Kagaku to Seibutsu 61(10): 501-509 (2023)
解説
チカイエカおよびヒトスジシマカに対する青色光の致死効果青色光照射による蚊駆除の可能性
Lethal Effect of Blue Light on the Urban Mosquito, Culex pipiens Form molestus, and Asian Tiger Mosquito, Aedes albopictus: Control of Mosquitoes by Irradiation of Blue Light
Published: 2023-10-01
環境負荷や安全性,殺虫剤に対する害虫の抵抗性発達などの問題から,殺虫剤に代わる新たな害虫防除技術が求められている.そのような中,クリーンな技術である光による害虫防除(光防除)は,LEDの発展と普及により近年注目されている.従来の光防除は誘引や活動抑制など,光による害虫の行動制御を利用したものが主であったが,筆者は可視光である青色光に殺虫効果があることを発見した.一方,殺虫に効果的な青色光波長や有効強度は昆虫種や発育段階で異なることも明らかにしている.そこで,本稿では感染症媒介で問題となる蚊の発生抑制対策への青色光利用の可能性について,代表的な蚊類に対する青色光の殺虫効果を示しながら解説する.
Key words: 青色光; 殺虫; 蚊; チカイエカ; ヒトスジシマカ
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
光は多くの動物の生理・生態に重要な役割をしており,昆虫においても,多くの種が活動リズムや物体への定位などに光を利用している.特に,正の走光性を示す昆虫種は多く,多くの種は光源の方向に移動する行動を示す.夜,街灯の周りに蛾類をはじめとした多数の昆虫が群がっている様子を見たことがある人は多いと思う.一方,正の走光性より例は少ないが,種によっては,あるいは発育段階や生理状態によっては,光源から遠ざかる行動,すなわち,負の走光性を示す昆虫もいる.正の走光性を引き起こす場合は誘引効果,負の走光性を引き起こす場合は忌避効果となる.また,多くの昆虫は,休眠や変態,繁殖などのさまざまな生理状態を変化させる際の情報としても光を用いている.このように,光は昆虫に対して様々な作用をもつことから,害虫防除にも昔から用いられてきた.光による害虫防除,いわゆる光防除の中で特によく用いられてきたのが誘引効果で,農業現場や飲食店,食品工場,公共施設などでの害虫捕殺用のトラップや電撃殺虫器の誘引源などに利用されている.また,作物栽培においては,夜行性蛾類の活動抑制にも光は利用されており,夜間に黄色灯を点灯することで彼らの飛翔や交尾,産卵などを抑えることができる.
殺虫剤に代わる防除技術の開発・普及が望まれる中,物理的防除はクリーンな技術として注目されているが,中でも近年の発光ダイオード(LED)の発展・普及により,LED光源を用いた光防除技術の研究・開発が盛んになっている.LEDはこれまでの光源と比べて長寿命で省エネであることから普及が進んでいるが,光の波長や強度を比較的簡単に制御できるという利点もあることから,昆虫に対する光の作用の詳細をこれまでよりも容易に解析できるようになってきた.光の波長ごとに昆虫への作用を調べることも容易になり,これまでに知られていなかった昆虫に対する光の作用も見出されるようになってきた.
