Kagaku to Seibutsu 61(10): 493-500 (2023)
解説
広域抗生物質アミコラマイシンの全合成薬剤耐性菌に対抗する新規抗菌薬の創成を目指して
Total Synthesis of the Broad-Spectrum Antibiotic Amycolamicin: Toward the Creation of Novel Antimicrobial Agents to Compete against Drug-Resistant Bacteria
Published: 2023-10-01
医薬品の開発は1)標的タンパク質の同定,2)薬剤候補物質の探索・選抜,3)臨床試験を経て行われることが多い.最近では,薬剤候補化合物となり得る天然有機化合物を生産する微生物は,天然から取り尽くされたとも言われているが,実際のところ微生物の種類は正確に把握できていない.そのため,未発見の微生物を含む天然に存在する微生物群は,今後も医薬品化合物の宝庫となり続ける可能性はある.微生物が生産する天然有機化合物の全合成研究は医薬品化合物の供給,天然有機化合物の構造決定,生合成経路の解明や新規有機化学反応の発見に大きく貢献しており,産業および学術の両面において重要な役割を果たしている.
Key words: アミコラマイシン; 抗生物質; 全合成
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
薬剤耐性菌は,抗生物質を使用し続けることにより,細菌が抗生物質に対して抵抗力を高め,耐性を獲得した細菌である.感染症の研究現場では,抗生物質の長期的使用により出現した薬剤耐性菌に対応するため,既存薬の構造微改変などにより新たな抗生物質を開発している.しかしながら,新たに抗生物質を創出しても,耐性菌の更なる高耐性化により,日々,新たな脅威が突き付けられている.歴史的に見ると,抗生物質の黎明期はFlemingによって発見された微生物由来として世界初の抗生物質ペニシリンの発見から始まる.しかし,ペニシリンが発見されて間もなく,耐性菌が出現し,全く異なる作用機序を有する抗生物質の開発が急務となった状況で,この問題を解決する切り札として開発されたのがバンコマイシンであった.バンコマイシンの発見により感染症の恐怖を克服したかに思われたが,バンコマイシン耐性腸球菌やバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌が出現し,現在の人類と感染症のイタチごっこ状態に至る.最近の動向として,2013年における薬剤耐性菌に起因する死者数は世界で年間70万人に達しており,薬剤耐性菌に著効を有する新規抗菌薬が開発されない場合,2050年にはがんによる死者数を超えて,年間1000万人が死亡すると推計されている(1)1)厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016–2020, 2016..一方,日本国内での新規抗菌薬の開発については,1950年代以降に世界基準で使用される抗菌薬を数多く開発してきたが,最近では短期間での耐性菌出現の繰り返しによる開発意欲の減衰に加え,開発コストと利益の不均衡による製薬会社の抗菌薬開発からの撤退により,新規抗菌薬開発は停滞している.細菌の増殖は非常に速く,個体数が急激に増加するため,その中から突然変異による薬剤耐性菌が現れやすい.また,最近の抗生物質の処方として,使用頻度の急激な増加や単一の抗生物質の使用によっても薬剤耐性菌の出現確立は高くなる.薬剤耐性菌が蔓延すると問題になるのが体力の低下した患者に対しては致死的な感染症を引き起こす可能性があることである.そのため,薬剤耐性菌の出現頻度が低い新たな作用機序を有する抗生物質の開発は緊喫の課題である.
