Kagaku to Seibutsu 61(12): 577-579 (2023)
今日の話題
たんぱく質の摂り方と筋肉に関する最近の知見
筋力トレーニング,たんぱく質摂取量,種類,タイミングの影響
Published: 2023-12-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
筋肉は,あらゆる身体の動きに必須とされるだけでなく,健康の維持・増進にも深く関わっている.熱産生やエネルギー代謝で重要な働きをすることに加え,全身の様々な組織に作用する生理活性物質(マイオカイン)を分泌するなど,身体全体の機能に関与する(1)1) M. L. Bay & B. K. Pedersen: Front. Physiol., 11, 567881 (2020)..したがって,筋肉量の不足は糖代謝や脂質代謝の低下につながり,メタボリックシンドロームや死亡のリスクを高めることが知られる(2, 3)2) P. Song, P. Han, Y. Zhao, Y. Zhang, L. Wang, Z. Tao, Z. Jiang, S. Shen, Y. Wu, J. Wu et al.: BMC Geriatr., 21, 191 (2021).3) D. H. Lee, N. Keum, F. B. Hu, E. J. Orav, E. B. Rimm, W. C. Willett & E. L. Giovannucci: BMJ, 362, k2575 (2018)..メタボリックシンドロームは要介護や身体機能低下のリスク因子であり(4)4) Q. Zhang, Y. Wang, N. Yu, H. Ding, D. Li & X. Zhao: Aging Clin. Exp. Res., 33, 3073 (2021).,健康寿命の延伸が喫緊の社会課題となっている現代において,筋肉量の維持・向上は重要なテーマである.超高齢社会を迎えている日本においては,サルコペニア(老化に伴う筋肉量や筋力の低下)やフレイル(虚弱)の予防の観点からも筋肉量やたんぱく質摂取が着目されている(5)5) 「日本人の食事摂取基準」策定検討会:日本人の食事摂取基準(2020年版),https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf, 2019..
筋肉量を増やすための代表的な手段は,筋力トレーニングなどの運動と,栄養,特にたんぱく質の摂取が挙げられる.本稿では,多くの人々が実行しやすい手段としてたんぱく質摂取に着目し,筋肉のためにどのように摂取するのが効率的かを考えるヒントとなる,最近の研究動向を紹介する.
筋肉量増加においてたんぱく質摂取が果たす主な役割は2つあり,筋肉の材料としての役割と,筋合成促進剤としての役割である.たんぱく質は筋肉の主要構成成分であり,筋肉量の維持・向上のためには十分量のたんぱく質摂取が欠かせない.また,私たちの体内では筋タンパク質の合成と分解が常に繰り返され,長期的に合成と分解がつり合っていれば筋肉量は維持される(6)6) S. M. Phillips: Nutrition, 20, 689 (2004)..摂取したたんぱく質が消化吸収されて血中アミノ酸濃度が高まると,インスリン分泌の促進やmTOR複合体1の活性化など複数の経路を介して,筋タンパク質の合成速度上昇と分解速度低下がもたらされる(7)7) C. M. McIver, T. P. Wycherley & P. M. Clifton: Nutr. Metab. (Lond.), 9, 83 (2012)..たんぱく質を継続的に十分量摂取し,合成速度の方が上回っている状態が長期間継続することで,筋肉量の増加につながると考えられる.
このように,筋肉量の維持・向上には日々のたんぱく質摂取の継続が重要となるが,食欲やエネルギーバランスなどを考慮すると,実行しやすい手頃な量や,同じ量でより効果の高まる方法を考える必要がある.先行研究から,たんぱく質が筋肉に効果を及ぼすための条件として,「筋力トレーニング併用の有無」,「摂取量」,「たんぱく質の種類」,「摂取タイミング」は特に重要であることが示唆されている.「筋力トレーニング併用の有無」に関しては,筆者ら(8)8) R. Tagawa, D. Watanabe, K. Ito, K. Ueda, K. Nakayama, C. Sanbongi & M. Miyachi: Nutr. Rev., 79, 66 (2020).や他の研究グループ(9)9) E. A. Nunes, L. Colenso-Semple, S. R. McKellar, T. Yau, M. U. Ali, D. Fitzpatrick-Lewis, C. Sherifali, C. Gaudichon, D. Tomé, P. J. Atherton et al.: J. Cachexia Sarcopenia Muscle, 13, 795 (2022).によるメタ解析研究から,筋肉量を増やすのに筋力トレーニングの併用を必要とせず,たんぱく質摂取のみでも向上することが確認された.その一方で,筋力に関しては筋力トレーニングを併用しないとたんぱく質摂取の効果がほとんど見られなかった(9, 10)9) E. A. Nunes, L. Colenso-Semple, S. R. McKellar, T. Yau, M. U. Ali, D. Fitzpatrick-Lewis, C. Sherifali, C. Gaudichon, D. Tomé, P. J. Atherton et al.: J. Cachexia Sarcopenia Muscle, 13, 795 (2022).10) R. Tagawa, D. Watanabe, K. Ito, T. Otsuyama, K. Nakayama, C. Sanbongi & M. Miyachi: Sports Med. Open, 8, 110 (2022)..筋力トレーニングによる筋力増加において必ず神経系の適応が先行することから(11)11) J. P. Folland & A. G. Williams: Sports Med., 37, 145 (2007).,トレーニングによる神経系の適応を経ることが筋力増加に重要であることが推察される.たんぱく質摂取単体でも筋タンパク質合成促進や分解抑制の効能を有し,筋肉量には直接的な影響を及ぼせるが,神経系の適応には直接的な影響を及ぼせないことが,たんぱく質摂取単体による筋肉量と筋力への効果の違いにつながったかもしれない.なお,筋力が高まらなくても,筋肉量が維持・増加する生理的意義は大きく,筋肉量が増えれば代謝への影響を通して健康関連の各種リスクを低減するなど,健康上のベネフィットは得られるものと推察される.
