Kagaku to Seibutsu 62(1): 14-22 (2024)
解説
細菌の新奇生存戦略:L-form
細胞壁が有っても無くても細菌は生きられる
Novel Survival Strategies of Bacteria: L-form: Bacteria Can Live with or without Peptidoglycan
Published: 2024-01-01
世界が直面する大きな問題に薬剤耐性菌の出現がある.その中で,新奇な細菌の生存戦略としてL-formが注目されている.L-formとは,大腸菌などの通常は細胞壁に覆われた細菌が,細胞壁を使わない原始的な増殖機構によって細胞壁を持たずに増殖し始める特殊な細胞増殖形態のことである.L-formでは細胞壁が生育に必須ではないため,細胞壁を標的とする抗生物質は効かず,細胞壁合成に必要な炭素源は他の物質の生産に使える.そのため,L-formは原始的な細胞増殖機構の側面からの細菌進化研究だけでなく,薬剤耐性や物質生産の面でも重要な意味を持つ.本稿では,様々な側面を持つ細菌の“L-form”という生存戦略について概説する.
Key words: L-form; 細菌; ペプチドグリカン; 薬剤耐性
© 2024 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2024 公益社団法人日本農芸化学会
世界で最初に報告された抗生物質ペニシリンの発見により(1)1) A. Fleming: Bull. World Health Organ., 79, 780 (2001).,FlemingはFlorey, Chainと共同で1945年ノーベル医学生理学賞を受賞した.その受賞スピーチの中で,Flemingは「抗生物質を正しく使えなければ薬剤耐性菌が容易に出現しうる」と警鐘を鳴らした.「The time may come when penicillin can be bought by anyone in the shops. Then there is the danger that the ignorant man may easily underdose himself and by exposing his microbes to non-lethal quantities of the drug make them resistant. ~中略~ Moral: If you use penicillin, use enough.(ペニシリンを誰もが買うことができる時代が来るかもしれない.そのとき,無知な人が必要量以下の量で使用して体内の微生物に致死量以下の薬剤を曝露させることで,薬剤耐性菌を生み出してしまう危険がある.~中略~ 教訓:ペニシリンを使うときには十分な量を使う.)(Nobel Lecture, December 11, 1945, https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/fleming-lecture.pdf)」その先見性の高さはすごいとしか言いようがない.しかし,Flemingが危惧した耐性変異株の出現以外にも,細菌には抗生物質の存在下で生き延びる多様な戦略があることがわかってきた.薬剤耐性を理解するためには,多様な戦略を支える分子システムの解明が不可欠である.
薬剤耐性の分子機構には,薬剤排出ポンプによる薬剤の排出,薬剤透過性の低下,薬剤の分解,標的タンパク質の変異(修飾)などがよく知られている.このような耐性の獲得には,ゲノムDNAの変異や耐性遺伝子の獲得等,遺伝的な変化を伴う場合が多い.一方,細菌が集団として薬剤耐性を示す例として,バイオフィルムを形成することが知られている.バイオフィルムを形成することで薬剤透過性の低下や標的タンパク質の発現量の低下が引き起こされ,細菌は薬剤耐性を示す.さらに,バイオフィルム内では薬剤耐性遺伝子のやり取りがより起こりやすくなる.このようなバイオフィルム形成には,多くの場合,ゲノムDNAの変異や関連遺伝子の獲得は必要なく,バイオフィルム関連遺伝子の発現制御により薬剤耐性がコントロールされる.このように,遺伝子変異に依存した薬剤耐性機構に加え,特別な遺伝子変異を必要としない「生存戦略」とも言うべき抗生物質への耐性機構を細菌は備えているのである.通常,これらの耐性機構を発動するとき,個々の細菌の細胞構造そのものは変化せず,むしろ細胞内の遺伝子発現やタンパク質の量や活性を変化させる.ところが,驚いたことに,自身のゲノムDNAに変化を起こさず,さらに,特定の遺伝子やタンパク質の発現調節による対応でもなく,細胞自体の構造全体を大きく変えることにより生存を図るシステムが存在する.それが,L-formである.L-formは,生育に細胞壁を必要とする「通常の」細菌から,細胞壁を作らずに生育可能な細菌に変化することで,細胞壁合成阻害型の抗生物質に対する耐性を示す.
