Kagaku to Seibutsu 61(11): 564-568 (2023)
生物コーナー
二枚貝が殻を閉じ続ける分子機構~キャッチ収縮~貝柱は省エネルギーで疲れない筋肉である
Published: 2023-11-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
だれもが知っているありふれた生物なのに,その生物の行動のメカニズムがわからないことはたくさんある.また,わかっていると思っていることでも,よく考えると不思議なことがたくさんある.今回は二枚貝を例にとってそんな話を紹介したい.
アサリやハマグリのような二枚貝は,多くの人にとってなじみ深い生物だと思う.二枚貝が2枚の貝殻を固く閉じることや,その閉じる力が強く,さらに一度殻が閉じるとそれを開けるのが難しいことも,よく知っていることだろう.本誌の読者なら,この現象を次のように説明できるかもしれない.2枚の殻は貝柱で繋がっていて,貝柱は筋肉なので,貝柱が収縮して2枚の殻を閉めるからなのだ,と.グレイト! まさにその通り.これは現象の説明としては極めて正しい.
ところが,筋肉についての知識がある人がその説明を聞くと,それ本当なの? と疑問を呈するに違いない.どこを疑問に思うのか考えてみよう.
その前に筋肉について少し説明をしたい.筋肉は分子レベルで見ると筋原線維と呼ばれるものの集合体である.筋原線維は主にミオシンとアクチンという収縮性タンパク質から構成され,ミオシンとアクチンが滑り合うことで筋肉全体が収縮する.収縮運動のエネルギー源としてはATP(アデノシン三リン酸)が用いられる.ミオシンがATPを分解し,その際に得られるエネルギーを使ってアクチンを引き寄せるのだ.この筋収縮の基本的な機構は,すべての生物の筋肉に共通するものである.また,ミオシンとアクチンの滑り運動はカルシウムイオンを介して制御されている.筋小胞体というカルシウムを貯めている細胞内小器官からカルシウムイオンが放出され,細胞質内のカルシウムイオン濃度が高くなるとミオシンとアクチンの滑り運動が始まり筋肉は収縮する.その後にカルシウムイオンが筋小胞体に回収され,細胞質内のカルシウム濃度が低くなるとミオシンとアクチンは相互作用しなくなり,筋肉は弛緩する.ただし,カルシウムイオンによる収縮コントロールの分子機構は生物や筋肉の種類によって大きく異なることが知られている.この基本的な筋収縮の知識をたずさえて,二枚貝の閉殻運動について見ていこう.
閉殻筋が収縮して2枚の殻を閉じる.アサリの場合だと,2枚の殻は隙間なくぴったりと閉じられる.実は貝殻は勝手に開く構造をしているので,閉じ続けるためには閉殻筋が収縮し続ける必要がある.すなわち,殻を閉じているあいだ閉殻筋は収縮し続けている.上で説明した筋収縮の知識をあてはめると,筋肉が収縮し続けるということは,それはミオシンとアクチンが相互作用し続けている結果であり,それは同時にATPを消費し続けていることを意味する.アサリは殻を閉じているあいだにATPを消費し続けているのだろうか.しかし,殻を閉じているアサリは餌を摂れないからATPを得られないはずである.一般的な筋収縮のメカニズムでは,二枚貝の閉殻運動は説明できない.
このような疑問は古くからあったらしく,19世紀末には二枚貝閉殻筋の収縮機構は研究対象となっていた.詳細は割愛するとして,結論を言えば,驚くべきことに二枚貝閉殻筋は収縮し続けているあいだ,エネルギー(すなわちATP)をほとんど消費していないことがわかった.要するに閉殻筋は疲れないのだ.だから,二枚貝は長い間にわたって殻を固く閉じ続けることができるのである.この現象はまるで扉が留め金で閉じられている様子に似ていることから「キャッチ(英語で留め金の意)」あるいは「キャッチ収縮」と呼ばれるようになった.
これまで説明してきたようにキャッチ収縮は筋肉の常識に反している.エネルギーを使わないで収縮し続けるとはどういうメカニズムなのだろうか.分子レベルでキャッチ収縮のメカニズムをみてみよう.
