Kagaku to Seibutsu 61(12): 603-611 (2023)
解説
ゲノム編集食品の安全性確認の考え方と今後の課題
ゲノム編集食品の事前相談ではどのように安全性の確認が行われているのか?
The Safety Approach and Future Issues for Genome-Edited Foods in Japan:
How is the Safety of Genome-Edited Foods Confirmed in Pre-Submission Consultation in Japan?
Published: 2023-12-01
ゲノム編集技術を利用した製品の開発が進む一方,現状では国民に十分に受け入れられているとは言い難い.消費者の信頼を得ることは食品安全行政においても極めて重要な課題の一つである.本稿では,ゲノム編集技術により生産された製品に関する日本の規制の枠組みを解説するとともに,日本に流通するゲノム編集食品の安全性の確認はどのような考え方に基づいて行われているのかを紹介する.また,ゲノム編集食品の安全性を確認するうえでの課題や,諸外国との規制制度のハーモナイゼーション(調和)にむけた課題などについても解説する.
Key words: ゲノム編集食品; 規制; 事前相談; 届出制度
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
世界的な人口増加や地球温暖化等によって我々はさまざまな食糧問題に直面しており,それらの解決が喫緊の課題となっている.日本においては,食糧自給率の低下や農業分野の人手不足が問題となる中,限られた資源で効率よく食糧を生産するシステムを構築する必要がある.また,消費者からの多様なニーズに応える食品開発も求められている.こういった多岐にわたる社会的課題を解決しうる画期的な技術として,ゲノム編集技術に期待が寄せられている.食品の付加価値を付与した日本産の作物の創出にもつながり得るゲノム編集技術を,政府は経済成長戦略の一つと位置付けている(1)1) 内閣府:統合イノベーション戦略2022, https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/2022.html, 2022..
ゲノム編集技術は,ゲノム中の特定の塩基配列を認識する酵素を用いて,狙った塩基配列に変異をおこす技術である.ゲノムDNA上の塩基配列を編集するために現在最もよく使われているのは,ヌクレアーゼとして機能するCas9タンパクと,標的配列を認識するガイドRNA(gRNA)からなる,CRISPR/Cas9システムである(2)2) K. Kondo & C. Taguchi: Food Saf. (Tokyo), 10, 113 (2022)..CRISPR/Cas9では,gRNAが特定のDNA配列を認識し,Cas9タンパクが認識された部位を切断する.その後,切断された箇所は細胞が持つ修復機構によって修復されるが,修復の際に生じる変異導入や相同組換えによって,ゲノムが編集される.
ゲノム編集技術は,3つの技術カテゴリー(Site-Directed Nuclease(SDN)-1, SDN-2, SDN-3)に分類される(図1図1■ゲノム編集技術).SDN-1は,非相同末端結合によりDNAを修復し,標的部位に1~数塩基の変異を誘導するものである.このDNA修復ミスによる変異導入は,自然に生じる突然変異や,かけあわせによる交配,放射線などで誘発する突然変異において生じているものと同様である.SDN-2は,比較的短いDNAテンプレートを使用し,切断後の相同組換えを利用して狙った変異を導入する技術である.SDN-3は,大きなDNA断片を使用し,切断後の相同組換えを利用して狙った部位に遺伝子などを挿入する技術である.遺伝子組換え技術では遺伝子を挿入する場所を指定することはできないが,SDN-3では可能である.
2018年6月,統合イノベーション戦略(3)3) 内閣府:統合イノベーション戦略,https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/index.html, 2023.において,ゲノム編集技術の利用によって得られた生物のカルタヘナ法上の取扱いおよび食品衛生法上の取扱いを明確化することが閣議決定された.これにより,日本におけるゲノム編集技術を用いた製品の規制に関する議論が本格的に始まった.
ゲノム編集技術により得られた生物の環境への影響については環境省で議論された.得られた生物が,遺伝子組換え生物の環境(生物多様性)への影響に関する法律「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称:カルタヘナ法)」(4)4) 遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(平成15年法律第97号),https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0000000097に定められた遺伝子組換え生物等に該当するか否かによって,規制が異なる.
