Kagaku to Seibutsu 61(12): 596-602 (2023)
解説
ミトコンドリアと葉緑体のゲノム編集
二重膜共生オルガネラのゲノム編集技術
Genome Editing for Mitochondria and Chloroplasts:
Genome Editing for Endosymbiotic Organelles, Mitochondria and Plastids
Published: 2023-12-01
この半世紀の生物学の急速な進展はゲノム塩基配列の「解読」と「改変」の2つの技術が両輪となり大きな貢献をしてきた.細胞内共生に由来するミトコンドリアや葉緑体の内部に存在するゲノムには,呼吸や光合成の重要遺伝子がコードされている.それらの「解読」は核に先行して進んだ一方で「改変」は難しく,いわゆる“遺伝子組換え”も不可能や困難であった.細胞内に数百コピーあり,母性遺伝し,祖先細菌由来の性質と独自性質を併せもつ二つのオルガネラにはたくさんの謎が残っている.謎の解明と応用改変に有効な「多様な種で実行可能で,かつ遺伝可能なオルガネラゲノム編集技術」が,最近急速に発展しており,これを概説する.
Key words: ミトコンドリア; 葉緑体; ゲノム編集; オルガネラゲノム
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
酵母や緑藻クラミドモナスなどの一部の単細胞真核生物を除き,ミトコンドリアゲノムへの「安定遺伝する外来遺伝子の導入」は未だ確立されていない(1, 2)1) V. Larosa & C. Remacle: Int. J. Dev. Biol., 57, 659 (2013).2) P. Maliga: Nat. Plants, 8, 996 (2022)..ミトコンドリア自体の小ささ,電位をもつ内膜を含む二重膜の存在,ゲノムの多コピー性,挿入遺伝子増幅のための良い選抜マーカーの不在など,さまざまな障害が考えられる(3)3) 有村慎一,髙梨秀樹:植物の生長調節,52, 25 (2017)..葉緑体ゲノムへの安定な外来遺伝子導入は,遺伝子銃を用いた方法がタバコなどで可能だがこれも適用できる種が限られている.本稿で紹介するゲノム編集技術は,ゲノム編集酵素をミトコンドリアや葉緑体の内部に直接導入するのではなく,ゲノム編集酵素をコードする遺伝子発現カセット(DNAやRNA)配列を,一度対象生物細胞の核などに導入し,細胞質リボソームで翻訳させて作らせる.あらかじめこれらの酵素タンパク質配列のN末端にミトコンドリア移行シグナルや葉緑体移行シグナルを付加しておくことで,翻訳されたゲノム編集酵素がどちらかのオルガネラに特異的に輸送される(図1図1■オルガネラゲノム編集の概略).これにより,複数あるミトコンドリア/葉緑体内に供給された多数のゲノム編集酵素が,多コピーあるゲノムDNA分子を次々に切断や改変すると考えられる.この方法は核のゲノム編集の主力であるCRISPR/Cas9系の技術ではうまく機能せず,これはCas9等のタンパク質成分はオルガネラ局在が可能だが,標的配列の認識に必要なRNA成分(guide-RNA)を効率的に局在させる方法が確立されていないためだとされている(4)4) P. A. Gammage, C. T. Moraes & M. Minczuk: Trends Genet., 34, 101 (2018)..他方で,CRISPR/Cas9よりも以前に利用されていたゲノム編集酵素であるTALEN系の酵素では,標的DNA配列を認識するドメインとDNAの切断や塩基置換を担うドメインがひと繋がりのタンパク質でできており(図2図2■TALENとTALE系塩基置換酵素),オルガネラへの効率的な輸送が可能である.TALEN系の酵素は基本的に1標的に対して2分子1組で使用され,DNA認識ドメイン(TALEドメイン)は33–35アミノ酸からなるリピート配列から構成されており,4種類の若干配列の異なるリピートがA, T, G, Cの各塩基を一対一で認識するため,このリピートの並びを変えることで任意の配列に結合させることができる(5, 6)5) 山本 卓:“実験医学別冊 完全版ゲノム編集実験スタンダード”,洋土社,2019, p. 10.6) T. Sakuma, H. Ochiai, T. Kaneko, T. Mashimo, D. Tokumasu, Y. Sakane, K. Suzuki, T. Miyamoto, N. Sakamoto, S. Matsuura et al.: Sci. Rep., 3, 3379 (2013)..