光防除は昔から広く行われてきたと述べたが,そのほとんどは光による害虫の行動制御を利用したものであり,害虫を光で直接殺虫するものではない.一方,本稿で取り上げる青色光の殺虫効果による害虫駆除技術は,光のエネルギーによる直接殺虫であり,従来の光防除技術とは大きく異なる.青色光は波長が400~500 nmの可視光領域で,殺虫効果があることを筆者が初めて明らかにした.筆者はこの発見を2013年に「害虫の防除方法及び防除装置」として特許出願し(2017年登録:特許第6118239号),2014年に学術誌で発表している(1)1) M. Hori, K. Shibuya, M. Sato & Y. Saito: Sci. Rep., 4, 7383 (2014)..光の中でも短波長や中波長の紫外線(UV)であるUVC(100~280 nm)やUVB(280~315 nm)は生物に対する毒性が非常に高いことがよく知られているが,長波長の紫外線であるUVA(315~400 nm)はこれらに比べてはるかに毒性が低い.光の生物に対する毒性は,波長が短いほど大きいとされていることから(2)2) J. H. Clark: Physiol. Rev., 2, 277 (1922).,UVAよりもさらに波長が長い可視光に,昆虫を含む複雑な動物に対する致死効果があるとはまったく考えられていなかった.DNAの最大吸収波長は260~265 nmであるため,UVCやUVBはDNAに吸収されやすく(3)3) C. B. Beggs: Photochem. Photobiol. Sci., 1, 431 (2002).,DNAを直接傷つけることで,強い毒性を発揮する(4)4) G. P. Pfeifer, Y.-H. You & A. Besaratinia: Mutat. Res., 571, 19 (2005)..一方,UVAや可視光はDNAに吸収されないため毒性は低い.UVCの殺虫効果に関してはカイコ(5)5) 中島 誠,吉田治男:応動昆,15, 17 (1971).やゴキブリ(6)6) D. R. A. Wharton: J. Econ. Entomol., 64, 252 (1971).,ハエ,カメムシ,シロアリ(7)7) R. L. Beard: J. Econ. Entomol., 65, 650 (1972).などで比較的古くから報告がある.UVBに関しては,昆虫ではないがハダニを対象に,照射による殺ダニの実証試験が行われており,一部で実用化もされている(8)8) 田中雅也,八瀬順也,神頭武嗣,刑部正博:植物防疫,71, 229 (2017)..UVAの昆虫に対する障害効果はオオタバコガで照射による酸化ストレスの増加(9)9) J. Y. Meng, C. Y. Zhang, F. Zhu, X. P. Wang & C. L. Lei: J. Insect Physiol., 55, 588 (2009).と成虫寿命のわずかな短縮(10)10) C. Y. Zhang, J. Y. Meng, X. P. Wang, F. Zhu & C. L. Lei: Insect Sci., 18, 697 (2011).が報告されていたが,明瞭な殺虫効果を示す報告はなかった.
青色光の殺虫効果は偶然その可能性が見出された.その後,キイロショウジョウバエ(以下,ショウジョウバエ)を用いて殺虫効果の詳細を調査した結果,殺虫効果は波長が短いほど高いわけではないこと(図1図1■キイロショウジョウバエの蛹に対する青色光の殺虫効果)(1)1) M. Hori, K. Shibuya, M. Sato & Y. Saito: Sci. Rep., 4, 7383 (2014).,効果的な波長が発育段階により変化することが明らかになった(11)11) K. Shibuya, S. Onodera & M. Hori: PLoS One, 13, e0199266 (2018)..様々な昆虫で青色光の殺虫効果を調査中であるが,本稿で紹介するチカイエカ(12)12) K. Taniyama, Y. Saito & M. Hori: Appl. Entomol. Zool., 56, 319 (2021).やヒトスジシマカ(13)13) K. Taniyama & M. Hori: Sci. Rep., 12, 10100 (2022).のほかに,イチゴハムシ(14)14) M. Hori & A. Suzuki: Sci. Rep., 7, 2694 (2017).やチャタテムシ(15)15) M. Hori & N. Oyama: Appl. Entomol. Zool., 58, 133 (2023).,ヒラタコクヌストモドキ(1)1) M. Hori, K. Shibuya, M. Sato & Y. Saito: Sci. Rep., 4, 7383 (2014).など,現在,4目10種以上の害虫で効果が確認されている(図2図2■これまでに青色光の殺虫効果が認められている主な害虫種と発育ステージ)(16)16) 堀 雅敏:農薬誌,43, 109 (2018)..また,2018年には食品・医薬品などの製造現場におけるチャタテムシやショウジョウバエ,チョウバエなどの害虫駆除用に,LED光源を用いた青色光殺虫装置を民間企業と共同で商品化し,実用化に至っている.
