Kagaku to Seibutsu 61(9): 439-444 (2023)
解説
オミクス解析に基づく生体鉱物形成関連タンパク質の同定環境調和型の機能性材料合成法の開発を目指して
Omics Based Identification of Proteins Involved in Biomineralization: Toward the Development of Environmentally Compatible Synthesis Methods for Functional Materials
Published: 2023-09-01
生物が形成する鉱物(バイオミネラル)は様々な優れた特性(強磁性,耐摩耗性,フォトニック結晶特性など)を示す高機能材料である.さらに生物は生体内の穏和な環境で,バイオミネラルを形成することができる.そのため,バイオミネラル形成機構の解明は,環境調和型の機能材料合成法の開発につながることが期待される.筆者はこれまで,次世代シーケンサー(NGS)を用いてRNAシーケンスを行い,バイオミネラル形成時におけるトランスクリプトームを明らかにするとともに,バイオミネラルのプロテオーム解析により,バイオミネラル形成に関わるタンパク質を同定してきた.
Key words: バイオミネラリゼーション; オミクス解析; 珪藻; ヒザラガイ
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
生物は,環境中から無機イオンを濃縮し,細胞内外で鉱物を形成することで骨や歯,細胞壁や磁気センサー等として利用している.生物が行う鉱物形成作用はバイオミネラリゼーションと呼ばれる.生物が形成する鉱物(バイオミネラル)は,その構造や組成に由来する優れた性質(強磁性,耐摩耗性,フォトニック結晶特性など)を持ち,多くの材料科学者から注目されてきた.バイオミネラルの形成機構を明らかにすることができれば,バイオミネラルを模倣した新規機能性材料の開発や,環境に優しい材料合成プロセスの開発につながることが期待される.
バイオミネラリゼーションの父とも言われるLowenstamによって,結晶の種類や成長方向,微細構造などが有機基質によって制御される,というバイオミネラリゼーションの概念が説明された後(1)1) H. A. Lowenstam: Science, 211, 1126 (1981).,これまでに多くのバイオミネラル形成関連タンパク質が分離・同定され,その機能解析が行われてきた.その結果,生物が様々なタンパク質を使って,鉱物の形成を制御していることが明らかになっている(2~5)2) N. Kröger, R. Deutzmann & M. Sumper: Science, 286, 1129 (1999).3) K. Shimizu, J. Cha, G. D. Stucky & D. E. Morse: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 6234 (1998).4) A. Arakaki, J. Webb & T. Matsunaga: J. Biol. Chem., 278, 8745 (2003).5) C. Du, G. Falini, S. Fermani, C. Abbott & J. Moradian-Oldak: Science, 307, 1450 (2005)..特にゲノム情報が解読され,遺伝子組換え系が確立されているモデル生物の歯や骨については,多くの形成関連タンパク質が解明されている(6, 7)6) V. Sharma, A. Srinivasan, F. Nikolajeff & S. Kumar: Acta Biomater., 120, 20 (2021).7) J. Moradian-Oldak & A. George: J. Dent. Res., 100, 1020 (2021)..一方で,筆者が研究対象とする非モデル生物の藻類や軟体動物のバイオミネラリゼーション機構については,未解明な部分が多い.
筆者はこれまで次世代シーケンサーを活用したオミクス解析に基づき,シリカ被殻を形成する珪藻や,磁鉄鉱の歯を形成するヒザラガイのバイオミネラリゼーションを制御するタンパク質の解明を目指して研究を行ってきた.
真核微細藻類の一種である珪藻は,微細な構造を持つシリカ(SiO2)でできた被殻をもつ(図1図1■研究に用いた珪藻).珪藻は海洋で最も繁栄している藻類であり,地球上の光合成の20~25%を担っている(8)8) P. G. Falkowski & J. A. Raven: “Aquatic Photosynthesis,” Princeton University Press, 2007..細胞を覆う硬いシリカ被殻のおかげで,珪藻は長い年月の中で生存競争に勝ち残り,繁栄することができたと考えられている(9)9) M. Pančić , R. R. Torres, R. Almeda & T. Kiørboe: Proc. Biol. Sci., 286, 20190184 (2019)..珪藻の被殻は,外敵から細胞を守ると同時に,表面の微細孔を通じて必要な物質の交換を行っていると考えられる.シリカ表面に微細孔が規則正しく並んだ構造を持つ珪藻の被殻は,特定の波長の光を閉じ込めたり回折したりする,フォトニック結晶のような性質を示すことが報告されている(10)10) T. Fuhrmann, S. Landwehr, M. El Rharbi-Kucki & M. Sumper: Appl. Phys. B, 78, 257 (2004)..
