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アミノ酸栄養応答キナーゼmTORC1の基質選択の新局面
アミノ酸のみで活性化される動物細胞内応答の仕組み

Yuna Amemiya

雨宮 優奈

名古屋大学大学院生命農学研究科応用生命科学専攻

Terunao Takahara

高原 照直

名古屋大学大学院生命農学研究科応用生命科学専攻

Published: 2024-01-01

動物細胞は,外界の栄養源量をはじめとした種々の情報を受容し,細胞応答を行っている.食事等から摂取したアミノ酸は最終的に細胞内でタンパク質の材料として用いられるが,アミノ酸はタンパク質合成の材料としてだけではなく,同時に細胞内シグナルを活性化する役割を有している.こうした「材料」と「シグナル」の両面から,取り込まれたアミノ酸は細胞内でのタンパク質合成に代表される細胞内プロセスを制御している.このアミノ酸量の感知とシグナル伝達に関わる主要な因子がmechanistic Target of Rapamycin(mTOR)キナーゼである.mTORは,分子量約30万に及ぶ巨大なタンパク質であり,多種の下流の基質のリン酸化を担う.またmTORは細胞内では異なるサブユニットと結合することで,多様な役割を果たしている.現在のところ,mTORはmTOR Complex 1(mTORC1)とmTOR Complex 2(mTORC2)という2つの異なる複合体を形成して働くとされ,アミノ酸などの栄養応答には主にmTORC1が関わる(1)1) T. Takahara, Y. Amemiya, R. Sugiyama, M. Maki & H. Shibata: J. Biomed. Sci., 27, Article 87 (2020)..特にロイシン,アルギニンはその細胞内センサーによって感知され,mTORC1の活性化の場であるリソソームへのリクルートの調節に関与することが明らかにされている.

mTORC1は,主にアミノ酸などの栄養源やインスリンなどのホルモンや成長因子に応答して細胞内代謝をコントロールすることで,細胞サイズを制御している.この細胞内過程は,mTORC1が多様な基質をリン酸化することで制御されているが,そのような過程が無差別に制御されているのか,あるいは個別に制御されているかは,あまりよくわかっていなかった.しかし近年の研究などから,どうやらmTORC1は基質のリン酸化を一様にコントロールしているわけではなく,基質によって異なる制御を行っていることがわかってきた(2~4)2) G. Napolitano, C. Di Malta, A. Esposito, M. E. G. de Araujo, S. Pece, G. Bertalot, M. Matarese, V. Benedetti, A. Zampelli, T. Stasyk et al.: Nature, 585, 597 (2020).3) G. Napolitano, C. Di Malta & A. Ballabio: Trends Cell Biol., 32, 920 (2022).4) K. Li, S. Wada, B. S. Gosis, C. Thorsheim, P. Loose & Z. Arany: PLoS Biol., 20, e3001594 (2022)..さらにそうした特定の基質のリン酸化制御の異常が腎臓がんなどを伴うBirt-Hogg-Dube症候群発症の分子基盤の1つであることも併せて報告されている(2)2) G. Napolitano, C. Di Malta, A. Esposito, M. E. G. de Araujo, S. Pece, G. Bertalot, M. Matarese, V. Benedetti, A. Zampelli, T. Stasyk et al.: Nature, 585, 597 (2020)..本稿では,このようなmTORC1の基質制御に関する新たな一面について最新の知見を紹介したい.

mTORC1は,アミノ酸やインスリンなどの栄養やホルモンに応じて活性化され,同化(タンパク質合成,脂質合成,ヌクレオチド合成など)を促進し,異化(オートファジーやリソソーム生合成によるタンパク質分解系など)を抑制する.逆にアミノ酸などが枯渇した条件では,mTORC1の不活性化に応じて同化の抑制と異化の促進へと細胞内代謝バランスが変化する.mTORC1が発見された20年ほど前は,mTORC1がリン酸化する代表的な基質として,タンパク質合成に関わるS6K1と4E-BP1が知られていたが,これらの基質はいずれもmTORC1によって同様に制御されるケースが大半であり,その頃の多くの研究成果からは,mTORC1の活性の変化に応じて,複数の基質が一斉に制御されると考えられていた.しかし一方で「これは真実だろうか」という懸念もあった.1つの例は,rapamycinというmTORC1の特異的阻害剤に対する基質の感受性である.実は,rapamycinはmTORC1活性を完全に阻害するわけではなく,部分的にしか阻害できないため,基質によってリン酸化への影響は異なるケースがみられていた.例えば,S6K1はrapamycinによって速やかに脱リン酸化されるが,4E-BP1はあまり感受性が高くない.これは,基質によってmTORC1によるリン酸化のされやすさが異なっており,それがmTORC1阻害による影響の受けやすさの差として現れると考えられている(5)5) S. A. Kang, M. E. Pacold, C. L. Cervantes, D. Lim, H. J. Lou, K. Ottina, N. S. Gray, B. E. Turk, M. B. Yaffe & D. M. Sabatini: Science, 341, 1236566 (2013)..つまり,リン酸化されやすい基質である4E-BP1は,mTORC1の部分的な活性低下ではそのリン酸化はある程度維持されるが,そもそもリン酸化されにくい基質であるS6K1は,同様の条件でもリン酸化は維持されず脱リン酸化される.

