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リポタンパク質受容体ApoER2によるがん細胞のフェロトーシス制御
ApoER2欠損細胞はGPx4翻訳が早期終了することでフェロトーシスに陥る

Dong-Ho Kim

東浩

大阪公立大学大学院生活科学研究科生体機能学

Haruka Sukeda

助田 陽花

大阪公立大学大学院生活科学研究科生体機能学

Shigeru Saeki

佐伯

大阪公立大学大学院生活科学研究科生体機能学

Published: 2023-12-01

リポタンパク質受容体は,脂質代謝やその他の生命現象に関与する複数の受容体からなる遺伝子ファミリーを形成している.ファミリーには,LDLR, ApoER2, VLDLR, LRPなどが含まれ,脂質代謝以外にも,脳神経系形成,骨代謝,グルコース代謝などの広範な生命現象に関与する(1, 2)1) 佐伯 茂,出口三輪子,金 東浩:“非栄養素の分子栄養学”,第9章リポタンパク質受容体ファミリーを介する生体恒常性の維持機構,建帛社,2017, pp.134-152.2) D. H. Kim, H. Iijima, K. Goto, J. Sakai, H. Ishii, H. J. Kim, H. Suzuki, H. Kondo, S. Saeki & T. Yamamoto: J. Biol. Chem., 271, 8373 (1996)..近年,ApoER2がセレノプロテインP(SEPP1)の受容体として機能することが示された.SEPP1は,主に肝臓で産生されるセレン含有分泌タンパク質であり,ApoER2やLRP1, 2を介して細胞内に取り込まれ,全身へのセレン供給源となる.細胞内に輸送されたセレンは,セレノシステイン(SEC)の形でセレノプロテインの合成に用いられる.グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)やチオレドキシン還元酵素(TRx)などのセレノプロテインは,生体内の様々な酸化ストレスを軽減する.最近,ApoER2がフェロトーシス(Ferroptosis)の耐性因子として同定された.本稿では,細胞内へのセレン供給を担うApoER2が,セレノプロテインの翻訳を調節することにより,フェロトーシスを制御する分子機構について,Liら(3)3) Z. Li, L. Ferguson, K. K. Deol, M. A. Roberts, L. Magtanong, J. M. Hendricks, G. A. Mousa, S. Kilinc, K. Schaefer, J. A. Wells et al.: Nat. Chem. Biol., 18, 751 (2022).の研究報告を中心に紹介する.

フェロトーシスは,酸化的に損傷したリン脂質の蓄積によって引き起こされる鉄依存性の細胞死である(4)4) J. D. Scott, M. L. Kathryn, R. L. Michael, S. Rachid, M. Z. Eleina, E. G. Caroline, N. P. Darpan, J. B. Andras, M. C. Alexandra, S. Y. Wan et al.: Cell, 149, 1060 (2012)..2012年に発見されて以来,フェロトーシスの生物学的機能と疾患との関連性が認識されるようになったが,生物学的なシグナル伝達経路やその基礎となるメカニズムは未だ解明されていない.細胞内の鉄イオンの恒常性は,トランスフェリン受容体TfR1(Transferrin Receptor 1),金属輸送体SLC39A14,フェロポーチンFPN(Ferroportin)などによって厳密に制御されている.正常な状態では,リン脂質の酸化と還元の恒常性が維持されているが,鉄依存的に脂質の酸化生成物が蓄積すると,フェロトーシスが誘発される(図1A図1■ApoER2によるフェロトーシス制御 ).がん細胞内には鉄イオンが多く含まれており,がん細胞を死に誘導する治療戦略としてフェロトーシスが注目されている.しかし,多くのがん細胞はフェロトーシス耐性を獲得することから,フェロトーシス耐性はがん細胞の治療抵抗性の一つとして認知されている.主要なフェロトーシス耐性因子に,酸化脂質を無毒化する酵素GPx4と,脂質の酸化を阻止するFSP1(ferroptosis suppressor protein 1)が知られている(図1C図1■ApoER2によるフェロトーシス制御 ).耐性因子の抑制を標的とした治療戦略が注目されているが,既知の耐性因子がどのように相互作用しているのか,またフェロトーシスの新たな耐性因子が存在するのか,その全容は解明されていない.

