解説

アクアポニックス~水産養殖と水耕栽培の統合による新たな食料生産システム~持続可能な食料生産への挑戦

Aquaponics—A New Food Production System by Integration of Aquaculture and Hydroponics: Challenges to Sustainable Food Production

Yasuaki Enoki

康明

株式会社プラントフォーム

Tomoko Yamaguchi

山口 智子

新潟大学自然科学系(教育学部)

Satomi Tsutsuura

筒浦 さとみ

新潟大学自然科学系(農学部)

Published: 2023-11-01

世界人口の増加とそれに伴う食料需要が増加しているなかで,土地や淡水,栄養素等の限りある資源に依存する従来型の食料生産に代わる持続可能な食料生産システムの開発・普及が求められている.水産養殖と水耕栽培の統合であるアクアポニックスは,従来型の食料生産が抱える課題を解決できる持続可能性の高い食料生産システムと考えられており,近年,急速に開発と普及が進んでいる.本稿では,アクアポニックスの概要について,筆者らの取り組みや最近の知見も交えて包括的に解説する.

Key words: アクアポニックス; 水耕栽培; 循環型養殖システム; 持続可能性; 食料生産

アクアポニックスとは

アクアポニックス(Aquaponics)は水産養殖(Aquaculture)と水耕栽培(Hydroponics)を同一システムで行う食料生産システムであり,魚の排泄物を栽培植物の主要な栄養素として使用することを原則としている(1)1) W. Lennard & S. Goddek: “Aquaponics Food Production Systems: Aquaponics: The Basics,” Springer Cham, 2019, p. 113..従来の水耕栽培では植物の栽培に化学肥料を必要としたが,アクアポニックスでは魚の排泄物を微生物により肥料化しているため,化学肥料に依存しない農業が可能となる.また,植物が魚の排泄物を肥料として利用することで水が浄化されるため,水を循環させることができる.したがって,従来の陸上養殖のような定期的な水の入れ替えが不要となる.アクアポニックスの起源は古く,東南アジアでは約1500年前から水田で魚と組み合わせて稲作が行われていた(2)2) T. Komives & R. Junge: Ecocycles, 1, 1 (2015)..その約500年後には,メキシコでチナンパと呼ばれる農法が普及し,植物と魚の同時生産が行われていた(2, 3)2) T. Komives & R. Junge: Ecocycles, 1, 1 (2015).3) V. T. Okomoda, S. A. Oladimeji, S. G. Solomon, S. O. Olufeagba, S. I. Ogah & M. Ikhwanuddin: Food Sci. Nutr., 11, 1157 (2022)..現在のアクアポニックスに関する研究のほとんどは1970年代初頭に始まり,ニュー・アルケミー・インスティテュートやノースカロライナ州立大学をはじめとする米国の研究機関が先駆的に研究を行い,その後数十年にわたる研究を経て,現在の近代的な食料生産システムへと発展した(3, 4)3) V. T. Okomoda, S. A. Oladimeji, S. G. Solomon, S. O. Olufeagba, S. I. Ogah & M. Ikhwanuddin: Food Sci. Nutr., 11, 1157 (2022).4) C. Somerville, M. Cohen, E. Pantanella, A. Stankus & A. Lovatelli: “FAO Fisheries and Aquaculture Technical Paper 589,” Food and Agriculture Organization of the United Nations, 2014..最も有名な例は1980年代にヴァージン諸島大学(UVI)のRakocyらが開発したアクアポニックスシステム(UVIシステム)であり(1)1) W. Lennard & S. Goddek: “Aquaponics Food Production Systems: Aquaponics: The Basics,” Springer Cham, 2019, p. 113.,商用規模のアクアポニックスシステムの成功事例の一つとして広く知られている.

アクアポニックスに利用される養殖と水耕栽培の技術

アクアポニックスについて詳細を述べる前に,アクアポニックスのベースとなる養殖と水耕栽培の技術について触れておきたい.

1. 養殖技術(1, 5)

陸上養殖は大別すると掛け流し方式と循環方式(RAS: recirculating aquaculture system)の2種類に分けられるが,掛け流し方式の場合,水の滞留時間が短く植物の栄養要求を満たすのに十分な栄養素の蓄積ができないため,アクアポニックスではRASが広く適用されている.RASは固形物除去のための物理濾過ユニット(例えばドラムフィルター)や代謝産物の無毒化・可溶化を担う生物濾過ユニット(例えばバイオフィルター)等の処理技術により高い水の再利用率を達成する屋内型の水産養殖システムであり,土地や水資源が制限された地域において有用な食料生産技術となっている.RASの発展は日本とも関係が深く,1950年代には鯉の養殖のためのバイオフィルターに関する研究が行われていた.RASにおけるバイオフィルターの主な役割は,硝化菌によるアンモニア酸化(アンモニア→亜硝酸塩→硝酸塩)や従属栄養細菌による有機排出物の可溶化である.水の再利用率が高い(通常90%以上と定義される)完全循環型養殖システムでは,バイオフィルターによる生成物をさらに処理(例えば脱窒)することで水を浄化し,養殖魚に適した水質を維持している.一方で,これら生成物を除去するのではなく,植物の肥料として活用するのがアクアポニックスの考え方である.限られた栄養資源(飼料)から2つの生産物(水産物と農作物)を得ることが可能となり,環境及び経済の両面で持続可能性の高い食料生産システムとなっている.