青色光の殺虫メカニズムは現在解析中であり,未解明な部分が多い.ショウジョウバエ成虫を用いた実験では,体表からの青色光の透過が殺虫効果の発揮には重要であることが示されている(17)17) A. Kobayashi, S. Onodera, K. Hosaka, K. Shibuya, M. Harata, H. Aso & M. Hori: Proceedings of The XXVI International Congress of Entomology (2022)..また,青色光を照射すると体内の活性酸素量が増加することも明らかになっている(11)11) K. Shibuya, S. Onodera & M. Hori: PLoS One, 13, e0199266 (2018)..さらに,ショウジョウバエ胚由来の培養細胞を用いた実験では,青色光を照射することにより,細胞が障害を受けることが示されている(18)18) S. Onodera, K. Shibuya, K. Suzuki, H. Aso & M. Hori: Proceedings of The XXV International Congress of Entomology (2016)..また,先に述べたように,殺虫に効果的な青色光波長は昆虫種や発育段階によって異なることが明らかになっている.以上のことを考え合わせると,体表を透過した青色光の中で特定の波長の光が,昆虫の体内に存在する種・発育段階特異的な光感受性物質や発色団などに特に強く吸収されることで励起して活性酸素を発生させ,それによりDNA・細胞が障害を受け,組織の損傷,さらには個体の致死を引き起こすものと推測している(図3図3■推測される青色光の殺虫メカニズム).哺乳類の網膜細胞は青色光照射で障害を受けることが明らかになっているが(19)19) M. Różanowska & T. Sarna: Photochem. Photobiol., 81, 1305 (2005).,その障害に活性酸素が関与していることが示唆されている(20)20) Y. Kuse, K. Ogawa, K. Tsuruma, M. Shimazawa & H. Hara: Sci. Rep., 4, 5223 (2014)..昆虫に対する青色光の殺虫メカニズムもこれと類似していることが考えられる.
本稿では日本において代表的な蚊であるチカイエカおよびヒトスジシマカに対する青色光の殺虫効果について,以前に報告した内容(12, 13)12) K. Taniyama, Y. Saito & M. Hori: Appl. Entomol. Zool., 56, 319 (2021).13) K. Taniyama & M. Hori: Sci. Rep., 12, 10100 (2022).を中心に解説するが,その前に両種について簡単に紹介したい.
蚊は吸血により肌に炎症を与えるだけでなく,様々な致命的な感染症を媒介するため,人間にとって最も危険な動物の一つとなっている.感染症を媒介する主要な蚊はヤブカ属Aedes,イエカ属Culex,ハマダラカ属Anopheles,の3属に属している(21)21) F. Tandina, O. Doumbo, A. S. Yaro, S. F. Traoré, P. Parola & V. Robert: Parasit. Vectors, 11, 467 (2018)..ハマダラカはマラリア原虫の媒介者としてよく知られているが,イエカおよびヤブカは様々なウイルス病の媒介者として問題となっている.
イエカの中ではアカイエカC. pipiens pallensとチカイエカが日本ではとくに代表的な種で,ウエストナイル熱,日本脳炎,リフトバレー熱などを媒介する(22~24)22) A. S. Tahori, V. V. Strek & N. Goldblum: Am. J. Trop. Med. Hyg., 4, 1015 (1955).24) R. Zakhia, L. Mousson, M. Vazeille, N. Haddad & A. B. Failloux: PLoS Negl. Trop. Dis., 12, e0005983 (2018)..チカイエカはアカイエカの亜種で形態的には両種は酷似しているが,前者は1回目の産卵は吸血しなくてもできるという特徴(無吸血産卵性)をもつ(25)25) E. B. Vinogradova: Acta Soc. Zool. Bohem., 67, 41 (2003)..チカイエカは英名でurban mosquitoとよばれるように,都市部で多く発生する蚊で,ビルの地下水槽や地下鉄構内の水場などが主な発生源となっている(26)26) K. Byrne & R. A. Nichols: Heredity, 82, 7 (1999)..
