解説

過酸化脂質の吸収・代謝を紐解く
異性体や同位体解析からわかったこと

Unraveling the Absorption & Metabolism of Peroxidized Lipids: What We Know from Isomer & Isotope Analysis

Takumi Takahashi

高橋

東北大学大学院農学研究科

Kiyotaka Nakagawa

仲川 清隆

東北大学大学院農学研究科

Published: 2024-01-01

食品脂質(トリアシルグリセロール;TG)の酸化により過酸化脂質(TGヒドロペルオキシド;TGOOH)が生じ,たとえ未開封の食品にもTGOOHは微量に含まれる.他方,私たちの体の中にもTGOOHが存在し,体内の過酸化脂質は疾病の発症や進行に関わると言われている.故に,実生活で摂取されるレベルのTGOOHが体内へどのように吸収され代謝されるのか(ひいては疾病に関わるのか)について,古くから興味が持たれてきた.こうした中で,筆者らは高選択的かつ高感度にTGOOHを分子種レベル,さらには異性体や同位体レベルで解析できるHPLC-MS/MS法を開発し,この活用により,少し意外なTGOOHの吸収・代謝の新たな側面が見えてきたため,概説する.

Key words: 過酸化脂質; ヒドロペルオキシド; 吸収・代謝; HPLC-MS/MS

はじめに

食品に含まれる脂質の大部分はTGであり(1)1) H. Mu & T. Porsgaard: Prog. Lipid Res., 44, 430 (2005).,TGが酸化されると,過酸化脂質(酸化一次生成物であるTGOOH)が生じる(図1A図1■TGの酸化によるTGOOHの生成(A)とTGOOH (OO-(HpOME)-TG)異性体の化学構造(酸化機構に応じて構造が異なる)(B)).たとえ未開封の市販食用油であってもTGOOHが微量(10~50 nmol/mL)に含まれ(2)2) S. Kato, N. Shimizu, Y. Hanzawa, Y. Otoki, J. Ito, F. Kimura, S. Takekoshi, M. Sakaino, T. Sano, T. Eitsuka et al.: NPJ Sci. Food, 2, 1 (2018).,故に,ヒトは食事を通じてTGOOHを日常的に摂取していると推察される.他方,私たちの体の中にもTGOOHが存在し,こうした体内の過酸化脂質は,心血管疾患などの様々な疾病の発症や進行に深く関わると考えられている(3)3) R. Shrestha, S. P. Hui, Y. Miura, A. Yagi, Y. Takahashi, S. Takeda, H. Fuda & H. Chiba: Clin. Chem. Lab. Med., 53, 1859 (2015)..これらのことから,実生活で摂取し得るレベルのTGOOHが体内へどのように吸収され代謝されるのか(ひいては疾病の発症や進行に関わるのか)に関して,古くから興味が持たれてきた.

図1■TGの酸化によるTGOOHの生成(A)とTGOOH (OO-(HpOME)-TG)異性体の化学構造(酸化機構に応じて構造が異なる)(B)

ここで,これまでにTGOOHの吸収・代謝が調べられた過去の主な研究(動物実験)を紹介したい.KanazawaらやMohrらは,多量にTGOOH(0.6~20 µmol)を含む油脂をラットに投与したものの,腸管やリンパ液などの生体試料から何らTGOOHは検出されなかったと報告している(4, 5)4) K. Kanazawa & H. Ashida: Biochim. Biophys. Acta, 1393, 336 (1998).5) D. Mohr, Y. Umeda, T. G. Redgrave & R. Stocker: Redox Rep., 4, 79 (1999)..また,Suomelaらも,過度に酸化させた油脂を2週間ブタに給餌させても,腸管等からTGOOHは検出されないことを報告している(6)6) J. P. Suomela, M. Ahotupa & H. Kallio: Lipids, 40, 349 (2005)..こうした研究結果から,多量のTGOOHを摂取しても,その殆どが消化管内で分解・還元され,そのままの形では腸管吸収されないのではと考えられるようになった.一方,後述するようにTGOOHには分析上の課題があり,このためTGOOHそのものに焦点をあてた研究ではないが,StapranらやAwらは過度に酸化させた油脂をラットに投与し,リンパ液から酸化された脂質を検出して,摂取された過酸化脂質がそのままの形を保持して腸管から吸収される可能性を推察している(7, 8)7) I. Staprans, J. H. Rapp, X. M. Pan & K. R. Feingold: J. Lipid Res., 37, 420 (1996).8) T. Y. Aw, M. W. Williams & L. Gray: Am. J. Physiol., 262, G99 (1992)..読者の皆様の中には,このようにTGOOHなどの過酸化脂質がそのまま体内に吸収されると思われている方も多いかもしれない.ただ実際は,上述のように,TGOOHの吸収・代謝の議論は続いており,未解明の点が多い.このような状況が続いている理由には,TGOOHを分析することの困難さが挙げられよう.