こうした基質側の性質の違いがmTORC1活性への応答に差異をもたらすこともあるが,先に述べたように,細胞レベルでのアミノ酸応答などでは,多くの場合明確な違いは見出されていなかった.しかし,近年,mTORC1の基質間のリン酸化に大きな違いを生み出す分子機構が明らかにされた(2~4)2) G. Napolitano, C. Di Malta, A. Esposito, M. E. G. de Araujo, S. Pece, G. Bertalot, M. Matarese, V. Benedetti, A. Zampelli, T. Stasyk et al.: Nature, 585, 597 (2020).3) G. Napolitano, C. Di Malta & A. Ballabio: Trends Cell Biol., 32, 920 (2022).4) K. Li, S. Wada, B. S. Gosis, C. Thorsheim, P. Loose & Z. Arany: PLoS Biol., 20, e3001594 (2022)..それを理解する上で,既知のmTORC1活性化の仕組みを先に紹介したい.mTORC1はアミノ酸とインスリンによって活性化されるが,mTORC1の活性化には低分子量Gタンパク質である,Rag GTPases(RagAまたはBおよびRagCまたはDから成るヘテロダイマー)とRheb GTPaseが深く関わる.アミノ酸(特にロイシンやアルギニン)などは,GATOR1-Rag GTPasesと呼ばれる経路によりシグナルをmTORC1へと伝達する(図1図1■mTORC1基質の異なるリン酸化機構左).具体的にはRag GTPasesによってmTORC1活性化の場として考えられているリソソーム膜表面へとリクルートされる.またインスリンなどは,これとは異なる経路であるTSC-Rheb GTPase経路を活性化し,mTORC1活性化因子として働くRheb GTPaseによるmTORC1活性化をもたらす(図1図1■mTORC1基質の異なるリン酸化機構左).つまり,アミノ酸によってリソソーム膜表面にリクルートされたmTORC1はRheb GTPaseと出会うことで活性化する,というモデルが提唱されている(図1図1■mTORC1基質の異なるリン酸化機構左).図では詳細を省いているが,これら2つの活性化軸は完全に独立しているわけではなく,現在では互いに関連していることも判明している.たとえば,Rheb GTPaseのGTPase-activating protein(GAP)として働くTSCがRhebを制御する仕組みにはRagAを介したTSCの細胞内局在制御が関わること(6)6) C. Demetriades, N. Doumpas & A. A. Teleman: Cell, 156, 786 (2014).や,アミノ酸が細胞内Ca2+濃度変動を惹起してTSC-Rheb経路も制御すること(7)7) Y. Amemiya, N. Nakamura, N. Ikeda, R. Sugiyama, C. Ishii, M. Maki, H. Shibata & T. Takahara: Int. J. Mol. Sci., 22, 6897 (2021).などが報告されている.

図1■mTORC1基質の異なるリン酸化機構

左:mTORC1の多くの基質のリン酸化は,アミノ酸とインスリンなどにより活性化される2つの経路が必要とされる.アミノ酸はGATOR1-Rag GTPases経路を活性化し,インスリンなどはTSC-Rheb経路を活性化する.これら2つの経路の活性化により,S6K1に代表されるmTORC1の多くの基質はリン酸化を受け,タンパク質合成などの同化を促進する.S6K1などはTOS(mTOR Signaling)モチーフを介して,mTORC1と直接会合する.右:TFEBのリン酸化にはTSC-Rheb経路は必要ではなく,GATOR1-Rag GTPases経路によってリン酸化が制御される.TFEBはRagC/Dに直接結合することでmTORC1によるリン酸化を受ける.それにより異化に関わるリソソーム新生などが抑制される.