ヤブカの中ではとくにヒトスジシマカとネッタイシマカAe. aegyptiの2種が世界的にはウイルス病媒介者として問題となっており,デング熱,ジカ熱,チクングニア熱,黄熱,リフトバレー熱など,多くの感染症を媒介することが知られている(27)27) D. Fontenille & J. R. Powell: Pathogens, 9, 265 (2020)..これらの感染症の中でもデング熱ウイルスの日本への持ち込みは近年増え,2014年には東京において,日本の主要なヤブカであるヒトスジシマカによる国内感染も発生している(28)28) Y. Tsuda, Y. Maekawa, K. Ogawa, K. Itokawa, O. Komagata, T. Sasaki, H. Isawa, T. Tomita & K. Sawabe: Jpn. J. Infect. Dis., 69, 1 (2016)..ヒトスジシマカは英名でAsian tiger mosquitoというように,東南アジアや東アジアが起源であるが,この30~40年でヨーロッパ,西アフリカ,南アフリカ,北アメリカ,南アメリカなど世界中に分布が広がっている(29~33)29) P. Reiter & R. F. Darsie Jr.: Mosq. News, 44, 396 (1984).33) N. G. Gratz: Med. Vet. Entomol., 18, 215 (2004)..
蚊によって媒介されるアルボウイルスの多くは,予防のためのワクチンや薬による治療法がないため,感染を防止するためには媒介者である蚊の防除が重要となる(34)34) A. I. Qureshi: “Zika Virus Disease: From origin to outbreak,” Elsevier, 2018..蚊の成虫の発生を抑えるためには卵~蛹を対象とした発生源への殺虫剤処理が必要となる.しかし,殺虫剤処理による防除は,殺虫剤抵抗性個体の発生を生じさせる可能性があるほか,幼虫の発生源となる水源への殺虫剤処理は水圏生態系への悪影響も懸念される.先に述べたデング熱ウイルスの国内感染の発生のときは,発生が確認された公園では,成虫に対してはピレスロイド系殺虫剤の噴霧処理が行われ,幼虫に対しては昆虫成長制御剤(IGR剤)の水源への処理が行われた.さらに,池や雨水枡からの水の排水,噴水の清掃が行われた(35)35) M. Kori, N. Awano, M. Inomata, N. Kuse, M. Tone, H. Yoshimura, T. Jo, K. Takada, A. Tanaka, M. Mawatari et al.: Respir. Med. Case Rep., 31, 101246 (2020)..世界的な人流や物流の増加により,蚊が媒介する感染症の国内への持ち込みの危険性は今後ますます高くなると考えられる.そこで,殺虫剤に代わる蚊の発生抑制技術開発のために,青色光の殺虫効果が蚊にも適用可能であるか調査し,防除への利用の可能性を探った.
青色光の殺虫効果はLEDを用いて調査している.375 nmのUVAおよび405, 420, 435, 450, 470, 490 nmの青色光をチカイエカに卵期間中照射し続け,死亡率を調査した.その結果,青色光はチカイエカの卵に対しても殺虫効果があることが明らかになった.卵に対して最も効果の高かった波長は420 nmで,10×1018 photons·m−2·s−1の光強度(1 m2に1秒間に照射される光子数)で90%以上の個体が死亡した(図4図4■卵期での青色光照射のチカイエカおよびヒトスジシマカに対する殺虫効果上段).同じ測定装置で直射日光中の青色光強度を測定したところ,約25×1018 photons·m−2·s−1であったので,直射日光中に含まれる青色光総量の4割程度の強度でほとんどの個体が死亡したことになる.上記光強度ではその他の青色光波長は殺虫効果を示さなかったが,光強度を15×1018 photons·m−2·s−1に上げると,470 nmでも90%以上の死亡率が得られた.その他の青色光波長は15×1018 photons·m−2·s−1でも,顕著な殺虫効果は示さなかった.375 nmのUVAも殺虫効果は示したものの効果は低く,15×1018 photons·m−2·s−1でも死亡率は50%程度であった.光強度を7.5×1018 photons·m−2·s−1に下げると,420 nmも殺虫効果を示さなくなった.以上の結果から,チカイエカの卵期に対しては420 nm近辺の青色光が殺虫に効果的であり,10×1018 photons·m−2·s−1の光強度があれば十分な殺虫効果が得られることが明らかになった.
