解説

ついに明らかになった抗真菌剤アムホテリシンBイオンチャネルの膜中構造固体NMRと計算科学による天然有機化合物の会合体の研究

Elucidation of Ion Channel Structure and Mechanism of Action of Amphotericin B, an Antifungal Agent: Mechanism of Action of Natural Product Drug Elucidated by Solid-State NMR and Computational Science

Yuichi Umegawa

梅川 雄一

大阪大学大学院理学研究科

Wataru Shinoda

篠田

岡山大学異分野基礎科学研究所

Michio Murata

村田 道雄

大阪大学大学院理学研究科

Published: 2023-09-01

抗真菌剤・アムホテリシンBはタンパク質に結合することなしに,薬理活性を示す医薬品である.この抗生物質は,真菌類の細胞膜に含まれるエルゴステロールと特異的に複合体を形成することによって,膜を貫通する形で筒状の自己会合体(樽板型)を形成し,その孔を通ってイオンが移動することによって殺菌作用を示すとされてきた.しかし長年,この樽板型構造は実験的に解明されることはなかった.脂質膜中でのみ形成される分子集合体の構造研究については,抗菌ペプチドなどで例があるのみで,非ペプチド性化合物(いわゆる天然物)ではほとんど報告されていなかった.これは,ペプチドと異なり,NMRで観測するための同位体標識を天然物に導入するのが困難であったことが理由であると考える.今回,筆者らがこの難題に取り組み,原子レベルで会合体構造の解明に成功したことによって,今後の新薬開発等への応用研究が進むことが大いに期待される.

Key words: 天然有機化合物; 抗真菌剤; 脂質二重膜; 固体NMR; 分子動力学計算

抗真菌剤アムホテリシンB

アムホテリシンB(amphotericin B; AmB)は1955年に放線菌Streptomyces nodosusから単離された化合物で(1, 2)1) R. Donovick, W. Gold, J. F. Pagano & H. A. Stout: Antibiot. Annu., 3, 579 (1955).2) E. T. Stiller, J. Vandeputte & J. L. Wachtel: Antibiot. Annu., 3, 587 (1956).,深在性真菌症の治療薬としては最も古い部類に入る.分子構造は,親水性のポリオールとアミノ糖であるマイコサミン,および疎水性のヘプタエン構造を持つ両親媒性のマクロラクトンである(図1図1■(A)AmBの化学構造).両親媒性が故に水,有機溶媒への溶解性が低く,消化管からの吸収も低い.製剤としてはAmBをデオキシコール酸と混合したファンギゾンは腎臓に対する強い副作用を伴う.またAmBをリポソーム内に封入し,副作用の低減を狙ったAmBisomeも使用されており,深在性真菌症治療では依然としてAmBは唯一無二の存在となっている(3)3) S. Hartsel & J. Bolard: Trends Pharmacol. Sci., 17, 445 (1996)..特に2021年新型コロナウイルスCOVID-19の感染拡大に伴い,インドにおいて,ステロイド治療患者にムコール症と呼ばれる真菌感染症を併発する患者が急増した.一度感染すると急速に進行し,死に至るケースも少なくない.AmBはこのムコール症に対する特効薬として広く投与された.また,AmBには耐性菌が生じにくいという特徴もあり,古い薬ながら最後の砦として頼りになる抗真菌薬であり続けている.

図1■(A)AmBの化学構造

親水性部位を桃色,疎水性部位を黄色で示している.(B)Erg, Choの化学構造.(C)代表的な不飽和リン脂質POPCの構造.