グラム陰性菌,グラム陽性菌に関わらず,ほとんどの細菌は細胞壁に覆われている.細胞壁の主要な成分であるペプチドグリカンは,N-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸の二つの糖が繰り返し重合し,この糖鎖がN-アセチルムラミン酸に結合した短いペプチド同士で架橋された巨大な一分子である(図1図1■大腸菌のペプチドグリカン合成経路と抗生物質).ペプチドグリカンの合成は,細胞質内で開始され,中間物質は膜を越えてペリプラズム領域に運ばれ,糖鎖の重合とペプチド架橋により既存のペプチドグリカンに組み込まれる(図1図1■大腸菌のペプチドグリカン合成経路と抗生物質).糖鎖の重合はグリコシルトランスフェラーゼ活性を持つタンパク質によって,ペプチド架橋はトランスペプチダーゼ活性を持つタンパク質によって,それぞれ行われる.とくに,ペプチド架橋を担うタンパク質はペニシリン結合タンパク質PBPsと呼ばれ,ペニシリンをはじめとするβラクタム系抗生物質が結合する標的タンパク質である.ペプチドグリカン合成経路の詳細に関しては他の総説(2)2) A. J. F. Egan, J. Errington & W. Vollmer: Nat. Rev. Microbiol., 18, 446 (2020).を参考にされたい.
図1■大腸菌のペプチドグリカン合成経路と抗生物質
新規ペプチドグリカン合成は細胞質内で始まり,ペリプラズム領域に送られ,最終的にペニシリン結合タンパク質PBPsによって架橋され,元から存在するペプチドグリカンに組み込まれる.ホスホマイシンはMurAを阻害するので,完全にペプチドグリカン合成を抑制する.一方,ペニシリンはPBPsを阻害(ペプチド架橋を阻害)するので,不完全なペプチドグリカンが合成されている.GluNAc: N-アセチルグルコサミン,MurNAc: N-アセチルムラミン酸,L-Ala: L-アラニン,L-Glu: L-グルタミン酸,meso-Dap: ジアミノピメリン酸,D-Ala: D-アラニン
βラクタム系抗生物質は,PBPsに結合し,ペプチドグリカン合成経路の最終的なステップであるペプチド架橋を阻害する.一方,βラクタムとは異なる標的を持つ抗生物質ホスホマイシンはペプチドグリカン合成の最初のステップで機能するMurAタンパク質を阻害し,やはりペプチドグリカン合成を阻害する(図1図1■大腸菌のペプチドグリカン合成経路と抗生物質).これらの阻害により,ペプチドグリカンが正常に合成できなくなると,細菌は細胞内外の浸透圧差により発生する膨圧に抗しきれなくなり破裂して溶菌する.ヒトや動物はペプチドグリカンを持たないので,ペプチドグリカン合成を阻害する抗生物質は,選択的に細菌を殺すことができる非常に安全な抗生物質である.
