解説

超音波で蛾類の飛来を防ぐ農業に役立つコウモリの超音波

Ultrasonic Pest Control Suppressing Moth Flight: Agricultural Use of Bat Ultrasounds

Ryo Nakano

中野

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構植物防疫研究部門

Akio Ito

伊藤 彰夫

株式会社メムス・コア圧電防虫担当

Susumu Tokumaru

德丸 晋虫

京都府農林水産技術センター生物資源研究センター

Published: 2023-09-01

農業害虫を含むヤガ類は,幼虫が農作物を食害することでその商品価値を著しく低下させる.これを防ぐために化学殺虫剤を散布することが多いが,害虫に殺虫剤抵抗性を発達させる場合があるほか,生態系への悪影響が世界的に問題となっている.そこで,殺虫剤のみに依存しない害虫防除技術として,超音波を用いた物理的防除技術の開発を進めている.ヤガ類は夜間に飛び回るが,コウモリがエサを捕らえるために発する超音波を聞くと,コウモリに食べられまいと逃げ出すなどの行動を示す.ヤガ類が忌避し,聴覚的に慣れにくい超音波を農作物の栽培圃場に照射することで,その飛来数と産卵数,ひいては殺虫剤の散布回数を少なくすることを可能にする.

Key words: 捕食者回避戦略; 環境調和型農業; 減農薬栽培

はじめに

「飛んで火に入る夏の虫」とはよく言ったもので,夜の街灯などの光源に虫が集まる様子を間近に見た経験が一度はあるであろう.これらの虫の多くは夜間に活動し,超音波を発するコウモリによる捕食の危険に晒されている.暗闇の中で飛びながら狩猟するため,食虫コウモリのほとんどは超音波を使った反響定位(エコーロケーション)を発達させている.一般に超音波とは,われわれが音としては感知できない,周波数が約20 kHz以上(1秒間の振動数が2万回以上)の高い音のことを指す.食虫コウモリは鼻や口からパルス状の超音波を発し,動いている虫などから反射される超音波のエコーを検知することで,エサや障害物の位置や形を高い精度で捉える.

虫を食べるコウモリは,一晩に自重の1/4以上の量の虫を食べると言われている(1)1) T. H. Kunz: Ecology, 55, 693 (1974)..ユビナガコウモリ(成獣の体重およそ13 g)やキクガシラコウモリ(同24g)が0.1 gの蛾類を捕食する場合,これらのコウモリ1匹はそれぞれ30~60匹以上の蛾類を一晩で食べていることになる.このように農業害虫をも多量に食べることから,コウモリは益獣としての側面を持つと言える.農業大国であるアメリカにおいて,コウモリが蛾類害虫を捕食することによる経済効果が試算されており(2)2) J. G. Boyles, P. M. Cryan, G. F. McCracken & T. H. Kunz: Science, 332, 41 (2011).,これを単純に日本の農地面積に当てはめた場合,年間約53億円以上となる(1ドル=130円の場合).

“耳”を持つ昆虫からしてみれば,超音波はコウモリの脅威を知る合図となる.蛾類は昆虫の中で種数の多いグループの一つで,微小な種を除く約11万5,000種のうち,85%の種が鼓膜器官あるいはこれに相当する構造からなる耳を持つ(3)3) J. Minet & A. Surlykke: “Handbook of Zoology IV, Part 36, Lepidoptera: Moths and Butterflies,” N. P. Kristensen eds, Walter de Gruyter, 2003, pp. 289–323..農業害虫を多く含む蛾類のヤガ科(ヨトウガ類など),トモエガ科(ヒトリガ類,ドクガ類,エグリバ類など),シャクガ科(エダシャク類など),メイガ科(マダラメイガ類,ツヅリガ類など),ツトガ科(ツトガ類,ノメイガ類など)などに属す蛾類は,コウモリの発する超音波を音として聞くことができる.化石やDNAを用いた近年の古生物学的解析ならびに分子生物学的解析により,今から約5,000万~6,500万年前に超音波を発する食虫コウモリが地球上に誕生したことが推定されている(4)4) N. B. Simmons, K. L. Seymour, J. Habersetzer & G. F. Gunnell: Nature, 451, 818 (2008)..これより以前に多くの蛾類は耳を獲得していたが,超音波への感受性を高めたのは食虫コウモリの出現以降と予測されている(5)5) A. Y. Kawahara, D. Plotkin, M. Espeland, K. Meusemann, E. F. A. Toussaint, A. Donath, F. Gimnich, P. B. Frandsen, A. Zwick, M. dos Reis et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 22657 (2019).