これまで,TGOOHなどの過酸化脂質の分析には,古くは比色法,その後に高速液体クロマトグラフ(HPLC)-紫外検出法やHPLC-蛍光検出法,HPLC-化学発光検出法,HPLC-質量分析(MS)法などが用いられてきた(4~8)4) K. Kanazawa & H. Ashida: Biochim. Biophys. Acta, 1393, 336 (1998).5) D. Mohr, Y. Umeda, T. G. Redgrave & R. Stocker: Redox Rep., 4, 79 (1999).6) J. P. Suomela, M. Ahotupa & H. Kallio: Lipids, 40, 349 (2005).7) I. Staprans, J. H. Rapp, X. M. Pan & K. R. Feingold: J. Lipid Res., 37, 420 (1996).8) T. Y. Aw, M. W. Williams & L. Gray: Am. J. Physiol., 262, G99 (1992)..これらの分析法の内,HPLC-蛍光検出法やHPLC-化学発光検出法,HPLC-MS法は,過酸化脂質をある程度選択的に感度良く(pmolレベル程度)分析することができる.但し,過酸化脂質の内,とくにTGOOHの場合は,図1A図1■TGの酸化によるTGOOHの生成(A)とTGOOH (OO-(HpOME)-TG)異性体の化学構造(酸化機構に応じて構造が異なる)(B)からわかるように,3種の構成脂肪酸の種類によって様々な分子種が存在し,たとえHPLC-蛍光検出法やHPLC-化学発光検出法,HPLC-MS法を用いても種々のTGOOH分子種を詳細かつ高感度に解析することは容易でない.例えば,オリーブ油を例に挙げると,トリオレオイルグリセロール(OOO-TG)が主要な分子種であり(9)9) Y. Qian, M. Rudzińska, A. Grygier & R. Przybylski: Molecules, 25, 3881 (2020).,このOOO-TGの酸化により12種のTGOOH異性体(OO-(HpOME)-TG)が生じる(図1B図1■TGの酸化によるTGOOHの生成(A)とTGOOH (OO-(HpOME)-TG)異性体の化学構造(酸化機構に応じて構造が異なる)(B)).こうした異性体を厳密に判別し,尚かつ高感度に解析することは,従来の過酸化脂質の分析法ではほぼ不可能であろう.こうした中で筆者らは最近,HPLC-タンデム質量分析(MS/MS)を用いて,その分析時にナトリウムを使用するとTGOOHの各異性体の判別が可能なフラグメントイオンを効率よく生じさせられることを発見し(ナトリウムを使用しない通常の条件では,こうしたフラグメンテーションは生じない),故に非常に高選択的かつ高感度(fmolレベル)なTGOOHの異性体分析法の構築に成功した(2)2) S. Kato, N. Shimizu, Y. Hanzawa, Y. Otoki, J. Ito, F. Kimura, S. Takekoshi, M. Sakaino, T. Sano, T. Eitsuka et al.: NPJ Sci. Food, 2, 1 (2018)..本法の原理の詳細については,参考文献を参照頂きたい(10~12)10) 加藤俊治,仲川清隆:“食用油,保存に気をつけていますか?—油脂酸化の化学”,化学,2019, pp. 30–34.11) 加藤俊治,仲川清隆:“紫外線を浴びたら何を食べる? 酸化ストレスと抗酸化食品”,現代化学,2020, pp. 34–37.12) S. Kato, N. Shimizu, Y. Ogura, Y. Otoki, J. Ito, M. Sakaino, T. Sano, S. Kuwahara, S. Takekoshi, J. Imagi et al.: J. Am. Soc. Mass Spectrom., 32, 2399 (2021)..このようにTGOOHの分析上の課題を解決できたため,本法を活用することで,上述のTGOOHの吸収・代謝に関する議論を決着できるのではと考えた.具体的には,TGOOHとしてOO-(HpOME)-TGを含む試験脂質を調製し,ラットに投与して,リンパ中のOO-(HpOME)-TGをHPLC-MS/MS法により解析することで,TGOOHの吸収・代謝を明らかにしようとした(13, 14)13) T. Takahashi, S. Kato, J. Ito, N. Shimizu, I. S. Parida, M. Itaya-Takahashi, M. Sakaino, J. Imagi, K. Yoshinaga, A. Yoshinaga-Kiriake et al.: Redox Biol., 57, 102471 (2022).14) 東北大学大学院農学研究科研究ハイライト:“食べた酸化脂質の行き着く先は?”,https://www.agri.tohoku.ac.jp/jp/highlights/20220926pr/, 2022..本稿では,これらの結果を概説する.