AmBの作用機構と樽板モデル

人工的脂質二重膜を用いて,Kなどのイオン透過性を電気的に測定する実験がよく行われる.これらの実験から,AmBは脂質二重膜中にポアを形成しイオン透過性を上昇させることが示され,細胞内外のイオンバランスを崩壊させることで真菌を死滅させると考えられてきた(4)4) L. N. Ermishkin, Kh. M. Kasumov & V. M. Potzeluyev: Nature, 262, 698 (1976)..また,細胞膜に含まれるステロールの違いを認識し,ヒト細胞膜のコレステロール(Cho)よりも真菌細胞膜のエルゴステロール(Erg)に対して高い親和性を持つことが選択毒性の由来であるとされていた(5)5) A. Vertut-Croquin, J. Bolard & C. M. Gary-Bobo: Biochem. Biophys. Res. Commun., 125, 360 (1984)..1971年にX線結晶構造解析から分子構造が完全に決まると(6)6) P. Ganis, G. Avitabile, W. Mechlinski & C. P. Schaffner: J. Am. Chem. Soc., 93, 4560 (1971).,ほどなくしてde Kruijffらによって樽板モデルとよばれるAmB-ステロール複合体の構造が提唱された(7)7) B. de Kruijff & R. A. Demel: Biochim. Biophys. Acta, 339, 57 (1974)..このモデルによると,AmBが8分子で親水性ポリオール部位を内側に向け円形に自己集合することで親水性のポアを形成する.外側に位置する疎水性ヘプタエン部位でステロール分子やリン脂質と相互作用する.またAmBの分子長軸の長さと脂質二重膜の厚みを考慮し,2階建て構造で細胞膜を貫通するポア(イオンチャネル)を形成するモデルであった(図2A図2■(A)De Kruijffらによって提唱された樽板モデルの模式図.親水的なポリオール部位(ピンク)でイオン透過性のポアを形成し,疎水性部位(黄色)でステロールやリン脂質と相互作用している.8分子のAmBからなる会合体が上下に2つ繋がることで膜を貫通すると考えられていた.(B)我々が明らかにしたAmBイオンチャネル複合体の模式図.AmB7分子からなる複合体が単分子長で脂質二重膜を貫通している.).この構造はそれまでの電気生理学的な実験,ステロール選択性を合理的に説明できたために多くの研究者の支持を集め,それ以降のAmB研究に関する基盤となっていった.一方で,このモデル構造を実験的に証明することは非常に困難であり,その後50年近く詳細は不明であった.我々は固体NMR測定を用いることで,複合体形成に関わる相互作用を詳細に解析し,チャネルの構造を原子レベルで明らかにするとともに薬理作用と副作用の由来を解明することができた(8)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022).

図2■(A)De Kruijffらによって提唱された樽板モデルの模式図.親水的なポリオール部位(ピンク)でイオン透過性のポアを形成し,疎水性部位(黄色)でステロールやリン脂質と相互作用している.8分子のAmBからなる会合体が上下に2つ繋がることで膜を貫通すると考えられていた.(B)我々が明らかにしたAmBイオンチャネル複合体の模式図.AmB7分子からなる複合体が単分子長で脂質二重膜を貫通している.

脂質膜中の複合体構造と固体NMR

脂質膜中における分子の構造解析を困難にしているのには2つの大きな要因がある.1つの要因は,細胞膜中で分子は膜平面方向にはほぼ自由に動けるが,膜法線方向の動きは比較的少ないことである.このような“異方的”な環境では,化学における構造解析の主力である溶液NMR測定法の適用は極めて限定的になる.もう1つの要因は,細胞膜が非結晶性の分子集合体という性質を持つためである.このため,3次元構造を解析する最も強力なX線結晶構造解析も適用困難である.

このような細胞膜特有の環境における構造解析法として,1990年代ごろから固体NMRが注目されるようになった.固体NMR法では膜面に対する分子の方向(配向)や分子中または分子間の原子間距離といった空間的な情報を取得可能であり,これらの情報を基に分子会合体の三次元的な構造を組み上げていくことができる.溶液NMR法と異なり13Cや15Nといった安定同位体による分子標識が必要であるという点で実験的な難易度が上がるが,標識化が比較的容易なペプチドやタンパク質においては固体NMRの有用性が示され,膜中での構造研究が数多く報告されている(9, 10)9) H. Saitô & A. Naito: Biochim. Biophys. Acta, 1768, 3145 (2007).10) V. S. Mandala, J. K. Williams & M. Hong: Annu. Rev. Biophys., 47, 201 (2018)..一方で,非周期的な構造を持つ天然物では化学合成による標識導入が必要となり,その適用例は限られていた(11)11) S. Matsuoka & M. Inoue: Chem. Commun., 5664 (2009)..天然物ではないが,ペプチド以外の研究としては,膜脂質そのものの立体配座を固体NMRと同位体標識を用いて解明した例などが知られている(12, 13)12) S. Hanashima, K. Murakami, M. Yura, Y. Yano, Y. Umegawa, H. Tsuchikawa, N. Matsumori, S. Seo, W. Shinoda & M. Murata: Biophys. J., 117, 307 (2019).13) H. Akutsu: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1862, 183352 (2020)..我々はこの固体NMR法に着目し,本手法を脂質二重膜中で形成されるAmBチャネル複合体の構造解析に用いることにした.例えば回転エコー二重共鳴(REDOR)法(14)14) T. Gullion & J. Schaefer: J. Magn. Reson., 81, 196 (1989).は2種の異なるNMR核種間の距離を精密に測定できる方法であり,例えば,13C/19Fの組合せでは10Åを超える長距離測定も可能である.原子間距離に応じたNMR信号の減衰(REDOR減衰)が観測され,その大きさを理論式でフィットすることで原子間距離を求める.この手法を用いることで,AmB-AmBまたは,AmB-Erg間の距離を精密に求め,分子間の位置関係を明らかにすることを試みた(図3A図3■固体NMRを用いたAmBチャネル複合体の構造解析のアプローチ).これに加えて,一つのイオンチャネルを形成するために必要なAmBの分子数(会合数)は19F CODEX法(15)15) R. Mani, S. D. Cady, M. Tang, A. J. Waring, R. I. Lehrer & M. Hong: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 16242 (2006).を用いて推定することにした.この手法は19F核のスピン拡散を利用するもので,19F NMRの信号強度が会合数の逆数に減衰する性質を持つ(図3B図3■固体NMRを用いたAmBチャネル複合体の構造解析のアプローチ).さらにAmBの膜貫通様式は緩和時間促進(PRE)法(16)16) J. J. Buffy, T. Hong, S. Yamaguchi, A. J. Waring, R. I. Lehrer & M. Hong: Biophys. J., 85, 2363 (2003).を用いることとした.この方法では脂質二重膜の深度依存的に信号が減衰し,脂質膜中での分子の存在位置を見積もることが可能である(図3C図3■固体NMRを用いたAmBチャネル複合体の構造解析のアプローチ).