2. 水耕栽培システム(4, 6)

アクアポニックスで採用されている主な水耕栽培技術は,礫耕栽培(media bed technique),薄膜型水耕(NFT: nutrient film technique),湛液型水耕(DFT: deep flow technique/DWC: deep water culture)の3種類で,それぞれの方法にはメリットとデメリットがあるため規模や目的に合わせて選択する必要がある.

礫耕栽培は栽培槽に不活性培地(例えば火山岩)を敷き詰めて行う栽培で,アクアポニックスにおいて最も多く採用されている(図1A図1■アクアポニックスで用いられる水耕栽培システム).培地は根を支える役割だけではなく,魚の排泄物を捉える物理フィルターとしても機能する.また,培地が微生物の基質となるため,それ自体が優れたバイオフィルターとして機能する.礫耕栽培は追加で濾過ユニットを設ける必要がなく,微生物による栄養変換効率が高いというメリットがある一方で,水の蒸発量が多い,メンテナンスが困難,魚の飼育密度が高くなると培地が詰まりやすくなるといったデメリットがある.また,培地を支えるためにはある程度頑強な設備が必要で,かつ大量の培地を揃えるにはコストがかかるため,主に小規模システムにて採用されている.

図1■アクアポニックスで用いられる水耕栽培システム

NFTは栽培パイプを使用した水耕栽培法であり,アクアポニックスでは勾配を利用し,水が養殖水槽から濾過装置を通って栽培パイプへと流れる仕組みが採用されている(図1B図1■アクアポニックスで用いられる水耕栽培システム).栽培パイプの内部には浅く水が流れており,パイプ上部の穴に植物を入れると,根がパイプの底を流れる薄い水の膜に触れることで水と養分を吸収する.必要な水の量が少なく,軽量で設計・設置の自由度が高いが,水の循環が止まると植物が全て枯れてしまう恐れがあり,停電等には弱い.また,根と水の接触面積が少ないため養分の吸収量が少なく,レタスやトマト等では他の栽培方法より収量が低下するといった課題がある.

DFTは水で満たされた栽培槽に植物を植えたパネルを浮かべて栽培する方法である(図1C図1■アクアポニックスで用いられる水耕栽培システム).これは,大規模商用アクアポニックスでは最も一般的な方法であり,UVIシステムでも採用されている.DFTは大量の水を使用するため短時間の停電には耐えられ,水質の急激な変化も起きにくく,安定した栽培ができる.しかし,植物の根が空気に触れないため,養液中の溶存酸素(DO: dissolved oxygen)を上げるための追加設備が必要となる場合がある.

アクアポニックスのデザイン

アクアポニックスは魚,植物,微生物の共生システムであるため,これらのバランスが重要であり,魚と植物の両方を効率よく生産するためには適切なデザイン設計が必要となる.アクアポニックスの古典的なシステムはシングルループ(coupled system)と呼ばれるものであり,RASと水耕栽培が単一のループで結合され,水は養殖水槽から水耕栽培槽に送られ,再び養殖水槽へ戻ってくる(図2A図2■様々なアクアポニックスシステム(7)7) H. P. Palm, U. Knaus, S. Appelbaum, S. M. Strauch & B. Kotzen: “Aquaponics Food Production Systems: Coupled Aquaponics Systems,” Springer Cham, 2019, p. 163..シングルループの場合,システム内で水を共有するため,魚,植物,微生物が共存可能な水質(例えばpHや水温)で管理する必要があるが,必ずしもそれぞれの生育にとって理想的な環境とはいえず,効率や生産性を低下させるボトルネックとなっている.この問題点を解決するために開発されたのがデカップルシステム(decoupled system)であり(8)8) S. Goddek, A. Joyce, S. Wuertz, O. Körner, I. Bläser, M. Reuter & K. J. Keesman: “Aquaponics Food Production Systems: Decoupled Aquaponics Systems,” Springer Cham, 2019, p. 201.,養殖ユニットと水耕栽培ユニットを分離することで魚と植物に最適な環境を提供するダブルループシステム(図2B図2■様々なアクアポニックスシステム)や,これをさらに改良し,養殖汚泥から高効率で栄養素を回収するシステム(例えばバイオリアクター)を追加したマルチループシステム(図2C図2■様々なアクアポニックスシステム)等が開発されている.