図1■ApoER2によるフェロトーシス制御

A. フェロトーシスは,鉄依存性の脂質過酸化を特徴とする細胞死である.B. ApoER2は,SEPP1の取り込みを介してGPx4翻訳に寄与する.C. GPx4は,脂質過酸化を抑制するフェロトーシス耐性因子である.D. ApoER2欠損細胞は,GPx4翻訳の早期終了を通じてフェロトーシスに陥る.

Liらは,FSP1がGPx4やグルタチオン(GSH)と連携してフェロトーシス耐性を示す一方で,FSP1が関与しない耐性機構が存在する点(5, 6)5) K. Bersuker, J. M. Hendricks, Z. Li, L. Magtanong, B. Ford, P. H. Tang, M. A. Roberts, B. Tong, T. J. Maimone, R. Zoncu et al.: Nature, 575, 688 (2019).6) S. Doll, F. P. Freitas, R. Shah, M. Aldrovandi, M. C. da Silva, I. Ingold, A. Goya Grocin, T. N. Xavier da Silva, E. Panzilius, C. H. Scheel et al.: Nature, 575, 693 (2019).に着目し,フェロトーシスの新たな耐性因子の探索を行った.彼らは,FSP1がほとんど発現しないMDA-MB-453細胞では,ApoER2が高発現し,フェロトーシス耐性を示すことを見出した(図1B図1■ApoER2によるフェロトーシス制御 ).また,腫瘍の原発部位でApoER2の発現量が高い患者は生存率が低いことが示された.800以上のがん細胞株から収集したデータ分析の結果,ApoER2発現量とGPx4阻害剤(RSL3, ML162, ML210)に対する抵抗性の間には,正の相関が認められた.ApoER2を欠損させた複数の細胞株において,細胞死が観察された.この細胞死は,アポトーシスやネクローシスやオートファジーではなく,フェロトーシスであった.このような現象は3次元培養腫瘍モデルにおいても観察された.以上のことから,ApoER2は,がん細胞で発現量が増加するフェロトーシス耐性因子であり,将来的にがんの新しい治療薬の開発に寄与することが示唆された.

ApoER2は,SEPP1の受容体として細胞内へのセレン供給を担うことから,ApoER2欠損細胞では,セレン代謝異常に起因するフェロトーシスが誘導されると予想される.実際,ApoER2欠損細胞では,セレン濃度の約60%の減少,セレノプロテインの翻訳に関わる因子であるSEPSECS, SEPHS2, PSTKの枯渇,GPx4を含む10種類のセレノプロテイン量の減少が観察された.セレノプロテイン量の減少速度は,GPx4, GPx1, SELENOHの順で早かった.減少したGPx4は,SEPP1の細胞内への取り込みに関与するβプロペラドメインを有するApoER2を導入することで回復した.GPx4はがん細胞におけるセレン枯渇後に最初に減少するタンパク質の一つであり,その減少にはApoER2とSEPP1が関与することが明らかになった.これらの結果は,ApoER2の欠損により,細胞がセレン欠乏状態になり,GPx4レベルが低下することで,がん細胞をフェロトーシスに対して脆弱化することを示唆する.