OO-(HpOME)-TGを含有する試験脂質の調製と解析

市販のOOO-TG標準品やタウロコール酸ナトリウム,ウシ血清アルブミン(脂肪酸無添加)を脱塩水に加え,超音波処理して,OO-(HpOME)-TGを含む試験脂質を調製した.調製法の詳細は,論文を参照頂きたい(13)13) T. Takahashi, S. Kato, J. Ito, N. Shimizu, I. S. Parida, M. Itaya-Takahashi, M. Sakaino, J. Imagi, K. Yoshinaga, A. Yoshinaga-Kiriake et al.: Redox Biol., 57, 102471 (2022)..得られた試験脂質をHPLC-MS/MS法で解析すると,12種全てのOO-(HpOME)-TG異性体を明瞭に検出することができた.図2A図2■OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム(A, 試験脂質;B, 試験脂質を投与前のリンパ液;C, 試験脂質を投与後のリンパ液)のマルチプルリアクションモニタリング(MRM)クロマトグラムを見て頂きたい.例えば,OO-(11-HpOME)-TGに着目すると,E/Z異性体であるOO-(11-Z-HpOME)-TGとOO-(11-E-HpOME)-TG)を判別でき,これらのαβ異性体の分離も可能で,計4本のピークが明瞭に検出されていることがわかると思う.同様に,OO-(8-HpOME)-TGからも4本のピークを検出できた.OO-(10-HpOME)-TGでは,E体であるOO-(10-E-HpOME)-TGのαβ異性体が2本のピークに分離され,OO-(9-HpOME)-TGも2本のピークをあたえた.このように筆者らのHPLC-MS/MS法では,個々の異性体を精密に解析できる(判別できる)ことが大きな特徴のひとつである.

上述のように,OO-(HpOME)-TGを確かに含む試験脂質を得ることができた.そもそも何故,試験脂質にOO-(HpOME)-TGが含まれるのかについては,試験脂質を調製するための原料(市販の未酸化のOOO-TG標準品)にもともとOO-(HpOME)-TGが僅かに含まれることや,原料を超音波処理する際に発生する熱によってOOO-TGが幾分か酸化されたためと考えられる(15)15) Y. Zou, D. Kang, R. Liu, J. Qi, G. Zhou & W. Zhang: Ultrason. Sonochem., 46, 36 (2018)..次いで,調製した試験脂質中のOO-(HpOME)-TGを定量したところ,ラットへ投与する3 mLの試験脂質には32 nmolのOO-(HpOME)-TG(12種の異性体の合計量)が含まれることがわかった.冒頭で述べたように,未開封の市販食用油であってもTGOOHが微量(10~50 nmol/mL)に含まれる(2)2) S. Kato, N. Shimizu, Y. Hanzawa, Y. Otoki, J. Ito, F. Kimura, S. Takekoshi, M. Sakaino, T. Sano, T. Eitsuka et al.: NPJ Sci. Food, 2, 1 (2018)..これと同程度のOO-(HpOME)-TGを含む試験脂質を今回調製することができたと言えよう.故に,本試験脂質を用いて評価を行うことで,実生活レベルのTGOOHの吸収・代謝に関する知見が得られると期待された.

