Kagaku to Seibutsu 61(10): 484-492 (2023)
解説
ケミカルバイオロジーによる植物ホルモン・オーキシンの生合成経路とその調節機構の解明生合成阻害剤を利用したアプローチ
Elucidation of Biosynthetic Pathway and Its Regulatory Mechanism of Plant Hormone Auxin by Chemical Biology: Approaches Using Biosynthesis Inhibitors.
Published: 2023-10-01
オーキシンは最初に見いだされた植物ホルモンであり,植物において重要な信号伝達物質の一つとされている.細胞分裂と細胞伸長による胚発生,発根促進,頂芽優勢,光・重力屈性など植物の生長・分化をあらゆる場面で制御する.主要な天然オーキシンであるインドール-3-酢酸(IAA)は単純な構造でありながら様々な生理作用を示すことから(1),オーキシンのアナログ(構造や生理作用など分子生物学的な性質が類似した化合物)は除草剤,着果促進剤,摘果剤など様々な用途で植物成長調節剤や農薬として農業分野において利用されてきた(2).近年ではオーキシンの代謝や輸送,情報伝達に作用する阻害剤などの低分子化合物もケミカルツールとして数多く報告されており(3, 4),ケミカルツールを利用したケミカルバイオロジー研究は遺伝学的な手法を補完することでオーキシンの機能解明などの研究に役立てられている.本稿では,これらのケミカルツールのうちでも標的が明確で,かつ標的に対する特異性に優れたオーキシン生合成阻害剤の開発とそれらを利用した研究成果について解説する.
Key words: オーキシン生合成阻害剤; オーキシン生合成調節機構; アミノ基転移酵素; フィードバック制御; ケミカルバイオロジー
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
オーキシンの生合成経路については分子遺伝学的,および生化学的な研究を中心に解析が進められ,IAA生合成に関わる酵素や遺伝子が報告され複数の生合成経路が提唱されてきたが,2000年代に入ってもL-トリプトファン(Trp)からIAAに至る生合成経路の決定的な証明は得られていなかった.IAAの生合成経路は,Trpを経由する経路(Trp経路)とTrpを経由しない経路(非Trp経路)の2つが提唱されている(図1図1■IAA生合成経路図).Trp経路としては,インドール-3-ピルビン酸(IPyA)をはじめ複数の中間体を経由する網目状の経路が複数提唱されているが,シロイヌナズナの生合成欠損変異体の研究などから,2段階の酵素反応によるIPyA経路が主要生合成経路として提唱された(1)1) 浅見忠男,柿本辰男(編):“新しい植物ホルモンの化学”,講談社,2016,第2章..IPyA経路の1段階目は,TrpをIPyAに変換するTrpアミノ基転移酵素(TAA1/TARs)による反応で,2段階目はIPyAをIAAに変換するフラビン含有モノオキシゲナーゼであるYUCCA(YUC)による反応である.しかしながら,シロイヌナズナ以外の植物種においてもIPyA経路が主要生合成経路なのか,IPyA経路以外はバイパス経路として機能しているのか,など生合成経路の全体像はいまだ未解明である.
実線の矢印は,植物のIAA生合成に関与していることが確認されている酵素反応で,矢印の上に書かれた英字は酵素の略称.点線の矢印は,植物のIAA生合成に関与していることが確認されていないが,存在が示唆されている酵素反応.酵素略称TAA1: シロイヌナズナのTrpアミノ基転移酵素,TARs: Trpアミノ基転移酵素群,YUC: YUCCA,フラビン含有モノオキシゲナーゼ,AMI1: アミダーゼ1,NIT: ニトリラーゼ,CYP79B2/B3: シトクロームP450 79B2/B3.