ペニシリンにはβラクタム構造が含まれている.このβラクタム構造は,ペプチド末端のD-Ala-D-Alaの構造と似ている.PBPsがこのD-Ala-D-Alaを認識し架橋する(図1図1■大腸菌のペプチドグリカン合成経路と抗生物質).そのため,ペニシリンは,架橋反応を行うPBPsにD-Ala-D-Alaと競合的に結合し,ペプチド架橋を阻害する.Flemingの予想通り,ペニシリンに対する耐性菌が1940年代には報告され,その耐性菌が持つペニシリナーゼ(βラクタマーゼ)が発見されている(3)3) E. P. Abraham & E. Chain: Nature, 146, 837 (1940)..βラクタマーゼは,ペニシリンのβラクタム構造と相互作用して加水分解により壊す.そのため,βラクタマーゼを持つ細菌は,ペニシリンに耐性となる.とは言え,βラクタマーゼも,その他の耐性機構も持たない細菌をペニシリンで処理すると,ほとんど全ての細胞は溶菌する.ところが,高浸透圧培地で膨圧を抑制し溶菌しないようにすると,集団中のほんの少数の細胞は,ペプチドグリカン合成が阻害され細胞壁が無くても(あるいは不完全でも)増殖を続けることができる.このような細胞壁を持たないが増殖可能な状態の細菌をL-formと呼ぶ.同じような形態に,細胞壁を完全に失ったプロトプラストや,不完全な細胞壁に覆われたスフェロプラストがあるが,これらの細胞は細胞分裂や増殖ができない.一方,L-formは細胞壁が完全に,あるいは一部が失われた状態でも分裂や増殖をする点で,これらの細胞とは異なる.高浸透圧の寒天培地上で増殖したL-formは,目玉焼きのようなコロニーを形成する(図2図2■大腸菌のコロニー).このコロニーの形態はマイコプラズマなどと似ており,細胞壁を持たずに増殖する細菌のコロニーの特徴である.
L-formは,1935年英国Lister研究所のKlienebergerによって細菌感染したラットから初めて発見され,研究所の頭文字をとってL-formと呼ぶ(4)4) E. Klieneberger: J. Pathol. Bacteriol., 40, 93 (1935)..嫌気条件でも生育することができる細菌は,グラム陽性菌,グラム陰性菌に関わらず,ペプチドグリカン合成阻害剤(抗生物質)やリゾチーム(ペプチドグリカン分解酵素)存在下で遺伝子の変異が無くてもL-formへ変換できる.さらに,抗生物質やリゾチームが除去されると,ペプチドグリカン合成を再開し,元のペプチドグリカンに覆われた細菌に復帰できる(図3図3■L-formへの変換とL-formからの復帰).このようなL-formの特徴は,細菌感染症の再発性や持続性感染にL-formが関連していることを予想させる.すなわち,ペニシリンやホスホマイシンなどのペプチドグリカン合成阻害剤で処置した患者内ではほとんどの細菌が死滅し,患者の症状は改善する.ところが,一部の細菌はL-formとして生存し,抗生物質による治療を終えると元の状態に戻り,再び感染する.実際に,細菌感染した患者からL-formの細菌が単離されている(5)5) K. M. Mickiewicz, Y. Kawai, L. Drage, M. C. Gomes, F. Davison, R. Pickard, J. Hall, S. Mostowy, P. D. Aldridge & J. Errington: Nat. Commun., 10, 4379 (2019)..L-formとは,まさに細菌の「生存戦略」の一つであると考えられる.多くの細菌がL-formへ変換することが知られているが,本稿では,分子レベルでの解析がより進んでいる大腸菌と枯草菌を例にL-formについて紹介する.
L-formが発見されて以降,様々な種類の細菌のL-formが報告されてきた(6)6) Y. Briers, P. Walde, M. Schuppler & M. J. Loessner: BioEssays, 34, 1078 (2012)..かなり古い報告も多く,例えば1958年にはLederbergとSt. Clairが大腸菌の実験室株K-12株をペニシリンを含む高浸透圧培地で培養するとL-formコロニーを形成することを報告した(7)7) J. Lederberg & J. St. Clair: J. Bacteriol., 75, 143 (1958)..しかし,それらの初期の報告は,いずれもL-formへの変換や増殖を分子レベルで解明できるものでなかった.21世紀に入って,ようやくL-formを分子レベルで理解しようとする論文が報告されるようになった.D’Ariらのグループは,大腸菌K-12株をβラクタム系抗生物質セフスロジンによりL-formへ変換し,セフスロジンによるL-formは元の細胞のおよそ7%程度のペプチドグリカンを維持していること,このL-formの増殖は分裂面でのペプチドグリカン合成を必要とすることが報告された(8)8) D. Joseleau-Petit, J. C. Liébart, J. A. Ayala & R. D’Ari: J. Bacteriol., 189, 6512 (2007)..