図2■様々なアクアポニックスシステム

どのようなシステムを採用するにしても,最も重要な要件は養殖ユニットと水耕栽培ユニットの比率やサイズを決定することである.アクアポニックスは魚の排泄物を植物が肥料として利用するシステムであるため,植物の生産量は利用可能な養分量,即ち魚の排泄物量と密接に関係する.栽培する植物の種類によって,その植物に最適な栽植密度(1 m2あたりの植え付け株数)があり,栽培可能な植物の数を面積で表すことができる.Rakocyらは,UVIシステムをモデルに植物の栽培面積と1日あたりの給餌量を一致させる手法(FRR: feeding rate ratio)を開発し,ティラピア養殖の場合,栽培面積1 m2あたり60~100 gの給餌(FRR: 60~100 g/m2/日)が必要であることを見いだした(1)1) W. Lennard & S. Goddek: “Aquaponics Food Production Systems: Aquaponics: The Basics,” Springer Cham, 2019, p. 113..デカップルシステムの場合はさらに少ない給餌量で植物を生産することが可能で,Lennardらが開発したマルチループシステムでは,ティラピアとレタスの組み合わせにおいて,13~16 g/m2/日と大幅に低い給餌量で栽培できることを報告している(9)9) W. Lennard: “Aquaponic System Design Parameters: Fish to Plant Ratios (Feeding Rate Ratios),” Aquaponics Solutions, 2013..国連食糧農業機関(FAO)が公開している小規模アクアポニックスの技術資料(4)4) C. Somerville, M. Cohen, E. Pantanella, A. Stankus & A. Lovatelli: “FAO Fisheries and Aquaculture Technical Paper 589,” Food and Agriculture Organization of the United Nations, 2014.によると,葉物野菜(20~25株/m2)のFRRは40~50 g/m2/日,果菜類(4~8株/m2)は50~80 g/m2/日が推奨されており,これを参考にアクアポニックスのシステム要件を検討してみると,例えばレタスを25株/m2の栽植密度で1,000株栽培可能なアクアポニックスシステムを設計する場合,40 m2の栽培面積が必要となり,1日1.6~2.0 kgの飼料が必要であることが分かる.アクアポニックスでは1日あたりの魚への給餌量を魚体重の1~2%,飼育密度を10~20 kg/m3に設定する場合が多く(4)4) C. Somerville, M. Cohen, E. Pantanella, A. Stankus & A. Lovatelli: “FAO Fisheries and Aquaculture Technical Paper 589,” Food and Agriculture Organization of the United Nations, 2014.,仮に給餌量を1%,飼育密度を20 kg/m3とした場合,養殖魚の総量は160~200 kgで,養殖側の水量として8~10 m3が必要となることが推計できる.実際は植物や魚の種類,システム設計によって変わってくるため,商用目的で行う場合は専門家のアドバイスを受けることをお勧めする.

アクアポニックスにおける植物と魚の選択

1. 栽培植物の選択

アクアポニックスではハーブ,葉菜類,果菜類,果実類といった様々な植物が栽培されている.Loveらによる商用アクアポニックスに関する最初の国際調査では,バジルが最も多く,その他にはサラダグリーン,バジル以外のハーブ,トマト,結球レタス,ケール,スイスチャード等の幅広い野菜類が栽培されている(10)10) D. C. Love, J. P. Fry, X. Li, E. S. Hill, L. Genello, K. Semmens & R. E. Thompson: Aquaculture, 435, 67 (2015)..Raulierらによる欧州の専門的なアクアポニックス機関を対象にした調査でも同様に,ハーブ類が最も多く選択されており,次いでトマト,レタス,サラダグリーン,イチゴといった植物が栽培されている(11)11) P. Raulier, F. Latrille, N. Ancion, M. Kaddouri, N. Crutzen & M. H. Jijakli: Water, 15, 1198 (2023)..これらの調査結果はその地域における市場の特性が影響しているものと思われるが,Ayipioらによる収量比較のメタ解析によると,生産性の面ではレタスが最も望ましいようである(12)12) E. Ayipio, D. E. Wells, A. McQuiling & A. E. Wilson: Sustainability, 11, 6511 (2019).

植物によって栄養要求が異なるため,ハーブや葉菜類のような栄養要求量が低い植物と果実類のような栄養要求量が高い植物を同一システム内で栽培することは難しいが,栄養要求量が同程度の植物を選択する等の工夫により,同一施設内で複数の植物の栽培が可能である(図3図3■アクアポニックスでの同時栽培の例).