Kagaku to Seibutsu 61(11): 554-563 (2023)
セミナー室
植物のアルミニウム耐性機構の分子メカニズム酸性土壌でのAlの毒性と耐性獲得シグナル
Published: 2023-11-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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耕作可能地の約50%を占めるpH 5.5以下の酸性土壌は,特に,北米,南米,アジアの熱帯,亜熱帯に広く分布しており,今後も酸性化による土壌劣化は進行すると考えられている(1, 2)1) FAO & ITPS. Status of the World’s Soil Resources (SWSR), Main Report, 2015.2) L. V. Kochian, M. A. Piñeros & O. A. Hoekenga: Plant Soil, 274, 175 (2005)..酸性土壌ではアルミニウム(Al)が土壌鉱物から溶脱し植物へ毒性を示す.Alは短時間のうちに著しい根の生育阻害を引き起こし,植物は水分や養分吸収,窒素固定能などの低下により,乾燥や栄養不足に対しても脆弱になる.そのため,作物のAlストレス耐性は世界的に重要な農業形質とされている.1世紀以上前から,酸性土壌の毒性は主にAlに起因することが知られていた.近年,Al耐性遺伝子の機能が理解されるとともに,他の栄養素との関わりも見えてきた.本稿においては,植物のAl毒性およびAl応答と耐性メカニズムに関して,近年明らかにされてきたことを紹介する.
土壌が酸性化しpH 5.5を下回ると,AlはAl3+やAlOH2+の化学形態となり(Al2Si2O5(OH)4+6H+→Al3++3H4SiO4+H2O, Al3++H2O⇌AlOH2++H+)植物毒性を示す(2)2) L. V. Kochian, M. A. Piñeros & O. A. Hoekenga: Plant Soil, 274, 175 (2005)..Al3+は,負電荷をもつ重要な生体分子,カルボキシ基やリン酸基を含む化合物と強く結合して生育阻害を引き起こす(図1図1■酸性土壌(Alストレス)での生育阻害).例えば,細胞壁ペクチンのカルボキシ基との結合による根の伸長阻害,細胞膜との結合によるイオン輸送障害,膜脂質過酸化やミトコンドリア機能阻害による細胞死,DNAや微小管アクチンフィラメントへの結合による細胞分裂阻害を引き起こす(2)2) L. V. Kochian, M. A. Piñeros & O. A. Hoekenga: Plant Soil, 274, 175 (2005)..Alは根端の表層に近い細胞に蓄積し,特に根端分裂領域と伸長領域の間の領域がAlの集積,Alによる傷害部位であり,そこでのAlシグナルは後で述べるストレス応答に関わっている(3)3) W. J. Horst, Y. Wang & D. Eticha: Ann. Bot., 106, 185 (2010)..Alの大部分は急速に細胞壁に結合し,数時間のうちに根の伸長を阻害する(3)3) W. J. Horst, Y. Wang & D. Eticha: Ann. Bot., 106, 185 (2010)..したがって根において強い毒性を示すが,地上部でもAlによる光化学系IIの光化学的損傷により光合成が阻害される(4)4) Z. Li, F. Xing & D. Xing: Plant Cell Physiol., 53, 1295 (2012)..