解説

バイオインフォマティックスによるバイオマーカーおよび機能性天然物の解析バイオインフォマティックス活用

Bioinformatics Analysis of Biomarkers and Functional Natural Products: Bioinformatics Application

Yingyu Zhou

英鈺

ハルビン工業大学・医学部

Published: 2023-09-01

バイオインフォマティクスは生物医学で重要な応用例として,ドラッグデザインや新薬開発などでも応用されている.バイオインフォマティクスが提供するデータとソフトウェアは,創薬ターゲットの選択と薬剤分子の設計の指針となる.われわれは肥満による慢性炎症と結腸直腸がんの治療に関する天然物開発においてバイオインフォマティクスを応用した2例を紹介した.ビッグデータの利用が,がん等の疾患に関わるバイオマーカーとそれを標的とした天然物の探索において有用であることを示唆している.

Key words: バイオインフォマティクス; 肥満; 慢性炎症; 結腸直腸がん; バイオマーカー

はじめに

近年,マイクロアレイ技術は,ゲノムレベルで遺伝子変化の同定,発現量が異なる遺伝子の選別,新規治療法の開発などに広く応用されている(1)1) L. Li, Q. Lei, S. Zhang, L. Kong & B. Qin: Oncol. Rep., 38, 2607 (2017)..バイオインフォマティクスとマイクロアレイ技術を使って,ハブ遺伝子や関連する機能経路を予測するための処理方法が開発された(2)2) W. Lou, J. Chen, B. Ding, D. Chen, H. Zheng, D. Jiang, L. Xu, C. Bao, G. Cao & W. Fan: J. Transl. Med., 16, 266 (2018)..バイオインフォマティクスは,情報科学の原理と方法を用いて生物学的情報を取得,処理,保存,普及,分析,解釈するための知識と方法を含む学問分野である.数学,コンピュータサイエンス,生物学の知識を統合し,様々なタイプのデータの生物学的意義を明らかにする(3)3) E. López-López, J. Bajorath & J. L. Medina-Franco: J. Chem. Inf. Model., 61, 26 (2021)..バイオインフォマティクスの一分野として,ネットワーク薬理学は新薬開発の分野で広く利用される.システム生物学,多方向薬理学,計算生物学,ネットワーク解析の技術を統合し,創薬標的を発見する学際的なプロセスである(4)4) W. Zhou, X. Li, L. Han & S. Fan: “Network Pharmacology.,” pp. 35–73, Springer, 2021..「疾患–表現型–遺伝子–薬剤」の多階層ネットワークを構築することで,薬剤と疾患の関連を総合的な観点から探索する(5)5) C. Liu, R. Liu, H. Fan, X. Xiao, X. Chen, H. Xu, & Y. Lin: Chin. Herb. Med., 7, 3 (2015)..ネットワーク薬理学の応用であるバイオマーカースクリーニングに基づき,肥満による慢性炎症と結腸直腸がんに対して,効果がある天然化合物を発見する方法を詳述する.

β-エレメンがM1-M2マクロファージバランスを調節する(6)

高脂肪食によるマウスモデルでの差次的遺伝子はGene Expression Omnibus (GEO)データベースを用いて,それらの発現を明らかにした.肥満は代謝によって引き起こされる炎症であって(7)7) A. R. Saltiel & J. M. Olefsky: J. Clin. Invest., 127, 1 (2017).,炎症性サイトカインの産生を介して様々な免疫細胞を極性化する(8, 98) A. B. Goldfine & S. E. Shoelson: J. Clin. Invest., 127, 83 (2017).9) C. Crewe, Y. A. An & P. E. Scherer: J. Clin. Invest., 127, 74 (2017).).免疫細胞の中でもマクロファージは,慢性疾患の形成過程で重要な役割を担っている.臨床的あるいは実験的データから,M1マクロファージ(古典的活性化マクロファージ)とM2マクロファージ(代替的活性化マクロファージ)の比率バランスが,自己免疫反応や慢性炎症疾患を回避するための基礎であることを示唆した(10, 11)10) M. Zeyda & T. M. Stulnig: Gerontology, 55, 379 (2009).11) J. Hirosumi, G. Tuncman, L. Chang, C. Z. Görgün, K. T. Uysal, K. Maeda, M. Karin & G. S. Hotamisligil: Nature, 420, 333 (2002)..したがって,マクロファージの二表現型のバランスを維持し,炎症性サイトカインの放出を緩和することが,肥満に引き起こされる慢性炎症の治療に重要なポイントと考えられる.

