の研究を必要とする.

シアノバクテリアではリン脂質はPGのみだが,植物の場合は,リン脂質を多量に含む膜が色素体外に豊富に存在する.リン欠乏時にはこれらのリン脂質の量も減少するが,その際に植物はDGDGを活発に合成し,減少した色素体外のリン脂質を補うと考えられている.実際,通常時はほとんどミトコンドリア膜に存在しないDGDGが,リン欠乏時にはその全脂質の約20%を占めることがシロイヌナズナで報告されたほか(2)2) J. Jouhet, E. Maréchal, B. Baldan, R. Bligny, J. Joyard & M. A. Block: J. Cell Biol., 167, 863 (2004).,リンを欠乏したエンバクの根では,細胞膜の全グリセロ脂質のうち約70%をDGDGが占める(22)22) M. X. Andersson, M. H. Stridh, K. E. Larsson, C. Liljenberg & A. S. Sandelius: FEBS Lett., 537, 128 (2003)..DGDG合成を一部欠損したシロイヌナズナの変異体ではリン欠乏時の生育が野生株より悪いことから,DGDGがリン欠乏耐性に重要であることが明らかにされている(23)23) K. Kobayashi, K. Awai, M. Nakamura, A. Nagatani, T. Masuda & H. Ohta: Plant J., 57, 322 (2009)..さらに,色素体外の膜にガラクト脂質が局在するのはリン欠乏に限った話ではなく,テッポウユリでは花粉管伸長後にMGDGやDGDGの含量が増加することや(24)24) Y. Nakamura, K. Kobayashi & H. Ohta: Plant Physiol. Biochem., 47, 535 (2009).,シロイヌナズナの花粉管の細胞膜にDGDGが蓄積することが示されている(25)25) C. Y. Botté, M. Deligny, A. Roccia, A.-L. Bonneau, N. Saïdani, H. Hardré, S. Aci, Y. Y-Botté, J. Jouhet & E. Dubots: Nat. Chem. Biol., 7, 834 (2011)..MGDG合成を阻害すると花粉管伸長が阻害されることから,著しく長く伸びる花粉管の細胞膜の形成をガラクト脂質が一部担っている可能性が示唆されている.このように,ガラクト脂質は色素体外でも利用されるが,それはリン欠乏時や花粉管伸長時などの限られた条件でのみ見られることから,色素体以外の膜では,リンが利用できる場面ではリン脂質が優先的に使われるのだろう.細胞膜やミトコンドリア膜などでは,ガラクト脂質よりもリン脂質の方が機能的であるためと考えらえるが,それがどのような理由によるのかについては,今後の研究が待たれるところである.

植物では,MGDGやDGDGに加え,トリガラクトシルジアシルグリセロール(TGDG)(図1図1■リン脂質と糖脂質の種類と構造)などのオリゴガラクト脂質(OGL)も検出される(26)26) F. Gasulla, J. I. García-Plazaola, M. López-Pozo & B. Fernández-Marín: Environ. Exp. Bot., 164, 135 (2019)..それらの脂質の役割は長年不明であったが,近年,シロイヌナズナでOGL合成を担う酵素galactolipid:galactolipid galactosyltransferase(GGGT)とそれをコードする遺伝子SFR2が同定されたことで,色素体でのOGLの合成が凍結耐性に重要なことが明らかとなった.GGGTはMGDGを出発材料に別のMGDG分子からガラクトースを連続的に転移することでOGLを合成する.シロイヌナズナが凍結ストレスに曝されると,GGGTの活性化によりOGLが蓄積するとともに,基質として用いられたMGDGが減少する(27)27) E. R. Moellering, B. Muthan & C. Benning: Science, 330, 226 (2010)..これにより,極性頭部が小さくラメラ構造を取りづらいMGDGの割合が減るとともに,水との親和力が強いOGLが増えることで,凍結による葉緑体膜へのダメージが軽減されると推測されている.GGGTをコードするSFR2遺伝子は,コケ植物から被子植物まで広く保存されており,緑藻と陸上植物の中間に位置する車軸藻植物からも見つかっている(28)28) K. Hori, T. Nobusawa, T. Watanabe, Y. Madoka, H. Suzuki, D. Shibata, M. Shimojima & H. Ohta: Biochim. Biophys. Acta, 1861, 1294 (2016)..トマトでは,SFR2は乾燥耐性に関与することが示されていることから,この遺伝子は植物の陸上化に重要であった可能性が示唆されている(29)29) K. Wang, H. L. Hersh & C. Benning: Plant Physiol., 172, 1432 (2016).

