セミナー室

作物の物質吸収の数理モデル
様々な分野の数理モデルを概観する

Gen Sakurai

櫻井

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構土壌環境管理研究領域農業環境情報グループ

Published: 2023-12-01

はじめに

植物は根から様々な物質を吸収する.植物にとって有用な元素である窒素やリンや有害な元素であるアルミニウムなども,基本的には根がその入口となっている.植物が根から様々な物質をどの程度,そしてどのように吸収するのか,その数理モデル化の研究は決して新しいものではなく,古くから試みられてきた.植物が物質を吸収する様態を数理モデルで記述することにはどのような意義と目的があるのだろうか?

近年,実験研究と数理モデル研究の融合研究が注目を集めているが,実験研究者と数理モデル研究者の共同研究において,おそらくその成功の鍵を握るのは数理モデルを構築するその意義と目的についてしっかりとした合意形成がなされているかどうかである.このことは,実験研究者の数理モデルへの不理解という一方的な問題ではなく,おそらく数理モデル研究者もその意義と目的について整理しなければいけないと考えている.本稿では,植物の中でも特に作物が物質を吸収する様態の数理モデル研究について,その概論といくつかの研究の例示を通して,数理モデルを利用する意義と目的について整理してみたい.

植物が物質を吸収する様態を数理モデルとして記述するという試みはある程度成熟している分野とも言えるし,一方で新しく展開してきている分野とも言える.その違いはどこから生じるかというと,数理モデルを構築する目的に依存する.一つ目の目的は,作物が生育する過程をシミュレートして,作物の収量を予測したり,作物の施肥のタイミングを予測したりするために数理モデルを構築するというものである.これは作物生育モデルと呼ばれるが,作物生育モデルを構築する枠組みの中で,窒素やリンなどの作物による吸収過程はそのサブモデルとして構築される.二つ目の目的は,植物生理学的な分野における数理モデルの利用であり,植物体内における物質の複雑な動態を把握するために数理モデルが構築されるというものであり,比較的新しい方向性といえる.この場合,植物による物質の吸収量は,その絶対値そのものに興味があるというよりも,様々に条件を変えたときに値が相対的にどのように変化するかに興味がある.つまり,定量的な推定を目的とするか,メカニズムの解明を目的とするかによって数理モデルの性質は大きく異なるものになる.以下では,この二つの目的についての数理モデルをそれぞれ順に説明する.ここでは数式も紹介するが,数式自体を理解する必要性はそれほどなく,数式でどのような要素が考慮されているのか,そのことを理解してもらえればよい.

作物生育モデルにおける物質吸収モデル

作物生育モデル(Crop Growth Model)とは,作物の発育過程を模倣し,作物の収量や収穫時期などを予測することを目的に設計される数理モデルである.物理化学的なメカニズムと生物学的なメカニズムを組み合わせることで作物の生育を予測することを目指している(1)1) J. W. Jones, J. M. Antle, B. Basso, K. J. Boote, R. T. Conant, I. Foster, H. C. J. Godfray, M. Herrero, R. E. Howitt, S. Janssen et al.: Agric. Syst., 155, 240 (2017)..農地圃場内だけではなく河川の流域全体を包含する水門学的なモデルや土地利用のモデルなどと結合された上で,広く農業システム全体をシミュレートするモデルも多く,その意味でAgricultural System Modelなどと呼ばれることも多い(1)1) J. W. Jones, J. M. Antle, B. Basso, K. J. Boote, R. T. Conant, I. Foster, H. C. J. Godfray, M. Herrero, R. E. Howitt, S. Janssen et al.: Agric. Syst., 155, 240 (2017)..また,農業に関わる意思決定をサポートするシステムという意味でDecision support systemと呼ばれることもあり,どのようなタイミングで施肥や灌漑を行うかの決定の支援をするためのツールとして発展してきている(2~6)2) R. E. Plant: Agric. Syst., 29, 49 (1989).3) B. Basso, J. T. Ritchie, F. J. Pierce, R. P. Braga & J. W. Jones: Agric. Syst., 68, 97 (2001).4) R. Rupnik, M. Kukar, P. Vračar, D. Košir, D. Pevec & Z. Bosnić: Comput. Electron. Agric., 161, 260 (2019).5) M. Gallardo, A. Elia & R. B. Thompson: Agric. Water Manage., 240, 106209 (2020).6) Z. Zhai, J. F. Martínez, V. Beltran & N. L. Martínez: Comput. Electron. Agric., 170, 105256 (2020)..この枠組の中では,作物が根からどの程度窒素やリンなどを吸収するのか,また吸収した窒素やリンなどがどのように作物の生育に影響を与えるのかが問題となる.

