Kagaku to Seibutsu 61(11): 547-553 (2023)
解説
リグニンの構造とその解析分光法や分解法を駆使して,複雑な化学構造に迫る
Structure of Lignin and Its Analysis: Methods to Tackle the Complexity Approaching Chemical Structures Using Spectroscopy and Decomposition Methods
Published: 2023-11-01
植物は細胞壁の集合体であるといえる.その細胞壁の構造は,鉄筋コンクリート構造と非常に似通っており,リグニンはセメントの役針を果たす.リグニンは,モノリグノールとよばれるフェニルプロパノイドがラジカルカップリングを繰り返すことにより形成されるが,モノリグノールのラジカル共鳴体は複数存在するため,カップリング様式も多数となり,結果的にリグニンは繰り返し単位を持たない複雑なポリマーとなる.この複雑な構造を持つリグニンをいかに解析するかについて解説する.
Key words: ラジカルカップリング; 分解; 安定同位体; 核磁気共鳴分光法; 標識
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
「リグニン」……なにかのゲームキャラクターのような響きをもつ呼び名であるが,実は地球上で2番目に多い有機化合物の名前である.高等植物には必ずこの物質が存在しており,生きていくうえで重要な役割を担っている.
植物は根を生やしたところから動くことができない.何があっても踏ん張って生きていかなければならないのである.
植物にとって重要なのは水である.乾燥から身を守るためには,不透水性が必要不可欠であり,また,根から最上部まで効率的に水を運ぶための通水器官(維管束)も必要になる.水の蒸散により陰圧が発生するため,通水器官にはこの力に耐えうる強度が必須となる.この不透水性と強度を付与するのが「リグニン」である.最も初期の維管束陸生植物(後期シルル紀の植物Cooksonia)では,リグニンが存在する組織(木化組織という)の通水性は,リグニンがない組織(非木化組織)よりも約100万倍良好であったとの報告がある(1~3)1) 横田信三:“木質の形成 第2版”,海青社,2011, pp. 276–277.2) J. A. Raven: Adv. Bot. Res., 5, 153 (1977).3) A. Brown: J. Appl. Biochem., 7, 371 (1985)..
さらに,植物が進化し,背がもっと高く巨大になると,自分自身を支える強度が必要になり,鉄骨,針金,セメントを組み合わせた鉄筋コンクリート構造のような細胞壁を構築するようになった.細胞壁は主にセルロース,ヘミセルロース,リグニンから構成されているが,セルロースは鉄骨,ヘミセルロースは鉄鋼を束ねる針金,リグニンはセメントの役割を果たしている.
さらに,昆虫や微生物にも対抗して戦っていかなければならない.セルロースやヘミセルロースは,いわゆる多糖であり,他の生物にとってはよい栄養源である.保護するものがないと細胞壁はどんどん壊されて行ってしまうが,リグニンはこれらの成分を包埋する形で存在しているため,外敵からの攻撃を防いでいる.
リグニンを日本語で「木質素」という.これは,進化を遂げた高等植物の樹木にとって必要不可欠な物質であり,樹木を樹木たらしめる成分であるということを表している.屋久杉のように環境条件が整えば,何千年も生きることができ,100 m以上の樹高,直径10 m以上の巨木が存在できるのもリグニンがあるからである.
リグニンはセメントの役割を果たすと述べたが,その化学構造はセメントと同様であり,非常に複雑である.リグニンの原料となるのはモノリグノールとよばれるフェニルプロパノイドである.このモノリグノールは3種類あり,樹種によって使われるもの種類が異なっている.基本的に針葉樹はコニフェリルアルコールのみで構成され,広葉樹はコニフェリルアルコールとシナピルアルコールを含む.p-クマリルアルコールも針葉樹のあて材(曲がった樹体の下側にできる異常組織)や草本類で使われるが,マイナーな存在である.また,近年,カテコール核をもつフェニルプロパノイド(4, 5)4) F. Chen, Y. Tobimatsu, D. Havkin-Frenkel, R. Dixon & J. Ralph: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 1772 (2012).5) F. Chen, Y. Tobimatsu, L. Jackson, J. Nakashima, J. Ralph & R. Dixon: Plant J., 73, 201 (2013).やフラボノイド(6)6) W. Lan, F. Lu, M. Regner, Y. Zhu, J. Rencoret, S. A. Ralph, U. I. Zakai, K. Morreel, W. Boerjan & J. Ralph: Plant Physiol., 167, 1284 (2015).やスチルベノイド(7)7) J. Rencoret, D. Neiva, G. Marques, A. Gutiérrez, H. Kim, J. Gominho, H. Pereira, J. Ralph & J. C. del Río: Plant Physiol., 180, 1310 (2019).などもリグニンに取れこまれていることが報告され,さらに複雑怪奇な様相を呈している(図1図1■植物種によるリグニンの原料の違い).
