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ゲノム転写制御ネットワーク解析から明らかになる微生物の仕組み
転写因子から理解する微生物機能のネットワーク

Tomohiro Shimada

島田 友裕

明治大学農学部

Published: 2023-02-01

生物の仕組みは巧みである.生物系の研究者は,誰もが感じていることであろう.筆者はゲノム転写制御ネットワークの解析を通じて,日々実感している.

転写因子はエフェクターとの結合や化学的修飾によりDNA結合能が変化し,転写を制御するタンパク質である.つまり,転写因子のリガンドや標的遺伝子を同定することは,その転写因子を持つ生物が,何を感知してどの遺伝子(群)を利用することで環境変化に適応しているか,といった生物の仕組みを理解することにつながる.

ひと昔前の転写因子の制御の解析の流れは,先ず標的遺伝子の機能が同定され,次いでその制御因子として転写因子の存在と制御機構が同定される,「遺伝子→転写因子」の流れであった.ポストゲノム時代に入ると,その生物を構成する全遺伝子と全転写因子の総数が明らかとなった.ゲノム情報が扱えるようになったことにより,新たに「転写因子→ゲノム」の解析の流れが生まれた.解析手法としては当初は,トランスクリプトーム解析が主流であったが,これだけでは転写因子の直接的な制御と間接的な影響を区別することができず,本質に辿り着くことはできない.少し経ち,転写因子が直接的に相互作用するゲノム上の標的配列を網羅的に同定することができる手法であるChIP(Chromatin ImmunoPrecipitation)法やSELEX(Systematic Evolution of Ligands by EXponential enrichment)法が普及し始めた.これにより,転写因子の直接的な全制御標的遺伝子群,すなわちゲノム制御ネットワークを同定することが可能となった.そして,制御標的遺伝子の発現レベルや,制御標的遺伝子の機能が関与する表現型に与える転写因子の影響を実証することにより,転写因子の機能や役割を同定することができる.ChIP法は細胞内の動態を理解する上で強力な手法である一方で,解析対象の転写因子の細胞内における活性や発現の条件が理解されていること,また,細胞内では他のDNA結合タンパク質と拮抗することにより標的を見落としてしまうこと,などの問題点が含まれている.SELEX法は試験管内で精製した転写因子と合成したランダムDNA配列を混合し,複合体を形成したDNAの解析からコンセンサス配列を同定する手法であるが,ゲノム上には類似配列が多数存在するため,その真贋を見極めることは非常に困難である.

筆者らはモデル微生物である大腸菌を研究対象として,1つの生物のゲノム転写制御ネットワークを丸ごと理解することを目指している.そのために,筆者らはSELEX法を改良したgSELEX(Genomic SELEX)法を独自に開発した.基本的な原理はSELEX法と同様だが,ゲノムDNA断片を用いることで,実際にゲノム上に存在する配列として,標的配列を同定することが可能となった(Shimadaら(1)1) T. Shimada, H. Ogasawara & A. Ishihama: Methods Mol. Biol., 1837, 49 (2018).).解析対象転写因子の精製タンパク質を試験管内で反応させるため,他因子による拮抗阻害はなく,細胞内での活性や発現の条件が不明な機能未知転写因子であっても解析可能である.これまでに大腸菌の持つ総数約300個の全ての転写因子について,gSELEX法による解析を実施した.因みに,機能未知転写因子については,現在までに約20個の機能同定に成功しており,機能未知転写因子の機能同定において効果的であることを実証してきた.

さて,本稿では機能が既知の転写因子について,gSELEX法により同定された新規なゲノム転写制御ネットワークの例を紹介したい.転写制御ネットワーク上で遺伝子同士がつながり,さらに遺伝子機能を紐づけることにより,生物の機能同士のつながりを理解することにつながる(表1表1■gSELEX法により同定された新規ゲノム転写制御ネットワークとその役割).ここで紹介する転写因子は,命名の由来からも分かるように,いずれもある特定の遺伝子の制御因子として機能同定された経緯を持っている.