オーキシン研究において用いられているIAA生合成経路に関わる酵素の突然変異体や遺伝子組換え体では,生合成酵素の発現が不足もしくは過剰となるため,発芽が開始されて以降の植物体は恒常的なIAA欠損もしくは過剰の状態で生育異常もしくは致死となる.このことから植物の特定の生育ステージや器官におけるオーキシンの機能を解析するのは困難である.一方,生合成阻害剤は,任意の生育ステージにおいて器官ごとに処理することができ,阻害剤処理によるオーキシン欠乏が生じてからの経時的な観察が可能であること,阻害剤の処理濃度を変えることでオーキシン欠乏の程度を調節可能であることなどの長所がある.また,モデル植物以外の植物へも投与して作用を調べることができる.一方,デメリットとしては,阻害対象の酵素に対する特異性が低いと副作用(オーキシン生合成以外への生理作用)が引き起こされること,阻害剤の効果に植物の種間差が発生する可能性があることなどが挙げられる.
筆者らの研究グループは,オーキシンに特化した生化学的,分子生物学的および生物有機化学的な研究手法を確立し(5)5) K. Soeno, A. Sato & Y. Shimada: “Plant Chemical Genomics: Methods and Protocols”, eds. by G. R. Hicks & C. Zhang, Springer, 2021, pp. 131–144.,オーキシンの生合成経路とその調節機構,オーキシンの機能解明およびオーキシン制御技術の開発を目的として,オーキシンの生合成阻害剤に関する研究を進め,これまでにTAA1/TARsおよびYUCを標的とするリード化合物を見いだすとともに,それぞれの酵素に対して特異性の高い阻害剤の開発を行ってきた.
オーキシンはその生合成経路の複雑さから生合成阻害剤の設計は困難と考えられてきた.そのような中でも1990年代にD-シクロセリンやヒドロキシアミン,インドール化合物などがin vitroでオーキシン生合成酵素の活性を阻害したという報告がなされてきたが,これらの化合物を処理した植物体の内生IAA量が減少するという証拠は得られていなかった(3)3) 林 謙一郎,嶋田幸久:化学と生物,48, 485 (2010)..また,1990年代以降,ハイスループットな創薬標的のスクリーニングのための様々な商業用ケミカルライブラリーが販売されるようになり,植物に対する生理作用を示すリード化合物も報告されるようになった.2000年代になると1セットで数十万の化合物から構成される商業用ケミカルライブラリーも市販されるようになったが,オーキシンの生合成経路が複数提唱されており,IAA生合成に関与するとされる酵素も未確定な状況で,2011年まで商業用ケミカルライブラリーから植物体の内生IAA量を減少させる化合物は報告されていなかった.一方,筆者らのグループはシロイヌナズナに植物ホルモンや既知阻害剤を処理したDNAマイクロアレイデータを大規模に収集していた.これらの遺伝子発現データを大規模に比較解析する手法で,オーキシン処理に対する遺伝子発現応答とは負の相関を示す化合物の探索からピリドキサールリン酸(PLP)酵素(PLP酵素はPLPを補酵素としてアミノ酸のアミノ基転移反応や脱炭酸,脱アミノを行う)の阻害剤として知られているL-α-アミノエトキシビニルグリシン(AVG)を発見した.さらに標的としてTrpアミノ基転移酵素等のPLP酵素を想定して化合物ライブラリを構築し,L-アミノオキシフェニルプロピオン酸(AOPP)を発見し,これらがオーキシン生合成経路のTAA1/TARsに対する競争阻害剤であることを見いだした(図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式)(6)6) K. Soeno, H. Goda, T. Ishii, T. Ogura, T. Tachikawa, E. Sasaki, S. Yoshida, S. Fujioka, T. Asami & Y. Shimada: Plant Cell Physiol., 51, 524 (2010)..両化合物はin vitroにおいてTAA1に対して阻害活性を示すだけでなくin vivoにおいてもシロイヌナズナやトマト,イネなどの幼植物に処理することで内生IAA量を減少させた.しかし,AVGはエチレン生合成における1-アミノシクロプロパン-1-カルボン酸合成酵素(ACS)阻害剤として,AOPPはフェニルアラニン(Phe)アンモニアリアーゼ(PAL)の阻害剤として用いられてきた歴史があり,それぞれの化合物のTAA1/TARsに対する特異性は低く,in vitroにおいてシロイヌナズナのTAA1に対するAVGのKi値(結合阻害定数:酵素と阻害剤の親和性の尺度で,値が低いほど酵素と阻害剤の親和性が高い)はACSに対するKi値と比較して229倍,AOPPのTAA1に対するKi値はPALに対するKi値と比較して90倍であった.
