Kagaku to Seibutsu 61(11): 526-529 (2023)
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バクテリアのLysR型転写調節因子を含む転写活性化複合体の立体構造解明への挑戦LysR型転写調節因子はどのように遺伝子の転写を制御するのか?
Published: 2023-11-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
遺伝子発現の制御,すなわち適切なタンパク質を適切なタイミングで発現させることは,あらゆる生物において行われており,生命現象の根幹をなすプロセスである.真核細胞の転写では,多くの因子が関係しており非常に複雑な制御が行われているが,バクテリアにおいては転写調節因子がDNAに結合し,RNAポリメラーゼ(RNAP)と相互作用することで遺伝子の転写を促進または抑制する場合が多い.
LysR型転写調節因子(LysR-type transcriptional regulator, LTTR)は,バクテリアの転写調節因子のうち,最大のタンパク質ファミリーの一つである.LTTRに属する転写調節因子の機能は多様であり,例えばアミノ酸生合成,酸化ストレス応答,芳香族化合物分解,窒素固定,二酸化炭素固定,病原性因子産生など様々な現象において遺伝子群の転写調節を担うことが報告されている(1)1) M. Schell: Annu. Rev. Microbiol., 47, 597 (1993)..その一方で,約300残基のアミノ酸からなること,よく保存されたN末端ドメイン(DNA結合ドメイン)と多様性の高いC末端ドメイン(調節ドメイン)を持つこと,ホモ四量体として約60 bpのプロモーター領域に結合してDNAを折り曲げ,さらに誘導物質が調節ドメインに結合するとDNAの折れ曲がり角が変化することといった特徴を共有する.多くの場合,全長LTTRは高塩濃度条件でなければ凝集しやすく精製が難しい.さらに高塩濃度条件ではDNAとの結合に必要と考えられる静電相互作用が弱められてしまうためDNA複合体の再構成が難しく,構造生物学的な知見が乏しいためにそれらの特徴と転写調節機構との関係は未だ明らかでない.筆者らのグループは,LTTRによる転写調節機構の解明を目指して,LTTRの一つであるCbnRおよび,そのDNAとの複合体の構造解析に取り組んできた.ここでは,まずCbnR研究を振り返り,続いて予想される活性化機構と今後の展望について述べる.
CbnRは難分解性の3-chlorobenzoate(3-CB)を代謝し単一炭素源とすることで生育が可能なバクテリアCupriavidus necator NH9株が持つLTTRである.CbnRは,3-CBの分解中間産物である3-クロロカテコールの分解遺伝子群の転写活性化を行う.その際,3-クロロカテコールの代謝中間体である2-クロロ-cis,cis-ムコン酸,または安息香酸分解に由来するカテコールの代謝中間体であるcis,cis-ムコン酸が,誘導物質としてCbnRに結合することで,DNAの折れ曲がり角度(直線状のとき0°とする)が78°から54°に緩和され,3-CBの代謝経路で機能するクロロカテコール分解遺伝子群の転写が活性化される(2)2) N. Ogawa, S. M. McFall, T. J. Klem, K. Miyashita & A. M. Chakrabarty: J. Bacteriol., 181, 6697 (1999)..全長のLTTRの結晶構造は,2003年に我々の研究グループから発表されたCbnR単体の結晶構造により初めて明らかになった(3)3) S. Muraoka, R. Okumura, N. Ogawa, T. Nonaka, K. Miyashita & T. Senda: J. Mol. Biol., 328, 555 (2003)..結晶構造から,CbnRは2つの異なるコンフォメーションの単量体で構成されるホモ二量体がさらに二量体化した2回対称なホモ四量体を形成することがわかった.さらに,DNA結合ドメインは約60°の角度でV字に配置されており,DNAを折り曲げるようにして約60 bpのプロモーター領域に結合するであろうということが容易に想起された.その一方で,DNA結合ドメインはどのようにDNAに結合するのか,誘導物質がどのように結合してCbnRの構造やDNAとの結合様式を変化させるのか,どのように転写活性化が起こるのかといったことは依然として不明なままであった.