2018年8月に「ゲノム編集技術の利用により得られた生物のカルタヘナ法上の整理及び取扱い方針(案)」が報告された後,広く一般から意見を募るパブリックコメントを経て,2019年2月に「ゲノム編集技術の利用により得られた生物であってカルタヘナ法に規定された遺伝子組換え生物等に該当しない生物の取扱いについて」(5)5) 環境省:ゲノム編集技術の利用により得られた生物であってカルタヘナ法に規定された「遺伝子組換え生物等」に該当しない生物の取扱いについて,https://www.env.go.jp/press/106439.html, 2019.が公表された.この通知では,外来遺伝子やその断片を含まないSDN-1は規制外とされ,SDN-2, 3は原則規制対象とされた.ただし,SDN-2, 3であってもセルフクローニング(分類学上同一の種に属する生物間で遺伝子導入する技術)やナチュラルオカレンス(遺伝子組換えを行った生物と同等の遺伝子構成を持つ生物がすでに自然界に存在すること)は規制の対象外となる可能性が言及されている.開発者等は,まず使用用途に応じた所管省庁に事前相談を行い,開発したゲノム編集生物がカルタヘナ法上の遺伝子組換え生物等に該当するものかの判断を受ける.遺伝子組換え生物等に該当しないと判断された場合には,環境へ与える影響などについての情報提供を行うことが求められる.情報提供された内容の一部は,カルタヘナ議定書事務局が運営するバイオセーフティに関する情報交換センター(バイオセーフティクリアリングハウス)と連携して環境省が運営している日本版バイオセーフティクリアリングハウスのウェブサイト(6)6) 環境省:バイオセーフティクリアリングハウス,https://www.biodic.go.jp/bch/lmo.htmlに公表される.
ゲノム編集技術により得られた飼料の取扱いについては農林水産省で議論された.得られた飼料の遺伝子の状態が,最終的に「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」(7)7) 飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律(昭和28年法律第35号),https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=328AC1000000035_20220617_504AC0000000068に定められた組換えDNA技術に該当するか否かによって,規制が異なる.
農林水産省の分科会及び部会で取扱いについて議論が行われ,「ゲノム編集飼料及び飼料添加物の飼料安全法上の取扱要領(案)」が報告された後,パブリックコメントを経て,2020年2月に「ゲノム編集飼料及び飼料添加物の飼料安全上の取扱要領」(8)8) 農林水産省:ゲノム編集飼料及び飼料添加物の飼料安全上の取扱要領,https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/siryo/attach/pdf/ge_todokede-8.pdf, 1991.が公表された.この取扱要領では,外来遺伝子やその断片を含まないものは規制外とされた.飼料の開発者は,農林水産省に事前相談を行い,開発した飼料の遺伝子の状態が最終的に組換えDNA技術に該当するものかの判断を受ける.組換えDNA技術に該当しないと判断された場合には,家畜の健康や家畜を通して人の健康に影響を与えないかなどについての情報を届出するよう求められる.届出された内容の一部は農林水産省のウェブサイト(9)9) 農林水産省:届出されたゲノム編集飼料及び飼料添加物一覧,https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/siryo/ge_todokede.html, 1993.に公表される.
ゲノム編集技術を応用して生み出された食品(ゲノム編集技術応用食品)の取扱いについては厚生労働省で議論された.生み出された食品の遺伝子の状態が,最終的に「食品衛生法」(10)10) 食品衛生法(昭和22年法律第233号),https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000233で定めている組換えDNA技術に該当するか否かによって,規制が異なる.
2018年9月からゲノム編集技術応用食品の食品衛生法上の取扱いについて議論が開始され,2019年3月に「ゲノム編集技術応用食品等の食品衛生上の取扱要領(案)」及び「届出に係る留意事項(案)」が報告された後,パブリックコメントを経て,2019年9月「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領」(11)11) 厚生労働省:ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領,https://www.mhlw.go.jp/content/000709708.pdf, 2020.が公表された.この要綱では,外来遺伝子やその断片を含まないSDN-1は規制外,SDN-3は規制対象とされた.SDN-2については多様なケースが想定されることからケースバイケースで判断するとされた.組換えDNA技術に該当しないと判断された場合には,アレルゲン性や毒性などについての情報を届出するよう求められ,届出された内容の一部は厚生労働省のウェブサイト(12)12) 厚生労働省:ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bio/genomed/newpage_00010.htmlに公表される.