図3■固体NMRを用いたAmBチャネル複合体の構造解析のアプローチ

(A)REDOR法では標識原子間の距離を求めることが可能であり,距離情報を基に隣り合う分子間がどのように隣接しているかを解析する.(B)CODEX法では一つのチャネルを形成するために必要なAmB分子数を見積もることが可能である.(C)PRE法では脂質膜中での標識原子の深度が分かり,AmB複合体が一階建てか二階建てかが判別可能である.

AmB標識体の調製

固体NMR測定のため,まずはAmBをNMR観測核種で標識することを行った.AmBは分子量923の中分子であり,大きな標識官能基の導入はAmB自身の化学的,物理的性質を失う可能性がある.また,標識位置でのNMR情報とAmBチャネル複合体の構造を効率よく結びつけるためには,リンカー等は介さずAmBの炭素骨格に直接標識原子を導入することが望ましい.

AmBは実験室で生産菌を培養することで比較的容易に入手することが可能である.この際に培地に13Cを含む栄養源を添加しておくことで,生合成経路にしたがって,AmB炭素の特定の位置に13Cを導入できる(17)17) C. M. McNamara, S. Box, J. M. Crawforth, B. S. Hickman, T. J. Norwood & B. J. Rawlings: J. Chem. Soc., Perkin Trans., 1, 83 (1998)..我々はこの方法を用いて,培地に様々な標識前駆体を添加し,対応するAmB標識体を得た(図4図4■13C標識AmBの調製法(8, 18)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022).18) T. Yamamoto, Y. Umegawa, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, N. Matsumori, K. Funahashi, S. Seo, W. Shinoda & M. Murata: Biochemistry, 58, 5188 (2019).

図4■13C標識AmBの調製法

放線菌を,13C前駆体を含む培地で培養し,生合成的に得る方法(上)と化学合成でピンポイントに標識する方法(下)を用いることで,複数の固体NMR測定法に対応できるよう工夫した.

一方で,生合成的手法では任意の位置に13Cを導入することや,そもそも生体中に存在しない元素(例えば19F)で標識することができない.そこで,化学合成により標識体の調製を行った.我々は市販品から短工程でAmBの頭部に直接19Fを導入する方法を開発した(19)19) N. Matsumori, Y. Umegawa, T. Oishi & M. Murata: Bioorg. Med. Chem. Lett., 15, 3565 (2005)..また,不斉炭素が連続する親水性部位を天然物から,疎水性部分は有機合成で調製し,これら2つをカップリングさせるハイブリッド合成法を確立した(20)20) H. Tsuchikawa, N. Matsushita, N. Matsumori, M. Murata & T. Oishi: Tetrahedron Lett., 47, 6187 (2006)..これら手法を用いることで,親水性頭部と疎水性ヘプタエン部に19Fを導入したAmB(14-F-AmBと32-F-AmB,図5図5■有機合成化学を用いたAmBの19F標識化)を合成した(21)21) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016)..また同様の合成法を使用することで,位置選択的に13Cを導入した標識体(26,40-13C2-AmB,図4図4■13C標識AmBの調製法)も合成した(8)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022).

図5■有機合成化学を用いたAmBの19F標識化

各標識体は天然のAmBと同程度の溶血活性,および抗カビ活性を保持していることを確認している.