CbnRのDNA結合ドメインとDNAとの結合様式の詳細を調べるため,我々のグループはDNA結合ドメインのみとプロモーターDNAとの複合体の結晶構造解析を行った(4)4) M. Koentjoro, N. Adachi, M. Senda, N. Ogawa & T. Senda: FEBS J., 285, 977 (2018)..LTTRのDNA結合ドメイン–プロモーターDNA複合体構造は,Acinetobacter baylyi ADP1株の安息香酸分解に関わるLTTRであるBenMのものが既に報告されていた.この構造をCbnRのものと比較したところ,DNA結合ドメインのwinged Helix-Turn-Helix(wHTH)モチーフのヘリックスがDNAの主溝に入り込み結合するという結合様式はCbnRとBenMで共通であった.また,CbnRとBenMのDNA結合ドメインの主鎖の折りたたみ構造はほぼ一致しており,DNAを含めた複合体の全体構造もよく類似していた.さらにプロモーターDNAの一致度は40%であり,wHTHモチーフと接する部分の塩基配列がよく似ていた.このようにDNA結合ドメインもプロモーターDNAも類似しているCbnRとBenMだが,CbnRはBenMのプロモーターDNAには結合しない.これらの結晶構造からDNA結合ドメインとDNAの相互作用を調べ,(1)DNAの糖とリン酸の主鎖骨格との相互作用,(2)塩基対A-TとG-Cに共通な部分が関わる相互作用,(3)塩基対A-TとG-Cのうち一方のみにある部分構造との相互作用,の3つに分類すると,CbnRのプロモーターDNAの配列特異性は(3)の相互作用によって実現されていることが示唆された.
2021年には我々の研究グループによる長年の努力の末,全長CbnRとプロモーターDNAの複合体の結晶構造が明らかになった(図1図1■CbnR–DNA複合体の結晶構造(PDB ID: 7D98)(5))(5)5) E. Giannopoulou, M. Senda, M. Koentjoro, N. Adachi, N. Ogawa & T. Senda: FEBS J., 288, 4560 (2021)..初めに得られた結晶の分解能は6.5 Åと構造解析に適さないものだったが,我々のグループで確立したプロトコルに従い(6)6) M. Senda & T. Senda: “Screening of Cryoprotectants and the Multistep Soaking Method”, In: T. Senda & K. Maenaka (eds.) Advanced Methods in Structural Biology. Springer Protocols Handbooks. Springer, 2016, pp.139–151.,結晶凍結に用いるクライオプロテクタントのスクリーニングを行った結果,エリスリトールを用いた場合に分解能3.6 Åの回折像が得られ,結晶構造解析に成功した.この結晶構造は分子モデルが構築されていない部分もあるものの,V字型に並んだDNA結合ドメインが約60 bpのDNAを折り曲げるようにして結合していることを示す直接的な証拠となった.また,その折れ曲がり角度は約70°であり,これまでに報告されていた実験的な測定値と矛盾しないことが確かめられた.また,誘導物質であるcis,cis-ムコン酸の存在下では,CbnRのみの時と比較してより強くプロモーターDNAに結合することが表面プラズモン共鳴法により示された.
以上のように,我々のグループにより,全長CbnR単体,DNA結合ドメインとDNAの複合体,全長CbnRとDNAの複合体,の結晶構造が得られている.ここで,これらの構造とLTTRによる転写活性化機構の対応関係を把握するため,現在提唱されているLTTRによる転写活性化メカニズムについて確認しておきたい(7)7) M. Koentjoro & N. Ogawa: Review in Agricultural Science, 6, 105 (2018)..まず,Activation Binding Site(ABS)とRecognition binding site(RBS)の2つの結合サイトを含む約60 bpのプロモーター領域にLTTR四量体が結合する(8)8) R. Wek & G. Hatfield: J. Mol. Biol., 203, 643 (1988)..次に,代謝中間体や外部環境由来の低分子などの誘導物質がLTTRに結合し,LTTR四量体の構造が変化する(9, 10)9) M. Lerche, C. Dian, A. Round, R. Lönneborg, P. Brzezinski & G. Leonard: Sci. Rep., 6, 19988 (2016).10) B. Pedre, D. Young, D. Charlier, Á. Mourenza, L. Rosado, L. Marcos-Pascual, K. Wahni, E. Martens, A. G. de la Rubia, V. Belousov et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E11623 (2018)..この構造変化によって各ドメインの相対的な配置が変わり,DNA結合ドメインが“スライディング”してABSでの結合位置がずれる(11)11) G. Storz, L. Tartaglia & B. Ames: Science, 248, 189 (1990)..