エレメンは,α-エレメン,β-エレメン,γ-エレメン,δ-エレメンを含むセスキテルペノイドである(1212) B. Zhai, N. Zhang, X. Han, Q. Li, M. Zhang, X. Chen, G. Li, R. Zhang, P. Chen, W. Wang et al.: Biomed. Pharmacother., 114, 108812 (2019).).その中で,ハーブのゼドリアエの根茎から抽出されるβ-エレメンは他の異性体よりも抗がん作用が強く,腫瘍細胞を直接死滅させることができるが,末梢血白血球などの他の正常細胞には,通常用量では影響を与えない(12)12) B. Zhai, N. Zhang, X. Han, Q. Li, M. Zhang, X. Chen, G. Li, R. Zhang, P. Chen, W. Wang et al.: Biomed. Pharmacother., 114, 108812 (2019)..β-エレメンの化学構造から,マウスの白色脂肪組織におけるマクロファージバランスを調節する標的が予測された.この予測を検証するために,β-エレメンがマウス白色脂肪組織におけるマクロファージバランス調節作用を対象に,体内および体外での実験を行った.

1. 異なる期間の高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析

異なる期間(2, 8, 20, 24週間)の高脂肪食(High fat diet, HFD)を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した.GEOデータベースに基づいて,差次的遺伝子を解析した(13)13) E. Y. Kwon, S.-K. Shin, Y.-Y. Cho, U.-J. Jung, E. Kim, T. Park, J. H. Y. Park, J. W. Yun, R. A. McGregor, Y. B. Park et al.: BMC Genomics, 13, 1 (2012)..対照群と高脂肪食群の差次的遺伝子を区別するためのフィルター値は,p-value <0.05と|log2FC (fold change)| >0.5であった.さらに,異なる期間(2, 8, 20, 24週間)において,対照群と高脂肪食群における上位10個のアップレギュレートおよび上位10個のダウンレギュレート差次的遺伝子のヒートマップを,図1a図1■GEOデータベースに基づく高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析(文献6より一部改変)に示した.2週間高脂肪食を与えた群では,Mup1, Mup2, Mup3を含むMupファミリーが有意に上昇した.一方,Svs4, Svs5, Svs7を含むSvsファミリーは,24週間高脂肪食を与えた群で有意に減少した.さらに,免疫反応と関連性の高いMmp12(14, 15)14) A. Cobos-Correa, J. B. Trojanek, S. Diemer, M. A. Mall & C. Schultz: Nat. Chem. Biol., 5, 628 (2009).15) D. G. Morris, X. Huang, N. Kaminski, Y. Wang, S. D. Shapiro, G. Dolganov, A. Glick & D. Sheppard: Nature, 422, 169 (2003).は,8週間及び24週間高脂肪食を与えた群で増加した.異なる期間において,74個の遺伝子が共通に発現している遺伝子として同定された(図1b図1■GEOデータベースに基づく高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析(文献6より一部改変)).74個の共通遺伝子のうち,Cytoscape 3.9.1(生物ネットワークを計算出来るソフトウェア)で複合スコアが高く(図1c図1■GEOデータベースに基づく高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析(文献6より一部改変)),免疫関連機能,特にマクロファージの機能に富む予測コア遺伝子上位10個を図1c図1■GEOデータベースに基づく高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析(文献6より一部改変)に示す(図1d図1■GEOデータベースに基づく高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析(文献6より一部改変)).この結果は,高脂肪食がマウスの精巣上体脂肪組織の免疫細胞に影響を与えることを浮き彫りにしている.

