巻頭言

国は違えど悩みは同じ
必然としての多様性

Tomoko Matsui

松井 知子

ノボザイムズ ジャパン株式会社

Published: 2024-02-01

弊社は,北欧デンマークを拠点とする産業用酵素・微生物を扱うバイオ企業である.北欧というと男女平等のイメージが強いが,そんなデンマークでも科学分野での女性の少なさが問題となっている.デンマークでの理系アカデミアにいる女性への調査資料(1)1) PlanBørnefonden: https://planbornefonden.dk/pigedagen/をいただく機会を得たので簡単に紹介したい.

「上司の研究者は自分に似たプロフィールの人材を採用しがち.女性研究者は自己低評価に苦しみがち.キャリアプランも自己アピールも難しい.雑用が多く生活とキャリアの両立が難しい」などの言葉があがっている.まさに国変われど悩みは同じ.研究生活での生きづらさを感じている調査結果だ.この調査では具体的な提案も同時に行っている.「自己肯定感向上のためのメンターシップ,指導教官による戦略的なキャリアプラン指導,公平な機会の提供と仕事分担と評価,多様な視点で彼らの成長と小さな成功の積み重ねを支え続ける姿勢が重要.育児休暇中や後の支援を確実にする」などである.特に,上司や大学マネージメント側の強力な理解と支援の重要性が指摘されているのが目を引いた.支援といっても,DE&I(Diversity, Equity and Inclusion)という言葉が示すように,今までの平等に同じものを用意するという考え方ではなく,Equity(公平)という考え方で,それぞれの人に対して必要な支援を工夫して行っていくことが重要である.が,言うは易しである.だから結局何をすればいいのか.女性活用は女性だけの問題ではなく,女性自身に植え付けられた意識の問題も含み,社会の複合的な要素が絡み合っているこの現状,何をするのが正解なのか.でも,微生物世界においても,遺伝的多様性の高い集団のほうが,閉鎖的な画一的な集団より環境変化に適応でき生き延びられるとの報告(2)2) M. Kardos, E. E. Armstrong, S. W. Fitzpatrick, S. Hauser, P. W. Hedrick, J. M. Miller, D. A. Tallmon & W. C. Funk: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2104642118 (2021).や,経営陣に男女の多様性が高い企業ほど,業績が向上する可能性が高いという報告もある.

これらの数字を信じ,「多様性というのは必然で,多様性のない集団は滅びかねない」という危機意識をまずは全員が共通に根底に持つことが必須ではないかと.女性活躍担当大臣を作って女性を据えればよい,女性大学理事の数を増やせばよいというだけのものでもない.根底に多様性の必然の本当の理解と意識なくしては根付かない.

また,この多様性というのは性別だけではないであろう.なぜなら,女性の生きやすい場所は男性も生きやすい.研究者全体の減少の課題にもつながる気もする.日本の研究環境が持続可能でないという指摘がNature誌に載せられた.ただでさえ自分の研究内外の仕事で忙しい研究者が,後進の世話まで手も気も回るわけもない.人口減少を見据え,既存の制度を見直し取捨選択し,様々な雑用を減らすということも必要だろう.研究の場が産みの苦しみに集中できる,大変だけれど魅力的な場所であり続けてほしい.

弊社の話であるが,多様性を増やすという会社の目標があるのだが,合併後の新会社の経営トップが発表された時,白人系男性ばかりで社員から早速クレームがついた.どう改善されていくのかどうか楽しみである.また,各部門で,毎年職務レベルで女性比率を調査し女性幹部候補が確保できているかどうかを話し合っているが,ここでもそのパイプラインを埋めることの難しさに直面しており,どうしたら増やせるのか毎回議論になる.まずは候補となる女性研究者を増やすことから始め,できる限り彼らを支援しInclusion(包括)していこうという所で議論はとりあえず終わる.次の一手が弊社研究部門も欲しい.

最後に,外資系企業というかなりマイノリティな立場の私のつぶやきを載せる場を与えてくれる農芸化学会の懐の広さに感謝し,様々な人々が共に学びさらに発展する場となることを切に願っています.

Reference

1) PlanBørnefonden: https://planbornefonden.dk/pigedagen/

2) M. Kardos, E. E. Armstrong, S. W. Fitzpatrick, S. Hauser, P. W. Hedrick, J. M. Miller, D. A. Tallmon & W. C. Funk: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2104642118 (2021).