一方,Erringtonらのグループは枯草菌L-formの研究を報告した(9)9) M. Leaver, P. Domínguez-Cuevas, J. M. Coxhead, R. A. Daniel & J. Errington: Nature, 457, 849 (2009)..枯草菌のL-formには残存する細胞壁はなく,増殖に細胞壁合成を必要としない(10)10) Y. Kawai, R. Mercier & J. Errington: Curr. Biol., 24, 863 (2014)..彼らはペプチドグリカン合成に必須なmurEオペロンの発現をキシロース誘導性プロモーターで制御し,さらにペニシリンを高濃度で加えることで,細胞壁を合成せずにL-form様のコロニーを形成し増殖する枯草菌変異株を単離した.そのゲノムを解析すると,枯草菌がL-formとして増殖するためにispA遺伝子に変異があることが明らかになった(9)9) M. Leaver, P. Domínguez-Cuevas, J. M. Coxhead, R. A. Daniel & J. Errington: Nature, 457, 849 (2009)..IspAの機能の詳細については後述するが,後の研究から,この変異は活性酸素の低下に寄与していることが解明された(11)11) Y. Kawai, R. Mercier, L. J. Wu, P. Domínguez-Cuevas, T. Oshima & J. Errington: Curr. Biol., 25, 1613 (2015)..
ペプチドグリカンに覆われた細菌の分裂は,FtsZタンパク質を中心に形成されるリング状の分裂装置複合体(Zリング)によって制御される.では,枯草菌のL-formのように細胞壁を作らない細菌の細胞分裂にはFtsZは関与するのだろうか? Zリングの構成因子の一つPBP3(FtsI)は,ペプチドグリカン合成酵素であり,この酵素は抗生物質ピペラシリンにより特異的に阻害される.D’Ariらは,セフスロジンとピペラシリンを同時に加えた場合にはL-formコロニーを形成しないことから,L-formの増殖にはZリング依存的な分裂が必須であると結論づけた(8)8) D. Joseleau-Petit, J. C. Liébart, J. A. Ayala & R. D’Ari: J. Bacteriol., 189, 6512 (2007)..この結果を受けてErringtonらは,枯草菌L-formの増殖にZリング依存的な分裂が必要かを試したが,枯草菌ではFtsZは不要であった(9)9) M. Leaver, P. Domínguez-Cuevas, J. M. Coxhead, R. A. Daniel & J. Errington: Nature, 457, 849 (2009)..後にErringtonらは,大腸菌のL-form増殖においてもFtsZが不要であることを示した(12)12) R. Mercier, Y. Kawai & J. Errington: Nat. Microbiol., 1, 16091 (2016)..筆者らも大腸菌L-formの増殖はFtsZ非依存的であることを確かめた(林ら,論文投稿中)(図4図4■ftsZ欠失株のL-formへの変換).したがって,我々もErringtonらと同様にL-formの増殖にFtsZは不要であると結論づけた.D’Ariらの結果との相違点が何に由来するのかは現時点では不明であるが,セフスロジンの添加により誘導されたL-formには7%程度のペプチドグリカンが残っていることが関係しているのかもしれない.ペプチドグリカンに覆われた細菌では,FtsZは分裂面でリング状に局在する(13)13) T. A. Cameron & W. Margolin: Nat. Rev. Microbiol., in press..では,L-formの増殖に不要なFtsZはどこにどのように局在するのだろうか? 枯草菌L-formではFtsZはリングを形成せず,細胞中央というよりは不特定の場所でフィラメントを形成した(9)9) M. Leaver, P. Domínguez-Cuevas, J. M. Coxhead, R. A. Daniel & J. Errington: Nature, 457, 849 (2009)..そのため,筆者らは大腸菌L-formでも同様の結果になると考えたが,予想に反して,大腸菌のL-formではZリングが観察された(林ら,論文投稿中)(図5図5■L-formにおけるZリングの局在).不思議なことに,L-formでZリングが形成されているにも関わらず,L-formの分裂はほとんどの場合Zリングの無い場所で起こった(図5図5■L-formにおけるZリングの局在).このこと自体は,L-formの増殖にZリングは不要である,という結論と矛盾しないが,なぜL-formの分裂に不要なZリングが形成されているのだろうか? この疑問について明確な答えは得られていないが,筆者らは,L-formとして増殖する間もZリングを形成し準備しておくことで,抗生物質が無くなり,細胞壁合成を再開した際,より早く通常状態に復帰するためではないかと考えている.