図1■GEOデータベースに基づく高脂肪食を与えたマウスと対照群のマウスの精巣上体脂肪組織を比較した差次的遺伝子発現解析(文献6より一部改変)

(a)異なる期間(2, 8, 20, 24週間)の高脂肪食を与えたマウスにおいて対照群のマウスと比較して精巣上体脂肪組織で発現が増加した上位10遺伝子と減少した上位10遺伝子のヒートマップ,カラーバーは遺伝子発現量の差分を表す.(b)各時間経過における差次的遺伝子のベン図.(c)高脂肪食摂取の違いによって影響を受けると予測されるハブ遺伝子の上位10個の合計スコア(濃い赤色はハブ遺伝子となる複合スコアが高いことを示す).(d) Enrichrオンラインツールに基づき,異なる期間で重複する差次的遺伝子を抽出したマウス遺伝子アトラス.

2. β-エレメンは肥満誘発性差次的遺伝子を制御する可能性がある

β-エレメンの化学構造に基づき,β-エレメンの有効な標的をPharmMapper(16)16) X. Wang, Y. Shen, S. Wang, S. Li, W. Zhang, X. Liu, L. Lai, J. Pei & H. Li: Nucleic Acids Res., 45, W1 (2017).およびTCMSP(コラム欄参照)によって予測した.74個の差次的遺伝子とβ-エレメンの有効標的が重なる遺伝子は,肥満による疾患の治療薬となる可能性がある.図2a図2■β-エレメンが肥満による差次的遺伝子を制御すると予測されるターゲット(文献6より一部改変)では,β-エレメンの有効なターゲットとその相互作用が予測されている.また,β-エレメンの標的遺伝子とKEGG経路の相互作用を図2b図2■β-エレメンが肥満による差次的遺伝子を制御すると予測されるターゲット(文献6より一部改変)で示し,相互作用の度合いを描画の大きさで示した(遺伝子は三角形で,KEGG経路は矢印で示す).さらに,Musculusデータベース(マウスに関する生物効能経路を調査できるデータベース)をもとに,β-エレメンの標的遺伝子(ピンク)とその近傍遺伝子(青)を取得した.続いて,2種類のフィルタパラメータ,間隔中心性(betweenness centrality, BC)と次数中心性(degree centrality, DC)を算出した.上位30%のBC遺伝子をフィルタリングした後,上位5%のDC遺伝子をコアネットワークとした(図2c図2■β-エレメンが肥満による差次的遺伝子を制御すると予測されるターゲット(文献6より一部改変)).最終的に,マリーンダブルミニッツ2(Mdm2)とRas関連C3ボツリヌス毒素基質1(Rac1)が予測される標的のネットワークトポロジーにおけるコア遺伝子であるように思われた.この二つの遺伝子は,マクロファージの極性を制御し,インスリンシグナル伝達経路を制御することが報告されている(17, 18)17) M. J. Khandekar, P. Cohen & B. M. Spiegelman: Nat. Rev. Cancer, 11, 886 (2011).18) Y. Pacheco, C. X. Lim, T. Weichhart, D. Valeyre, A. Bentaher & A. Calender: Trends Immunol., 41, 286 (2020)..抗腫瘍効果に加えて,β-エレメンはマクロファージ機能を制御するメディエーターである可能性を示唆するものであった.この予測を評価するために,肥満マウスモデルを用いて,β-エレメンが体内でMdm2とRac1のmRNA発現を調節する効果を調べた(図2d, e図2■β-エレメンが肥満による差次的遺伝子を制御すると予測されるターゲット(文献6より一部改変)).その結果,HFDによってMdm2Rac1のmRNA発現が著しく上昇し,β-エレメンはこれらの上昇を逆転させることがわかった.

図2■β-エレメンが肥満による差次的遺伝子を制御すると予測されるターゲット(文献6より一部改変)

(a)肥満による差次的遺伝子に対するβ-エレメンの薬物標的.(b)肥満による差次的遺伝子におけるβ-エレメンのターゲットと制御経路間の相互作用.(c)肥満による差次的遺伝子に対するβ-エレメンのターゲットとネットワークのトポロジー.(d)肥満マウスの精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞マクロファージにおけるMdm2の発現量.(e)肥満マウスの精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞マクロファージにおけるRac1の発現量.Control: 対照群通常食,HFD: 高脂肪食,HFD+β-Ele: HFD: 高脂肪食を与えたマウスにβ-エレメンを投与した,EAT: 精巣上体脂肪組織,Mφs: マクロファージ.mean±SEM (n=3-4) #p<0.1; *p<0.05; **p<0.01.