その結果,LTTR–DNA複合体の四次構造が変化し,RNAポリメラーゼがリクルートされてきてプロモーター領域に結合し,転写が開始されると考えられる(8, 12, 13)8) R. Wek & G. Hatfield: J. Mol. Biol., 203, 643 (1988).12) L. Wang, J. Helmann & S. Winans: Cell, 69, 659 (1992).13) I. Kullik, M. Toledano, L. Tartaglia & G. Storz: J. Bacteriol., 177, 1275 (1995)..この過程を踏まえると,中間的な状態として①CbnR–DNA複合体(不活性状態),②CbnR–DNA–誘導物質複合体(活性化状態),③CbnR–DNA–誘導物質–RNAP複合体(予想される構造を図2図2■CbnR–DNA–RNAP複合体の予想構造に示した)の少なくとも3つが存在する.このうち構造が判明しているのは①のみである.②や③の状態に関連して,例えば誘導物質の有無に応じた構造変化をSAXSで捉えたという研究や,LTTRとRNAポリメラーゼの相互作用を生化学的手法で調べた研究などが報告されている(9, 14)9) M. Lerche, C. Dian, A. Round, R. Lönneborg, P. Brzezinski & G. Leonard: Sci. Rep., 6, 19988 (2016).14) P. Fritsch, M. Urbanowski & G. Stauffer: J. Bacteriol., 182, 5539 (2000)..しかし,転写活性化の構造基盤を真に解明するためには,やはりX線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡法による高分解能の構造が必須である.LTTRの活性化時に構造変化が起こること,LTTR四量体とDNAの複合体の分子量はクライオ電子顕微鏡での測定において望ましいとされる100 kDa以上であること,大きな複合体の結晶化は一般に困難であり回折能も高くないことを考慮すると,クライオ電子顕微鏡法は特に有効な方法だと思われる.したがって今後は,クライオ電子顕微鏡を用いてCbnR–DNA複合体やCbnR–DNA–RNAP複合体の構造を解析すること,そしてそのための複合体の調製方法を確立することが,LTTRによる転写活性化メカニズムの解明には必須であろう.
プロモーターDNAのRNAP結合領域である−35 elementを基準に,CbnR–DNA複合体(5)5) E. Giannopoulou, M. Senda, M. Koentjoro, N. Adachi, N. Ogawa & T. Senda: FEBS J., 288, 4560 (2021). とRNAP–DNA複合体の構造(PDB ID:6OUL)(15)15) J. Chen, S. Gopalkrishnan, C. Chiu, A. Y. Chen, E. A. Campbell, R. L. Gourse, W. Ross & S. A. Darst: eLife, 182, 5539 (2021). を重ね合わせて作製した.黄色で示したRNAP αサブユニットC末端ドメイン(RNAP αCTD)はCbnRと接すると推測される.
Reference
1) M. Schell: Annu. Rev. Microbiol., 47, 597 (1993).
4) M. Koentjoro, N. Adachi, M. Senda, N. Ogawa & T. Senda: FEBS J., 285, 977 (2018).
6) M. Senda & T. Senda: “Screening of Cryoprotectants and the Multistep Soaking Method”, In: T. Senda & K. Maenaka (eds.) Advanced Methods in Structural Biology. Springer Protocols Handbooks. Springer, 2016, pp.139–151.
7) M. Koentjoro & N. Ogawa: Review in Agricultural Science, 6, 105 (2018).
8) R. Wek & G. Hatfield: J. Mol. Biol., 203, 643 (1988).
11) G. Storz, L. Tartaglia & B. Ames: Science, 248, 189 (1990).
12) L. Wang, J. Helmann & S. Winans: Cell, 69, 659 (1992).
13) I. Kullik, M. Toledano, L. Tartaglia & G. Storz: J. Bacteriol., 177, 1275 (1995).
14) P. Fritsch, M. Urbanowski & G. Stauffer: J. Bacteriol., 182, 5539 (2000).
15) J. Chen, S. Gopalkrishnan, C. Chiu, A. Y. Chen, E. A. Campbell, R. L. Gourse, W. Ross & S. A. Darst: eLife, 182, 5539 (2021).