このTALEリピート配列の後方にヌクレアーゼドメインFokIを繋げたものがいわゆるTALEN(TALE-nuclease)であり,認識した二つの配列の間にDNAの二本鎖切断を引き起こす(図2A図2■TALENとTALE系塩基置換酵素).その後の塩基配列の変化や変異の入り方は,対象オルガネラのDNA修復機構や分解機構によって異なる.核では通常NHEJ(non-homologous end-joining)修復が主に起こり,その典型的な修復エラーである数bpの欠失や挿入変異が認められるが,オルガネラゲノムでは後述するように核とは異なった変化や変異配列が観察される.ヌクレアーゼドメインの代わりにシチジン脱アミノ酵素やアデノシン脱アミノ酵素のドメインを付加したもの(図2B, C図2■TALENとTALE系塩基置換酵素)が,標的塩基置換を行うゲノム編集酵素であり,それぞれシトシンをウラシル,アデニンをイノシンに変化させ,対合する塩基の変化と伴って最終的にチミン(C:GペアがT:Aペアに変化)とグアニン(A:T→G:C)へとそれぞれ変化させる.最初に開発されたTALE系の塩基置換酵素DdCBEのシジチン脱アミノ酵素ドメインは2本鎖DNAを基質とし,そのままではゲノムのあちこちのCをランダムにUに変化させてしまうためにその酵素活性が生物毒となる.そのためこのゲノム編集酵素では,酵素ドメイン部分を前半と後半の2分子に分割している(7)7) B. Y. Mok, M. H. de Moraes, J. Zeng, D. E. Bosch, A. V. Kotrys, A. Raguram, F. Hsu, M. C. Radey, S. B. Peterson, V. K. Mootha et al.: Nature, 583, 631 (2020)..これにより,TALEによって導かれた標的部位の間だけでこの2分子が出会い酵素活性が出現し,標的配列での特異的な酵素活性の出現と毒性の低減を同時に達成している.核ゲノムで使用されるCRISPR/Cas9系の標的塩基置換酵素で用いられる塩基脱アミノ酵素はいずれも一本鎖DNAを基質とする(guide RNAとの結合で剥き出しになった一本鎖DNAの塩基を基質とする).そのため,これらの塩基脱アミノ酵素は2本鎖DNAを認識するTALE系酵素では適用できないため,さらにニッカーゼドメインをつけるなどして標的配列付近の二本鎖DNAを開く工夫がされている(図2C図2■TALENとTALE系塩基置換酵素).その他にも宿主細胞がもつ修復酵素の阻害ドメイン(Uracil glycosylase inhibitor)を加えるなどの工夫もされている.以降では,これら三つの技術,TALEN, A-to-G編集(8)8) S. I. Cho, S. Lee, Y. G. Mok, K. Lim, J. Lee, J. M. Lee, E. Chung & J. S. Kim: Cell, 185, 1764 (2022).,C-to-T編集酵素(7)7) B. Y. Mok, M. H. de Moraes, J. Zeng, D. E. Bosch, A. V. Kotrys, A. Raguram, F. Hsu, M. C. Radey, S. B. Peterson, V. K. Mootha et al.: Nature, 583, 631 (2020).を用いた,哺乳類ミトコンドリアと種子植物のミトコンドリアと葉緑体での適用例について概説する.
