解説

チカイエカおよびヒトスジシマカに対する青色光の致死効果青色光照射による蚊駆除の可能性

Lethal Effect of Blue Light on the Urban Mosquito, Culex pipiens Form molestus, and Asian Tiger Mosquito, Aedes albopictus: Control of Mosquitoes by Irradiation of Blue Light

Masatoshi Hori

雅敏

東北大学大学院農学研究科

Published: 2023-10-01

環境負荷や安全性,殺虫剤に対する害虫の抵抗性発達などの問題から,殺虫剤に代わる新たな害虫防除技術が求められている.そのような中,クリーンな技術である光による害虫防除(光防除)は,LEDの発展と普及により近年注目されている.従来の光防除は誘引や活動抑制など,光による害虫の行動制御を利用したものが主であったが,筆者は可視光である青色光に殺虫効果があることを発見した.一方,殺虫に効果的な青色光波長や有効強度は昆虫種や発育段階で異なることも明らかにしている.そこで,本稿では感染症媒介で問題となる蚊の発生抑制対策への青色光利用の可能性について,代表的な蚊類に対する青色光の殺虫効果を示しながら解説する.

Key words: 青色光; 殺虫; 蚊; チカイエカ; ヒトスジシマカ

昆虫に対する光の作用と光防除

光は多くの動物の生理・生態に重要な役割をしており,昆虫においても,多くの種が活動リズムや物体への定位などに光を利用している.特に,正の走光性を示す昆虫種は多く,多くの種は光源の方向に移動する行動を示す.夜,街灯の周りに蛾類をはじめとした多数の昆虫が群がっている様子を見たことがある人は多いと思う.一方,正の走光性より例は少ないが,種によっては,あるいは発育段階や生理状態によっては,光源から遠ざかる行動,すなわち,負の走光性を示す昆虫もいる.正の走光性を引き起こす場合は誘引効果,負の走光性を引き起こす場合は忌避効果となる.また,多くの昆虫は,休眠や変態,繁殖などのさまざまな生理状態を変化させる際の情報としても光を用いている.このように,光は昆虫に対して様々な作用をもつことから,害虫防除にも昔から用いられてきた.光による害虫防除,いわゆる光防除の中で特によく用いられてきたのが誘引効果で,農業現場や飲食店,食品工場,公共施設などでの害虫捕殺用のトラップや電撃殺虫器の誘引源などに利用されている.また,作物栽培においては,夜行性蛾類の活動抑制にも光は利用されており,夜間に黄色灯を点灯することで彼らの飛翔や交尾,産卵などを抑えることができる.

殺虫剤に代わる防除技術の開発・普及が望まれる中,物理的防除はクリーンな技術として注目されているが,中でも近年の発光ダイオード(LED)の発展・普及により,LED光源を用いた光防除技術の研究・開発が盛んになっている.LEDはこれまでの光源と比べて長寿命で省エネであることから普及が進んでいるが,光の波長や強度を比較的簡単に制御できるという利点もあることから,昆虫に対する光の作用の詳細をこれまでよりも容易に解析できるようになってきた.光の波長ごとに昆虫への作用を調べることも容易になり,これまでに知られていなかった昆虫に対する光の作用も見出されるようになってきた.