Ergも同様に化学合成的手法で13Cを導入した.構造解析を効率的に行うため,Ergの両末端,即ち側鎖末端または頭部ステロイド骨格にそれぞれ13Cを導入した,26,27-13C2-Erg(22)22) Y. Umegawa, Y. Nakagawa, K. Tahara, H. Tsuchikawa, N. Matsumori, T. Oishi & M. Murata: Biochemistry, 51, 83 (2012).および4-13C-Erg(21)21) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016).を調整した(図6図6■13C標識Ergの化学合成ルート).

図6■13C標識Ergの化学合成ルート

これら標識体を測定対象に応じて組み合わせ,代表的な不飽和リン脂質である2-オレオイル-1-パルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(POPC,図1C図1■(A)AmBの化学構造)中でチャネルを形成させることで,固体NMR測定試料とした.

固体NMR測定用のAmBを含んだ脂質膜の調製

固体NMR測定に用いる水和膜試料作成の大まかな手順を紹介する.まず,AmB, Erg, POPC(全量で15 mg程度)を有機溶媒に溶解させる.この時,必要に応じて標識体を用いる.次にエバポレーターで溶媒を留去することで,フラスコ内部に脂質フィルムを形成させる.この脂質フィルムを水1~2 mLで水和し,凍結融解を繰り返すことで多重膜リポソーム(MLV)を形成させる.このままでは固体NMR測定に必要な脂質濃度に達してないため,MLVを凍結乾燥させる.そして,試料重量と同量の重水で再度水和させ,固体NMR測定用の試料とした.

AmB-Erg間の分子間距離測定と相互作用様式

AmB-Erg間の相互作用様式を解明するため,固体NMR測定による分子間距離測定を試みた.これまで両分子は,AmBのマイコサミン部位とErgのヒドロキシ基間の水素結合により近接していると考えられていた(23~26)23) M. Croatt & E. Carreira: Org. Lett., 13, 1390 (2011).24) N. Matsumori, Y. Sawada & M. Murata: J. Am. Chem. Soc., 128, 10667 (2005).25) A. Neumann, M. Baginski & J. Czub: J. Am. Chem. Soc., 132, 18266 (2010).26) D. S. Palacios, I. Dailey, D. M. Siebert, B. C. Wilcock & M. D. Burke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 6733 (2011)..そこで,14-F-AmB/4-13C Ergの組合せで,AmB/Ergの頭部付近の距離情報を(図7A図7■AmB-Erg分子間の13C{19F}REDOR測定),また32-F-AmBと26,27-13C2-Ergで末端付近の距離情報を得ることを試みた(図7B図7■AmB-Erg分子間の13C{19F}REDOR測定).これら標識体の組合せで固体NMR測定を行うと,予想通りにREDOR減衰が確認でき,各標識部位間の原子間距離を求めることができた(21, 22)21) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016).22) Y. Umegawa, Y. Nakagawa, K. Tahara, H. Tsuchikawa, N. Matsumori, T. Oishi & M. Murata: Biochemistry, 51, 83 (2012).

図7■AmB-Erg分子間の13C{19F}REDOR測定

平行型の相互作用解析のため,14-F-AmB/4-13C-Erg/POPC(A),32-F-AmB/26,27-13C2-Erg/POPC(B)の試料を,反並行型の相互作用様式解析のため,32-F-AmB/4-13C-Erg/POPC(C),14-F-AmB/26,27-13C2-Erg/POPC(D)の試料を用いた.通常の13C NMRに相当するS0スペクトル(黒)と減衰後のスペクトルS(赤)およびそれらの差スペクトル(ΔS)を示しており,赤矢印が13C標識部位の信号である.REDOR減衰(ΔS/S0)を展開時間に対してプロットし,理論曲線でフィッティングすることで,13C-19F間の距離を算出した.これら原子間距離を基に,平行型(E),反並行型(F)の相互作用様式を探索した.

次に,AmBとErgの片側は頭部に標識を,もう一方は末端に標識を導入した標識体の組合せで同様に固体NMR測定を行った(図7C, D図7■AmB-Erg分子間の13C{19F}REDOR測定).従来の相互作用様式では標識部位間の距離が遠く,REDOR減衰は観測されないはずであったが,予想に反し,こちらの組合せでも明確なREDOR減衰が観測された(21, 22)21) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016).22) Y. Umegawa, Y. Nakagawa, K. Tahara, H. Tsuchikawa, N. Matsumori, T. Oishi & M. Murata: Biochemistry, 51, 83 (2012)..このことはAmBの頭部とErgの末端部位が近接した反並行型の相互作用様式を示唆していた.これは全く想定されていなかった相互作用様式であり,この固体NMR実験によってはじめて明らかになった.

