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塩生植物ブラッダー細胞形成に関わる新規遺伝子の発見塩生植物キヌアの表皮細胞形成に関わる新規遺伝子の単離

Tomohiro Imamura

今村 智弘

石川県立大学生物資源環境学部生産科学科

Masashi Mori

正之

石川県立大学生物資源工学研究所

Published: 2023-10-01

キヌア(Chenopodium quinoa)やアイスプラント(Mesembryanthemum crystallinum)をはじめとする塩生植物(高塩濃度に耐える種子植物)で観察される形態的特徴として,ブラッダー細胞(Epidermal bladder cells)と呼ばれる表皮細胞が存在している(1)1) F. Yuan, B. Leng & B. Wang: Front. Plant Sci., 7, 977 (2016)..ブラッダー細胞は,一般的な植物がもつ表皮組織であるトライコームとは異なり,形状は球状で,体積は葉肉細胞の1000倍以上の大きさを持つ.キヌアやアイスプラントのブラッダー細胞は塩を高蓄積することができ,これらのブラッダー細胞では,高濃度のNaとClを蓄積することが報告されている(2)2) S. Shabala, J. Bose & R. Hedrich: Trends Plant Sci., 11, 687 (2014)..このことからブラッダー細胞は,過剰な塩分を蓄積することにより塩によるストレスを緩和する塩生植物の耐塩メカニズムの1つとして考えられている(3)3) A. Kiani-Pouya, U. Roessner, N. S. Jayasinghe, A. Lutz, T. Rupasinghe, N. Bazihizina, J. Bohm, S. Alharbi, R. Hedrich & S. Shabala: Plant Cell Environ., 40, 1900 (2017)..ブラッダー細胞は,塩生植物に特徴的な細胞であるが,塩耐性以外の機能やその細胞の分化・形成に関わる遺伝子は,明らかにされていなかった.

筆者らのグループは,塩生植物のキヌアについて研究を行っている.キヌアは,アンデス原産の雑穀(擬似穀類)であり,近縁の植物としてアカザ,アマランサスおよびホウレンソウがあげられる.現地では「穀物の母」と呼ばれ,神聖な作物として大切に育てられてきている.キヌアは非常に高い環境ストレス耐性を持ち,他の植物では生育な困難な厳しい環境(乾燥,高塩)で生育できる.また,キヌアの種子には,必須アミノ酸,ミネラルおよび食物繊維を豊富に含み高い栄養価を持つ(4)4) A. Vega-Gálvez, M. Miranda, J. Vergara, E. Uribe, L. Puente & E. A. Martínez: J. Sci. Food Agric., 90, 2541 (2010)..このことから国際連合食糧農業機関(FAO)は,世界の食糧問題解決の切り札になり得るスーパーフードとして注目している(5)5) D. Bazile, D. Bertero & C. Nieto: State of the Art Report on Quinoa around the World in 2013, https://www.fao.org/quinoa-2013/publications/detail/en/item/278923/icode/?no_mobile=1, 2013.

キヌアに関する分子生物学的な研究は,2016年に我々のグループが世界に先駆けてキヌアのドラフトゲノムを報告し(6)6) Y. Yasui, H. Hirakawa, T. Oikawa, M. Toyoshima, C. Matsuzaki, M. Ueno, N. Mizuno, Y. Nagatoshi, T. Imamura, M. Miyago et al.: DNA Res., 23, 535 (2016).,その後,他のグループによって精密なゲノム配列を報告している(7)7) D. E. Jarvis, Y. S. Ho, D. J. Lightfoot, S. M. Schmöckel, B. Li, T. J. Borm, H. Ohyanagi, K. Mineta, C. T. Michell, N. Saber et al.: Nature, 542, 307 (2017)..その結果,ゲノム情報を利用した分子遺伝学的解析や分子生物学的解析などが盛んに行われるようになり,キヌア独自の形質に関わる遺伝子が明らかにされつつある.我々のグループでは,キヌアが持つ独自の形質に関わる分子機構を明らかにするために,エチルメタンスルホン酸(EMS)をキヌア種子に処理をして変異体を作成し,得られた変異体について次世代シークエンサーを用いた解析により原因遺伝子の単離・解析を行っている(8)8) T. Imamura, H. Takagi, A. Miyazato, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Biochem. Biophys. Res. Commun., 496, 280 (2018).