3. β-エレメンは,実験的精巣上体脂肪組織におけるM1とM2マクロファージのバランスを調節する

β-エレメンのマクロファージ極性制御効果を検証するために,体外でリポポリサッカライド(Lipopolysaccharide; LPS)誘発および体内で肥満誘発実験を行った.β-エレメンは,精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞培養のマクロファージにおいて,LPS誘発炎症群と比較してM1マクロファージ比率を有意に低下させ,M2マクロファージ比率を上昇させることが確認された(図3a~c図3■β-エレメンの白色脂肪組織におけるLPS添加および肥満マウスの脂肪組織マクロファージに対する制御効果(文献6より一部改変)).同様に,肥満モデル(図3d図3■β-エレメンの白色脂肪組織におけるLPS添加および肥満マウスの脂肪組織マクロファージに対する制御効果(文献6より一部改変))において,β-エレメン群は,肥満群と比較してM1マクロファージ比率をダウンレギュレートしたが,M2マクロファージ比率は変化しなかった(図3e, f図3■β-エレメンの白色脂肪組織におけるLPS添加および肥満マウスの脂肪組織マクロファージに対する制御効果(文献6より一部改変)).この結果は,肥満がマクロファージの機能障害を誘導していることを示唆するものであった.さらに,β-エレメンがMdm2Rac1の制御に影響を及ぼしている可能性を見出した.以前の研究では,β-エレメンは胃がん細胞においてp21活性化プロテインキナーゼ・インタラクト・プロテイン1(PAK1IP1)の高発現を誘導し,PAK1IP1はp53-Mdm2経路を介してがん細胞の増殖を抑制することが明らかになっている(19)19) J. S. Liu, S. C. He, Z. L. Zhang, R. Chen, L. Fan, G. L. Qiu, S. Chang, L. Li & X. M. Che: Oncol. Rep., 32, 2635 (2014)..さらに,β-エレメンは,RAC1/MLK3/p38シグナル伝達経路を調節することにより,敗血症関連脳症を治療することも示唆されている(20)20) C. Pan,Y. Si, Q. Meng, L. Jing, L. Chen, Y. Zhang & H. Bao: Front. Neurosci., 13, 1 (2019).Mdm2はAKTによって活性化され,p53を分解し,肥満におけるインスリンシグナルの下流の細胞周期チェックポイントの活性化を防ぐ(17)17) M. J. Khandekar, P. Cohen & B. M. Spiegelman: Nat. Rev. Cancer, 11, 886 (2011).,一方,Rac1はマクロファージの形態(18)18) Y. Pacheco, C. X. Lim, T. Weichhart, D. Valeyre, A. Bentaher & A. Calender: Trends Immunol., 41, 286 (2020).および極性を制御することが報告されている(21)21) A. P. Wheeler, C. M. Wells, S. D. Smith, F. M. Vega, R. B. Henderson, V. L. Tybulewicz & A. J. Ridley: J. Cell Sci., 119, 2749 (2006)..本研究では,β-エレメンが肥満マウスの精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞マクロファージのMdm2およびRac1のmRNA発現を減少させることが判明した.この結果より,β-エレメンがMdm2またはRac1関連経路を介して脂肪組織のマクロファージの分極を制御する可能性を示唆している.従って,β-エレメンはマクロファージを介した肥満による炎症の治療薬となる可能性があることわかった.更なる予測を検証するために,本研究では実験的検証も行った.