REDOR測定から得られた距離を基に,AmB–Erg間の位置関係を検討した結果,図7E図7■AmB-Erg分子間の13C{19F}REDOR測定および図7F図7■AmB-Erg分子間の13C{19F}REDOR測定に示すような,AmBの疎水性面にErgのステロイド骨格が近接し,ファンデルワールス相互作用している様子が示唆された(21)21) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016).

AmB会合数とAmB-AmB間の分子間距離測定

AmBチャネル構造を決定するために必要不可欠な情報が,1つのチャネルを形成するために必要なAmB分子の数,即ち,AmBの会合数である.そこで,我々はHongらによって開発されたCODEX法(15)15) R. Mani, S. D. Cady, M. Tang, A. J. Waring, R. I. Lehrer & M. Hong: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 16242 (2006).を試みた.この方法では19F NMRの信号強度がNMR測定のパラメータである混合時間に応じて減衰し,最終的に会合数の逆数に収束するというものである.チャネル間の影響を抑えるため,19F原子がチャネル内部に位置している14-F-AmBを用いてCODEX測定を行った(図8図8■14-F-AmB/Erg/POPC膜での19F CODEX測定).その結果,19Fの信号は0.14に収束し,その逆数からAmBチャネルは7分子のAmBからなる会合体であることが示唆された(8)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022).

図8■14-F-AmB/Erg/POPC膜での19F CODEX測定

(A)19Fスピン拡散を行っていないスペクトルS0とスピン拡散により信号が減衰したスペクトル(S).(B)S/S0の値を混合時間に対してプロットし,指数関数によりフィッティングを行うことで,減衰値の収束する値を算出した.

次に隣接するAmB分子間の距離を求めるためREDOR測定を行った.原子間距離情報からAmB分子間の位置情報を得るためには,できるだけ多くの原子間で,かつ分子全体にわたって距離情報を得ることが必要である.そこで,14-F-AmB/skipped-13C-AmBの組み合わせから,頭部付近の距離情報を,32-F-AmB/26,40-13C2-AmBの組み合わせから末端付近の距離情報を得ることを試み,図9図9■AmB-AmB分子間の13C{19F}REDOR測定に示すようにAmBの計5か所において,分子間REDOR減衰を得ることに成功した.一方で14-F-AmB/26,40-13C2-AmBの組み合わせではREDOR測定を行っても,13C標識部位にはREDOR減衰はほとんど観測されなかった.このことから,AmBはお互いに頭部同士,末端同士が近接した平行型でチャネルを形成していることが明らかになった(8)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022)..以上AmB分子間で観測されたREDOR減衰からAmBチャネルの構造の構築を試みた.

図9■AmB-AmB分子間の13C{19F}REDOR測定

(A)14-F-AmB/skipped-13C-AmB/Erg/POPCの試料を用いた場合のREDOR測定結果.通常の13C NMRに相当するS0スペクトル(黒)と減衰後のスペクトルS(赤)およびそれらの差スペクトル(ΔS)を示している.C41, C1′,ヘプタエンの信号にREDOR減衰が確認できた.*はPOPC由来の信号.(B)各部位で観測されたREDOR減衰の値とチャネル構造解析から導かれた理論曲線.

NMR結果からAmBチャネルを組み立てるのは,50年前にKruijffらが分子モデルを用いて行ったことよく似た方法によって計算機上で行った.但し,今回はNMRから求めた原子間距離という実験結果に基づいていることが異なる.

