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不安定なため長い間見落とされてきた細菌ポリイン類
不安定天然物である細菌ポリインを追う

Kenji Kai

甲斐 建次

大阪公立大学大学院農学研究科生命機能化学専攻

Published: 2024-01-01

分子内にC≡C結合が共役したポリイン構造を持つ天然物は,植物や真菌類を中心に数多く報告されている(1)1) R. E. Minto & B. J. Blacklock: Prog. Lipid Res., 47, 233 (2008)..一方,末端アセチレンから共役したC≡C結合を有するポリイン類は,細菌類においてのみ生産される珍しい天然物である.我々は,このような化合物を「細菌ポリイン」と呼んでいる.このユニークな化合物群が持つ構造の美しさには,多くの研究者が魅了されるのではないか.その美しさは儚いもので,作業者が少々雑に扱うと,褐色固体へと姿を変える.この記事を通して,読者の皆さんと細菌ポリイン類がもつ「儚い美しさ」を少しでも共有できれば嬉しい.

細菌ポリイン類は発見から30年間,研究がほとんど進展しなかった珍しい天然物である(2)2) W. L. Parker, M. L. Rathnum, V. Seiner, W. H. Trejo, P. A. Principe & R. B. Sykes: J. Antibiot., 37, 431 (1984)..本化合物は,光,熱や濃縮操作に弱く,取り扱いを誤ると分子間でラジカル重合して不溶性ポリマーへと容易に変化してしまう.したがって,細菌ポリインは,これまでに幾人もの研究者の手からするりと抜け落ち,人知れず研究対象でなくなってきたのではないかと予想される.この化合物が日の目を見るのは,細菌ゲノムが積極的に配列解読されるようになった2014年である.天然物化学分野で有名なHertweckらのグループによって,細菌ポリインの生合成遺伝子クラスターが初めて見つかった(3)3) C. Ross, K. Scherlach, F. Kloss & C. Hertweck: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7794 (2014)..ほぼ同時期に,真菌・卵菌類に対して強い拮抗性を示すグラム陰性細菌の複数種が,ポリイン様の天然物を産生・分泌している可能性が報告された(3, 4)3) C. Ross, K. Scherlach, F. Kloss & C. Hertweck: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7794 (2014).4) K. Fritsche, M. van den Berg, W. de Boer, T. A. van Beek, J. M. Raaijmakers, J. A. van Veen & J. H. J. Leveau: Environ. Microbiol., 16, 1334 (2014).

Collimonas fungivorans Ter331は,栄養制限条件下で真菌を資化して生育することができるユニークなグラム陰性細菌である(4)4) K. Fritsche, M. van den Berg, W. de Boer, T. A. van Beek, J. M. Raaijmakers, J. A. van Veen & J. H. J. Leveau: Environ. Microbiol., 16, 1334 (2014)..この特性には,本菌が生産するキチナーゼなどの細胞外酵素と構造未知の抗真菌性物質が関与することが示唆されていた.その抗真菌性に関わる生合成遺伝子クラスターに変異が入ると,抗真菌性が大きく減少することと,抗真菌性物質が不安定であることまでは確認されていたが,当時はそれらの遺伝子からどのような物質が生合成されるのかは不明であった.私は2013年頃にこの研究をスタートし,この未解明な不安定二次代謝産物の単離・構造決定を進めることにした.

窒素源が制限されたWYA-GlcNAc寒天培地上でTer331株を生育したときに,顕著な抗真菌性は認めらえる.しかし,その培養抽出物を,何も考えずにエバポレーターで濃縮乾固すると褐色物質へと変化する.そして,溶けていた有機溶媒に溶けなくなる.すぐに思いつくのは,乾固しない程度に濃縮するという対処法だが,これで上手く抗真菌性が抽出物でも再現できる.実験台の上に放置しておくと,活性はなくなる.冷蔵庫・冷凍庫に保存しても,じき活性はなくなる.一気にカラム精製までしようと考え,抽出後すぐにシリカゲルカラムにアプライしたが,分画操作中にどんどん褐変化する.これほど反応性が高く,明らかに分解したことをアピールしてくる化合物も珍しい.逆相系のODSを使って分画すると,細心の注意を払っていれば,ポリマー化せずに抗真菌活性を特定の画分に溶出することができた.その画分を濃縮すると,すぐに抗真菌性物質は分解する.そんなことを繰り返しているときに,先述のHetweckグループの論文が報告された(3)3) C. Ross, K. Scherlach, F. Kloss & C. Hertweck: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7794 (2014)..筆者が取り扱っているのは間違いなく細菌ポリインだと確信した.ちなみに,Hertweckらによる細菌ポリインの構造確認は,末端アルキンをアジドと反応させて得た誘導体を用いて行われた(3)3) C. Ross, K. Scherlach, F. Kloss & C. Hertweck: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7794 (2014).

