セミナー室

イネのケイ酸吸収・蓄積の分子メカニズム
吸収から葉への沈積まで

Namiki Mitani-Ueno

三谷 奈見季

岡山大学資源植物科学研究所

Published: 2024-01-01

はじめに

ケイ素(Si)は我々の生活においてたいへん身近な元素の1つで,身の回りにあふれている.例えばガラスや陶磁器,シリカセメントや乾燥剤などはケイ素を主成分とし,半導体素子や液晶ディスプレイなどもケイ素を含む.また添加剤として,化粧品や医薬品などにも幅広く利用されている.自然界に目を向けると,ケイ素は地殻中に酸素に次いで2番目に多く存在し約28%を占める.地殻中のケイ素は主に二酸化ケイ素およびアルミや鉄と結びついたケイ酸塩として存在し,それらケイ素化合物は土壌の約7割を占める.土はケイ素化合物でできているといっても過言ではない.

土壌中に豊富であることから,土に根を張る植物は多かれ少なかれケイ素を含む.しかしその集積量は植物の種類によって大きく異なる(1, 2)1) M. J. Hodson, P. J. White, A. Maed & M. R. Broadley: Ann. Bot., 96, 1027 (2005).2) J. F. Ma & E. Takahashi: “Soil, Fertilizer, & Plant Silicon Research in Japan.” Elsevier, 2002..ケイ素は植物の必須元素として認められていない.それは必須元素の条件である植物の代謝経路への関与が知られておらず,人為的にケイ素を除いた栽培条件においても植物は生活環を全うできることによる.また飽和濃度は常温で約2 mMと低く,多量に施与したとしても毒性や過剰害は生じないとされてきた.このような特徴から,これまで栄養素としてあまり注目されてこなかった.しかしケイ素は多くの植物において生育を促進する効果があることが報告されている(3)3) J. F. Ma & N. Yamaji: Trends Plant Sci., 11, 392 (2006)..植物におけるケイ素の有益効果の特徴は,複合ストレスを軽減できることにある(3)3) J. F. Ma & N. Yamaji: Trends Plant Sci., 11, 392 (2006)..例えばイネのいもち病やキュウリやオオムギ,コムギのうどんこ病に効果が認められており,イネの乾燥ストレス耐性の向上や倒伏を軽減する効果も報告されている.さらにマンガンやリン酸など養分の不均衡を矯正し,金属毒性を軽減することもできるとされる.これら有益効果の多くはケイ素が地上部へ集積することによって発揮される(4)4) J. F. Ma: Soil Sci. Plant Nutr., 50, 11 (2004)..ケイ素集積植物であるイネは葉の表面にシリカクチクラ二重層やケイ化機動細胞など,ケイ素を特異的に沈積する層/細胞を形成することがよく知られている.この沈積したケイ素が物理的な障壁となり,植物を様々なストレスから守る役割を果たす.よってケイ素の蓄積量が多ければ多いほどケイ素の有益効果も大きくなる.一方で沈積したケイ素だけでなく,植物体内にある「可溶性のケイ酸」が,抗菌性物質の生産を高め耐病性に寄与するとの報告もなされている(5, 6)5) F. A. Rodrigues, D. J. McNally, L. E. Datnoff, J. B. Jones, C. Labbé, N. Benhamou, J. D. Menzies & R. R. Bélanger: Phytopathology, 94, 177 (2004).6) A. Fawe, M. Abou-Zaid, J. G. Menzies & R. R. Bélanger: Phytopathology, 88, 396 (1998)..このような多岐にわたる有益効果が様々な種類の植物で報告されていることから,ケイ素は現在では植物の「有用元素」と位置づけられ,日本をはじめいくつかの国では農業現場で肥料として利用されている.本稿ではこれまでに明らかになってきたケイ素の吸収から蓄積に至るまでの各過程における分子メカニズムをケイ素集積植物であるイネに着目して解説する.特に,筆者らが最近明らかにしたイネの「ケイ素の沈積」に関わる輸送体についての新たな知見を紹介し,ケイ素の特定細胞への沈積の重要性についても考察する.