AmB会合体の構造に関わるパラメータとして,AmB分子の脂質膜に対する配向の角度(α, β, γ),チャネル孔の半径(R),AmBの会合数(n)を変数とし(図10A図10■AmBのチャネルを構築するためのパラメータ(A)と探索に用いた範囲(B).(C)AmB分子間REDORを最もよく再現したパラメータの組み合わせと,その時のチャネル構造.(D)AmB-Ergの分子間REDOR測定の結果を組み込んだAmB-Ergチャネル複合体の構造.),AmBチャネル構造を網羅的に発生させた(図10B図10■AmBのチャネルを構築するためのパラメータ(A)と探索に用いた範囲(B).(C)AmB分子間REDORを最もよく再現したパラメータの組み合わせと,その時のチャネル構造.(D)AmB-Ergの分子間REDOR測定の結果を組み込んだAmB-Ergチャネル複合体の構造.).ここに,これまでに報告されているAmBの膜中での分子配向(27)27) T. Yamamoto, Y. Umegawa, M. Yamagami, T. Suzuki, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 58, 2282 (2019).やポアサイズ(28)28) T. Katsu, T. Imamura, K. Komagoe, K. Masuda & T. Mizushima: Anal. Sci., 23, 517 (2007).の実測データを組み込むことで,REDOR減衰の値を満たす構造の絞り込みを行った.NMR結果と比較するためには,19F標識体と13C標識体の隣り合う確率(p, p′)が必要になるが,これも同様に可能な範囲の変数とした.確率が2つあるのは,14-F-AmBと32-F-AmBでは化学的性状が異なるため,13C-AmB(13C標識は化学的性状に影響しない)と隣り合うことでREDOR減衰に寄与する確率が異なるためである.その結果,図10C図10■AmBのチャネルを構築するためのパラメータ(A)と探索に用いた範囲(B).(C)AmB分子間REDORを最もよく再現したパラメータの組み合わせと,その時のチャネル構造.(D)AmB-Ergの分子間REDOR測定の結果を組み込んだAmB-Ergチャネル複合体の構造.に示すような7分子会合体が最も良く固体NMR測定(図9B図9■AmB-AmB分子間の13C{19F}REDOR測定)の結果を再現する構造として求まった(8)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022)..初めに述べたように1974年に提唱された樽板モデル(7)7) B. de Kruijff & R. A. Demel: Biochim. Biophys. Acta, 339, 57 (1974).では8分子のAmBから成る会合体(上下合わせると16分子)を基本構造としていたが,本固体NMR測定から得られた結果は7分子会合体であり,従来の樽板モデルと違っていた.この7分子AmB会合体の構造に先に求めたAmB-Erg間の相互作用様式を組み込むことでAmB-Ergチャネル複合体の構造を初めて実験的に構築することに成功した(図10D図10■AmBのチャネルを構築するためのパラメータ(A)と探索に用いた範囲(B).(C)AmB分子間REDORを最もよく再現したパラメータの組み合わせと,その時のチャネル構造.(D)AmB-Ergの分子間REDOR測定の結果を組み込んだAmB-Ergチャネル複合体の構造.(8)8) Y. Umegawa, T. Yamamoto, M. Dixit, K. Funahashi, S. Seo, Y. Nakagawa, T. Suzuki, S. Matsuoka, H. Tsuchikawa, S. Hanashima et al.: Sci. Adv., 8, eabo2658 (2022).

図10■AmBのチャネルを構築するためのパラメータ(A)と探索に用いた範囲(B).(C)AmB分子間REDORを最もよく再現したパラメータの組み合わせと,その時のチャネル構造.(D)AmB-Ergの分子間REDOR測定の結果を組み込んだAmB-Ergチャネル複合体の構造.

AmBの脂質二重膜貫通様式と自己集合

AmBの疎水性部分の長さは約16Å程度である(29)29) K. N. Jarzembska, D. Kamiński, A. A. Hoser, M. Malińska, B. Senczyna, K. Woźniak & M. Gagoś: Cryst. Growth Des., 12, 2336 (2012)..これに対し,脂質二重膜の疎水性部位の厚みは26Åであるため(30)30) F. A. Nezil & M. Bloom: Biophys. J., 61, 1176 (1992).,樽板モデルに示した様にAmBは1分子長で脂質二重膜を貫通したチャネルを形成することは難しく,2階建て構造になっていると考えられてきた.そこで,これを実験的に検証し膜貫通様式を決定するためPRE法(16)16) J. J. Buffy, T. Hong, S. Yamaguchi, A. J. Waring, R. I. Lehrer & M. Hong: Biophys. J., 85, 2363 (2003).の適用を試みた.全炭素標識体[U-13C]AmBを用いて脂質膜試料を調製し,常磁性の二価マンガンMn2+の添加による信号の減衰を測定した(18)18) T. Yamamoto, Y. Umegawa, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, N. Matsumori, K. Funahashi, S. Seo, W. Shinoda & M. Murata: Biochemistry, 58, 5188 (2019)..測定には炭素信号の重複を避けるため,2次元NMR測定を用い(図11A図11■PRE法にAmBの膜深度解析(31)31) K. Takegoshi, S. Nakamura & T. Terao: Chem. Phys. Lett., 344, 631 (2001).,スペクトルのスライスを用いて信号強度比を算出した(図11B, C図11■PRE法にAmBの膜深度解析).また,この信号減衰をリン脂質分子やErgとも比較し,脂質二重膜中のAmBの各炭素の深度を推定した(図11D図11■PRE法にAmBの膜深度解析).従来の二階建てモデルが正しければAmBの頭部は膜表面に位置し,末端は膜中央部に位置しているため,水層に接しているAmBの頭部のみにPREによる信号の減衰が確認されるはずである.しかし,測定の結果,AmBの頭部,末端共に信号の減衰が観測され,AmBの両側が膜表面に位置していることが示された.このことからAmBは二階建て構造ではなく,1分子長の会合体で膜を貫通していることが明らかになった(18)18) T. Yamamoto, Y. Umegawa, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, N. Matsumori, K. Funahashi, S. Seo, W. Shinoda & M. Murata: Biochemistry, 58, 5188 (2019).