ラットへのTGOOHの投与,その後の吸収・代謝の評価

口から摂取された食品脂質は,胃を経て腸管から吸収され,次いでリンパ液へと移行する.カニュレーション試験では,リンパ液を全量,かつ経時的に回収できるため,TGOOHのような脂質の吸収・代謝を詳しく調べられる(16)16) T. Takahashi, R. Kamiyoshihara, Y. Otoki, J. Ito, S. Kato, T. Suzuki, S. Yamashita, T. Eitsuka, I. Ikeda & K. Nakagawa: Food Funct., 11, 8068 (2020)..故に,この方法を採用し,通常飼育したラットを約16時間絶食させ,胸管リンパカニュレーション手術を施した.上記で調製した試験脂質を投与する前に,リンパ液を2時間回収した.その後,試験脂質をラットの胃内に投与し(投与量は1匹あたり3 mL),投与0~0.5時間後のリンパ液を回収した.引き続き,投与0.5~1時間,1~2時間,2~3時間,3~4時間,4~5時間,5~6時間,6~7時間,7~8時間,8~9時間後のリンパ液をそれぞれ回収した.このようにして得たリンパ液の回収量を積算したところ,本投与試験中にリンパ液は安定した流量であったことを示唆する積算結果が得られた.リンパ液の流量の安定性は,ラットの生理的状態を反映する指標であるため(16, 17)16) T. Takahashi, R. Kamiyoshihara, Y. Otoki, J. Ito, S. Kato, T. Suzuki, S. Yamashita, T. Eitsuka, I. Ikeda & K. Nakagawa: Food Funct., 11, 8068 (2020).17) M. Nishimukai, M. Yamashita, Y. Watanabe, Y. Yamazaki, T. Nezu, R. Maeba & H. Hara: Eur. J. Nutr., 50, 427 (2011).,本試験においては,胸管リンパカニュレーション手術や試験脂質の投与が適切に行われたと判断できた.

はじめに,試験脂質の投与前に回収したリンパ液をHPLC-MS/MS法で解析した(図2B図2■OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム(A, 試験脂質;B, 試験脂質を投与前のリンパ液;C, 試験脂質を投与後のリンパ液)).その結果,いずれのOO-(HpOME)-TG異性体も検出されず,通常(試験脂質投与前)のリンパ液中にOO-(HpOME)-TGは存在しないと考えられた(もしくは,約16時間の絶食中に,カイロミクロンから殆どのOO-(HpOME)-TGが排出されたのかもしれない).次に,試験脂質投与後のリンパ液を分析したところ,OO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGのピークが明瞭に検出された(図2C図2■OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム(A, 試験脂質;B, 試験脂質を投与前のリンパ液;C, 試験脂質を投与後のリンパ液)).このようにTGOOH投与後のリンパ液からTGOOHそのものを検出した報告は,我々が知る限り,本研究が初めてである.こうした結果が得られたのは,やはり用いたHPLC-MS/MS法が非常に高選択的で高感度(fmolレベル)なことが大きいであろう(2, 10~14)2) S. Kato, N. Shimizu, Y. Hanzawa, Y. Otoki, J. Ito, F. Kimura, S. Takekoshi, M. Sakaino, T. Sano, T. Eitsuka et al.: NPJ Sci. Food, 2, 1 (2018).10) 加藤俊治,仲川清隆:“食用油,保存に気をつけていますか?—油脂酸化の化学”,化学,2019, pp. 30–34.11) 加藤俊治,仲川清隆:“紫外線を浴びたら何を食べる? 酸化ストレスと抗酸化食品”,現代化学,2020, pp. 34–37.12) S. Kato, N. Shimizu, Y. Ogura, Y. Otoki, J. Ito, M. Sakaino, T. Sano, S. Kuwahara, S. Takekoshi, J. Imagi et al.: J. Am. Soc. Mass Spectrom., 32, 2399 (2021).13) T. Takahashi, S. Kato, J. Ito, N. Shimizu, I. S. Parida, M. Itaya-Takahashi, M. Sakaino, J. Imagi, K. Yoshinaga, A. Yoshinaga-Kiriake et al.: Redox Biol., 57, 102471 (2022).14) 東北大学大学院農学研究科研究ハイライト:“食べた酸化脂質の行き着く先は?”,https://www.agri.tohoku.ac.jp/jp/highlights/20220926pr/, 2022..また,リンパ液からのTGOOHの抽出も重要なポイントであると考えている.過酸化脂質は抽出時に分解され,十分に回収できない場合もある(18)18) S. Kato, K. Nakagawa, Y. Suzuki, A. Asai, M. Nagao, K. Nagashima, S. Oikawa & T. Miyazawa: Anal. Biochem., 471, 51 (2015)..こうした分解が起きないように,リンパ液からOO-(HpOME)-TGを抽出する際に幾つか工夫を凝らした.紙面の都合上,詳細は論文を参照頂きたいが,筆者らの抽出条件ではリンパ液からOO-(HpOME)-TGを効率良く(80%以上)回収できる(13)13) T. Takahashi, S. Kato, J. Ito, N. Shimizu, I. S. Parida, M. Itaya-Takahashi, M. Sakaino, J. Imagi, K. Yoshinaga, A. Yoshinaga-Kiriake et al.: Redox Biol., 57, 102471 (2022)..このように有用な抽出法や分析法を用いることで,初めてリンパ液からTGOOHそのものを検出できたと考えている.

