Kagaku to Seibutsu 62(2): 64-66 (2024)
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無毒のフグ毒類縁体がフグを誘引する
フグの毒化機構やフグ毒の生物学的意義の研究に新たな展開
Published: 2023-02-01
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テトロドトキシン(TTX)はフグ毒として知られているが,意外にもフグにはTTXを生産する能力がない.またフグ以外にもツムギハゼ,ヒョウモンダコ,スベスベマンジュウガニ,ヒラムシなど様々な海洋生物がTTXを保有しており,淡水産のイモリや中米に生息するカエルにもTTXを保有するものがいる.1986年に安元 健,野口玉雄らによって初めてTTX生産菌が報告され,それ以降,TTXを生産する数多くの微生物が同定されている(1)1) S. J. Jai & S. S. Khora: J. Appl. Microbiol., 119, 907 (2015)..これらの研究から,現在では微生物によって生産されたTTXが食物連鎖によってフグなどの生物に濃縮されると考えられている.しかし,TTXの生合成やフグがエサから多量のTTXを吸収,蓄積する仕組みは明らかにされていない(2)2) 野口玉雄:“フグはフグ毒をつくらない”,成山堂書店,2010..
フグはTTXを自らの身を外敵から守るための化学防御物質として使っていると考えられる.ある種のフグは,TTXを蓄積する毒腺を発達させており,フグを刺激するとそこからTTXを放出する.また,ヒョウモンダコはTTXを使って餌となる生物を捕食するという.ところが1995年に松村健道によってクサフグ(Takifugu alboplumbeus;日本と朝鮮半島・中国南部の沿岸域に生息する)がフグ毒TTXによって誘引されるという現象が報告された(3)3) K. Matsumura: Nature, 378, 563 (1995)..彼は,クサフグのメスは放卵とともにTTXを放出し,フグの卵の捕食者を忌避するとともに,オスのフグを誘引するという魅力的なフェロモン説を提出した.その後,幼若トラフグ(Takifugu rubripes)の嗅上皮を破壊した実験から,フグは嗅覚によってTTXを認識していることが示された(4)4) K. Okita, H. Yamazaki, K. Sakiyama, H. Yamane, S. Miina, T. Takatani, O. Arakawa & Y. Sakakura: Ichthyol. Res., 60, 386 (2013)..しかし,それ以上詳しいことは明らかになっていなかった.
筆者らは,この現象の分子機構を明らかにするために,まず,クサフグの嗅上皮をTTXによって刺激することで嗅電図応答(EOG応答)がみられるか調べることにした.ところが,高純度のTTXによる刺激では,過去の誘引実験で報告されている有効最小濃度(pM-nM)の数万倍の濃度(μM)で刺激しても反応しなかった.この結果に筆者らは大変困惑したが,先行研究(3, 4)3) K. Matsumura: Nature, 378, 563 (1995).4) K. Okita, H. Yamazaki, K. Sakiyama, H. Yamane, S. Miina, T. Takatani, O. Arakawa & Y. Sakakura: Ichthyol. Res., 60, 386 (2013).ではフグ卵巣から粗抽出したTTXの粗毒を使っていることに気がついた.フグはTTX以外にいくつかの類縁体も保有していることが報告され,その分離は容易ではない.そこで,これら類縁体がフグ誘引活性を示す可能性を考え,筆者らが完全化学合成した高純度の4,9-anhydroTTXと5,6,11-trideoxyTTX(TDT)(5)5) M. Adachi, R. Sakakibara, Y. Satake, M. Isobe & T. Nishikawa: Chem. Lett., 43, 1719 (2014).を使ってEOG応答を調べた.その結果,TDTに明確なEOG応答を観測することができた.一方,4,9-anhydroTTXはEOG応答を示さなかった(図1図1■TTXとその類縁体によるEOG応答).
図1■TTXとその類縁体によるEOG応答
左:TTX, 4,9-anhydroTTX, TDTの分子構造.右:クサフグ嗅上皮から記録した嗅電図応答.灰色の網掛けで示したタイミングで嗅上皮に各種化合物を投与し,嗅受容細胞の興奮に由来する局所電場変化を増幅・記録した.その結果,クサフグ嗅上皮はTDTおよびL-Arg(ポジティブコントロール:餌の匂い)に対して応答したが,TTX, 4,9-anhydroTTXに対しては応答しなかった.最下部にあるスケールは時間と電圧を示す.