「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領」(11)11) 厚生労働省:ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領,https://www.mhlw.go.jp/content/000709708.pdf, 2020.において,届出の対象となるゲノム編集技術応用食品は,「ゲノム編集技術によって得られた生物の全部又は一部である場合」で,「外来遺伝子及びその一部が残存せず,かつ,1~数塩基の変異が挿入される結果となる場合」とされている.「食品,添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)—抄—」(13)13) 厚生労働省:食品,添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)—抄—,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/591228-1.htmlが定める組換えDNA技術の規定に基づき,最終産物に外来遺伝子やその断片が存在するものは組換えDNA技術応用食品に分類され,安全性審査の対象となる.したがって,開発したゲノム編集技術応用食品が届出に該当すると判断されるためには,外来遺伝子やその断片の残存がないことを証明する必要がある.厚生労働省に届出する前に行われる事前相談にて,安全性に関する確認が行われたかが確認され,届出に該当するか安全性審査に該当するかの判断がなされる(図2図2■ゲノム編集食品の事前相談で行われる確認).
組換えDNA技術応用食品に該当しないゲノム編集技術応用食品に関して届出を求めるとした理由は,従来の育種技術を利用して得られた食品と同等の安全性を有すると考えられることの確認を行うべきとの考えからである.また,ゲノム編集技術応用食品に係る情報やデータの蓄積が社会的に重要であることや,新たな育種技術に対する消費者等の不安への配慮が必要であることなども示されている.厚生労働省におけるゲノム編集食品の規制の原則を図3図3■ゲノム編集食品の規制制度の原則に示す.
開発者はまず,開発した食品のゲノムに外来遺伝子やその断片が含まれないかを,サザンブロット解析やPCR解析,次世代シークエンス解析等を行って確認する必要がある.また,塩基の欠失や挿入で生じるフレームシフトによって新たなタンパク質が生成される可能性があるため,そのタンパク質のアレルギー性や毒性について,BLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi),UniProt(https://www.uniprot.org/),COMPARE(https://db.comparedatabase.org/)などのデータベースを用いて検討しなければならない.さらに,オフターゲット変異(目的ではない部位に予期しない変異が入ること)については,標的配列と類似の配列がないかを,CRISPRdirect(https://crispr.dbcls.jp/)やCas-OFFinder(http://www.rgenome.net/cas-offinder/)などのウェブ上のin silico(コンピューターを用いた)ツールを用いてあらかじめ検索する必要がある.in silico予測ツールにより標的配列と類似の配列が検出された場合は,PCR解析でオフターゲット変異の有無の確認を行うことが求められる.そして,代謝経路に関わる遺伝子に変異をおこしたゲノム編集技術応用食品の場合には,開発者は代謝マップを用いて,変異をおこした遺伝子と他の関連遺伝子との関係を示す図の作成が求められる.代謝経路に存在する遺伝子産物の変化を調べることで,代謝系に与える影響が検討される.遺伝的安定性については,少なくとも数世代にわたって調査する必要がある.
開発者がこのような解析データ情報を記載した事前相談書類を厚生労働省へ提出すると,厚生労働省は遺伝子組換え食品等調査会へ内容の確認を依頼する.事前相談書類に記載される内容や書類と一緒に提出される解析結果の例を図2図2■ゲノム編集食品の事前相談で行われる確認に示す.調査会の委員は,提出された書類や解析結果のデータをチェックし,安全性の確認に必要な解析が十分に行われているか,届出の条件を満たしているかの確認を行う.その結果,書類の内容だけでは安全性が十分に確認できないと判断されると,さらなる情報や解析結果を提出するよう求められ,開発者は指摘された点を補う情報やデータを盛り込んだ事前相談書類を作成して再提出を行う.調査会は再提出された書類を再度確認し,さらに指摘事項があれば追加の情報を求める.このやりとりは安全性を確認するために必要な解析が十分に行われていると判断されるまで何度も繰り返される.このように,事前相談書類と解析結果のデータから,開発されたゲノム編集食品が届出に該当するか否かが慎重に判断される.