アミコラマイシン(1, 図1図1■アミコラマイシン(1)と部分構造)は希少放線菌Amycolatopsis sp. MK575-fF5及びKibdelosporangium sp. MA7385が生産する抗生物質であり,それぞれ2010年にIgarashi(微生物化学研究所)ら及び2011年にSingh(Merck)らによって単離報告された.1はメシチリン耐性黄色ブドウ球菌,バンコマイシン耐性腸球菌,ペニシリン耐性肺炎球菌,ペニシリナーゼ非産生アンピシリン耐性インフルエンザ菌などを始めとする薬剤耐性菌を含め,極めて広範なグラム陽性及び一部のグラム陰性菌に対して強力な抗菌作用を示す(MICs 0.125~2 µg/mL)(2~5)2) M. Igarashi, R. Sawa & Y. Homma: Jpn Patent JP2009/058210, 2009; WO2010122-669A1 (2010).3) S. Tohyama, Y. Takahashi & Y. Akamatsu: J. Antibiot., 63, 147 (2010).4) R. Sawa, Y. Takahashi, H. Hashizume, K. Sasaki, Y. Ishizaki, M. Umekita, M. Igarashi, H. Adachi, Y. Nishimura, Y. Akamatsu et al.: Chem. Eur. J., 18, 15772 (2012).5) J. W. Phillips, M. A. Goetz, S. K. Smith, D. L. Zink, J. Polishook, R. Onishi, S. Salowe, J. Wiltsie, J. Allocco, S. B. Singh et al.: Chem. Biol., 18, 955 (2011)..1の標的タンパク質は細菌のDNA合成必須酵素であるDNA gyrase及びtopoisomerase IVであり,1との共結晶のX線構造解析から,1は同じ標的を持つ既存薬とは全く異なる新規な結合様式を示すことが判明した(5, 6)5) J. W. Phillips, M. A. Goetz, S. K. Smith, D. L. Zink, J. Polishook, R. Onishi, S. Salowe, J. Wiltsie, J. Allocco, S. B. Singh et al.: Chem. Biol., 18, 955 (2011).6) S. B. Singh: Bioorg. Med. Chem., 24, 6291 (2016)..このことは,既存の抗菌薬に交差耐性を示さず,耐性発現頻度も極めて低いという1の良好な薬理特性の根拠となっている.また,ヒトのtopoisomerase IIは阻害せず,マウス急性毒性もないことから,構造的にも作用機序的にも全く新規な理想的抗菌薬リード化合物として大きな注目を集めている.また,1の分解物であるN-アシルアミコロース部位(3, 3a, 3b, 図1図1■アミコラマイシン(1)と部分構造)には前立腺間質細胞に対する顕著な増殖抑制活性が見出されている.構造的特徴としては,2つの新規単糖ユニット[アミキタノース(A),アミコロース(D)],テトラミン酸(B),トランスデカリン(C)及びピロールカルボン酸(E)が連結した過去に類例のないハイブリッド型構造を有しており,有機合成化学的見地からも挑戦的な合成標的である.本稿で紹介する全合成研究では,1を構成している5つのユニット(A, B, C, D, E)をそれぞれ調製した後に,適切な手段で順次連結して分子を組み上げる収束的合成戦略を採用しており,以下で詳細を説明する.
Liらは1の全合成を2021年12月にfirst synthesisとして発表し,その合成戦略はAB, C, DEユニット(13, 10, 3)の3つの部分構造に分割して合成し,グリコシル化とC-アシル化で各ユニットを連結する収束的合成を実施した(図2図2■Liらによる1の全合成)(7)7) S. Yang, C. Chen, J. Chen & C. Li: J. Am. Chem. Soc., 143, 21258 (2021)..
まず,アミコロースとピロールカルボン酸の複合体であるDEユニット(3)の合成では,出発原料のフラン4に対して,Achmatowicz反応によるピラノース環への変換を含む5工程の変換によりピラン5を調製した.5からOverman転位反応により側鎖部分にアミノ基を導入して6とした後,Sharpless不斉ジヒドロキシ(AD)化により,ピラン6の炭素–炭素二重結合を立体選択的にジオールへと変換した.既知の手法で合成したピロールカルボン酸(Eユニット)と6のアミノ基を縮合して,DEユニット(3)の合成を完了した.また,DEユニットのアノマー部分をメタノールによるグリコシル化反応に付すことで,細胞毒性の報告されている1の分解物3a, 3b(図1図1■アミコラマイシン(1)と部分構造)の合成も達成した.β-グリコシド体3bについては,X線結晶構造解析で立体化学を含む構造を確認した.