図4■ftsZ欠失株のL-formへの変換
ftsZを欠失した大腸菌にペニシリンを加えたとき(0~12時間),除去したとき(12時間以降)の写真.ペニシリン存在下で野生株と同様にL-formに変換するが,ペニシリンを除去しても元の桿菌に戻らない.ftsZは必須遺伝子のため,ここで用いた株はゲノム上のftsZは欠損しているが,プラスミドからftsZを誘導物質(サリチル酸ナトリウム)依存的に発現できる.通常の状態では誘導物質を加えて培養し,時間0でペニシリンを含みサリチル酸ナトリウムを含まない培地に変換した.12時間後にペニシリンもサリチル酸ナトリウムを含まない培地に変換した.
図5■L-formにおけるZリングの局在
Zリングの構成因子ZapAとGFPの融合タンパク質を産生する大腸菌をペニシリン存在下でL-formに変換した.ペニシリン添加前の桿菌では,全ての細胞でZリング(ZapA-GFP)が細胞中央に局在している.L-form細胞では,一細胞あたり複数のZリングが観察されたが(赤矢印),Zリングが存在しない場所で分裂した(黄矢印).
では,Zリングに依存せず,L-formはどのように分裂するのだろうか.枯草菌L-formが細胞分裂するときには,球状の細胞が変形し,細胞の一部が出芽するように分裂したり,あるいは一部が伸長して分裂する.これはL-formでは膜合成が亢進し,細胞表面積が細胞の体積に比べ過剰に増大することで,細胞形態が不安定化し,より安定な球形に戻るので,膜がちぎりきれるように分裂するためである(14~16)14) R. Mercier, Y. Kawai & J. Errington: eLife, 3, 642 (2014).15) R. Mercier, Y. Kawai & J. Errington: Cell, 152, 997 (2013).16) R. Mercier, P. Domínguez-Cuevas & J. Errington: Cell Rep., 1, 417 (2012)..実際に,プロトプラストで膜合成を亢進させると細胞の変形が観察される(15)15) R. Mercier, Y. Kawai & J. Errington: Cell, 152, 997 (2013)..この現象は,完全に物理的な細胞の分裂現象であり,現在の細胞が用いているような複雑な細胞分裂装置は必要ないと考えられている.
L-formが増殖するためには,他にどのような条件が必要だろうか.ひとつは,嫌気環境である.嫌気条件下で大腸菌も枯草菌もL-formへの変換効率が上昇することが知られている(11, 17)11) Y. Kawai, R. Mercier, L. J. Wu, P. Domínguez-Cuevas, T. Oshima & J. Errington: Curr. Biol., 25, 1613 (2015).17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021)..活性酸素の発生をできるだけ抑制することが重要なのである.すでに述べたように,ErringtonらがL-formへの変換効率が上昇した枯草菌変異株を単離したところ,ispA遺伝子に変異が見出された(9)9) M. Leaver, P. Domínguez-Cuevas, J. M. Coxhead, R. A. Daniel & J. Errington: Nature, 457, 849 (2009)..IspAは,プレノイド生合成経路のファルネシル-2-リン酸合成(FPP)を触媒する.この経路は,二つの脂質分子(ペプチドグリカンの前駆体lipidII合成に必要なアンデカプレニル二リン酸(UPP)と電子伝達経路に含まれるメナキノン(MQ)合成に必要なヘプタプレニル二リン酸シンターゼ(HPP))の合成に関与する.L-formはペプチドグリカン合成が抑制されているので,IspA変異体によりUPP合成が抑制されてL-form変換が促進されたと思われるかもしれないが,実際には,HPP合成が抑制されていた.その結果,電子伝達経路が抑制され,活性酸素の産生が抑制される(11)11) Y. Kawai, R. Mercier, L. J. Wu, P. Domínguez-Cuevas, T. Oshima & J. Errington: Curr. Biol., 25, 1613 (2015)..さらにKawaiらは,βラクタムによるペプチドグリカン合成阻害が,解糖系の亢進を引き起こし,結果的に,呼吸鎖での活性酸素の産生に繋がることを示した(18)18) Y. Kawai, R. Mercier, K. Mickiewicz, A. Serafini, L. P. S. de Carvalho & J. Errington: Nat. Microbiol., 4, 1716 (2019)..そのために,好気条件下ではL-formの増殖は阻害されるのである.このように,解糖系の抑制,糖新生の活性化や,活性酸素の除去がL-formの増殖に必要である.筆者らも大腸菌のL-formコロニー形成能が上昇した変異株の中でユビキノン合成経路に変異を持つものを見いだしており(未発表データ),枯草菌の場合と同様であると考えられる.実際に活性酸素がL-form変換にどのような影響を及ぼしているかは今後の課題である.