届出に該当すると判断された場合には,厚生労働省がウェブサイトに届出書類を公表し,流通可能となる(図4図4■開発されたゲノム編集食品が日本国内に流通するまでのフロー).届出の対象ではなく,組換えDNA技術応用食品に該当すると判断された場合には,遺伝子組換え食品と同様に食品安全委員会で安全性審査がなされる.安全性の判断ができない場合にも,科学的根拠に基づく意見を得るために,厚生労働省は食品安全委員会に諮問を行うこととなっている.
ゲノム編集技術応用食品の表示については,消費者庁が検討を行ってきた.届出となる外来遺伝子が残存しないゲノム編集技術応用食品は,食品表示基準の表示の対象外であるが,事業者による任意の表示は推奨されている.現時点で国内に流通している3つのゲノム編集食品の開発者は,ゲノム編集技術で作られた食品であることを表示して販売を行っている.消費者庁は,流通実態や諸外国の表示制度に関する情報収集も随時行った上で,必要に応じて整理方針の見直しを検討するとしている(14)14) 消費者庁:ゲノム編集技術応用食品の表示に関する情報,https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/quality/genome/.
2023年10月現在,厚生労働省には6つのゲノム編集技術応用食品が届出され,そのうち3つが国内に流通している.2020年12月にゲノム編集トマト(87-17系統)(15)15) S. Nonaka, C. Arai, M. Takayama, C. Matsukura & H. Ezura: Sci. Rep., 7, 7057 (2017).,2021年9月にゲノム編集マダイ(16)16) K. Kishimoto, Y. Washio, Y. Yoshiura, A. Toyoda, T. Ueno, H. Fukuyama, K. Kato & M. Kinoshita: Aquaculture, 495, 415 (2018).,2021年10月にゲノム編集トラフグ(17)17) K. Kishimoto, Y. Washio, Y. Murakami, T. Katayama, M. Kuroyanagi, K. Kato, Y. Yoshiura & M. Kinoshita: Fish. Sci., 85, 217 (2019).が流通可能となった.さらに,2023年3月にワキシートウモロコシ(18)18) H. Gao, M. J. Gadlage, H. R. Lafitte, B. Lenderts, M. Yang, M. Schroder, J. Farrell, K. Snopek, D. Peterson, L. Feigenbutz et al.: Nat. Biotechnol., 38, 579 (2020).,2023年7月にゲノム編集トマト(206-4系統),2023年10月にゲノム編集ヒラメが届出されたが,これらの上市は未定である.
γ-アミノ酪酸(GABA)含有量を高めたゲノム編集トマト(15)15) S. Nonaka, C. Arai, M. Takayama, C. Matsukura & H. Ezura: Sci. Rep., 7, 7057 (2017).の事前相談が行われた.Cas9とgRNAをコードするベクターを用いて,GABA量を制御するトマトのグルタミン酸脱炭酸酵素遺伝子SIGAD3を1塩基挿入によりノックアウトしたものである.オフターゲット候補の検出にはCRISPRdirectとCas-OFFinderが用いられ,変異の挿入はないことが確認された.新たな読み枠から生成しうるアレルゲン性や毒性については,COMPAREとFARRP(https://farrp.unl.edu)データベースを用いた確認がなされた.そのほか,GABA量の変化の確認,トマトの有害成分であるトマチン類の分析データの確認,代謝に関わる成分の含有量分析データの確認,3世代に渡る遺伝的安定性の確認など行った後,届出に該当すると判断され,2020年12月11日に流通可能となった(19)19) 厚生労働省:公開届出情報,https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000828873.pdf.
可食部増量ゲノム編集マダイ(16)16) K. Kishimoto, Y. Washio, Y. Yoshiura, A. Toyoda, T. Ueno, H. Fukuyama, K. Kato & M. Kinoshita: Aquaculture, 495, 415 (2018).と高成長ゲノム編集トラフグ(17)17) K. Kishimoto, Y. Washio, Y. Murakami, T. Katayama, M. Kuroyanagi, K. Kato, Y. Yoshiura & M. Kinoshita: Fish. Sci., 85, 217 (2019).の2種類の事前相談が行われた.魚類に関しては遺伝子組換え食品においても審査が行われた経験がないため,厚生労働省ではまずゲノム編集技術を利用して得られた魚類の考え方について検討を行った.2021年2月から5回にわたり遺伝子組換え食品等調査会と外部有識者で議論を行った後,2021年6月に「ゲノム編集技術を利用して得られた魚類の取扱いにおける留意事項」(20)20) 厚生労働省:ゲノム編集技術を利用して得られた魚類の取扱いにおける留意事項,https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000797722.pdfが取りまとめられた.