蛾類の耳は,位置と形,構成される神経細胞の数(1~4個)が分類群の間で異なる場合がある(3)3) J. Minet & A. Surlykke: “Handbook of Zoology IV, Part 36, Lepidoptera: Moths and Butterflies,” N. P. Kristensen eds, Walter de Gruyter, 2003, pp. 289–323..ヤガ科,トモエガ科などの蛾類は左右の後ろの翅の付け根付近に窪みがあり,その奥に2個の聴細胞を含む鼓膜器官(主に薄い膜と袋状の器官で構成)を持つ.シャクガ科,メイガ科,ツトガ科などでは,腹部第一節(胸との境目付近)の腹面に4個の聴細胞を含む鼓膜器官をペアで持つ.これらの耳でコウモリの超音波を検出すると,音のする方向から遠ざかるように逃げる,ループ状・螺旋状・ジグザグ状に飛翔する,羽ばたきを停止して地面へ落下する,(飛んでいない場合は)その場から動かずにじっとするなどの行動反応を示す(6)6) K. D. Roeder: Anim. Behav., 10, 300 (1962)..これら一連の蛾類の行動は,コウモリの持つ高精度ソナーの射程距離から離れる,静止してコウモリをやり過ごす,あるいは追いかけてきたコウモリからの襲撃を至近距離でかわすのに有効となる.このような逃避を含む上記の行動反応は合成超音波によっても引き起こすことができ,筆者らは蛾類害虫が農作物の生産圃場等に飛来することを合成超音波で防ぐ防除技術の開発を進めている(7)7) R. Nakano, A. Ito & S. Tokumaru: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2211007119 (2022).

超音波を使った害虫防除の過去の事例

蛾類が超音波から逃げる行動習性は古くから知られており,1960年代以降,害虫防除における合成超音波の利用が検討されてきた(8)8) 中野 亮:植物防疫,66, 300 (2012)..多様な野菜の害虫であるタバコガ類とウワバ類(ともにヤガ科),果実を吸汁加害するエグリバ類(トモエガ科;旧ヤガ科),穀物の加工・貯蔵品を食害するノシメマダラメイガ(メイガ科),トウモロコシの実や茎などを食害するアワノメイガ類(ツトガ科)を防除対象として,主に圃場における超音波の有用性が試験された.例として,アメリカのトウモロコシ栽培の主要害虫であるヨーロッパアワノメイガの飛来を超音波で防ぐことを目指し,周波数50 kHzの合成超音波を照射した実験がなされた.同じくアメリカのレタスやブロッコリーなどのアブラナ科作物の害虫であるイラクサギンウワバに対しては,周波数20 kHz,ワタなどにおけるアメリカタバコガには周波数25~30 kHzの合成超音波を用いた防除試験が行われた.これらの試験では,対象害虫の産卵数や幼虫数の減少が認められた事例はあるものの,そのような効果がまったくなかったとする先行研究もあり,害虫防除における超音波の有効性は判然としていなかった.音響物理学的な性質上,大気中における減衰が可聴音よりもはるかに大きい超音波の利用は,広大な露地栽培圃場には不向きであると考えられ,1970年代以降は半ば見捨てられた技術として扱われた向きがある.

2000年代になると,果実に甚大な被害をもたらす吸蛾類(エグリバ類など)の防除に合成超音波を利用した防除技術がここ日本でも開発され,持続的な農業生産に資する物理的防除技術として耳目を集めた.樹上の果実を吸汁するヒメエグリバ,アカエグリバ,アケビコノハなどの発生量が山間部では特に多く,毎晩のごとく果樹園へ飛来してモモやスモモ,カンキツ,ブドウなどの果実を吸汁する.これらエグリバ類などのいわゆる吸蛾類と呼ばれる成虫はノコギリの歯のような構造が付帯した口吻を持ち,容易に果実に穴を開けてしまう.吸汁痕から細菌などが侵入することで果実が腐敗し,青果としての商品価値がゼロになる.そこで徳島県立農林水産総合技術支援センターらは,これら蛾類と同様な環境に生息し,捕食者と想定された食虫性のヤマコウモリの超音波に着目した(9)9) 小池 明:植物防疫,62, 39 (2008)..ヤマコウモリがエサの蛾類を探し,接近する際に発するパルス状の超音波を録音・合成し,モモの果樹園の周囲に設置した超音波スピーカーから擬似コウモリ音を照射したのである.ヤマコウモリの鳴き声の時間構造(パルスの長さなど)を模倣した周波数40 kHzの超音波を蛾類の飛来時刻である夜間に発することで,吸汁被害を大幅に抑えることに成功した.超音波スピーカーを設置しなかった場合の被害率を100%とした場合,設置することで被害率を最大4%以下に低減させることができた.しかしながら,これはあくまで超音波スピーカーを4~5 mほどの間隔で高密度に設置した条件で得られた防除効果であり,初期導入費用を抑えることが困難であった.そのため,実用化には至らなかったが,合成超音波が蛾類に対して高い防除効果を発揮しうる技術である点を実証したことに相違ない.