トランスデカリン10(Cユニット)については,エノン7からStilleカップリングと縮合によりエステル側鎖を導入し,8を得た.8のIreland-Claisen転位反応により,C8a位に立体選択的に炭素鎖を導入することで9を得た後,Grubbs第二世代触媒を用いた閉環メタセシス反応(RCM)を含む5工程の変換によりトランスデカリン10(Cユニット)へと導いた.
糖とテトラミン酸がN-グリコシド結合で連結したABユニット(13)はL-ラムノース(11)を原料として,グリコシル化を含む糖ヒドロキシ基の官能基化により中間体12を調製した.12のケトン部分を還元剤であるNaBH4を用いた還元反応に付すことで,単一立体異性体として目的物を得た.これにより,L-ラムノースの4″位ヒドロキシ基を立体反転し,他のヒドロキシ基の立体化学はそのまま利用することで,天然物のAユニット部分の立体化学を構築した.続いて,Lewis酸として金触媒を用いるYuらの手法によりAユニット部分とテトラミン酸とのN-グリコシル化を行った(8)8) Q. Zhang, J. Sun, Y. Zhu, F. Zhang & B. Yu: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 4933 (2011)..本法は糖とテトラミン酸をN-グリコシル化で直接連結した初の例であり,グリコシド結合の立体選択性も20:1と所望のα-グリコシド体を優先的に得ることに成功した.最後に4″位ヒドロキシ基をカーバメート化してABユニット(13)を合成した.
各ユニットの連結工程では,まずCとDEユニット(10, 3)を前述したYuらの金触媒を用いたグリコシル化によりCDEユニット(14)の合成を試みた.グリコシル化は糖の2位置換基の隣接基関与によって立体制御されることが多いが,Dユニットは2′位部分に置換基が存在しない2-デオキシ糖誘導体であるため,グリコシル化の立体制御が困難であると予想される.実際に,Liらは本グリコシル化において,多くの検討を実施しており,その結果,金触媒とガドリウム触媒を混合させることでグリコシド結合のα/β比を1 : 4の比率まで向上させることに成功した.CDEユニット(14)とABユニット(13)はトリエチルアミン存在下でニトリル基が脱離しながらC-アシル化が進行することで中程度の収率で連結した.このとき,テトラミン酸部分はトリエチルアミン塩として得られたが,NMR解析からSinghらによって報告された天然物(キブデロマイシン)のNMRスペクトルと良く似たスペクトルを示した.非常に興味深いことに,天然アミコラマイシンがIgarashiらとSinghらによって単離された際に,同一の提唱構造であるものの,それぞれのNMRスペクトルが異なっており,天然物の構造に疑義が呈されていた.そこで,Liらは1のトリエチルアミン塩を塩酸もしくはトリフルオロ酢酸で処理し,テトラミン酸を遊離させると,Igarashiらが報告したアミコラマイシンのNMRスペクトルと一致した.すなわち,Singhらはアミコラマイシンを塩として単離していたことをLiらは解明し,2つの研究グループによって単離された1のNMRスペクトルの不一致の問題を解決するに至った.
我々は1の全合成を2022年3月にsecound synthesisとして発表した(9, 10)9) Y. Meguro, J. Ito, K. Nakagawa & S. Kuwahara: J. Am. Chem. Soc., 144, 5253 (2022).10) 目黒康洋,伊藤隼哉,仲川清隆,桑原重文:第64回天然有機化合物討論会講演要旨集,2022, p. 141..合成計画は,CとDEユニット(21, 18)をグリコシル化で連結して得られるCDEユニット(24)とAユニット誘導体(23)をN-アシル化し,テトラミン酸骨格(Bユニット)を構築することで1を合成可能と考えた.LiらはABユニットを合成してから,CDEユニットと連結していたが,我々は各ユニットを連結後にBユニットを構築する戦略で合成研究を進めることにした(図3図3■筆者らによる1の全合成).