Cas9 mRNAとgRNAを用いて,ゲノム編集マダイはミオスタチン遺伝子mstnを14塩基欠失,ゲノム編集トラフグはレプチン受容体遺伝子leprを4塩基欠失によりノックアウトしたものである.全ゲノム解析とPCR解析により,オフターゲット変異がないことが確認された.新たな読み枠から生成しうるアレルゲン性や毒性については,データベースを用いた確認がなされた.遺伝的安定性の確認に加え,フグでは毒性物質の体内分布が変化しないことの確認などを行った後,届出に該当すると判断され,2021年9月17日に可食部増量マダイ(21)21) 厚生労働省:公開届出情報,https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000833887.pdfが,2021年10月29日に高成長トラフグ(22)22) 厚生労働省:公開届出情報,https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000849318.pdfが流通可能となった.
CRISPR/Cas9システムで使用されるgRNAは約20塩基の配列を認識することで標的配列をガイドする.4種類の塩基を20個並べる並び方は4の20乗(1兆)通りにもなり,20塩基の並び順が偶然に一致する確率は極めて低い.したがって,gRNAは切断したい場所をほぼ正確に指定することができると考えらえるが,標的部位以外に意図しない変異が入ってしまうオフターゲット変異を完全に否定することはできない.通常の植物の育種においては,数世代の戻し交配が行われる.戻し交配を1回行うと理論上は元の品種の染色体の割合が50%に,2回行うと75%に,3回行うと87.5%になり,7回行うと99%以上になると考えられる(図5図5■育種で行われる戻し交配).このため,仮にゲノム編集を行った直後の生物のゲノムにオフターゲット変異が生じたとしても,十分な戻し交配を行った後の最終産物では意図しない変異は取り除かれている可能性が高い.しかしながら,果樹など,戻し交配を十分に行うことが難しい生物も存在する.十分な戻し交配を行うことができない食品においては,より慎重にオフターゲット変異の確認を行う必要がある.
ゲノム編集技術で塩基の欠失や挿入の変異が起こると,アミノ酸の読み枠がずれて新たなオープンリーディングフレームが生じることがある.したがって,新たにタンパク質を生成する配列になっていないかを確認し,生成されるタンパク質がアレルギーや毒性を引き起こすタンパク質と共通する構造がないかを調べる必要がある.通常はBLAST, UniProt, COMPAREなどの公開データベースを用いてアレルゲン性や毒性を評価している.しかしながら,既知のアレルゲンと相同性のない新規アレルゲンはデータベース検索で同定することはできない.現在の相同性を予測する方法に加え,近年,機械学習よるアレルゲン性評価法が開発されている(23)23) H. X. Dang & C. B. Lawrence: Bioinformatics, 30, 1120 (2014)..
ゲノム編集を行う際に複数のgRNAを同時に用いると,染色体レベルでの変異(転座,逆位,大きな欠失など)が生じる可能性が高まる.ゲノム配列を解析する技術は急速に進展しているが,大きな欠失やゲノム再構成を検出することはまだ困難である.in silicoツールによる検索では転座を予測することはできない.転座を含む構造多型を検出できる全ゲノムシーケンスを行うことが必要かもしれない.
次世代シーケンシング(NGS)はいくつものDNA断片の塩基配列を同時に決定することができる技術である.ゲノム編集技術で使用されたベクターがゲノムに組み込まれているかを明らかにすることができる.現在NGSにはショートリードとロングリードの技術がある.ショートリードは,正確性が高い一方,リピート配列を読むことができない.また,ゲノム全体のDNA配列からすべての断片が生成されればゲノム全領域のリードが得られるが,生成されなかった場合には読まれない領域が存在してしまう.したがって,解析したい領域で十分なcoverageを確保できているかが重要である.ロングリードは,一度に長い距離を読めるのでリピート配列を読むことができるが,正確性がやや低いという課題が残る.これまでに多くのNGS解析ツールが開発されているが,解析者が取得したデータをどのように解析するかによって結果が異なってみえる場合もある.リスク評価を行うためには,NGS解析の標準的なガイドラインが早急に必要であると考えられる.