作物生育モデルでは,日々の気温や日射,湿度,風速などをインプットとして,植物体の受光量や気孔の開口度,植物体からの蒸散量,土壌の水分量,土壌における窒素やリンなどの分解速度などが計算され,光合成速度と光合成産物の量が計算される.基本的にはこのような計算が日単位で行われ,最終的な収量などが計算される.したがって,作物生育モデルにおいては光合成速度の正確な計算が一つの重要な鍵となり,光合成速度に影響を与える窒素やリンなどの植物体への吸収量の正確な推定が重要な要素となる.

作物生育モデルの枠組みの中での窒素やリンなどの吸収量の計算は,比較的シンプルである(図1図1■作物生育モデルによる窒素吸収モデルの模式図).端的に言えば,例えば窒素の場合,まず植物側の窒素の要求量が計算され,次に土壌側で供給可能な窒素の量が計算され,その小さい方の値が吸収されることになる.

ここでFはある物質について根からの吸収量,Dは植物側の要求量,Sは土壌側の可能供給量である.

図1■作物生育モデルによる窒素吸収モデルの模式図

具体的な例を見ながら概略を見ていこう.例えば,アメリカ合衆国農務省が開発している河川流域モデルSoil & Water Assessment Tool(SWAT)(7)7) S. L. Neitsch, J. G. Arnold, J. R. Kiniry & J. R. Williams: “Soil and water assessment tool theoretical documentation version 2009”. Texas Water Resources Institute, 2011.の作物生育サブモデルでは,窒素の吸収量は式(2)のような流れで計算される.まず,植物に必要な窒素量を計算する.

ここで,CN,tは植物体内におけるある時点tの最適な窒素の割合,CN,ECN,Mはそれぞれ発芽期と成熟期における最適な窒素の割合,α1とα2はパラメータ,Rtは0から1の値をとり作物の成長度合いを示す.式は少し複雑なように見えるが,単に作物が成熟していくほど(Rtが増えるほど)最適な窒素割合(CN,t)が減少していくという実験・観測的知見を定式化しているに過ぎない.ここで計算されたCN,tにその時点での植物のバイオマス量を掛け合わせれば,ある時点tで植物体に必要な窒素量が計算され,その時点で植物体が保持している窒素量と必要な窒素量との差分が要求量(DN,t)として計算される.さて式(2)は植物全体の窒素要求量であるが,土壌では層ごとに窒素の動態が計算されるので,土壌の層ごとの窒素要求量を計算する必要がある.
ここで,DN(z,tは土壌表面から深さz(m)までの根についての時点tの窒素要求量,zmaxは根の最深部までの長さ,β1はパラメータである.この式も複雑そうに見えるが,単にzの値がzmaxに近づくほど漸近的にDN(z,tDN,tに近づいていくという実験・観測的知見を定式化しているだけである.パラメータ−β1の値が大きいほど早くDN,tに近づくため,根が土壌表層に集中していることを示す.式(3)から,土壌の各層の窒素要求量が計算され,別に計算された土壌の各層の窒素の可能供給量SN(z,t(硝酸態窒素とアンモニア態窒素の量)の小さい値の方が窒素吸収量FN(z,tとして計算される.

他の作物生育モデルでも,また物質が異なっても(リンなどの場合でも),数理モデルの大枠は同じである.つまり,植物体の窒素要求量と土壌窒素の可能供給量がそれぞれ計算され,それをもとに窒素吸収量が計算される.ただ,窒素要求量の計算にもバリエーションがある.例えば,オーストラリアのAgricultural Production Systems Simulator(APSIM)(8)8) B. Zheng, K. Chenu, A. Doherty & S. Chapman: “The APSIM-wheat module (7.5 R3008)”. Agricultural Production Systems Simulator (APSIM) Initiative, 615 2014.の小麦のモデルでは,ある器官oの窒素要求量(DNo,t)は式(4)のように計算される.