水平方向360度に超音波を照射するスピーカーの開発

高分子ポリマーを主体とする有機圧電フィルムは,振動を電気に変換可能な素材であり,幅広い応用に期待が高まっている.軽量で加工がしやすいことからも,MEMS(微小電気機械システム)技術や印刷技術と組み合わせたセンサ素子の開発が進められている.これとは逆に,電気信号を機械的な微小振動に変換することも可能で,広帯域の周波数で構成される超音波(およそ20~50 kHz)を効率よく発生させる性質を持つ.この特性を活用し,新規の超音波スピーカーが開発された.

超音波スピーカーを害虫防除に応用するにあたり,指向性の高い超音波を少数のスピーカーで広範囲に照射することが求められる.そこで,有機圧電フィルムを円柱状に巻くことにより,超音波スピーカーの中心軸から360度に超音波を照射可能とした.一方,円柱型の超音波スピーカーは,その中心軸を鉛直方向(地面に対して縦向き)になるよう設置した場合,スピーカー正面から上下方向に±20度の角度で音圧の大きい超音波が照射される特性を示す.そこで,2台の円柱型スピーカーを「くの字」状になるよう組み合わせ,圃場の斜め上方向にも超音波を照射することで,上方向から蛾類害虫が飛んで来る場合に対応している.

後ほど解説するが,蛾類害虫であるハスモンヨトウ等の逃避行動は,音圧(音の大きさ)がおよそ60 dB peSPL(0 dB peSPL=20 µPa)の超音波に対して100%引き起こされる.この音圧以上となる超音波が水平方向に届く範囲は,開発した超音波スピーカーから半径およそ25 mの円となる.したがって,50 m四方の圃場の四隅にスピーカーを設置した場合,装置1台,超音波スピーカーは最少4台の設置で圃場全体に超音波を伝播可能となる(装置1台に最多8台の超音波スピーカーを接続可能).

耐候性コーティングを有機圧電フィルムの表面に処理しているが,長期間の直射日光(紫外線)に晒されるとフィルム表面が物理的に劣化し,出力できる音圧の低下が確認されている.そのため,野外など直射日光の当たる環境で使用する際は,1年程度での音圧評価の実施が推奨される.

超音波の害虫防除効果

日本を含めたアジアの農業において,被害面積および作目数のもっとも多い蛾類はヤガ科のハスモンヨトウ(図1A図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ))である.ハスモンヨトウは台風やジェット気流などの風に乗って長距離を移動可能で,中国大陸等から日本へ毎年飛来することが示唆されており(10)10) X.-W. Fu, X.-Y. Zhao, B.-T. Xie, A. Ali & K.-M. Wu: J. Econ. Entomol., 108, 525 (2015).,夏季以降に大発生することがある.また,殺虫剤抵抗性の獲得も報告されており,農作物の生産圃場における防除に苦慮する場合もある.そこでわれわれは手始めに,主たる害虫と言えるハスモンヨトウを対象として,圃場への侵入経路が側窓等に限定される栽培施設での防除試験を実施した.

図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ)

1. イチゴ栽培施設のハスモンヨトウ

まず,実験室内において,ハスモンヨトウの飛翔(羽ばたき)を高い割合で阻害可能な超音波パルスの時間構造の特定を試みた.具体的には,超音波パルスの異なる持続時間(音が発せられる長さ)と反復率(1秒あたりのパルス数)の組み合わせ35パターンを飛翔するハスモンヨトウに聞かせ,効率的に逃避行動を引き起こす超音波パルスの形を精査した.音圧100 dB peSPLで広帯域の周波数成分で構成された超音波(優占周波数が約20~50 kHz)を用いたところ,パルス長がおよそ5ミリ秒,10~20パルス/秒(反復率)を組み合わせた超音波の飛翔阻害効果が顕著に高いことを突き止めた(図1B図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ)).さらに,飛翔中のハスモンヨトウが逃避行動を開始する音圧は,鼓膜(左右の後胸に位置)の位置で60 dB peSPL以上であることを明らかにした(図1C図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ)).圃場試験では,これらの音響特性を持つ超音波パルス(以下,忌避超音波と表記)を超音波発生装置に実装し,前述した円柱型の超音波スピーカーから忌避超音波を照射できるようにした.

