Kagaku to Seibutsu 61(12): 580-589 (2023)
解説
大型藻類の利活用技術の開発とバイオリファイナリーへの展開
CO2の資源への転換を目指して
Development of Technologies for Utilizing Macroalgae and Their Application to Biorefineries:
Aiming to Convert CO2 into a Useful Resource
Published: 2023-12-01
近年「ブルーカーボン」とも称されるようになった大型藻類(海藻)は,陸上植物と同等以上の純生産量を持つことが明らかになっている.日本列島の周縁に広がる大陸棚は大型藻類の生育に適しており,大型藻類を構成する成分を原料とした有用物質の生産,すなわちバイオリファイナリー(再生可能な資源であるバイオマスを原料に燃料や化成品などを生産する技術)に関わる研究は,地球環境の保全と物質生産を両立させた日本オリジナルな資源循環システムの開発につながると考えている.本稿では,大型藻類の性状に加え,バイオリファイナリーの確立のために必要な「養殖によるバイオマスの生産」,「特徴的な生理活性物質の利用」,「酵素による難分解性多糖類の完全分解と単糖類の生産」の各技術と「バイオエタノール生産への展開」について紹介する.
Key words: 大型藻類; バイオリファイナリー; フロロタンニン類; アルギン酸; アルギン酸リアーゼ
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
「ブルーカーボン」とは,海洋生態系に吸収・固定される炭素を指す造語であり,2009年10月,国連環境計画(United Nations Environment Programme)の報告書「Blue carbon: the role of healthy oceans in binding carbon」(1)1) United Nations Environment Programme: Blue carbon: the role of healthy oceans in binding carbon, https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/7772;jsessionid=B55B5DE6165FE6FD80757A4BC860121D, 2009.によって定義された.海洋における炭素固定の場として,「海草・海藻藻場」の他,「湿地・干潟」や「マングローブ林」が挙げられており,これらは「ブルーカーボン生態系」とも呼ばれている.ここで「海草・海藻藻場」に注目してみる.海草と海藻は,音が同じであるため,混同して用いられているケースを時々見かけるが,この二つは異なる生物種であることを知ってほしい.海草(seagrasses)とは,海産の種子植物であり,根・茎・葉の器官から成り立ち,陸上の維管束植物と同様の生活環を持っている.代表的な種は,砂泥域に分布するアマモ(Zostera marina)や岩礁域に見られるスガモ(Phyllospadix iwatensis)である.図1図1■海水中で生育する種子植物アマモは,福岡市東区志賀島と福津市津屋崎海岸にて撮影をしたアマモの画像を示している.一方,海藻(seaweeds, macroalgae)は,藻類(光合成を行う生物のうち,コケ植物,シダ植物,種子植物を除いたものの総称)の中で海中に生育する種群を指す.根・茎・葉の区別がないものが大半であり,含有する光合成色素の違いから,海藻は,緑藻類(green algae),紅藻類(red algae),褐藻類(brown algae)の三つに分けることができる.ジャイアントケルプの名称で知られるオオウキモ(Macrocystis pyrifera)や日本人にとって身近な食材でもあるマコンブ(Saccharina japonica),ワカメ(Undaria pinnatifida)など藻体の長さが1 mを超えるような大型の藻種は,褐藻類のみに見られる.以降,この解説では,大型藻類の語は褐藻類を指すこととする.2016年に発表されたKrause-JensenとDuarteの論文(2)2) D. Krause-Jensen & C. M. Duarte: Nat. Geosci., 9, 737 (2016).では,前述のオオウキモについて,バイオマスのうち約10%が有機炭素として水深200 m以下の海底で貯留されていると算定された.この論文をきっかけに,「カーボンシンク」として大型藻類の役割に期待が寄せられるようになった.