図3■β-エレメンの白色脂肪組織におけるLPS添加および肥満マウスの脂肪組織マクロファージに対する制御効果(文献6より一部改変)

(a)フローサイトメトリー解析のために,体外でLPSを添加した精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞(SVCs)の細胞培養系を用意した.(b~c)精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞をLPS (10 µg/mL)およびβ-エレメン(10 µg/mL)で培養した.72時間培養後,フローサイトメトリーにより,精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞のCD206CD11c M1マクロファージ.(b)およびCD206CD11c M2マクロファージ(c)を測定した.(n=12)Control: 対照群,LPS: LPS (10 µg/mL)添加による間質性血管細胞,LPS+β-Ele: β-エレメン(10 µg/mL)処理と合わせてLPS (10 µg/mL)添加を行った.(d)マウス肥満モデルの実験デザインを示した.(e, f)各マウスから精巣上体脂肪組織の間質性血管細胞を得た後,フローサイトメトリーにより,CD206CD11c M1マクロファージ.(e)およびCD206CD11c M2マクロファージ(f)を測定した(n=14).Control: 対照群通常食,HFD: 高脂肪食,HFD+β-Ele: 高脂肪食を与えたマウスにβ-エレメンを投与した,EAT: 精巣上体脂肪組織,Mφs: マクロファージ.mean±SEM *p<0.05; ***p<0.001; ****p<0.0001.

コンドロイチン硫酸の結腸直腸がん治療への効果(22)

結腸直腸がんは,世界で2番目に多い死因と見なされている(23)23) K. Van Der Jeught, H. C. Xu, Y. J. Li, X. Bin Lu & G. Ji: World J. Gastroenterol., 24, 3834 (2018)..5年生存予後は結腸直腸がんの腫瘍期に大きく依存し,I期結腸直腸がんでは90%以上,IV期結腸直腸がんでは10%近くが生存する(2424) N. N. Keum & E. Giovannucci: Nat. Rev. Gastroenterol. Hepatol., 16, 713 (2019).).結腸直腸がんの治療は,主に手術に補助化学療法とネオアジュバント放射線療法と組み合わせたものである(25)25) R. Demisse, N. Damle, E. Kim, J. Gong, M. Fakih, C. Eng, L. Oesterich, M. McKenny, J. Ji, J. Liu et al.: JNCCN J. Natl. Compr. Cancer Netw., 18, 798 (2020)..しかし,これらの治療法は多くの副作用を伴い,結腸直腸がんを効果的に治癒させることは証明されていなかった.したがって,結腸直腸がんの表現型や腫瘍のステージを決定するハブ遺伝子やバイオマーカーを同定することは,がん治療のために有意義である.GEOデータベースとネットワーク薬理学に基づいて,結腸直腸がんを治療する天然物選別を試みた(2626) T. Barrett, S. E. Wilhite, P. Ledoux, C. Evangelista, I. F. Kim, M. Tomashevsky, K. A. Marshall, K. H. Phillippy, P. M. Sherman, M. Holko et al.: Nucleic Acids Res., 41, D991 (2013).).タンパク質とリガンドの相互作用パターンから,活性分子の対応する薬理作用を予測することができた(2727) D. Schaller, D. Šribar, T. Noonan, L. Deng, T. N. Nguyen, S. Pach, D. Machalz, M. Bermudez & G. Wolber: Wiley Interdiscip. Rev. Comput. Mol. Sci., 10, e1468 (2020).).活性化合物の化学構造とGEOデータセットに基づき,コンドロイチン硫酸が結腸直腸がんを治療する代替薬になる可能性があると予測された.コンドロイチン硫酸は,牛や豚などの陸上生物圏やサメ,サケ,イカなどの海洋生物圏から抽出され,体内で動脈硬化の発症やがんの進行に重要な役割を果たすことが報告されている(28)28) A. D. Theocharis, I. Tsolakis, G. N. Tzanakakis & N. K. Karamanos: Adv. Pharmacol., 53, 281 (2006)..体外から摂取するサプリメントとして,コンドロイチン硫酸は変形性関節症の治療に初めて導入されたが(29)29) D. Uebelhart: Osteoarthritis Cartilage, 16, S19 (2008).,結腸直腸がんの治療薬であることはほとんど報告されていない.この予測は,実験的にも確認された.われわれは,コンドロイチン硫酸がHCT-116細胞(ヒト結腸直腸がん細胞株)のアポトーシスまたは細胞死を増加させ,結腸直腸がんを治療することを示唆する結果を得た.コンドロイチン硫酸が将来の結腸直腸がん治療における代替薬の可能性を強調するものである.