このモノリグノールがラジカルカップリングを繰り返すことにより,高分子化しリグニンが形成されていく(図2図2■リグニンの生合成の概略図).モノリグノールは,まず初めに酸化酵素によって,フェノール性ヒドロキシ基がラジカル化される.しかし,このラジカルはフェノール性ヒドロキシ基(4-O位)だけに局在しているわけではなく,共鳴によって,5位,1位,β位に非局在化している.次の段階はこの2つのモノリグノールラジカル同士がカップリングし二量体が形成することである.モノリグノールラジカルの極限構造が多数存在することから,結合様式は多様となる.二量体形成後,二量体が持つフェノール性ヒドロキシ基が酸化酵素により再びラジカル化され,他のラジカル種とカップリングすることにより高分子化が進行していき,リグニンが形成されていくと考えられている.
このラジカルカップリングは,ラジカル重合における停止反応に相当する.つまり,重合するたびにラジカルを生成する必要があり,植物はリグニンを合成するのに非常に手間のかかる手法を採用しているといえる.
主な結合様式は,β位ラジカルと4-O位ラジカルがカップリングして形成したβ-O-4結合や,β位ラジカルと5位ラジカルがカップリングしたβ-5結合であり,その他にも,β-β結合,4-O-5結合,5-5結合,β-1結合などがある(図2図2■リグニンの生合成の概略図).モノリグノールには3種類があり,さらには,立体異性なども考えると,結果的にリグニンは非常に複雑な構造を有することがお分かりになると思う.この生合成に関しては,総説や成書などが出版されているので,参考にしていただきたい(8, 9)8) W. Boerjan, J. Ralph & M. Baucher: Annu. Rev. Plant Biol., 54, 519 (2003).9) D. R. Dimmel: “Lignin and Lignans Advances in Chemistry” CRC Press, 2010, pp. 1–10..
なお,先ほど,二量体以降の高分子化について記述したが,実際には二量体以降の構造は非常に複雑になるため解析が難しく,今のところ,正確な高分子化が理解されていないのが実情である.この,高分子化について,我々の研究室では安定同位体法などを駆使して,その一端を解析しようと試みており,後程,その成果を少し述べることとする.
巨大な塊をそのままの状態で分析することができない場合,分析可能な断片まで破壊し,その断片を解析することで,全体の構造が見えてくる.リグニンの分析でもこのような分解法が一般的に用いられており,ニトロベンゼン酸化法やチオアシドリシス分析法が代表的な方法である.この方法は,リグニンの中でも化学反応性に富むβ-O-4結合を切断できることを利用している.この分解生成物を解析することで,リグニン中のβ-O-4結合の割合や,3つの異なるモノリグノールの割合などを解析することが可能である.
ニトロベンゼン酸化法は,主にβ-O-4結合が連続した部分構造を解析することができ,簡便で再現性の高いデータが得られることから,今でもリグニンの化学構造分析ではfirst choiceとなっている.チオアシドリシス分析では,さらに,β-O-4結合で挟まれた二量体についても分析が可能である(図3図3■分解法の概略図).その他にも過マンガン酸カリウム酸化法やDFRC(Derivatization followed by Reductive Cleavage)法,オゾン分解法などがある.
TOF-SIMS(飛行型二次イオン質量分析計)も近年リグニン分析に利用されている.試料にアルゴンイオンや金イオンを照射することにより,表面のごく一部を破壊し,その断片の質量を分析する手法であり,前処理の必要がなく,顕微レベルで測定できる手法である.照射ビームを走査させることにより,マッピングデーターを得ることが可能であり,リグニンの構造と植物組織構との関係を調べる強力なツールとなっている(10, 11)10) K. Saito, T. Kato, Y. Tsuji & K. Fukushima: Biomacromolecule, 6, 678 (2005).11) 青木 弾,松下泰幸,福島和彦:化学と生物,57, 743 (2019)..
