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分子集合体作製技術を駆使したナノ薬剤の設計と抗がん薬への応用
副作用の無い新規抗がん剤の開発に向けて

Yoshitaka Koseki

小関 良卓

東北大学多元物質科学研究所

Published: 2023-02-01

がんによる死亡数は全世界で約1000万人であり,その治療薬のニーズは極めて高い.薬物によるがん治療の分野では,抗がん活性を有する低分子化合物の投与が古くから現在に至るまで行われているが,投与された薬物は全身へ拡散して,正常な組織に蓄積し,様々な副作用の原因となっている.そこで,抗がん剤を腫瘍組織へ選択的に送達するため,ナノ薬剤を用いたドラッグデリバリーシステムに関する研究が進められてきた.例えば,高分子ミセルやリポソームから構成されるナノキャリアと呼ばれる担体を粒径10~200 nmにサイズ制御した後,そのキャリア内部に薬物を内包したナノ薬剤を作製し,体内でのデリバリーを行う手法が提案されている(1)1) D. Peer, J. M. Karp, S. Hong, O. C. Farokhzad, R. Margalit & R. Langer: Nat. Nanotechnol., 2, 751 (2007)..これは,当該サイズ領域において,ナノ薬剤の血中滞留性が高まり,最終的に選択的な腫瘍組織への集積につながるとされるenhanced permeation and retention(EPR)効果と呼ばれる現象が発現することに基づくものである(2)2) J. Fang, W. Islam & H. Maeda: Adv. Drug Deliv. Rev., 157, 142 (2020)..しかしながら,ナノキャリアに担持したナノ薬剤は一般的に細胞透過性が低く,ナノキャリア内における薬物担持率が10%以下と非常に低いため,十分な薬理効果を発揮するためには投与量を増加させなければならない.また,ナノキャリア自体やその代謝物による副作用の発現が懸念されている.したがって,ナノキャリアの改善を目的とした既存研究の延長線上ではない,新たなアプローチによるナノ薬剤の開発が待ち望まれている.本稿では,新たなナノ薬剤の設計・開発に関する取り組みを筆者らの成果を中心に概説する.

ナノキャリアによる問題点を解決するためのアイデアとして,我々はナノキャリアを使用せず,低分子化合物をボトムアップ的に集積させた分子集合体の作製を着想した.すなわち,低分子集合型ナノ薬剤は低分子抗がん剤単体よりもEPR効果により腫瘍組織への集積性の向上が見込まれ,ナノキャリア内包型ナノ薬剤よりも担持可能な薬物担持率が高く,さらに,ナノキャリアを使用しないキャリアフリーのナノ薬剤のため,ナノキャリアに由来する副作用の心配がなくなる.当研究グループではこれまでに,低分子集合型ナノ薬剤として,プロドラッグ分子のみで構成されるナノ薬剤である「ナノ・プロドラッグ」を提唱し,その有効性を探究してきた.初期の研究では,抗がん剤であるSN-38はそのままの分子ではナノ粒子化することが困難であるが,SN-38の二量体プロドラッグ分子を合成したところ,再沈法により50 nm程度の粒径を持つナノ粒子が得られ,現在臨床で用いられているSN-38の水溶性プロドラッグであるイリノテカンと比較して高い活性を示すことを明らかにした(3)3) H. Kasai, T. Murakami, Y. Ikuta, Y. Koseki, K. Baba, H. Oikawa, H. Nakanishi, M. Okada, M. Shoji, M. Ueda et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 51, 10315 (2012).