植物の脂質合成の起源

植物の脂質合成の大半は色素体で行われる(図3図3■植物細胞における膜脂質合成経路).色素体はシアノバクテリアとよく似た特徴的な脂質組成を示すことから,色素体の脂質合成系は一次共生に由来するだろうと考えられてきたが,それに関わる酵素遺伝子を詳しく見ると,多くのものがシアノバクテリアに由来しないことがわかる.そういった遺伝子は,一次共生後に獲得され,やがてシアノバクテリア由来の遺伝子と置き換わったのではないかと解釈されることも多いが,実際には,色素体で働くタンパク質をコードする遺伝子のいくつかは,一次共生前からすでに植物の祖先となる細胞に備わっていた可能性が指摘されている(11)11) N. Sato: J. Plant Res., 133, 15 (2020)..ここで注目すべきは,それらの遺伝子の中にMGDG合成酵素やSQDG合成酵素をコードする遺伝子も含まれていることで,そうであれば,植物の祖先細胞は色素体や光合成能を獲得する以前から糖脂質を合成していた可能性も考慮しなければならない.実際,糖脂質を合成できる利点は植物やシアノバクテリアに限った話ではなく,紅色細菌はリン欠乏時にSQDGを(30)30) C. Benning, J. T. Beatty, R. C. Prince & C. R. Somerville: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 1561 (1993).,アグロバクテリウムはDGDGやGlcDG, GlcADGを盛んに合成することが知られている(31)31) A. Semeniuk, C. Sohlenkamp, K. Duda & G. Hölzl: J. Biol. Chem., 289, 10104 (2014)..同様に,一次共生以前の植物の祖先細胞においても,MGD1やSQD2による糖脂質合成系は,リン欠乏時の膜脂質合成を担っていたかもしれない.さらに踏み込めば,事前にそのような代謝系を持っていたことが,シアノバクテリアとの共生を助けた可能性も考えられる(図5図5■植物の進化過程における糖脂質合成系の獲得についての仮説).ちなみに,一部のシアノバクテリアもOGLを合成することが報告されているが,現在のところ同定されたOGL合成酵素遺伝子はSFR2だけである(26)26) F. Gasulla, J. I. García-Plazaola, M. López-Pozo & B. Fernández-Marín: Environ. Exp. Bot., 164, 135 (2019).SFR2は植物の陸上化に伴って獲得されたと推測されており,こちらは,植物がもともと持っていた糖脂質の利用性をさらに高めた例であろう.また,リンを含まない膜脂質として,ベタイン脂質も知られている.種子植物はベタイン脂質を合成しないが,コケ植物や藻類にはベタイン脂質を合成するものが知られており,リン欠乏時にベタイン脂質がリン脂質を代替することが示されている.細菌にもベタイン脂質を合成する種が存在するが(5)5) C. Sohlenkamp & O. Geiger: FEMS Microbiol. Rev., 40, 133 (2016).,シアノバクテリアはしない.糖脂質合成と合わせて,ベタイン脂質合成の獲得と喪失の進化的経緯も,今後の興味深いテーマである.

図5■植物の進化過程における糖脂質合成系の獲得についての仮説

gl, ps, ttはそれぞれ,シアノバクテリアの糖脂質合成に関わる遺伝子(gl),光合成に関わる遺伝子(ps),転写・翻訳に関わる遺伝子(tt)を示す.

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