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力学刺激の感知における細胞骨格関連タンパク質の機能SORBSタンパク質による間葉系幹細胞分化の調節

Mito Kuroda

黒田 美都

京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻

Noriyuki Kioka

木岡 紀幸

京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻

Published: 2023-09-01

生体内の細胞は,重力・血流ストレス・浸透圧や隣接する細胞や基質からの圧力・硬さなど多様な力学的刺激にさらされている.細胞はこの刺激を感知し,化学シグナルへと変換して,情報伝達することで,増殖・分化・形態形成などの応答を示す.例えば,悪性化したがん腫瘍部位では線維化が生じ組織が硬くなっており,そのような状況下ではがん細胞は高い浸潤能を示す.また,間葉系幹細胞は軟らかい基板上で培養すると脂肪細胞へ分化しやすく,逆に硬い基板上で培養すると骨芽細胞に分化しやすい(1)1) A. J. Engler, S. Sen, H. L. Sweeney & D. E. Discher: Cell, 126, 677 (2006). doi: 10.1016/j.cell.2006.06.044.このような力学的刺激に対する生物応答の仕組みを明らかにしようとする新たな研究領域は,メカノバイオロジーと呼ばれ,近年注目を集めている.これらの力学的刺激の感知には細胞骨格や関連タンパク質,機械刺激依存イオンチャネルが重要であることが明らかになってきている(2)2) C. Kung: Nature, 436, 647 (2005). doi: 10.1038/nature03896.本稿では,哺乳類細胞と細胞外基質の硬さに焦点を当て,細胞骨格関連タンパク質による力学的刺激の感知と幹細胞分化調節の仕組みについて紹介する.

細胞が細胞外基質の硬さを感知する基本的な原理は,細胞が細胞外基質を引っ張ることである.具体的には,細胞外基質が軟らかい場合には細胞は弱い牽引力を示し,硬い場合にはより大きな牽引力を示し,細胞外力につり合う力を発生する.細胞は,牽引張力によって生じた,細胞と細胞外界面の応答を感知する.ここで重要になってくるのが,牽引力を生み出す装置であるアクチン細胞骨格と,アクチン細胞骨格を細胞外基質との接点に繋留する細胞–基質間接着装置である接着斑である.

アクチン細胞骨格は単量体アクチンが重合した繊維状アクチンにより構成される.アクチン繊維にはミオシンモーターが会合し,ATPの分解エネルギーを利用して収縮力を発生する.この細胞骨格は一回膜貫通タンパク質インテグリンを核として形成される接着斑複合体に連結している.実際に接着斑領域に力が生じていることが,FRETを利用した張力センサーや蛍光ナノビーズを用いたゲル基板の観察(牽引力顕微鏡)でも明らかになっている(3, 4)3) C. Grashoff, B. D. Hoffman, M. D. Brenner, R. Zhou, M. Parsons, M. T. Yang, M. A. McLean, S. G. Sligar, C. S. Chen, T. Ha et al.: Nature, 466, 263 (2010). doi: 10.1038/nature091984) N. Q. Balaban, U. S. Schwarz, D. Riveline, P. Goichberg, G. Tzur, I. Sabanay, D. Mahalu, S. Safran, A. Bershadsky, L. Addadi et al.: Nat. Cell Biol., 3, 466 (2001). doi: 10.1038/35074532

アクチン繊維を接着斑につなぐアクチン結合性の接着斑タンパク質には,テーリンやビンキュリンが知られている.これらテーリンやビンキュリンは,タンパク質分子レベルの実験で磁気ビーズにより力を付与すると構造変化(アンフォールディング)をひき起こすことがわかっている.テーリンはN末端側ドメインを介してインテグリンと,C末端ドメインを介してアクチン繊維に結合する.接着斑領域にアクチン繊維により弱い力がかかると,テーリンは構造変化し,ビンキュリン結合部位を露出することでビンキュリンを接着斑へとリクルートする.ビンキュリンはN端側の頭部とC末端側の尾部,それらをつなぐリンカー領域からなる構造をとる.ビンキュリンの頭部はテーリンに結合し,尾部はアクチン繊維へと結合する.力が付加されていない状況では,頭部と尾部が分子内相互作用し,アクチン繊維と低親和性の“不活性”型の構造をとる.一方で,頭部と尾部が解離すると,アクチン繊維と高親和性の“活性”型の構造をとる(5)5) R. P. Johnson & S. W. Craig: Nature, 373, 261 (1995). doi: 10.1038/373261a0

