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ビタミンE研究における実験飼料選択の注意点
AIN-93飼料のビタミンEを正しく理解していますか?

Saiko Ikeda

池田 彩子

名古屋学芸大学管理栄養学部

Misato Kobayashi

小林 美里

名古屋学芸大学管理栄養学部

Riko Toji

田路 莉子

大阪公立大学大学院生活科学研究科

Dong-Ho Kim

東浩

大阪公立大学大学院生活科学研究科

Published: 2023-02-01

細胞実験において培地の基本組成が定められているように,動物実験でも,動物の成長や繁殖に最適な飼料組成が定められている.American Institute of Nutritionは齧歯動物の飼料組成を詳細に検討し,1993年AIN-93飼料を発表した(1)1) P. G. Reeves, F. H. Nielsen & G. C. Jr: J. Nutr., 123, 1939 (1993)..それ以来,これが実験動物用飼料のゴールドスタンダードとして世界中で使用されている.本稿では,ビタミンE研究にAIN-93飼料を用いる際の注意点をまとめた.

AIN-93飼料は,カゼイン(牛乳たんぱく質),L-シスチン(含硫アミノ酸),ビタミン混合物,重酒石酸コリン,ミネラル混合物,精製大豆油,スクロース,とうもろこしでんぷん,セルロース,第3ブチルヒドロキノン(酸化防止剤)から構成されている.AIN-93飼料には,成長期・妊娠期・授乳期用のAIN-93G飼料と,成熟後の維持期用のAIN-93M飼料があり,両者の組成の主な違いはたんぱく質と油脂の含量である(1)1) P. G. Reeves, F. H. Nielsen & G. C. Jr: J. Nutr., 123, 1939 (1993).

ビタミンEであるトコフェロールには,α-,β-,γ-,δ-トコフェロールの4種類の同族体がある.摂取したトコフェロールは小腸で吸収され,キロミクロンによって肝臓に運ばれる(2)2) 河野 望:“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021, p.56..肝臓では,α-トコフェロール輸送タンパク質(α-TTP)との親和性の高いα-トコフェロールが,VLDLによって優先的に全身に運ばれる.一方,その他のトコフェロールはα-TTPとの親和性が低いため,ほとんどが肝臓で代謝産物に異化されて尿中に排泄される(3)3) 内田友乃:“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021, p.57..トコフェロール同族体・異性体間の生物活性の相違の多くは,α-TTPに対する親和性で説明される(4)4) A. Hosomi, M. Arita, Y. Sato, C. Kiyose, T. Ueda, O. Igarashi, H. Arai & K. Inoue: FEBS Lett., 409, 105 (1997).

α-トコフェロールには,3つの不斉炭素が存在する(図1図1■ビタミンEの種類・構造・生物活性(文献5改変)).私たちが食事から摂取する天然型α-トコフェロールは,全ての不斉炭素がR体のRRR-α-トコフェロールである.一方,化学合成では1つの不斉炭素につきR体とS体の2通りが生成するため,合計8種類の立体異性体が存在し,この立体異性体をほぼ等量含む混合物のことをall-rac-α-トコフェロールという(5)5) 池田彩子:“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021, p.49..AIN-93飼料のビタミン混合物には,コストと酸化安定性の観点からall-rac-α-トコフェロール酢酸エステルが用いられている(1)1) P. G. Reeves, F. H. Nielsen & G. C. Jr: J. Nutr., 123, 1939 (1993)..しかし,8種類の立体異性体のα-TTPに対する親和性は異なるため,all-rac-α-トコフェロールのビタミンE活性には幅(0.31~1.49 IU/mg)があり,平均すると1.1 IU/mg程度である(図1図1■ビタミンEの種類・構造・生物活性(文献5改変)).これらの8種類のうち,ビタミンE活性が最も高いのが天然型RRR-α-トコフェロールである(1.49 IU/mg).ラットに,all-rac-α-トコフェロールを投与すると,RRR-α-トコフェロールを投与した時に比べて大量のα-トコフェロール代謝産物が排泄される.このように,天然型RRR-α-トコフェロールと合成型all-rac-α-トコフェロールでは代謝や活性が大きく異なるため,ビタミンE代謝に焦点を当てた研究では,all-rac-α-トコフェロールをRRR-α-トコフェロールに置き換えたビタミン混合物を用いることが強く推奨される.

図1■ビタミンEの種類・構造・生物活性(文献5改変)

ところで,AIN-93飼料のビタミンE源は,ビタミン混合物にのみに由来すると考えがちである.しかし,実際には油脂源である精製大豆油に無視できない量のビタミンEが夾雑しており,これを見落としている研究者は多い.精製大豆油を7%含むAIN-93G飼料のγ-,δ-トコフェロール含量は,ビタミン混合物由来のα-トコフェロール含量に匹敵する.α-TTPとの親和性が低いγ-,δ-トコフェロールは,そのほとんどが異化されて尿中に排泄されるため,臓器に検出されにくい.そのため,多くの研究者が飼料中に夾雑するγ-,δ-トコフェロールの存在に気づいていない.さらに,肥満や脂質異常症研究で多用される高脂肪飼料(重量比で20~35%油脂)の油脂源を大豆油にすると,α-トコフェロールに比してγ-トコフェロールが極端に多い「γ-トコフェロール過剰飼料」となる.このような想定外のγ-トコフェロールの摂取が,結果の解釈を困難にする.大豆油のγ-トコフェロール含量は製品によって異なるため,ビタミンE代謝を正確に知るためには,飼料のトコフェロール含量を正確に測定する必要がある.また,油脂源に由来するビタミンEの影響を除きたい場合には,ビタミンE含量の少ない油脂(ラードやココナッツ油)や,ビタミンEを分子蒸留で除去したコーン油を用いることが推奨されるが,これらの油を用いて長期間飼育する場合には必須脂肪酸欠乏リスクに配慮する必要がある.

AIN-93飼料は市販品を購入することも可能で,国内外の多数の研究者が使用している.Joshiらが日本を含む諸外国の15製品の栄養成分を調べたところ,ビタミンE含量は製品によるばらつきが大きかった(基準値の55~100%)(6)6) T. P. Joshi & M. L. Fiorotto: J. Nutr., 151, 3271 (2021)..ビタミンE研究者のみならず,酸化ストレスや脂質代謝の研究者にとって,AIN-93飼料に含まれるビタミンEの特性を正しく理解することは重要である.

Reference

1) P. G. Reeves, F. H. Nielsen & G. C. Jr: J. Nutr., 123, 1939 (1993).

2) 河野 望:“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021, p.56.

3) 内田友乃:“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021, p.57.

4) A. Hosomi, M. Arita, Y. Sato, C. Kiyose, T. Ueda, O. Igarashi, H. Arai & K. Inoue: FEBS Lett., 409, 105 (1997).

5) 池田彩子:“ビタミン・バイオファクター総合事典”,朝倉書店,2021, p.49.

6) T. P. Joshi & M. L. Fiorotto: J. Nutr., 151, 3271 (2021).