図11■PRE法にAmBの膜深度解析

二次元13C-DARRスペクトル(A)と1次元のスライス(B).Mn2+の添加前を黒色,添加後を赤で示している.(C)AmBの各炭素に観測されたPRE効果(値が小さいほどPREの効果が大きい).(D)AmB, Erg, POPCのPRE効果の比較.AmBの頭部,末端共にリン脂質のグリセロール部位と同程度のPRE効果が観測された.

前述の様にAmBと脂質二重膜の疎水性部位の長さには大きな差がある.従って,AmBが1分子長で膜を貫通するためには,AmB周囲の脂質分子が指組構造を取ることで,脂質二重膜の厚みを調整しているものと考えられる(図12図12■AmB会合体が集合してくる様子の模式図(32)32) T. S. Nguyen, P. M. M. Weers, V. Raussens, Z. Wang, G. Ren, T. Sulchek, P. D. Hoeprich Jr. & R. O. Ryan: Biochim. Biophys. Acta, 1778, 303 (2008)..この指組構造は通常の二重膜構造に比べエネルギー的に不利であるため,複数のAmBチャネルが形成された場合は,全体の指組構造の脂質数を減らすため,AmBチャネル同士が寄り集まり大きなAmBチャネルの集合体を形成する(図12図12■AmB会合体が集合してくる様子の模式図).このAmBチャネルの集合体が抗真菌活性の活性本体であると考えられる.

図12■AmB会合体が集合してくる様子の模式図

AmBチャネルの高さと脂質二重膜の厚さを合わせるために,AmB周辺の脂質分子は指組構造を取る.多数のチャネルが集合することによって指組脂質の分子数を減らすことができるので,チャネル構造を安定化できる.

分子動力学計算シミュレーションによるAmBチャネル活性の評価

固体NMR測定により,AmBチャネルの複合体構造,および膜貫通様式が明らかになった.しかし,この構造が実際にイオンチャネルとして機能するか否かは不明である.また,固体NMR測定から得られる構造はミリ秒オーダーでの平均構造であり,実際の膜中の分子会合体は常に揺らいでいる.イオン透過のようにナノ秒からマイクロ秒間で起こる現象をこの平均構造のみから再現するのは不可能である.そこで,NMRで得られた構造の妥当性を,分子動力学計算(MD)シミュレーションが再現したイオン透過過程をもとに判定することにした.

固体NMR測定から得られたAmBチャネル複合体を初期構造とし,MD計算を実行した(図13A図13■AmBチャネル複合体のMD計算).CHARMM力場(33, 34)33) J. B. Klauda, R. M. Venable, J. A. Freites, J. W. O’Connor, D. J. Tobias, C. Mondragon-Ramirez, I. Vorobyov, A. D. MacKerell Jr. & R. W. Pastor: J. Phys. Chem. B, 114, 7830 (2010).34) J. B. Lim, B. Rogaski & J. B. Klauda: J. Phys. Chem. B, 116, 203 (2012).を用いて全原子でのシミュレーションを行いMD計算後の構造と固体NMRによる構造がどの程度一致しているかをAmB分子間REDOR測定に用いた標識部位の原子間距離で評価したところ,固体NMR測定の結果とよく一致し,固体NMR測定から得られた構造がMD計算においても安定に存在することが確かめられた(図13B図13■AmBチャネル複合体のMD計算).また,MD計算からチャネル内部まで水が接触できる領域が確保されており,イオンチャネルとして機能することが示唆された.そこで,次に既報の単一チャネル電流測定の結果と直接の比較を行うため,脂質を電気生理学の研究で使用される1,2-ジフィタノイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DPhPC)に変更し,Kを添加するとともに,膜電位に相当する電場勾配を力場に組み込んだ(35~38)35) B. Roux: Biophys. J., 95, 4205 (2008).36) H. Rui, K. I. Lee, R. W. Pastor & W. Im: Biophys. J., 100, 602 (2011).37) D. P. Tieleman: BMC Biochem., 5, 10 (2004).38) R. A. Böckmann, B. L. De Groot, S. Kakorin, E. Neumann & H. Grubmüller: Biophys. J., 95, 1837 (2008)..また,AmBの会合数を6~8分子まで変化させてMD計算を実行し,AmBチャネルを通過したイオンの数からチャネル電流を計算した(図13C図13■AmBチャネル複合体のMD計算).その結果,驚くべきことに,7量体AmBチャネルは既報のチャネル電流値(39)39) R. A. Brutyan & P. McPhie: J. Gen. Physiol., 107, 69 (1996).とほぼ同じ値を示した.他方,6量体ではほとんどイオンを透過せず,8量体では実測値より遥かに大きな電流値となり,どちらも実験を再現しなかった.このことから,MD計算においてもAmBの活性本体はAmB7分子から成るチャネル複合体であることが示された.