このような分子レベルの構造変化に加え,私たちはビンキュリンが細胞内で細胞外環境の感知に働くことを明らかにした.マウス胎生繊維芽細胞を用いて,界面活性剤TritonX-100への不溶性を指標に,,硬い基板上では軟らかい基板上に比べ細胞内での活性型ビンキュリンが増加することを明らかにした(6)6) H. Yamashita, T. Ichikawa, D. Matsuyama, Y. Kimura, K. Ueda, S. W. Craig, I. Harada & N. Kioka: J. Cell Sci., 127, 1875 (2014). doi: 10.1242/jcs.133645.加えて,ビンキュリンの各種変異体を用いた実験により,硬い基板上におけるビンキュリンの安定性には,尾部とアクチンとの相互作用や,リンカー領域に結合するSORBSタンパク質ファミリーのうちSORBS1(CAP/Ponsin)およびSORBS3(ビネキシン)が重要であることを明らかにした.さらには,これら一連のビンキュリンの構造の変化の下流でシグナルへと伝達を担う分子として,転写因子YAP/TAZ(以下TAZ)の存在を明らかにした.TAZは間葉系幹細胞において,脂肪細胞と骨芽細胞の分化のバランスを調節することが知られているほか,細胞外基質の硬さに応じた分化運命決定にも関与することが報告されている(7)7) J. H. Hong, E. S. Hwang, M. T. McManus, A. Amsterdam, Y. Tian, R. Kalmukova, E. Mueller, T. Benjamin, B. M. Spiegelman, P. A. Sharp et al.: Science, 309, 1074 (2005). doi: 10.1126/science.1110955.私たちの研究により,ビンキュリンやSORBSタンパク質がTAZの核局在調節を担うことがわかった.さらに,ビンキュリンとSORBS1複合体はTAZを介して硬い基板上における脂肪細胞への分化を抑制していることが明らかになった(8, 9)8) M. Kuroda, H. Wada, Y. Kimura, K. Ueda & N. Kioka: J. Cell Sci., 130, 989 (2017). doi: 10.1242/jcs.1947799) M. Kuroda, K. Ueda & N. Kioka: Sci. Rep., 8, 11581 (2018). doi: 10.1038/s41598-018-29700-3.一方で,SORBS3については,TAZの局在調節には関与するものの,細胞外基質の硬さに応じた分化には関与しないことが明らかになった.これら一連の結果から,私たちは間葉系幹細胞におけるビンキュリンおよびSORBSタンパク質による硬さ感知について図1図1■ビンキュリンおよびSORBSタンパク質による細胞外基質の硬さ感知モデルのモデルを提唱している.

図1■ビンキュリンおよびSORBSタンパク質による細胞外基質の硬さ感知モデル

私たちのグループによる研究によって,細胞外基質の硬さ感知機構としてビンキュリン活性化とそれに寄与するタンパク質としてSORBSファミリータンパク質が明らかとなった.しかしながらSORBS1によるビンキュリンの活性調節の仕組みやその生体内における生理的な意義については不明な点も多く残ることから今後の研究の発展が期待される.本稿では細胞骨格–接着斑に関連する硬さ感知の仕組みに着目して紹介したが,機械刺激受容膜チャネルによる力学刺激感知も盛んに研究されている.近年,触覚感知を担うPiezoタンパク質に加え,OSCA1/TMEM63タンパク質も力学的刺激の感知を担うチャネルとして報告された(10)10) S. E. Murthy, A. E. Dubin, T. Whitwam, S. Jojoa-Cruz, S. M. Cahalan, S. A. R. Mousavi, A. B. Ward & A. Patapoutian: eLife, 7, e41844 (2018). doi: 10.7554/eLife.41844.OSCAタンパク質ファミリーは,もともと植物の膨圧感知を担うとして着目されていた分子であるが,哺乳類にも保存され,力学的刺激の感知を担うことが明らかにされたことは意義深い.メカノバイオロジー研究の発展には,哺乳類に限らず,広い視点をもつことが重要になるだろう.メカノバイオロジーの発展により新たな知見がもたらされ,さまざまな疾患の治療法の確立,また健康の維持に役立つことが益々期待される.

Reference

1) A. J. Engler, S. Sen, H. L. Sweeney & D. E. Discher: Cell, 126, 677 (2006). doi: 10.1016/j.cell.2006.06.044

2) C. Kung: Nature, 436, 647 (2005). doi: 10.1038/nature03896

3) C. Grashoff, B. D. Hoffman, M. D. Brenner, R. Zhou, M. Parsons, M. T. Yang, M. A. McLean, S. G. Sligar, C. S. Chen, T. Ha et al.: Nature, 466, 263 (2010). doi: 10.1038/nature09198

4) N. Q. Balaban, U. S. Schwarz, D. Riveline, P. Goichberg, G. Tzur, I. Sabanay, D. Mahalu, S. Safran, A. Bershadsky, L. Addadi et al.: Nat. Cell Biol., 3, 466 (2001). doi: 10.1038/35074532

5) R. P. Johnson & S. W. Craig: Nature, 373, 261 (1995). doi: 10.1038/373261a0

6) H. Yamashita, T. Ichikawa, D. Matsuyama, Y. Kimura, K. Ueda, S. W. Craig, I. Harada & N. Kioka: J. Cell Sci., 127, 1875 (2014). doi: 10.1242/jcs.133645

7) J. H. Hong, E. S. Hwang, M. T. McManus, A. Amsterdam, Y. Tian, R. Kalmukova, E. Mueller, T. Benjamin, B. M. Spiegelman, P. A. Sharp et al.: Science, 309, 1074 (2005). doi: 10.1126/science.1110955

8) M. Kuroda, H. Wada, Y. Kimura, K. Ueda & N. Kioka: J. Cell Sci., 130, 989 (2017). doi: 10.1242/jcs.194779

9) M. Kuroda, K. Ueda & N. Kioka: Sci. Rep., 8, 11581 (2018). doi: 10.1038/s41598-018-29700-3

10) S. E. Murthy, A. E. Dubin, T. Whitwam, S. Jojoa-Cruz, S. M. Cahalan, S. A. R. Mousavi, A. B. Ward & A. Patapoutian: eLife, 7, e41844 (2018). doi: 10.7554/eLife.41844