ここで,ΔBo,tは作物のある器官o(葉や茎など)の時点tのバイオマスの増加量,CN(o,tは作物の器官oに必要な窒素濃度,CN(o,tは器官oの時点tにおける窒素濃度,Pw,tは水分ストレス(0~1)である.γ1はパラメータである.この式も複雑そうに見えるが,バイオマス増加量(ΔBo,t)が大きく,これまでの窒素供給(CN(o,tに反映される)が少ないほど窒素要求量が大きいという実験・観測的知見を定式化しているに過ぎない.

もちろん物質吸収の計算が上記の様式とは少し異なるモデルもある.例えば,作物だけではなく樹木なども含んだ全球の植生の動態をシミュレートするようなDynamic Global Vegetation Model(DGVM)と呼ばれるものの一つであるドイツのLund-Potsdam-Jena managed Land(9)9) W. Von Bloh, S. Schaphoff, C. Müller, S. Rolinski, K. Waha & S. Zaehle: Geosci. Model Dev., 11, 2789 (2018).というモデルでは,窒素の要求量と可能供給量が別々に計算されるのではなく,一つの式の中で乗算的に表される(式省略).ただ,そこでも物理的に窒素の吸収量が計算されるというわけではなく,実験・観測的知見によって定式化された経験式が乗算されて吸収量が計算される形になっている.

ここまで,作物生育モデルの窒素吸収のモデルを見てきたが,おおよそ二つの特性が見て取れる.一つ目は,モデルの特性として経験式が使われており,物理化学的な式は用いられていないということだ.もちろん,物理化学的な式がまったく使われていないわけではなく,例えばLPJmLの一部の関数ではミカエリス・メンテン式になっている部分もある.ただし,あくまでも式の中では調整項として働いているだけであり,基本的には作物生育モデルにおいての物質の吸収はあくまでも経験式の積み上げとなっている.したがって,モデルをより正確なものにしていくには,新たなデータを用いて,モデル内のパラメータを対象の作物種・品種や土性などに合わせてキャリブレーションすることになる(10~12)10) J. G. Arnold, D. N. Moriasi, P. W. Gassman, K. C. Abbaspour, M. J. White, R. Srinivasan, C. Santhi, R. D. Harmel, A. V. Griensven, M. W. Van Liew et al.: Trans. ASABE, 55, 1491 (2012).11) A. De Wit, H. Boogaard, D. Fumagalli, S. Janssen, R. Knapen, D. van Kraalingen, I. Supit, R. van der Wijngaart & K. van Diepen: Agric. Syst., 168, 154 (2019).12) M. Ahmed, S. Ahmad, M. A. Raza, U. Kumar, M. Ansar, G. A. Shah, D. Parsons, G. Hoogenboom, T. Palosuo & S. Seidel: “Systems modeling”, Springer, 2020, pp.151–pp.178.

二つ目の特性は,作物生育モデルでは基本的に作物全体(または器官全体)が一つのコンパートメントとしてモデル化されているということである.土壌部分は数層に分けられてはいるものの,基本的には数個のコンパートメント間の輸送に関するモデルとなっている(13)13) S. Manzoni & A. Porporato: Soil Biol. Biochem., 41, 1355 (2009)..つまり土壌という一つのコンパートメントから,植物という一つのコンパートメントにどの程度物質が移動するかをシンプルに定式化している.このような植物の単純化は植物に蓄積される物質量を推定するには適した方法である.なぜならば,コンパートメント間の物質の移動速度を決めるパラメータの数が少なくて済むため,品種ごと土壌ごとに得られたデータをもとにモデル内のパラメータをキャリブレーションすることが容易になるからである.

ただし,このようなモデル化は数理モデルから植物生理学的または形態学的な知見を引き出す目的には適していない.例えば,植物において,様々な元素の輸送のための膜貫通型輸送体タンパク質(トランスポーター)が同定されており(14, 15)14) J. F. Ma & N. Yamaji: Trends Plant Sci., 20, 435 (2015).15) R. Vatansever, I. I. Ozyigit & E. Filiz: Appl. Biochem., 181, 464 (2017).,特にケイ素などでは複数のトランスポーターの存在と局在性が明らかになっているが(16, 17)16) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006).17) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, K. Tamai, S. Konishi, T. Fujiwara, M. Katsuhara & M. Yano: Nature, 448, 209 (2007).,それらの複合的な効果と機能を解析する上では,これまで紹介してきたような物質の吸収量を推定する目的のモデルは適切ではない.次では,植物生理学的または形態学的な実験研究と協同が可能な数理モデルについて紹介する.

