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芳香族香気成分フェニルプロペンの構造多様性に関わるO-メチル基転移酵素の機能進化
酵素の触媒機能の揺らぎと代謝産物多様性の獲得

Takao Koeduka

肥塚 崇男

山口大学大学院創成科学研究科

Published: 2024-01-01

フェニルプロペンは,爽やかな柑橘様の匂いを有するテルペンと並ぶ,ハーブやスパイスなど香辛植物の主要香気成分である.例えば,アネトール(アニス,スターアニス),オイゲノール(クローブ,オールスパイス),ミリスチシン(ナツメグ),ディルアピオール(ディル,パセリ)などがあげられ,甘く刺激的な芳香を有することが知られている.これらフェニルプロペンを含む植物は特徴的な香気を有するため料理の香味づけとして用いられ,抗菌作用や健胃作用を示すことから天然の防腐剤や生薬としても利用されている.一方で,フェニルプロペンは,ペチュニアやバラ,クラーキア,カワラナデシコなど様々な花から放散される芳香成分としても知られる.Bulbophyllum属のミバエランでは,送粉者である雄ミバエの誘引物質としてフェニルプロペンが放散され,雄ミバエ体内に摂取されると,代謝変換され,その代謝物は雌ミバエへの求愛に利用されることから生態学的にも重要な情報化学物質として機能することが知られている(1)1) K. H. Tan & R. Nishida: J. Insect Sci., 12, 56 (2012).

フェニルプロペンはベンゼン環(C6)に直鎖状側鎖(C3)が結合したC6−C3構造を基本骨格とし,側鎖の二重結合の位置やベンゼン環の官能基の違いにより構造多様性が見られる(図1図1■フェニルプロペンO-メチル基転移酵素とアイソトープを用いたメチル化活性測定法).特に,ベンゼン環の水酸基の修飾により化合物の化学特性が変わることが知られており,一般的に配糖化されると水溶性が増し,メチル化やプレニル化されると揮発性や疎水性が高まり香気特性や生理活性などが変化すると考えられている.例えば,クローブやバジルなどの特徴的な香気成分であるオイゲノールは鋭い刺激的な香りであるのに対して,メチル化されるとフレッシュなハーブ様香気へと香調が変化する.一方,オイゲノールの水酸基にジメチルアリル基が転移すると,ハダニに対する産卵抑制活性が上昇するなど生理活性が変わると報告されている(2)2) T. Koeduka, K. Sugimoto, B. Watanabe, N. Someya, D. Kawanishi, T. Gotoh, R. Ozawa, J. Takabayashi, K. Matsui & J. Hiratake: Plant Biol., 16, 451 (2014).

図1■フェニルプロペンO-メチル基転移酵素とアイソトープを用いたメチル化活性測定法

数字はフェニルプロペンの骨格の炭素番号を示す.Rは分子内に水酸基をもつ化合物を示す.

フェノール性化合物へのメトキシ基の導入はフェニルプロペンを含む植物特化代謝産物に構造多様性を与える重要な反応の一つであり,一般的にS-adenosyl-L-methionine(SAM)依存性のO-メチル基転移酵素(OMT)がヒドロキシ基のメチル化を触媒する.このような植物特化代謝産物に関するOMTについては精力的に研究が行われ,フェニルプロペンだけでなくフラボノイド,リグナン,スチルベン,クマリン,アルカロイドなどのメトキシ基の生成を担うOMTが多数報告されている.その中でもフェニルプロペンの生合成に関するOMTについては最近新たな知見が蓄積されつつあるので,ここではフェニルプロペンOMTの最新の研究報告について紹介する.

フェニルプロペンはC3側鎖の二重結合の位置の違いに応じてアリル型とプロペニル型の2種に大別することができる(図1図1■フェニルプロペンO-メチル基転移酵素とアイソトープを用いたメチル化活性測定法).今までにフェニルプロペンOMTがいくつか報告されており,para位(4位)水酸基をメチル化するという点で共通するものの,それぞれのOMTは特定の化学構造を識別する高い基質特異性をもっている.例えば,セリ科のアニス から単離されたt-アノール/イソオイゲノールO-メチル基転移酵素(AIMT)は,プロペニル型(t-アノールやイソオイゲノール)に対して高い活性を示す一方で,アリル型(チャビコールやオイゲノール)を基質とした時にはその活性は約10倍低い(3)3) T. Koeduka, T. J. Baiga, J. P. Noel & E. Pichersky: Plant Physiol., 149, 384 (2009)..一方で,シソ科バジル由来のチャビコールO-メチル基転移酵素(CVOMT)やオイゲノールO-メチル基転移酵素(EOMT)は,AIMTとは逆にプロペニル型とは反応性が低く,アリル型に対して高い活性を示し,CVOMTはチャビコールを,EOMTはオイゲノールを最も良い基質とする.このことから,これらフェニルプロペンOMTはC3側鎖の二重結合の位置の違いを認識すると考えられている.