図2■OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム(A, 試験脂質;B, 試験脂質を投与前のリンパ液;C, 試験脂質を投与後のリンパ液)

図3図3■リンパ液から検出されたOO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGの経時的濃度変化に,リンパ液から検出されたOO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGの経時的な濃度変化を示す.いずれの異性体も投与1~2時間後で最大濃度に到達した.ラットに投与した試験脂質には未酸化のOOO-TGも多く含まれ,このリンパ液中の濃度変化も同様であった.これらの結果から,①ラットに摂取された微量なTGOOHはそのままの形で,TGとともに腸管から吸収され,リンパ液へと移行すると予想された.こうした推論に到達でき,非常に嬉しく感じたことを昨日のようによく覚えている.ただ,時間がたつにつれ,もしかしたら全く別の可能性もあり得るかもしれないと思い始めた.何故なら,TGOOHのような過酸化脂質は胃液等によって分解されやすいと言われ(19)19) J. Terao & N. Fukino: J. Food Lipids, 1, 79 (1993).,一方で摂取された脂質(未酸化の脂質)が消化管で酸化されることを示唆する研究(20)20) J. Kanner & T. Lapidot: Free Radic. Biol. Med., 31, 1388 (2001).もあり,これらを踏まえて考えると②リンパ液から検出されたTGOOHは,試験脂質中の未酸化のTGが吸収時に酸化され,生じたものとも思われる.この際,TGOOH異性体の内,OO-(9-HpOME)-TGとOO-(10-HpOME)-TGを優先的に産生する何らかの機構が存在するのかもしれない.

図3■リンパ液から検出されたOO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGの経時的濃度変化

D2-TGOOHの合成と分析,ラットへの投与,その後の吸収・代謝の評価

上述してきたように,実生活で摂取し得る程度(nmolオーダー)のTGOOHをラットに投与したところ,リンパ液から初めてTGOOHを検出・定量でき,①TGOOHがそのままの形で腸管吸収された可能性,あるいは,②TGOOHとともに試験脂質中に含まれる未酸化のTGが腸管吸収時に酸化されTGOOHとなった可能性が想定された.この解明には,ラットへ投与したTGOOHと,TGの生体内酸化で生じ得るもの,これらを如何にして判別するかが鍵となろう.近年,Yoshinagaらは脂質を簡便に安定同位体(重水素:D2)標識できる方法を報告しており(21)21) K. Yoshinaga, H. Ishikawa, S. Taira, A. Yoshinaga-Kiriake, Y. Usami & N. Gotoh: Anal. Chem., 92, 8685 (2020).,D2標識したTGOOHを調製して活用すれば,上記の判別に繋がると考えた.そこでD2-TGOOHの合成に取り組んだ.