哺乳類のミトコンドリアゲノム(mtDNA)は,約16Kbの単一環状の構造をもち,37遺伝子(タンパク質13種,tRNA 22種,rRNA 2種)をコードする.遺伝子の種類と並びは広く保存されているが,自然変異による塩基置換速度が核ゲノムよりも5~10倍ほど速い.mtDNAのコピー数は(細胞や組織の種類によって多様だが)一細胞あたり1,000コピー以上存在する.哺乳類mtDNAの改変標的として圧倒的に要望と研究例が多いのが,ミトコンドリア病に関連した突然変異である.ミトコンドリア病は約10,000人にひとりの罹病者がおりmtDNA上の原因変異は200種類以上あるとされるが,基本的に対症療法しかない指定難病である.mtDNAの変異を原因とするミトコンドリア病は,基本的に変異型mtDNAと野生型mtDNAをひとつの細胞内に混在してもっており(ヘテロプラスミー),その混在状態で母性遺伝し,存在比率は子の個体間や組織や細胞ごとにも異なるが,変異型mtDNAがある閾値(例えば80%など)を超えた細胞で細胞呼吸不全などの症状が顕在化する(9)9) 石川 香,中田和人:実験医学増刊,37, 1944 (2019)..そこで,変異型のmtDNAだけを標的切断するmitoTALEN(ミトコンドリア移行シグナルをもつTALEN)が作製され,ミトコンドリア病患者由来の培養細胞やミトコンドリア病モデルマウスに導入する試みなどがなされている(図3A図3■ミトコンドリア病とゲノム編集による治療案や病態モデル創出の試み)(10, 11)10) S. R. Bacman, S. L. Williams, M. Pinto, S. Peralta & C. T. Moraes: Nat. Med., 19, 1111 (2013).11) P. Reddy, A. Ocampo, K. Suzuki, J. Luo, S. R. Bacman, S. L. Williams, A. Sugawara, D. Okamura, Y. Tsunekawa, J. Wu et al.: Cell, 161, 459 (2015)..いずれもmitoTALENsによって変異型mtDNA量の減少と,関連して野生型mtDNAの比率の上昇がみられ,細胞や組織レベルで症状の改善が見られている.mitoTALENによって引き起こされた二本鎖切断後に誤修復による新たな変異出現についてはあまり触れられていないが,哺乳類mtDNAでは二本鎖切断が起こったDNAは(修復よりも)主にエキソヌクレアーゼ活性による分解を受けるという報告(12)12) V. Peeva, D. Blei, G. Trombly, S. Corsi, M. J. Szukszto, P. Rebelo-Guiomar, P. A. Gammage, A. P. Kudin, C. Becker, J. Altmuller et al.: Nat. Commun., 9, 1727 (2018).もあり,mitoTALENはミトコンドリア病治療への光明として期待されている.他方で,TALE系の塩基脱アミノ酵素によって,病原変異を塩基置換修復させる試み(図3B図3■ミトコンドリア病とゲノム編集による治療案や病態モデル創出の試み)(13)13) J. Guo, X. Chen, Z. Liu, H. Sun, Y. Zhou, Y. Dai, Y. Ma, L. He, X. Qian, J. Wang et al.: Mol. Ther. Nucleic Acids, 27, 73 (2022).や,反対に野生型mtDNAに病原型の塩基置換変異を導入して病態モデル細胞やマウスを作成するという試み(図3C図3■ミトコンドリア病とゲノム編集による治療案や病態モデル創出の試み)(14)14) H. Lee, S. Lee, G. Baek, A. Kim, B. C. Kang, H. Seo & J. S. Kim: Nat. Commun., 12, 1190 (2021).も増えている.ただし,この場合は意図しない変異,いわゆるオフターゲット変異がmtDNA内に,またさらに核ゲノムにも多数確認された例(15)15) Z. Lei, H. Meng, L. Liu, H. Zhao, X. Rao, Y. Yan, H. Wu, M. Liu, A. He & C. Yi: Nature, 606, 804 (2022).があり,ミトコンドリア標的配列への特異性向上の改良が行われている.また,C-to-Tの塩基置換酵素によって,タンパク質遺伝子の内部に終止コドンを生じさせて各ノックアウトを作出させるmito base editor発現ベクターを13種類全て作って公開する(16)16) P. Silva-Pinheiro, C. D. Mutti, L. van Haute, C. A. Powell, P. A. Nash, K. Turner & M. Minczuk: Nat. Biomed. Eng., 7, 692 (2022).など,今後のmtDNA上の遺伝子一つひとつの機能解析に有用な実験ツールを供給する試みも報告されている.