根からの吸収

イネは代表的なケイ素集積植物でありその地上部には多量必須元素である窒素やリン,カリウムより何倍も多くケイ素を集積する.土壌溶液中にケイ素は,電荷をもたないケイ酸Si(OH)4の形態として0.1~0.6 mM程度存在し,根を介して植物体内へと吸収される.イネの高いケイ素集積性は根からの高いケイ酸吸収能力に起因するとされ,これまでにその高吸収性を説明するいくつかの知見が得られている.2006年にイネから同定されたLsi1は,陸上植物で初めてのケイ酸を運ぶ輸送体タンパク質(ケイ酸トランスポーター)である(7)7) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006)..Lsi1は水チャネルであるアクアポリンのサブファミリーの一つNodulin26-like intrinsic protein(NIP)サブファミリーに属する.Lsi1は根の内皮細胞と外皮細胞の遠心側に局在する(7)7) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006)..このような輸送体の極性をもった分布(偏在)は当時ミネラルの輸送体では初めての報告であった.最近の研究によってLsi1の遠心側への極性局在がイネのケイ酸高吸収性に重要であることが示された(8)8) N. Konishi, N. Mitani-Ueno, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Cell, 35, 2232 (2023)..アフリカツメガエル卵母細胞を用いた輸送活性の検定によって,Lsi1は流入と排出双方向の輸送活性を持つことが示され,その輸送は濃度勾配に従った受動輸送である.2007年に報告されたLsi2はLsi1とは類似性のないケイ酸トランスポーターである(9)9) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, K. Tamai, S. Konishi, T. Fujiwara, M. Katsuhara & M. Yano: Nature, 448, 209 (2007)..Lsi1同様に根の内皮細胞と外皮細胞に局在するが,Lsi1が遠心側に局在するのに対してLsi2は向心側(内側)に局在する.アフリカツメガエル卵母細胞を用いた輸送活性の検定によるとLsi2は排出方向の輸送活性のみ示した.

ケイ酸輸送体Lsi1, Lsi2の輸送特性とその配置および偏在性はイネの根の形態と非常にうまく対応している.イネの根には形態的に大きな特徴がある.1つは他の多くの植物とは異なり,内皮と外皮に二層のカスパリー線が存在すること(10)10) D. E. Enstone, C. A. Peterson & F. Ma: J. Plant Growth Regul., 21, 335 (2003).,二つ目はイネの根の皮層細胞の大半は湛水条件下において崩壊し通気組織となっていることである.通気組織は死細胞であり,ここでは細胞間連絡を介した輸送は不可能である.ケイ酸の流れを順を追って説明する.まず土壌溶液中のケイ酸はLsi1によって外皮細胞の細胞内へと取り込まれ,Lsi2によって外皮細胞から中心柱側へ向かって排出されることによって,外皮のカスパリー線を通過する.アポプラスト領域を通って内皮細胞まで進んだケイ酸は,内皮細胞遠心側のLsi1によって細胞内へと取り込まれ,Lsi2により内皮細胞より内側の細胞外へと排出される.これによって内皮に発達したカスパリー線も通過することできる.Lsi1が濃度依存的な輸送をするのに対して,Lsi2はエネルギーを利用し濃度勾配に逆らった輸送をするという輸送特性がある.Lsi1とLsi2が同じ細胞に偏在し,Lsi2が積極的に導管側へとケイ酸を排出することによって,細胞内のケイ酸濃度を低下させ,濃度依存的に働くLsi1がその機能を発揮できていると考えられる.さらにLsi1, Lsi2はケイ酸処理条件下でそのmRNA量が同調して変化する(11)11) N. Yamaji & J. F. Ma: Soil Sci. Plant Nutr., 57, 259 (2011)..また根において,その空間的発現パターンも酷似し,根のカスパリー線の発達ともよくリンクしている(12)12) N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Physiol., 143, 1306 (2007)..このように根で働く二つのケイ酸輸送体Lsi1, Lsi2の協調した働きによってイネは非常に効率良くケイ酸を吸収できており,そのため導管液中のケイ酸濃度は外液と比較して十倍から数十倍も高くなる.このようなLsi1–Lsi2の配置と輸送特性および根の形態的特徴はイネのケイ酸吸収において最も効率的であることは数理モデルによっても証明されている(13)13) G. Sakurai, A. Satake, N. Yamaji, N. Mitani-Ueno, M. Yokozawa, F. Feugier & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 56, 631 (2015).