D2-TGOOH,即ちOO-D2-(HpOME)-TGの合成(図4図4■D2-TGOOH (OO-D2-(HpOME)-TG)異性体の化学構造)に向けて,Yoshinagaらの方法(21)21) K. Yoshinaga, H. Ishikawa, S. Taira, A. Yoshinaga-Kiriake, Y. Usami & N. Gotoh: Anal. Chem., 92, 8685 (2020).により,オレイン酸(OA)メチルエステルのD化を試みた.本法は,カルボニル基に隣接するα位水素を塩基によって脱離させ,酸性度の高いアルコールの水素と交換するものであり,重水素化メタノールを用いることでα位にDが2つ結合したD2-OAメチルエステルを効率良く得ることができた.次に,D2-OAメチルエステルをアルカリ加水分解し,D2-OAを得た.そして,D2-OAを酸化してヒドロペルオキシ基を生じさせ,ヒドロペルオキシ基へ2-メトキシプロペン(MxP)を付加させた.ジアシルグリセロール(オレイン酸を二つ有するOO-DG)と反応させてエステル化し,MxPの脱保護を行い,最終的にOO-D2-(HpOME)-TGの個々の異性体をHPLCで分離精製した.ナトリウムを用いたMS/MSで構造を確認(各異性体に特有のプロダクトイオンを検出)し,OO-D2-(HpOME)-TGの12種の異性体の合成を達成した.合成した標準品を用いて,HPLC-MS/MSの分析条件を最適化し,OO-D2-(HpOME)-TGの各異性体の非常に高感度(fmolレベル)な分析を可能とした(図5図5■合成したOO-D2-(HpOME)-TG標準品の各異性体のMRMクロマトグラム).こうしたD2-TGOOHの合成や分析法の詳細は,筆者らの文献を参照頂きたい(13)13) T. Takahashi, S. Kato, J. Ito, N. Shimizu, I. S. Parida, M. Itaya-Takahashi, M. Sakaino, J. Imagi, K. Yoshinaga, A. Yoshinaga-Kiriake et al.: Redox Biol., 57, 102471 (2022).

図4■D2-TGOOH (OO-D2-(HpOME)-TG)異性体の化学構造

図5■合成したOO-D2-(HpOME)-TG標準品の各異性体のMRMクロマトグラム

合成したOO-D2-(HpOME)-TGを用いて,OO-(HpOME)-TGとOO-D2-(HpOME)-TGを共に含む試験脂質を調製し,上述のようにカニュレーション試験を行った.先ずOO-(HpOME)-TGに関しては,試験脂質投与後のリンパ液からOO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGが検出され,いずれの異性体も投与1~2時間後で最大濃度に到達し(図6A図6■OO-(HpOME)-TGとOO-D2-(HpOME)-TGを共に含む試験脂質と,その投与前後のリンパ液の分析(A, OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム;B, OO-D2-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム)),上記の結果(図2, 3図2■OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム(A, 試験脂質;B, 試験脂質を投与前のリンパ液;C, 試験脂質を投与後のリンパ液)図3■リンパ液から検出されたOO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGの経時的濃度変化)を再現する結果が得られた.次に,OO-D2-(HpOME)-TGを分析したところ,リンパ液からOO-D2-(9-HpOME)-TGおよびOO-D2-(10-HpOME)-TGが僅かながら検出された(図6B図6■OO-(HpOME)-TGとOO-D2-(HpOME)-TGを共に含む試験脂質と,その投与前後のリンパ液の分析(A, OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム;B, OO-D2-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム)).但し,これらには,リンパ液から検出されたOO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TGの天然同位体由来(+2)のピークが重複しているため,天然同位体を差し引いてOO-D2-(HpOME)-TGを定量する必要がある.計算の結果,いずれの異性体も定量下限(1~10 fmol)を下回っており,TGOOHはそのままの形では腸管吸収されないと判断された.即ち,上述の2つの可能性の内,はじめに予想した①ではなく,②リンパ液において検出されたTGOOHは,生体内でTGが酸化されて生じたものであると推察された.②の確証を得るため,他のTGOOH分子種も分析した.その結果,試験脂質を投与したリンパ液から,試験脂質中には含まれないジオレオイル-リノレオイルTG(OOL-TG)の酸化物(OO-(HpODE)-TG)が検出され,このことからも②(生体内でのTGの酸化)は明白と考えられた.