化合物略称AOPP: L-アミノオキシフェニルプロピオン酸,AVG: L-α-アミノエトキシビニルグリシン,PVM: ピルバミン,Kyn: L-キヌレニン,AONP: 2-アミノオキシ-3-ナフタレン-2-イル-プロピオン酸,YDF: Yucasin-DF, BBo: 4-ビフェニルボロン酸,PPBo: 4-フェノキシフェニルボロン酸
そこで,AOPPをリード化合物とした構造展開から,AOPPおよびAVGよりもTAA1に対して特異性の高い阻害剤候補として側鎖にアミノオキシ基を持つ化合物群(ピルバミン:PVM)を創出した(図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式)(2)2) 添野和雄,立木美保,嶋田幸久:植調,50, 17 (2017)..その中でもナフタレン骨格にアミノオキシ基が結合した2-アミノオキシ-3-ナフタレン-2-イル-プロパン酸(PVM1169/AONP)はin vitroにおいてAOPPと比べシロイヌナズナのTAA1に対して低いKi値をもつ一方,PALおよびACSに対して高いKi値を示した.in vivoにおいても,IAA内生量を低下させるだけでなく,AOPPと比較してシロイヌナズナにおけるアントシアニン生合成阻害への影響が抑制されるとともに,AVGと比較してもエチレン発生への影響がほとんど見られなかった.なおAVGは,この報告以前にはエチレンの生合成阻害剤として標準的に使われており,多くの論文が報告されていた.それらの中にはエチレンとオーキシンの相互作用に言及する論文も多数あったが,AVGはエチレンとオーキシンの両方に直接作用することが明らかになったため,これら古い論文の報告内容は慎重に再評価する必要があることが認識された(3)3) 林 謙一郎,嶋田幸久:化学と生物,48, 485 (2010)..
一方,2011年になり商業用ケミカルライブラリーからのスクリーニングによりL-キヌレニン(Kyn)がTAA1/TARsの阻害剤として報告された(図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式)(2)2) 添野和雄,立木美保,嶋田幸久:植調,50, 17 (2017)..Kynはアミノ酸の一種で,Trpからナイアシン(ビタミンB3)が生合成される際の中間体であるが,KynのKi値はPVM1169の150倍とTAA1/TARsに対する阻害活性は高くないため,ナイアシンの生合成がオーキシン生合成に与える影響は少ないと思われる.ここで紹介したTAA1/TARs阻害剤はいずれも側鎖にアミノ基もしくはアミノオキシ基および隣接したカルボキシル基もしくはそのエステルを有しており(図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式),TAA1/TARsの基質であるTrpの側鎖に類似した構造となっていることから,Trpアナログ構造型のTAA1/TARs阻害剤と分類してよいだろう(図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式).
IPyA経路の最終段階であるIPyAからIAAへの変換ステップは,フラビン含有モノオキシゲナーゼであるYUCが触媒しているが,2014年に日本の研究グループからYUC阻害剤としてyucasinが報告された(2)2) 添野和雄,立木美保,嶋田幸久:植調,50, 17 (2017)..yucasinは商業用ケミカルライブラリーから見いだされたYUCの競争阻害剤であり,メチマゾールと類似した1,2,4-トリアゾール-3(4H)-チオン骨格を持つ(図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式).yucasinはシロイヌナズナのYUC過剰発現形質転換体に処理すると表現型を回復させるが,YUCに対するKi値は高く,野生型シロイヌナズナへの処理では表現型に変化を与えない.そこで阻害活性を向上させるために,ジフルオロ化により構造を最適化したyucascin DF(YDF)が2017年に創出された.YDF処理より野生型シロイヌナズナはオーキシン欠乏の表現型となる.また,2019年にはアルドース還元酵素阻害剤として知られるponalrestatが基質アンタゴニストとして報告されている(7)7) K. Soeno, A. Sato & Y. Shimada: Jarq-Jpn. Agric. Res. Q., in press..