「摂取量」の影響については,前述のメタ解析研究の知見(8)8) R. Tagawa, D. Watanabe, K. Ito, K. Ueda, K. Nakayama, C. Sanbongi & M. Miyachi: Nutr. Rev., 79, 66 (2020).から,1日の総たんぱく質摂取量が約1.3 g/kg体重/日に達するまでは,たんぱく質摂取量に応じた筋肉量の増加が特に顕著であることが分かった.1.3 g/kgを超えても筋肉量は増え続けるが,1.3 g/kg体重/日以下のときと比較すると増加ペースが鈍化する.筋力については,約1.5 g/kg体重/日に達するまではたんぱく質摂取量が増えるのに応じて増加するが,約1.5 g/kg体重/日でからはそれ以上増加しなくなる(10)10) R. Tagawa, D. Watanabe, K. Ito, T. Otsuyama, K. Nakayama, C. Sanbongi & M. Miyachi: Sports Med. Open, 8, 110 (2022)..以上より,多くの人々にとって,たんぱく質摂取量1.3 g/kg体重/日程度は効率的な筋肉量増加のための手頃な目標になり得る.この目標を達成するには,例えば,平均的なたんぱく質摂取量と体重の30~50代男性で「現在の食事(約77 g/日)+約15 g/日」,30~50代女性で「現在の食事(約64 g/日)+約8 g/日」が必要となる(2019年国民健康・栄養調査の性別・年代ごとのたんぱく質摂取量と体重の平均値から計算).
「たんぱく質の種類」の比較については,乳,大豆など特定の原料由来のたんぱく質間の比較や,動物由来と植物由来のような大きな分類での比較など,これまで複数のメタ解析研究が実施され,その大部分で有意差が見出されなかった(12, 13)12) C. J. Mitchell, R. A. McGregor, R. F. D’Souza, E. B. Thorstensen, J. F. Markworth, A. C. Fanning, S. D. Poppitt & D. Cameron-Smith: Nutrients, 7, 8685 (2015).13) M. Messina, H. Lynch, J. M. Dickinson & K. E. Reed: Int. J. Sport Nutr. Exerc. Metab., 28, 674 (2018)..ただし,同じ量のたんぱく質どうしの小さな違いを検出しなければならない上に,対象となる研究数がまだそれほど多くないことを考慮すると,単に検出力が不足していただけの可能性もあり,本当に違いがないと結論付けることは難しい.2021年に発表された「たんぱく質の質(アミノ酸組成や消化吸収性など)」に関するメタ解析研究によると,ロイシン含量や消化吸収速度等の観点で質の高いたんぱく質(多くの場合,ホエイたんぱく質や乳たんぱく質が該当)の方が,筋合成速度や筋力を向上させる効果が高いことが発見されている(14)14) P. T. Morgan, D. O. Harris, R. N. Marshall, J. I. Quinlan, S. J. Edwards, S. L. Allen & L. Breen: J. Nutr., 151, 1901 (2021)..また同年,異なる研究チームによるメタ解析研究では,50歳未満の集団について,動物性たんぱく質が植物性たんぱく質よりも筋量を増加させる効果が高いことが報告されている(15)15) M. T. Lim, B. J. Pan, D. W. K. Toh, C. N. Sutanto & J. E. Kim: Nutrients, 13, 661 (2021)..最近になって「たんぱく質の種類」による違いを見出すことが可能となった一因として,関連研究数が年と共に増えて検出力が高まった可能性が考えられ,今後もさらなる発見が期待される.
「摂取タイミング」に関する研究は種類比較の研究よりもさらに研究数が少なく,メタ解析研究で有意差が見出されている報告は筆者らが知る限り発表されていない.しかしながら,近年注目されている「時間栄養学」の研究より,1日のたんぱく質摂取量が夕食に偏っている一般的な食事は,筋肉を増やす観点では非効率であるという報告が続いている(16~18).朝食のたんぱく質摂取不足の是正は,筋肉量向上のために特に重要である可能性がある.
筋肉を増やすための効率的なたんぱく質摂取条件に関する研究は,今後ますます増えていくものと予想される.長期的に継続摂取できることが重要なので,各々の生活に無理ない範囲で最新の研究知見を取り入れていくことが望まれる.
Reference
1) M. L. Bay & B. K. Pedersen: Front. Physiol., 11, 567881 (2020).
4) Q. Zhang, Y. Wang, N. Yu, H. Ding, D. Li & X. Zhao: Aging Clin. Exp. Res., 33, 3073 (2021).
5) 「日本人の食事摂取基準」策定検討会:日本人の食事摂取基準(2020年版),https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf, 2019.
6) S. M. Phillips: Nutrition, 20, 689 (2004).
7) C. M. McIver, T. P. Wycherley & P. M. Clifton: Nutr. Metab. (Lond.), 9, 83 (2012).
11) J. P. Folland & A. G. Williams: Sports Med., 37, 145 (2007).
15) M. T. Lim, B. J. Pan, D. W. K. Toh, C. N. Sutanto & J. E. Kim: Nutrients, 13, 661 (2021).
17) J. Yasuda, T. Tomita, T. Arimitsu & S. Fujita: J. Nutr., 150, 1845 (2020).