1. GEOデータベースに基づく結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子発現

GSE21510, GSE24514, GSE8671シリーズ(GSEシリーズはGEOデータベースにおけるデータセット)に基づき,Rソフトウェアを用いて結腸直腸がんと対照群の間差次的遺伝子を解析した.三つのデータセットの差次的発現遺伝子を区別するためのフィルター値は,p-value <0.05および|log2FC (fold change)| >0.3であった.ヒートマップには,結腸直腸がんにおける代表的な遺伝子の発現レベル(結腸直腸がんと対照群組織間における発現量上位10個と下位10個遺伝子)を示した(図4a図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)).三つのデータセットから重複する2055個の差次的遺伝子(図4b図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変))が重要な差次的遺伝子として同定された.

図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)

(a)データセットGSE21510, GSE24514, GSE8671における結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子の判定(結腸直腸がんの赤色と緑色のスポットはそれぞれ対照群組織間と比較して上昇した遺伝子と下降した遺伝子で分類).(b)データセットGSE21510, GSE24514, GSE8671での差次的遺伝子のベン図.(c)結腸直腸がんによる差次的遺伝子におけるコンドロイチン硫酸のターゲット同定.(d)コンドロイチン硫酸の伝達経路と関連ターゲット遺伝子間の相互作用.(e)結腸直腸がんによる差次的遺伝子におけるコンドロイチン硫酸の薬物標的.(f)HCT-16細胞のPCNAの発現量.(g)HCT-16細胞のPPP1CBの発現量.Con: HCT-116対照群,CS: HCT-116とコンドロイチン硫酸共培養群.mean±SEM (n=5) *p<0.05.

2. 結腸直腸がん誘発差次的遺伝子に対するコンドロイチン硫酸の予測ターゲット

天然物は化学薬品と比較して,安全で副作用がなく,複数の治療標的を持つ利点があるため,様々な疾患の治療のための関連薬品開発において有望視されている.変形性関節症の治療薬として登場したコンドロイチン硫酸は,結腸直腸がんの治療にも効果があると予測された.コンドロイチン硫酸の構造を基に,PharmMapper ServerとTCMSPによって有効な標的を予測することができた.図4b図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)に示すGEOサンプルの 差次的遺伝子とコンドロイチン硫酸の予測された標的の重複は,結腸直腸がんの治療におけるコンドロイチン硫酸が標的である可能性を示唆している.また,図4c図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)では,コンドロイチン硫酸の有効なターゲットとその相互作用が予測された.コンドロイチン硫酸の標的遺伝子と分子機能関連経路の相互作用は,図4d図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)に示した.相互作用の程度は,描画の大きさで示した(遺伝子は三角形で,分子機能は矢印で示した).図4d図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)から,増殖細胞核抗原(PCNA)が分子機能関連経路との親和性が最も高く,コンドロイチン硫酸の標的遺伝子はGO:0016829(リアーゼ活性)およびGO:0000287(マグネシウムイオン結合)を調節できることを示した.さらに,Homo sapiensデータベースを基に,図4c図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)のコンドロイチン硫酸の標的遺伝子とその近傍遺伝子を解析した.フィルタリングパラメータとして,BCとDCの2種類を算出した.上位30%のBCをフィルターにかけた後,上位10%のDC遺伝子をコアネットワークとした.最終的に,図4e図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)に示すように,PCNAとプロテインホスファターゼ1β(PP1CB)が予測される標的のネットワークトポロジーの重要遺伝子であると思われた.特に,PCNAは大腸細胞増殖のバイオマーカーであることが報告されている(30)30) F. J. G. M. Kubben, A. Peeters-Haesevoets, L. G. Engels, C. G. Baeten, B. Schutte, J. W. Arends, R. W. Stockbrugger & G. H. Blijham: Gut, 35, 530 (1994)..また,コンドロイチン硫酸はHCT-116細胞においてPCNAPP1CBのmRNA発現レベルを低下させることがわかった(図4f, g図4■GEOデータベースを用いた結腸直腸がんと対照群組織間の差次的遺伝子解析とコンドロイチン硫酸による結腸直腸がんの治療予測(文献22より一部改変)).この結果は,コンドロイチン硫酸が結腸直腸がんの治療において効果を持つ可能性を示唆している.