ゲノム編集技術食品の規制については,それぞれの国/地域が各々に検討を行っている.規制の枠組みが整っている国もあるが,まだ規制の方針が決まっていない国も多い.ガイドラインが示されている多くの国においては,日本と同様に外来遺伝子を含まないゲノム編集食品は遺伝子組換え食品等の規制対象外としている.一方,遺伝子組換え食品と同等に規制対象としている国/地域もあるが,近年,規制の方向性を見直す動きがみられている.主な国/地域の規制の枠組みを以下に簡単にまとめる.
EUでは,安全に使用された十分な歴史がない突然変異誘発技術はすべてGMO指令の法的義務を負うとされ,ゲノム編集を含むすべての新規育種方法は,遺伝子組換え食品の規制を受けてきた.これは欧州司法裁判所の判断(Case C-528/16)(24)24) Judgement of the court, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:62016CJ0528&from=EN, 2018.によるもので,既存の環境放出指令(Directive 2001/18/EC)(25)25) Directive 2001/18/EC, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32001L0018&from=EN, 2021.の解釈に基づくものである.2021年4月,EUは,「EU法における新しいゲノム技術(NGTs)の位置づけに関する調査結果」(26)26) European commission: EC study on new genomic techniques, https://food.ec.europa.eu/plants/genetically-modified-organisms/new-techniques-biotechnology/ec-study-new-genomic-techniques_en, 2021.を公表し,ゲノム編集技術による産物は,従来の育種やシスジェネシスによっても得ることが可能であるとした.2023年7月,NGTsによって作られた作物の上市に関する規則案が発表され(27)27) European commission: Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on plants obtained by certain new genomic techniques and their food and feed, and amending Regulation (EU) 2017/625, https://food.ec.europa.eu/system/files/2023-07/gmo_biotech_ngt_proposal.pdf, 2023.,外来遺伝子やその断片がないもの(カテゴリー1)は遺伝子組換えの規制外とし,それ以外の従来育種では起こらない変異のもの(カテゴリー2)はこれまで通りに遺伝子組換え食品の規制を受けることが示された.
EUから離脱した英国では,2021年9月にイングランドにおける遺伝子組換え生物の定義を修正し規制を変更することを発表し(28)28) Food Standards Agency: GENOME EDITING–UPDATE PAPER, https://www.food.gov.uk/sites/default/files/media/document/fsa-21-09-06-genome-editing.pdf, 2021.,2023年3月に精密育種(Precision Breeding)によって生産された動植物は遺伝子組換え作物の規制対象外とするPB法(29)29) U. K. Parliament: Genetic Technology (Precision Breeding) Act 2023, https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2023/6/pdfs/ukpga_20230006_en.pdf, 2023.が成立した.これにより,UKでは,外来遺伝子やその断片がないものは遺伝子組換えの規制外となった.
オーストラリアとニュージーランドの食品規格はFood Standards Australia New Zealand: FSANZで策定されている.現在,オーストラリアとニュージーランドでは,新しい育種技術(NBT)を使って作られた食品は,食品基準規約(30)30) Food Standards Australia New Zealand: Food produced using gene technology, https://www.foodstandards.gov.au/code/Documents/1.5.2%20GM%20foods%20v157.pdf, 2016.の下で遺伝子組換え食品とみなされ,規制対象となっている.特定の低リスクのNBT食品は従来の品種改良によって得られた食品と同等であることを根拠に,FSANZは食品基準規約内の遺伝子組換え食品の定義改訂(31)31) Food Standards Australia New Zealand: Proposal P1055–Definitions for gene technology and new breeding techniques, https://www.foodstandards.gov.au/code/proposals/Pages/p1055-definitions-for-gene-technology-and-new-breeding-techniques.aspx, 2023.にむけた動きを2020年に開始した.将来的にオーストラリアとニュージーランドでは,外来遺伝子やその断片がないものは遺伝子組換えの規制外になると考えられる.