表1■gSELEX法により同定された新規ゲノム転写制御ネットワークとその役割
RbsR
転写因子RbsRはD-リボース存在下で不活性型となり,リボースの細胞内への取り込みと次いでリン酸化による利用を抑制化する転写因子として同定された.gSELEX解析により,プリン生合成の抑制化やプリン・ピリミジンの再利用を活性化することが明らかとなった.リボースはプリン生合成の基質になるため,基質存在下では生合成経路,非存在下では再利用経路と,プリン代謝経路を切り替えるための仕組みが明らかとなった(Shimadaら(2)2) T. Shimada, A. Kori & A. Ishihama: FEMS Microbiol. Lett., 355, 93 (2013).).
LldR
転写因子LldRはD/L-乳酸存在下で活性型となり,L-乳酸の取り込みと次いで脱水素反応によりピルビン酸としての利用を活性化する転写因子として同定された.gSELEX解析により,グルタミン酸依存性酸耐性システムの活性化や不飽和脂肪酸合成を活性化することが明らかとなった.L-乳酸は炭素源として利用できるが,酸ストレスにもなるため,利用と酸耐性能を協調させている(Anzaiら(3)3) T. Anzai, K. Kijima, M. Fujimori, S. Nakamoto, A. Ishihama & T. Shimada: Microb. Genom., 9, mgen.0.001015 (2023).).
PdhR
転写因子PdhRはピルビン酸存在下で不活性型となり,ピルビン酸デヒドロゲナーゼを抑制化する転写因子として同定された.gSELEX解析により,電子伝達系呼吸鎖を抑制化し,脂肪酸分解経路を活性化することが明らかとなった.ピルビン酸デヒドロゲナーゼにより生産されるNADH量に合わせて好気呼吸活性を調節するとともに,ピルビン酸量が低下した際には脂肪酸を分解することで炭素源を供給している(Anzaiら(4)4) T. Anzai, S. Imamura, A. Ishihama & T. Shimada: Microb. Genom., 6, mgen.0.000442 (2020).).
FlhDC
転写因子FlhDCは,鞭毛形成と運動性を活性化する転写因子として同定された.gSELEX解析により,糖の取り込みや炭素源異化代謝を活性化することが明らかとなった.鞭毛形成と運動には多くのATPが消費されるため,エネルギー生産と協調させている(Takadaら(5)5) H. Takada, K. Kijima, A. Ishiguro, A. Ishihama & T. Shimada: Int. J. Mol. Sci., 24, 3696 (2023).).
LeuO
転写因子LeuOは,ロイシン生合成を活性化させる転写因子として同定された.gSELEX解析により,外来性遺伝子群の抑制化因子である核様体タンパク質H-NSと拮抗的に作用し,グローバルに抑制化を解除することが分かった(Shimadaら(6)6) T. Shimada, A. Bridier, R. Briandet & A. Ishihama: Mol. Microbiol., 82, 378 (2011).).

冒頭で述べたように,ゲノム解読以前に同定された転写因子は,ある特定の遺伝子の制御因子として機能同定された経緯がある.このような転写因子は,ゲノム全体に対する役割は見落とされがちになっているようである.gSELEX法により,機能既知とされていた転写因子のゲノム転写制御ネットワークを改めて同定したことで,このような微生物の機能のつながりが明らかとなった.いずれも合理的であり,生物の仕組みの巧みさを教えてくれる.なお,ここで紹介した結果は一例に過ぎない.ご興味のある方は,筆者らが運営しているgSELEXデータが搭載された大腸菌転写因子データベースTEC(Transcription Factor Profiling of Escherichia coli)を訪れていただきたい(https://shigen.nig.ac.jp/ecoli/tec/top/).1つの生物を構成する遺伝子の機能情報が最も蓄積している大腸菌をモデル生物として取り組んでいるからこそ,同定した制御ネットワークの役割や生理的意義が理解しやすいことも記しておきたい.最後になるが,この研究は故・石浜 明先生(2022年末ご逝去)と取り組んできたものである.引き続き,大腸菌の持つ全転写因子の機能を解明し,1つの生物丸ごとのゲノム転写制御ネットワークの理解を完成させたい.

Reference

1) T. Shimada, H. Ogasawara & A. Ishihama: Methods Mol. Biol., 1837, 49 (2018).

2) T. Shimada, A. Kori & A. Ishihama: FEMS Microbiol. Lett., 355, 93 (2013).

3) T. Anzai, K. Kijima, M. Fujimori, S. Nakamoto, A. Ishihama & T. Shimada: Microb. Genom., 9, mgen.0.001015 (2023).

4) T. Anzai, S. Imamura, A. Ishihama & T. Shimada: Microb. Genom., 6, mgen.0.000442 (2020).

5) H. Takada, K. Kijima, A. Ishiguro, A. Ishihama & T. Shimada: Int. J. Mol. Sci., 24, 3696 (2023).

6) T. Shimada, A. Bridier, R. Briandet & A. Ishihama: Mol. Microbiol., 82, 378 (2011).