DEユニット(18)の合成では,Horner-Wadsworth-Emmons(HWE)反応による増炭やSharpless不斉エポキシ(AE)化を含む8工程の変換によりケトン16を調製した.16への変換過程において,エポキシ化とアジド化の収率及び反応条件に改善の余地があったため,改良法としてSharpless不斉ジヒドロキシ(AD)化によるジオールの導入とp-トルエンスルホニル基の脱離を伴うアジド化を実施することで,より温和な条件かつ収率の向上を達成した.ケトン16に対するビニルリチウム試薬の求核付加はジアステレオ選択的に進行し,所望の17を得た.続いて,ピロールカルボン酸(Eユニット)との縮合及び2つのp-メトキシベンジル(PMB)基を除去した後,N,O-アセタール化することでDEユニット(18)の合成を完了した.また,我々は1の全合成に先駆けてDEユニットの部分構造の合成を2019年に発表した際に,DEユニットの共通中間体から酸性条件下,メタノールとのグリコシル化で,細胞毒性の報告されている1の分解物3a, 3b(図1図1■アミコラマイシン(1)と部分構造)の合成も達成した(11)11) Y. Meguro, Y. Ogura, M. Enomoto & S. Kuwahara: J. Org. Chem., 84, 7474 (2019)..
我々は,Cユニット(21)のエキソメチレン構造を持つジブロモプロペンを原料として使用し,最後に分子内Diels-Alder(DA)反応によってトランスデカリン骨格と不斉点を一挙に構築することで,より効率的にCユニットを合成可能であると考えた.ジブロモプロペン19に対して,HWE反応及びHeckクロスカップリングにより増炭した後,不斉還元により96%の光学純度でテトラエナール20を合成した.20をEt2AlCl存在下,分子内DA反応に付したところ,高立体選択的に望むトランスデカリン21が得られた.一方,20をメトキシメチル(MOM)及びtert-ブチルジメチルシリル(TBS)保護した基質の場合,DA反応は進行したが望まない立体異性体が優先的に生成する結果となった.20のような無保護ヒドロキシ基を有する類似基質をLweis酸存在下で分子内DA反応に付した前例は無いと思われるが,アルミニウム試薬がヒドロキシ基に配位することが立体制御に重要であると考えられる.また,本手法は同様のトランスデカリン骨格を有する天然物合成において,画期的アプローチになると期待している.
Aユニット誘導体(23)の合成は,L-フコース(22)を原料として2″位ヒドロキシ基の立体反転とヒドロキシ基の官能基化を計画した.23の合成では,まず,L-フコースに環状カーボネート基を導入した後,2″位ヒドロキシ基の立体反転とL-バリンメチルエステルとのN-グリコシル化によりL-フコースから5工程,総収率38%で23を合成した.また,Aユニットについては,オルトエステル保護体を用いて,位置選択的なアセチル(Ac)基の導入と糖ヒドロキシ基上の置換基の変換によりアミキタノース(2,図1図1■アミコラマイシン(1)と部分構造)の合成も実施した(12, 13)12) Y. Meguro, M. Enomoto & S. Kuwahara: Eur. J. Org. Chem., 26, e202300075 (2023).13) Y. Meguro, Y. Taguchi, M. Enomoto & S. Kuwahara: Tetrahedron Lett., 100, 153891 (2022)..
各ユニットの連結ではCユニット(21)をDEユニット(18)でグリコシル化した後,増炭してチオエステル24へと変換した.24によりα/β=1 : 1.1のアノマー混合物23をN-アシル化すると,期待通りAユニットのアノマー位において立体収束的に反応が進行し,β-ケトアミド25を単一アノマーとして与えた.Dieckmann縮合によりテトラミン酸部位(Bユニット)を構築した後,one potで2,4-ジメトキシベンジルアミンを加えることで環状カーボネートの開環によりカーバメート基を導入した.本反応ではカーバメート基の位置異性体が21%の収率で副生したが,26の4″位置換基はエクアトリアル位を占めており,立体障害が小さいため,26が優先的に得られたと考えた.最後に,アセチル(Ac)化及び2,4-ジメトキシベンジル基とTBS基の除去により1の全合成を達成した.合成研究に着手してから4年余りの期間で1の合成に到達した.