米国におけるゲノム編集に由来する食品の取扱いは,植物と動物で異なっている.植物については,開発者に自主的な確認を求めるのみである.届出や情報提供は求めないため,実態の把握は困難である.動物については,遺伝子組換えと同様に規制され,FDAの承認が求められることとなっている.しかしながら2022年3月に,あるゲノム編集された食用牛は低リスクで安全性の懸念を引き起こさないと判断され,執行裁量権行使により規制から除外されたことが報告されている(32)32) U.S. FOOD & DRUG: FDA Makes Low-Risk Determination for Marketing of Products from Genome-Edited Beef Cattle After Safety Review, https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-makes-low-risk-determination-marketing-products-genome-edited-beef-cattle-after-safety-review, 2022..
諸外国におけるゲノム編集食品に対する規制の方針が少しずつ整いはじめている.日本と同様に,外来遺伝子を含まないゲノム編集食品については,遺伝子組換え食品の規制から外す国/地域が多いようである.しかしながら,安全性の確認内容を公表しないとしている国もあり,諸外国においてはどのようにゲノム編集食品の安全性を確認するのか実態を把握できないことが予想される.外来遺伝子がないことをどのようにどこまで確認しているのか,意図しない変化をどこまで気にするのか,ゲノム編集後に何世代の戻し交配を行っているのか,遺伝的安定性はみているのか,後代交配種の取り扱いはどうなっているのか,など,各国において温度差が生じる可能性もある.現在の日本の規制では,輸入される食品もすべて,日本の届出制度のもとで事前相談にて安全性が確認されたものだけが国内に流通する仕組みとなっている.世界中で開発が進むゲノム編集技術応用食品によるイノベーションを推進していくためには,貿易障壁をなくし,国際的に規制の調和を図っていくことを考える必要がある.各国が規制の方針や安全性確認の詳細に関する情報を開示し,科学的知見に基づいた検討を行ったうえで,調和のとれた制度が作られるよう,多国間で活発な議論が行われることが望まれる.
ゲノム編集技術は,CRISPR/Cas9等によるDNA二本鎖切断以外にも非常に多くの手法があり,今後さらなる進展が見込まれる.したがって,ゲノム編集技術によって生み出された食品の安全性の確認は,その食品ごとの状況に応じて慎重に検討する必要があると考えられる.
日本においてゲノム編集食品は,厚生労働省が実施している事前相談で慎重に安全性の確認が行われ,届出に至った経緯が公開されている.他国と比べると透明性の高い制度を採用していると考えられるが,国民の理解と受容を得るためのリスクコミュニケーションが十分に行われているとは言えない.ゲノム編集技術の利用が今後さらに拡大していくかどうかは一般消費者の理解と受入れにも左右されるため,一般消費者にわかりやすい丁寧な説明が求められる.今後の技術開発の進展や科学的知見の蓄積,利用の実態,諸外国の動向などを十分に調査し,必要に応じて取扱いを見直すことで,日本の制度が世界に通用する制度となることを期待する.
Reference
1) 内閣府:統合イノベーション戦略2022, https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/2022.html, 2022.
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4) 遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(平成15年法律第97号),https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0000000097
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6) 環境省:バイオセーフティクリアリングハウス,https://www.biodic.go.jp/bch/lmo.html
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8) 農林水産省:ゲノム編集飼料及び飼料添加物の飼料安全上の取扱要領,https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/siryo/attach/pdf/ge_todokede-8.pdf, 1991.
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10) 食品衛生法(昭和22年法律第233号),https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000233
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12) 厚生労働省:ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bio/genomed/newpage_00010.html
13) 厚生労働省:食品,添加物等の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)—抄—,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/zanryu/591228-1.html
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19) 厚生労働省:公開届出情報,https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000828873.pdf
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21) 厚生労働省:公開届出情報,https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000833887.pdf
22) 厚生労働省:公開届出情報,https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000849318.pdf
23) H. X. Dang & C. B. Lawrence: Bioinformatics, 30, 1120 (2014).
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28) Food Standards Agency: GENOME EDITING–UPDATE PAPER, https://www.food.gov.uk/sites/default/files/media/document/fsa-21-09-06-genome-editing.pdf, 2021.
29) U. K. Parliament: Genetic Technology (Precision Breeding) Act 2023, https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2023/6/pdfs/ukpga_20230006_en.pdf, 2023.
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