ハスモンヨトウの発生は,盛夏を過ぎた辺りから急増する傾向がある.この時期に定植を行う促成栽培イチゴの土耕栽培施設(単棟5ハウスからなる本圃,計15.3 a(1,530 m2))を試験圃場として,忌避超音波がもたらす防除効果を検証した.並列する5ハウスのうち,両端のハウスに超音波スピーカーを2台ずつ,側窓(出入口とは別にハウス側面に設けた通気口)の高さ150 cmに合わせて天井部のパイプ資材から吊るし,円柱型の超音波スピーカーの中心軸が鉛直方向となるよう設置した.これにより,夜の間は開放される側窓を通過して広範囲に超音波を伝播させることが可能となるため,栽培施設全体を水平方向に超音波で覆うことができる.本圃への定植直後またはそれ以降の9月上~下旬に超音波スピーカーと装置類を圃場に設置し,ハスモンヨトウが卵を産みに活発に飛翔する時間帯を含む日の入り直前から日の出直後まで忌避超音波を照射した.このような圃場試験を2016~2018年の3年間実施し,2016年は超音波発生装置を設置しない条件,2017年および2018年は設置・稼働した条件で,栽培施設内に産卵されたハスモンヨトウの卵塊数(ハスモンヨトウは卵をバラバラではなく塊状にまとめて産む)を1~2週間隔で調べた.

装置を設置しなかった条件の2016年は,5週間の調査で10 aあたり計185の卵塊を確認した.これに対し,装置を設置した2017年と2018年では,6週間で10 aあたりそれぞれ8.2卵塊と2.3卵塊となった(図2図2■超音波発信装置の設置の有無によるイチゴの栽培施設におけるハスモンヨトウの卵塊数の差異).実験室内では,メス成虫の産卵行動そのものは合成超音波で阻害されないことが観察されたことから,卵塊数の差異は,交尾を終えたメス成虫が卵を産みに栽培施設(ハウス)内へ侵入することを忌避超音波が抑制したことによるものであろう.超音波の届かない近隣地域に発生予察用フェロモントラップを設置し,同地域における調査期間中のオス成虫の誘殺量もモニタリングすることで,ハスモンヨトウのその年の発生量を推定した.発生量の年次変動を考慮したとしても,装置を設置した2017年と2018年の調査圃場における卵塊数は,無設置の2016年の卵塊数より90%少ない結果となり,忌避超音波の照射により卵塊数を低く抑えることができたと言える.

図2■超音波発信装置の設置の有無によるイチゴの栽培施設におけるハスモンヨトウの卵塊数の差異

右上の画像はイチゴの葉裏に産み付けられた卵塊およびふ化幼虫.

イチゴの施設栽培において,ハスモンヨトウの幼虫を防除するために施用される殺虫剤の散布回数は,本圃への定植から側窓を閉鎖するまでの期間で4回程度である(関東地方の土耕栽培の場合).超音波発生装置を設置した2017年および2018年では,同時期の殺虫剤散布回数は1回以下となった.超音波発生装置の稼働時期は,授粉のためにミツバチをハウス内に放飼する時期でもあり,防除対象の蛾類害虫以外の虫等への悪影響が懸念された.しかしながら,装置を稼働した2017年および2018年においても,イチゴの着果数や果実形態の異常は確認されなかった.したがって,装置から夜間に照射された忌避超音波による,ミツバチの授粉効率,ひいてはイチゴの受粉と生育に悪影響はなかったものと考えられた.また,イチゴの他の主要害虫であるハダニ類やアザミウマ類について,忌避超音波の照射による被害抑制効果は確認されなかった.