昆虫の表皮を透過した光のうち特定の波長の青色光が,昆虫体内にある光感受性物質や発色団などに特によく吸収され,励起により活性酸素が生じ,それによりDNAの損傷,細胞の損傷が起き,個体が致死すると推測している.青色光を照射することで,体内の活性酸素量が増加すること(11)11) K. Shibuya, S. Onodera & M. Hori: PLoS One, 13, e0199266 (2018).,また,昆虫培養細胞を用いた実験で,青色光照射により細胞が障害を受けることはすでに明らかにしている(18)18) S. Onodera, K. Shibuya, K. Suzuki, H. Aso & M. Hori: Proceedings of The XXV International Congress of Entomology (2016)..
次に,幼虫~蛹期間中に同様に光を当て続け,効果的な青色光波長を調査した.その結果,最も高い効果を示したのは卵への照射と同じく,420 nmであった(図5図5■幼虫~蛹期での青色光照射のチカイエカおよびヒトスジシマカに対する殺虫効果上段).15×1018 photons·m−2·s−1ではすべての個体が幼虫で,10×1018 photons·m−2·s−1でも約80%が幼虫,約15%が蛹で死亡した.一方,卵での照射とは異なり,幼虫~蛹期間中に照射した場合は,490 nmを除くすべての波長の青色光が,15×1018 photons·m−2·s−1で殺虫効果を示した.470 nm光を15×1018 photons·m−2·s−1で照射すると,100%の個体が幼虫で死亡し,405 nm光でも98%の個体が幼虫で死亡した.435 nmと450 nmでも80%以上の個体が幼虫で死亡し,蛹での死亡も含めると95%以上の個体が死亡した.435~470 nmの青色光は10×1018 photons·m−2·s−1でも,幼虫と蛹を合わせて60~70%程度の死亡率を示したが,405 nmでの死亡率は40%未満にとどまった.また,幼虫~蛹期間の照射ではUVAも高い殺虫効果を示し,15×1018 photons·m−2·s−1で100%の幼虫死亡率,10×1018 photons·m−2·s−1で75%以上の総死亡率(うち約70%が幼虫で死亡)を示した.光強度を5×1018 photons·m−2·s−1に下げると,いずれの波長の光も殺虫効果を示さなくなった.以上の結果から,チカイエカの幼虫~蛹期に対しては卵と同様に420 nm近辺の青色光が効果的であり,10×1018 photons·m−2·s−1の光強度があれば十分な効果が得られることが明らかになった.
青色光の殺虫効果は成虫に対しても認められた.殺虫効果は全暗下における成虫寿命との比較で調べたが,全暗下での寿命が雄で約20日,雌で約30日であったのに対して,405~470 nmの青色光およびUVAの照射下に置き続けた成虫の寿命は,10×1018 photons·m−2·s−1のとき,雄で6~7日程度,雌で8~9日程度,15×1018 photons·m−2·s−1のとき,雄で4~5日程度,雌で5~7日程度となった.また,卵~蛹に対する効果とは異なり,特に効果的な波長はなく,いずれの波長も同程度の効果であった.
以上の結果から,チカイエカの防除においては420 nm近辺の青色光が最も有望で,10×1018 photons·m−2·s−1以上の光強度で照射することが必要と考えられた.