上記分解法では非常に有用なデータを得ることができるが,分解されたものしか測定することができない.分解生成物の量は,せいぜいリグニン全体の1/4程度であり,この結果からリグニンの全体構造を把握することは困難である.
そこで,リグニン全体をNMR法によって分析する試みがなされている.近年のNMR法における分解能の向上などの分析技術に進歩に伴い,リグニンの構造解析もかなり進んできている.13C NMR法が定性,定量分析にて重要な役割を果たしており,近年ではそれに加え,2次元,3次元NMR法も強力な分析手法として利用されている(12, 13)12) J. Rencoret, G. Marques, A. Gutiérrez, D. Ibarra, J. Li, G. Gellerstedt, J. I. Santos, J. Jiménez-Barbero, Á. T. Martínez & J. C. del Río: Holzforschung, 62, 514 (2008).13) J. Ralph, J. J. MacKay, R. D. Hatfield, D. M. O’Malley, R. W. Whetten & R. R. Sederoff: Science, 277, 235 (1997)..
NMR法では溶液法と固体法がある.溶液法ではリグニンを溶液に溶かす必要があり,ある程度の分解・誘導体化をする必要があるが,ほぼ全量解析することができ,リグニン全体の結合様式を把握することができる.固体法は,リグニンを破壊することなく解析できるため,リグニン全体を丸ごと測定することが可能である.しかしながら,一般的に分解能が低く,まだ普及している状況とは言えない.
NMR法は簡便であり,装置さえあれば簡単に測定できる.しかしながら,リグニンは繰り返し単位を持たない構造を有し,結合の種類も非常に多いことから,シグナル数が増加し,オーバーラップが起きるため正確な分析が難しい.この欠点を克服するため,我々は,安定同位体標識法とNMR分析を組み合わせた方法を開発した(図4図4■安定同位体ラベル実験).つまり,リグニンの特定の部分,例えば芳香環の5位のみを選択的に標識して,13Cおよび2次元NMR法により分析することにより,標識炭素に関与した結合のみを検出するといった方法である.この方法のキーポイントは,「リグニンの特定の部分だけ13Cを選択的に標識する」ことである.13C標識されたモノリグノール類が市販されていれば,簡単に実験を進めることができるが,今のところ市販されていないので,自分自身で合成しなければならない.この研究のエフォートは,ほとんどがこの化学合成に費やされることになる.13C標識したモノリグノールを化学合成した後,それを植物体に投与することで,リグニンの選択的13C標識を達成させる.植物は,投与した13C標識モノリグノールを用いてリグニンを生合成するが,大部分は植物自身が合成したモノリグノールをリグニンの原料として利用するため,13C標識率は通常10%以下となってしまう.しかしながら,13Cの天然存在比は約1%であることから,例え標識率が10%以下でも,この方法により13Cの割合は数倍に増加することになる.この標識したリグニンのNMRスペクトルから未標識リグニンのスペクトルを差し引くことで,13C標識した炭素に関連した結合のみのスペクトル情報を得ることができ,リグニン構造解析を容易にすることができる.
さらに,13Cや重水素といった安定同位体は,通常の元素と質量が異なるため,標識したリグニンを上記分解法に供することにより,更なる有用なデータを得ることができる(14)14) D. Aoki, K. Nomura, M. Hashiura, Y. Imamura, S. Miyata, N. Terashima, Y. Matsushita, H. Nishimura, T. Watanabe, M. Katahira et al.: Holzforchung, 73, 1083 (2019)..
リグニンはヘミセルロースなどの多糖と共有結合しているため,植物体から無傷でリグニンを単離することはまず不可能である.したがって,植物を模倣して人工的にリグニンを試験管内で合成し(DHP: Enzymatic Dehydogenative Polymerization),それを解析する方法もよく行われている.リグニンの高分子過程を経時的に解析することができることから,非常に有効な手法であるが,人工的に合成したリグニンは天然のリグニンとは構造が異なり,β-O-4結合が少ないことが指摘されている.したがって,このことを考慮して研究を行う必要がある.