珪藻の被殻は,細胞分裂後に一過的に形成されるシリカ沈着小胞(Silica Deposition Vesicles,以下SDVs)と呼ばれる細胞小器官の中で形成される(図2図2■珪藻のシリカ被殻はシリカ沈着小胞の中で形成される).珪藻はSDVsの中に高濃度のケイ酸を蓄積し,シリカを形成する.SDVsの中で新たに形成されたシリカ被殻は,エキソサイトーシスにより細胞外に放出され,新しい被殻となる.SDVsの中では,生体分子が被殻の形成を制御していると考えられている.これらの生体分子は最終的にシリカ被殻内部に取り込まれると考えられるため,これまでシリカ被殻から生体分子が抽出され,解析されてきた.
ドイツのKrögerらの研究グループは,無水フッ化水素を用いてシリカ被殻を溶解し,シリカ内部にタンパク質や長鎖ポリアミンが含まれていることを明らかにした(11, 12)11) N. Kröger, R. Deutzmann, C. Bergsdorf & M. Sumper: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97, 14133 (2000).12) N. Kröger, G. Lehmann, R. Rachel & M. Sumper: Eur. J. Biochem., 250, 99 (1997)..上記方法により珪藻から抽出・同定されたsilaffinペプチドはシリカ沈殿活性を示すことが報告された(2)2) N. Kröger, R. Deutzmann & M. Sumper: Science, 286, 1129 (1999)..その後,複数の珪藻からシリカ被殻内のタンパク質が同定された(13~18)13) N. Poulsen & N. Kröger: J. Biol. Chem., 279, 42993 (2004).14) A. Scheffel, N. Poulsen, S. Shian & N. Kröger: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 3175 (2011).15) S. Wenzl, R. Hett, P. Richthammer & M. Sumper: Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 47, 1729 (2008).16) A. K. Davis, M. Hildebrand & B. Palenik: J. Phycol., 41, 577 (2005).17) B. Tesson, S. J. L. Lerch & M. Hildebrand: Sci. Rep., 7, 13457 (2017).18) M. Nemoto, Y. Maeda, M. Muto, M. Tanaka, T. Yoshino, S. Mayama & T. Tanaka: Mar. Genomics, 16, 39 (2014)..しかし,これらのタンパク質は互いに配列相同性を示さない種特異的タンパク質であり,全ての珪藻に共通する被殻形成関連タンパク質は不明だった.
近年,珪藻共通のシリカ被殻形成因子として初めてSilicanin-1というタンパク質が同定された(19)19) A. Kotzsch, P. Gröger, D. Pawolski, P. H. H. Bomans, N. A. J. M. Sommerdijk, M. Schlierf & N. Kröger: BMC Biol., 15, 65 (2017)..Silicanin-1をノックアウトした株において,シリカ形成量が減少したことから,シリカ形成において重要な役割を担っていることが示唆された(20)20) S. Gorlich, D. Pawolski, I. Zlotnikov & N. Kröger: Commun. Biol., 2, 245 (2019)..一方で,ノックアウト株においても被殻形成の阻害は完全ではなかったことから,珪藻間で保存された被殻形成因子が他にも存在することが示唆された.そこで,筆者は様々な珪藻の遺伝子を比較することで,珪藻に共通する被殻形成因子を明らかにすることを目的に研究を行った.
これまで珪藻のシリカ被殻形成に関する研究は主に小型のモデル珪藻であり,被殻の最大直径が5 µm程度のThalassiosira pseudonanaを用いて行われてきた.一方,筆者はT.pseudonanaに比べてサイズが大きい非モデル珪藻を用いて研究を行っている(図1図1■研究に用いた珪藻).より大型の珪藻を用いることで,被殻形成過程および形成関連タンパク質の局在変化を観察しやすいと考えられる.