そこで次に,TDTが実際にクサフグを誘引するかを以下の実験によって調べた.クサフグを水槽に入れ,その片側にTDTの溶液を滴下し,投与前後のクサフグの遊泳行動を撮影し滞在位置を解析したところ,TDT滴下側の滞在時間が増加し,滴下後の遊泳速度の低下がみられた.一方でTTXを使った同様の実験では誘引行動は観測されなかった(6)6) Y. Noguchi, T. Suzuki, K. Matsutani, R. Sakakibara, R. Nakahigashi, M. Adachi, T. Nishikawa & H. Abe: Sci. Rep., 12, 15087 (2022)..さらに,ミドリフグ(Dichotomyctere nigroviridis:南~東南アジアの汽水域に生息する有毒フグ)を使った行動実験でも,TTXではなくTDTによる誘引活性が観測された(7)7) T. Suzuki, R. Nakahigashi, M. Adachi, T. Nishikawa & H. Abe: Chem. Senses, 47, bjac011 (2022)..以上の結果から,先行実験で報告されているTTXの誘引活性は,彼らの使ったTTXサンプルに混入していたTDTによるものであると推測される.
次にクサフグの嗅上皮に存在すると考えられるTDTに応答する細胞の特定を試みた.TDTによって刺激した嗅上皮を,神経活動マーカーであるpERKに対する抗体によって免疫組織染色したところ,TDTによって活性化される特定の嗅受容細胞の存在が明らかになった(図2(a)図2■クサフグ(a)とミドリフグ(b)嗅上皮上のTDTに反応する嗅受容細胞)(6)6) Y. Noguchi, T. Suzuki, K. Matsutani, R. Sakakibara, R. Nakahigashi, M. Adachi, T. Nishikawa & H. Abe: Sci. Rep., 12, 15087 (2022)..また,ミドリフグではTDTに反応する細胞が,魚類では3種類ある嗅受容細胞のうちの一つ,クリプト型細胞(嗅上皮最表層に位置する卵型の細胞で,S100という転写因子に対する抗体によって標識・識別できる)であることを明らかにした(図2(b)図2■クサフグ(a)とミドリフグ(b)嗅上皮上のTDTに反応する嗅受容細胞)(7)7) T. Suzuki, R. Nakahigashi, M. Adachi, T. Nishikawa & H. Abe: Chem. Senses, 47, bjac011 (2022)..これらの実験結果によって,フグはTDTを匂いとして感じ,誘引行動を引き起こすことが明確になった.また,クサフグ・ミドリフグが系統進化的にも地理分布的にも離れたフグの仲間であることから,このTDTによる行動が有毒フグに共通してみられることが示唆された.
TDTは,フグが最も多量に保有するTTX類縁体である.TDTを保有しない有毒フグはほとんどいない.しかし,その毒性はTTXの1000分の1以下と報告され(8)8) M. Yotsu-Yamashita, A. Sugimoto, A. Takai & T. Yasumoto: J. Pharmacol. Exp. Ther., 289, 1688 (1999).,これまでその生物活性に関する報告はなかった.TDTはTTXの3つの水酸基が欠落した構造からTTXの生合成前駆体と考えられてきた(9)9) N. Ueyama, K. Sugimoto, Y. Kudo, K. Onodera, Y. Cho, K. Konoki, T. Nishikawa & M. Yotsu-Yamashita: Chem. Eur. J., 24, 7250 (2018)..上記の研究結果は,まずこの無毒のTTX類縁体にフグ誘引という特別な活性があることを示した点できわめて重要である.TTXによるフグ誘引には,前述した生殖に関わるフェロモン様活性とともに,フグがTTXを含むエサを積極的に発見して摂取する意義があると考えられてきた.今回の研究結果によって,前者の意義に関しては,フグ誘引と捕食者に対する忌避活性は,それぞれTDTとTTXという異なった化合物が担っていることになる.後者に関しては,フグは無毒のTDTを手掛かりにして猛毒のTTXを含むエサを探していることになる.フグがTTXを取り込む餌として明らかになっているオオツノヒラムシにもTTXとともにTDTが含まれていることが報告されており(10)10) R. Suo, M. Tanaka, H. Oyama, Y. Kojima, K. Yui, R. Sakakibara, R. Nakahigashi, M. Adachi, T. Nishikawa, H. Sugita et al.: Toxicon, 216, 169 (2022).,この仕組みによってフグが効率的に毒化していることは確かだろう.しかし,なぜ,フグがTDTという無毒のアナログによって誘引され,毒化することになったのか,謎は深まるばかりである.筆者らは,現在TDT受容体の同定とTDT受容からフグが誘引行動を引き起こす機構の解明に向けて研究を進めている.
Reference
1) S. J. Jai & S. S. Khora: J. Appl. Microbiol., 119, 907 (2015).
2) 野口玉雄:“フグはフグ毒をつくらない”,成山堂書店,2010.
3) K. Matsumura: Nature, 378, 563 (1995).
5) M. Adachi, R. Sakakibara, Y. Satake, M. Isobe & T. Nishikawa: Chem. Lett., 43, 1719 (2014).
7) T. Suzuki, R. Nakahigashi, M. Adachi, T. Nishikawa & H. Abe: Chem. Senses, 47, bjac011 (2022).
8) M. Yotsu-Yamashita, A. Sugimoto, A. Takai & T. Yasumoto: J. Pharmacol. Exp. Ther., 289, 1688 (1999).