この研究で,キヌアのブラッダー細胞が著しく減少した変異体(reduced epidermal bladder cells, rebc)を2系統(rebc1, rebc2)得ることができた(9)9) T. Imamura, Y. Yasui, H. Koga, H. Takagi, A. Abe, K. Nishizawa, N. Mizuno, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Commun. Biol., 3, 513 (2020)..野生型キヌアではブラッダー細胞は,茎頂や葉の裏側に多く形成されているが,得られた変異体では,部位を問わずブラッダー細胞の数が著しく減少していた.また,ブラッダー細胞以外の変異形質として,クロロフィル含量の低下や葉緑体の構造異常などが確認された.一遺伝子支配の潜性(劣性)形質であるrebc変異体の原因遺伝子を明らかにするために,ヘテロ親から分離した後代を野生型形質とrebc形質に分け,それぞれの形質ごとに25個体ずつまとめてゲノム抽出を実施した.次世代シークエンスにより,抽出したゲノムDNAの配列データを獲得し,in silicoサブトラクション法を用いて原因遺伝子の探索を行なった.その結果,WD40ドメインを持つ機能未知なタンパク質をコードする遺伝子(REBC)に変異(rebc1では,380番目のTrpがストップコドンに,rebc2では131番目のTrpがストップコドン)が存在することが明らかとなった(9)9) T. Imamura, Y. Yasui, H. Koga, H. Takagi, A. Abe, K. Nishizawa, N. Mizuno, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Commun. Biol., 3, 513 (2020)..その後,他グループの研究によりREBCREBCホモログが同時に機能を失った変異体が,全くブラッダー細胞を作らないことが報告された(10)10) M. W. Moog, M. D. L. Trinh, A. F. Nørrevang, A. K. Bendtsen, C. Wang, J. T. Østerberg, S. Shabala, R. Hedrich, T. Wendt & M. Palmgren: New Phytol., 236, 1409 (2022)..これらの研究からキヌアのブラッダー細胞形成にREBCが重要な機能を担っていることが明らかとなった.一般的な植物の表皮に存在するトライコームの形成には,モデル植物のシロイヌナズナの研究によってWD40タンパク質をコードするTTG1TRANSPARENT TESTA GLABRA 1)が重要な機能を担っていることが報告されている(11)11) A. R. Walker, P. A. Davison, A. C. Bolognesi-Winfield, C. M. James, N. Srinivasan, T. L. Blundell, J. J. Esch, M. D. Marks & J. C. Gray: Plant Cell, 11, 1337 (1999)..今回単離したREBCは,TTG1とのアミノ酸の相同性が低く,シロイヌナズナttg1変異体の相補試験よりREBCTTG1の機能を相補することができなかった.このことから,塩生植物キヌアの表皮細胞形成には,通常の植物の表皮細胞形成とは異なる新規なWD40タンパク質が関与していることが本研究により明らかとなった(9)9) T. Imamura, Y. Yasui, H. Koga, H. Takagi, A. Abe, K. Nishizawa, N. Mizuno, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Commun. Biol., 3, 513 (2020).

ブラッダー細胞の機能は,塩ストレス耐性に関する知見が主であったため,我々はrebc変異体を用いてブラッダー細胞の新たな役割を探索した.rebc変異体は,圃場で栽培すると本来ブラッダー細胞で覆われていた茎頂部分のみが激しく損傷していた(図1図1■ブラッダー細胞の茎頂保護作用左).このことからブラッダー細胞は,環境ストレスから茎頂を保護する役割が予想された.そこで,人為的に茎頂に風ストレスやUVストレス処理を実施したところ,rebc変異体のみで茎頂の損傷が確認された.このことから,キヌアのブラッダー細胞は,塩ストレス耐性以外に風やUVなどから茎頂を保護していることが明らかとなった(図1図1■ブラッダー細胞の茎頂保護作用右)(9)9) T. Imamura, Y. Yasui, H. Koga, H. Takagi, A. Abe, K. Nishizawa, N. Mizuno, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Commun. Biol., 3, 513 (2020).

