農芸化学@High School

軟体動物の腎嚢の生育場所によるニハイチュウの極帽形態の変化

岸上 栞菜

兵庫県立姫路東高等学校科学部生物系研究部

Published: 2023-11-01

ニハイチュウ(二胚動物門)は,底生頭足類の腎嚢に片利共生する体長数mmの多細胞動物である.ニハイチュウには蠕虫型と滴虫型の2タイプがあり,蠕虫型個体が腎嚢に接着する頭部(極帽)の形状は腎嚢表面の凹凸によって異なるとされている.蠕虫型ニハイチュウの極帽は幼生の段階ではすべて同じ円錐形であるが,極帽が円錐形の種は腎嚢の窪みにのみ接着し,成長しても円錐形を維持した.一方,極帽が円盤形の種は平坦な場所にのみ接着し,成長しても極帽は成長しないか途中で成長が止まり,極帽の形が円盤形に変形した.幼生の段階では同じ表現型を示す別種の生物が,成長の過程で異なる表現型に移行する仕組みを明らかにするための基礎的な知見を得た.

本研究の目的・方法および結果と考察

【研究の背景と目的】

ニハイチュウは,底生頭足類の腎嚢に片利共生する体長数mm,細胞総数22個前後の多細胞動物である.図1図1■腎嚢表面のニハイチュウ(綿のように見える)に腎嚢表面に吸着するニハイチュウを示す.蠕虫型と滴虫型の2タイプがあり,蠕虫型ニハイチュウは尿とともに海中に排出されないよう,その極帽で腎嚢表面に接着して離れないようにしている(1)1) 古屋秀隆:比較生理生化学会誌,13, 209 (1996)..腎嚢に接着する頭部(極帽)の形状は腎嚢表面の凹凸によってさまざまに異なり,どのように極帽の形状を変えるのか解明されていない(1~8)1) 古屋秀隆:比較生理生化学会誌,13, 209 (1996).2) 古屋秀隆:日本動物分類学会第38回大会講演抄録,2002.3) 古屋秀隆:比較生理生化学会誌,21, 128 (2004).4) 古屋秀隆:日本動物分類学会誌,21, 19 (2006).5) 栗田ひろ子,能登朋子,遠藤 浩:原生動物学雑誌,40, 68 (2007).6) 古屋秀隆:東レ科学振興会第52回事業報告書,2011, pp.70–71.7) 古屋秀隆:日本動物分類学会誌,48, 1 (2020).8) 古屋秀隆:日本動物分類学会誌,48, 3 (2020)..ニハイチュウは多細胞生物が退化して生まれたと考えられていることから,単細胞生物と多細胞生物の間のつながりを知るために重要な生物であるとされている.ニハイチュウは体を構成する細胞数が減少する方向に進化したと考えられている(6)6) 古屋秀隆:東レ科学振興会第52回事業報告書,2011, pp.70–71.

図1■腎嚢表面のニハイチュウ(綿のように見える)

本研究は,蠕虫型ニハイチュウが接着した腎嚢表面の場所と,極帽を構成する前極細胞と後極細胞の成長の違いを比較し,異なる形態の極帽が形成される過程を明らかにすることを目的にした.

【方法】

蠕虫型ニハイチュウは,極帽の形状によって,円錐形,円盤形,帽子形,不定形の4種類に分類できる.本研究では,図2図2■観察したニハイチュウ(1, 4~6: 写真縦100 µm, 2, 3: 50 µm)に示すミサキニハイチュウ(円錐形),マッコナギーニハイチュウ(円錐形),ヌベルニハイチュウ(円錐形),アオリイカニハイチュウ(円盤形),ヤマトニハイチュウ(円盤形と帽子形の中間型),今回発見した新種のツネキニハイチュウ(円盤形)の合計6種類のニハイチュウを研究材料として5~7月に教室で採取した.

図2■観察したニハイチュウ(1, 4~6: 写真縦100 µm, 2, 3: 50 µm)

1: ミサキニハイチュウ,2: マッコナギーニハイチュウ,3: ヌベルニハイチュウ,4: アオリイカニハイチュウ,5: ヤマトニハイチュウ,6: ツネキニハイチュウ.

顕微鏡下でミズダコやクモダコ,マダコ,アオリイカの腎嚢を切開し,表面にスライドガラスをこすりつけて付着させ,プレパラートを作成した(9, 10)9) 越田 豊:日本科学教育学会年会論文集,6, 145 (1982).10) 能登朋子,山口正晃,遠藤 浩:日本分子生物学会年会プログラム講演要旨集,21, 343 (1998)..6種を各50個体収集し,極帽をなす前極細胞と後極細胞の高さ(A, B)と幅(C, D)(図3図3■極帽の大きさの測定部分(µm))をミクロメーターで測定した.

