Kagaku to Seibutsu 61(12): 620-623 (2023)
農芸化学@High School
アジサイの毒性調査
Published: 2023-12-01
アジサイ葉の誤食による食中毒が報告されている.原因とされるアルカロイドや青酸配糖体の存否調査は行われているが,報告によりその結果はまちまちである.本研究では,塩酸との反応により青酸配糖体からシアン化水素が発生すると考え,滴定法を用いてシアン化水素の定量を試みた.その結果,2品種のアジサイ葉からシアン化水素が発生することを明らかにした.
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
国内ではこれまでにアジサイ葉の誤食による食中毒の報告がされてきた(1)1) 広島市健康福祉局保健部:アジサイの喫食による食中毒について,https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/syokuhin-eisei/8107.html, 2019..その毒は青酸配糖体とされているが毒性成分も未だ定かではない.アジサイの青酸配糖体の検出を試みた過去の文献では,陽性とも陰性とも報告されており不確かである(2)2) 厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル:高等植物:アジサイ,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082116.html.また以前にはアルカロイドやクマリン誘導体なども毒性成分の候補として挙げられてきた(3)3) K. H. Palmer: Can. J. Chem., 41, 2387 (1963)..
青酸配糖体は,マンデロニトリルなどのシアノヒドリンをアグリコンとするO-グリコシドであり,酵素や酸によって加水分解されてシアン化水素(HCN)を発生し,人体に対して毒性を示す.青梅の仁に青酸配糖体が含まれていることはすでに判明している.
筆者は身近にある植物が毒性を持っていることに興味を持ち,高校生の限りある研究活動の範囲の中で青酸配糖体の有無について調査したいと考えた.生物を用いた毒性判別や,標準物質として青酸カリなどの毒物を用いることなく研究するために,少量のアジサイ葉から瓶の中で酸と反応させて生じるHCNを水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液で固定し,酸塩基の二段階滴定法からヒントを得て,弱酸の塩であるシアン化ナトリウム(NaCN)を定量することとした.この実験を通してアジサイ葉に青酸化合物が含まれているのか否か,そしてその含有量について調査すること,また,品種によって含有量に差があるかどうかについて調べることを目的とした.
NaOHやNa2CO3などの塩基に比べNaCNは比較的弱い塩基であり,適当な酸塩基指示薬またはpHメーターを用いて滴定を行うと,それぞれの物質量を推定することが可能である.
NaOHは強塩基(電離度α=1)とし,炭酸(H2CO3)とHCNのpKaは文献値を参考にした(4, 5)4) 猿橋勝子:日本化学雑誌,76,1294 (1955).5) 化学大辞典編集委員会:化学大辞典(縮刷版),共立出版,1963, p60..
10 mLの水にNaOHが1 mmol溶解した水溶液をaとする.aに0.1 mmolのCO2が吸収された溶液をb,さらにbに0.2 mmolのHCNが吸収された溶液をcとして,これらをそれぞれ0.1 mol/LのHCl水溶液で滴定すると滴定曲線は図1図1■滴定曲線の概形のようになる.
Na2CO3を考慮するのは,一般にNaOHは大気中のCO2を吸収して若干のNa2CO3を不純物として含むためである.曲線cでは滴下量6 mLでNaOHの中和が完了し,続いてCO32−がH+を吸収して徐々にHCO3−に転換する.さらにpHが下がるとCN−からHCNへの転換(弱酸の遊離)が優勢になる.
HCNのpKaは8.9であるため酸解離定数の±1であるpH 7.9~9.9でHCNの遊離反応が起こるが,H2CO3のpKa2は10.38であるためH+と反応するpH帯が重なってしまう.そこで滴定値に対するHCO3−の影響を小さくするため,測定するpHの範囲を狭め,pH 9.8からpH 8.0までに要したHClの滴定量(図中の青い太矢印)でNaCNの物質量を推定することとした.
滴定に用いたHClの濃度をCHCl(mol/L),HCNのモル質量をMHCN(g/mol),pH 9.8からpH 8.0までの滴下量をV(mL),発生したHCNの質量をX(mg)としたときの関係は式(1)で表せる.