培地にMg2+が含まれることも重要である.なぜMg2+が必要とされるかは,ほとんど解明されていない.枯草菌の場合,Mg2+が酸化ストレスの抑制に関連している可能性も示唆されている(19)19) Y. Kawai, M. Kawai, E. S. Mackenzie, Y. Dashti, B. Kepplinger, K. J. Waldron & J. Errington: Nat. Commun., 14, 4123 (2023)..一方,大腸菌に関しては外膜との関連性も指摘されている.大腸菌の外膜表層にあるリポ多糖(LPS)の構成因子であるlipidAはリン酸基により負に荷電しており,お互いに反発する.ところが,Mg2+が結合することで個々のLPS間の相互作用が安定化する(20)20) H. Nikaido: Microbiol. Mol. Biol. Rev., 67, 593 (2003)..筆者らの実験では20 mM Mg2+を培地に加えているが,これを除去した培地では大腸菌はL-formへの変換を開始するが速やかに溶菌する(17)17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021)..このことは,Mg2+により表層構造が安定化されていることがL-formの増殖に必須であることを示唆している.実際,外膜を破壊するポリミキシンBをL-formに作用させるとすぐに溶菌する(17)17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021)..したがって,外膜は大腸菌L-formにとって必須である(17, 21)17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021).21) M. Osawa & H. P. Erickson: Microbiology, 163, 906 (2019)..枯草菌は元々外膜を持たない.L-formの増殖や細胞の維持機構は,グラム陰性菌とグラム陽性菌の間で共通の機構と独自の機構が存在するのだろう.
先に述べたように,L-formはペプチドグリカン合成阻害が解除されると,元のペプチドグリカンに覆われた状態に戻ることができる(図1図1■大腸菌のペプチドグリカン合成経路と抗生物質).例えば,ペニシリン(ペプチド架橋阻害剤)やモエノマイシン(糖鎖重合阻害剤)を添加した場合,L-formでも不完全なペプチドグリカンが構築されている.この場合,ペニシリンやモエノマイシンが除去されると,おそらく,すでに合成されていた不完全なペプチドグリカンを正しく架橋や重合し,新たに合成されたペプチドグリカンの重合しながら,すばやく元の状態に復帰できる(17)17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021)..一方,ホスホマイシン(MurA阻害剤)の添加や,ペプチドグリカン合成の細胞質内の反応に関与する因子(MurCなど)の欠損の場合,ペプチドグリカン合成は完全に抑制され,ペリプラズム領域にペプチドグリカンは存在しない.ところが,この場合でも,細胞壁の合成を何らかの形で再開させれば,細菌は元のペプチドグリカンに覆われた状態に戻ることができる(10, 17)10) Y. Kawai, R. Mercier & J. Errington: Curr. Biol., 24, 863 (2014).17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021)..このことは,ペプチドグリカンを合成し,正しく構築するために「鋳型」となるペプチドグリカンは不要であることを示している.ただし,筆者らがL-formからの復帰に掛かる時間を調べると,ホスホマイシンでL-formになった大腸菌は,ペニシリンでL-formになった大腸菌に比べて,元の状態に戻るためには,より長い時間がかかる(17)17) T. Chikada, T. Kanai, M. Hayashi, T. Kasai, T. Oshima & D. Shiomi: Front. Microbiol., 12, 645965 (2021)..