2. ネギ露地圃場のシロイチモジヨトウ

西日本地域を中心にシロイチモジヨトウ(図1D図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ))の被害が再び顕在化傾向にある.とりわけ2016年以降,シロイチモジヨトウの発生量の増加が,各都道府県より発出される病害虫の注意報・警報から読み取れる.シロイチモジヨトウはハスモンヨトウと同属の近縁種であり,幼虫がネギやアブラナ科,花きなど広範な作物に被害を及ぼす.露地栽培では,特に可食部である葉の部分をシロイチモジヨトウの幼虫が食害する葉ネギの被害が多く,夏以降に多発すると,収穫期まで1~2週間隔で殺虫剤を散布する必要に迫られている.

ハスモンヨトウの場合と同様に,シロイチモジヨトウの飛翔を阻害する超音波パルスの長さと反復率,音圧を実験室内にて解析した.ハスモンヨトウでは,パルス長が5ミリ秒,反復率が10パルス/秒の超音波パルスに対して飛翔を停止する割合が高かったが,シロイチモジヨトウでも同様の傾向(飛翔停止率は85%)を確認できた(図1E図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ)).もっとも忌避効率の高い超音波パルスはそれよりも反復率の高い時間構造であったものの,続く行動試験および圃場試験ではハスモンヨトウの試験と同様に反復率10の音響パラメータを採用することとした.飛翔中のシロイチモジヨトウが忌避行動を開始する音圧は,ハスモンヨトウの場合と大きな差はなく,鼓膜の位置で60 dB peSPL以上であった(図1F図1■農業害虫であるヤガ類のハスモンヨトウ(A)とシロイチモジヨトウ(D)の飛翔行動を阻害する超音波の時間構造(パルス長5ミリ秒の場合)(B: ハスモンヨトウ,E: シロイチモジヨトウ)と逃避行動を引き起こす音の大きさ(C: ハスモンヨトウ,F: シロイチモジヨトウ)).

ネギでは露地栽培が主流である.イチゴの場合と同一の装置を圃場試験に用いたが,栽培施設とは異なり,上方向からも飛来しうる.そこで,約4.3 aの試験圃場の四隅に支柱(イボ竹)を立て,その先端部に「くの字」状にスピーカー2台を連結させて一組とした.これにより,一組のスピーカーが圃場の外側の斜め上方向にも忌避超音波を照射可能とした.商用電源(交流100 V)の使えない圃場であったため,ソーラーパネル,ディープサイクルバッテリー,インバータからなる太陽光蓄発電機の設置により超音波発生装置を稼働させた.当該装置の消費電力は5 Wh以下のため,設置期間中は途切れることなく使用することができた.装置を設置した圃場(設置区)に加え,そこから50 mほど離れ,忌避超音波の届かない別の圃場を無設置区として設けた.各圃場で生産者と殺虫剤散布履歴が異なっていたことから,ハスモンヨトウを防除対象とした圃場試験の際と同様に卵塊の数で飛来の程度を比較した.装置を設置しなかった圃場におけるシロイチモジヨトウの卵塊数を100%とすると,設置した圃場では32%(68%減)となった(図3A図3■超音波発信装置の設置の有無による長ネギの露地栽培圃場におけるシロイチモジヨトウの卵塊数の差異).交尾を終え,卵を産みにメス成虫が圃場へ飛来するのを,忌避超音波が阻害したことが窺える.

図3■超音波発信装置の設置の有無による長ネギの露地栽培圃場におけるシロイチモジヨトウの卵塊数の差異

A; 右上の画像は葉身に産み付けられた卵塊),および葉ネギの露地栽培圃場におけるシロイチモジヨトウによる被害株率の差異(B; 右上の画像はネギを食害する幼虫.

上記の試験結果は長ネギの露地圃場で得られたものであるが,西日本地域の葉ネギの露地圃場でも同様に試験を行った.装置の無設置圃場では,シロイチモジヨトウの発生に応じて殺虫剤を散布する慣行防除を実施したが,これと比べ,設置圃場での幼虫数は圧倒的に少なく,被害株数もきわめて少なく推移した.幼虫の発生量が激増する秋季に収穫する作型でその差は明白であり,装置の無設置圃場での被害株率が48~71%であったのに対し,設置圃場では最大でも12%以下となった(図3B図3■超音波発信装置の設置の有無による長ネギの露地栽培圃場におけるシロイチモジヨトウの卵塊数の差異).これと関連し,シロイチモジヨトウの幼虫を防除するために要する殺虫剤の散布回数は,超音波発生装置の無設置圃場で9回であったのに対し,設置圃場では1回のみとなった.ネギの他の主要害虫であるネギアザミウマとネギハモグリバエの被害は,超音波の照射により抑制されることはなかった.