このような精緻な基質認識機構は活性中心近傍の数アミノ酸残基の置換により決定されていると考えられ,これが代謝産物多様性を引き起こす要因の一つであり,酵素機能の進化に深く関わっている.例えば,アカバナ科のクラーキアからは,イソオイゲノールやオイゲノールからそれぞれのメチル化体の生成を触媒するイソオイゲノール/オイゲノールO-メチル基転移酵素(IEMT)と,カフェ酸に高い基質特異性を示すカフェ酸O-メチル基転移酵素(COMT)が報告されている(4)4) J. Wang & E. Pichersky: Arch. Biochem. Biophys., 368, 172 (1999)..クラーキアのIEMTとCOMTは高いアミノ酸配列相同性(83%)を示し,7アミノ酸残基の置換により基質特異性が入れ替わることから,クラーキアにおいては進化の過程で非揮発性物質のカフェ酸に対するC3側鎖構造の認識機構を機能進化させることで揮発性の香気成分であるフェニルプロペンに対するメチル化活性を獲得したとされている.また,クラーキアIEMTでは数アミノ酸残基の人為的置換により,細胞壁構成成分リグニンの生合成中間体であるモノリグノールを認識するO-メチル基転移酵素(MOMT)が作り出されたのは酵素機能の進化的観点からも興味深い(5)5) Y. Cai, M. W. Bhuiya, J. Shanklin & C. J. Liu: J. Biol. Chem., 290, 26715 (2015)..一方で,最近になりフェニルプロペンのortho位(2位あるいは6位)メトキシ基の生成に関わるO-メチル基転移酵素(AgOMT1)がセリ科のディルで発見された(6)6) T. Koeduka, B. Watanabe, K. Shirahama, M. Nakayasu, S. Suzuki, T. Furuta, H. Suzuki, K. Matsui, T. Kosaka & S. Ozaki: Plant J., 113, 562 (2023)..上述のpara位(4位)選択的なメチル化活性を示すアニス 由来のAIMTと高いアミノ酸相同性(75%)を示し,数アミノ酸残基の置換によりortho位/para位の選択性が変化することから,これら両者は共通の祖先タンパク質に由来し,植物進化の過程でメチル化の位置選択性を機能分化させたと考えられた.

ところで,筆者らがOMTの活性評価に使用している放射性同位体を利用した酵素活性測定法は,放射性標識化合物を変えればOMTに限らず様々な転移酵素にも応用可能であるので紹介したい.放射性同位体標識されたメチル基供与体のSAMを用いて酵素反応を行い,同位体標識された反応生成物を検出するアイソトープ法は昔からよく知られた,酵素活性の網羅的スクリーニングに適した手法である(図1図1■フェニルプロペンO-メチル基転移酵素とアイソトープを用いたメチル化活性測定法).その応用として,糖転移酵素であれば,放射性標識されたuridine diphosphate(UDP)-glucoseを補酵素に,プレニル基転移酵素であれば,放射性標識されたdimethylallyl pyrophosphate(DMAPP)などをプレニル基質にすると,他の転移酵素ファミリーの酵素活性測定にも本方法を用いることができる.一般的に,アイソトープを用いない酵素活性測定法では化合物種によってGC-MSやLC-MSなど機器を使い分け,クロマトカラムによる分離やイオン化効率など分析条件の最適化が要求される.しかし本方法は,化合物種を問わずどのような基質に対しても同じ反応系で酵素活性を測定できることが最大の利点であり,幅広い基質に対して反応特異性を調べる際に活性評価できる効率的かつ汎用性が高い実験系である.オミクス解析技術の進歩に伴い遺伝子配列情報の取得が容易になってきた一方で,酵素の触媒機能を正確に捉えるための配列情報による予測や推定は未だ不十分であり,酵素学的特性を実際に評価することが必要不可欠である.酵素機能の解析には手間と時間がかかるが,放射性同位体を利用した本方法を使えば,植物に限らず様々な生物で未だ触媒機能が解明されていない有用代謝酵素の発掘が大きく進展するはずであり,オミクス解析が進んできた昨今こそ,オミクス階層を紐づける酵素の機能解明が求められる.

Reference

1) K. H. Tan & R. Nishida: J. Insect Sci., 12, 56 (2012).

2) T. Koeduka, K. Sugimoto, B. Watanabe, N. Someya, D. Kawanishi, T. Gotoh, R. Ozawa, J. Takabayashi, K. Matsui & J. Hiratake: Plant Biol., 16, 451 (2014).

3) T. Koeduka, T. J. Baiga, J. P. Noel & E. Pichersky: Plant Physiol., 149, 384 (2009).

4) J. Wang & E. Pichersky: Arch. Biochem. Biophys., 368, 172 (1999).

5) Y. Cai, M. W. Bhuiya, J. Shanklin & C. J. Liu: J. Biol. Chem., 290, 26715 (2015).

6) T. Koeduka, B. Watanabe, K. Shirahama, M. Nakayasu, S. Suzuki, T. Furuta, H. Suzuki, K. Matsui, T. Kosaka & S. Ozaki: Plant J., 113, 562 (2023).