Baranらの1の全合成は2022年6月にthird synthesisとして報告され,合成戦略は筆者らと同様に,Aユニット誘導体(35)とCDEユニット(36)をN-アシル化で連結した後,Bユニットの構築により1の合成を計画した(図4図4■Baranらによる1の全合成)(14)14) C. He, Y. Wang, C. Bi, D. S. Peters, T. J. Gallagher, J. Teske, J. S. Chen, R. Corsetti, K. Lewis, P. S. Baran et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 61, e202206183 (2022)..
DEユニット(30)の合成は,フラン27からLiらと同様にAchmatowicz反応を含む3工程の変換によりピラン28を調製した.28のアミン部分とピロールカルボン酸(Eユニット)を縮合し,エポキシ化によって29へと導いた.28に所望の立体化学でエポキシ基を導入する検討では,トリフルオロ過酢酸を用いた場合のみ中程度の収率で29が得られた.29からヒドリドによるエポキシ基の開環においても,還元剤の検討を必要とし,LiBH4を還元剤として用いることでエポキシ基を開環し,TBS保護してDEユニット(30)の合成を完了した.
Cユニット(33)の合成は,筆者らと同様に鍵反応として分子内DA反応を選択した.まず,Weinrebアミド(31)に対してWittig反応による増炭とCBS試薬による不斉還元を含む8工程の変換で光学活性なテトラエナール32へと導いた.ヒドロキシ基が無保護の32をLewis酸存在下で,分子内DA反応に付すことで,単一立体異性体としてトランスデカリン33(Cユニット)を得た.
Aユニット誘導体(35)の原料には,L-フコース(22)を用いた.これまで示した3つの研究グループともAユニット部分は糖の立体化学をそのまま利用するため,原料は初めから天然物に類似の立体化学を有する市販の糖を用いるキラルプール法を採用している.L-フコースからグリコシル化とヒドロキシ基の官能基化を含む8工程の変換で34とした後,L-バリンメチルエステルとのN-グリコシル化により,Aユニット誘導体(35)を合成した.
合成した各ユニットの連結では,CとDEユニット(33, 30)をグリコシル化及びチオエステルによるアルドール反応で増炭して,β-ケトチオエステル36を得た.36とAユニット誘導体(35)をLewis酸存在下によるN-アシル化及びDieckmann縮合に付すと,Aユニットのグリコシド結合は天然物とは逆のβ-グリコシド体(epi-1)となった.筆者らがN-アシル化した際には,Aユニットを環状カーボネート保護した基質を用いるとα-グリコシド体が得られている.1の単離を報告したIgarashiらの知見によると,環状の保護基を導入したAユニットにおいて,N-グリコシド結合のα/β混合物は酸性条件下においてα結合に収束することが報告されている.すなわち,本基質においてLewis酸を用いるN-アシル化反応では,N-グリコシド結合の立体制御にはAユニット部分に環状の保護基を導入することが重要である.上記に示したように,グリコシド結合のα/β比は酸によって変化するため,Baranらは得られたβグリコシド体をギ酸で処理することでα/β=3 : 4の混合物へと変換し,分離することで1の全合成を達成した.