イネの根では吸収に関与するケイ酸輸送体がもう一つ報告されている.それが,Lsi6である(14)14) N. Yamaji, N. Mitatni & J. F. Ma: Plant Cell, 20, 1381 (2008)..Lsi6はLsi1相同遺伝子で,Lsi1とアミノ酸レベルで80%以上の高い相同性を持つ.アフリカツメガエル卵母細胞を用いた輸送活性の検定によると,ケイ酸を双方向に輸送する活性を持つ.Lsi6はイネの根と地上部の両方で発現し,地上部においてはケイ酸の導管からの積み降ろしや節でのケイ酸の適切な分配に寄与している(後述).一方根においてはLsi1やLsi2が発現していない根端において高発現しており,lsi6変異体では,根端の細胞質液中のケイ酸が低下したことから,根端からのケイ酸の吸収に働いていると考えられる(14)14) N. Yamaji, N. Mitatni & J. F. Ma: Plant Cell, 20, 1381 (2008)..根の先端ではカスパリー線の発達は見られないことからLsi6によって細胞内へと取り込まれたケイ酸は中心柱まで細胞間連絡を介して進むことが可能である.しかし根端は導管が未発達であるため,Lsi6の個体レベルのケイ素吸収への寄与は大きくないと考える.

導管へのローディング

昨年,新たなケイ酸輸送体Lsi3が報告された(15)15) S. Huang, N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno, N. Konishi & J. F. Ma: New Phytol., 234, 197 (2022)..Lsi3はLsi2相同遺伝子で,アフリカツメガエル卵母細胞を用いた輸送活性の検定においてはLsi2同様に排出方向の輸送活性が見られた.Lsi3は後述のように節では柔組織に局在し,ケイ酸の穂への優先的分配に働いているが,根においては内鞘細胞に局在している.lsi3変異体では短期のケイ酸吸収量が減少し,導管液中のケイ酸濃度も野生型と比較して低下したことからLsi3はケイ酸の導管へのローディングを担っているとされた.また数理モデルを用いた解析によって特に低濃度域で導管へのケイ酸のローディングに重要であることが示され,その貢献度は約20%であると計算された(15)15) S. Huang, N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno, N. Konishi & J. F. Ma: New Phytol., 234, 197 (2022)..Lsi1, Lsi2, Lsi3, Lsi6以上4つの輸送体によって土壌溶液中のケイ酸は土壌溶液中から導管へと効率よく運ばれる.導管中でもケイ素はケイ酸の形で存在し,蒸散の流れにのって地上部へと輸送される(16)16) N. Mitani, J. F. Ma & T. Iwashita: Plant Cell Physiol., 46, 279 (2005).

節での分配

吸収されたケイ酸の約9割は導管を介して地上部へと運ばれ,その後「節」を介して地上部の適切な器官へと分配される.イネ科植物の節には,他の植物種と異なり,著しく発達した維管束が備わる(17)17) N. Yamaji & J. F. Ma: Trends Plant Sci., 19, 556 (2014)..その最も重要な役割は根からの養分などを葉や穂へ分配することである(17)17) N. Yamaji & J. F. Ma: Trends Plant Sci., 19, 556 (2014)..この節で働くミネラルの分配を担う輸送体として初めての報告がケイ酸の輸送体Lsi6である(18)18) N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Cell, 21, 2878 (2009)..Lsi6は根と地上部の両方で発現しており,先に述べたように根では根端からのケイ酸吸収に関与しているとされるが,地上部,特に節においてはケイ酸を適切に分配する役目を担っている.Lsi6に加えLsi2, Lsi3もそれぞれ節でのケイ酸の分配に関わることが後の研究によって明らかになった(19)19) N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno & J. F. Ma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 11401 (2015)..Lsi6は肥大維管束の木部転送細胞の導管側に,Lsi2は隣接する維管束鞘細胞の分散維管束側に,そしてLsi3は肥大維管束と分散維管束の間の柔組織に局在する(19)19) N. Yamaji, G. Sakurai, N. Mitani-Ueno & J. F. Ma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 11401 (2015)..Lsi6, Lsi2は極性局在するのに対して,Lsi3は極性を持たない.Lsi6, Lsi2, Lsi3の節での局在と偏在性,輸送特性から節におけるケイ酸の輸送は次のように考えられる.まず導管を通って節まで運ばれてきたケイ酸は,木部転送細胞の導管側に局在するLsi6の働きによって導管から木部転送細胞内へと取り込まれ,その後細胞内を移動し維管束鞘細胞で極性局在するLsi2の働きによって分散維管束側の細胞外へと排出される.Lsi3はLsi2で細胞外へと排出されず細胞間連絡を介して柔組織まで運ばれたケイ酸を分散維管束の木部側へと排出する.第I節(一番上の節)の分散維管束は穂へとつながることから,これらの一連の輸送でケイ酸を優先的に穂(もみ)へと分配させることができる.節における各輸送体の配置等については文献(20)20) 三谷奈見季,馬 建鋒:日本土壌肥料学会誌,92, 160 (2021).も参考にされたい.ケイ素のもみへの高集積は過蒸散を抑制したり,病原菌の感染を防いだり,イネの実りを大きく左右することから(3)3) J. F. Ma & N. Yamaji: Trends Plant Sci., 11, 392 (2006).,Lsi6, Lsi2, Lsi3の節での働きは農業上たいへん重要であるといえる.