一方筆者らはPVMの開発と平行してPVM等の研究過程で蓄積されていた研究室内のケミカルライブラリーを用いてスクリーニングを行ったところ,YUC阻害剤の有力なリード化合物としてフェニルボロン酸を見いだした.有機合成化学において有用性が極めて高いクロスカップリング反応(R. Heck博士・根岸英一博士・鈴木 章博士が2010年にノーベル化学賞受賞)の中でも鈴木・宮浦クロスカップリング反応の基質として用いられるフェニルボロン酸を含めた有機ボロン酸類は多種多様な化合物が極めて安価で市販されており容易に入手が可能である.そこで,31種の芳香族ボロン酸化合物を入手し,シロイヌナズナを用いたin vivoおよびin vitroアッセイ,およびシロイヌナズナのYUC過剰発現形質転換体を用いたスクリーニングによる選抜からYUC特異的な阻害剤として4-ビフェニルボロン酸(BBo)および4-フェノキシフェニルボロン酸(PPBo)を選抜し2015年に報告した(2)2) 添野和雄,立木美保,嶋田幸久:植調,50, 17 (2017)..BBoとPPBoのAtYUC2(シロイヌナズナのYUCCA2)に対するKi値はそれぞれ67 nMと57 nMと非常に低く,野生型シロイヌナズナに処理するとオーキシン欠乏の表現型を示すとともに内生IAA量を低下させる.これらYUC阻害剤はシロイヌナズナのみならず,単子葉モデル植物のブラキポディウム(7)7) K. Soeno, A. Sato & Y. Shimada: Jarq-Jpn. Agric. Res. Q., in press.やイネ(8)8) M. Watanabe, Y. Shigihara, Y. Hirota, S. Takato, A. Sato, Y. Kakei, R. Kikuchi, T. Ishii, K. Soeno, A. Nakamura et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 510 (2021).でも作用することから,YUCを経由するオーキシン生合成経路が広く植物間で保存されていることが示された.
上記のような一連の研究からIPyAはオーキシン生合成の主要な中間体であることが明らかになったが,IPyAは側鎖に反応性の高いα-β-ジケト構造を持つため非酵素的にIAAやその他の構造へと変化しやすい.植物の細胞内でIPyAが過剰に蓄積すると非酵素的なIAAへの変換によりIAA量の制御ができなくなることが想定される.実際にはTAA1/TARsの酵素反応産物であるIPyAは植物体中にはごく微量にしか存在していないことから,何らかの調節機構によりIPyAの蓄積による非酵素的なIAAの生成を防いでいると考えられる.一方で果実や種子など活発に成長する器官では成長を促進するためにオーキシンを大量に生合成する必要があるが,その際にはIPyAが不足しないように供給する必要がある.シロイヌナズナではオーキシン量が増加してオーキシンシグナルが上昇するとYUC遺伝子の発現が抑制される負のフィードバック制御が働くのに対し,TAA1/TARsに対する負のフィードバック制御は非常に弱いことが報告されているが(図3図3■主要なオーキシン生合成経路とその阻害剤作用部位,および生合成制御のための信号伝達経路)(9)9) S. Suzuki, C. Yamazaki, M. Mitsui, Y. Kakei, Y. Mitani, A. Nakamura, T. Ishii, K. Soeno & Y. Shimada: Plant Cell Rep., 34, 1343 (2015).,TAA1/TARs遺伝子の発現を抑制せずにどのようにしてIPyAの過剰や不足を抑制しているのか不明であった.また,シロイヌナズナの形質転換体を用いて1段階目の酵素であるTAA1のみを過剰発現してもオーキシン過剰にはならないのに対し,2段階目の酵素であるYUCを過剰発現させるとオーキシン過剰になることが報告されているが(10)10) 増口 潔:オーキシン生合成に関わるフラビン酵素YUCCAの機能解明,植物の生長調節,49, 18 (2014).,TAA1とYUCの過剰発現体の間で結果が大きく異なる理由が不明であった.