3. 実験的検証に基づく結腸直腸がんに対するコンドロイチン硫酸の効果

コンドロイチン硫酸の結腸直腸がんに対する治療メカニズムを探るために,ヒト結腸直腸がん細胞株HCT-116を使用した.アポトーシスアッセイにより,コンドロイチン硫酸は24時間培養でHCT-116細胞のアポトーシス率を有意に増加させたが,細胞死には影響を与えなかった.一方,コンドロイチン硫酸による死細胞は,培養48時間後に明らかに増加し,その状態は培養72時間後も続いた(図5a, b図5■結腸直腸がん細胞株におけるコンドロイチン硫酸のアポトーシスおよび増殖能への影響.(文献22より一部改変)).さらに,図5c, d図5■結腸直腸がん細胞株におけるコンドロイチン硫酸のアポトーシスおよび増殖能への影響.(文献22より一部改変)に示したように,結腸直腸がん細胞の増殖能を解明するために,細胞浸潤および細胞遊走アッセイを実施した.低分子化合物の化学構造に基づき,変形性関節症の代替医療として栄養補助食品に使用されている硫酸化グリコサミノグリカンであるコンドロイチン硫酸は,結腸直腸がんの治療が可能であると予測された.コンドロイチン硫酸の潜在的な薬物ターゲットは,PCNAPPP1CBである.PCNAは,ヒト大腸細胞の増殖を研究するための新しいマーカーであると思われ(30)30) F. J. G. M. Kubben, A. Peeters-Haesevoets, L. G. Engels, C. G. Baeten, B. Schutte, J. W. Arends, R. W. Stockbrugger & G. H. Blijham: Gut, 35, 530 (1994).PCNAの高発現は大腸腺がんの予後的意義がある(31)31) Y. J. Ho, Y. M. Lin, Y. C. Huang, B. Shi, K. T. Yeh, Z. Gong & J. W. Lu: Res. Commun., 494, 173 (2017)..これらの予測は,コンドロイチン硫酸が結腸直腸がんの形成と進行に影響を与えることを支持した.さらに,コンドロイチン硫酸の結腸直腸がんへの影響を解明するために,HCT-116細胞株に関連した実験的検証を行った.その結果,コンドロイチン硫酸はHCT-116細胞のアポトーシスまたは死細胞の比率を有意に増加させることがわかった.この結果は,コンドロイチン硫酸が結腸直腸がんの治療に効果がある可能性を示唆している.

図5■結腸直腸がん細胞株におけるコンドロイチン硫酸のアポトーシスおよび増殖能への影響.(文献22より一部改変)

(a)フローサイトメトリーによるアポトーシスアッセイにおけるHCT-116細胞の細胞状態の違い.(b)コンドロイチン硫酸との培養後の細胞のアポトーシスおよび死滅状況(24, 48, 72時間)(n=6あるいは9).(c)コンドロイチン硫酸によるHCT-116細胞の移動阻害(×40%)(n=6).(d)コンドロイチン硫酸によるHCT-116細胞の侵襲阻害(×40%)(n=4).Con: HCT-116対照群,CS: HCT-116とコンドロイチン硫酸共培養群.mean±SEM *p<0.05; **p<0.01; ***p<0.001.

おわりに

バイオインフォマティクス,腸管免疫学,腫瘍制御学,神経科学に関する基礎研究と,現代製薬プロセスを用いた産学研究統合により,天然物を用いた疾病治療のために臨床医薬品や製品を開発し,医療産業の発展と人々の生活水準の向上を目指している(図6図6■今後の展望, Biorenderを使って作成した).新薬の開発の効率化と開発コストの低減のため,バイオインフォマティックスと組み合わせた研究手法の開発と実践に今後も取り組みたい.

図6■今後の展望

Acknowledgments

本研究は,東京大学大学院農学生命科学研究科で行われたものです.東京大学大学院農学生命科学研究科の八村敏志准教授,田之倉 優教授,京都大学の宮川拓也准教授のご指導に心より感謝申し上げます.特に,田之倉教授には,本賞に推薦して頂いたことに深く御礼申し上げます.今まで研究を続けることができたのはご指導頂いた先生方,共同研究者の皆様や先輩方のおかげです.最後に,いつも支えていただいた両親に心から感謝します.

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