導管からのアンローディング

根を介して吸収されたケイ酸は導管を通って地上部へ運ばれる.その化学的な性質からケイ素は生理的pHでは約2 mMを超えると重合する.しかし導管中のケイ酸は10 mM以上と飽和濃度を超える高濃度であるにもかかわらず,単分子のケイ酸Si(OH)4の形態で存在している(16)16) N. Mitani, J. F. Ma & T. Iwashita: Plant Cell Physiol., 46, 279 (2005)..これは導管中の流速の速さに起因した一過性のものであると考えられ,その証拠に採集した導管液を室温に静置するとすぐに重合し始め,最終的には2 mM程度になる.ケイ酸は葉に到達すると,葉身や葉鞘の維管束内の木部柔組織の導管側に極性局在するLsi6によって,細胞内へと取り込まれる(14)14) N. Yamaji, N. Mitatni & J. F. Ma: Plant Cell, 20, 1381 (2008)..Lsi6は葉においては導管からの積み下ろしを担っている.導管中のケイ酸濃度は非常に高濃度であることから,濃度勾配に沿った輸送を行うLsi6が働き,ケイ酸を導管から葉の木部柔細胞内へと運びこむことが可能となる.細胞内へと取り込まれたケイ酸は細胞内を通り,葉肉細胞から表皮細胞へと運ばれ,細胞外へと排出される.そして最終的には機動細胞やクチクラ層の下にシリカSiO2として沈積する.この沈積に関与する排出型のケイ酸輸送体については,その存在は示唆されていたもののこれまで長い間未知であった.

ケイ素の沈積

地上部において導管からアンローディングしたあとのケイ酸の挙動に関しては,先述のようにLsi6がチャネル型輸送体であることをふまえると,木部柔組織内のケイ酸濃度が導管より常に低く維持されている必要がある.加えて,ケイ酸が沈積する器官はクチクラーシリカ二重層のような細胞外(アポプラスト)であることからも排出型輸送体の存在が示唆された.筆者らは最近このケイ素の沈積に関わる輸送体SIET4を同定した(21)21) N. Mitani-Ueno, N. Yamaji, S. Huang, Y. Yoshioka, T. Miyaji & J. F. Ma: Nat. Commun., 14, 6522 (2023)..SIET4(Silicon efflux transporter 4)はケイ酸輸送体Lsi2(SIET1)の相同遺伝子であり,アミノ酸レベルで約47%の相同性がある(図1図1■SIET4の系統樹).

図1■SIET4の系統樹

イネとシロイヌナズナの相同遺伝子を表す.