種子植物のミトコンドリアゲノムは,サイズは主に200 Kb~2 Mbと幅広く,遺伝子は50~100個程度(タンパク質30~50種類ほど,tRNA 20種類前後,rRNA 3種類,ほか種特異的な機能未知ORFも存在する)ある.ゲノムコピー数は細胞あたり50~100個程度とされる.種子植物のミトコンドリアゲノムの塩基配列は1990~2000年頃に多くの作物等で(核ゲノムに先立って)決定され,作物ごとの最初の例の90%近くが日本人研究者によって報告された.種子植物ミトコンドリアゲノムの内部には長短の相同配列(リピート)のペアが散在しており,そのリピート間でおこる異所的な相同組換えによって,ゲノム配列の結合状態が変わった複数のゲノム構造をとり得る(3, 17, 18)3) 有村慎一,髙梨秀樹:植物の生長調節,52, 25 (2017).17) T. Kubo & K. J. Newton: Mitochondrion, 8, 5 (2007).18) 久保友彦,荒河 匠,北崎一義,風間智彦,竹中瑞樹,坂本 亘,石原直忠,中村崇裕,新倉 聡,有村慎一ほか:育種学研究,22, 87 (2020)..そのため,遺伝子の並びも種内でも異なるなどゲノム構造の保存性はないに等しいが,意外にも遺伝子配列の内部は自然変異による塩基置換速度は極めて遅く(核の置換速度よりも数倍遅く),総じてこの二つの相反する特徴は哺乳動物のmtDNAのものと対照的である.植物ミトコンドリアゲノムはこのような特徴をもちながら,よく「個体の各組織や次世代に一セット分(以上)のゲノムがきちんと複製伝達される」ものだと思うが,さらにこれ以外にも不思議かつ未解明の現象(数百箇所のRNA editingや,登録ゲノム配列は環状だが物理的には線状,などなど)が目白押し(3, 17, 18)3) 有村慎一,髙梨秀樹:植物の生長調節,52, 25 (2017).17) T. Kubo & K. J. Newton: Mitochondrion, 8, 5 (2007).18) 久保友彦,荒河 匠,北崎一義,風間智彦,竹中瑞樹,坂本 亘,石原直忠,中村崇裕,新倉 聡,有村慎一ほか:育種学研究,22, 87 (2020).でもあるが,本稿ではここまでにする.種子植物ミトコンドリアゲノムも安定遺伝できる外来遺伝子導入は不可能である.その重要な改変標的は,農業生産(F1種子生産)で多用される細胞質雄性不稔(CMS: cytoplasmic male sterility)の原因遺伝子である.穀物や多くの野菜,花卉は特定の遠縁交配で旺盛な生育を示す雑種強勢現象が知られ,つまり交配第一代F1植物群が農業生産に多用されているが,実は植物は雌雄同株であるために大量確実にF1種子を準備するのが難しい.そこでミトコンドリアゲノムに原因があるとされる細胞質雄性不稔植物(=雌株)を用意し,これに相手花粉を交配してここから種子をとることで大量高品質のF1種子が生産されている.筆者らのグループはイネとナタネのCMSの原因遺伝子候補をmitoTALENで切断し完全欠失させることに成功(19)19) T. Kazama, M. Okuno, Y. Watari, S. Yanase, C. Koizuka, Y. Tsuruta, H. Sugaya, A. Toyoda, T. Itoh, N. Tsutsumi et al.: Nat. Plants, 5, 722 (2019).し,またその植物の雄性稔性の回復を確認することで,その責任性を明らかにした.興味深いことにmitoTALENで切断した標的の周囲は数百bpから数Kbが失われており,前後の残存配列はゲノム上のそれぞれ別のリピート配列と異所の相同組換えをしており,新しい繋がりと遺伝子順序をもつ別のゲノム構造に変わっていた(図4図4■植物ミトコンドリアゲノムに見られる特徴的な標的切断後の修復とゲノム構造変化)(19, 20)19) T. Kazama, M. Okuno, Y. Watari, S. Yanase, C. Koizuka, Y. Tsuruta, H. Sugaya, A. Toyoda, T. Itoh, N. Tsutsumi et al.: Nat. Plants, 5, 722 (2019).20) S. Arimura: Genes (Basel), 12, 153 (2021)..CMSの原因遺伝子(候補)は,種間や種内でも複数種類存在し,面白いことに互いにその配列に相同性がない.イネの先ほどの文献(19)19) T. Kazama, M. Okuno, Y. Watari, S. Yanase, C. Koizuka, Y. Tsuruta, H. Sugaya, A. Toyoda, T. Itoh, N. Tsutsumi et al.: Nat. Plants, 5, 722 (2019).とは別系統の2種類のCMS,トマトなどでも確かに全く別の配列が各CMSの責任をそれぞれ担っていることがmitoTALENによる安定遺伝子破壊によって証明された(21~23)21) K. Kuwabara, S. Arimura, K. Shirasawa & T. Ariizumi: Plant Physiol., 189, 465 (2022).22) S. Omukai, S. Arimura, K. Toriyama & T. Kazama: Plant Physiol., 187, 236 (2021).23) A. Takatsuka, T. Kazama, S. Arimura & K. Toriyama: Plant J., 110, 994 (2022)..