光の傷害作用と青色光の殺虫効果

光防除は昔から広く行われてきたと述べたが,そのほとんどは光による害虫の行動制御を利用したものであり,害虫を光で直接殺虫するものではない.一方,本稿で取り上げる青色光の殺虫効果による害虫駆除技術は,光のエネルギーによる直接殺虫であり,従来の光防除技術とは大きく異なる.青色光は波長が400~500 nmの可視光領域で,殺虫効果があることを筆者が初めて明らかにした.筆者はこの発見を2013年に「害虫の防除方法及び防除装置」として特許出願し(2017年登録:特許第6118239号),2014年に学術誌で発表している(1)1) M. Hori, K. Shibuya, M. Sato & Y. Saito: Sci. Rep., 4, 7383 (2014)..光の中でも短波長や中波長の紫外線(UV)であるUVC(100~280 nm)やUVB(280~315 nm)は生物に対する毒性が非常に高いことがよく知られているが,長波長の紫外線であるUVA(315~400 nm)はこれらに比べてはるかに毒性が低い.光の生物に対する毒性は,波長が短いほど大きいとされていることから(2)2) J. H. Clark: Physiol. Rev., 2, 277 (1922).,UVAよりもさらに波長が長い可視光に,昆虫を含む複雑な動物に対する致死効果があるとはまったく考えられていなかった.DNAの最大吸収波長は260~265 nmであるため,UVCやUVBはDNAに吸収されやすく(3)3) C. B. Beggs: Photochem. Photobiol. Sci., 1, 431 (2002).,DNAを直接傷つけることで,強い毒性を発揮する(4)4) G. P. Pfeifer, Y.-H. You & A. Besaratinia: Mutat. Res., 571, 19 (2005)..一方,UVAや可視光はDNAに吸収されないため毒性は低い.UVCの殺虫効果に関してはカイコ(5)5) 中島 誠,吉田治男:応動昆,15, 17 (1971).やゴキブリ(6)6) D. R. A. Wharton: J. Econ. Entomol., 64, 252 (1971).,ハエ,カメムシ,シロアリ(7)7) R. L. Beard: J. Econ. Entomol., 65, 650 (1972).などで比較的古くから報告がある.UVBに関しては,昆虫ではないがハダニを対象に,照射による殺ダニの実証試験が行われており,一部で実用化もされている(8)8) 田中雅也,八瀬順也,神頭武嗣,刑部正博:植物防疫,71, 229 (2017)..UVAの昆虫に対する障害効果はオオタバコガで照射による酸化ストレスの増加(9)9) J. Y. Meng, C. Y. Zhang, F. Zhu, X. P. Wang & C. L. Lei: J. Insect Physiol., 55, 588 (2009).と成虫寿命のわずかな短縮(10)10) C. Y. Zhang, J. Y. Meng, X. P. Wang, F. Zhu & C. L. Lei: Insect Sci., 18, 697 (2011).が報告されていたが,明瞭な殺虫効果を示す報告はなかった.

青色光の殺虫効果は偶然その可能性が見出された.その後,キイロショウジョウバエ(以下,ショウジョウバエ)を用いて殺虫効果の詳細を調査した結果,殺虫効果は波長が短いほど高いわけではないこと(図1図1■キイロショウジョウバエの蛹に対する青色光の殺虫効果(1)1) M. Hori, K. Shibuya, M. Sato & Y. Saito: Sci. Rep., 4, 7383 (2014).,効果的な波長が発育段階により変化することが明らかになった(11)11) K. Shibuya, S. Onodera & M. Hori: PLoS One, 13, e0199266 (2018)..様々な昆虫で青色光の殺虫効果を調査中であるが,本稿で紹介するチカイエカ(12)12) K. Taniyama, Y. Saito & M. Hori: Appl. Entomol. Zool., 56, 319 (2021).やヒトスジシマカ(13)13) K. Taniyama & M. Hori: Sci. Rep., 12, 10100 (2022).のほかに,イチゴハムシ(14)14) M. Hori & A. Suzuki: Sci. Rep., 7, 2694 (2017).やチャタテムシ(15)15) M. Hori & N. Oyama: Appl. Entomol. Zool., 58, 133 (2023).,ヒラタコクヌストモドキ(1)1) M. Hori, K. Shibuya, M. Sato & Y. Saito: Sci. Rep., 4, 7383 (2014).など,現在,4目10種以上の害虫で効果が確認されている(図2図2■これまでに青色光の殺虫効果が認められている主な害虫種と発育ステージ(16)16) 堀 雅敏:農薬誌,43, 109 (2018)..また,2018年には食品・医薬品などの製造現場におけるチャタテムシやショウジョウバエ,チョウバエなどの害虫駆除用に,LED光源を用いた青色光殺虫装置を民間企業と共同で商品化し,実用化に至っている.

図1■キイロショウジョウバエの蛹に対する青色光の殺虫効果

キイロショウジョウバエの蛹に対しては,435 nm近辺と470 nm近辺の青色光が特に高い殺虫効果を示す.これらの波長の殺虫効果はUVAよりも高い.