一般に酵素反応の生成物が生体内に過剰に蓄積されることが望ましくない場合,酵素活性の負のフィードバック制御が代謝の調節に重要な役割を果たすことが知られている.筆者らの研究グループは,TAA1/TARs反応系においても,反応産物であるIPyAによる調節機能が存在していると予想し,IPyAのアナログを用いた解析を行うこととした.IPyAは水溶液中ではケト形とエノール形の互変異性体として存在するが(図3図3■主要なオーキシン生合成経路とその阻害剤作用部位,および生合成制御のための信号伝達経路),ケト形のアナログは構造的に不安定となりやすいため,エノール形のアナログとしてKOK2099とそのメチルエステル誘導体であるKOK2052BPを解析に用いることにした.なお,両化合物は当初YUC阻害剤として設計,化学合成した化合物であり,シロイヌナズナへの処理では主根の伸長や側根形成を強く阻害するオーキシン欠乏の表現型が観察されるが,AtYUC2組換え酵素を用いた活性阻害試験では顕著な阻害活性を示さずその標的酵素は不明であった.それまでのTAA1酵素活性試験では,生成物であるエノール形IPyAとホウ酸が結合して形成する330 nm付近に吸収を持つIPyA-ホウ酸複合錯体を利用したホウ酸バッファー法を用いていたが,KOK2099を用いた解析ではジオール化合物であるKOK2099もまたホウ酸と錯体を形成してしまうため新たな反応系による解析が必要になった.反応に使用するバッファーをTris-HClに変更し,反応産物ではなく基質TrpのモニタリングによりTrpの消費量からTAA1酵素の活性を評価することで,IPyAアナログだけでなくIPyAがTAA1の活性に与える影響についても解析可能なアッセイ系を構築することに成功した(11, 12)11) A. Sato, K. Soeno, R. Kikuchi, M. Narukawa-Nara, C. Yamazaki, Y. Kakei, A. Nakamura & Y. Shimada: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2203633119 (2022).12) 佐藤明子,添野和雄,嶋田幸久:植物の化学調節,58, 52 (2023)..TAA1酵素反応系にKOK2099を添加するとTrpの消費活性が阻害されたことから,IPyAについてもTAA1酵素反応系に添加してみたところ,KOK2099よりも強いTrp消費阻害活性を示した.この結果から,TAA1の反応産物であるIPyAがTAA1の阻害剤としても機能しており,TAA1がIPyAによる負のフィードバック制御を受けていることが示唆された.IPyAやKOK2099の阻害様式を明らかにするために,Dixonプロットを作成した.Dixonプロットは基質濃度を固定して阻害剤濃度を変化させ,横軸に阻害剤濃度,縦軸に反応速度の逆数をプロットした直線を複数の基質濃度で作成する.阻害作用が競争阻害の場合,異なる基質濃度の直線は,縦軸が最大速度定数(Vmax)の逆数(1/Vmax),横軸が-Ki値の1点で交わる.しかしながらIPyAとKOK2099の解析の結果,いずれも1点では交わらず,非競合阻害や混合阻害とも異なる複雑な阻害様式を示した.これは,TAA1の反応産物であるIPyAがTAA1の阻害剤としても作用するため,酵素反応が進みIPyA量が増えることで添加した阻害剤濃度よりも高い阻害活性となってしまうためと考えられた.すなわちTAA1のみの酵素反応系では,TrpからTAA1により変換されたIPyAが蓄積し,Trpと競合してTAA1と結合することによりTrpからIPyAへの変換を阻害してしまう(図4A図4■IAA生合成酵素反応の模式図).