また,これは核でも同様だがTALENなどによる標的遺伝子破壊は負の効果や致死性を引き起こす場合があり,特に必須遺伝子の標的破壊解析は難しいが,CMS遺伝子はその破壊ノックアウトが稔性回復という正の効果を引き起こすため,初めての植物ミトコンドリアゲノム標的破壊遺伝子が(たまたま農業上重要な)CMS原因遺伝子となった.mitoTALENによる二本鎖切断が,標的の遺伝子破壊だけでなく植物ミトコンドリアゲノム構造を大きく変化させるという特徴は,精緻な遺伝学的研究には向かないかもしれない.前述したDdCBEなどを用いることでC-to-Tの標的塩基置換は既に実証報告され(24~26)24) B. C. Kang, S. J. Bae, S. Lee, J. S. Lee, A. Kim, H. Lee, G. Baek, H. Seo, J. Kim & J. S. Kim: Nat. Plants, 7, 899 (2021).25) I. Nakazato, M. Okuno, H. C. Zhou, T. Itoh, N. Tsutsumi, M. Takenaka & S. Arimura: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 119, e2121177119 (2022).26) P. Maliga: Nat. Plants, 8, 996 (2022).ており,今後のミトコンドリアゲノム上の遺伝子解析には,より精緻な一文字置換によるアミノ酸置換や終止コドン化による遺伝子破壊や改変が主流となって使用されていくものと思われる.
葉緑体ゲノムでは,安定遺伝可能なホモプラスミーを達成し得る外来遺伝子導入が可能である.パーティクルガン(遺伝子銃:直径1 µm程度の金属粒子にDNAをコーティングさせたものを散弾銃のように射撃し葉緑体内に物理的に導入する方法)により,また挿入DNA配列の前後に標的葉緑体ゲノムの前後配列をつけておくことで,外来遺伝子を狙った位置へ相同組換え挿入ができる(26, 27)26) P. Maliga: Nat. Plants, 8, 996 (2022).27) 奥崎文子,田部井 豊,生物工学,91, 452 (2013)..しかし,タバコなど数種類で比較的容易に実施可能だが,イネやシロイヌナズナなどのモデル植物でもまだ難しいなどの制限がある.葉緑体ゲノムでは挿入遺伝子のタンパク質大量発現(全タンパク質量の70%程度)が可能であり,畑などでの低コストでの医薬タンパク質大量生産などが目指されている.このような状況であるため,いざゲノム編集「TALENなどによる標的遺伝子の変異導入破壊」ができそうとなっても,あまりニーズがないためか実験報告もほとんどない.2021年以降にTALE系のbase editorによるC-to-T(24, 28)24) B. C. Kang, S. J. Bae, S. Lee, J. S. Lee, A. Kim, H. Lee, G. Baek, H. Seo, J. Kim & J. S. Kim: Nat. Plants, 7, 899 (2021).28) I. Nakazato, M. Okuno, H. Yamamoto, Y. Tamura, T. Itoh, T. Shikanai, H. Takanashi, N. Tsutsumi & S. Arimura: Nat. Plants, 7, 906 (2021).とA-to-G(29)29) Y. G. Mok, S. Hong, S. J. Bae, S. I. Cho & J. S. Kim: Nat. Plants, 8, 1378 (2022).の標的塩基置換が報告され,ホモプラスミーで遺伝可能なゲノム編集植物も得られている(図5図5■葉緑体ゲノム編集でキメラ斑入り模様になったシロイヌナズナ.この例は葉緑体ゲノム編集された黄緑の細胞組織がキメラに存在する例).これらはシロイヌナズナやイネなどモデル植物でも適用することが可能かつ比較的簡単であるため,今後葉緑体ゲノム遺伝子群の基礎研究解析の進展に大きく貢献する可能性がある.また,核ゲノムの遺伝子組換えが可能な種で原理的には比較的容易に実行可能であるため,葉緑体ゲノム改変の対象植物が広がり,葉緑体ゲノム上の有用なSNPs(一塩基多型)の移植や集積などの実用上の作物改良にも使われていく可能性がある.この際に核ゲノムに挿入したゲノム編集酵素の発現ベクター配列はメンデル遺伝し,ゲノム編集後の葉緑体は母性遺伝なので,比較的簡単に分離除去ができる.挿入した外来遺伝子の除去の確認と,関係省庁への事前相談と届出を適切に行ったオルガネラゲノム編集植物は,従来の自然変異によって得られ選抜されたものと実質同等であることから,カルタヘナ法での遺伝子組換え植物規制の対象外であり,応用実用化への利点である.