図3■極帽の大きさの測定部分(µm)

【結果】

今回観察した6種類のニハイチュウは,成長しても円錐形を保つ種と,成長に伴い円盤形に変形する種に大別することができた.

成長しても円錐形のままの種は,ミサキニハイチュウ,マッコナギーニハイチュウ,ヌベルニハイチュウであった.ミサキニハイチュウとヌベルニハイチュウは,成長するにつれて前極細胞,後極細胞ともに成長して大きくなった.マッコナギーニハイチュウの極帽はゆるやかに大きくなった(図4図4■ヌベルニハイチュウの極帽の変化).

一方,成長すると円錐形から円盤形へ変化する種は,アオリイカニハイチュウ,ヤマトニハイチュウ,ツネキニハイチュウであった.アオリイカニハイチュウとヤマトニハイチュウは成長しても,極帽の大きさはほとんど変化しなかった.ツネキニハイチュウは,はじめは体の成長とともに極帽も成長したが,体長800 µm前後で前極細胞,後極細胞ともに成長が止まった(図5図5■アオリイカニハイチュウの極帽の変化).

図4■ヌベルニハイチュウの極帽の変化

図5■アオリイカニハイチュウの極帽の変化

【考察】

本研究で扱った6種のニハイチュウには,極帽の形状の違いで2パターンの形成過程が観察された.すべての種の極帽は幼生の時期には円錐形であるが,成長するにつれて種ごとに極帽の形状に個性がみられるようになった.ミズダコ,クモダコ,マダコ,アオリイカといった宿主の違いにかかわらず,極帽が円錐形の種は腎嚢の窪みに接着し,極帽が成長しても変形せずに円錐形を保っていた.一方,極帽が円盤形のものや一部帽子形の種は,平坦な部分に接着し,成長しても極帽は成長しないか,あるいは途中で成長が止まり,極帽の形を円盤形に変形させていた.

円錐形のニハイチュウと円盤型のニハイチュウでは遺伝子が異なっているとされている(6)6) 古屋秀隆:東レ科学振興会第52回事業報告書,2011, pp.70–71..幼生の段階で同じ表現型を示している円錐形と円盤型のニハイチュウの極帽形態が,接着場所によって変化するようすを図6図6■ニハイチュウの極帽の場所による形態変化にまとめた.

図6■ニハイチュウの極帽の場所による形態変化

本研究の展望と意義

本研究を行う中で,新たな疑問が生じた.極帽が円盤形のニハイチュウは円錐形のニハイチュウよりも頭部が大きく,平坦な場所での接着に適応しているように見える.しかし,腎嚢の窪みはニハイチュウの大きさに対して十分大きいにもかかわらず,円錐形のニハイチュウが窪みを独占し,円盤形のニハイチュウは窪みの中に入らずに,極帽の形状を変化させて平坦な場所に接着するのはなぜなのか,という疑問である.腎嚢の窪みは腎細管の開口部であることから,円錐形と円盤形のニハイチュウで,底生頭足類の尿に対する反応が異なる可能性があるため,腎嚢表面の分泌物を調べる必要がある.

また,円錐形のニハイチュウは円盤形のニハイチュウよりも運動能力が高く,より吸着しやすく共生生活にとって有利な窪みを優先的に独占できるのではないかという疑問もある.両者の運動能力の比較として,遊泳速度の測定を行いたい.

また,イカやタコの種によって,共生するニハイチュウの種が異なるのはなぜなのかについても,底生頭足類とそれに共生するニハイチュウの対応表を作成しようと考えている.

本研究の成果は,幼生の段階では同じ表現型を示す別種の生物が,成長の過程で異なる表現型に移行する仕組みを明らかにするための基礎的知見となる.

Acknowledgments

本研究を行うにあたり,大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻の古屋秀隆教授には,ニハイチュウについての基礎情報や観察方法について丁寧なご指導をいただきました.ここに記して謝意を表します.

Reference

1) 古屋秀隆:比較生理生化学会誌,13, 209 (1996).

2) 古屋秀隆:日本動物分類学会第38回大会講演抄録,2002.

3) 古屋秀隆:比較生理生化学会誌,21, 128 (2004).

4) 古屋秀隆:日本動物分類学会誌,21, 19 (2006).

5) 栗田ひろ子,能登朋子,遠藤 浩:原生動物学雑誌,40, 68 (2007).

6) 古屋秀隆:東レ科学振興会第52回事業報告書,2011, pp.70–71.

7) 古屋秀隆:日本動物分類学会誌,48, 1 (2020).

8) 古屋秀隆:日本動物分類学会誌,48, 3 (2020).

9) 越田 豊:日本科学教育学会年会論文集,6, 145 (1982).

10) 能登朋子,山口正晃,遠藤 浩:日本分子生物学会年会プログラム講演要旨集,21, 343 (1998).