閉殻筋は実は組織学的には2種類の異なる筋肉から構成されていて,例えばホタテガイでは,大きな閉殻筋のうちクリーム色をした横紋筋と,その脇にくっついている三日月状の白色の平滑筋でできている.ホタテガイはパタパタと殻を開閉して泳ぐことがよく知られているが,その際に使われるのが横紋筋である.横紋筋は素早い筋収縮に向いている.一方,殻を閉じ続けるときに使われるのが平滑筋である.平滑筋は持続的な力を発揮するのに向いている.この平滑筋がキャッチ収縮する筋肉,つまりキャッチ筋である.
キャッチ筋の収縮変化の概略を図1図1■二枚貝キャッチ収縮の張力変化とトゥイッチンの状態の関係に示した.キャッチ筋は,コリン作動性ニューロンから分泌されたアセチルコリンの刺激によって筋小胞体からカルシウムイオンが放出され,細胞内カルシウムイオン濃度が上昇し,収縮する.カルシウムイオンがミオシンに結合することでミオシンが活性化し,アクチンと滑り運動を開始するからである.この収縮状態を活性状態と呼び,ATPを使って筋収縮している.ここまでは一般的な筋肉と同じである.
細胞内カルシウム濃度が低下すると,一般的な筋肉は収縮をやめて弛緩するのに対し,キャッチ筋は収縮を持続する.これはミオシンとアクチンが相互作用し続けていることを意味するが,このときキャッチ筋のミオシンからはカルシウムイオンが解離しているので,ミオシンは不活性化しているはずである.不活性化したミオシンはアクチンと相互作用できないので,キャッチ筋は弛緩してもおかしくない.しかし実際には,キャッチ筋は収縮状態を維持し,張力を発生している.この状態をキャッチと呼び,すでに述べたようにこのときエネルギーはほとんど消費されない.
キャッチ状態はセロトニン作動性ニューロンからセロトニンが分泌されると終了し,筋肉は弛緩して収縮前の状態に戻る.このとき細胞内ではサイクリックAMP(cAMP)濃度が上昇し,活性化したcAMP依存性タンパク質リン酸化酵素(Aキナーゼ)が,トゥイッチンというタンパク質をリン酸化する.トゥイッチンがリン酸化されないとキャッチ状態が終了しないし,トゥイッチンがリン酸化されたままの状態では,再びキャッチ状態に入ることができない.キャッチ収縮の制御はトゥイッチンのリン酸化と脱リン酸化を通して行われているのだ(1, 2)1) M. J. Siegman, D. Funabara, S. Kinoshita, S. Watabe, D. J. Hartshorne & T. M. Butler: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 5383 (1998).2) D. Funabara, S. Kinoshita, S. Watabe, M. J. Siegman, T. M. Butler & D. J. Hartshorne: Biochemistry, 40, 2087 (2001)..