より物理学的に物質の移動を考えるモデル

まず,物理的な過程を考慮しつつも,より単純化されたRooseらのモデル(18)18) T. Roose, A. C. Fowler & P. R. Darrah: J. Math. Biol., 42, 347 (2001).から見ていこう.このモデルでは,植物による物質の吸収量の定量的な理解というよりも,植物が物質を土壌から吸収する結果,根付近の対象の物質濃度が時間とともにどのように変化をするのか,そしてその結果,根の物質吸収量がどのように変化するのかを定性的に知ることが目的となっている.

物理学的に物質の移動を考える場合,水の移流による物質の移動と拡散による移動を考える必要がある.土壌における物質の流れを考えるとき,根付近の物質の濃度変化について,式(5)のようなモデルを考えることができる.

ここで,tは時間,cは物質の土壌水分中の濃度,ϕは土壌における水分割合(飽和している場合は間隙率),Dは拡散係数,uは水の流れ(フラックス),dsは土壌粒子表面への物質の吸着(マイナスの場合は脱離)である,∇(ナブラ)は空間微分作用素(コラム参照)である(18)18) T. Roose, A. C. Fowler & P. R. Darrah: J. Math. Biol., 42, 347 (2001)..上記の式の左辺第一項が拡散について,第二項が移流による物質の移動を示している.Rooseら(18)18) T. Roose, A. C. Fowler & P. R. Darrah: J. Math. Biol., 42, 347 (2001).は上記の式に加えて,根の表面における境界条件(モデルが対象とする領域とそれ以外を分ける境界の条件)としてミカエリス・メンテン式を仮定し,複数の根からの物質の吸収量Fsysと時間tとの関係を式(6)のように解析的に得ている.
ここで,aii番目の根の直径,liは根の長さ,関数FDは各根に関する吸収を表す関数であり,やや複雑なため省略するが,土壌や境界条件に関するパラメータ数個で表される関数となっている.

ここでのモデリングの目的は,物質の根からの吸収に関して物理化学的な統一的な式を得るとともに,その大まかな時間的な挙動を確認するためにある.Rooseら(18)18) T. Roose, A. C. Fowler & P. R. Darrah: J. Math. Biol., 42, 347 (2001).の研究では比較的短時間で,土壌の根付近の物質濃度が定常状態に達することを示しているが,肝心なポイントは,ある程度簡素化されたモデルではあるものの,拡散と移流という物理過程を仮定してモデル化している点が前述の作物生育モデル内の物質吸収モデルとは大きく質を異にするところである.

根の様々な構造を考慮したモデル

しかしながら,上記のモデルでは,根の内部の物質の移動に関する記述が行われておらず,根による物質の吸収は単なる境界条件として与えられているのみであった.つまり,物理的な式を導入しつつも,植物と土壌という基本的には二つのコンパートメントのモデル化であった.FosterとMiklavcic(19)19) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: J. Theor. Biol., 336, 132 (2013).は,根の構造を複数のコンパートメントに分けて精密化するとともに,物質の電荷も考慮したモデルにすることで,NaやClなどの根内の挙動を明らかにしようとするモデルを開発した(図2図2■ForsterとMiklavcic19)のモデルの模式図(右)と各コンパートメントにおけるナトリウム濃度の遷移(左)).このモデルでは,根を5つの同心円状のコンパートメントに分け,それぞれについて,水の輸送にともなう物質の輸送と拡散,物質が持つ電荷を考慮している.このモデルの目的は,各コンパートメントにおいて時間とともにどのようにNaやClの濃度が変化するのかを検証することである.まず植物内の水の流れを考えているので,式(7)の通り,横方向の水の輸送量を,浸透圧を含めて考慮している.