この実験では,次の手順でアジサイ葉から発生するHCN量を測定した.アジサイ葉の破砕物を希HClと反応させて発生する弱酸のうち,気化する成分をNaOH水溶液に吸収させた.これによって生じた弱酸のNa塩を希HClにより滴定すると,pH 9.8からpH 8.0の間でHCNが遊離すると考えられるため,この間の滴定量から発生したHCN量を求めた.
まず青梅の果肉と,既に青酸配糖体が含まれていることが明らかになっている青梅の仁を用いて,NaCNの定量が可能であるかどうか検討した.青梅は神奈川県内の民家からいただいた.0.050 mol/Lシュウ酸標準液を調製してHCN吸収用NaOH水溶液を,続いて滴定用希HClを順次滴定し,濃度決定した.青梅の果肉262.62 gをミキサー(市販のミキサー: 150W)にかけて破砕した.側面に2つの四角い窓を開けた遠沈管(CORNING社プラスチック製50 mL)とねじ口ガラス瓶を用意した.ガラス瓶の中には青梅の果肉の破砕物65.25gと約1.0 mol/LのHClをほぼ等量入れた.遠沈管の中にはHCN吸収用NaOH水溶液(0.117 mol/L)をホールピペットで計量し,10.0 mL入れ,ガラス瓶の口にはめ込み,ねじ蓋をして密閉した(図2図2■反応槽).ガラス瓶を55°Cで40分間保温して,HCNを気体として発生させ,NaOH水溶液に吸収させた.遠沈管を取り出し,液の全量をコニカルビーカーに移したのち,pHメーター(HORIBA製pH-22B)とマグネティックスターラー(IKA RH basic1)を用いながら希HCl(0.107 mol/L)で中和滴定を行った.中和の確認のため指示薬としてフェノールフタレインとメチルオレンジを加えた.
つづいて青梅の種子を割り,仁のみを取り出して秤量した.青梅の仁2.45 gを乳鉢ですりつぶした後,約1.0 mol/LのHCl 51 gと共にガラス瓶に入れた.先ほどと同様にNaOH水溶液を入れた遠沈管を用意し,ねじ蓋をして密閉し,保温ののち滴定を行った.
さらに青酸配糖体が含まれていないと考えられる柿の葉を試料として実験した.柿の葉は神奈川県内の民家からいただいた.柿の葉を約25 g正確に秤量し,55 mLの蒸留水を加えてミキサーにかけて粉砕し,青梅の果肉と同様の操作を行った.
2品種のアジサイ(属名:Hydrangea)(A:ダンスパーティー,B:スミダノハナビ)について実験した.試料は2品種ともに神奈川県内の自宅にて採集した.
アジサイ葉約100 gを正確に秤量し,150 mLの蒸留水を加えてミキサーにかけた後,青梅の果肉と同様の操作を行った.
この研究では,アジサイ葉に青酸配糖体など,HClと反応してHCNを生じる化合物が存在するかどうかを検討した.滴定値,試料の重量からそれぞれの試料100 gあたりのHCl滴定量を計算し,平均値を図3図3■試料100 gあたりのHCl滴定量にまとめた.
青梅の果肉,青梅の仁,柿の葉の滴定量は試料100 gあたりそれぞれ0.38 mL, 16.33 mL, 0.38 mLであった.柿の葉の青酸配糖体含有量はきわめて少ないと考えられるため,これをネガティブコントロールとし,青梅の果肉の滴定量から柿の葉の滴定量を差し引くと,青梅の果肉からHCNは検出されなかったと考えた.青梅の果肉の青酸配糖体の含有量は時期や品種によって変わることや,青梅の果肉の含有量はほとんどないということが文献(6, 7)6) 田中健太郎,飯沼静子:山梨大学醗酵研究所研究報告,11, 71 (1964).7) 大坪孝之,池田富喜夫:園芸学会雑誌,62, 695 (1994).にも記されている.