細胞内に数百コピー以上あるオルガネラゲノムの多く/全てを編集可能なTALEN系技術の現状は,いまだに驚きであり不思議でもある.おそらく改変の最初の細胞で一気に発現され,高い酵素活性による変化,変化後のゲノムが増幅することなどが重要であると思われる.TALENはメチル化されたシトシンをもつDNAに対して活性が低いと言われている(30)30) H. Kaya, H. Numa, A. Nishizawa-Yokoi, S. Toki & Y. Habu: Front Plant Sci, 8, doi:10.3389/fpls.2017.00302 (2017).が,幸いゲノム編集が適用されたオルガネラゲノムの多くはあまりメチル化されていないらしいこともTALEN系技術の成功の一因かもしれない.TALEN系の技術は,標的配列に合わせたゲノム編集酵素の構築がCRISPR/Cas9ほど簡単ではなく手間と時間がかかる.Golden Gate法などを用いたエレガントなアッセンブル方法が確立(3, 4)3) 有村慎一,髙梨秀樹:植物の生長調節,52, 25 (2017).4) P. A. Gammage, C. T. Moraes & M. Minczuk: Trends Genet., 34, 101 (2018).されておりAddgeneなどからキットとして手に入れることが可能である.また,一分子だけで使用するTALEN(compact TALEN)やA-to-G置換酵素も開発されており作成の手軽さが利点だが,二分子のものに比べ活性の弱さやOff-target変異の出現可能性上昇などが問題になることがある.執筆時現在,オルガネラゲノム編集は標的切断と塩基置換(C-to-TとA-to-Gのみ)とかなり限定されている.核ゲノム編集のPrime editingのような自由度の高い編集技術はまだ登場していないが,近年の進展を見ているとこれら制限を乗り越えるドラスティックな進展がいつ起こっても不思議ではない.
オルガネラゲノムの改変には,ゲノム編集と小規模な遺伝子導入だけでなく,人工合成ゲノムDNAの導入やオルガネラ移植,細胞融合(非対称)や3 parental baby(両親の受精卵核と第三者の健常なmtDNAをもつ細胞質をもつミトコンドリア病の遺伝回避方法),ペプチドや脂質やカーボンナノチューブなどを用いた特異的な物質送達法など(9, 31)9) 石川 香,中田和人:実験医学増刊,37, 1944 (2019).31) S. S. Y. Law, T. Miyamoto & K. Numata: Chem. Commun. (Camb.), 59, 7166 (2023).,さまざまな驚きと興味深い挑戦がなされており,これらの進展とまだまだ新しい技術の出現も期待される.技術は使われてこそ価値があり,技術と使用対象のマッチングが重要である.これまで改変が不可能/困難だったオルガネラゲノムが,やっとアプローチ可能な改変方法が急速に発展してきており,今こそ基礎科学的な多くの未解明の謎にメスをいれ,また実用応用にも取り組むチャンスが到来している分野といえる.
Reference
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