筆者はまず,次世代シーケンサーを用いて3種の珪藻,Nitzschia palea, Achnanthes kuwaitensis,およびPseudoleyanella lunataのトランスクリプトーム配列を新たに取得した.その後,珪藻のみに共通して存在する被殻形成関連タンパク質を明らかにするため,新たに取得した3種の珪藻のトランスクリプトーム配列と5種の珪藻のゲノム配列を利用して,遺伝子の網羅的な比較解析を行った(図3図3■珪藻の遺伝子比較解析のフローチャート).その結果,珪藻8種それぞれについて590~1,830個の遺伝子が珪藻以外の生物に存在しない,珪藻特異的な遺伝子であることがわかった.さらにその中から,既知の被殻形成関連タンパク質に共通の特徴である小胞体(ER)輸送シグナル配列を持つタンパク質に絞り込んだ.その結果,ER輸送シグナル配列を持つ珪藻特異的なタンパク質の1割近くが,SETドメインを有していることがわかった.SETドメインはタンパク質のリジン残基のメチル化酵素に含まれるドメインである.SETドメインを持つタンパク質として,ヒストンメチル化酵素やルビスコメチル化酵素がよく研究されているが,他の多くのSETドメインタンパク質は基質が不明である(21)21) R. C. Trievel, B. M. Beach, L. M. A. Dirk, R. L. Houtz & J. H. Hurley: Cell, 111, 91 (2002)..珪藻特異的タンパク質として同定されたSETドメイン含有タンパク質を詳細に解析すると,SETドメインを配列中に1個から4個含んでいた.珪藻類(Bacillariophyceae)に特異的なSETドメインタンパク質であることから,BacSETタンパク質と命名した.先行研究において,珪藻の被殻から分離され,シリカ沈殿活性を持つことが示されているsilaffinペプチドはメチル化されたリジン残基を持つことが報告されている.合成ペプチドを用いた研究から,このメチル化リジンがシリカ沈殿活性を促進することが報告されている.このことから,本研究により同定した珪藻特異的BacSETタンパク質はsilaffinペプチドなどのシリカ被殻形成関連タンパク質を基質とする新規のメチルトランスフェラーゼである可能性が示唆された(22)22) M. Nemoto, S. Iwaki, H. Moriya, Y. Monden, T. Tamura, K. Inagaki, S. Mayama & K. Obuse: Mar. Biotechnol. (NY), 22, 551 (2020)..
Thalassiosira pseudonana, Thalassiosira oceanica, Fragilariopsis cylindrus, Phaeodactylum tricornutum, Fistulifera solarisのゲノムデータおよびP. lunata, N. palea, A. kuwaitensisのトランスクリプトームデータを用いて遺伝子比較解析を行い,小胞体(ER)輸送シグナル配列をコードする,珪藻のみに保存された遺伝子を抽出した.
次に,珪藻3種,N. palea, A. kuwaitensis,およびP. lunataのシリカ被殻内部に含まれるタンパク質の解析を行った.先行研究(12)12) N. Kröger, G. Lehmann, R. Rachel & M. Sumper: Eur. J. Biochem., 250, 99 (1997).を参考に,大量培養した藻体を界面活性剤およびアセトンで繰り返し処理し,シリカ被殻を回収した(図4図4■珪藻を界面活性剤およびアセトンで処理することでシリカ被殻のみを回収した).その後,フッ化水素酸でシリカ被殻を溶解し,被殻内部に局在するタンパク質を抽出した.抽出したタンパク質を電気泳動で解析したところ,A. kuwaitensis,およびP. lunataから抽出した被殻局在タンパク質については明確なタンパク質バンドを確認することができなかった.一方,N. paleaでは10–15 kDa付近に複数のタンパク質バンドが確認された.上記のバンドからペプチドを調製し,LC-MS/MSを用いて分析したところ,14個のタンパク質が同定された.このうち12個は,光合成やタンパク質合成に関わるタンパク質であり,被殻形成に関係しないと考えられたが,残り2個のタンパク質は機能未知の新規タンパク質だった.これらのタンパク質はN. paleaのシリカマトリックスタンパク質として,NpSMP1およびNpSMP2と命名した.NpSMP2は既知のタンパク質に相同性を示さない新規タンパク質だった.NpSMP1は,遺伝子比較解析から絞り込まれたERシグナルペプチドを持つ珪藻特異的なタンパク質の1つだった.
同定したタンパク質について,シリカ被殻形成に伴う遺伝子発現変動を調べた.その結果,BacSETタンパク質,NpSMP1, NpSMP2ともに被殻形成に伴い遺伝子発現量が上昇することが確認され,これらのタンパク質のシリカ被殻形成への関与が示唆された.網羅的な遺伝子比較解析やプロテオーム解析から同定されたBacSETタンパク質やNpSMP1, NpSMP2について,今後,蛍光タンパク質を用いた局在解析や遺伝子ノックアウトにより,その詳細な機能が明らかになることが期待される.