GPx4は,セレノプロテインの中でも最も重要なものの一つであり,セレン欠乏状態においては,そのレベルが低下することが報告されている.Liらは,ApoER2欠損細胞において,GPx4の転写レベルは変化していないが,翻訳レベルが阻害されていることを明らかにした.ApoER2欠損細胞でGPx4の翻訳が阻害されているかどうかを調べるために,プロテオミクスとウェスタンブロッティングとともにBioOrthogonal Non-Canonical Amino acid Tagging(BONCAT)と呼ばれる技術を用いて,新たに合成される完全長GPx4翻訳の低下を明らかにした.ApoER2欠損細胞において,GPx4を含むセレノプロテインの翻訳効率の低下は,SEC UGAでのリボソームの停滞とその後のリボソームの解離(早期終結)に起因することが示唆された.GPx4のリボソームの停滞は,ApoER2欠損細胞で著しく増加し,約50%のリボソーム保護断片がSEC UGAの直前に位置していた.すなわち,ApoER2欠損細胞におけるGPx4の低下は,リボソームの停滞と衝突により翻訳が早期終了することに起因することが示された(図1D図1■ApoER2によるフェロトーシス制御 ).

以上の結果は,ApoER2を介するセレン供給の重要性とその欠乏が細胞内のセレノプロテイン合成に大きな影響を与えることを示す重要な知見である.ApoER2欠損細胞は,セレン欠乏,リボソームの停滞と衝突,GPx4翻訳の早期終了のカスケードを通してフェロトーシスに陥った.ApoER2を含めてこれらのカスケードは,がん治療の新たな標的となると考えられる.しかし,がん細胞でなぜApoER2が高発現するのか,がん細胞以外の他の細胞に対してもApoER2を介するフェロトーシス制御機構が関与するのか,他のリポタンパク質受容体による制御機構は存在するのか,について更なる検討が必要であると考える.近年,フェロトーシスは,アルツハイマー病(7)7) M. A. Greenough, D. J. R. Lane, R. Balez, H. T. D. Anastacio, Z. Zeng, K. Ganio, C. A. McDevitt, K. Acevedo, A. A. Belaidi, J. Koistinaho et al.: Cell Death Differ., 29, 2123 (2022).をはじめとする神経変性疾患や脳卒中,虚血性疾患,脂肪性肝炎や慢性閉塞性肺疾患など様々な疾患との関連性が確認されてきている.種々のリポタンパク質受容体がフェロトーシスに及ぼす影響を明らかにすることは,様々な疾患の治療薬の開発につながると期待される.

Reference

1) 佐伯 茂,出口三輪子,金 東浩:“非栄養素の分子栄養学”,第9章リポタンパク質受容体ファミリーを介する生体恒常性の維持機構,建帛社,2017, pp.134-152.

2) D. H. Kim, H. Iijima, K. Goto, J. Sakai, H. Ishii, H. J. Kim, H. Suzuki, H. Kondo, S. Saeki & T. Yamamoto: J. Biol. Chem., 271, 8373 (1996).

3) Z. Li, L. Ferguson, K. K. Deol, M. A. Roberts, L. Magtanong, J. M. Hendricks, G. A. Mousa, S. Kilinc, K. Schaefer, J. A. Wells et al.: Nat. Chem. Biol., 18, 751 (2022).

4) J. D. Scott, M. L. Kathryn, R. L. Michael, S. Rachid, M. Z. Eleina, E. G. Caroline, N. P. Darpan, J. B. Andras, M. C. Alexandra, S. Y. Wan et al.: Cell, 149, 1060 (2012).

5) K. Bersuker, J. M. Hendricks, Z. Li, L. Magtanong, B. Ford, P. H. Tang, M. A. Roberts, B. Tong, T. J. Maimone, R. Zoncu et al.: Nature, 575, 688 (2019).

6) S. Doll, F. P. Freitas, R. Shah, M. Aldrovandi, M. C. da Silva, I. Ingold, A. Goya Grocin, T. N. Xavier da Silva, E. Panzilius, C. H. Scheel et al.: Nature, 575, 693 (2019).

7) M. A. Greenough, D. J. R. Lane, R. Balez, H. T. D. Anastacio, Z. Zeng, K. Ganio, C. A. McDevitt, K. Acevedo, A. A. Belaidi, J. Koistinaho et al.: Cell Death Differ., 29, 2123 (2022).