SIET4はイネの葉身と葉鞘の表皮細胞と,葉身のケイ化機動細胞の両隣の細胞に極性を持って偏在する.またプロテオリポソームを用いた輸送活性の検定において,プロトンの濃度勾配を利用したケイ酸の排出活性を持つことが示された.ゲノム編集によってSIET4の機能欠損変異体siet4を作出したところ,短期間のケイ酸の吸収量や導管液中のケイ酸濃度,地上部のケイ素濃度に,野生型と差はなかったものの,葉身におけるケイ素の蓄積パターンに大きな違いが見られた.Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry(LA-ICP-MS)を用い,蓄積パターンを比較した結果,野生型のイネにおいてはこれまでの報告の通り,ケイ素は葉の表面のアポプラストとケイ化機動細胞に沈積していたが,葉肉組織にはほとんど沈積が見られなかった.一方でsiet4変異体においては表皮細胞の外側に沈積するケイ素が減少し,葉肉細胞に沈積するケイ素が増加していた.これらの結果から,SIET4が葉においてケイ素の機動細胞への集積や表皮細胞の外側への沈積を担っていることが示唆された(図2図2■SIET4の葉における局在).

図2■SIET4の葉における局在

Lsi6で導管から積み下ろされたケイ酸を表皮細胞の外側やケイ化機動細胞に沈積させる役割を担うと考えられる.

このsiet4変異体に関して非常に興味深い観察結果が得られた.siet4は土耕栽培すると著しくその生育が抑制され,最終的に種子が得られなかった(図3図3■土耕栽培で収穫期まで育てたsiet4変異体).この土耕栽培時における著しい生育抑制が,土壌中のケイ素によるものか検討するため,水耕栽培条件下でケイ酸添加および無添加で栽培したところ,ケイ酸無添加の栽培条件では野生株とsiet4変異体間の生育に差は見られなかったが,1 mMのケイ酸を添加した処理区においては,土耕栽培時と同様に顕著な生育抑制が見られた.これまでケイ素は土壌ミネラルの中で唯一過剰害の出ない元素だとされてきたが,siet4変異体に見られる生育阻害/抑制は,ケイ素による過剰害を示した最初の報告である.さらに観察すると生育抑制の過程で見られる症状は様々で,葉に現れる黄白色のかすれたような模様が最初に出現し,新葉の先端の枯死,葉身の黄化,葉身の縮れなど,様々な症状が様々な生育段階で出現した.

図3■土耕栽培で収穫期まで育てたsiet4変異体

なぜsiet4変異体では,ケイ素によって生育障害が生じるのか.siet4変異体を用いたトランスクリプトーム解析によると,siet4変異体では,わずか24時間のケイ素処理で野生株には見られない種々のストレス応答関連遺伝子が強く誘導されていた(21)21) N. Mitani-Ueno, N. Yamaji, S. Huang, Y. Yoshioka, T. Miyaji & J. F. Ma: Nat. Commun., 14, 6522 (2023)..ケイ素の葉肉細胞への異所的な沈積が葉におけるストレス応答をかき乱し,その結果最終的に生育が抑制されることが示唆された.このことはつまり,ケイ素自体がストレス応答に関わっていることを間接的に意味している.しかし,ストレス応答のどのステップで具体的にどうケイ素が関わっているかについては未だ明らかではない.

今後の展望

イネのLsi1とLsi2が同じ細胞に偏在することが示されてから,ケイ酸輸送体のみならずマンガンやホウ酸など他のいくつかのミネラル輸送体においても極性局在が報告されている(22~25)22) A. Sasaki, N. Yamaji, K. Yokosho & J. F. Ma: Plant Cell, 24, 2155 (2012).23) D. Ueno, A. Sasaki, N. Yamaji, T. Miyaji, Y. Fujii, Y. Takemoto, S. Moriyama, J. Che, Y. Moriyama, K. Iwasaki et al.: Nat. Plants, 1, 15170 (2015).24) J. Takano, M. Wada, U. Ludewig, G. Schaaf, N. von Wirén & T. Fujiwara: Plant Cell, 18, 1498 (2006).25) J. Takano, K. Noguchi, M. Yasumori, M. Kobayashi, Z. Gajdos, K. Miwa, H. Hayashi, T. Yoneyama & T. Fujiwara: Nature, 420, 337 (2002)..シロイヌナズナのホウ素輸送体NIP5;1は遠心側に極性を持って局在するが,その偏在メカニズムに関してはN末端領域に保存されたTPGリピートのチロシン残基のリン酸化が,極性局在に関わると報告されている(26)26) S. Wang, A. Yoshinari, T. Shimada, I. Hara-Nishimura, N. Mitani-Ueno, J. F. Ma, S. Naito & J. Takano: Plant Cell, 29, 824 (2016)..さらに最近,イネのLsi1の偏在メカニズムに関して新たな知見が報告された(8)8) N. Konishi, N. Mitani-Ueno, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Cell, 35, 2232 (2023)..それによるとN末端およびC末端細胞質領域のIle18, Ile285およびC末端領域の正電荷を帯びたアミノ酸残基がLsi1の極性局在に重要とされる.さらに,これらのアミノ酸に変異を導入することによって極性を失ったLsi1を導入したイネはケイ酸の吸収が低かったことから,Lsi1が極性局在することの重要性が示された(8)8) N. Konishi, N. Mitani-Ueno, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Cell, 35, 2232 (2023)..最近の研究によって輸送体の偏在の分子メカニズムは徐々に明らかにされてきているが,これは複雑な偏在メカニズムの一端であると考えられる.輸送体の偏在は効率的な吸収には不可欠である.偏在メカニズムの解明はケイ酸の輸送だけでなく,すべての養分の効率的な吸収にかかわる重要なファクターであり,今後は極性局在に必要な相互作用因子の同定など,さらなる分子メカニズムの解明が期待される.