本稿では薬剤耐性菌を含む広範なグラム陽性及び一部のグラム陰性菌に対して,強力な抗菌作用を示すアミコラマイシン(1)の全合成を達成した3つの研究例を紹介した.1が単離報告されて10年以上経過してから約半年の期間に立て続けに3つの全合成が報告されたことから,研究は日本国内のみならず全世界の研究者の不断の努力と叡智を集結して,しのぎを削っていることを実感した次第である.3つの全合成が報告された以降も,1の部分構造の合成や形式全合成が相次いで報告され(15, 16)15) T. M. Frossard, N. Trapp & K.-H. Altmann: Eur. J. Org. Chem., 2022, e202200761 (2022).16) M. G. Schriefer, L. Treiber & R. Schobert: Chem. Sci., 14, 3562 (2023).,1の特異なハイブリッド構造と生物活性は多くの有機合成化学者を魅了している.筆者らも,微生物が創造したアミコラマイシンの美しい構造に興味を抱き,合成研究を開始して,より効率的かつスマートな合成経路を開拓すべく,日々の研究に向き合ってきた.まずは全合成を達成したが,1の生物活性は魅力的であるため,新規抗菌薬開発に向けた構造活性相関研究に展開したいと考えている.これまでに構造活性相関研究を実施したのは,Singhらが天然物から誘導化したものとBaranらによる1の部分構造を用いて生物活性を評価したものに限る.現在のところ,天然物よりも有効な活性は見出されていないので,筆者らも既に合成した部分構造を含め新たな誘導体を合成し,構造活性相関研究への展開を計画している.1は5つの環構造が連なった構造であるため,広範な類縁体ライブラリーが構築でき,抗菌作用のみならず未知の薬理作用が潜んでいる可能性もあるため,今後の構造活性相関研究の展開を大いに期待している.
Acknowledgments
筆者らが実施したアミコラマイシンの全合成研究を遂行するにあたり,現在に至るまでご指導いただいた榎本 賢准教授(東北大学)には心より感謝の意を表します.MS分析において,ご助力いただいた仲川清隆教授(東北大学),伊藤隼哉助教(東北大学)に厚く御礼申し上げます.合成中間体のNMRスペクトルをご提供していただいた五十嵐雅之博士(微生物化学研究所),安達勇光博士(微生物化学研究所)には貴重なご助言も賜り,深く感謝申し上げます.
Reference
1)厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016–2020, 2016.
2) M. Igarashi, R. Sawa & Y. Homma: Jpn Patent JP2009/058210, 2009; WO2010122-669A1 (2010).
3) S. Tohyama, Y. Takahashi & Y. Akamatsu: J. Antibiot., 63, 147 (2010).
6) S. B. Singh: Bioorg. Med. Chem., 24, 6291 (2016).
7) S. Yang, C. Chen, J. Chen & C. Li: J. Am. Chem. Soc., 143, 21258 (2021).
8) Q. Zhang, J. Sun, Y. Zhu, F. Zhang & B. Yu: Angew. Chem. Int. Ed., 50, 4933 (2011).
9) Y. Meguro, J. Ito, K. Nakagawa & S. Kuwahara: J. Am. Chem. Soc., 144, 5253 (2022).
10) 目黒康洋,伊藤隼哉,仲川清隆,桑原重文:第64回天然有機化合物討論会講演要旨集,2022, p. 141.
11) Y. Meguro, Y. Ogura, M. Enomoto & S. Kuwahara: J. Org. Chem., 84, 7474 (2019).
12) Y. Meguro, M. Enomoto & S. Kuwahara: Eur. J. Org. Chem., 26, e202300075 (2023).
13) Y. Meguro, Y. Taguchi, M. Enomoto & S. Kuwahara: Tetrahedron Lett., 100, 153891 (2022).
14) C. He, Y. Wang, C. Bi, D. S. Peters, T. J. Gallagher, J. Teske, J. S. Chen, R. Corsetti, K. Lewis, P. S. Baran et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 61, e202206183 (2022).
15) T. M. Frossard, N. Trapp & K.-H. Altmann: Eur. J. Org. Chem., 2022, e202200761 (2022).
16) M. G. Schriefer, L. Treiber & R. Schobert: Chem. Sci., 14, 3562 (2023).