また,収穫年度,品種,生育地が異なるが,今回の試料と同じく6月上旬に収穫された青梅の仁には7.4~9.6 mmol/100 gの青酸配糖体が含有されていたという報告がある(7)7) 大坪孝之,池田富喜夫:園芸学会雑誌,62, 695 (1994)..今回ポジティブコントロールとして使用した青梅の仁の含有量はその1/6程度の1.7 mmol/100 gであったが,ネガティブコントロールの数値と比較するとHCNは定量できたと考えた.
アジサイA, Bの滴定量はそれぞれ試料100 gあたり2.00 mL, 3.31 mLだった.柿の葉の滴定量を差し引くと,アジサイA, Bが滴定の範囲で吸収したH+の物質量は試料100 gあたり0.17 mmol, 0.31 mmolとなり,これを試料100 gあたりのHCN量に換算するとアジサイAは4.67 mg/100 g,アジサイBは8.46 mg/100 gであった.
青梅の仁に比べると少ないものの,アジサイ葉からは2品種ともにHCNが計測できた.HCNの発生量を試料重量当たりで比較すると,アジサイBはAよりも多く,青梅の仁に比べると少なかった.また,今回の実験で使ったアジサイは両方とも生育場所が同じものを使用したため,測定値の差は品種間差によるものと考えられる.
柿の葉でHCl滴定量がゼロでなかったことから,実験の滴定で測定している弱酸の全てがHCNとは限らず,それ以外の気化してNaOHに吸収される弱酸成分の存在を否定できない.その場合,この測定方法では他の弱酸を滴定量に含むこととなり改善策が必要である.
HCNの遊離と競合すると考えられる8~10のpKaをもつ弱酸としてはカルボン酸,フェノール類,チオール類,エノールなどの弱酸が挙げられるが,生体内に存在し55°Cで揮発する蒸気圧の高い物質に絞って検討すると,有力な候補は見当たらなかった.そこで炭酸(塩)による影響を疑って実験方法を再考した.本実験ではアジサイ葉が中毒症状を起こすことから,滴定試料のCO32−に比べCN−の含有量が十分多いのではないかと考えて測定するpH範囲を設定したが,アジサイ葉に含まれる青酸配糖体の量は想定よりも少なかったことから,炭酸塩の影響を大きく受けていると考えられる.したがって1回の滴定に使う試料を多くすることでNaOHに含まれる炭酸による影響を受けにくくなると考えられる.また根本的に炭酸塩の影響を避ける工夫として,滴定を行うpH帯を下げる案も考えられる.HCNのpKaであるpH 8.9を滴定の始点に,pHジャンプが起こるpH 6.7を終点として,その滴定量を2倍にすることでHCNの滴定値が求められると思われる.これらの方法は試料の量を多くしなければならないのが弱点であるが,改善策として有効であると期待される.
本研究により,アジサイ葉には青酸配糖体が含まれることと品種によってその含有量が異なることが示唆された.身近な観賞園芸作物であるアジサイであるが,種類によってはより多くの毒性成分を含む可能性があり,安全な生活を送るうえで,広範なアジサイの毒性調査をする必要があると考える.また,それぞれの生育環境や季節,生活環での位置により,含有する毒性成分がどのように量的な変化をするのか,科学的な興味は尽きず,現在本校の後輩も調査を続けてくれている.今後の研究の広がりと深まりに期待したい.
毒性成分さえなければ,季節を彩る料理のあしらいとしてアジサイは格好の素材であるだけに,アジサイの毒性成分とその量を確定し無毒化できれば,アジサイの利用による豊かな食生活につながると考えている.化学的分析の後,品種改良などによってアジサイ葉の利用や市販ができることを願っている.
Reference
1) 広島市健康福祉局保健部:アジサイの喫食による食中毒について,https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/syokuhin-eisei/8107.html, 2019.
2) 厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル:高等植物:アジサイ,https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082116.html
3) K. H. Palmer: Can. J. Chem., 41, 2387 (1963).
4) 猿橋勝子:日本化学雑誌,76,1294 (1955).
5) 化学大辞典編集委員会:化学大辞典(縮刷版),共立出版,1963, p60.
6) 田中健太郎,飯沼静子:山梨大学醗酵研究所研究報告,11, 71 (1964).