我々は,安定同位体標識とDHPを組み合わせて,リグニンの高分子化過程について,研究を進めており,最近では,リグニンの新たな結合方法を見出すことに成功した.二量体が高分子化するには,その二量体がラジカルを形成する必要がある.フェノール性ヒドロキシ基が酵素によりラジカル化されると,例えばβ-5型二量体の場合の場合,ラジカルはA環の4-O位か5位に存在するため,これらの部位で結合が生じるはずである.我々は,B環に側鎖β′位を13C標識したβ-5型二量体を合成し,DHP法により人工リグニンを調製した.この人工リグニンを2次元NMR法により分析したところ,B環側鎖β′位も重合に関与していることが分かった(図5図5■安定同位体標識実験によるリグニンの伸長過程の解析の一例—新奇結合様式の発見—)(15)15) Y. Matsushita, Y. Oyabu, D. Aoki & K. Fukushima: R. Soc. Open Sci., 6, 190445 (2019)..通常のNMR分析では,感度的に測定が難しかった反応であるが,このように13C標識法と組み合わせることで,マイナーな反応も見逃すことなく解析することができる.
木質細胞壁は細胞間層,一次壁,二次壁外層,二次壁中層,二次壁内層から成り立っており,多層構造を有している.これまでそれぞれの層に存在しているリグニンの構造が大きく異なっていることが知られていた.我々の研究室でも,複合中間層(細胞間層と一次壁を合わせた層)をうまく取り出す方法を見出し,それを上記分解法(チオアシドリシス)やNMR法を駆使して分析したところ,複合中間層にはβ-O-4結合が少ないことが分かった(16)16) Y. Matsushita, T. Fukumura, D. Aoki & K. Fukushima: Holzforschung, 75, 798 (2021)..細胞分裂した後,まず一次壁が形成され細胞の形が決定される.その形を維持するために,素早く“セメント”であるリグニンを沈着させて固める必要がある.さらにそのセメントは「固く」なければならない.そのためエーテル結合を有するβ-O-4結合ではなく,β-5結合などのようなC-C結合を多く含むリグニンが形成されるのではないかと考えられている.
これまで述べてきたように,リグニン分析には分解法(わからないものは壊して調べる!)とNMRによる分析(分光法により全体を把握)が主流である.どちらも一長一短があり,分析の目的にとって使い分けることが必要である.NMR法は全体を把握するという意味で,非常に強力な分析方法であるが,得られたデータはあくまで“平均的な結合様式”を表しているに過ぎない.リグニンは多くの結合様式があり,結合のシーケンス,つまり結合のつながり方については,ほとんど解析できていない.タンパク質のようにアミノ酸のつながり方によって,機能が全く異なってくるのと同様に,リグニンも結合のシーケンスによって,当然性質が異なってくると考えられる.今後,シーケンスと性質との関係性は,リグニン研究の重要な課題の一つとなろう.
地球上で2番目に多い有機物であるリグニンを有効活用することは,脱炭素社会を目指す上で非常に重要である.リグニンの化学反応性はシナピルアルコールから合成されたリグニンが高く,また,β-O-4結合の反応性も他の結合よりも高い.このように,リグニンから機能性物質を創製しようとする研究においては,まず,リグニンの構造を正しく理解することは必要不可欠である.我々の研究室でもリグニンの機能変換とともに,構造の探求も行っており,特に安定同位体標識法とNMR分析を組み合わせて,鋭意研究を進めているところである.
Reference
1) 横田信三:“木質の形成 第2版”,海青社,2011, pp. 276–277.
2) J. A. Raven: Adv. Bot. Res., 5, 153 (1977).
3) A. Brown: J. Appl. Biochem., 7, 371 (1985).
5) F. Chen, Y. Tobimatsu, L. Jackson, J. Nakashima, J. Ralph & R. Dixon: Plant J., 73, 201 (2013).
8) W. Boerjan, J. Ralph & M. Baucher: Annu. Rev. Plant Biol., 54, 519 (2003).
9) D. R. Dimmel: “Lignin and Lignans Advances in Chemistry” CRC Press, 2010, pp. 1–10.
10) K. Saito, T. Kato, Y. Tsuji & K. Fukushima: Biomacromolecule, 6, 678 (2005).
11) 青木 弾,松下泰幸,福島和彦:化学と生物,57, 743 (2019).
15) Y. Matsushita, Y. Oyabu, D. Aoki & K. Fukushima: R. Soc. Open Sci., 6, 190445 (2019).
16) Y. Matsushita, T. Fukumura, D. Aoki & K. Fukushima: Holzforschung, 75, 798 (2021).