実はTAA1/TARsにはTAA1酵素とPLPが複合体を形成してアミノ基転移のために活性化したE-PLP型(内部アルジミン)の酵素形態と,E-PLPが基質(この場合Trp)のアミノ基を取り込んだ後にIPyAを放出したミカエリス錯体であるE-PMP型(外部アルジミン)の酵素形態が存在する(図4A図4■IAA生合成酵素反応の模式図,文献11のFig. 5参照).Trpからアミノ基が外れる酵素反応では活性化したE-PLP型酵素の活性部位に基質アミノ酸であるTrpが配位してアミノ基を転移するが,E-PLP型の活性部位にはIPyAも入り込むことが可能なため,IPyAが過剰に蓄積する際にはIPyAとTrpがE-PLP型と結合する際に競合する可能性があると考えた.そこで,TAA1反応産物であるIPyAを反応系から除去する方法として,TAA1酵素反応系にシロイヌナズナのAtYUC10組換え酵素(図4図4■IAA生合成酵素反応の模式図ではYUCに対応)を加えた逐次反応系(図4B図4■IAA生合成酵素反応の模式図)を構築することにした.TAA1酵素反応系にYUCを加えることで,TAA1によりTrpから変換されたIPyAはAtYUC10によりIAAに変換されるためIPyAの蓄積が起こらず,TAA1によるTrpからIPyAへの変換が促進されることが期待された.酵素反応系にIPyAが蓄積しないようにTAA1とYUCの濃度などを調整した結果,期待通りTAAによるTrp消費活性が著しく上昇し,KOK2099のDixsonプロットも1点で交わる競合阻害のプロットを得ることができた(11, 12)11) A. Sato, K. Soeno, R. Kikuchi, M. Narukawa-Nara, C. Yamazaki, Y. Kakei, A. Nakamura & Y. Shimada: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2203633119 (2022).12) 佐藤明子,添野和雄,嶋田幸久:植物の化学調節,58, 52 (2023)..
(A)TAA1/TARsと基質IPyAの酵素反応模式図 図A左半分:TAA1/TARsはピリドキサールリン酸(PLP)と複合体(内部アルジミン:E-PLP)を形成することで活性化される.E-PLPは,その活性部位にTrpが配位してシッフ塩基を形成し,Trpのアミノ基と配位したケチミンを経由してTrpからアミノ基(図中の赤丸)を取り除き,2-オキソ酸であるIPyAを放出するとともに,Trpのアミノ基を取り込んだミカエリス錯体であるピリドキサミンリン酸(E-PMP)となる.IPyAの放出により形成されたE-PMPは,リサイクル反応により2-オキソ酸であるピルビン酸(Pyr)に取り込んだアミノ基を転移することでアラニン(Ala)へと変換・放出しE-PLPに戻る.図A右半分:E-PLPから放出されたIPyAはケト/エノール部分の側鎖がTrpのアミノ基より小さいため,Trpアナログ構造としてE-PLPの活性部位に入り込むことができる.しかし,側鎖にアミノ基を持たないためE-PLPとシッフ塩基を形成することができず,Trpの競合阻害剤として機能する.そのためTAA1/TARs酵素反応系においてTrpからIPyAへの変換が進まなくなる.(B)TAA1/TARsとYUCによる逐次反応の模式図 1段階目のTAA1/TARsによるアミノ基転移反応により放出されたIPyAは,2段階目のフラビン含有モノオキシゲナーゼ:YUCCA(YUC)によってIAAに変換される.IPyAが蓄積しないため1段階目のTAA1/TARsによるTrpからIPyAへの変換が促進される.(C)IPyAからTrpに変換される逆反応の模式図 E-PLPに活性化したTAA1/TARsはAlaのアミノ基を取り込みPyrを放出することでアミノ基を取り込んだE-PMPとなる.E-PMPの活性部位にIPyAが配位してIPyAとE-PMPのアミノ基が配位したケチミンとなる.シッフ塩基を経由してIPyAに取り込んだアミノ基を転移することでTrpへと変換・放出しE-PLPとなる.なお,生体内ではTrpからアミノ基を取り除きIPyAを放出して生成したE-PMPの活性部位に再びIPyAが配位してアミノ基転移によりTrpに変換される反応((A)のリサイクル反応の基質がIPyA)も進行していると考えられる.