ムラサキイガイを例にトゥイッチンについて説明しよう(図2図2■ムラサキイガイ・トゥイッチンのモチーフ構造).トゥイッチンは分子量53万の巨大タンパク質でコネクチン/タイチンファミリーに属するタンパク質である.1本のポリペプチド鎖からなり,イムノグロブリン様モチーフとフィブロネクチンタイプ3様モチーフの繰り返し構造と1つのキナーゼドメインから構成されている(3)3) D. Funabara, S. Watabe, S. U. Mooers, S. Narayan, C. Dudas, D. J. Hartshorne, M. J. Siegman & T. M. Butler: J. Biol. Chem., 278, 29308 (2003)..Aキナーゼによってリン酸化される部位はN末端側(D1リン酸化部位)とC末端側(D2リン酸化部位)にある(3, 4)3) D. Funabara, S. Watabe, S. U. Mooers, S. Narayan, C. Dudas, D. J. Hartshorne, M. J. Siegman & T. M. Butler: J. Biol. Chem., 278, 29308 (2003).4) D. Funabara, Y. Nishimura & S. Kanoh: Am. J. Mol. Biol., 9, 110 (2019)..D2リン酸化部位周辺の機能解析によって,リン酸化していないトゥイッチンはミオシンとアクチンの両方に同時に結合することがわかった(5, 6)5) D. Funabara, C. Hamamoto, K. Yamamoto, A. Inoue, M. Ueda, R. Osawa, S. Kanoh, D. J. Hartshorne, S. Suzuki & S. Watabe: J. Exp. Biol., 210, 4399 (2007).6) D. Funabara, R. Osawa, M. Ueda, S. Kanoh, D. J. Hartshorne & S. Watabe: J. Biol. Chem., 284, 18015 (2009)..D2がAキナーゼによってリン酸化されると,トゥイッチンはミオシンとアクチンへの結合能を失い,両者から離れる.D1リン酸化部位の機能については現在のところ残念ながらよくわかっていない.リン酸化トゥイッチンの脱リン酸化はカルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質脱リン酸化酵素(カルシニューリン)によって行われると考えられている(7)7) 舩原大輔:水圏生物タンパク質科学の新展開,恒星社厚生閣,2020, p. 97..
トゥイッチンの機能を軸にキャッチ収縮の分子機構を考えてみる(図3図3■二枚貝キャッチ収縮の分子機構モデル).キャッチ筋が弛緩しているときトゥイッチンはリン酸化状態である.細胞内カルシウム濃度の上昇によってミオシンが活性化されると,ミオシンとアクチンが滑り運動を開始し,キャッチ筋は活性状態に入る.このときにカルシニューリンによってトゥイッチンは脱リン酸化される.細胞内カルシウム濃度が低下すると,ミオシンとアクチンに結合した脱リン酸化トゥイッチンによってミオシンとアクチンが固定され,筋肉はキャッチ状態に入る.このときミオシンは不活性なのでアクチンとの結合能を失っているが,トゥイッチンによってミオシンとアクチンは繋ぎ止められ張力が維持される.トゥイッチンがまさに留め金の役割をしている.セロトニンが分泌されるとAキナーゼによってトゥイッチンがリン酸化され,留め金はミオシンとアクチンからはずれ,筋肉は弛緩状態に戻る.この説明はかなり単純化しており,実際にはトゥイッチンの他にも働いているタンパク質はあると考えられるが,キャッチ収縮の実際の現象をうまく説明することができていると思う.
今回の二枚貝のキャッチ収縮の分子機構についての説明で,読者はキャッチ収縮のすべてが解明されたかのように思われたかもしれないが,実際にはまだまだ明らかにしなければいけないことがたくさんある.例えば,トゥイッチンは閉殻筋のうちの横紋筋,線虫やアメフラシの筋肉にも存在するが,それらはキャッチ収縮しない.キャッチ収縮はトゥイッチンによって制御されるが,トゥイッチンがあるからといってその筋肉がキャッチ収縮するわけではないのだ.ただ,ホタテガイの横紋筋とキャッチ筋のトゥイッチンを比較すると,一次構造やリン酸化部位の数が異なっている(8)8) D. Funabara, S. Watabe & S. Kanoh: Fish. Sci., 81, 541 (2015)..もしかするとキャッチ筋と他の筋肉ではトゥイッチンの役割が違うのかもしれない.キャッチ収縮は二枚貝でしか確認されていないが,キャッチ筋と他の筋肉の筋原線維の成分を調べても特に大きな違いはなく,何がキャッチ筋をキャッチ筋たらしめているのかは不明である.不思議なことを1つ明らかにすると,また不思議なことが出てくる.まだまだ全貌の解明には遠い道のりが残っている.
Reference
4) D. Funabara, Y. Nishimura & S. Kanoh: Am. J. Mol. Biol., 9, 110 (2019).
7) 舩原大輔:水圏生物タンパク質科学の新展開,恒星社厚生閣,2020, p. 97.
8) D. Funabara, S. Watabe & S. Kanoh: Fish. Sci., 81, 541 (2015).