ここで,Qiは位置iにおける水の輸送量,Liは水のコンパートメント間の透過性,Aiは境界の面積,piは圧力勾配,σmは物質mの反射係数,ΔΠm,iは浸透圧勾配である.生物の教科書で学ぶ水ポテンシャルによる水の移動の式と似た形をしているので理解しやすいだろう.その上で,NaやClのコンパートメント間の輸送量Fm,iを式(8)のように計算している.
ここでkm,iは物質mのコンパートメント間の透過性,ΔCm,iは濃度勾配,Cm,iは物質mの濃度,Zmはイオンの価数,Fはファラデー定数,Rは気体定数,Tは温度,Δψは電位差を表す.第一項は拡散による物質の移動,第二項は移流による物質の移動,第三項は電荷による物質の移動を表している.彼らのモデルの精緻な点は,物質の拡散と移流だけでなく,電荷の影響(第三項)も考慮していることである.FosterとMiklavcic(19)19) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: J. Theor. Biol., 336, 132 (2013).は,各コンパートメントの物質のNaやClの濃度の時間変化を示すとともに,拡散項が物質の動態に重要な影響を与えていることなどを明らかにしている.

図2■ForsterとMiklavcic19)のモデルの模式図(右)と各コンパートメントにおけるナトリウム濃度の遷移(左)

文献1919) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: J. Theor. Biol., 336, 132 (2013).の図を許可を得て改変.

さらに以降の論文でFosterとMiklavcicは,根のモデルを3D化して発展させるとともに(20)20) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: Front. Plant Sci., 7, Article 914 (2016).,アポプラストとシンプラストの経路や液胞の構造を考慮したモデルを開発し,植物の塩耐性に関わるSOS1トランスポーターの働きなどの解析を詳細に行っている(21, 22)21) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: Front. Plant Sci., 8, Article1326 (2017).22) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: Front. Plant Sci., 10, Article 1121 (2019)..FosterとMiklavcicのモデルはATPの濃度も考慮したプロトンポンプの働きまでも考慮しており,現状の根のモデルの中では最も多くの要素を考慮した精緻なモデルといって良い.

根の詳細構造を考慮したモデル

上記のFosterとMiklavcicのモデルとは少し異なるモデルとして,Grieneisenら(23)23) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).のモデルがある.このモデルでは,根からの物質の吸収ではなく,オーキシンに関する動態についてモデル化している.植物体上部からの供給されるオーキシンと,オーキシンの輸送に関わる膜タンパク(PIN)と相互作用によって,どのようにオーキシンの植物内勾配が形成されるのかを解析している.このモデルの特徴は,1つの細胞を複数のコンパートメント,つまりグリッドポイントで構成していることである(図3図3■Grieneisenら23)のモデルの模式図).

図3■Grieneisenら23)のモデルの模式図

文献2323) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).の図をクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下に改変.

このモデルでは,グリッドポイント間のオーキシンの移動が拡散方程式で計算され,また,細胞膜に近接するグリッドポイントでは,細胞の膜に存在するオーキシン輸送体が働き,シンプラスト内のオーキシン濃度に単純に比例する形でオーキシンを輸送する.このモデルを用いてGrieneisenら(23)23) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).は植物の根におけるオーキシンの勾配が,PINとオーキシン拡散輸送の交互作用で成り立つことを示した.

このGrieneisenら(23)23) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).のコンセプトは後のケイ素の輸送や窒素の輸送に関するモデルの基盤となっている(24~27)24) A. Shimotohno, N. Sotta, T. Sato, M. D. Ruvo, A. F. M. Maree, V. A. Grieneisen & T. Fufiwara: Plant Cell Biol., 56, 620 (2015).25) G. Sakurai, A. Satake, N. Yamaji, N. Mitani-Ueno, M. Yokozawa, F. G. Feugier & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 56, 631 (2015).26) N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno & J. F. Ma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 11401 (2015).27) S. Huang, N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno, N. Konishi & J. F. Ma: New Phytol., 234, 197 (2022)..前述した,FosterとMicklavcicのモデルと異なるポイントは,物質に働く作用を精緻化する方向にモデルを構築するのではなく,物質が移動する場である根の構造を詳細化しているところにある.以下では,根の構造を精緻化することでどのようなシミュレーション実験ができるのかをみていこう.