展望

蛾類害虫であるハスモンヨトウとシロイチモジヨトウについて,特定した忌避超音波をイチゴ施設栽培およびネギ露地圃場に照射することで,被害をもたらす幼虫の親である交尾済みのメス成虫が圃場に侵入することを抑止した.その一方で,風に乗って蛾類害虫が圃場に飛んでくることも想定され,忌避超音波だけで被害を完全に抑えることは困難である.化学合成殺虫剤の適時利用など,他の防除手段を組み合わせた総合的な害虫管理がこれからも重要であろう.また,アブラムシ類やコナジラミ類,アザミウマ類など他の害虫の防除に使われる殺虫剤のうち,ピメトロジン,ピリフルキナゾン,アフィドピロペン,およびフロニカミドは,昆虫の弦音器官,すなわち物理刺激や張力の受容器官を過剰に興奮させることで害虫の摂食・歩行・姿勢保持を阻害する.昆虫の鼓膜器官は弦音器官から進化したことが推測されていることから,これら殺虫剤の施用は,蛾類害虫の正常な超音波検知を阻害する可能性がある.ただし,蛾類にピメトロジン等の殺虫剤が作用するとしても,そのタイミングは飛来後であり,かつ産卵行動が阻害されるであろうことから,超音波を用いた防除技術との併用は問題にならないはずである.仮に,超音波を検出しない,あるいは検出しても逃避しない抵抗性のような個体群が生じたとしても,野外環境下では容易にコウモリの餌食になることが想定される.

忌避超音波を用いた物理的な防除技術は,自然界における捕食者と被食者の攻防を活用したものである.温暖化と関連して発生量・被害量が増加傾向にある蛾類害虫を,殺虫剤のみに依存して防除することからの脱却の一助となることが期待される.実験室内での別の行動試験では,耳を持つ蛾類害虫であるツマジロクサヨトウやカブラヤガなどのヤガ類,果実を加害する吸蛾類であるエグリバ類,米穀物の貯蔵・加工品の害虫であるノシメマダラメイガなどのメイガ類,トウモロコシ等の主要害虫であるアワノメイガなどのツトガ類の飛翔が,合成超音波で阻害されることを明らかにしている.今後,多様な農作物の生産圃場で忌避超音波の防除効果を検証するとともに,超音波スピーカーの最適な設置方法についても検討予定である.社会実装の点ではまだ発展途上にある技術ではあるが,害虫に発達する殺虫剤抵抗性のような問題が生じない環境に優しい防除手段として,減農薬栽培へのさらなる貢献が望まれる.

Acknowledgments

本技術は,内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(次世代農林水産業創造技術)」「持続可能な農業生産のための新たな総合的植物保護技術の開発」(管理法人:農研機構生研支援センター),科学研究費(17K07581)の支援を受けて開発された.圃場試験に用いた超音波発生装置は株式会社メムス・コアおよび東北学院大学が共同で開発したものであり,提供いただいた株式会社メムス・コアの慶光院利映氏,東北学院大学の松尾行雄氏に深謝の意を表する.また,圃場試験地としての使用を快く承諾いただいた佐藤武史氏,平川嘉一氏および安達祐司氏にこの場をお借りして厚く御礼を申し上げる.

Reference

1) T. H. Kunz: Ecology, 55, 693 (1974).

2) J. G. Boyles, P. M. Cryan, G. F. McCracken & T. H. Kunz: Science, 332, 41 (2011).

3) J. Minet & A. Surlykke: “Handbook of Zoology IV, Part 36, Lepidoptera: Moths and Butterflies,” N. P. Kristensen eds, Walter de Gruyter, 2003, pp. 289–323.

4) N. B. Simmons, K. L. Seymour, J. Habersetzer & G. F. Gunnell: Nature, 451, 818 (2008).

5) A. Y. Kawahara, D. Plotkin, M. Espeland, K. Meusemann, E. F. A. Toussaint, A. Donath, F. Gimnich, P. B. Frandsen, A. Zwick, M. dos Reis et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 22657 (2019).

6) K. D. Roeder: Anim. Behav., 10, 300 (1962).

7) R. Nakano, A. Ito & S. Tokumaru: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2211007119 (2022).

8) 中野 亮:植物防疫,66, 300 (2012).

9) 小池 明:植物防疫,62, 39 (2008).

10) X.-W. Fu, X.-Y. Zhao, B.-T. Xie, A. Ali & K.-M. Wu: J. Econ. Entomol., 108, 525 (2015).