培養物からは酢酸エチルを用いて選択的に疎水性化合物のみを抽出し,無水硫酸ナトリウムで脱水後に,DMSOを抽出液に適量添加してからエバポレーターにより濃縮物を調製した.その濃縮物をODSカラムにアプライすると,普通にカラム分画を行える.活性のあった画分は,同様にDMSOを添加してから濃縮する.そのようにして精製を進め,最後のHPLC精製で得たポリインを含む溶出液にはDMSO-d6を加えてからエバポレーターによる濃縮操作を行い,ポリインのDMSO-d6溶液を得た.Ter331株が生産するポリイン類に関しては,なんとか構造決定までこぎつけることができた.我々は,Ter331株が作るポリインをcollimonin類と名付けて,単離・構造決定の詳細を報告した(5)5) K. Kai, M. Sogame, F. Sakurai, N. Nasu & M. Fujita: Org. Lett., 20, 3536 (2018)..構造決定における工夫については,論文を参照されたい.特にcollimonin AとBは,ene-triyne,エポキシド,ラクトンを有するユニークな構造をしていた(図1図1■Collimonin類とprotegenin Aの構造と生物活性).

図1■Collimonin類とprotegenin Aの構造と生物活性

Collimonin類の研究を通して取扱いのコツを掴んだので,別の細菌ポリインにターゲットを移した.なお,collimonin類の生合成研究は現在も継続中である.植物保護細菌として有名なPseudomonas protegensのゲノム中にも,ポリイン生合成に関与すると予想される生合成遺伝子クラスターが存在する.これほど有名な細菌で,どうしてこのような状況であったのか? おそらくP. protegens研究者の多くがポリインを見落としていたか,上手く扱い切れなかったのであろう.Ter331株と同じ培養条件でP. protegens Cab57株を培養して,抽出物を調製すると,思いのほか1種のポリインが大量に生産されていることが判明した.それをprotegenin Aと名付け,単離・構造決定にトライした.大量にあるがゆえに,protegenin Aはすぐにポリマー化する.欲張って濃縮すると,一気に分解する.見出したコツは,必要量以上に培養し過ぎないという単純なものであり,protegenin Aの構造も決定することができた(図1図1■Collimonin類とprotegenin Aの構造と生物活性(6)6) K. Murata, M. Suenaga & K. Kai: ACS Chem. Biol., 17, 3313 (2022).

この記事では敢えて,我々の細菌ポリイン研究のテクニカルな面と研究の裏側ばかりを紹介した.こういった点はあまり論文に載せる必要性がなく,門外不出のラボマニュアルとして秘密裏に引き継がれる(あるいは,忘れ去られる).本当のことを言うと,ここにも書いていない秘密のレシピもある.現在執筆中の論文で,それらすべてを公開する予定である.ポリインだけでなく,不安定物質を研究される方はぜひとも目を通して頂きたい.ただし,すぐにアクセプトされるかどうかは分からないので,お待ち頂くかもしれない.

Reference

1) R. E. Minto & B. J. Blacklock: Prog. Lipid Res., 47, 233 (2008).

2) W. L. Parker, M. L. Rathnum, V. Seiner, W. H. Trejo, P. A. Principe & R. B. Sykes: J. Antibiot., 37, 431 (1984).

3) C. Ross, K. Scherlach, F. Kloss & C. Hertweck: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 7794 (2014).

4) K. Fritsche, M. van den Berg, W. de Boer, T. A. van Beek, J. M. Raaijmakers, J. A. van Veen & J. H. J. Leveau: Environ. Microbiol., 16, 1334 (2014).

5) K. Kai, M. Sogame, F. Sakurai, N. Nasu & M. Fujita: Org. Lett., 20, 3536 (2018).

6) K. Murata, M. Suenaga & K. Kai: ACS Chem. Biol., 17, 3313 (2022).