根のケイ素の輸送モデル

Sakuraiら(25)25) G. Sakurai, A. Satake, N. Yamaji, N. Mitani-Ueno, M. Yokozawa, F. G. Feugier & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 56, 631 (2015).はGrieneisenら(23)23) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).のモデルを発展させたモデルとして,ケイ素の吸収に関するモデルを作成した.Maら(16, 17)16) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006).17) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, K. Tamai, S. Konishi, T. Fujiwara, M. Katsuhara & M. Yano: Nature, 448, 209 (2007).による研究によって,ケイ素のイネの吸収については,極めて詳細な植物生理学的な知見が明らかになっている.イネは根の内鞘と外皮に二重のカスパリー線を持つが,内側と外側のカスパリー線に存在する細胞はLsi1とLsi2という二つのケイ素輸送体を持ち,Lsi1は背軸方向にLsi2は中心方向に配置されている.また,興味深いことに,イネはバイオマスの10%近くもケイ素を吸収するという特性を持つ(16)16) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006)..Sakuraiらが取り組んだ問題は,Lsi1とLsi2が共役し,どのように高いケイ素吸収能力をイネが得ているのかということであった.

このモデルでは,Grieneisenら(23)23) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).のモデルを発展させ,根にカスパリー線の構造を再現し,そこにLsi1とLsi2を配置した(図4図4■Huangら27)の根の3Dモデルの模式図).このモデルの特徴の一つは,ケイ素輸送に関するLsi1とLsi2の輸送活性に関わるパラメータの値が不明であることを解消するために,パラメータの値をランダムに1000個発生させ,それぞれについてシミュレートし,根の導管液のケイ素濃度データと比べることで,統計的にパラメータを逆推定したことである.このことによって,より現実的な値をシミュレートすることができるモデルを完成させている.

図4■Huangら27)の根の3Dモデルの模式図

文献2727) S. Huang, N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno, N. Konishi & J. F. Ma: New Phytol., 234, 197 (2022).の図を許可を得て改変.

その上で,カスパリー線の働きに注目し,カスパリー線があるパターンと無いパターンでどの程度輸送能力が変化するのかをシミュレート実験した.その結果,カスパリー線がない場合には大きく輸送活性が低下することが明らかになった.考えてみれば当たり前のことではあるが,カスパリー線は外部からの物質の侵入を防ぐと同時に,輸送体によって形成された大きなケイ素の濃度勾配を維持する役割も担っているわけであり,これが無くなると,せっかく内側に輸送したケイ素がまた外に漏れることになる.つまり,輸送体がカスパリー線に存在するということが,Lsi1とLsi2の輸送体の高い輸送能力を実現する上で重要な鍵であることが明らかになった.Sakuraiら(25)25) G. Sakurai, A. Satake, N. Yamaji, N. Mitani-Ueno, M. Yokozawa, F. G. Feugier & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 56, 631 (2015).のモデルは以降さらに発展し,現在は3Dで根の構造を表すことができるようになっている(27)27) S. Huang, N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno, N. Konishi & J. F. Ma: New Phytol., 234, 197 (2022).

まとめ

本稿では,作物の物質の吸収に関わる数理モデルを概観してきた.結論から言うと,数理モデルに関して,どのような研究にも有用な数理モデルというものは現状のところ存在しないし,おそらく原理的にも存在しない.作物による物質の吸収量に注目するのであれば,なるべくモデルを簡素化して,品種ごとにモデル内のパラメータを精緻化しつつ,日毎の気象の変化を反映できるよう,土壌の部分と作物体の部分のモデルを精緻化していくことになるだろう.つまり,作物生育モデルの精緻化が主要な方向性となる.一方で,根における吸収において,拡散による輸送と移流による移送,電荷による輸送,液胞の介在などの中でどのような要素が重要な役割を果たしているのかに注目するのであれば,それらを包括的に組み込んだFosterとMiklavcicのモデルが主要な方向性となる.また,根の構造に着目し,根のどのような構造が物質の輸送とどのように相互作用をしているのかに注目するのであれば,GrieneisenらやSakuraiらのモデルが主要な方向性になるだろう.

数理モデルを構築する上で重要なことは,研究の議論外の要素についてはなるべく簡素化し,議論外の要素が研究の議論の邪魔にならないようにしなければならない.例えば,紹介したSakuraiら(25)25) G. Sakurai, A. Satake, N. Yamaji, N. Mitani-Ueno, M. Yokozawa, F. G. Feugier & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 56, 631 (2015).の研究において,作物の成長部分の計算は明らかに冗長であるし,逆に,作物生育モデルにおいて,根の詳細な構造化も明らかに冗長である.実験研究者と数理モデル研究者が共同する場合には,その研究の目的が何であり,その目的に応えるために数理モデルにおいてどの部分を精緻化するべきなのか,研究を始める前に十分な議論を行うことが,研究の成功にとって極めて重要な部分であると考える.