我々の報告以降,類似の研究が様々な研究グループによっても取り組まれている.2013年,Patilらはパクリタキセル,PI103,ドキソルビシン等の抗がん活性化合物にコレカルシフェロールを導入したプロドラッグの合成,およびそのナノ粒子の作製に成功し,薬物単体と比較してナノ粒子状態の方が,がん細胞増殖抑制活性が高いことを報告した(4)4) S. Patil, S. Gawali, S. Patil & S. Basu: J. Mater. Chem. B Mater. Biol. Med., 1, 5742 (2013)..また,Huangらは2014年に,塩酸イリノテカンおよびクロラムブシルのプロドラッグを合成し,抗がん活性化合物のみで構成されるナノ・プロドラッグの作製を報告しており,動物実験にて塩酸イリノテカンまたはクロラムブシルを単独で投与した場合よりも高い薬理効果を発揮することを示した(5)5) P. Huang, D. Wang, Y. Su, W. Huang, Y. Zhou, D. Cui, X. Zhu & D. Yan: J. Am. Chem. Soc., 136, 11748 (2014)..ナノ・プロドラッグが薬理効果を示すためには不活性なプロドラッグが加水分解を受けて活性な薬効化合物に変換される必要があるが,これらの例では作製したナノ・プロドラッグの加水分解挙動は制御できず,ナノ・プロドラッグが腫瘍組織へ到達する前に加水分解を受けて活性本体を放出し,副作用を引き起こすことが懸念される.そこで,我々は加水分解性を制御したナノ・プロドラッグの研究に取り組み,その結果としてSN-38コレステロール(SN-38-chol)のナノ・プロドラッグが既存の抗がん剤(イリノテカン)に比べ約10倍の抗腫瘍活性を示すことを実証した(図1図1■低分子集合型ナノ薬剤としてのSN-38-cholナノ・プロドラッグの作製と薬理評価(6)6) Y. Koseki, Y. Ikuta, L. Cong, M. Takano-Kasuya, H. Tada, M. Watanabe, K. Gonda, T. Ishida, N. Ohuchi, K. Tanita et al.: Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 1305 (2019)..SN-38-cholはSN-38に対して様々な置換基(脂肪酸やビタミン,胆汁酸等)を導入したSN-38プロドラッグを約70種類合成して,作製されるナノ粒子の粒径,分散安定性,加水分解耐性,細胞増殖抑制活性を指標にスクリーニングした結果として見いだされた分子である.SN-38-cholナノ・プロドラッグをマウスに投与した場合,血中における加水分解挙動は全く観測されず,血中滞留性もイリノテカンよりも数倍長くなることが分かり,ナノ・プロドラッグのがん組織への集積が示唆され,実際に高い抗腫瘍活性を示した.また,SN-38-cholナノ・プロドラッグ投与時のマウスの体重減少や臓器の損傷はイリノテカン投与時と比較して軽微であり,副作用が抑制されることが明らかとなった.また,ナノ・プロドラッグの細胞内動態を解析するための方法論の確立を目指した研究も行っている.投与したナノ・プロドラッグが細胞内においてナノ粒子状態か溶解状態かを見極める手法がこれまで存在しなかったため,ナノ粒子状態で細胞内に取り込まれるのか否かについても不明であったが,フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)を利用した共焦点レーザー顕微鏡観察により課題を達成した.すなわち,エネルギー移動の効率は,ドナー・アクセプター分子間の距離(1~10 nm)に強く依存するため,「ナノ粒子状態(距離が近い)」と「分子状態(距離が遠い)」の違いを蛍光波長の変化により観察することに成功した.その結果,SN-38-cholナノ・プロドラッグはナノ粒子状態のままで細胞膜を透過し,細胞内に移行した後,リソソーム中で速やかな分解が起こり,SN-38分子を放出することで薬効を示すことを明らかにした(7)7) F. Taemaitree, B. Fortuni, Y. Koseki, E. Fron, S. Rocha, J. Hofkens, H. Uji-I, T. Inose & H. Kasai: Nanoscale, 12, 16710 (2020).

図1■低分子集合型ナノ薬剤としてのSN-38-cholナノ・プロドラッグの作製と薬理評価

以上,キャリアフリーナノ薬剤についてナノ・プロドラッグに関する研究を中心に概説するとともに,加水分解を制御するための手法を紹介した.ナノ・プロドラッグは抗がん剤以外にも点眼薬や軟膏薬を含めて広範な疾患の治療薬としての応用が可能と考えられ,対象疾患に応じて材料設計を最適化することで薬効を最大限に発揮させることが期待される.

Reference

1) D. Peer, J. M. Karp, S. Hong, O. C. Farokhzad, R. Margalit & R. Langer: Nat. Nanotechnol., 2, 751 (2007).

2) J. Fang, W. Islam & H. Maeda: Adv. Drug Deliv. Rev., 157, 142 (2020).

3) H. Kasai, T. Murakami, Y. Ikuta, Y. Koseki, K. Baba, H. Oikawa, H. Nakanishi, M. Okada, M. Shoji, M. Ueda et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 51, 10315 (2012).

4) S. Patil, S. Gawali, S. Patil & S. Basu: J. Mater. Chem. B Mater. Biol. Med., 1, 5742 (2013).

5) P. Huang, D. Wang, Y. Su, W. Huang, Y. Zhou, D. Cui, X. Zhu & D. Yan: J. Am. Chem. Soc., 136, 11748 (2014).

6) Y. Koseki, Y. Ikuta, L. Cong, M. Takano-Kasuya, H. Tada, M. Watanabe, K. Gonda, T. Ishida, N. Ohuchi, K. Tanita et al.: Bull. Chem. Soc. Jpn., 92, 1305 (2019).

7) F. Taemaitree, B. Fortuni, Y. Koseki, E. Fron, S. Rocha, J. Hofkens, H. Uji-I, T. Inose & H. Kasai: Nanoscale, 12, 16710 (2020).