偏在と並んで解明が期待されるのが,ケイ酸輸送体の制御メカニズムの解明である.ケイ酸輸送体は転写レベルでその発現が制御されている(7, 9)7) J. F. Ma, K. Tamai, N. Yamaji, N. Mitani, S. Konishi, M. Katsuhara, M. Ishiguro, Y. Murata & M. Yano: Nature, 440, 688 (2006).9) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, K. Tamai, S. Konishi, T. Fujiwara, M. Katsuhara & M. Yano: Nature, 448, 209 (2007)..さらにその発現レベルは地上部のケイ素集積量に応じて調節されていることが報告されている(27)27) N. Mitani-Ueno, N. Yamaji & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 57, 2510 (2016)..地上部からのケイ素集積を知らせるシグナルの存在が示唆されてはいるが,その実態は明らかになっていない.さらにはイネがどのようにしてケイ素を感知しているかについても未解明である.

ケイ酸輸送体として単離したLsi1は,ケイ酸以外に亜ヒ酸や亜セレン酸,水,ホウ酸,尿素なども透過する(28~30)28) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, X. Y. Xu, Y. H. Su, S. McGrath & F. J. Zhao: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 9931 (2008).29) X. Q. Zhao, N. Mitani, N. Yamaji, R. F. Shen & J. F. Ma: Plant Physiol., 153, 1871 (2009).30) N. Mitani, N. Yamaji & J. F. Ma: Pflugers Arch., 456, 679 (2008)..特にヒ素に関しては,日本においてヒトが摂取する無機態ヒ素の6割以上が穀物に由来し,その97%がコメに起因すると報告されている.イネは根で高発現するケイ酸輸送体Lsi1とLsi2によって亜ヒ酸を吸収しているとされる(28)28) J. F. Ma, N. Yamaji, N. Mitani, X. Y. Xu, Y. H. Su, S. McGrath & F. J. Zhao: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 9931 (2008)..結晶構造解析によって,Lsi1タンパク質の立体構造が高解像度で解かれ,ケイ酸透過の分子機構が明らかになった(31)31) Y. Saitoh, N. Mitani-Ueno, K. Saito, K. Matsuki, S. Huang, L. Yang, N. Yamaji, H. Ishikita, R. F. Shen, J. F. Ma et al.: Nat. Commun., 12, 6236 (2021)..今後はこの立体構造に基づいてLsi1タンパク質を改変し,イネの生育に必要なケイ酸のみを通過させ,不要で有害な亜ヒ酸は通過させないようなLsi1タンパク質の作出が求められる.

先述のようにsiet4破壊株では,24時間のケイ素処理でストレス応答関連遺伝子の発現が強く誘導されていた.破壊株の結果から,ケイ素の葉肉細胞への異所的な沈積が異常なストレス応答を誘導することが示された.しかし,ケイ素がストレス応答とどのように関わっているのか,言い換えればストレスを緩和するケイ素の有益効果と厳密に制御されたケイ素の蓄積,これらとストレス応答がどう結びつくのか今後の進展が期待される.

Reference

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