ヒザラガイ類は世界各地の硬い岩礁に付着して生活している貝類であり,“歯舌”と呼ばれる摂食器官を使って,岩礁表面の藻類を削りとって食べている.歯舌はリボン状の有機膜に歯が数十列並んだ構造をしており,歯舌上の個々の歯の歯冠部に磁鉄鉱(Fe3O4)が沈着している(図5図5■ヒザラガイAcanthopleura japonica(左)と磁鉄鉱が沈着したヒザラガイの歯(右)).先行研究から,磁鉄鉱が沈着したヒザラガイの歯は,人工ダイヤモンドとも言われるジルコニアを超える耐摩耗性を持つことが示されている(23)23) J. C. Weaver, Q. Wang, A. Miserez, A. Tantuccio, R. Stromberg, K. N. Bozhilov, P. Maxwell, R. Nay, S. T. Heier, E. DiMasi et al.: Mater. Today, 13, 42 (2010)..そのため,ヒザラガイの歯は生物由来の磁鉄鉱というだけでなく,超硬質材料としても,材料科学の分野において着目されている.
ヒザラガイは,通常,歯舌の前方の数列の歯のみ摂餌に利用しており,歯が欠けると,新しく形成された歯が後方から前に押し出されることにより歯が新生される.そのため,歯舌上では常に新しい歯が形成されている.歯は,歯舌嚢という器官の中で形成される(図6図6■ヒザラガイの模式図).歯舌嚢の中で,形成過程にある歯は上皮細胞で覆われており,上皮細胞から歯の形成に必要な鉄やタンパク質が供給されていると考えられる.歯が形成される際には,まず歯舌嚢の後方にある歯芽細胞により主にα-キチンからなる歯の基盤構造が形成される.その後,キチン繊維上に非晶質の酸化鉄であるフェリハイドライト粒子の凝集塊が沈着し,歯の成熟化にともない,凝集塊のサイズが増大していく.それとともに,フェリハイドライトが磁鉄鉱に変化し,成熟した歯が形成される(24, 25)24) Q. Wang, M. Nemoto, D. Li, J. C. Weaver, B. Weden, J. Stegemeier, K. N. Bozhilov, L. R. Wood, G. W. Milliron, C. S. Kim et al.: Adv. Funct. Mater., 23, 2908 (2013).25) T. Wang, W. Huang, C. H. Pham, S. Murata, S. Herrera, N. D. Kirchhofer, B. Arkook, D. Stekovic, M. E. Itkis, N. Goldman et al.: Small Struct., 3, 202100202 (2022)..
ヒザラガイによる磁鉄鉱形成機構を明らかにするため,筆者はこれまで世界最大のヒザラガイであるオオバンヒザラガイ(学名:Cryptochiton stelleri)を用いて研究を行ってきた.まず,歯舌組織で発現している遺伝子を明らかにするため,次世代シーケンサーを用いて歯舌組織のトランスクリプトーム解析を行った.その結果,非鉱物化領域では鉄の蓄積・輸送に関わるフェリチンの遺伝子が高発現しており,フェリチンが鉱物化に必要な多量の鉄の輸送に関与していることが示唆された.鉱物化領域では,高発現していた上位20遺伝子の約3割がミトコンドリアの電子伝達系酵素だった.これらのタンパク質は,鉄イオンの輸送や結晶化の際に必要なエネルギーを供給していると考えられた(26)26) M. Nemoto, D. Ren, S. Herrera, S. Pan, T. Tamura, K. Inagaki & D. Kisailus: Sci. Rep., 9, 856 (2019)..