図13■AmBチャネル複合体のMD計算

(A)MD計算の初期構造(上)と計算後のAmBチャネルの構造(下).水分子が接触可能な領域を青色で示しており,チャネル内部が水分子で満たされていることが分かる.(B)固体NMR測定から求められた構造とMD計算後の構造の比較.(C)AmBチャネルのK透過活性.異なるAmB会合数でMD計算を行い,実測値と比較した.(D)AmB-Erg複合体とAmB-Cho複合体のMD計算後の構造の比較.Choではチャネル構造が崩壊してAmBが凝集し,チャネル孔がふさがっている.(E)AmB-ステロール間の水素結合.(F),(G)水素結合(E)におよるエネルギー安定化,および原子間距離の動径分布関数.

さらに副作用の原因であるCho含有膜での挙動を解析するため,ErgをChoで置き換えた構造に対しても分子動力学計算を行い,ステロールの種類に応じてAmBの相互作用がどのように変化するかを解析した.MD計算の結果Choの場合はチャネル構造が不安定であり,ポア構造を維持できないことが分かった(図13D図13■AmBチャネル複合体のMD計算).そこで,AmBとステロール3位のヒドロキシ間の相互作用のエネルギーを比較したこところ(図13E, F図13■AmBチャネル複合体のMD計算),ErgがCho間に比べ優位に安定化に寄与しており,AmBと近接した位置に存在し易いことが明らかになった(図13G図13■AmBチャネル複合体のMD計算).この違いにより,AmB-Ergでは長寿命のイオンチャネル複合体が維持されるが,AmB-Choではチャネルの形成は一過的で,短寿命で崩壊することが示された.

AmBのステロール選択性と薬理活性,副作用

最後に本固体NMR測定およびMD計算から明らかになったAmBチャネル複合体の相互作用様式からAmBの薬理活性と副作用機構を推定した(図14図14■AmBの薬理作用と副作用の作用機構に関する想像図).AmBが投与されると細胞膜中にAmBのチャネルが形成される.すると,指組構造をとったAmB周囲の脂質分子はエネルギー的に不利であるので,この脂質の数を減らすために,AmBチャネルが集合し始める.このとき,Erg含有膜ではAmBチャネル複合体が安定であるため,AmBチャネルの集合が継続的に進行し,AmBチャネルの大きな集合体が形成され周囲の脂質分子とは相分離状態になる.このAmBチャネルの大きな集合体こそが,AmBの薬理活性の本体であると考えている.一方でCho含有膜ではAmB, Choからなるチャネルが形成されるが,AmB-Cho間の相互作用が不安定であるため,複合体構造が崩壊しAmBが凝集する.この一過性に形成されるイオンチャネルがAmBの副作用の所以であると考えられる.また凝集したAmBは脂質二重膜から脱離し,脂質膜中でのAmBの有効濃度が低下する.これが,AmBがErg膜に対する選択毒性を発現する由来であると推定している.

図14■AmBの薬理作用と副作用の作用機構に関する想像図

おわりに

本研究により発見から70年近く未解明であったAmBの活性発現機構の詳細が明らかになり,今後,副作用を低減した新薬の開発等の契機になると期待している.本成果は生合成,化学合成を駆使した標識体の調製,固体NMRによる精密な分子間相互作用の解析,そして分子シミュレーションを組み合わせることによって達成された.本アプローチは手間ひまが要るが,複雑な構造をもつ天然有機化合物の作用機構解明にも有用であると考えている.

Acknowledgments

本解説の研究は,主に村田・梅川(大阪大学)と篠田(名古屋大学,現岡山大学)の所属した研究室で行われた.研究成果の大部分は2つの研究室で実際に研究を遂行した以下の方々に帰するものであり,深く感謝する.松森信明博士と大石徹博士(現九州大学理学研究院),松岡茂博士と土川博史博士(現大分大学医学部),花島慎弥博士(現鳥取大学工学研究科),山本智也博士,中川泰男博士,鈴木大河修士(当時大阪大学院生),および,Mayank Dixit博士(現京都大学工学研究科),Sangjae Seo博士(現韓国科学技術情報研究院),舟橋康佑修士(当時名古屋大学大学院生).

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