図1■ブラッダー細胞の茎頂保護作用

塩生植物キヌアのブラッダー細胞は,非塩生植物の表皮に存在するトライコームと同様の機構で形成されていると予想されていたが,本研究によりトライコームを形成する植物では存在しない新規WD40遺伝子REBCが働いていることが明らかとなった.トライコーム形成に関わるWD40遺伝子であるTTG1は,トライコーム形成以外にも,アントシアニン生合成や根毛形成,種皮粘液生産など複数の機能を保持していることが報告されている(図2図2■REBCおよびTTG1の機能(12)12) N. A. Ramsay & B. J. Glover: Trends Plant Sci., 10, 63 (2005)..今回単離したREBC遺伝子も,ブラッダー細胞形成と葉緑体の形成など複数の機能を保持しているが,その機能はTTG1とは異なった(図2図2■REBCおよびTTG1の機能(9)9) T. Imamura, Y. Yasui, H. Koga, H. Takagi, A. Abe, K. Nishizawa, N. Mizuno, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Commun. Biol., 3, 513 (2020)..この知見は,厳しい環境で生育する塩生植物キヌアのブラッダー細胞の形成機構が,トライコームを形成する植物のものとは異なることを示唆している.塩生植物であるキヌアは,通常の植物が生育できない塩環境でも育成する特性を持つ.キヌアの特性を分子レベルで解析することにより,キヌア独自のストレス耐性メカニズムを明らかにすることができ,日本発の新たなストレス耐性植物の作出に繋がると期待される(13)13) M. Mori, T. Imamura, H. Mizukoshi & K. Nishizawa: US Patent App. 16/954, 216 (2021).

図2■REBCおよびTTG1の機能

Reference

1) F. Yuan, B. Leng & B. Wang: Front. Plant Sci., 7, 977 (2016).

2) S. Shabala, J. Bose & R. Hedrich: Trends Plant Sci., 11, 687 (2014).

3) A. Kiani-Pouya, U. Roessner, N. S. Jayasinghe, A. Lutz, T. Rupasinghe, N. Bazihizina, J. Bohm, S. Alharbi, R. Hedrich & S. Shabala: Plant Cell Environ., 40, 1900 (2017).

4) A. Vega-Gálvez, M. Miranda, J. Vergara, E. Uribe, L. Puente & E. A. Martínez: J. Sci. Food Agric., 90, 2541 (2010).

5) D. Bazile, D. Bertero & C. Nieto: State of the Art Report on Quinoa around the World in 2013, https://www.fao.org/quinoa-2013/publications/detail/en/item/278923/icode/?no_mobile=1, 2013.

6) Y. Yasui, H. Hirakawa, T. Oikawa, M. Toyoshima, C. Matsuzaki, M. Ueno, N. Mizuno, Y. Nagatoshi, T. Imamura, M. Miyago et al.: DNA Res., 23, 535 (2016).

7) D. E. Jarvis, Y. S. Ho, D. J. Lightfoot, S. M. Schmöckel, B. Li, T. J. Borm, H. Ohyanagi, K. Mineta, C. T. Michell, N. Saber et al.: Nature, 542, 307 (2017).

8) T. Imamura, H. Takagi, A. Miyazato, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Biochem. Biophys. Res. Commun., 496, 280 (2018).

9) T. Imamura, Y. Yasui, H. Koga, H. Takagi, A. Abe, K. Nishizawa, N. Mizuno, S. Ohki, H. Mizukoshi & M. Mori: Commun. Biol., 3, 513 (2020).

10) M. W. Moog, M. D. L. Trinh, A. F. Nørrevang, A. K. Bendtsen, C. Wang, J. T. Østerberg, S. Shabala, R. Hedrich, T. Wendt & M. Palmgren: New Phytol., 236, 1409 (2022).

11) A. R. Walker, P. A. Davison, A. C. Bolognesi-Winfield, C. M. James, N. Srinivasan, T. L. Blundell, J. J. Esch, M. D. Marks & J. C. Gray: Plant Cell, 11, 1337 (1999).

12) N. A. Ramsay & B. J. Glover: Trends Plant Sci., 10, 63 (2005).

13) M. Mori, T. Imamura, H. Mizukoshi & K. Nishizawa: US Patent App. 16/954, 216 (2021).