では,元の状態に戻るためにはどのような因子が必要だろうか? もちろん,元の状態に戻って増殖するためにはペプチドグリカン合成に必須の因子(例えばFtsZ)は必要である(図4図4■ftsZ欠失株のL-formへの変換).大腸菌の場合,例えば,PBP1B(糖鎖重合とペプチド架橋の両方の活性をもつPBP)は通常状態の増殖には非必須の因子であるが,糖鎖重合活性を欠損したPBP1Bを発現するスフェロプラストからペプチドグリカン合成を再開しても溶菌する.一方,ペプチド架橋活性がないと溶菌はしないが正しい形態に戻らない(22)22) D. K. Ranjit, M. A. Jorgenson & K. D. Young: J. Bacteriol., 199, 181 (2017)..このようにPBP1Bはスフェロプラストからの復帰には必須である.最近では,PBP1Bはペプチドグリカン合成というよりは修復に関与するという報告もある(23)23) A. Vigouroux, B. Cordier, A. Aristov, L. Alvarez, G. Özbaykal, T. Chaze, E. R. Oldewurtel, M. Matondo, F. Cava, D. Bikard et al.: eLife, 9, e51998 (2020)..新たなペプチドグリカンを合成するときには,一度ではうまく合成できずに,修復しながら正しいペプチドグリカンを作っているのかもしれない.L-formからの復帰にもPBP1Bやペプチドグリカン修復機構が重要かもしれない.
すでに述べたように,L-formは元々細菌感染したラットから発見され,その後,ヒトからも発見されたことから,細菌が自然界で取り得る一増殖形態であると言える.では,L-formへの変換が細菌の増殖(生存)にとってどのようなメリットをもたらすのであろうか? L-formはペプチドグリカンを持たないことからペニシリンなどのペプチドグリカン合成阻害剤に対して耐性を示す.このことから,細菌感染症との関連が指摘されている.実際に,再発性尿路感染症(5)5) K. M. Mickiewicz, Y. Kawai, L. Drage, M. C. Gomes, F. Davison, R. Pickard, J. Hall, S. Mostowy, P. D. Aldridge & J. Errington: Nat. Commun., 10, 4379 (2019).や慢性菌糸腫(24)24) B. L. Beaman, J. Burnside, B. Edwards & W. Causey: J. Infect. Dis., 134, 286 (1976).,慢性細菌性尿(25)25) L. T. Gutman, M. Turck, R. G. Petersdorf & R. J. Wedgwood: J. Clin. Invest., 44, 1945 (1965).などの患者から様々な細菌のL-formが単離されている.このような細菌感染の治療だけでなく,自然免疫の反応においても細菌のL-form変換が促進される可能性がある.ペプチドグリカンを分解する活性をもつリゾチームはマクロファージなどで分泌されている.細菌をマクロファージに曝露するとL-formへ変換するという報告がある(26)26) G. J. Domingue Sr. & H. B. Woody: Clin. Microbiol. Rev., 10, 320 (1997)..Kawaiらは動物モデル(蛾の幼虫)を使って,確かにマクロファージへの枯草菌の曝露はL-formへの変換を引き起こすことを示した(27)27) Y. Kawai, K. Mickiewicz & J. Errington: Cell, 172, 1038 (2018)..このことは,ヒトの体内に細菌が侵入したとき,そのほとんどはマクロファージにより捕食されたり,抗生物質による処置で溶菌したりするが,一部はL-formとして生存し,やがてヒトの体内で元のペプチドグリカンに覆われた状態に戻り得ることを示唆している.このように,細菌は動物細胞に侵入しても,その免疫システムからも逃れられる生存戦略を備えているのである.細菌にとってのマクロファージや抗生物質と同等の自然界における脅威はバクテリオファージ(ウィルス)かもしれない.実際,L-formへの変換がバクテリオファージに対する抵抗性を与える可能性はすでに示唆されていた(28)28) V. Ongenae, A. S. Mabrouk, M. Crooijmans, D. Rozen, A. Briegel & D. Claessen: Open Biol., 12, 210379 (2022)..Wohlfarthらはリステリアがファージ感染したときに,エンドリシン(通常は溶菌を引き起こす)によって,集団中の一部の細胞がL-formに変換すること,そして,このL-formは元に戻ることができることを示した(29)29) J. C. Wohlfarth, M. Feldmüller, A. Schneller, S. Kilcher, M. Burkolter, S. Meile, M. Pilhofer, M. Schuppler & M. J. Loessner: Nat. Microbiol., 8, 387 (2023)..この結果は,細菌がファージによる捕食を集団レベルで回避できることを示唆している.このように,L-formは様々な場面で細菌の生存戦略として機能している.