Reference

1) J. W. Jones, J. M. Antle, B. Basso, K. J. Boote, R. T. Conant, I. Foster, H. C. J. Godfray, M. Herrero, R. E. Howitt, S. Janssen et al.: Agric. Syst., 155, 240 (2017).

2) R. E. Plant: Agric. Syst., 29, 49 (1989).

3) B. Basso, J. T. Ritchie, F. J. Pierce, R. P. Braga & J. W. Jones: Agric. Syst., 68, 97 (2001).

4) R. Rupnik, M. Kukar, P. Vračar, D. Košir, D. Pevec & Z. Bosnić: Comput. Electron. Agric., 161, 260 (2019).

5) M. Gallardo, A. Elia & R. B. Thompson: Agric. Water Manage., 240, 106209 (2020).

6) Z. Zhai, J. F. Martínez, V. Beltran & N. L. Martínez: Comput. Electron. Agric., 170, 105256 (2020).

7) S. L. Neitsch, J. G. Arnold, J. R. Kiniry & J. R. Williams: “Soil and water assessment tool theoretical documentation version 2009”. Texas Water Resources Institute, 2011.

8) B. Zheng, K. Chenu, A. Doherty & S. Chapman: “The APSIM-wheat module (7.5 R3008)”. Agricultural Production Systems Simulator (APSIM) Initiative, 615 2014.

9) W. Von Bloh, S. Schaphoff, C. Müller, S. Rolinski, K. Waha & S. Zaehle: Geosci. Model Dev., 11, 2789 (2018).

10) J. G. Arnold, D. N. Moriasi, P. W. Gassman, K. C. Abbaspour, M. J. White, R. Srinivasan, C. Santhi, R. D. Harmel, A. V. Griensven, M. W. Van Liew et al.: Trans. ASABE, 55, 1491 (2012).

11) A. De Wit, H. Boogaard, D. Fumagalli, S. Janssen, R. Knapen, D. van Kraalingen, I. Supit, R. van der Wijngaart & K. van Diepen: Agric. Syst., 168, 154 (2019).

12) M. Ahmed, S. Ahmad, M. A. Raza, U. Kumar, M. Ansar, G. A. Shah, D. Parsons, G. Hoogenboom, T. Palosuo & S. Seidel: “Systems modeling”, Springer, 2020, pp.151–pp.178.

13) S. Manzoni & A. Porporato: Soil Biol. Biochem., 41, 1355 (2009).

14) J. F. Ma & N. Yamaji: Trends Plant Sci., 20, 435 (2015).

15) R. Vatansever, I. I. Ozyigit & E. Filiz: Appl. Biochem., 181, 464 (2017).

16) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006).

17) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, K. Tamai, S. Konishi, T. Fujiwara, M. Katsuhara & M. Yano: Nature, 448, 209 (2007).

18) T. Roose, A. C. Fowler & P. R. Darrah: J. Math. Biol., 42, 347 (2001).

19) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: J. Theor. Biol., 336, 132 (2013).

20) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: Front. Plant Sci., 7, Article 914 (2016).

21) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: Front. Plant Sci., 8, Article1326 (2017).

22) K. J. Foster & S. J. Miklavcic: Front. Plant Sci., 10, Article 1121 (2019).

23) V. A. Grieneisen, J. Xu, A. F. M. Maree, P. Hogeweg & B. Scheres: Nature, 449, 1008 (2007).

24) A. Shimotohno, N. Sotta, T. Sato, M. D. Ruvo, A. F. M. Maree, V. A. Grieneisen & T. Fufiwara: Plant Cell Biol., 56, 620 (2015).

25) G. Sakurai, A. Satake, N. Yamaji, N. Mitani-Ueno, M. Yokozawa, F. G. Feugier & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 56, 631 (2015).

26) N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno & J. F. Ma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 11401 (2015).

27) S. Huang, N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno, N. Konishi & J. F. Ma: New Phytol., 234, 197 (2022).