次に,磁鉄鉱の歯の内部に含まれるタンパク質を明らかにするため,歯舌のプロテオーム解析を行った(26, 27)26) M. Nemoto, D. Ren, S. Herrera, S. Pan, T. Tamura, K. Inagaki & D. Kisailus: Sci. Rep., 9, 856 (2019).27) M. Nemoto, Q. Wang, D. Li, S. Pan, T. Matsunaga & D. Kisailus: Proteomics, 12, 2890 (2012)..歯舌組織を取り出した後,磁鉄鉱の沈着した歯冠部と,磁鉄鉱の沈着していない有機膜部分にわけ,それぞれからタンパク質を抽出した.抽出したタンパク質をナノLC-MSで解析し,トランスクリプトーム配列を利用したMS/MSイオンサーチによりタンパク質を同定した.歯冠部と有機膜部分から同定されたタンパク質を比較し,歯冠部のみから同定されたタンパク質を22個の歯冠部特異的タンパク質とした.その中には,酸素運搬に関わるグロビンタンパク質,細胞外基質形成に関わるタンパク質,酸化還元タンパク質,鉄を酸化するフェロキシダーゼの他に,特定のアミノ酸が連続したユニークな配列を持ち,既知のタンパク質に相同性を示さない機能未知の新規タンパク質が含まれていた.新規タンパク質は歯舌マトリックスタンパク質1(radular teeth matrix protein 1,以下RTMP1)と命名した.歯冠部特異的タンパク質のうち,細胞外基質形成に関わるタンパク質,フェロキシダーゼ,RTMP1を含む複数のタンパク質は細胞外分泌のためのシグナル配列を有していた.これらのタンパク質は,歯を覆う上皮細胞から細胞外へ分泌された後,歯内部で磁鉄鉱形成に関与している可能性が示唆された(26)26) M. Nemoto, D. Ren, S. Herrera, S. Pan, T. Tamura, K. Inagaki & D. Kisailus: Sci. Rep., 9, 856 (2019)..
オオバンヒザラガイで同定された歯冠部特異的タンパク質が他のヒザラガイ類にも保存されているかを明らかにするため,比較トランスクリプトーム解析を行った.瀬戸内海で採集したヒザラガイ(学名:Acanthopleura japonica),ヒメケハダヒザラガイ(学名:Acanthochitona achates),ババガセ(学名:Placiphorella stimpsoni)の歯舌組織からRNAを抽出し,次世代シーケンサーを用いてトランスクリプトーム配列を取得した.相同性検索の結果,オオバンヒザラガイで同定された歯冠部特異的タンパク質のホモログが3種全てのヒザラガイ類にも存在することが明らかになった.
次に,歯冠部特異的タンパク質が歯の形成過程のどの段階で機能しているかを明らかにするため,遺伝子発現解析を行った.オオバンヒザラガイの歯舌組織を取り出した後,鉱物化していないステージ1,非晶質酸化鉄が沈着し,赤茶色を呈したステージ2,非晶質酸化鉄がマグネタイトに変化し,黒色になったステージ3の3つにわけた後,各ステージの歯舌組織からRNAを抽出し,遺伝子発現量を解析した.その結果,RTMP1と1部の酸化還元に関連する遺伝子は酸化鉄の沈着が始まるステージ2で最も高発現していたことから,これらのタンパク質が酸化鉄の沈着に関与している可能性が示唆された.
筆者はこれまで,次世代シーケンサーを利用して,遺伝子比較解析やプロテオーム解析を行うことで,非モデル生物のバイオミネラリゼーション関連タンパク質を同定してきた.今後,これらのタンパク質の機能を明らかにするには,遺伝子操作による機能解析が必要である.一方で,筆者が研究対象としている非モデル珪藻や,ヒザラガイ類は遺伝子操作技術が確立されていないため,遺伝子操作技術の確立が求められる.珪藻については,これまでに他の珪藻種でパーティクルガン法やエレクトロポレーション法を用いた遺伝子組換えが報告されている(28, 29)28) M. Miyahara, M. Aoi, N. Inoue-Kashino, Y. Kashino & K. Ifuku: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 874 (2013).29) K. E. Apt, P. G. Kroth-Pancic & A. R. Grossman: Mol. Gen. Genet., 252, 572 (1996)..また近年,ゲノム編集による遺伝子ノックアウトが報告されている(30)30) A. Hopes, V. Nekrasov, S. Kamoun & T. Mock: Plant Methods, 12, 49 (2016)..ヒザラガイ類はこれまでに遺伝子操作の報告はないが,ヒザラガイ類と同じ軟体動物において,RNA干渉法を用いた遺伝子ノックダウン(31)31) M. Suzuki, K. Saruwatari, T. Kogure, Y. Yamamoto, T. Nishimura, T. Kato & H. Nagasawa: Science, 325, 1388 (2009).やゲノム編集による遺伝子ノックアウト(32)32) M. Abe & R. Kuroda: Development, 146, dev175976 (2019).が報告されている.現在これらの方法を用いて,珪藻やヒザラガイから同定したバイオミネラリゼーション関連タンパク質の機能解析を進めている.
Acknowledgments
図の中の一部のイラストはTogoTV(©2016 DBCLS TogoTV/CC-BY-4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)の画像を利用した.
Reference
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