さて,従来mTORC1活性化と基質のリン酸化にはこれらの2つの活性化システムの両方が必須であると考えられてきた.実際,大半の基質はアミノ酸によって活性化されるRag経路とインスリンなどにより活性化されるTSC-Rheb経路の両方の活性化を必要としている(図1図1■mTORC1基質の異なるリン酸化機構左,ここでは代表的な基質としてS6K1を示している).しかしながら,mTORC1によるリソソーム新生の制御を担う転写因子TFEBやTFE3は,TSC-Rheb経路が働かない場合でもmTORC1によるリン酸化制御が正常に行われることが判明した(図1図1■mTORC1基質の異なるリン酸化機構右)(2~4)2) G. Napolitano, C. Di Malta, A. Esposito, M. E. G. de Araujo, S. Pece, G. Bertalot, M. Matarese, V. Benedetti, A. Zampelli, T. Stasyk et al.: Nature, 585, 597 (2020).3) G. Napolitano, C. Di Malta & A. Ballabio: Trends Cell Biol., 32, 920 (2022).4) K. Li, S. Wada, B. S. Gosis, C. Thorsheim, P. Loose & Z. Arany: PLoS Biol., 20, e3001594 (2022)..すなわち,mTORC1の基質は「アミノ酸によるRag経路のみ必要」という場合と,「TSC-Rheb経路も必要」という場合の2種類に大別されることが新たに判明した.TFEBなどが専らRag経路のみでmTORC1によるリン酸化が制御される仕組みを解く鍵は,Rag GTPasesにある.実はTFEBはRag C/D,特に活性化型RagC/D(GDP結合型)と強く結合できる.そのため,アミノ酸により活性化されたRag GTPasesは,mTORC1とTFEBとをリソソーム膜近傍にリクルートすることでリン酸化を促進しているようである.ただし,まだ不明な点も多い.例えば,mTORC1活性化因子であるRheb GTPaseは,mTORC1自体の構造変化を促進して活性化型コンフォメーションに変換するのに必須であると考えられているが,こうしたコンフォーメーション変化はTFEBやTFE3のリン酸化には必要ではないことになる.この理由として,TFEBの基質としての性質上,mTORC1の活性が低いレベルでもTFEBへのリン酸化は十分起こるという可能性もあるが,まだよくわかっていない.

興味深いことに,こうした基質選択的な制御には,疾患との関わりが報告されている.Birt-Hogg-Dube症候群では,RagC/Dの活性化を担うFolliculinに変異が起きており,TFEBが常に脱リン酸化されるため,恒常的なTFEBの転写促進を引き起こすことが発症原因の1つと示唆されている(2)2) G. Napolitano, C. Di Malta, A. Esposito, M. E. G. de Araujo, S. Pece, G. Bertalot, M. Matarese, V. Benedetti, A. Zampelli, T. Stasyk et al.: Nature, 585, 597 (2020)..またごく最近,RagDの活性化型変異によるTFEBやTFE3の選択的な活性化が遺伝性の腎尿細管障害を引き起こすことも示唆されている(8)8) I. Sambri, M. Ferniani, G. Campostrini, M. Testa, V. Meraviglia, M. E. G. de Araujo, L. Dokládal, C. Vilardo, J. Monfregola, N. Zampelli et al.: Nat. Commun., 14, 2775 (2023)..また,加齢による筋肉量減少や筋力低下の状態(サルコペニア)においては,mTORC1経路が活性化しており,mTORC1阻害剤であるラパマイシン投与により,すべてではないが複数の部位で骨格筋量の低下が抑制されることが報告されている(9)9) S. C. Bodine: Fac. Rev., 11, Article 32 (2022)..さらに骨格筋特異的TSCノックアウトマウスではmTORC1の恒常的な活性化により,早期にサルコペニア様症状が引き起こされる(9)9) S. C. Bodine: Fac. Rev., 11, Article 32 (2022)..mTORC1基質選択性がサルコペニアに関わるかは検討されておらず不明であるが,これまでの研究において見過ごされてきたmTORC1の基質選択性という視点を含めた幅広い解析が,今後重要となるだろう.

このようにmTORC1の基質選択的な制御という新たな仕組みが判明したことで,今後はS6K1とTFEBのような異なる基質のリン酸化を同時に調べていく必要があるだろう.それにより,従来見逃されてきた新たな栄養応答の発見や,mTORC1経路に関連した病気の発症機序の理解とその予防に向けた新展開が期待される.

Reference

1) T. Takahara, Y. Amemiya, R. Sugiyama, M. Maki & H. Shibata: J. Biomed. Sci., 27, Article 87 (2020).

2) G. Napolitano, C. Di Malta, A. Esposito, M. E. G. de Araujo, S. Pece, G. Bertalot, M. Matarese, V. Benedetti, A. Zampelli, T. Stasyk et al.: Nature, 585, 597 (2020).

3) G. Napolitano, C. Di Malta & A. Ballabio: Trends Cell Biol., 32, 920 (2022).

4) K. Li, S. Wada, B. S. Gosis, C. Thorsheim, P. Loose & Z. Arany: PLoS Biol., 20, e3001594 (2022).

5) S. A. Kang, M. E. Pacold, C. L. Cervantes, D. Lim, H. J. Lou, K. Ottina, N. S. Gray, B. E. Turk, M. B. Yaffe & D. M. Sabatini: Science, 341, 1236566 (2013).

6) C. Demetriades, N. Doumpas & A. A. Teleman: Cell, 156, 786 (2014).

7) Y. Amemiya, N. Nakamura, N. Ikeda, R. Sugiyama, C. Ishii, M. Maki, H. Shibata & T. Takahara: Int. J. Mol. Sci., 22, 6897 (2021).

8) I. Sambri, M. Ferniani, G. Campostrini, M. Testa, V. Meraviglia, M. E. G. de Araujo, L. Dokládal, C. Vilardo, J. Monfregola, N. Zampelli et al.: Nat. Commun., 14, 2775 (2023).

9) S. C. Bodine: Fac. Rev., 11, Article 32 (2022).