これらの結果から,TAA1のみの酵素反応系におけるKOK2099のDixonプロットの複雑さは,TAA1の反応産物であるIPyAがTAA1に対して生成物阻害によるフィードバック制御を受けるためであり,酵素反応系にAtYUC10を加えた逐次反応系にすることで,同一反応系内でAtYUC10によりIPyAがIAAに変換されIPyAが蓄積しなくなることでKOK2099本来の競合阻害活性が現れたことが示唆された.KOK2099およびKOK2052BPなどはTrpと競合してTAA1活性を阻害していることから,阻害機構としてはTrpのアナログとしてTAA1の活性部位に入り込んでいることが予想されるが,構造的にはIPyAのアナログとして設計されたものであり,IPyAそのものもTAA1活性を阻害していることから,IPyAアナログ構造型のTAA1/TAR阻害剤として分類してよいだろう.シロイヌナズナ以外の植物においても同様の機構が機能しているのか検証するために,イネとトマトのTAR2ホモログであるFIBとSlTAR2の組換え酵素を作成し,酵素活性試験を行ったところ,FIBとSlTAR2ともにその活性はIPyAとKOK2099によって阻害されるとともに,AtYUC10組換え酵素を加えた逐次反応によりそれぞれの酵素活性が促進された.これらの結果から,IPyAによるTAA1/TARsに対する負のフィードバック制御は,単子葉植物と真性双子葉植物の間で広く保存されていることが示された.
アミノ基転移酵素は一般的に可逆的に反応を触媒することが知られているが(13, 14)13) C. V. Givan: “Aminotransferases in higher plants”: The Biochemistry of Plants vol.5 Amino Acids and Derivatives, eds. by B. J. Miflin, Academic Press, 1980, pp. 329–357.14) A. C. Eliot & J. F. Kirsch: Annu. Rev. Biochem., 73, 383 (2004).,TAA1/TARsに関してはTrpからIPyAへの変換活性のみ実証報告されていた.そこでTAA1がIPyAをTrpに変換する逆反応についても検討したところ,アラニン(Ala)をアミノ基供与体として酵素反応系に加えることで,TAA1によってIPyAからTrpへと変換することが確認できた(図4C図4■IAA生合成酵素反応の模式図).そこで,TAA1の酵素反応がTrpからIPyAに変換(IAA生合成の方向)する反応と,IPyAからTrpへと変換する逆反応のどちらの反応が基質との親和性が高い(低い基質濃度で反応が進む)のか,それぞれの反応におけるKm値(所定の条件下において最大反応速度Vmaxの半分の速度となる基質濃度.Km値が小さいほどより少ない基質濃度でVmaxの半分の速度に達する)を求めることにした.IAA生合成方向(Trp→IPyA)のTrpのKm値が43.6 μMであるのに対し,逆方向(IPyA→Trp)のIPyAのKm値は0.7 μMと,逆方向のKm値の方が小さい結果となった(11, 12)11) A. Sato, K. Soeno, R. Kikuchi, M. Narukawa-Nara, C. Yamazaki, Y. Kakei, A. Nakamura & Y. Shimada: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2203633119 (2022).12) 佐藤明子,添野和雄,嶋田幸久:植物の化学調節,58, 52 (2023)..植物の細胞内ではTrpの濃度の方がIPyAの濃度よりも遙かに高いため,細胞内でのTAA1の酵素反応の平衡はTrpからIPyAの方向に傾いていると考えられるが,IPyAのKm値がTrpのKm値の1/60以下であることから,細胞内でIPyAが蓄積しないように逆反応による調節も寄与していることが考えられる.