1935年にL-formが発見されて以来(4)4) E. Klieneberger: J. Pathol. Bacteriol., 40, 93 (1935).,ペプチドグリカンが無くなっても生存できる,という摩訶不思議な細菌の状態は知られていたが,21世紀になって,その生理的な意義やL-form変換の分子機構が解明されてきた.例えば,これまでに大腸菌の4000個以上の遺伝子のうち,およそ300遺伝子が必須遺伝子(=欠損不可能な遺伝子)として同定されている(30)30) T. Baba, T. Ara, M. Hasegawa, Y. Takai, Y. Okumura, M. Baba, K. A. Datsenko, M. Tomita, B. L. Wanner & H. Mori: Mol. Syst. Biol., 2, 2006.0008 (2006)..ここで言う「大腸菌」とは,当たり前のように「“ペプチドグリカンに覆われた”大腸菌」のことであった.そのため,必須遺伝子にはftsZなどの分裂に関わる遺伝子やペプチドグリカン合成に関わる遺伝子も当然であるがリストアップされている.ところが本稿でも述べたように,「“ペプチドグリカンに覆われていない”大腸菌(L-form)」ではftsZは必須遺伝子ではない.一方で,筆者らの研究では,これまで非必須遺伝子と考えられてきた遺伝子が,L-formの増殖には必須であることを見いだしている(未発表データ).今後は,それぞれの生存状態に応じてどのような遺伝子が必要とされているのか? タンパク質の発現量が生存状態に応じて異なるのか? なども明らかにすることで,特に未解明な点が多いL-formの増殖機構が理解されていくだろう.L-formへの変換は抗生物質存在下での生存戦略と考えられ,細菌感染症との関連に焦点が当てられ,研究が進められてきた.ところが,L-formの研究対象としての魅力はそれだけに留まらない.本稿では紙面に限りがあり全てについて詳細に述べることができないが,L-formの分裂は,現存する多くの細菌の分裂を制御するFtsZ(Zリング)に依存しない.このような分裂様式のため,L-formは原始の細胞の分裂様式のモデルと考えられている(コラム参照).また,L-formはペプチドグリカンを持たないため,細菌が産生した物質の細胞外への排出が容易になると考えられる.そのため,例えばL-formによる抗体産生など産業面での利用も考えられている(31)31) J. F. Rippmann, M. Klein, C. Hoischen, B. Brocks, W. J. Rettig, J. Gumpert, K. Pfizenmaier, R. Mattes & D. Moosmayer: Appl. Environ. Microbiol., 64, 4862 (1998)..L-formは基礎科学分野や細菌感染症分野だけでなく,細胞進化や産業利用など多様な面での活躍が期待される新たなモデルシステムと言える.
Acknowledgments
本稿で紹介した著者らの研究は,科学技術振興機構(JST)CRESTゲノム合成(グラント番号JPMJCR19S5)により行われました.この場を借りて,深く御礼申し上げます.
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