ヒトスジシマカでも同様に青色光の殺虫効果を調査した.卵に対しての効果はチカイエカとは異なり,いずれの波長の光も殺虫効果を示さなかった(図4図4■卵期での青色光照射のチカイエカおよびヒトスジシマカに対する殺虫効果下段).
一方,幼虫~蛹期間中に照射した場合は,チカイエカよりも高い効果が認められた.最も効果的な青色光波長はチカイエカと同じく420 nmであり(図5図5■幼虫~蛹期での青色光照射のチカイエカおよびヒトスジシマカに対する殺虫効果下段),10×1018 photons·m−2·s−1の光強度で100%の個体が,5×1018 photons·m−2·s−1でも約65%の個体が幼虫で死亡した.次に高い効果を示した青色光波長は435 nmで,10×1018 photons·m−2·s−1で95%の個体が幼虫で死亡した.その他の青色光波長も,490 nmを除き,10×1018 photons·m−2·s−1で殺虫効果を示したが,その効果は先の2波長に比べてかなり劣っていた.また,チカイエカとは異なり,UVAが最も高い効果を示し,10×1018 photons·m−2·s−1で100%の個体が幼虫で死亡,5×1018 photons·m−2·s−1でも80%以上の個体が幼虫で死亡した.以上の結果から,ヒトスジシマカの幼虫~蛹期に対してはチカイエカと同様に420 nm近辺の青色光が効果的であり,10×1018 photons·m−2·s−1の光強度があれば十分な効果が得られることが明らかになった.
成虫に対してはチカイエカと同様に特に効果的な波長はなく,いずれの波長も同程度の殺虫効果を示した.ヒトスジシマカの全暗下での成虫寿命は平均で,雄は35日程度,雌は45日程度であったが,青色光照射下では,雄は10~15日程度,雌は15~20日程度に短縮した.UVAは青色光よりもやや高い効果を示し,雄で7日程度,雌で10日程度に短縮した.
以上の結果から,チカイエカと同様に,ヒトスジシマカの防除においても420 nm近辺の青色光が最も有望で,10×1018 photons·m−2·s−1以上の光強度で照射することが必要と考えられた.
上で示してきたように,日本で問題となる蚊の主要種であるチカイエカとヒトスジシマカでは,共通して420 nm近辺の青色光が殺虫に最も効果的な波長であった.また,殺虫に必要な光強度も10×1018 photons·m−2·s−1以上と共通していた.一方,卵に対する青色光の殺虫効果は両種で大きく異なり,チカイエカでは420 nm光に高い殺虫効果が認められたのに対して,ヒトスジシマカに対してはいずれの青色光波長においても殺虫効果はまったく認められなかった.卵に対する殺虫効果が両種で大きく異なる原因は明らかになっていないが,両種の卵殻の色の違いが関与している可能性が考えられる.チカイエカの卵殻は薄茶色であるが,ヒトスジシマカの卵殻は黒色である.先に述べたように,青色光が殺虫効果を発揮するためには,表皮や卵殻あるいは蛹殻を通して青色光が体内に侵入する必要があると考えられる.実際,ショウジョウバエの成虫を用いた解析では,体表が黒く青色光を透過しにくい表皮の個体のほうが青色光に対する耐性が高いことが示されている(17)17) A. Kobayashi, S. Onodera, K. Hosaka, K. Shibuya, M. Harata, H. Aso & M. Hori: Proceedings of The XXVI International Congress of Entomology (2022)..ヒトスジシマカの卵殻は黒色のため,卵殻の青色光吸収率が高く,卵の内部に青色光があまり透過できないため,殺虫効果が発揮されないと考えられる.これに対してチカイエカでは,卵殻での青色光吸収率が低く,卵に照射された青色光の多くが卵内部に透過して,殺虫効果を発揮するものと考えられる.