シロイヌナズナのTAA1過剰発現体ではオーキシン過剰の表現型にならないのに対しYUC過剰発現体ではオーキシン過剰の表現型になる理由が,反応産物であるIPyAによるTAA1のフィードバック制御とTAA1の逆反応による調節機能により説明が可能となった.TAA1過剰発現体では上昇した内生IPyAによるTAA1のオーキシン生合成活性(Trp→IPyA)の阻害と,TAA1酵素の逆反応による調節機能によりIPyAの蓄積を防ぐとともに,上昇したオーキシンシグナルがYUCの発現を抑制することでオーキシン過剰の表現型とならない.一方,YUC過剰発現体では,YUC酵素量が増加することにより,IPyAからIAAへの変換が活性化することでIPyAが消費され,IPyAによるTAA1活性へのフィードバック制御が解除され,TAA1によるIPyA生産が高まることと,過剰発現したYUCによるIAAへの変換がオーキシンシグナルによる負のフィードバック制御を上回ることでIAA生産が上昇し,オーキシン過剰の表現型となると考えられる.
このようにIPyA経路では,TAA1/TARs酵素の自己調節によるIPyAのプッシュとYUC酵素によるIPyAのプルのバランスにより植物体内で適切なIPyA量を維持しながら必要なIAA量の供給を維持する機構が働いていることがうかがえる.
本稿ではオーキシン生合成のIPyA経路をターゲットとした生合成阻害剤を紹介してきた.図2図2■IPyA経路に作用するIAA生合成阻害剤とその阻害様式で紹介した生合成阻害剤のうち,AOPP, AVG, Kyn, PVM1169, KOK2099, KOK2052BP, yucasin, YDF, BBo, PPBoおよびponalestatは2023年2月時点でCAS(アメリカ化学会の下部組織Chemical Abstracts Service)が提供している科学情報検索ツールSciFindern(15)15) CAS SciFindern: https://scifinder-n.cas.orgにおいて市販が確認されており研究者が入手可能となっている(7)7) K. Soeno, A. Sato & Y. Shimada: Jarq-Jpn. Agric. Res. Q., in press..2023年2月時点でTrpアナログ型のTAA1/TARs阻害剤のうち,オーキシン生合成阻害剤として最も初期に報告されたAOPPとAVGはそれぞれPALおよびACSの阻害剤であるにもかかわらず,オーキシン研究への利用が多数報告されており,Kynも数例の研究利用報告がある(7)7) K. Soeno, A. Sato & Y. Shimada: Jarq-Jpn. Agric. Res. Q., in press..一方TAA1/TARに対する特異性が高いPVM1169を利用した研究報告は見当たらないが,2021年時点ではSciFindernにおいてPVM1169の市販が確認されていなかったため(4)4) K. Hayashi: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 13, a040105 (2021).と思われる.また,YUC阻害剤では,安価で入手が容易かつ安定性も高いPPBoがオーキシンの機能解析などの研究に最も活用されている(7)7) K. Soeno, A. Sato & Y. Shimada: Jarq-Jpn. Agric. Res. Q., in press..一方,オーキシン研究で用いられているケミカルツールには,ここで紹介した生合成阻害剤以外にもオーキシンの輸送や受容体との結合,情報伝達などを阻害するケミカルツールが多数報告されオーキシン研究に利用されている(3, 4)3) 林 謙一郎,嶋田幸久:化学と生物,48, 485 (2010).4) K. Hayashi: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 13, a040105 (2021)..これらの中でオーキシンアナログ以外は標的分子や作用特異性が明確ではないことが多く,農業分野での実用化には至っていない.今回紹介したように,オーキシン生合成阻害剤の分野で標的が明確で特異性が高いケミカルツールが開発できたことにより,今後はオーキシン阻害を利用した植物成長調節物質としての実用化に向けた研究の進展が期待される.
Reference
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4) K. Hayashi: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 13, a040105 (2021).
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14) A. C. Eliot & J. F. Kirsch: Annu. Rev. Biochem., 73, 383 (2004).
15) CAS SciFindern: https://scifinder-n.cas.org
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17) 塩野克宏,平 修:植物の生長調節,55, 84 (2020).