図6■OO-(HpOME)-TGとOO-D2-(HpOME)-TGを共に含む試験脂質と,その投与前後のリンパ液の分析(A, OO-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム;B, OO-D2-(HpOME)-TG異性体のMRMクロマトグラム)

最後に,なぜTGが生体内で酸化されるのかを考察していきたい.一般に,脂質は,一重項酸素(1O2)やラジカル等によって酸化されることが知られている(図1B図1■TGの酸化によるTGOOHの生成(A)とTGOOH (OO-(HpOME)-TG)異性体の化学構造(酸化機構に応じて構造が異なる)(B)(10, 11)10) 加藤俊治,仲川清隆:“食用油,保存に気をつけていますか?—油脂酸化の化学”,化学,2019, pp. 30–34.11) 加藤俊治,仲川清隆:“紫外線を浴びたら何を食べる? 酸化ストレスと抗酸化食品”,現代化学,2020, pp. 34–37..実は,非常に興味深いことに,リンパ液から検出されたTGOOH異性体(OO-(9-HpOME)-TGおよびOO-(10-HpOME)-TG)は,専ら1O2酸化で生じる異性体であった.このことが,TGの生体内酸化の機構を紐解く鍵になると考えている.即ち,幾つかの報告(ラットなどの実験動物へ過酸化脂質を与えると消化管の炎症が惹起されること(22)22) M. Rohr, C. A. Narasimhulu, E. Keewan, S. Hamid & S. Parthasarathy: Food Funct., 11, 9526 (2020).,同様の炎症が,肥満モデルで見られるように未酸化の脂質の摂取でも起きること(23)23) A. R. Basson, C. Chen, F. Sagl, A. Trotter, I. Bederman, A. Gomez-Nguyen, M. S. Sundrud, S. Ilic, F. Cominelli & A. Rodriguez-Palacios: Front. Immunol., 11, 604989 (2020).,そうした炎症時の腸粘膜では,1O2を産生する好中球の浸潤が観察されること(24, 25)24) B. Sottero, D. Rossin, G. Poli & F. Biasi: Curr. Med. Chem., 25, 1311 (2018).25) Y. Nishinaka, T. Arai, S. Adachi, A. Takaori-Kondo & K. Yamashita: Biochem. Biophys. Res. Commun., 413, 75 (2011).)も踏まえて考えると,恐らく,本研究の試験脂質に含まれていた微量なTGOOH,あるいは多量のTGによって,ラットの腸管へ炎症的な影響が少なからず表れたのかもしれない.つまり,リンパ液中で見られたTGOOHは,試験脂質(TGOOHやTG)の摂取に伴い,腸粘膜に好中球が浸潤し,生じた1O2によりTGが酸化され,その結果生じたものではないかと筆者らは予想している.ここで誤解しないで頂きたいのは,本結果から「TGOOHやTGのような食事が消化管で酸化を惹起する=悪い」と単に考えている訳では決してない.生体防御的な意味合いや,もしかしたら食事が腸管で酸化を介してシグナル的に働く(腸→脳シグナル等)といったポジティブな側面をも予想している.

おわりに

上述のように,あくまでラットの実験結果ではあるが,冒頭の古くからの興味「実生活で摂取し得るレベルのTGOOHが体内へどのように吸収され代謝されるのか」に対する答えは,筆者らの当初予想の①(TGOOHがそのままの形で腸管吸収される?)ではなく,意外にも②(生体内でTGが酸化されTGOOHとなる)と言って良いと思う.こうしたお話をさせて頂くと,ややもすると,疾病と結びつけられがちである.但し,我々が食品から摂取するTGOOHは微量であることに留意したい.本研究でラットのリンパ液から検出されたTGOOHも少量であったことから,こうしたTGOOHが疾病の発症や進行にどの程度関わっているのか(そもそも,本当に関わっているのか)は,やはり更なる研究が必要であろう.そして筆者らとしては,上述の腸→脳シグナルのような,ある意味,未知なる食の力に繋がり得るポジティブな側面も信じつつ,分析法を駆使しながら,過酸化脂質の吸収・代謝とその影響に関する研究を今後もさらに進めていきたいと考えている.

Acknowledgments

謝辞:過酸化脂質の吸収・代謝研究では,J-オイルミルズ油脂イノベーション共同研究講座の皆様と適宜ディスカッションをしつつ研究を進めていきました.共同研究講座の皆様に感謝いたします.

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