一方,幼虫に対する殺虫効果は卵とは異なり,チカイエカよりもヒトスジシマカに対してのほうがやや高かった.両種の幼虫に対して最も効果的な青色光波長である420 nmを10×1018 photons·m−2·s−1で幼虫に照射した場合,チカイエカでは蛹に到達できずに死亡する個体は約80%であったが,ヒトスジシマカではすべての個体が蛹になる前に死亡した.両種の幼虫は見た目では色の濃さに明瞭な違いはないため,両種の幼虫に対する殺虫効果の違いに表皮の光透過率が関与しているか否かは,現時点ではわからない.
いずれにしても,420 nmの青色光を10×1018 photons·m−2·s−1の光強度で,チカイエカの場合は卵に,ヒトスジシマカの場合は幼虫に照射できれば,高い効果が期待できる.実際の利用場面では,青色光をボウフラの発生源に照射し続けることになるので,蚊は特定の発育段階だけでなく,卵~蛹の期間中ずっと青色光に暴露され続けることになる.したがって,本稿で示した各発育段階での効果よりも高い殺虫効果が期待できると考えられる.蚊の卵は水際や水面に産み付けられ,幼虫や蛹は水中で生活するものの水面に呼吸器官を出して呼吸するため,水面に青色光を照射すれば,虫体に青色光を暴露させることができる.すなわち,青色光の殺虫効果を蚊の発生抑制に利用する場合は,ボウフラの発生源となる水たまりの表面に青色光を照射するだけとなる.したがって,光源を設置してしまえば,点灯するだけで労力はほとんど必要なく,また,薬剤のように残ることもなく,従来にないクリーンな殺虫技術になるといえる.
チカイエカは浄化槽や貯水槽,排水槽などでよく発生するので,これらの上部などに光源を設置し,水面を照射するなどの方法が考えられる.一方,ヒトスジシマカは雨水枡などのほか,古タイヤや野外に置かれた花瓶や空き缶など小さな水たまりでもよく発生する.したがって,照射対象としては撤去ができない雨水枡や防火水槽などが考えられる.
青色光の光源としては,殺虫効果のある青色波長の光を有効量含んでいればよく,殺虫効果を示さない他の波長の光を含んでいても効果は低下しないことが,ショウジョウバエの蛹を用いた実験で確認されている(36)36) 渋谷和樹:科学研究費補助金 特別研究員奨励費 2016年度実績報告書,https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-15J01933/15J019332016jisseki/, 2016..ただし,無駄な波長域をあまり含んでいないことや,エネルギー変換効率の高さおよび普及状況の面から考えると,現段階ではLEDが有力な光源と考えられる.一方,新たな光源として青色半導体レーザー(青色LD)の普及に向けた開発も進んでいる.LDはLEDよりも高出力であるため,広い面積への照射も,よりコンパクトな装置で実現できる.また,エネルギー変換効率も高いため,より省エネで環境性が優れている.さらに,直進性が高いため,必要な箇所に効率的に青色光を照射することができるほか,半値幅が狭い(波長の幅が狭い)ため,最も効果の高い波長がわかれば,同じ光強度でより高い殺虫効果が期待できる.現在,農業害虫を対象に,青色LDを光源に用いた殺虫効果の研究も進めているが,蚊の駆除における効率的な青色光光源としても利用できるのではないかと考えている.
害虫の殺虫剤抵抗性の発達,環境への負荷,他の生物への影響,安全性など殺虫剤処理が抱える問題を解決するために,新たな防除技術の開発が必要とされている.中でも物理的防除は,ノンケミカルでクリーンな防除技術であるため,大きく期待されている.しかし,光防除を含め,従来の物理的防除は十分な防除効果が得られるものが少なく,防除の主体として使うのには難しかった.青色光による殺虫は殺虫剤と同じく,対象害虫の直接殺虫を可能とするこれまでにない技術であり,防除の主体として使用できる場面も多いと考える.蚊の駆除においても効果的な利用技術を確立し,実用化できればと考える.
Reference
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